こちらは[半殺し屋の骨牌録]
https://ha10.net/novel/1565924412.html
のスピンオフになります。
未登場の筒中色之助とその相棒、竹柴索子のコメディ寄りサイドストーリーです。
独立しても読めますが、本編に繋がる話もあったりするので、そちらも同時に読んで頂ければ幸いです。
>>02 登場人物
[筒中 色之助 (つつなか いろのすけ)]
借金を残して失踪した父親に復讐することを目指す大学生。(19歳)
借金返済のため、新聞配達や中華料理屋のバイト、内職などを掛け持ちしている。
重度の貧乏性で、道端の草や川で釣った魚で食い繋いでいる。
[竹柴 索子 (たけしば もとこ)]
色之助と同居することになる女性。(22歳)
両親はマカオで大規模なカジノを経営している裕福な家庭で育つ。
カジノゲームはもちろん競馬、丁半、麻雀、パチスロなど、あらゆるギャンブルに精通している。
両親を継いで、カジノのオーナーになるため修行中らしい。
[筒中 静(つつなか しずか)]
色之助の母親。
昔ホステスとして働いており、客だった浦之助と交際していた。
借金の連帯保証人にされた上に逃亡され、現在はスーパーのパートで働いている。
お人好しで騙されやすい。
[筒中 水花(つつなか みずか)]
静の母で、色之助の祖母。
仕事で忙しかった母に代わって色之助の面倒を見ていた。
厳格な性格だが優しく、色之助を立派な青年に育て上げた。
[東塚 浦之助 (ひがしづか うらのすけ)]
色之助の父。
妻を殺害して19年間逃亡しており、あと1年で時効が成立する。
高レートの賭け麻雀や博打に明け暮れており、を連帯保証人にして借金をした。
色之助の他に、黒之助という息子がいる。
[春寺(隣のおばさん)]
色之助のアパートの隣室に住むおばさん。
一人暮らしの色之助を気にかけており、おすそ分けなどをしてくれる。
その正体は敏腕スパイであり、秋南紗宵と深く関わりがある。
[東塚 黒之助 (ひがしづか くろのすけ)]
新米のキャリア刑事で、色之助の実兄。
幼少期に母を殺害した父を逮捕するため、密かに捜査している。
俺は筒中 色之助(つつなか いろのすけ)、19歳。
第一志望だった赤山学院の法学部に合格し、今年で大学生一年生となった。
夏休みも終わり、二学期からも頑張って学んでいこうと気合を入れた日のことだ。
「筒中君、出席日数足りてないよ? これじゃあいくら試験の成績やレポートが良くても、奨学金特待生からは外すしかないねぇ」
「そんなぁ……! 教授、そこをなんとか……っ」
「過去に戻って出席でもしない限り無理だね。まぁ退学じゃないだけマシだろう」
ラジオ体操の柔軟運動のように、腰を90度曲げて頭を下げた。
が、脂ぎったデブ教授は淡々とした声で断った。
「とにかく、今学期からの奨学金は無しだからね」
「ゔぅ……」
退学じゃないだけマシだと教授は言ったが、俺にとって奨学金の打ち切り=退学を意味する。
俺は月々の家賃を払うのも精一杯で、ましてや私立大学の学費なんて払えるわけがない。
この大学には貸与型の奨学金もあるが、利子が結構つく上に返済期間が短い。
大学を後にして、近くの河原をとぼとぼ石を蹴りながら歩く。
夕焼けが草木を飴色に照らした。
このままだと大学に行けない、つまり就職困難、借金も返済できない──。
「そもそも、あいつがいけないんだ……」
東塚 浦之助(ひがしづか うらのすけ)。
俺の父親──だと言われている男。
この男が母さんを連帯保証人ににして1000万もの借金をしたからだ。
家賃や光熱費、借金のためにバイトを掛け持ちした結果、出席日数が足りなくなった。
あぁ、クソ、いつか絶対見つけて復讐してやる。
後で分かったことだが、その男は妻を殺害して逃亡中の身だったらしい。
現在でも行方は分かっていない。
母さんがこんな男と結婚しなくてほんと良かった。
もしあのまま一緒にいれば、殺されていたのは母さんだったかもしれない。
それに母さんは名前が静(しずか)だから、東塚 静(ひがしづか しずか)って変な名前になるし……。
お金に余裕が出来たら、ダメ元で探偵とかにも依頼してみよう。
実の兄がいるとも話を聞いていたし、ついでにその実兄にも会いたい。
とにかく今はお金が必要だ。
「食費も切り詰めてかねぇとな……」
川のほとりで雑草の群生地を見つけると、食べられそうな雑草を引き抜いてビニール袋に入れた。
可憐な花をつけたミゾソバは目立ちやすい。
秋から夏にかけて水辺によく生えており、おひたしにすると美味しいのだ。
「あら色之助君、草むしり?若いのにえらいねぇ」
「あ、春寺(はるでら)さん、こんばんは」
背後から俺を呼び掛けたのは、アパートのお隣さん、春寺さん。
いつも作りすぎたから、とおすそ分けを持ってきてくださってくれる、本当に親切な方だ。
夕飯用の草を収穫しているという恥ずかしい姿を見られたが、どうやら草むしりしていると勘違いしてくれたらしい。
「草、捨ててきてあげるわよ?」
「ダダダダメです!」
「え?」
「あーいや……俺が勝手にやってるんで春寺さんの手を煩わせるわけにはいきません! そ、それじゃ!」
せっかくの大量収穫を失う訳には行かない。
俺は春寺さんから逃げるようにしてその場を去り、暗くなる前へ公園に向かった。
「オオバコ、ミゾソバ……あとはギンナン拾って帰るか」
夕方の公園というのは大抵子供が多いが、ギンナンがあるペンチャン公園は小さくて遊具もあまりないので、滅多に人が来ない。
ペンチャンってなんだろう。
「ギンナン、ギンナン〜」
独特の匂いは臭いと敬遠されがちだが、慣れてしまえばどうってことは無い。
公園に足を踏み入れ、イチョウの木へ向かおうとした時だった。
「……え」
蛾の集まった街灯に照らされていたのは、一人の女性。
それも意識を失い、倒れている状態だ。
年は俺とそう遠くない、女子大生くらい。
肩までのサラっとした髪が、地面に扇形に広がっている。
もともと黒かったであろうパーカーは砂で汚れて鼠色になり、頬や額には小さい切り傷があった。
ショートパンツから伸びる脚にも、白い肌には似つかわしくないような擦り傷ばかり。
なんというか、全体的にボロボロで、ただの発作などで倒れたのではないのが一目で分かる。
「生きてる……のか……?」
一応小さく体を上下にさせて呼吸しているので、生きてはいるらしい。
大きな黒いボストンバッグを大事そうに抱えて眠っている。
「大丈夫か? おい……」
肩を揺らして呼びかけるも、小さなうめき声が漏れるだけで返事はない。
「マジかよ……と、とりあえず怪我ひでぇし、手当てだ手当て……っ!」
女性を左肩に抱え、ボストンバッグを右肩にかける。
中に何が入っているのかは分からないが意外に重く、引きずるようにしてアパートへ向かった。
こっちはラノベ的な感じですね。コメディ的で面白いです。主人公が公園で野草を取っているのは特にクスッときた。
ただひとつだけアドバイス。まだ本編未登場のキャラを主人公にしたスピンオフを描いても、読者は感情移入がしずらいんじゃないかと思いました。
>>28
やっぱりそうですよね
スピンオフというよりかは、もはや世界観が同じだけの別作品と受け取って貰った方がいいですね
安価間違えました
>>6
です
「なんだこのカバン、何が入ってんだよ……」
ボストンバッグを一旦置いてポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
とりあえず女性は布団を敷いて寝かせ、ボストンバッグは玄関の端に寄せた。
旅館名の大きく入ったガサガサのタオルを濡らし、軽く顔や手などを拭いてやる。
タオルはたちまち砂の黄土色と血の赤色に汚れた。
「酷いなこの傷……化膿してる。薬あったっけか」
一応置いてある救急箱を開くと、ツンとしたエタノールの臭いが鼻を突いた。
エタノールのボトルの底には、2015:08/10と使用期限が記載されている。
コットンはガサガサ毛羽立ってるし、オロナインも4年前のだし、絆創膏貼は粘着力が弱まっている。
長いこと補填していなかったせいで使用期限は切れているが──。
「平気だろ、使える使える!」
消費期限が切れても食べられなくはないように、オロナインと消毒液くらい消費期限切れても使えないことはないだろう。
俺は毛羽立ってガサガサとしたコットンに消毒液を垂らすと、そっと傷口をさすって消毒した。
それからオロナインを軽く塗っておく。
血は止まったし、傷の治りが遅くなるから絆創膏は貼らない。
「あとは……」
お腹が空いているかもしれないので、軽くご飯くらいは用意して──。
「うわ、米一合もねぇ……!」
米びつを開ければ相変わらず底が見えるほどすっからかんで、かき集めても一合カップすら満たなかった。
というか、この米びつが満タンになったことは一度もない。
白米なんて贅沢で、1週間に一度食えれば良い方だ。
毎日おもゆ、良くておかゆ。
「よし、これくらいなら水たくさん入れて、最悪一食分のお粥にできんだろ」
お粥を弱火でじっくり煮ている間に、先程摘んだ雑草をしっかり満遍なく洗う。
オオバコはそのまま適当に炒めて塩で味付け、ミゾソバの葉はおひたし。
どちらも手間のかからない調理なので、15分と経たない内に完成だ。
彼女がいつ目を覚ますか分からないが、冷めたらまた温め直せばいい。
とりあえずお盆に水とお粥、野菜炒め、おひたしを乗せて部屋へ行くと、ちょうど女性が起き上がった。
「え……あれ、ここは……!?」
「あ゛〜よかった起きた!」
俺はお盆を彼女の枕元へ置くと、空気を入れ替えるために窓を開けた。
「え、いけめん……」
「なんか言ったか?」
「いえ、なにも!」
彼女がなにか呟いたような気がしたが、小さすぎたのと、窓の近くにいたセミの鳴き声に掻き消されてよく聞こえなかった。
「あんたペンチャン公園で倒れてたんだけど、覚えてねぇ?」
「公園……」
「ま、言いたくねぇならいいんだけどよ。とりあえず飯食う?」
浅いとはいえ傷だらけ、しかも公園で行き倒れだなんて何か言い難い事情があるのだろう。
それでこそ、親に虐待されて家出したとか、彼氏のDVから逃げてきたとか……。
彼女は恐る恐る、といった顔で箸を持ち、野菜炒めを一口含んだ。
「なんですか、この葉っぱは……」
「そっちはオオバコ。河原で摘んできた。おひたしはミゾソバ、それも河原で!」
「雑草!? しかもお粥は薄いし水っぽい……! もはや重湯(おもゆ)! 奈良時代の農民……!」
「悪い、冷蔵庫からっぽでさ〜。バイト代は全部教科書代に使っちまったし……」
いくら教科書が高いとはいえ、バイト代を全て費やすほどではない。
というのも、あの男が借りたのは闇金で、ヤクザの取り立てが毎月来るのだ。
追い返すには、少なくとも0が5桁くらいの金額を握らせるしかない。
「ちょっと日本にいなかった間に、日本がこんなに貧困になっていたなんて……!」
「大丈夫だ、俺が極端に貧困なだけで、日本はまだ経済大国だ!」
自分で言っていて惨めになる。
「でも本当にありがとうございます。ラスベガスのカジノで大儲けして、その金を持ち帰ったは良いんですが、どこからか聞き付けたマフィアがその金狙って追いかけて……逃げ回って、あの公園で力尽きたんです。そこをあなたが保護してくれたみたいで」
「なにその、海外ドラマみてぇな……」
嘘だか本当だか分からない話を、彼女は淡々と紡いだ。
皿を見れば、野菜炒めは残っているものの、ミゾソバおひたしの方はいつの間にか完食されている。
「私は竹柴 索子(たけしば もとこ)って言います! 命の恩人すぎる! ぜひお礼させて下さい! てかさっきから思ってたんですけど顔めっちゃタイプです付き合って下さい!」
「俺は筒中 色之助(つつなか いろのすけ)。礼はいらねぇし出会って数分のやつに告白とか良くOKされると思ったな、お断りだよ! つーかこんな顔がタイプなの!?」
「顔だけじゃないです、見知らぬ人に救いの手を述べるその聖母マリア顔負けの優しさ! 雑草から作る絶品おひたし! それにこう、道で拾った人と恋に落ちる作品とかよくあるじゃないですか! これはフラグ……! 運命!」
先程までの大人しかったのが嘘のように早口でまくし立て始め、おひたしが美味かったというよく分からん理由で告白された。
狙ってもいない胃袋を掴んでしまったらしい。
「というわけでカイロスさん」
「筒中 色之助(つつな"か いろのす"け)だからってカイロスはやめろ。ギリシャ神話じゃねぇんだよ」
「いーや、私にとってチャンスの神様みたいな人なので、カイロスさんって呼ばせて貰います!」
「ふざけんなトモコ!」
「索子(もとこ)です!」
初対面だというのに謎のノリが生まれ、互いにカイロス、モトコ、カイロス、モトコと譲れぬ戦いを繰り広げた。
そっちが普通に名前を呼ぶ気がないなら、こちらも普通に呼びたくはない。
「あぁ、そう、それでカイロスさん。お尋ねしたいんですが」
結局決着がつかぬままモトコが話題を変え、一時休戦となる。
「カイロスじゃねーけど……まぁいい、なんだよトモコ」
「トモコじゃないですけど、まぁいいでしょう。カイロスさんは"半殺し屋"って知ってますか?」
「半殺し屋……? いや、聞いたことねぇけど……」
「そうですか。それを追って日本に来たんですけど、やっぱ情報少ないですねぇ」
トモコは重湯──お粥をレンゲですくって啜り、ため息をついた。
殺さない程度にボコボコに殴る業者だろうか──?
殺し屋なら物騒だが、半殺し屋だとなんだか中途半端な響きになる。
いや、半殺しでも十分物騒だが……。
そういえばマフィアに追われてたとか言ってたか、こいつ。
「そうだカイロスさん、私、鞄を持ってたと思うんですけど」
「あぁ、玄関に置いといたぜ」
俺は立ち上がって玄関に置いていたボストンバッグを持ち上げると、彼女の枕元へ軽く投げた。
ジッパーについていた小さな錠前が揺れる。
「すげぇ重かったぞ、それ! 着替えでも入ってんのか?」
「あーこれはですね」
トモコがそのボストンバッグを開けようとジッパーに手をかけた時だった。
「つーつなかさーん! いらっしゃいますかぁ」
野太い男の声と、激しくドアを蹴る音。
こんな乱暴な訪ね方は、ドアスコープを見るまででもない。
「まずい……取り立てか!」
「採りたて? なに、おひたし!?」
「いーからお前は隠れてろっ!」
襖にボストンバッグごとトモコを放り込み、姿を隠した。
ヤクザに見つかっては彼女まで巻き添えを食らうだろう。
バイト代を銀行から下ろすのを忘れていたので手持ちの金は500円。
小学生の小遣いかよ……。
居留守を使おうと思ったが、ドアの下から電気の光が漏れているし物音を立てたのですぐにバレる。
仕方なく、鍵を開けてヤクザを招き入れた。
太い金の鎖のネックレスを三連ジャラジャラ付けた、スキンヘッドのいかついおじさんが押し入る。
ドアには嫌がらせでびっしりと闇金のチラシが貼られており、数枚剥がれて地面に落ちた。
「さっさと返してもらおうかぁ、1000万!」
「今まで500万返したんだから残りは500万じゃ……」
「悪いな兄ちゃん、その500万は利息だ」
「そんな馬鹿な……!」
1000万の借金に対して利息が500万、そんな馬鹿な話があるか。
そう抗議しようとしたが、するだけ無駄、相手は闇金。
アロハシャツから覗く龍の刺青が、アウトローを物語っていた。
「ちゃぁんと契約書は読んでおかねぇと……ってあー、兄ちゃん騙されたんだっけか! お父さんの連帯保証人にされちまって、可哀想によォ!」
可哀想に、と口では言いながらも、顔は分かりやすいほどの嘲笑いだった。
「期限は今日だぜ? 今まで延長に延長を重ねてきたんだ、もう猶予はねぇ。なぁに、腎臓くれぇひとつ無くても死にはしねぇよ!」
公園での出来事に慌てふためき、すっかりと忘れていた。
今日が返済期間の最終日。
父の交わした契約は、支払えなかった場合は俺の臓器を提供するという物だ。
言わば俺は、担保。
どうせ学費も払えない、その日を生きるのもやっと、毎日空腹。
せっかく合格した大学もバイト詰めで授業に出られない。
朝4時から新聞配達、昼は学食でバイト、中華料理屋でバイト、居酒屋でバイト、夜は内職。
腎臓一つ差し出してその全てが終わるのなら、この地獄が終わってくれるのなら、母さん達が笑って暮らせるのなら、別に、別に──。
「……出ていけ」
恐ろしく低く、冷徹な声が響く。
振り向けば、いつの間に襖から出ていたのかトモコが虚ろな目をして立っていた。
「なんやお前? こいつの彼女かぁ〜?」
「そうです」
「いや、違う、違う」
俺の否定は虚しく、二人に無視された。
ヤクザは苛立ちをぶつけるように壁を蹴り、トモコに詰め寄った。
「お前出ていけって言うたな? 誰に口聞いとんのか分かっ……」
「1000万」
トモコは一言だけそう言うと、分厚い札束を一つ放り投げた。
「………………は? いや……なに……!? え? 何この金? おいトモコ……?」
彼女は虚ろな目で、札束をまるでオモチャでも扱うかのように放り投げていく。
一つ、二つ、三つと積まれていき、足元が札束で埋まっていく。
ちょうど10個目を投げ終えると、ようやくトモコの手が止まった。
「なに? まだ足りないの──? アンタの膝のとこまで積もうか……?」
「ひっ……!」
つい数分前まで天真爛漫を感じさせた花のような声の面影はなく、絶対零度を思わせるような声で言い放った。
ヤクザはメデューサに睨まれたかのごとく固まり、かく言う俺も瞬きすら出来い。
トモコはヤクザのスーツのポケットと、あんぐりと開けた口に札束をめいいっぱい突っ込んでドアの外へと放り投げた。
顎が外れそうなくらいの厚さの札束が彼の口に納められた。
「偽札じゃないから。早くこれ持って出ていって。というか、今後一切カイロスさんに近づかないで」
「あっ……あゝ」
ヤクザは口に札束を突っ込まれたまま取ろうとせず、瞳を震わせながら座り込んでいる。
「えっ、おいトモコ……!」
トモコは入りきらなかった分の札束をドアの外へ投げ捨てると、荒々しくドアを閉めた。
「カイロスさん、これでチャラね!」
「いやいやいやいや、いやいやいやいや」
「やっぱ1000万じゃ足りないかぁ〜」
「いやいやいやいや、いやいやいやいや」
ドアを閉めた瞬間、スイッチでも切り替えたかのように元の口調へと戻る。
一体どこにそんな金を隠し持っていたのかと問えば、彼女は事も無げにボストンバッグを指さした。
「ちょっと世話したくらいで1000万も受け取れねぇよ! 飯だってほぼ原価50円くらいだぞ!? 消毒液とオロナインだって使用期限切れてるの使ったんだぞ!?」
「公園で倒れてる人を自分の家に保護するとか、簡単なことじゃないですよ。普通、倒れてる人になんか近づきもしません」
「けどなぁ、お前……」
いくら命の恩人とはいえ、こちらの都合でできた借金をぽんと返されては居た堪れないというか申し訳ないというか。
「その鞄大事そうに抱えてたじゃねぇか! そんなもん受け取れねぇって」
「なんていうか、私にとってお金って点数なんですよ」
「はぁ……?」
彼女は札束で溢れるボストンバッグのチャックを、無理矢理閉めながら言った。
「さっきカジノで大儲けしたって言いましたよね?」
「あぁ……あれ実話だったの……」
「酷いですね!? で、そのお金がこれです。私がこのお金を大事に持っていたのは、これで宝石を買いたいとかそんなんじゃありません。ただ、私はこれだけ勝ったんだ〜っていう可視化されたものが金だったから大事にしてただけで、別にこの金の使い道はどうでもいいんです」
彼女は本当に金への執着を断ち切っていた。
本当にお金なんかどうでもいいと言うように、金の入ったボストンバッグの上に「よっこらしょういち〜」と間抜けな声を出しながらクッション代わりにして座った。
「いやぁ〜でもホテル代に、ってドルから円に換金しといて良かったぁー!」
彼女は、俺を助けられて本当に嬉しい、みたいな、本当に幸せそうな顔で笑った。
人の借金を代わりに返して笑うやつなんて見たことない。
人の借金を代わりに返して泣くやつは──鏡で何度も見たけれど。
「あの借金……あれは母さんの元カレがギャンブルで作った借金だ。その男引っぱたいて、いつか必ず1000万、耳を揃えて返させるから……」
「もういいですって、1000万くらい……あ、そうだ、そんなに言うなら……!」
トモコは勢いよくボストンバッグから飛び降りると、瞳に宇宙でも宿したかのようなキラキラとした目で叫んだ。
「ここに住まわせてくださいよ! 家賃はそう……さっきの1000万で!」
このボロい六畳一間は、この一言を境に1000万の価値を持つことになった。