あの後に続いた言葉を、何故だか思い出せない。
小学三年生の春、私は東京の小学校に転入した。
「えー。全校朝会でも言ってた通り、このクラスに新しい仲間が増える。九州の田舎からやって来たそうだ。不安な事も多いだろうから、みんな仲良くやれよ。」
気だるげなこの若い男教師が、担任になるらしい。
『はーい』
クラスには児童はざっと数えて三十人は居るのに、返事は数人からしか聞こえてこなかった。
ああ、帰りたい。
いや、もう私の家はここにあるんだから、戻りたいが正しいのか。
そんな事どうでもいいや。とりあえず私が生まれ育ったあの町に戻りたい……。
着々と進んでいく一時間目が終わるのがとてつもなく怖かった。もし誰も話しかけてこなかったら?そう思うととても恐ろしくて、誰の顔を見る事が出来なかった。
東京の空気って、何か胸焼けするなあ。
端っこの列で良かった。窓の方を見ても、誰とも目が合うことはない。
時間は残酷にも、いつも通り進んでいった。
キーンコーンカーンコーン。
あ。東京でもこの音なんだ。完全に同じ音ではないけど、同じ音だから安心した。何言ってんだか。
一時間が終わる。号令。
朝の会のクラスメイトの様子からして、私に話し掛けてくる子はまず居ないだろうな。東京の子って意外と大人しいんだ。教室に居ても惨めになるだけだし、トイレに行こう。
そう思って立ち上がろうとすると、行く手を遮る様に数人のクラスメイトが私を取り囲んだ。
「お、おはよ」
その中の一人が、掌を私に見せながらそう口にした。
せっかく声を掛けてもらったんだからすぐに返すべきなんだろうけど、私は何かを言う前にその子をまじまじを見詰めてしまった。
どう見ても日本人の地毛ではないほど明るい茶髪――いや、金髪と言った方がしっくり来るほどの明るい髪、切れ長で鋭い目には化粧など一度もした事がない私でも見てわかる程濃い「アイシャドウ」。唇は不自然な程てらてらと艶めいている。おまけに耳にはピアスのような物が光っている。
見るからに不良だ。東京の子ってやっぱりオシャレなんだなぁ。
「ねえ、無視?」
頭の中でその子を勝手に解析していたら、他のクラスメイトがぼそりと呟いた。
「あ、ごめんなさい。えーと、何か、オシャレだなって思って」
適当に言い訳をする。
「オシャレ?ありがとー」
不良少女は今の今までぎゅっと吊り上げていた目を更に細くして、機嫌良さそうに笑った。そして私の腕をとる。
「あんたも可愛いじゃん。服の感じとか、何か下級生見てるみたいで和むし」
不良少女がそう言って周りの子に目配せすると、みんな「そーだよね」「ねー」なんて頷き合い出した。
それ、褒めてる?子供っぽい、もっと言えば田舎臭いって事じゃないの?
疑り深いと思われそうだけど、みんなの口や目は弓形に歪んでいる。明らかに馬鹿にしてる。
「えーと、名前なんだっけ?」
わざとらしく訊ねてくる、不良少女の隣で爪を弄っていた――短めの髪を頭の右側でちょこっと結んでいる子。おしゃれな肩を出したプルオーバーを見せ付けるように、不良少女とは反対側に居た子を押し退けてずいっと前に出てきた。
「あ、工藤みな子です」
いや、朝礼で紹介されてたじゃん。せめて覚えてるフリくらいしてくれよ。あ。
私、明らかに嫌われてるな。
この表面上は「仲良くしたい」と話し掛けてくるクラスメイトたちのせいで、転校初日から、私は嫌な現実を自覚する羽目になった。