"鬼"を怒らせてしまった村人達は、鬼の怒りを沈めるため、美しい娘を選んで"鬼"の元へ嫁にやることにした。
そして選ばれたのが──。
「ええぇえ〜っ!? なんで私が鬼嫁に〜!?」
※以前こちらで出していた作品を基に再構築したものになります。
【 慈鬼(いつき) ♂??歳】
森の奥深くに棲む青鬼で、昔は地獄にいた。
人間界では顔立ちの整った青年の姿をしている。
雷を自在に落とすなど強大な力を持つため、村の人間からは恐れられている。
【桃莉 (ももり)♀15歳】
小さな農村で発明に没頭する少女。
嫁として貰い手がない"売れ残り"だったため、木通慈鬼の怒りを抑えるため嫁に出されてしまう。
【貴島 紫桜 (きじましろう) ♂ 25歳】
村で唯一の医者。
慈鬼のことを"弟殺し"と恨んでおり、倒そうとする。
【村長 ♂99歳】 村の長として自治している老人。 慈鬼の怒りを鎮めるために、桃莉を生贄として慈鬼の元に送り込む。
【尼紫鬼(にしき) ♀?歳】
美しい女性の姿をした赤鬼。
慈鬼のことが好きで、地獄へ連れ戻そうとする。
『悪さこいてると、森に置ゐてってしまうからね。こわ〜い青鬼に喰われるだぁよ』
悪ガキを窘める言の葉というのは、なまはげがやって来るだの悪魔が連れていくだのと地域によっても違う。
電気が普及しつつある日本の中で、未だに電気の通らない王井《おうゐ》村では、"森に棲む青鬼"が使われているらしい。
実際、村では古くから森の青鬼の存在は信じられており、森を無碍にすると祟が襲うだの呪いがかかるだのてんやわんや騒がれてきた。
最も迷信を危惧するのは高齢者か幼子、宗教に心酔する者くらいで、近頃の若者は鬼の存在など信じていない。
そのため、若者による森の木の伐採が進み、森に聳える立派な木は人々の建築材料やら薪やらとなって消えていくのが現状であった。
「森を無碍にするでない。森を荒らした末には、森に棲む青鬼の怒りに触れる……」
「うるせぇ! 長だか村長だかか知んねぇがぁよぉ、そんなもん迷信だってぇの!」
王井村を囲うようにして聳え立つ森の奥深く、斧を振り上げる大工と老人が口論していた。
早朝の霞がかった中で互いの顔も明確には見えないが、大工の不機嫌そうな声色から苛立ちが伺える。
木が覆い茂る森の中、この一帯だけ不自然に木がない。
大工と老人がいる場所を中心とした半径30メートル内の杉は、全て切り株と化している。
というのも、近頃人口が増えつつあるため、家の材料や薪として多くの木が切られているからだ。
無精髭が特徴的な中年の大工は、筋肉質な太い腕で次から次へと手際よく太い杉の木を伐採していく。
太く伸びた杉の木は、ぎぃっと悲鳴にも似た音を立てながらあっけなく横たわった。
それを眺める村長の顔が険しい。
「そんなに大きな杉の木を、何本倒す気だ? もう、十分であろうに……」
──バサリ。
数秒言葉を交わす間にも、また一本と木が死んでいく。
大工は斧に付着したおがくずを手で払いながら怒鳴る。
「さっきからうるせぇぞ、じいさんよぉ。森にゃこんな腐るほどあんだぁ、一、二本切ったって変わりゃしねーよ」
「だが森の青鬼の呪いが……」
かすれた細い声に反して図太く食い下がる老爺に、中年の男は怒りを含んだため息を零した。
「そんな迷信あてにして……邪魔すんな! ほら帰った帰った」
「やれやれ……」
これ以上の制止は無駄だと諦めたのか、村長は古びた黒い木杖をつきながら背を向けた。
大工はもう一度斧を持ち直し、おおきく振りかぶったその刹那に──。
一瞬、霧を劈くような閃光が瞬いたかと思うと、鼓膜を破るような轟音が響いた。
眩い光が地面に降り立ち、二人の目を眩ませる。
「う、ゔぅうわあぁああ゛ー! 俺のぉ、俺の斧がぁあ……!」
雷が降り立った地は大工のすぐ横の──斧であった。
斧は雷撃を直に受け、木でてきた柄の部分は黒く煤けた。
斧は煙を上げながら山の斜面を下り、あれよという間に下の小川にぼちゃんと落ちて滑るように流れた。
多くの木の命を奪った凶器は、一瞬でただの鉄くずと化してしまった。
「周りの木を切ったのがいけなかったなァ。少しでも残しておけば、雷は杉の木に落ちたろうに……」
「こんな晴れてんのに雷落ちるなんて思わねぇだろうが!」
村長は転がり落ちる斧を、射抜くような目で視た。
雷は高い場所に落ちやすい。
高い杉の木が多く生きるこの森なら杉の木に落ちる可能性が高かったが、一帯の木はほとんど大工が切り落としてしまった。
罰が当たったのだ、と村長は鼻で笑う。
「いや、だとしたら斧より高い我々が雷を受けるはずだが……」
村長はピンポイントで斧が直撃を受けたことに、気が付き、はっと双眸を見開いた。
「まずいぞ……! こりゃあ、まずいかもしれん……」
「な、なんだよじいさん……!」
雷の恐怖で震える大工が、ぶれた声で訊ねる。
村長は額に脂汗を浮かべながら、低い声で言い放った。
「青鬼の……憤慨」
雷が斧に落ちたのが偶然ではないとしたら。
多くの木を殺した斧が意図的に雷撃を受けたとしたら。
「森の青鬼が、憤っておる!」
雲ひとつない快晴にも関わらず、ごろごろと轟音が響いていた。
最初こそ偶然だと甘く笑っていた大工だったが、快晴なのに──雲ひとつないのに二日間も雷が落ちるという現象を目の当たりにし、震え上がった。
青い光を纏った雷は、新築の家や薪の貯蔵庫に落ちている。
村長の言葉通り、木を切ったことによる呪いや祟の類でなければ説明がつかない。
大工と村長を含めた村の役員が集い、事態対処のため寄合を開くこととなった。
大工、村長、副村長、図書館の司書、その他にも4、5人の老婆や老爺が囲炉裏の周りを囲み、話は進んでいく。
「青鬼についての伝説などが記された資料を村の図書館から集めました」
最初に進み出たのは、村のはずれにある小さな図書館の女性司書だった。
司書は民話や言い伝えなどを書庫から急遽かき集め、資料にまとめたという。
彼女は黄ばんで表紙が外れかけている薄い冊子を取り出し、正座している太ももの上に広げた。
「森に棲む青鬼は自然を愛し、森を汚す者には雷を落とすと言い伝えられています。普段は──碧鬼(あおおに)山の頂上にいるようですね。現在は立ち入り禁止区域ですが」
「確かになぁ、オラもガキん頃は『悪さしたら碧鬼山の青鬼の餌にされるでぇ』ってお袋に脅されたもんよ」
副村長は胡座をかきながらそう言い、孫の手で背中をかいた。
司書は続ける。
「昔の人は、村で一番美しい娘を嫁に出すことで青鬼の怒りを鎮めたようです。これは江戸時代の記述ですね」
「村で一番美しい娘と言ったら……副村長さんとこの桜子さんとちゃうかね?」
司書の話を聞き終えると、一人の老婆がぽつりと零した。
全員の眼球が一斉に副村長の方へ向く。
ぱちり、と囲炉裏の火が跳ねた。
「と、とんでもない! うちのはもう伴侶がおる。それにワシに似て目が細い。魚屋の娘はどうだ」
全員の眼球が真反対の魚屋の男へ向けられる。
「なっ、うちのも夫がいる! それに魚に似て唇出っ張ってる上に分厚いんじゃ、青鬼もお怒りになるだろう。そもそも元凶の大工んとこも娘がおったろう」
全員の眼球が隣の大工へ向けられる。
「ふざけんなよぉう、確かにうちのは村一番の別嬪だがよぉ、明日結婚式をあげるから無理でい!」
全員の眼球が、囲炉裏の火へ向けられる。
「綺麗で」
「結婚してない」
「そんな娘おったら、鬼なんかにやらんでうちの息子と見合いさせたいわぁ」
がんっと重くなった空気に、全員が押し潰されそうになった。
と、その時、あっと大工が短い声をあげた。
「確かうちの近くにいませんでしたかねぇ。美しいが、嫁の貰い手がない売れ残りの女が」
「はて、誰だったかな」
首を傾げる村長に答えるように、噂好きの反物屋の老婆が横から申し出た。
「もしかしてそれ、五丁目の時計屋さんとこの桃莉ちゃんちゃう? 確かに美人やけど変人で、見合いした男も話ついてけん言うとったで」
「なんか、"あんぺあ"だの"オウムの法則"だの毎日言うてた、発明家目指してるっちゅう……」
「オウムの法則? 鳴き方に法則でもあるんか?」
横文字に明るくない者達に言葉の意味を理解出来るはずもなく、見当違いのことを言い始める。
大工に至っては鳥のオウムと勘違いする始末。
「確か父親が最近亡くなって、あの時計屋に引き取られたんだろう? 身よりもないし、いいんじゃあないかね」
「あんな変な子、貰い手一生ないと思うで。もう桃莉ちゃんにしましょ」
反物屋の老婆はため息をついて、囲炉裏を囲む者達をぐるりと一周見た。
しかし目線は合わない。
みなが俯いていた。
非道だとは思いつつも、下手に反論して自分の娘を出せと言われるのが怖かった。
「それじゃ、桃莉ちゃんには悪いけど……」
「これも村のためじゃ」
村長は杖をひとつ突いて、やおら立ち上がる。
囲炉裏の火は、ぱちぱちと激しく火の粉を散らす。
村長の耳には、くべられた薪の木が悲鳴を上げているようにも聞こえた。
「あ〜もう! 叔父さんってば昼間から酒屋でマージャンなんて……店のこと私に押し付けて……!」
その頃、村で唯一の時計屋、『秋桜(コスモス)堂』では、例の少女、桃莉がラジオの修理に奮闘していた。
はんだごてを器用に使い、欠陥した部品を付けていく。
ジュッと熱そうな音をたて、金属が液体のように溶けた。
元来、修理は時計しか受け付けていなかったが、機械全般を修理できる桃莉を引き取ってからと言うものの、店主が時計以外の修理も受け付けるようになった。
その店主は桃莉の叔父であり、父を無くして身寄りのなくなった桃莉を引き取った男だ。
親切心からではなく、半ば押し付けられて渋々引き取ったため、愛情も無く、桃莉に修理や店番を任せて使用人扱いしている。
桃莉が来てから時計以外の修理も受け付けるようになったため、金も時間にも余裕が出来た桃莉の叔父は、これまで以上に博打や酒に溺れるようになった。
「私だって遊びたいのに……」
桃莉は現在14歳、まだ学校にも通っている身だ。
機械を治すほどの腕を持つものの、まだまだ遊びたい年頃である。
今頃同じ学校の娘達は駄菓子屋か、ちょっとませた子ならば、ボーイフレンドを誘って喫茶店にでも行っているのだろう。
同級生の何人かの女の子が、王子様みたいな男の人と一緒に下校しているのを見たことがある。
「私も恋人ほし〜……ぅあ゛っぢっ!」
ぼーっとしながら溶接していたため、手元が狂ったのかバチバチと電気の筋が立つ。
「はぁー、毎日修理修理だもんなぁ、縁のない話かー」
オイルや鉄の臭いにまみれた自分には縁のない話か、とため息をついて工具を片付けていると、ガラリと店の引き戸が開いた。
「いらっしゃいませー」
桃莉は、お客だろうと何の疑いもなく玄関の方へいそいそと出向く。
暖簾をくぐって入って来たのは5、6人の大人達だった。
村長に副村長、大工さんに反物屋のおばさん。
狭い村なので、大体の人は顔見知りだった。
「突然押しかけて悪いわねぇ、ちょっと桃莉ちゃんにお話があって」
「え……私にですか?」
反物屋のおばさんはそう言うと一歩進み、皺だらけの手で桃莉の両手を握る。
弱々しそうな老婆なのに、その手を握る力は、桃莉の手が赤くなりそうなほどだった。
「えっ、え、ななななんです!? 村長まで……」
少なくとも、修理の依頼ではなさそうだ。
桃莉は反物屋のおばさんと、その周りにいる村長達をぐるりと見回すと、恐る恐る後ずさる。
それを逃すまいと、おばさんは更に詰め寄り、大きな声でこう言った。
「あなたに……青鬼の元へ、お嫁に行って欲しいの」
時代設定は昭和、大正明治のうちどれが一番近いですか?
11:匿名の魔王:2019/04/20(土) 19:16 >>10
昭和の戦後まもなく、と思って頂ければm(_ _)m
>>11
ずっと明治だと思ってました。すみませんm(_ _)m
戦後直後だと法律で未成年のp身売りが禁止されていたので村長たちが捕まらないように願っています(笑)
>>11
いえいえ、あえて時代をぼかしていたので><
村長は同意の上の婚約、ということで言い逃れしそうですね……
「……ゑ?」
村でも上位に入るほど聡明な桃莉でも、彼女の言う言葉を理解するのに時間がかかった。
何も言えずに固まるしかない。
反物屋のおばさんは掴んでいた桃莉の両手を話すと、ゆっくり語り始めた。
「ほら、最近この村に雷が沢山落ちるやろ?」
「あ、はい……昨日も薪の貯蔵庫がやられたって……」
「……あれは碧鬼山を荒らした私達への怒り──青鬼の天誅なんよ!」
老婆は細い目をカッと見開き、低い声で言った。
「青鬼ってもしかしてあの、碧鬼山に棲んでるっていう言い伝えの……?」
「せや。碧鬼山の、青鬼」
数秒なにも言えなくなった桃莉だが、すぐに理解して盛大に笑い転げた。
「……っははは! やだも〜反物屋のおばさんったら、そんなのいるわけないじゃあない!」
この村の者なら、誰しもが一度は聞く"碧鬼山の青鬼"。
桃莉も幼い頃父に何度か『悪さこいたら青鬼に喰われんぞ』と脅されたことがあるが、早い段階で信じなくなった。
学校でも、真面目な子が悪いことをした生徒に『青鬼に食べられちゃうよ』なんて咎めるも、まだそんなの信じてんのかよ、と一蹴されるのがオチだ。
「おだまり!」
皺だらけの喉から出たとは思えないほどの大声に、桃莉だけでなく男共まで震え上がる。
「その青鬼の怒りを鎮めるため、美しい娘を選んで嫁にやらなくてはならないんや。そこで……選ばれたのが桃莉ちゃん、あなたなんよ」
「桃莉ちゃん、お願いします……どうか、どうか青鬼の元へ、嫁に行ってくれんかね」
ずっと後ろの方で黙りこくっていた村長が、杖をつきながらフラついた足取りで進み出た。
低い腰をさらに折り曲げ、深々と頭を下げる。
それに続いて副村長、大工、反物屋のおばさん、知らない顔ぶれも腰を曲げた。
「そ、そんないきなり言われても店のこともあるし、私そんな貢物にできるほど可愛くないし……!」
「桃莉ちゃんは十分別嬪さんよ! これなら青鬼もきっと喜ぶわァ〜」
「そうそう! 小野小町もびっくりやでぇ〜」
「店のことは叔父さんがやればいいさ」
確かに桃莉の見目かたちは整っているが、周りは大袈裟な世辞で褒めたたえた。
歯が浮くような台詞を並べる大人達に、桃莉は虫唾が走るような思いをした。
「そんな……私いや……っ! 木を切ったのは貴方達なのに、なんで私が……!」
「桃莉ちゃんだって、薪とか使ってるやろ?」
副村長が孫の手で背中を掻きながら言う。
自分勝手なことを平気で述べる副村長に腹が立った桃莉は、その孫の手をへし折ってやろうかとも思った。
「学校もあるし……」
「嫁に行ったらそんなん必要ないってぇ」
「お願いや、桃莉ちゃん! このままだと、村は……っ!」
ついには村長が杖を投げ捨てて土下座し、額を床に押し付ける事態にまで至った。
こんな身勝手な人に土下座なんかされたって、しようがないと桃莉は眉根を寄せる。
とその時、青白い閃光が瞬き、雷鳴が轟いた。
「また雷が……」
「このままだと死人が出るのも時間の問題や!」
反物屋のおばさんは、桃莉にトドメを刺すような眼差しを向けた。
"あんたのせいで人が死ぬで"。
言葉こそなかったが、言葉より圧がある。
その視線に折れた桃莉はとうとう、
「……分かりました。青鬼のところへ嫁ぎます」
と、震える声で言った。
「青鬼なんていないし、大丈夫……絶対」
返事をした瞬間に、あれよあれよと嫁入りの準備が進んでしまったが、冷静に考えれば悲観するのも早い。
そもそも青鬼になんて、存在するはずがないじゃあないの。
迷信や言い伝えに酔狂している村長達が勝手に恐れているだけじゃあないの。
一気に楽観的となった桃莉は、肩の力を抜きながら至れり尽くせりのドレスアップを受けた。
用意された煌びやかな衣装を纏い、白粉を軽く塗り、頬と唇に紅を刺し、髪を結って簪を付けてもらった。
練り香水を少しつけ、被衣を纏う。
少しかかとの高い下駄をカランカラン、と鳴らしながら歩くと、実に気分が良い。
七五三ですらまともにできなかった桃莉にとって、こんなにめかし込めるのは嫁入りの時くらいだろうと思っていた。
まぁ今がその嫁入り(仮)なのだが。
準備が整ったのはもう空が茜色に染まり始めた黄昏時で、いくら登るのが困難ではない碧鬼山とはいえ、急がなければ日が暮れてしまう。
「碧鬼山の頂上にある小屋に行けば良いんですよね? 村長」
「あぁ……くれぐれも、気をつけてな。本当に、本当にありがとう」
村長は、開いているのかと疑うほど細い目から一筋の涙を落とした。
しかし、桃莉はその涙にうんざりした。
安堵の涙でしょ、と。
別れを告げる気にもなれず、カラン、コロン、カラン、コロン──と、高らかに下駄を鳴らしながら、山奥の茂みへと入って行った。
「嗚呼、やになっちゃうよ。身勝手な人ばかり」
「はぁ……っ、荷物詰めすぎたかな……どうせ青鬼なんていないのに……」
もうすぐ頂上だというところまで来たが、荷物を詰めすぎたせいで息が荒くなる。
着慣れない着物と下駄で登っていることもあり、歩幅も小さい。
日が落ちて薄暗くなる前に頂上の小屋へ急がなければいけないというのに。
桃莉は肩にのしかかる風呂敷を恨めしく思いながらも、重い足取りで登った。
急いで荷造りした割にはその風呂敷は大きい。
中には着替えだけでなく、道具や図鑑、実験器具などが入っているからだ。
桃莉は青鬼なんていないと思っているため、どうせ小屋で一夜明かしてから戻ってくると踏んでいたが、あまりにも軽い荷物で行けば村長達に不審がられる。
「わ! また雷が……」
一瞬世界が光って、遠くの方でゴロゴロと不気味な音が鳴る。
桃莉は足を止め、彩度の低い空を見上げた。
「確かに、雲もないのに雷が落ちるのは変だけど……」
普通雷は、雲の上方に溜まった+電荷と、下方に溜まった−電荷によって空中放電して起こる。
つまり雲がないのに雷が落ちることはそれほどないのだ。
あったとしても、三日四日も連続して続くのは奇っ怪である。
「……まさか、ね」
桃莉は首を横に振り、鬼なんていない、と自分に何度も言い聞かせた。
頂上付近の立ち入り禁止区域へ差し掛かったところで、桃莉はふと足を止めた。
薄暗くなってきたため、持ってきておいたランタンで前方を照らす。
"立ち入り禁止"と印字された赤錆まみれの看板と、そのすぐ横にひっそり佇む祠。
桃莉は不審に思った。
「え……なにあれ……」
腰あたりまで伸びている雑草を掻き分けて祠に近づいてみる。
立ち入り禁止区域内にあるが、割と手入れされている状態だった。
看板が蔦や草で覆われているのに、祠には無い。
誰かが定期的に草むしりや掃除をしているということだろう、
「なんでこんなとこに祠が……?」
さらに近づいて見ようとした、その時だった。
カサリ、と、桃莉の背後の草が揺れた。
無風なのにハッキリと、大きな物音を立てて。
「え、なになになに! 誰!?」
桃莉がそう叫ぶと、それに答えるかのように茂みから獰猛な猪が姿を現した。
ランタンの光に照らされた猪は、グルルル……と威嚇するような声をあげながら、静かに桃莉へ歩み寄る。
「びゃぁあ! え、えっ、イノシシ!?」
猪は鋭い眼光で桃莉を睨みつけて牙を向いた。
怖気付いた桃莉は後ずさるが、猪は逃がすまいと桃莉に迫っていく。
確かこの辺は猪が出るから立ち入り禁止になったんだっけ、と今更思い出してもどうしようもないことを今思い出した。
「ングルル……」
「ごごごごめんなさいぃ〜!? ぎゃぁあ〜!」
急いで逃げようと走るも、不慣れな下駄。
勢い余ってたたらを踏んだと思ったら、盛大に草むらへダイブしてしまった。
桃莉は運悪く足首を捻ってしまい、逃げるどころか立ち上がることすらできない。
「ゔぅ……もうイノシシ鍋食べませんからぁ……っ」
猪はガサリ、ガサリと草を踏みながら、鼻息荒く桃莉へ近づく。
自分でも情けないなと思いながらも、おいおい泣いて涙を袖で拭った。
──ついに猪が桃莉に飛びかかろうとした、その刹那だった。
猪と桃莉の間に突如閃光が走り、桃莉と猪の目をくらませた。
「え……なにっ!? ……雷!?」
桃莉が唖然としている間に猪は素早く退散したようで、いつの間にか猪の姿はなくなっていた。
桃莉は座り込んだままホッと胸を撫で下ろしたが、目の前の草が煙を上げながら真っ黒に焦げているのを目の当たりにして震え上がった。
「危なかったぁ〜……でも、なんでここに落ちたんだろ……」
普通なら雷は高い場所に落ちるため、雷は地面ではなく桃莉に落ちるはずだ。
しかし、雷は狙ったかのように桃莉と猪の間に落ちた。
まるで2人を引き離すように。
桃莉はランタンを掲げながら、辺りを見回した。
目を刺すような強い光を目に受けたせいで、まだ少しチカチカとする。
そんな不明瞭な視界の中、桃莉が捉えたのは──。
「……こんな所で何をしている」
角を生やした、青い鬼だった。
ザーッと、春の生ぬるい風が草木をざわめかせる音だけが二人の間に流れる。
互いに何も言えぬまま、ただ相手の瞳を見るだけ。
桃莉は青鬼の黒い目に、ずっと見続けていたら吸い込まれてしまいそうだと畏怖した。
「……何をしているか聞いている」
「えっ、あっ、あのえっーっと……!」
ようやく沈黙を破ったのは青鬼の方だった。
桃莉はしどろもどろになりながらも、一応尋ねる。
「あなたが碧鬼山の青鬼さん……?」
桃莉は、彼の相貌を頭のてっぺんからつま先まで一瞥した。
普通に19歳前後の青年で、なかなか整った顔立ちをしている。
今まで友達に自慢された、どんな男の子よりもかっこいい。
群青色の髪と、同じ色の着物が風にたなびいている。
人間と違った点をしてきするならば、角と目だ。
瞳は青く、その周りが真っ黒な目と、左頭部にのみ生えた鋭い角。
元々二本あったのが取れてしまったようなアンバランスさが印象深い。
「……お前もどうせ、鬼がいるか興味本位でからかいにきた輩だろ。帰れ」
青鬼は否定も肯定もしない答えを告げると、怒りを含んだため息をついて歩き出す。
「あの、待って……!」
桃莉は幾分か回復した足で立ち上がると、青鬼の後を追う。
風呂敷の中身がガチャガチャと音を立てながら揺れた。
「さっきの雷、青鬼さんが?」
「猪が出る。これに懲りたらさっさと帰れ」
青鬼は付きまとう桃莉を面倒くさそうに避けながら、頂上へ向かって早足で登っていく。
「あの、実は私、あなたの嫁としてやられたっていうか〜……生贄っていうか〜?」
「は?」
「村長達に言われてですねぇ、ええっと……青鬼の嫁になるよう言われてですねぇ!」
桃莉は自分でも何を言っているのだろうと混乱しつつも、懸命に言葉を探した。
青鬼は顔を顰めると
「ついてこい」
とだけ言って、先を急いだ。
俺はもともと地獄の罪人を処刑する鬼だったが、その仕事に疲れて1000年の有給休暇をとった。
罪人の呻き声や懇願を聞いていれば、鬼でも鬱になる。
かといって鬼の俺が天国に行くこともできず、仕方なく人間の世界に降り、あまり人のいない山でひっそり休暇をとっていた。
たまに人に見られた時は、雷を落として追い払っていた。
そのせいで山奥に鬼が棲んでいると噂になり、俺は何もしていないのに、鬼というだけで愚か者が矢を射ったりと危害を加えてきた。
──俺が降りたって500年経ち、日本が江戸時代だった頃。
その頃から村の人間達は、この山の木を大量に伐採し始めた。
必要以上に切り倒し、森への感謝もない。
木々は悲鳴をあげ、動植物は住処を失う。
そんな現状に憤った俺は、天誅として四日間村に雷を落とし続けた。
山に来て俺を倒そうとする者もいたが、軽く雷で追い払った。
そうこうしているうちに、どういう訳か一人の着飾った娘が俺の元を訪れた。
私が生贄になるので村に雷を落とすのはやめて欲しい、と。
彼女は着物の袖を濡らして泣き、そう懇願した。
森を壊さないで欲しいだけなのに、なぜ娘を寄越したのか。
人間の行動の理解に苦しんだ俺は呆れてしまい、その娘を帰した。
雷を落とす気にもなれず、人間はしばらく放置していた。
たった数百年前の話、俺にとっては記憶に新しい。
「そんなことが……」
桃莉は一連の話を、鬼が住処としている小屋の中で聞いていた。
ところどころ蜘蛛の巣が張ってあり、ホコリだらけだ。
しかし生活道具もちらほらと見られる。
桃莉と青鬼の間にも、腕を乗せただけで軋むテーブルが置いてあった。
"有給休暇1000年"に突っ込むべきかと言葉を探していると、青鬼の方が沈黙を破った。
「おおかた、娘を捧げれば鬼の怒りが鎮まる、なんて馬鹿げた噂が広まってお前が連れてこられたんだろ。いつの時代でも、身勝手なヤツはいる。50年は大人しくしてやるから、お前はさっさと帰れ」
「えぇ、でも……」
桃莉が下山を渋った時、カンッと屋根に何かが落ちる音がした。
カン、カン、と一つ、二つに増えていく。
それは次第に数を増していき、最終的にはザーッという雨音になって響いた。
「……私、傘もってないんだよね……」
「……」
青鬼は心底呆れたようなため息を零すと、「一晩だけ泊めてやる」と言った。
小屋といっても鬼一匹が生活できるくらいには広く、桃莉一人が入ってもさほど狭くはならない。
寝床もあるし、机や椅子、小さな箪笥《たんす》といった最低限の家具もある。
ただ、ところどころ張ってある蜘蛛の巣や積もったホコリが気になった桃莉は、風呂敷から雑巾を取り出した。
なぜ雑巾を持ってきたのかは桃莉も覚えていないが。
「さっき猪に襲われそうなところを助けて貰ったし、掃除くらい手伝うよ!」
「ほっとけ。どうせ俺は汚い環境でも生きていける。掃除なんかしてもしなくても変わらん」
青鬼は筆を走らせ、古びた手帳に何かを書き込みながら突慳貪に返した。
桃莉は青鬼の言葉を無視し、ほっかむりを被ってハタキを振り回す。
「そんなことないって! 綺麗な方が絶対気持ちいいし! 気分の問題だよ、気分! ほら、ハタキもあるし、青鬼さんも掃除するぅ〜?」
「一人で勝手にやってろ……」
「楽しいと思うけどなぁ〜……って、ぎゃぁあゝ! ホコリが……っ! ヴゥェゲッホッ!」
「……全く楽しそうに見えないが」
今まで人間といえば、自分を見て攻撃してきたり泣き出す者ばかりだったため、距離感を詰める桃莉にどう対応すれば良いか分からなかった。
これならいっそ、攻撃するか泣き落としでもされた方がマシだったと、青鬼は心の中でごちる。
地獄に来る人間は性根が腐っており、ろくなやつがいなかったため、青鬼は人間に対し良い印象を抱いていなかった。
目の前のいつも人間は泣いているか怒っているかの二択で、桃莉みたいに屈託なく笑う人間を初めて見た。
「……こんな風に笑える人間もいるのか……」
「ヴェッホゲホッ……え、なんか言った〜?」
「何も言っていない!」
無意識のうちに出ていた呟きを、青鬼は慌てて否定する。
「あ、そういえば名乗ってなかったっけ? 私はねぇ、桃莉! 桃太郎の桃に、茉莉花《マツリカ》の莉!」
「鬼の前で桃太郎の名を出すな」
「あはは……青鬼さんは? 名前、あるんでしょ?」
桃莉に問われ、青鬼は咄嗟に答えられず、少し考えてから
「慈鬼《いつき》だ。慈しむ鬼と書いて、慈鬼」
と歯切れ悪く名乗った。
本名を名乗ることを渋っているようでもあり、どこかたどたどしかった。
「慈鬼……かっこいいじゃん!」
鈍い桃莉はそんな様子は気にも留めず、鼻歌を歌いながら再びハタキを振る。
よく分からない鼻歌と、それに合わせてリズミカルに刻まれたパタパタというハタキの音で夜は更けていった。
「……んぅー」
瞼の裏が明るくなって、段々と目が覚める。
桃莉は見慣れない天井に一瞬惑ったが、すぐにここは慈鬼という青鬼の住む小屋だと認識すると、大きく伸びをして起床した。
空はカラッと晴れて小窓から光が差し込み、昨日の雨が産んだ露を宝石のように照らしている。
寝落ちしたのか記憶が無いが、ほっかむりは外されているし、きちんと寝床に横たわっていることからして恐らく慈鬼が布団まで運んでくれたのだろう。
「あれー、慈鬼ー?」
礼を言おうと慈鬼を探すもその姿はなく、小屋はがらんと静かだった。
聞こえるのは鳥のさえずりだけ。
慈鬼はいつもこんな静かな場所で、数百年も独りで過ごしていたのだろうか。
「雨やんでる……帰ろうかな」
嫁に行けと言われた時は結構渋っていたものの、いざ帰ろうとなると憂鬱だった。
また叔父に店番や修理を押し付けられ、電気工学についての本を読んでいるだけでクラスメイトから気味悪がられる。
しかし慈鬼が嫁はいらないと言っているため、ずっとここにいるわけにもいかない。
「とりあえず荷物まとめよっと」
ハタキや雑巾以外はほとんど出し入れしていないが、一度整理のために風呂敷を広げていると──。
「桃莉ちゃん!」
「よかった、無事だったか」
小屋の入口に、村長と反物屋のおばさん、そして一人の少女が息を切らして立っていた。
「村長に反物屋のおばさんに……美波ちゃん!?」
二人と一緒に立っていた少女は、桃莉のクラスメイトでもあり親友の美波であった。
桃莉と色違いの着物を纏って着飾っている。
垂衣越しに見える美波は目を真っ赤に晴らして、声を抑えながら大粒の涙をこぼしていた。
確かボーイフレンドができたと自慢してきて、今日辺りにカフェデートだと意気込んでいたはずだ。
「……どういうこと?」
桃莉が嫌な予感を察して村長とおばさんを睨みつけながら問うと、おばさんが軽い口調で言った。
「それがねぇ、桃莉ちゃんがいなくなってから村でテレビやラジオを修理できる人がいなくなっちゃったんよ〜」
「だからね、桃莉ちゃんには戻って貰いたいんだ。代わりに別の人を嫁に出すから……」
「うっ……桃莉……っ」
そう言って二人が視線を向けたのは、声を殺して静かに泣く美波。
どういう理由で選ばれたかは桃莉には分からないが、どうせ自分勝手な都合だろうと呆れた。
「修理する人がいないからって、自分勝手だよ!」
「ラジオやテレビが壊れて情報が得られないと混乱している家庭もある、どうか分かってくれ。桃莉ちゃんも家に帰りたいだろう? さ、帰ろう」
村長は桃莉の手を取ろうと伸ばしたが、桃莉は手を引っ込めて拒絶した。
「美波ちゃんには彼氏だっているのに……!」
「文句があるんかい? このまま戻らないと村の人は困るでぇ。それでも帰らんなんて、あんたひどいやつや」
「そんな……ひどいのはどっちよ!」
白々しく煽るおばさんに、ついに桃莉は声を荒らげて抗議した。
二人から美波を庇うように立ちはだかり、蔑むような視線を送る。
「いいから来なさい。家に帰れるんだ」
「いやっ……!」
村長とおばさんが両方から迫り、桃莉の腕を掴んだ時だった。
「ぎゃっ、なんじゃ!?」
「なにごと!?」
村長とおばさんの背後、ギリギリのところで青い閃光が落ちる。
それは紛れもなく、雷だった。
「そのくらいにしろ、愚か者」
「慈鬼……!」
「青鬼じゃ!」
一斉に振り向けば、険しい顔で腕を組む慈鬼がいた。
おばさんと村長は慈鬼の姿にすっかり青ざめ、ガクガクと小刻みに震えた。
「もうこいつは俺の生贄だ。この娘を連れていくなら、それこそ無差別に雷を落とし続けるぞ。今度は死人が出るかもな」
「ちょっ、慈鬼!? ど、どういうこと!? 昨日は嫁なんかいらないって……」
桃莉は慈鬼の元へ駆け寄って問い詰めるも、慈鬼は質問に答えることなく村長とおばさんを睨むだけだった。
「そんな、桃莉ちゃんを返して貰わなければ困ります……!」
「うるさい、早くその小娘を連れて出ていけ。目障りだ」
「ひぃぁっは、はいぃぃゐ!」
村長とおばさんは慈鬼の威圧に耐えきれず、美波を連れて逃げるように下山して行った。
「慈鬼……」
「……俺はただ、愚かな人間を困らせたかっただけだ。少しの間、困ってしまえばいい」
その言葉に嘘は無いが、それが全部とも思えなかった。
何を考えているかわからない黒い目が、桃莉にはどうしようもなく優しく見える。
「帰るのを嫌がっていたが……帰りたくないのか?」
「うん……帰りたくない。叔父さん怖いし、学校でもいじめられるし。変な実験とかしてて、気味悪いんだって」
都市の進学校などにいれば間違いなく逸材として名を馳せていたのだろうが、残念なことに桃莉の住む村は、桃莉を受け入れるのには小さ過ぎた。
子供、ましてや女の子が機械いじりをするのはおかしいと、勝手に自分達の決めた枠の中に桃莉を押し込めようとする。
そして都合の良い時だけ頼ろうとする。
桃莉は慈鬼の方を伏し目がちに窺い見た。
貴方も同じだったでしょう、とでも言いたげな、視線。
「……そういうやつがほとんどだ。自分の知らない者を怖がって、排除しようとする」
慈鬼は険しい顔で、自分の反り立つ角をそっと撫でた。
その角に一体なにがあったのか問うのは、野暮というものだろうか。
いつか──いつかその角について教えてくれるほど親しくなれたら、と桃莉は願う。
「慈鬼が私のこと"俺の嫁"〜とか大声で言っちゃったからさ。私帰れないしここに泊めてよ!」
「嫁じゃない、"生贄《いけにえ》"だ! ……まぁ、帰りたくないならここにいればいい。俺のせいだしな」
「やった! じゃあ掃除やろ! あ、荷物も整理しなくっちゃ……! 慈鬼も掃除するぅ〜?」
「やらん! これ以上ホコリを散らすな!」
慈鬼にとっては不本意という形ではあるが、こうして鬼と少女のドタバタ同居(同棲?)生活が始まったのであった。
【第2話 鬼の居ぬ間にお洗濯?】
「ん〜っ、気持ちいい朝〜っ!」
「おい、窓を開けるな! 眩しいだろ」
慈鬼の小屋に転がり込んで1日。
桃莉にとって家以外で明かす夜は初めてで、新鮮な気持ちだった。
窓を大きく開けると、あまり日に当たりたくない慈鬼が布団を被りながら抗議した。
「あはは、なんか慈鬼、ドラキュラみたい!」
「俺は吸血鬼じゃない、鬼だ」
「吸血鬼も……鬼でしょ?」
そう屁理屈をこねる桃莉に、慈鬼はムッとした。
「あんな人間の作った訳の分からん怪物と一緒にするな。元来、俺達は人間に危害を加えることはしない」
慈鬼の視線はどこか遠く、桃莉の考えにも及ばないようなところを見ていた。
「完全な人間態に化けれたら、人間が俺を襲うこともなかった」
また頭部の角を、寂しそうな表情で一撫でする。
確かに人とあまり差異の無い姿をしているが、その反り立つ角と真っ黒な目、鋭い牙は引っ込められないようだった。
「ご、ごめん……」
「別にもうどうでもいい。それより、俺は今日ここを空けるぞ」
「えっ? どこ行くの!?」
「少し、地獄へ用がある」
慈鬼は元々地獄で罪人を懲らしめたり、閻魔大王の命令で動く、お奉行様のような役職だった。
有給休暇として千年のお暇を貰い、人間界に来ているらしいが……。
「地獄に何しに行くの? というか、どうやって行くの!?」
「お前に言う必要は無い。大好きな掃除でもやってろ」
慈鬼は支度を整えると、扉の引き戸を開けた。
「えーっ! ベンジャミン・フランクリンの雷実験に慈鬼の雷を使いたかったのに……」
桃莉が慈鬼に執着しているのは、慈鬼の持つ雷を落とす力に興味があるのも一つだった。
雲もないのに雷を自在に操る力を、鬼だからと片付けてしまうには惜しいので、その原理を調べあげ、あわよくば雷を利用したい……というのが桃莉の思惑なようだ。
「そんなのに付き合ってられるか! 俺はもう行く」
「えっ、待ってよー!」
バタン、と力任せに扉が閉められる。
桃莉が慌てて布団から立ち上がって扉を開けると、もう既に慈鬼の姿は無かった。
「むぅ。地獄への行き方、知りたかったなぁ」
一人残された桃莉は、つまらなさそうな顔をして布団を畳んだ。
地獄というのは、暗くて辺りが燃えていたり溶岩が吹きでていたり……なんて恐ろしい風景が想像されがちだが、それは一部の罪人処刑場のみである。
閻魔大王や高貴な鬼神が職務を行う場所は、割と綺麗な和館だ。
「……お呼びでしょうか、閻魔様」
「そう固くなるなってぇ〜慈鬼。ほら、そこに座れ」
閻魔大王の駐在する"冥王の間"は、畳の香りがする綺麗な和室である。
慈鬼が畳の上に座るのは、約200年ぶりであった。
慈鬼は、縁側の方を向いた。
丁寧に手入れされた庭園を、虚ろな目で見ている。
「まぁ今日ここに呼んだのはな、俺はそろそろ大王の座を降りたいと思っててよ。お前が即位してくれりゃ、話は早いんだがなぁ」
「罪人の処刑に疲れて地獄から逃亡した俺が、のこのこ即位できると思いますか? 他にも跡取り候補はいるでしょう」
慈鬼は閻魔大王を軽く睨みながら、冷たく言い放った。
しかし、それを聞いた閻魔は納得するどころか笑っている。
「仕事に疲れて人間界で休暇をとる鬼なんて他にもいる。そう気に病むなって!」
「……それに、俺は角を一本失った身。俺が閻魔大王に即位するなんて、絶対に反感を買うに決まっています」
慈鬼は、俯きながら静かに言う。
鬼にとって角は種族を表す象徴であり、それを失うことは自分の名誉を傷つけることになる。
一本角の鬼でもない限り、片方の角を失った鬼は気の毒がられるか見下されるか……とにかく良い印象は抱かれない。
そんな片角の慈鬼が閻魔大王として君臨しても、他の鬼は納得しないだろう。
「角がどうだとか、くだらねぇよー。鬼神として優秀なら、それでいいだろ? 」
「全ての鬼が、閻魔様のような寛大な心を持っているとは限らないんです」
「まぁとにかく継ぐか考えてくれよ。すぐにとは言わねぇが、遅くても100年後には降りたいしよ」
「100年って……すぐじゃないですか」
鬼にとって人の一生など、花火が咲いて散り消えるくらいの短さに値する。
100年後には、あいつも冥界に召されているのだろうか、と、初めて人の死後を案じた。
桃莉の駆ける一生は、慈鬼の瞬き程度である。
「暇だーっ!」
一方その頃、桃莉は暇を持て余していた。
小屋の周囲にはたくさんの木が植えられており、桃や林檎、蜜柑、きのこや芋、大根などが"野生"で生えている。
畑として育てられているわけでもなく、その辺にぽつぽつと勝手に生えている状態だ。
そのため、わざわざ食料を山奥まで探しに行く必要も無い。
「あ、そうだ……時計直そう!」
桃莉がふと思い出したように懐から取り出したのは、チェーンが付いた銀の懐中時計だった。
亡くなった父母の形見で、時計は父から、チェーンは母から貰ったものだ。
中を開くとローマ数字の並んだ盤面と、家族三人で撮った写真が入っており、ロケットペンダントのようになっている。
奇しくも父母が亡くなった日に止まっており、針はちょうど七時を指していた。
「七時……逢魔が時だ」
"夕方の七時頃は逢魔が時といって、魔物が現れるのよ。だから早く帰りましょうね"
外で遊びたくて、なかなか帰ろうとしない私を脅そうと母が使っていた言葉だった。
今でこそ信じはしないが、午後七時と聞くと、いつも逢魔が時のことをしみじみと思い出すのだった。
「お父さん……お母さん……」
桃莉の腕ならば直そうと思えば直せるのだが、なんとなく、そのままにしておきたかった。
時が進んで、家族で過ごした日々を置いて行ってしまうような感じがするから。
「……まだいいや」
できることならこの時計のように、幸せな頃でずっと止めていたかった。
桃莉の時間は、あの頃からずっと止まっている。
暇を持て余しても仕方がないので、持ってきた最低限の工具を手入れしようとした時だった。
「おい桃莉ィ!」
「この声は……!」
小屋の外から聞こえる、野太い声。
桃莉は途端にぶるりと震え、思わず握っていたプラスドライバーを落とした。
足音が迫り、気づいた時にはもう扉は開けられてしまっていた。
桃莉は青ざめる。
「久しぶりだなァ、桃莉」
「お、叔父さ……っ」
物があまり置かれていない慈鬼の小屋では隠れられるところが無いため、桃莉は為す術もなく叔父に見つかってしまった。
「叔父さん、なんで……!?」
「大事な家族だもんなァ? 迎えに来るのは当然だろ?」
「……嘘、嘘だ! 来ないで!」
叔父の白々しい態度に、桃莉は吐き捨てるように叫んだ。
従順だった桃莉に噛みつかれた叔父は、頭に血を上らせた。
「あぁそうだよ! お前は実に都合の良い商売道具だった……それなのに、麻雀から帰ってきたと思ったら、あの反物屋のババアが勝手に嫁に出したって言うじゃあねーか」
「私は、私は商売道具なんかじゃない!」
「身寄りのねぇお前を引き取ったのは誰だと思ってんだ! 機械いじりだけが取り柄のお前に居場所も与えてやったってのに! 商売道具として働いて恩を返すってのが筋ってもんだろうが、この恩知らずめ」
「やっ……!」
下山しようとする叔父に、桃莉は暴れて抵抗する。
しかし叔父は桃莉の細い手首を、手折ってしまうのではないかと思うほど強い力で握り、もう片方の手で口を塞いだ。
それも、睡眠薬を染み込ませた布で。
全身から力が抜け、桃莉はその場に崩れ落ちた。
「お前には、また働いてもらうぜ」
叔父は口角を上げて不気味な笑みを作ると、桃莉を背負って下山した。
桃莉が連れ去られた後、入れ替わるようにして慈鬼が帰宅した。
騒がしく出迎えるだろうと思っていた慈鬼は、静かすぎる部屋を不審に思った。
「……山菜採りにでも出かけたか」
そう淡白に呟いた慈鬼だが、乱雑した机上を見て顔をしかめる。
ネジやスパナ、ドライバーやグリスと言った部品や工具がぐちゃぐちゃに置かれており、つい先程まで作業していたかのように見える。
ナットが転がり、床に落ちた。
掃除好きな桃莉が、机上に工具を散らかしたまま出かけたとは考えにくい。
まさか村長達に無理矢理連れ去られたのでは、と考えを巡らせたところで慈鬼はハッとした。
「……別にあんなやつ……」
むしろいなくなってくれた方が静かだしせいせいするだろう。
そう自分に言い聞かせる。
「……ん? これは……」
工具に紛れていたのは、中々高価そうな懐中時計だった。
蓋が開かれており、時計の基盤と写真が目に入る。
はにかむ桃莉の両側に、女性と男性が写っていた。
恐らく亡くなった桃莉の両親だろう。
こんな大事な形見ともあろうものを置いていくなんて、いくら山奥とはいえ不用心がすぎる。
「……なんでまた、あいつの心配なんか……」
慈鬼は混乱し始めた自分の心を否定するように首を横に振った。
「ん……ここは……」
朦朧とした意識に鞭を叩き、桃莉はなんとか正気を取り戻した。
見覚えのある天井に、がばりと勢いよく飛び起きる。
「やっと起きたか」
「叔父さん……!」
──そうだ、私は叔父さんに連れ戻されたのだ。
桃莉は素早く状況を理解し、叔父を睨み付けた。
「ここにある機器を明後日までに全て修理するんだ! 分かったな?」
「そんな、こんなにたくさん、しかも明後日までなんて無理だよ……」
机の上には、ざっと見積もって30個ほどの時計やラジオが散乱している。
壊れ具合が酷く、桃莉の腕をもってしても到底直せそうにない機器が大半だ。
恐らく叔父がゴミ捨て場や廃材置き場から拾い、桃莉に直させて再利用しようとしているのだろう。
「ふん! 機械いじりが趣味なんだろ? 楽しく徹夜でやれぃ!」
「ひどい! 私にだって出来ないことあるんだから!」
「うるせぃ! 極悪非道な青鬼から助けてやったんだ、それくらいして当然だろ」
「極悪非道って……!」
鬼だからというだけで極悪非道だと決めつける叔父に、桃莉は悔しそうに歯ぎしりした。
まだ会って間もないが、ここ二日で猪と村長、二回も助けてくれた青鬼のことを悪く言われるのが許せなかった。
ましてや、真の極悪非道な叔父に言われるのが。
「余計なお世話! 青鬼より……慈鬼より叔父さんのがよっぽど極悪非道よっ! この鬼畜!」
「おい桃莉ィ! テメェ!」
桃莉は急いで下駄を履いて外へ飛び出すと、よろめきながらも碧鬼山へ走り出した。
「はっ……は、どうしよ……今森に戻っても追いかけられるし……」
下駄をカラカラ鳴らしながら走れば、当然注目を浴びる。
ましてや狭い村、鬼の元へ嫁に行った桃莉がどうしてここに、と騒ぎが叔父の耳に入るのも時間の問題だ。
「もぉ、どうしたら……!」
「桃莉!」
人気のない路地へ入った所で、少女の声がした。
振り返ると、桃莉の親友である美波が息を切らして桃莉の方へ歩み寄った。
「美波、なんでここに!?」
「桃莉が走り回ってるって近所の人達が言ってたから……」
美波はもう嫁入りの着物を纏っておらず、普通に学校のセーラー服を着ていた。
村長やおばさんに無理矢理嫁がせられることも無いだろうと桃莉がホッとしていると、美波は手に持っていた紙袋から着物を取り出した。
先日着ていた、桃莉と色違いの着物だ。
「もしかして桃莉、青鬼から逃げてきたんじゃないかと思って……だったら私、桃莉の代わりに青鬼のところへ行こうと思っていたの」
どうやら美波は、桃莉の代わりに青鬼の元へ嫁ぐつもりで着物を一式持ってきたらしい。
桃莉は首を大きく横に振った。
「違う! 私が逃げてきたのは青鬼じゃなくて叔父さん……私を山から連れ戻して、時計の修理させようとしてきたから逃げたんだよ」
「そっか、桃莉がいないと店の経営ができないもんね……」
桃莉は、親友である美波に対しては、複雑な家庭環境や叔父の愚痴を打ち明けていた。
「できれば叔父さんに見つからずに山に戻りたいんだよね……」
とりあえず山まで行ってしまえば、逃げ場所はいくらでもあるだろう、というのが桃莉の魂胆だ。
しかし、狭い村で見つからずに山へ行くのは難しい。
さらには桃莉に戻ってきて欲しい村長やおばさんも桃莉を見つけ次第保護しようとするだろう。
いや、村長達ばかりでなく、桃莉に修理して欲しい村民にも捕まる可能性がある。
「桃莉は……桃莉は、青鬼が怖くないの?」
美波が真剣な眼差しを向けながら尋ねた。
その目は、桃莉に戻ってきて欲しいと訴えるようでもあった。
「みんなが思ってるほど怖くないよ。むしろ、叔父さんとか村長さんみたいな人間なんかよりよっぽど優しいし」
桃莉を脅して奴隷のように扱う様子もなく、暴力をふるう気色もない。
そればかりか、困っているところを何度も助けられた。
鬼だから怖いんじゃない。
むしろ、地獄の鬼だから悪いことを許せないのかもしれない。
「青鬼……慈鬼って言うんだけど。私のこと笑ったり馬鹿にしたりしないんだ。機械いじりなんか女の子がするもんじゃないって、近所の人達は言うけど」
この町は遅れている。
男が薪割りや田畑の仕事し、女は炊事洗濯などの家事をして家を守る。
女のくせして料理のひとつも出来ないなんて、と笑われる。
「私、もうちょっと慈鬼と一緒にいたい」
慈鬼といれば──自分は自分らしくいていい、って思えるから。
慈鬼は私を否定したりしないから。
「桃莉」
唐突に、美波は持っていた着物を桃莉に手渡した。
なんのつもりなのかと、キョトンと首をかしげていると、美波は軽く笑った。
「着物を交換しよう? そしたら見つかりにくくなるでしょ?」
「そっか……! 美波ちゃん頭いいっ!」
「桃莉ほどじゃないけどね」
「いや、そんな……」
桃莉は頭が良いとはいえど、ムラのあるタイプだ。
理数系はとことん成績が良くとも、歴史や国語は大の苦手分野で、学年最下位レベルである。
そんな自分が優等生の美波に褒められて良いのかと戸惑っていると、美波は桃莉の両手を握り、真っ直ぐ見つめた。
「桃莉、これだけは覚えていて欲しいの。私は桃莉のことすごいと思ってる。機械直しちゃうなんて、簡単なことじゃないよ。周りが否定しても、私は応援する。堂々としてて、いいんだからね」
「美波ちゃん……」
クラスメイトや先生までもが嘲笑う中、ずっと応援してくれていた美波。
自分が行かなければ、美波が代わりに生贄として慈鬼の元へ連れ去られ、ボーイフレンドと引き離されてしまうだろう。
桃莉は、そんな親友の為にも、改めて慈鬼の元へ行かなければ、と固く決意した。
「さーて、鬼ごっこ開始と行きますかぁっ!」
「鬼は人間の方なんだけどね……」
桃莉と美波は互いの着物を交換し終えると、二手に分かれた。
「いつか必ず会いに行くからね、桃莉」
「うん。ありがとう、美波ちゃん」
簡潔に別れを述べ、美波は人の多い方へ、桃莉は山へ向かって。
桃莉の着物を着た美波が、できるだけ人目に付くよう走り回ることによって、情報を撹乱させるのが狙いだ。
美波は垂衣で顔を隠しながら、行くたてもなく走り回る。
「桃莉ちゃんじゃねぇか?」
「時計屋の店主が探してたぞ」
「確か鬼の所へ嫁に出されたんじゃ……?」
二人の思惑通り、村民達は走り回る美波を桃莉だと勘違いしたらしい。
騒ぎになって人が通りに集まったところで、桃莉は人影疎らになった山への道を急ぐ。
──ありがとう、美波ちゃん。
桃莉は心の中で何度も美波にお礼を言いながら、一人草をかき分けながら山道へ入った。
「山に入っちゃえばこっちのもん! その辺を適当にウロついていれば……」
桃莉はなんとか山に入り、茂みへ身を隠した。
そういえば何も食べていないことを思い出し、近くに生えていたリンゴの木から実をひとつ取る。
小ぶりだが赤く熟れており、口に含んだ瞬間、柔らかい甘さが口内を満たした。
確かリンゴは秋から冬にかけて実るはずでは、と春風を受けながら疑問に思うも、気にしている余裕は無かった。
桃莉は夢中でリンゴを頬に詰め込む。
「あっちゃー、そろそろ暗くなるなぁ」
カラスが鳴き始め、空が茜色に色づく。
桃莉の黒髪を緋色に染めながら、夕日は落ちていく。
修理に追われる喧騒から逃れ、静かに山で過ごせたらどんなにいいだろう。
自分のやりたいことを否定する人もいない、好きなように過ごせる……。
たとえ不便でも、山奥での生活は悪くないだろう。
「桃莉! てめぇ、この山にいんだろ!」
「げっ、叔父さんもうここまで……!?」
草木の茂みの間から除けば、それこそ鬼のような形相で登っていく叔父の姿があった。
「桃莉ィ! 桃莉ィ!」
「もぉ〜、そんなに私の名前連呼しないでよぉ……」
自分の名前がこだまして何重にも返ってくるのが恥ずかしいのか、桃莉は深くため息をついた。
とりあえず茂みで向こうからは姿が見えないようなので、叔父が去るのを静かに待とうとした時だった。
「まぁ、じっもしてやり過ごそ……うひゃぁぁあっ!」
突如、頭に硬い感触がぶつかり、桃莉は喉奥から悲鳴をあげた。
"硬い何か"は足の甲を直撃し、桃莉は座り込んで足を抑えた。
足元を見ると、かなり大ぶりなリンゴが落ちている。
「へ? リンゴ!?」
先程桃莉が口にしていたリンゴのなってい木から、実が落ちてきたのだろう。
リンゴがコロコロと斜面を下り、ぼちゃっと鈍い音をたてて川に落ちた。
「なんだリンゴかぁ……もぉ、ニュートンもビックリだよぉ……」
ホッと胸をなで下ろして安堵したのもつかの間だった。
「桃莉! てめぇんなとこに隠れてやがったな!?」
「うぁぁあ、やば! 見つかった!」
悲鳴をあげたせいで、叔父が勘づいてしまったようだ。
草を踏み潰し、猪が突っ込むような勢いで桃莉の方へと近づく。
「おおお叔父さ……」
「どこほっつき歩いてんだ! ロクすっぽ仕事もしねぇでよぉ!」
叔父さんは桃莉の姿を認めると、怒り狂って怒鳴りつけた。
桃莉は叔父の形相に怯え、一歩、一歩、と後ずさっていく。
しかし後ろは深い崖になっており、落ちれば全身打撲どころか、川の急流に呑み込まれて流されてしまう。
「無理無理無理! てぇぇぇんっさいの私でも、あの量を明後日までなんて直せないぃ!」
「なにが、てぇぇぇんっさいだ! こんなこともできねぇくせに」
「私は叔父さんの奴隷じゃない! 住まわせて貰っている修理の手伝いはもちろんするけど……私にだってやりたいこと、あるんだから!」
桃莉は修理よりかは、発明の方が好きだった。
自分で新しい機械を作るために時計やラジオを分解して構造を調べている内に身につけた副産物で、本当は自分で一から新しいものを作りたかった。
それを桃莉の両親は尊重して、修理を押し付けるようなことはしなかったが、桃莉が時計を直せると知った叔父は──。
「いいから来やがれ! さぁ!」
叔父は逃げ場のなくなった桃莉を追い詰めると、両手で桃莉を引っ張った。
「嫌だ! 離して! 離してっ!」
桃莉は必死に振りほどこうと身を攀じるも、成人男性との力の差は歴然で、なかなか離れない。
それでも桃莉は抵抗し、警戒の薄まっていた足元を蹴って叔父を突き飛ばす。
「くそ……! この恩知らずが! 死んじまえ!」
「へっ、わ……ぎゃぁぁあゝっ!」
叔父は激昂に身を任せ、桃莉を崖から突き落とした。
肩で息をしながら、桃莉を見下ろす叔父の姿が遠のいていく。
「うわぁぁあ! 重力加速度〜!」
為す術もなく目をつむり、諦めかけた時だった。
大説教イラスト
44:匿名の魔王:2019/05/07(火) 19:48 >>43
すみません、どういうことでしょうか?
主さん、スレを間違えたとかじゃないですか?乱入すみません