小話

葉っぱ天国 > 小説キーワード▼下へ
1:999:2019/12/28(土) 18:08

別サイトにちょこちょこ載せている小話をポトポトと
感想はあると喜びますが別になくとも
自己満足でありますし、性癖にも偏りがありますのでご注意ください

因みに僕は腐っています
製造ラインが腐っています
……苦手な人は、お気を付けて

2:999:2019/12/28(土) 18:19

一つ目

テーマを頂いて書いたお話

登場人物は【駒崎海知】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・彼がハーフの獣人であること
・これは獣人が排斥される、現代社会的な世界観での話であること
・駒崎海知は両親を亡くしていること

キャラシは小話が終わった後に

3:999:2019/12/28(土) 18:19

海知の愛。獣人の愛。人としての恋心とか。否定できない獣性とか。
人の心と獣としての身。釣り合いの難しい言葉。
その状態で愛を語るのは、とてもとても、本当に、難しい。そしてその難しさというものは口にした言葉を相手に正しく受け取ってもらうときに、再び露見する。バイアスというものは厳しい。人間同士なら大した苦労もない意思疎通も、段差が少々生じるだけで、すぐ難しくなってしまう。だから海知は隠す。相手がどんなに優しくとも、言葉にしない。
溢れそうになる言葉を押し隠す。どんなに言いたいことがあっても、心ごと抱き締めて黙っておく。それは海知のしなくてはならないこと。どんなに苦しくても為さねばいけないこと。……口にしたかったものを黙って留めておく。そのせいで海知は笑うことばかり上手くなってしまった。
知らなくて良いこと、口にしたくないこと、褒めたいこと、隠したいこと、黙り通すために。いつまでも無垢で居るために、純粋で在るために。
「うん、そっか」
大変だったね、と海知は相手を抱き締める。人との触れ合い、それで確かめるのだ。自分が人である、と。
「大丈夫、大丈夫。……いつか、全部分かって、寄り添ってくれる人が現れるよ」
獣としての生を選べる海知は、誰かの隣を自分で選ぶつもりがなかった。それを自分の誠実さにしていた。逃げ道を、少ないなりに確保しているなら、その傍らに誰かを愛すことなど出来はしない。
そんな風に考えていたから。
「ん、僕? 僕、は……だめだよ。君のことは、好きだけど。……もう居なくなるから。もうすぐ、居なくなるからさ」
愛し合える人を探してね、といつも言う。海知の内に在る愛は博愛に近いもの。それに気付いて欲しいから、海知は何度でも。……相手を傷付けるとしても、口にする。
博愛というのは難しい。誰でも愛して、誰も一番にしない。根からそうであるなら楽だったろうけど、海知はそうでなかったから。……自分で選んだことなのに、毎夜のごとく孤独を感じてしまう。
笑おう、と言い、ふわり、と笑う。
それが海知なりの、言葉の代替品。口にしないで飲み込んだものの変換先。
人間よりも遙かに敏感な耳へと届く鼓動が救いだった。優しく脈打つ心音が大切だった。一人であろうが独りではない。そう信じられる音が、最高の宝だった。
どこに行っても、それが救済だった。

4:999:2019/12/28(土) 18:19

海知の生活は、時に単色が過ぎることもあった。呆然としてそれに沈むことがなかった、とも言えない。人としては精神が頑健な方ではあって、だからこそ友人を一人も連絡先に残さず転々とする暮らしなんてものを出来るのであって。
フラッシュバックが起こるのは稀だから、まだ我慢できている。父と母。相次いで喪った大切な二人。あの二人の笑い合う姿を、海知は時たま、人の内に見てしまう。重なる光景に、二人が口にしていた言葉に、ああ、と嘆息して。既視感を排さなければ。忘れてしまわないように。
「それが、君のこたえなんだね」
自分以外の誰かを目覚めさせて、海知は一人になる。自分以外を選ぶ人たち。皆、皆、みんな好きだった。でも選ばせたくなかった。自分を。
誰も知らない海知のこと。一人で泣くことも一人で吼えることもある。思うばかりの言葉をいつまでも抱き締めて、海知はずっと、変わらない。変わらないままで居る。
変われないままで。
そうしたら、あと数十年したら、きっと、泡沫のように消えられるから。壊れないまま、どこかで、そっと。
……見境のないことを言ってしまえるのなら、見境泣く真実を伝えても良いのなら、海知には吐き出してしまいたいことなんていくらでもある。
自分が獣人のハーフであると。誰かの隣に在りたいと。誰かに自分を選んでもらいたいと。愛し愛される夢を抱いてみたい、と。
カリ、と喉を掻く。血が出ない程度。ほんの少しだけ。
口にしたい想いは、いつだって、重苦しいほど張り詰めている。仕方ないことだ。だって、
「……僕は、獣人だからね」
世間に受け入れられない。世界中に、あるかも分からない居場所を探しに行かなければいけない。愛を叫んでも、言葉をいくら重ねてと、問い掛けて答えを待つという行程を飛ばすことができない。そしてその答えが、欲しい返答が、受け取れないとすれば。……海知は誰にも知られないように心を殺さなければいけなくなる。
悲鳴のように笑わなくてはいけない。意識せず考慮せず、紡ごうとする前に溢れさせて落として、どこか違うところに気持ちを預けようとして、躊躇って。
「僕が何か、分かる?」
「え……そりゃ、人だろ。俺が嫌いな」
「うん、そうだね。君と同じ、“人”だね」
誰か、分かってくれないか。そんな淡い願いを、海知は自ら殺していく。自分で殺してしまわないといけない。
だって口にしたら二度と戻れないことを分かっているから。口にしてはもう生きていけなくなることを感じているから。
“獣人”という種族に与えられた枷から海知は逃れることが出来ない。逃げるだけの強さを、海知は持てなかった。
「……誰かの心臓になれたら、いいのにね」
海知は自分の意味を、誰かから与えてもらいたかった。

5:999:2019/12/28(土) 18:20

「愛、か」
海知は両親からの愛を深く受けた身だ。愛は分かる。愛とは好くこと、尽くすこと、死ぬこと、そして生きること。誰かのために何かを為すこと。誰かのために笑うこと。誰かの痛みを自分のものとして涙すること。
海知が愛を抱くとき、そこには必ず両親の残光がある。人間であった母と、純血の獣人であった父。馴れ初めを聞いたのは、いつのことだったか。

──“駒崎”の名字は、無戸籍児の扱いであった父が母と結婚するために、どうにかこうにか手に入れた名字、だったらしい。母が早くに死に、ひどく憔悴した父は、それでも笑って海知に語った。
本来俺は、お前という子どもを生むつもりがなかったんだ、と。
『俺たち獣人は迫害される。世間がそう定めたからだ。だから子を作ることを、俺の家は避けていた。俺も尤もだと思っていた。苦しむくらいなら、迫害されるくらいなら、……生まれない方が良いと』
海里には酷な話だろうから黙ってきたけれど、と呟いてから、父はひどく明るく笑った。それを海知は、良く覚えている。頭を撫でた手は少し骨張っていたかもしれない。……人間不信に陥る直前の辺りのはずだ。
墓を建ててもあまり意味がないから、と言いつつも父は骨の大半を母の実家に送り、墓に入れたらしい。ほんの少しの遺灰だけを小瓶に入れて、チェーンに通して、ずっと身に付けていた。片時も手放さなかった。
そして彼は海知を連れて街を変えた。海知が信用できる、と思った人間に、自分のことを話したせいだった。
半ば夜逃げのように街を変えた。
その時処分したものの中には、父が受け継いだという家の記録も……あったように、思う。
『──俺と海里はな、同じ茶店で働いてたんだよ』
俺がバイトの店員で、海里はそこを経営してた家の長女、と父は話していた。一目惚れだったと言っていた。自分の手で掴んではいけない“運命”だと分かっていたんだ、と呟いていた。
父が泣いた姿を、海知はその時の、ただ一度しか知らない。
父が自分以上に母を愛していたことは、母が自分以上に父を愛していたことと同様に、海知は知っていた。けれど父がそれでも海知を母に重ねず愛してくれていたことも、きちんと理解していた。
それがだから、父がくれた愛が、海知にとっての愛だった。
海知を食べさせるために自分は食事を疎かにして、家賃をきっちりと払い続けるために土木系の日雇い仕事ばかりを受けて。中々人が引き受けない仕事を二つ返事で重ねて負って、月に一度だけ、倒れるように休む。
そういう姿が、海知にとっての愛の形。自己犠牲こそが。
『一人ってのは、孤独っていうものは。……“あいて”を知ると、辛いもんなんだぞ』
だから俺はお前のためにも生き続けるんだよ、と笑った父は。

……獣人排斥派とか言う下らない人間たちに殺されたんだと、海知は信じている。感じている。
だから人間不信から抜け出した今でも拭い去れない諦念に、言葉を付けないままでいる。

6:999:2019/12/28(土) 18:21

母が父のことを語ることは少なかった。母は語るよりも前に、海知と父のことを一番に考えていた。二年、もしくは三年に一度のペースで街を変える父のために教員免許を取ったという彼女。体のコントロールがまだあやふやだった海知のために医学も学んだという、優しい母親。愛に、真っ直ぐな人だった。
『お父さん……智明はね、今でこそ良く笑うし喋るけど、私が出会ったときは無口でぶっきらぼうで……でもね、勘違いしちゃダメよ。智明は、今も昔も変わらず優しいんだから』
母が時たま父を語るとき、そこには言葉にも出来ないほどの深い優しさがあった。獣人の血が流れる故に身体的成長が早かった海知。彼女が死ぬ直前にはもう膝に収まりきらなくなっていたけれど、母は海知を膝に乗せて、高くなった頭を撫でていた。
いつも笑っていた。海知の記憶の中の彼女には、そんな記憶しかない。
……父はくすんだ焦げ茶の髪と、キラキラ光る茶色の瞳を持っていた。母は風に映える黒の髪と、深くも柔らかい藍色の瞳を持っていた。二人の色が海知は大好きで、今も忘れられない。同じ色彩であるだけで、目で追ってしまう。道行く人を目で追い掛けてしまう。
それはつめり、いつだって彼らのことを忘れることがないということで。
『私の両親は典型的な、獣人排斥派だったわ』
幼かった海知に、母は一度だけ語ったことがある。
『人間として振る舞っていた智明を両親は好意的に見ていたけれど、客人に獣人がいた、と気付いたら、すぐにでも通報していた。……私にはひどく、醜く思えたわ』
世間を恨んだのはその時が初めて、と母は苦く笑っていた。
……『お父さんには秘密よ』と言って、母が肩を見せてくれたことがあった。深く歯形が付いていた。海知はそれを痛そう、と思うと同時に「羨ましい」と感じていた。その時初めて、本能というものに向き合ったのだと思う。
理解できない感情に目を白黒させていた海知に、母はからころと鈴を転がすように笑っていた。
獣としての愛。相手を傷付けてしまうほど激しい感情。御しきれないような獣性。人としての理性と共存させられるのか。海知は分からなくて、怖かった。けれど母の言葉に、今は怖くても良いのだと教えられた。
『私はこれを疎まないわ。私はこれを受け入れたもの。私は、智明の愛を受け止められるの。だからこれで、良いのよ』
今の海知はそれを尤もだと思っているし、自分が持つそういう愛の形を受け入れてもらえることはきっとない、と感じている。だって海知の愛を、信用を、本当に返してくれるような人が居るなら、人間不信になることだって、本当はなかったろうから。
先に死んだ母を父が追うことはないと海知は感じていた。少なくとも、自分が心に巣喰わせてしまっていた人間への不信感との折り合いを多少つけなければ、どんなに大変だろうと父が海知を置いて逝くことはない、と。
『私は智明を愛しているわ。でも海知、あなたのことだって愛しているの。忘れてはいけないことよ。私たちの優先順位の一番は、あなた。選ばなければいけない時が来れば、私も、智明も、互いのことは諦めて、あなただけを一番に選ぶのよ』
……そんな母の言葉を抱いて生きてきた。生きてきたのに。
「……なんで?」
海知は知っていた。知っているだけだった。だから守られるだけの状態に甘んじたのだろう。
それを悔やんでももう遅くて、父が死んで、海知は一人になってしまったのだった。

7:999:2019/12/28(土) 18:21

背負いきれなかったものが多いのだ。背負わされてしまったものがあまりにも多いのだ。手放したもの、手放さざるをえなかったものは全て刃のようなものに転じて、変じて、海知を傷付けてきた。痛みはだから、もう、海知を引き留めるものにはなれなかった。多少刺されたって、多少殴られたって、どうせ獣人だ。傷はすぐ治る。痕も残らない。だから傷付くということを忌避する理由がなくて、気に掛けることが難しい。
何度か笑った。馬鹿にされて、罵られて、笑うしかなかった。何度も目を伏せた。他者を突き放す自分に、誰かに隠し事をする現状に、ただ笑っていた。哀しくて、楽しくて、何も言えない。分かち合うだけの共通点を見付けるような努力をしても、いずれは別れるだけのものだと、虚しくて。半ば放棄した投げ遣りな気持ちを隠すしかなかった。
人として過ごすのは楽しかった。けれど人間としてのものではない飢えに苦しんで、人間では感じるようなものではない痛みに苛まれて、悲しい記憶を呼び起こす曇天に、泣いた。
「……忘れて、ないね」
心の中から無くすことがないと分かっている想い。それを喜びと表現することがあるのなら、忘れたいほどに苦しいこの感情すらも自分のものだからと、手放してはいけないのだと優しく頭を撫でてくれた彼らの言葉を、海知はどうすれば良いのだろう? 見ない振りをする?
それだけはできない。両親に背くことになるから、できない。
それは海知がどうしても愛せなかった世間の仕組みに従うということだから、できない。

世界を愛したいから、それだけは自分に許せない。

どうやっても生きるのが辛いこの世界。それでも父が生かしてくれたから、それでも母が生み落としてくれたから、海知は一人でも生きていく。どう転んでも悩むことになる獣人としての生。獣としての命を選ぶことも出来たはずだった。国外の、適当な草原で獣の姿になって、人としての言葉を棄ててしまえば、獣に成ることもできた。出来たはずなのだ。
けれど両親が人として育て愛してくれたから。
気付かれることのない獣人としての苦しみ。だったら明かしてしまえ。苦しむくらいなら口にしてから苦しめば良いと。そんな風に悩むこともあった。
明言はしなくとも、生きることが辛いと言うだけで良かったかもしれない。
……ああでも、そしたら、心優しい人たちに迷惑を掛けてしまうかもしれない。余計な荷物を負わせてしまうかもしれない。
人は時に優しく、時に残酷だ。だからこそ海知は人に期待して、傷付いて、諦めて、笑って、また優しくする。……そうして繋いで切り落とした縁の糸。
友人関係は、今、どれだけ残っているのだろう。
合いたいと思ってくれる人は、果たして居るのだろうか?
海知は獣人で、誰よりも“人”だ。人を愛し、愛して、愛し抜いて、どこかで愛されることを求めている。……けれど口にはできなくて、黙っていて、笑って、笑って、笑って。やがて何も言わず、何も言えず、姿を消すのだ。
誰よりも痛みを受け入れて生きていく。誰かに見付けて欲しいと願いながら生きていく。
「おはよう!」
人を愛す心があるから、海知はまだ、生きていける。

8:999:2019/12/28(土) 18:22

名前を呼ばれたかった。引き止めて欲しかった。人でなくても良いと、獣人で在りきれなくとも良いと許されたかった。
街を移ることがあれば、獣人の数人と知り合うこともあった。混血の引け目があったから要求なんて出来なかった。ただ優しくされたかっただけだった。
名前を呼ばれて抱き締められたかった。行かないでくれと肩に歯を立て愛して欲しかった。好かれることは多くて、愛すことも多くて、でも、その腕に全てを明け渡しても良いと思える人は居なかった。
そこまで求められることがなかった。そこまで求めさせることがなかった。自分の中にあった人間としてのものではない欲求を、海知は誰かに受け入れて欲しいと思いながらも明らかにしなかった。
口付けられて、首筋を噛まれて、隣に居ても良いと言われたかった。
口に出来ない願いだった。
呼んでさえくれたら選んでさえくれたらきっと海知は一も二もなく飛びついていた、と思う。けれどそうしたくなかったから呼ばせなかった。そうなりたくなかったから選ばせなかった。
「苦しむくらいなら生まない方がいい」
「苦しむくらいなら二人にならない方が良い」
「苦しむよりは、耐える方が良い」
父の言葉をわざと曲解して、海知は言葉を溜め込んでいった。有り余る感情すら笑顔に偽ってしまって、そのまま息をした。
生き続けようとした。生きるためだった。
苦しさというものは痛みよりも重い荷物だったけれど、愛された事実を残すためには生きるしかなかった。注がれた愛を失わないように必死だった。自分でも気付かない内に、海知は必死になっていた。
だからもしも、もしも海知が誰かを愛すことがあるとしたら。
「僕が生きた時間を全部、受け止められないと」
海知は笑う。両親が死んだときのことを事細かに話すだけで泣きそうになってしまっていた相手を宥めて、首を振りながら。
「君には、僕を預けられないよ」
突き放すと言うよりは線を引いた。
「……ごめんね、もう行かないと」
また、何回も、もう一度、何度も。
笑って、泣いて、静かに、優しく。

さようならの一言を、吐いていった。

9:999:2019/12/28(土) 18:23

【monologue】

10:999:2019/12/28(土) 18:23

僕は母さんが好きだった。僕は父さんが好きだった。僕は人を、諦めを抱きながらも愛していた。二人が愛していたから。二人を愛していたから。人を愛してきた。……これからもきっと、本当に憎んでしまうことは出来ないのだろうと思う。例えそれで死ぬことになっても。
僕は苦労してきた方だと思う。僕は人を恨んでしまってもおかしくなかったと思う。今すぐに死を選んだとしてと言い訳が出来るくらい、十分傷付いてきたと思う。けれど僕は世界に背きたくなくて、人を愛していたくて生きている。愛されたから生きてきた。
愛されたい。愛したい。……自分だけの何かが欲しかった。父さんと母さんにとってのそれは互いと僕だった。きっとそう。だから、途中で死に別れることになったのは気の毒なことだったと思う。まあ今は天国で二人揃っているだろうから良いんだけどさ。
──遺品の整理をする。もうすぐ、街を変える時期だから。
父さんの骨は、唯一遺されていた親族の墓のものらしい住所を辿って、押し込んだ。見知らぬ名前に、聞き覚えのない文字列に、これが親族だったりするのだろうかと思いつつ、理由を見付けられないまま大枚をはたいて、父さんの名前を刻んだ。憎いほど暗い、雨の日だった。
良く覚えてる。忘れることは多分ない。
……遺灰を少しだけ、母さんの小瓶に入れた。これで、僕の手元でも二人は一緒になれる。
ずっと父さんが身に付けていたものだから僕が身に付けるつもりはない。でも、お墓参りに行けることは未来永劫ないだろうからと二人の命日、誕生日、結婚記念日、ついでに僕の誕生日の、計六回。年に六回だけ表に出して、花を供えておく。……それだけは、忘れないように。
数少ない私物を更に整理して、処分して、僕は自ら一人を選んでる。高校時代の甘酸っぱい空気。尊いものだけれど、大半は棄てなければ。アルバムとノートと卒業証書、ボール以外は……うん、基本リサイクルショップへ。ああバスケ部は楽しかったな、とか考えながら売られてくものを見詰める。ばいばい。
「ばいばい」
もうこの街に戻ることなんてない。きっと再会はない。
……ここの人たちに愛されることも、きっともうない。好きと言ってくれた人たちに僕は、何も言わずに居なくなるから。これが僕の別れ。ただ引き裂く。
また引き裂く。
ああ、こんな僕を。……こんな薄情な僕を、追い掛けて引き止めて愛してくれる人が、誰か。
「いないかな」

……なんて、高望みか。

11:999:2019/12/28(土) 18:23

-fin

12:999:2019/12/28(土) 18:27

【キャラクターシート】

名前:駒崎海知(コマザキカイチ)
年齢:19
性別:男
種族:獣人(豹)
性格:優しく、また温かい。少しだけ融通の利かないこともあるが、それは自分の信念だったり誰かを守りたいが為だったりするときのみ。基本は他人の話に耳を傾け、その上で判断を下す性格。獣人であるが故に少しばかり言葉に敏感で、正体を隠している。バレてしまうと地位も持ち物も棄てて遠くに逃げる。
容姿:ショートの黒髪をオーハルバックにしており、目は瞳を隠すために糸目。瞳は金色で、瞳孔が縦に長い。肌の色は浅く焼けた茶色。
獣人化すると尻尾と耳、牙が生え、無意識下で完全に獣化することは無いが豹に近い姿になる。因みに完全に獣化すると毛並みと体の形が美しい豹の姿になる。
服装:基本的に青いジーンズに白いシャツ、青の運動靴。
職業:学生、アルバイター
その他:親とは早くに死別しており、現在は狭いマンションに一人暮らし。金の節約のためにシェアハウスも考えたが、自分の種族のことを考えて諦めた。
獣化は大体コントロールできるが、感情が大きく揺れると抑え切れなくなってしまう。
他人には分け隔てなく、裏表なく接する。大体にこにこ笑っていて、質問や頼まれごとには誠意を持って対応する。ただその代わりなのか陰口や仲間外れ、自傷や自暴自棄というある一定方向へのベクトルを持つ物事に関してはひどく敏感に毛嫌いしている。
趣味はバスケ、散歩。
台詞:「ん? ああ、確かに僕が海知だよ」「僕に何か用かな?」「っ見るんじゃ無い!」
一言:『まあ、宜しくね』

13:999◆4. hoge:2019/12/28(土) 18:34

トリップを一応
それではまた

14:999◆4.:2019/12/29(日) 15:28

二つ目

感情を缶詰にしたお話

登場人物は【白崎幸葵】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・狂愛ものであること
・直接表現はないにしろ腐った話であること

キャラシは省略

15:999◆4.:2019/12/29(日) 15:28

『こんなせかいはこわしてしまえ』

16:999◆4.:2019/12/29(日) 15:29

俺には壊したい物が沢山在る。



どいつもこいつも愚物ばかり。そんな奴らを全員壊してしまいたい。

どこもかしこも称讃ばかり。そんな言葉を全部ぶち壊してしまいたい。

誰も彼もが盲目だ。俺には彼しか要らないのに。俺には、それだけで良いのに。

俺に必要なのはただ一つの言葉とただ一人の瞳。それさえあれば何でも出来る。それさえあるなら俺は生きていける。俺は、それだけで良いのに。俺にはそれだけで充分なのに。



どうして叶わないのだろう。

17:999◆4.:2019/12/29(日) 15:29

「それはね、幸葵。私たちのようなことを考える人間があまりにも世界を知らないからなのよ」
「母さんは、俺のことを盲目だと言うんですか」
「ええ、言うわ。……私も盲目だもの。私も、貴方も、盲目なのよ。ねえ、……どうか、分かってちょうだい」

「……俺には無理です、母さん。貴女もそれを分かった上で俺に言っているのでしょう? ……大概、貴女は意地が悪い。俺は俺の考えでしか動けない。貴女がそうであるのと同じ様に」

18:999◆4.:2019/12/29(日) 15:29

俺は大罪に手を染めている。
人間が生まれた時から染めている原罪とは別に、俺は傲慢、強欲、色欲に手を染めている。
俺は彼の瞳を求めた。
俺は、ただ彼から見てもらうことを求めた。それだけで生きていけると感じたから。

この世界はひどく生きにくい。俺にとって世界はただの檻で、枷で、ただただ俺を苦しめるものでしかなかった。
その中で一筋の光を見付けて、その中で生きる希望を見出して、その中でようやく息をさせてくれる存在を見付けた。
だから俺は狭い世界を壊してしまいたい。この世界を壊すことで俺は彼と二人だけの世界を造り上げることが出来る。世界を新しく造り上げられる。彼が居るなら、俺は何でも出来る。なんでも、本当になんでも。
……だから俺には彼が必要だ。俺から奪わせない。彼をこの世界に、この世界に居る誰かに、奪われるわけにはいかない。

俺のことを狂ってる、と母さんは表現した。俺はそんなことはないと思う。ただ、母さん自身が狂った人間であるから、俺は否が応でもその言葉に重みを感じないでは居られない。
俺は、ただただ彼のことだけを考えて生きていたい。そしてそれが難しいと言うことも嫌と言うほど教えられてきた。信じられないし、信じたくない。けれど母さんは俺のことを狂っていると表現しながらも、天才だとも評価した。
母さん自身は天才だ。だからその言葉にも重みが在る。
それが嫌だった。

俺は自分のことを唯一の存在だと感じていたいのに、母さんはそんな俺の事を易々と凌駕してくる。それが嫌だった。
俺は彼にとっての特別になりたいのに、母さんはそれは不可能なのだと言い聞かせてくる。それがどうしようもなく嫌だった。

「私のこと、殺したい?」
「……ええ、俺は貴方のことを殺したい」
「でもできないのね。臆病な子」
「……貴女こそ、俺のことを殺したいのでしょう? 本当は」
「そうよ、私も貴方のことは殺してしまいたいわ」
「……貴女なんか、大嫌いだ」
「奇遇ね、私も、実は貴方のことが嫌いなのよ」

実の子にそんな事を言う俺の母さんは、やはり狂っていると思う。しかもそれを自覚しているというのだからタチが悪い。しかもその全てを笑顔で口にするのだからどうしようもなく空恐ろしい。

俺は自己矛盾と母さんへのコンプレックスの塊。好きだと思うのに俺は彼を殺したい。殺して自分の物にしてしまいたい。それが大きな罪。俺の罪。自己矛盾の根源。

19:999◆4.:2019/12/29(日) 15:30




「はあ」

20:999◆4.:2019/12/29(日) 15:30

好きだと伝えたかった。好きだと伝えた。けれど気持ちを結ぶことは阻まれた。
俺の想いはどこにも行き着くことが出来ないまま、俺自身の体は俺の精神を置いて行って大人になってしまった。
俺は責任を知ってしまった。
俺は自分のことを知ってしまった。
何も知らないあの時代に戻りたいと願ってしまったと同時に、俺は大人になってしまった。

「……こんなセカイは、壊してしまえ」
「そんな勇気もない癖に、口にしてはいけないわ」
「煩いですよ……貴女も同じ事を考えたくせに」
「あら、本当に貴方は私に似てくるわねえ」
「止めて下さい、嬉しくありません」
「可愛くないわぁ」

俺は彼のことが好きだった。
今でも俺は彼のことが好きだった。
一度抱いてしまった感情は俺の精神を侵して、俺の思考回路を18年前のその時に留めている。それが怖くて、怖くて、仕方がない。
好きにならないで居るという選択肢が現れないのもまた怖いことで、俺は18年前から一部分を全く成長させられていない。自覚があるのが嫌なところで、母さんはそこを指摘してくるからどうしようもない。

21:999◆4.:2019/12/29(日) 15:31

好きだ。
好き。
愛してる。
だから、俺のことも愛して。

気付いて欲しいんだ、この愛に。
受け取ってほしいんだ、この好意を。

好きだ、好きだ、好きだ。

22:999◆4.:2019/12/29(日) 15:31

すときを繋げたら、何か変わるのだろうか。

23:999◆4.:2019/12/29(日) 15:31

好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ

24:999◆4.:2019/12/29(日) 15:32

好き、だったんだ。

25:999◆4.:2019/12/29(日) 15:32

好きで好きで堪らない。どうしても好きで、それを隠すことも偽ることも出来なくて、俺は大人になった。
俺は大人になってしまった。

俺は何時まで経っても狂った子供のままで、手に入らないものを求めるままに壊れていく存在でしかない。
唯一の存在にはなれているのだろう。けれどそのために、俺は何も無いような振りをしなければいけない存在になってしまった。



好きで好きで好きで、堪らない。

犯してでも壊してでも殺してでも、手に入れたい。

殺しても良い、消しても良い、忘れてもいい。ただただ彼が、ほしい。

ほしいんだ、たまらなく、たまらなく、渇くように飢えるように求めてしまう。



それを異常だと断じることは簡単だし俺自身異常だともう知ってしまったから二進も三進もいかない。
俺は異常だ。俺は狂っている。俺は壊れている。
けれどそうなる以外に俺にはどんな道があったのだろうか。母さんは、母親は俺のことを嫌いだと言い、何度でも叩き潰した。肉親の情を感じたことは、実は一度もないのかもしれない。
そんな親から俺は何を受けたのだろうか、常識観と取って付けたようなオマケの愛情だろうか。
母親は俺の父親に強く強く執着している。本当は俺のことを望んでいなかった。だから、俺はそれを感じ取ってしまった。
俺は俺だけの愛がほしかった。

……ただ、愛してほしかった。

26:999◆4.:2019/12/29(日) 15:33

俺を愛さない世界なんて、壊してしまえ。

27:999◆4.:2019/12/29(日) 15:33

-fin

28:999◆4. hoge:2019/12/29(日) 15:42

反映遅いんですね
それではまた

29:999◆4.:2019/12/30(月) 13:35

三つ目

テーマを頂いて書いたお話

登場人物は【大城戸櫂】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・彼は関西の人間ではないが、幼少期に関西で育っていたこと
・彼の初恋は男性だったこと
・彼は生まれ付き、仕草や目線などからある程度人の心が読めたこと

キャラシは小話が終わった後に

30:999◆4.:2019/12/30(月) 13:36

他者に、言葉に、夢に、想いに、意味なんてあるのだろうか。これまでそれらに価値はあったのだろうか。他者に価値を見出せない。だからこそ櫂は櫂だった。まるで味気のない塩をぶちまけたようなスープ。それがイメージ。まるで空虚な嘆願。だからそれを拒絶して逆さにしたところで、何かしら不利益があるのだろうか? 櫂の身に? 誰よりも聡い櫂の処に?
「なして分からんの。なして理解せえへんの」
低俗だ、と断じる。だってそれが一番相応しい。心が読めなくとも人の愚かさなんて見えるものだ。だから言ってしまうなら、それが分からない者は誰しも間抜けだ。
その考え方は櫂にも適用されるから、櫂は何事にも手を抜かない。“馬鹿のフリ”も、“素直なフリ”も、“優しいフリ”も。偽善だって構わない。やらないよりは余程マシだ。
何もしない誰かさんよりも、そうすればマシ。他者よりも一段階上に居られる。そうすれば、周りを低俗だと軽視しても許される。自分自身が自分のルールの中で許される。
甘ったるいような声で誘われても、蕩けたような温度で触れられても、気乗りした装いを見せることもないのはそうやって見下しているから。誰も彼も無意味。自己保身の嘘。嫌いだ。
反吐が出る、反吐が出る。吐き捨てたくなる。嫌いだと言わせて欲しい。
「堪忍してぇな」
飲み込む。飲み下す。吐き戻せない。噛み締めてそのまま砕く。噛み砕く。そうしてなくなる。腹の底で騒ぐものは、表に出ないなら無いのと同じ。ならば出すな。表に出すな。
押さえ付けた嫌悪を偽って、もしも自分以上に無価値なものへ変えられたなら、それで良い。もしもその虚言で誰かを騙せたなら、きっともう、それで良い。誰も理解してくれないだけだ。誰にも理解させないだけだ。
低俗な他者だから仕方ない。分からない方が悪い。その無知から不幸になるとして、その無力さ故に不幸になったとして、それは櫂の心を動かすほどのものにはならないから、どうでも良い。
「他人の不幸を喜ぶほど、わしは人間終っとらんわ」
ただ、他人の枠にすら入らない愚かな周囲に関しては“その他大勢”としての愚行をしてもらおう。そのテンポのずれた喜劇を横目に、一人何食わぬ顔で笑ってやるから。
……はて、こんな人でなしになってしまったのはいつからだろうか?
──いや、人でなしではない。
自分と同等かそれ以上でなければ、正直なところ櫂には人間にすら思えないから。器を満たす子供らしさを、櫂は持ち合わせられなかったから。

31:999◆4.:2019/12/30(月) 13:37

『いつかは大人に』
『正しく在れ』
『偽るな』
『愛さなければいけない』
『人として』
『人間として』
『優しく』
『強く』
『明るく』
『笑顔を絶やさず』
とか、煩かった。嫌だった。
だから目を逸らした。矛盾するくらいなら最初から考えなければ良いのに、どうしてか人はそう言う形を認めない。

いつかは大人になる。分かっている。
正義を求めた方が良い。そんなこと言うまでもない。
偽りは疎まれる。けれどその“偽り”の基準はどこなのだろう。
愛が必要。
何故。

人間に生まれたいと願ったわけでもなく、才能が欲しいと叫んだわけでもなく。なのに、どうして。
「んー? 何もあらへんで? どないした?」
“普通”を装う以上、鬱屈も軽蔑も心の中の汚泥も何もかも、隠さなければ。“普通の人間”になるためには、殺さなければ。なくさなければ。本当はいけないのに。
そうでないと“いけない”と言われてしまう。だから隠した。人が人である以上皆無には出来ないと悟っていたけれど。そこらの大人よりもずっと早く、櫂は悟っていたけれど。幼くとも分かってしまった。子供だけれど察していた。
早熟したから、背負った。
その結果としての猫被り。あからさまな偽証。何も考えていない人間なんて居るはずもないのに、モデルだけがあったからトレースした。どうしてと疑問を抱く前に飲み込んだ。だから自分とそれ以外が不自然に混ざり合ってしまった。自我がハッキリしていたから、それすらも認識してしまった。
嫌だった。拒みたかった。けれど“その姿”。求められるから、何度だって掃き溜めに洗い流すようなそれをまた、何度も何度も己の手の平になすりつける。
まるで無意味。まるで無価値。
そのくせ歓迎されるから、そのくせにどうしようもないくらい喜ばれるから、どうしよう。空虚なくせに?
どうせ誰も見抜けない。どうして誰も見抜けない。
「ド阿呆。その程度でわそを出し抜こ思うたんか? 頭が足りてへんな」
低俗。低級。無駄で馬鹿で屑で糞な他者へ。拝啓野垂れ死に野郎へ。親愛なる脳内真っピンク殿へ。そのまま折り重なって犬にでも喰われてしまえば幸いです。
影を落としたフリして笑う、そんな人間の正面で。馬鹿を見る目を心配そうなものに装い直して、内心嘲笑う。嗤っているというのに。
折り重なった集団心理の中で、どうしてか声だけが大きくなるから、いつまでもいつまでも低脳だというのに。
「はぁ……」
溜め息に意味すら乗せられないくせに。

32:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

純粋であれば認められるのか。従順な姿を見せれば守られるのか。損しても良いと言う人間こそが報われるのか。そんなことはあり得ない。
だって、本当にそうならあの青年は? 明るくて優しくて、時に自分を省みない程にしっかりとした芯を持っていたあの人は。本当に損をしても笑っていたあの人は。櫂が恋したあの人は。櫂が尊敬し、模倣するあの人は。
どうして死ななければいけなかった? 一体どうして? どうして死んだ? どうして自ら命を絶った? 櫂に禁じた自殺を、どうしてあの人は選ばなければいけなかったのだろう?
『自分から死んでは、いけないよ。悼む人が居る。一人でも、それはありがたいことなんだから。……自分から死ぬのだとすれば、そこに意味を持たせなければいけない。死ぬとするなら、後悔しちゃいけない。絶望しちゃいけない。ね、櫂。今は分からなくても良いよ。でもね、死は一つの道なんだ。覚えておくんだよ。……約束だ』
自ら死ぬな、とあの青年はずっと櫂に教えていた。死を終着点の一つとして見据えていた彼は、ずっと教えてくれていた。けれど今の櫂は、どうなのだろう。それを遵守しているのだろうか。覚えているだけで良いと言われたから、それは守っているけれど。
死にたがることは、少ないか。けれど心は半分、死んでいるかもしれない。今もこうして、痛みが鈍いから。
「あんちゃん」
櫂は呼ぶ。
「兄ちゃん」
呟いてみる。
違うよと笑いながらおどけてくれた人は、兄ではないと苦笑したあの人は、もう居ない。明るく否定したあの声は、もう亡い。
あの人は今頃泣いているのだろうか? 自分の信念にまっすぐだったあの人は、櫂の在り方に泣いているかもしれない。自分のことを常に改善していこうとしていたあの人は、自分が間違えたと泣いているかもしれない。
認められない。
認めたい。
櫂はそう思う。あの人の言葉が、表情が、温度が、もういつになっても櫂を満たしてくれないから。きっと今の櫂をあの人が“正しい”と言うことはなくて、けれど自分がなぞる彼の言葉には未だ温もりが残るような気がするから、なぞる。棄てられない。
忘れたくない。
「公平ですよね、先輩は」
「さよか?」
そう言われて悪い気はしない。だって、そう見せているつもりなのだから。
けれど、それが良いこととは言えない。
「ほなトレーニングに気ぃ入れ。わしは褒められても手を抜かへんで」
どうして気付かないんだ。どうして分からないんだ。何故、なぜ、探そうともしないんだ。こんなに苦痛が付きまとうのに、それを必死に押し隠しているのに、なんとか歯を食い縛っているというのに。
人間はどいつもこいつも愚かで、それは櫂自身も同じで、櫂こそ愚か極まりないというのに、どうして。
詰まるところ、人間は全員盲目なのだろう。

33:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

は、として目覚める。飛び起きる。ぱたり、ぽたりとシミを作るものを拭って、首筋を蝕む汗を見ないフリをした。それがいつものこと。同じ夢。同じこと。同じこと。思い出したくない景色。記憶。忘れたくない光景。頭を侵す情報量。心を損なう深層心理。本人たちですら自覚していないかもしれないものを、醜いものを、櫂は一度見てしまえば忘れない。永遠に棄てられない。そして夢はまた重苦しくなる。
昔から見続ける夢は今も同じで、また同じで、けれど色と質を変えている。同じ事を繰り返してくる。分かっている。知っている。あの手この手で知らせなくとも良い。それは櫂の根底だから。
低俗、低脳、無知、愚かな害悪。そこに在るだけで道を塞いで、そこに在るだけで何もしない。何も成さない。何にも為れない。それなら嫌悪される以外にないだろう。櫂に見下されても仕方が無い。だってそれは彼らの自業自得なのだ。そう振る舞う彼ら自身に責任があるのだから。
「この……ッ、人でなし!!!!」
「何言うとるん? ……今更やで、無能が」
とっくの昔に知っている。とっくのとうに知っている。
嫌悪して、見下して、嗤うのは。馬鹿にして、無視をして、肩を竦めるのは。
自分自身にも適用されるその基準。ずっとずっと自分以上の“誰か”を求めて、己の心の穴を埋められる“人”を求めて、けれど、見付けたくないとも思うから。隠しながらも拒絶したかったから。
その結果が人でなしというか、人間らしくないというか、そんな櫂を形作った。人間として生きるためにはあまりにも上手くない本性を抱える羽目になってしまった。仕方が無かった。
本性を現してしまえば、そこらの低脳よりもずっと無力になると知っていたから。何も出来なくなると分かっていたから。その上で己を象ったから。
装っても装ってもどうしようもない自分を作ることで、待ち侘びながら拒みたかった。心待ちにしながら拒絶した。
そんな自分の矛盾なんて、そんな自分の歪みようなんて、言われなくても分かっている。だって自分自身だ。
分かった上でこのままなのだから、放っておいて欲しい。罵れば良い。恨めば良い。憎めば良い。好きにすれば良い。
ただ、それは結果として櫂の唯一の敬愛を否定することにも繋がるから、容赦なく叩き潰していくけれど。それは仕方ないけれど。
でも、わかってはいるのだ。

34:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

名前を知らなかった。今も知らない。その名前を呼んだことが、ない。……それでも好いていたから。それでも好きでいられて、愛していられたから。純朴とは言えないけれど、善人で。天才とは言えないけれど、頭が良くて。人に好かれていた人だった。人が好きな人だった。
いっそ清々しいくらい自分の信念に従って、人を愛した人だった。
けれど最期には自分の道を逸れた人でもあった。だから櫂は模倣する。最後の最後に自分を曲げたあの人を、今度は自分が引き継ぐ。今度こそあの人を曲げない。あの人が踏んだ轍を踏まない。一貫させる。
……いや、気を付けてはいても、気を付けているフリをして、ただ贅沢な死に方を選び取ろうとしているだけかもしれないけれど。もしそうだとしたら、人間には自覚出来ないことはないはずだから、見ないことにしているだけだろうけれど。
それでも、そういう在り方を己に課したのだから仕方がないのだ。
認めたい、そう考えたい。彼は間違えなかった。彼の最期の選択にも誤りはなかった。そうでないと彼が死んだ意味が、櫂が生きて模倣している価値が。……どこかに行ってしまう。なくなってしまう。見失いかねない。
それは嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。だから、見ない。
あの人が『未だ生きていたかった』とか夢の中でも言ったなら、櫂は月並みな言葉しか言えなくなる。
そんなことは言いたくない。痛い、痛い。嫌だ。だから見ない。見ない。

分からないままでいたい。
分からないままで、痛い。

櫂は無知を望んでいた。
どうして分からないのだろう。どうして?
櫂は分かっているのに。痛いほど感じているのに。どこまでも息が出来ないくらいに、こんなにも、こんなにも。
“生きている”だけで苦しいのだ。“分かる”というだけで辛いのだ。脚を切り裂くくらいには追い詰められていて、涙を涙だと認められないくらいには強がっているのだ。けれど心のどこかが麻痺したままだから、自覚できない。自覚していない振りをする。見ないことにする。そうしないと、己の在り方が危なくなるから。
不安定なことを気付けないくらいに心が死んでしまったから、今、こうして自分のものではあり得ない振る舞いを許している。
櫂は己の愚かさを認めている。櫂はあの人を自分と同列に並べられないままでいる。
櫂は、櫂は、「わしは」。
ずっと分かっていながら、目を逸らし続けている。
『忘れたら、あかんよ。僕との約束。……ええね?』
気を遣って基本は標準語で話していてくれた彼は、大切なことを言うときは必ず、櫂の手を握ってくれていた。
でもその感触も、今は亡い。

35:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

それでも生きていくのだ。分かっていて目を逸らしているけれど。……それでもいいのか。
いつまでも囚われたまま。いつまでも心を腐らせたまま。誰も認められない。過去を抱くだけ。いつまでも、いつまでも。
櫂は認めない。自分も、他者も、この先も。
あの人とは違うとか抱き続ける。そうやって区別して差別して。……何も変わらない。何も変えない。
だけど分かっている。だからこそ分かっている。誰に言われずとも分かっている。誰かに教わらなくとも、己の身に刻まれた傷のように残るから。人の心を自然と知れたのと同じように、分かっている。
「……わすれない」
忘れられないとは言わない。忘れられないことを、自ら忘れないという形に納めるのだ。
あの景色が瞼に焼き付いているように。心ない言葉をいつまでも忘れられないように。
愚かで、不器用で、本当の意味での“正解”を手に入れられなかった櫂は、櫂には、ずっと痛みが付きまとうのだ。
それこそ一生。それこそこれから先ずっと。

例えこの記憶全てを失ったとしても、痛みだけは消えないのだ。

36:999◆4.:2019/12/30(月) 13:39

【monologue】

37:999◆4.:2019/12/30(月) 13:40

わしは自分で自分を認めなあかん。わしは自分をこれから先、永遠に許したらあかん。わしはずっと、もう、あんちゃんのことを忘れない。忘れたらあかん。忘れられへん。
死は逃げ道でしかなくて、死は手段でしかなくて、きっとあんちゃんには認められない価値観をわしはずっと抱き続けていく。それでええ。それがケジメや。
この口調も、この装いも、全部が全部あんちゃんのためのもの。あんちゃんを模倣しただけのもの。あんちゃんを知らないわしが、あんちゃんをなぞっただけのもの。
それを認められへん奴が居るなら、それはそれでええ。わしもそいつを認めへんだけ。ああでも、他人でもあらへんのなら、勝手に自滅しておけばええんちゃうかな。わしは自分以外、あんちゃん以外、もう誰も認められへんねん。
年功序列もどうでもええ。思考速度もまあ脇に置けばええ。わしは誰も認めへんのやろうな。これから先、わしはきっと、誰も認識できへん。そのつもりがないから。そのための心がもう、死んでしもうたから。
ええよあんちゃん。ええんよ。
これはわしの自己満足やから、あんちゃんには何一つ非はないんや。死なんで欲しかった。けどそれはわしだけの気持ち。わしが思うとるだけ。きっとあんちゃんはそれでも良かったんやろ? 死ぬことすら認めたんやろ? それがあんちゃんの在り方やったもんな。わしにはそれは真似できへんかもしれんわ。許してな。
わしはな、あんちゃんが初恋やってん。わしにとってはな、あの時のわしにとってはな、あんちゃんだけが世界やったんよ。わしの世界を形にしたのはあんちゃんや。読み取れなかったのはあんちゃんだけや。
きっと、わしは無知のままでいたかった。それを許したのもあんちゃんだったんやろ?
わしはな、あんちゃん。あんちゃんのところにはよ行ってまいたいよ。けどあんちゃんが死に意味を持たせろ、覚えておけ、言うたから、それを約束やとわしに言うたから、覚えとるよ。覚えとるから、縛られとるよ。無為に死ぬこと、出来ひんねん。……でも、それが、あんちゃんの望みやったんやろか?
満足しとる? あんちゃん。
あんちゃんは反省せなあかんよ。わしを縛り付けたんや。そのくせ、勝手に死んだんや。わしのこと好きやって言うてくれたのに、自分から死んだらあかんと教えてくれたくせに、あんちゃん、意味を持っておったのかも分からん死に方しよって。アホ。バカ。
わしはあんちゃんを忘れられへんよ。わしはあんちゃんを忘れとうないよ。わしはあんちゃんに縛られ続けとるよ。
それでもええか? それでもええやろ。それがわしにとって価値あることのんやから。
なああんちゃん。
わしはあんちゃんのことを理解できとらんままや。理解しとうないままや。なああんちゃん。答えとーせ。夢の中でもええ。ほんに、思っとることを。
わしはあんちゃんを覚えておるよ。記憶を失ってもうたとしてもずっと、あんちゃんがくれたもんを手放せへんよ。きっとな。ずっと痛むんよ。それでええやろ?
自分から死んだら、悼む人が苦しむ。そう教えたくせに、あんちゃんは勝手な奴やな。
あんちゃん、わしが死んだら諦めてぇな。

38:999◆4.:2019/12/30(月) 13:41

-fin

39:999◆4.:2019/12/30(月) 13:42

【キャラクターシート】

テーマの花(花言葉):【シラー】(辛抱強さ、多感な心、哀れ、寂しい)

名前:大城戸櫂(オオキドカイ)
年齢:17
性別:男
性格:表向き快活、尚且つ公平。無私ではないが大抵平等に接する。自分の価値基準を他人に押し付けるようなことはしない。体力を使ってまでそれを理解させるのが面倒なため。リターンがないなら価値観の説明はしない。因みに行動理由の大半が『面倒事を避けるため』という、かなりネガティブなもの。けれど表向きの顔が快活なためそれを気付かれることがほぼない。
軽度だがクズ。自覚はしている。友人とか教師とか親とか、その他もろもろ自分を含めた人間に不信感を抱いている。そのため信頼は元より、信用すらなかなかしない。世間話や口約束など一般的な約束ごとはするし結んだからには一応守るが、いつでも裏切られる心構え、裏切る準備はしている。
勘というか頭がよく、ほぼ読心や未来予知と言えるレベルで相手の感情や動向を読むことができる。集中しなければそこまでは読み込めないため、面倒くさがり屋なところを発揮してその技能はほとんど使わない。それでも一定以上のエネルギーを物事に注ぎ込むようなことがあると制御しきれずに発動することがあるらしい。それを避けるため、彼は頭脳にエネルギーを割くことを厭う。そのため基本的には馬鹿に見える。
明るく、馬鹿っぽく振る舞っているのはわざとであり、元々持っているエネルギーを全力で振り分けて使うのであれば相当のことをこなせる。ただ、本人はそれを望んではいない。
容姿:赤の混じった黒い髪に、ダークブラウンの瞳。髪はそこそこ長さがあり、基本的には縛っている。顔は良い。肌はほどよく焼けており、健康的。太股の辺りに、時偶切り傷がついていることがある。
服装:学校時
制服は適当に着崩す。ピアスやイヤリング、指輪などは邪魔になるため身に付けないがネックレスやブレスレットなどは気分ですることがある。常に着けているのは赤いアンクレットのミサンガのみ。
部活時
部活着以外には足首のミサンガのみ。必要がない装身具は勿論着けないが、夏にはリストバンドを着けることもなくはない。
私服時
あまり服に拘りはなく、親が買ってくる適当な服を組み合わせて着回す。サイズが合わなくならない限りは買い換えず、よって流行遅れのような服も着ることがある。本人はあまり気にしていないが、それでも友人や親に口喧しく言われるのを避けるためか着こなしは上手い。
武器:素手、ナイフ類
職業:高校三年生、サッカー部部長
関係:一人っ子。両親存命。親戚付き合いはほどほど。関西の親戚のもとで9つのころまで育ったため、家族の中で唯一関西弁を使う。因みになぜ預けられたのかというと母親が白血病に罹患し、父親が鬱病に罹患するというコンボを食らったため。
関西にいた親戚の中で仲の良い青年(当時20歳前後)はいたが、彼が親元に戻る前に死亡している。名前は知らないらしい。
その他:遅生まれで、誕生月は2月。常に抱いている不信感が理由で友人は多くとも親友がいない。彼女が居たことはあるが、告白は受け入れても常に相手から振るように仕向けている。部活では部長であるしエースであるのだが中々同輩も後輩も信用できず、ほどほどの距離を保つために一部からは『公平無私』だったり『心配性』だったり言われる。どうでも良いとは思っているが、ただただ理解者がいないことを確認するだけで終わっている。
台詞:「だー! お前らじゃーかあしいわ! ちったぁ黙らんかい!」「なんやけったいな布陣やのう……わしの作戦を警戒しとるんか? 無駄足やでぇ、ド阿呆」「なんやなんや、わしのことを気にしとるんかあ? ──余計なお世話じゃ、ボケ」
一言:『わしは一人で完結できるさかい、わしの内面も知らんお前らに何か言われる筋合いはないはずやでぇ』

40:999◆4. hoge:2019/12/30(月) 13:43

それでは今日はここまで

41:999◆4.:2019/12/31(火) 21:18

四つ目

短く纏めた心のお話

登場人物は【駒崎海知】

キャラシは省略

42:999◆4.:2019/12/31(火) 21:18

僕が見てきたもの。人、獣人、綺麗なもの、汚いもの、悲しいもの、幸せなもの。
僕は獣人と人間のハーフで、綺麗とは言い切れない、悲しい存在。
僕が失ってきたもの。父さん、母さん、友達、先生、人との繋がり、留まる場所。
僕は沢山の人を失い、沢山の繋がりを手放し、そんな自業自得の末に、休まることもできなくなった。

僕は憎悪を否定しない。僕は仕返しを否定しない。僕は希死念慮を、否定しない。負の感情だって結局は心だから。
僕は怨みを肯定しない。僕は復讐を肯定しない。僕は自傷行為を、肯定しない。他者を傷付け自分を傷付けても、結局はなにも生まないし、悲しいだけだから。
僕は死にたいと思ったことがある。僕は人を信じられなくなったことがある。僕は人の信用から逃げたことがある。だから、僕は逃げることを肯定している。

僕は矛盾しているのかな。僕は間違っているのかな。
けれど、僕はこの考え方が世間一般の解答から外れたものだとしても訂正はしない。僕の存在を肯定してくれない常識化んに唯々諾々と従う謂れがないからだ。

そんな僕なりの「I love you」だとか、僕の持つ言葉での「愛してる」だとか。そんなもの、だぁれも知らなくたって良い。僕が好く人が知らなくたって、それでも良い。
君が僕の言葉の真意を知らなくとも、分からなくとも、僕は君を愛している。

僕が大好きな君に望むこと。
君が君なりに世界と関わること。君が君なりに世界を愛すること。僕だけを愛す、なんてことをしないこと。僕の言葉だけに耳を傾けないこと。
僕が心から欲しいもの。
君の笑顔が、まず一番。それから、君が友達と笑う瞬間。恒常的な周囲への関心。君が世界を愛して笑う瞬間。それから時々、僕だけを見た目がほしいかな。ほんの一瞬で良いんだよ。

僕はね、君が嫌いな訳じゃないんだよ。離れようって口にするのも、一緒にいられないって泣いてしまうのも、全部は僕の弱さが原因。
君がいないと生きていけない僕なんて、君にはきっと重すぎる。
僕がいないと生きていけない君なんて、きっと君自身がいつか君を殺してしまう。
だから肯定できなくて、君と自分自身とを支えて生きていくだけの自信もないから、いつも「離れよう」って言葉になってしまうんだ。
大好きなんだよ。愛しているんだよ。世界をまとめて一つにしたよりもきっと愛しく思っているけれど、でも、僕はね、君が大好きだからこそ、君には僕との幸せ以外の幸せを見付けてほしいんだよ。



今僕が君に贈る言葉。僕なりの「I love you」。
どうか、世界を嫌わないで。

43:999◆4.:2019/12/31(火) 21:18

-fin

44:999◆4.:2019/12/31(火) 21:22

五つ目

テーマを頂いて書いたお話

登場人物は【ベイル】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・彼が殺人鬼であること
・彼は虐待を受けていた経験があり、片親を自分の手で殺していること
・彼は過去、人体実験を受けていた経験があること

キャラシは小話が終わった後に

45:999◆4.:2019/12/31(火) 21:22

日本であろうがアメリカであろうが中東であろうが、薄暗い場所は治安が悪く、場合によっては胡散臭い宗教なども根付く。ウダウダと流れる念仏とも何ともつかない声を聞き流しつつ、ベイルはそんな事を考えていた。目の前に居るのは暗殺……いや、殺害対象。依頼主曰くただのイカサマ師で、裏社会を搔き乱しているらしいが……ベイルには関係ない。如何でも良い。
例え自分が今椅子に縛られ、胡散臭い薬香を濛々と焚かれていたとしても。
臭いからして薬香の効能は催眠だろう。かなりどきつい力がありそうで、中々頭と鼻にクる。……ベイルをマインドコントロールしてしまいたいらしい。
如何でも良い話が終わるまでじっとしていれば洗脳できたと思わせられるかな、と思いつつ目だけで部屋の中を見回せば、なんとなく非科学的な物──所謂魔方陣とか、頭に被れそうな鹿や豹の頭蓋骨だとか──が目につく。
「……はあ」
甘ったるい薬香の臭いにはもう飽きている。元々人体実験を受けたり親を殺したり裏組織に潜入したりで、精神操作系の薬に耐性は付いているのだ。というか、ベイルは元々頭がぶっ壊れている。今更精神を攻撃されても痛くも痒くもないというか、麻薬を少し射たれるくらいでも平気なのに、香だけでは効果もないというか。
「まァ流石の俺も、致死量超えてそーな量を射たれんのは御免よォ」
最後の仕上げだとかなんだとかほざき、何やら怪しい薬物を入れた注射器を手に取った相手を見ると、ベイルはそう呟いた。狂信者は嫌いなんだがな、殺してもつまらないんだがな、と言いつつブーツに仕込んでいた小さなナイフで足を縛っていた縄を切り、軽く踏ん張ると、椅子ごと縄を千切った。勿論粗末な木の椅子はベイルの腕力に敵わず、哀れにバラバラと壊れていった。
けれど目の前の相手は笑顔を浮かべたままで……ベイルは溜息しか出せない。
狂信者というものは恐怖を殆ど感じない者ばかり。そのために死ぬ直前にすら笑みを浮かべている。……ころす楽しみが薄くなるのだ。
「ったく、人の皮を被った人形が」
文句たらたらといった体で呟き、ベイルは相手の手元に在った注射器を蹴り壊した。

46:999◆4.:2019/12/31(火) 21:22

何故だい、と問われる。
「何故なんだい? 君はこれまで、多くの人間を虫螻のように殺し、救済してきている。我等が神に最も近い人間なんだよ? なのに何故、私の誘いを受け入れないのだい?」
ズタボロで、血塗れで。余命幾許もないような状態にまで追い詰められているというのに、相手はそんな事を未だ言っていた。いい加減命乞い辺りを聞きたいと考えていたのに、ベイルにとっては肩透かしも良いところで在る。
心底不思議そうな、真っ直ぐな瞳に見詰められ……しかしベイルは嗤った。
「俺は無神論者でなァ。そんな、ありもしねえ内容に惑わされて洗脳されるような、舌先三寸で騙されるような、脳内お花畑共とはちげーのよォ」
ベイルはそうとだけ言うと、言いたいことだけ言ってしまうと、相手の首をナイフで刎ねた。刃に当たる硬い骨も無理やり断ち切り、刃毀れするのも厭わずに、押し切る。押し込みきる。
ぴぴっ、と頬に血が飛んだ。頬を濡らした赤色を、ベイルは無造作に拭う。気にするほどのことでもないと考えているのか、ただつまんねーの、と呟く。ベイルにとって恐怖を見せる人間の血は見ていて楽しいのだが、狂信者の血はつまらないのだ。恐怖がなく、場合によっては喜びすら見出しているが為に。
ただベイルは、自分の事は棚に上げている。ベイルは幼い頃から痛みしか受けてこなかった。そのせいか、痛みが強いほど、死に近付くほど、喜びが沸き上がってくる。本人の価値観ではそれは“つまらないこと”だというのに、だ。
麻薬で頭がイカれたような馬鹿達の間を抜け、序でといった調子で何人か殺していく。けれどそんなベイルを見ても誰一人逃げようとしないためにやはりつまらなく、その部屋からもベイルは悠々と出て行く。倫理観というものがハナからイカれたベイルである。人を殺していくことに、なんの不安も、躊躇いもない。
途中何人か、『神の降臨だ』とかなんだとか喚く者が居たが、ベイルの考えに彼らはあわない。有限の時間を煩わされたくなかったようで、ベイルは施設をそのまま脱出し、火を放った。
命はもうそこにはないだろう。命の無い場所。ベイルの好む場所だ。
「さァて、まー依頼達成、だなァ」

47:999◆4.:2019/12/31(火) 21:23

「……なんのつもりだ? 依頼主」
銃口を向けられた状態で、ベイルは溜息を吐く。なんとなく予想はついていたが、どうにも依頼主はベイルを手駒にしたかったようだった。故にわざわざあの狂信者たちに彼を嗾けさせ、捕らえ、洗脳しようとした。しかしベイルは普通の人間ではないわけで。……そのまま帰ってきてしまった。
学の無い頭で、ベイルは答えを出す。つまり彼らは敵だと。自分の自我と命を狙う愚者だと。
しぜん、口角が上がる。依頼主が何やらベイルに問い掛けてくるが、既に彼の耳にはそれが届いていなかった。喚き散らす声とざわめきとを害にしかならないものと認識し、ベイルはナイフを抜く。
「テメーら全員、ぶっ殺してやるよ」
その一声を皮切りに、戦闘は始まった。けれどそれが“戦闘”なのかは甚だ疑問である。最早殺戮と呼べるものだったかもしれないゆえに。アスファルトもただの壁も影すらも赤く充血し、草木も赤い花をつけた。
唸る風切り音に怒声。
しつこく何かを問い掛ける“元”依頼主を殺してしまえば、あとはもうベイルにとっての遊戯としかならなかった。ザピザピと煩い通信機を片っ端から踏み壊し、自分を狙って起こされる掃射音を原因・使い手ごと葬り去った。
神やら母親やらに祈り叫ぶ声も聞こえた。けれどベイルにはただ耳障りでしかなくて。……見下した目で嗤う。そんなものに祈るくらいなら戦えよ、と。呪うやら祈るやらするよりも先に銃を構えろよ、と。

その日以降、その路地からは血の臭気が抜けなくなったという。

48:999◆4.:2019/12/31(火) 21:23

ベイルには本当は、名前がない。“ベイル”というものは自分で自分に付けた名前。由来などはなく、ただ耳の奥にこびり付いていた音を頼りに字を付けただけである。ゆえに自分の国籍は知らない。どこかにヨーロッパ系の血が流れているのかな、とは思うが、確認する術もない。
ベイルには親がない。自分で、10にも満たない頃に殺してしまったから。だからなのだろうか、ベイルには“誇り”というものを理解できない。持つこともない。
目前に伏す二つの死体にも、情報を引き出すという依頼を達成できなかったなという気持ちしか持ち合わせていない。
自分に殺されるという不名誉よりも、彼らは恋人の手に、互いの手に掛かることを望んだらしい。ベイルには自分の手で殺せなかったという落胆よりも先に、二人が浮かべる笑みに妙な苛立ちを感じていた。
「……愛とか、幻想だろ?」
二つの死体の内一つには火を放ち、もう一つの方はお守りを付け、海に蹴り落としておく。一応一つの死体が焼けて灰に為るまでベイルはそれを見守っていた。……燃えて消える、赤い気配。
“愛”とかいう不確かなものに賛同し、鵜呑みにする人間がまた少し減った。そう考えると、ベイルの苛立ちも少しは収まるのだった。この世界は所詮無秩序にばらついていて、上がる叫び声すらもまちまち。幸せとかいうものは……まあ何処かにはあるのかもしれない。けれど少なくともベイルには、ベイルの手元には、そんなに量がない。

体を巡る体温に、見知らぬ人間の言葉が重なった。人格も精神も破綻したようなベイルにはけれど、何も解らない。寝てる間に見る夢のようなものでしかない。
重なった言葉も消えてしまえば、ベイルはまた適当な部屋に帰る。そして彼の通った道にはもう、命のある者は居ない。

49:999◆4.:2019/12/31(火) 21:23

教会だとか、寺院だとか、神社だとか。無意味にしか思えないし聞こえない言語の連なりに、音に、ベイルは苛立ちしか感じられない。けれどあまり無作為に、無計画に人を殺しても、表の人間とか裏の人間とか関係なく手を出しても、面倒しかない(実際試してこれには懲りた)。ベイルは黙ってその場を去る。
剥き出しにされた急所、例えば心臓とか脳とかにナイフを突き立てられたような不快感と焦燥感。
“快楽殺人鬼”という烙印を何時の間にか押され、元々敬遠気味だったのがさらに加速し、増した居心地の悪さ。人との距離がまたいくらでも開いていく、微妙な違和感。血に囚われた自分の性質を、ベイルは自覚した上でけれど笑う。きっと誰も、零斗にすらもベイルを救う事は出来ない。同情をする者も居ない。

血を浴びて覚える全能感。人を殺して得られる高揚感。ベイルは何時も、麻薬をやるよりも人をころす方が手っ取り早いと思っている。全能感も高揚感も、脳内で生成されるナントカという物質の方が、ベイルには強いのだ。
倫理観はない。考え方もとち狂っている。目が見えていても耳が聞こえていても、誰かの持つ哀しみは理解できない。
命と時間は有限。全て目に見えないけれど、ベイルは本能的にそれを解っていた。だから、際限なく繰り返す。
「全員死にやがれ。……殺されなァ」

一人で死ぬことを厭い、毎日必ず一人は殺していくベイル。殺した相手の血肉を自分の糧にして、ベイルは生きる。
「これァ……淋しいとは、遠い感情らしーな」

50:999◆4.:2019/12/31(火) 21:24

【monologue】

51:999◆4.:2019/12/31(火) 21:24

真っ青な空の下で、俺はゆったりと煙草の煙を燻らせてた。足元には死体が……ええと、多分八つくらい。ちっとバラしちまったし、いくつかは火も付けてっからなー。しかも正直なところ高揚感しかなくて、誰を何人殺したとか、分かんねー。まあ逃がした奴は居ないだろ。それなら今、俺はここにいねーし。
ま、誰が死んだなんてどーでも良い。興味がねえんだよ。まァ俺はまず頭がイカれてるし、常人とは考え方も掛け離れてる。……自覚はあるぜ、勿論な。
まあそいで、俺のこの思考回路を理解できそうな奴は……うーん、まあ思い付かねえよなあ。けどそれでも良いと分かってるから、今こうして暗殺者だったり殺人鬼だったりとか呼ばれる行動を繰り返してんだけど。
燃えて灰に為ってく死体の幾つかを見ながら俺は煙草を地面に落として、火を消す。暗殺者として食ってくなら本来、自分の痕跡を残すのは三流も良いところだ。だが既に俺は暗殺者失格なレベルで顔が知れてるし、殺し方を見れば慣れた奴ならすぐ、俺の仕業だって分かるらしい。
でも何が理由か、俺への依頼はぜんっぜん途絶えねえ。因みにだが情報屋に聞いた話、俺へ依頼するってえことは、何やらステータスになるらしい。俺は別に、金さえ積まれんなら依頼のえり好みはそうそうしないからなー……よく分かんねえや。
「んー、ま、そろそろ達成報告に行くかねー」
踏み消した煙草はそのままに、俺はその場から離れた。依頼主に言われた通り、奴らの所持してた改造拳銃は回収した。一応だが、これを依頼達成の証拠にするらしい。壊れてる気しかしねーが、まあ俺の知ったことじゃねえ。
裏路地から出れば、そこは人通りの少ない裏道。
「んじゃ、今日も明日も死ぬのを待ちながら、愉しみますかねェ」

52:999◆4.:2019/12/31(火) 21:24

-fin

53:999◆4.:2019/12/31(火) 21:26

【キャラクターシート】

テーマの花(花言葉):【花蘇芳】(裏切り、不信仰)

名前:ベイル
年齢:33
性別:男
性格:ひん曲がっている。自分のこと、さらには容姿を世界の中での最底辺だと思っており、他人に対して常にねじ曲がった感情を抱いている。卑下する癖もあり、また、他人を自分と同じ場所(つまり絶望の底)に引き摺り落とすことに悦びを感じる節がある。
ひん曲がってるが故に褒められることや感謝されることに慣れていない。むしろ嫌がり、不信感全開で逃げ出すか攻撃に移る。寂しい人間。だが逆に、己の命を狙うような手練れには敬意なり歓喜を示す。
容姿:バサバサの長い茶髪を後ろで一纏めにし、光のない瞳の緑色を隠すために前髪を下ろしている。更に、幼い頃に焼かれたことがあるため、右目と背中、右足に火傷の痕がある。
服装:真っ黒いコートに藍色のシャツ、黒いズボン。靴は茶色のブーツ。右足、背中に包帯を巻いている。右半身は火傷まみれ。右目には眼帯をしており、その下の火傷の痕を見る限り失明していてもおかしくない傷を負っている。
武器:ナイフ、ライター
職業:暗殺者または連続殺人鬼
関係:父親を八つの頃に殺している。少年期を人体実験施設で過ごし、ある程度力をつけてから放火して復讐を果たした。
その他:キレると持ち合わせのナイフをライターで熱し、消えない火傷の痕を相手の体に付けようとする。殺したりするよりも寧ろ相手に傷を残すことを優先させるので、裏の世界でも忌避されている。
愛という概念を理解していないため、全てを受け入れるような愛の深い人間との相性が(主観的に)悪い。愛を語る人間に対しては殺意を抱きやすい。なので、「愛はない」と言いながら受け入れるような人間が最適。
台詞:「俺は地を這うただの影」「はははっ! 地獄に堕ちて、俺を笑わせろ!」「あっはははははは!! 滑稽だなあ、見てみろよ、自分の姿!」
一言:『傷一つでも付けりゃ、お前は棄てられんだよ』

54:999◆4. hoge:2019/12/31(火) 21:27

それではこれにて書き納め
良いお年を

55:999◆4.:2020/01/09(木) 17:49

後れ馳せながら、新年明けましておめでとうございます
それでは2020年一発目



六つ目

テーマを頂いて書いたお話

登場人物は【黒崎蓮】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・彼が獣人であること
・これは獣人が排斥される、現代社会的な世界観での話であること
・彼は古い、純血の家系の直系の獣人であること
・彼は家の全てと妻子を捨ててきていること

キャラシは小話が終わった後に

56:999◆4.:2020/01/09(木) 17:49

一つの影に対応するのは一人。光に向かえば一つ、必ず影が出来る。だから蓮は日向を選ばなかった。影が出来れば存在が証明される。証明されてしまえば無理に重ね直される。自分が最も望まなかったものに重ねられてしまう。自分の影の上に自分のものではない影が重ねられてしまう。自己同一性の揺らぎ。自分自身は一つしかないはずなのに、押しつけられたものが大きすぎて分からなくなってしまう。本当に自分は自分なのか? この在り方は自分固有のものなのか?
もっともっと分からなくなる。黒崎蓮と名付けられた獣人はここに一人、居るけれど。同時に“黒崎家の跡取り”が一人、あの家には居る。存在としてはなくとも、名前を取り除くことは出来ない。当主不在のはずの現状。それでも“黒崎蓮”はあの家に居ることになっている。
自分が複数いるように錯覚してしまう。本当に自分は一人しか居ないのか? 唯一のものなのか?
唯一の自分が存在を伴ってここに居るとするならば、では、置いてきた妻子のところには何も残していないのか。心は置いていないのか。それとも己の内側に全てあるのだろうか。一体どちらが正しい? 蓮には分からない。
自分を蔑ろにしたあの家で、蓮は一人で育った。兄弟もなく、宛がわれた友人も居らず、ただ一人。味方はいなかった。悪い思い出が多くて、良いと言えるかもしれない記憶が少ししかなかった。
世界中を見回して、押し並べていけばまあ恵まれた生活だった。獣人全体の生活からみていけば、最高に穏やかで安全な暮らしだった。
分かっている。そのことは、家から抜け出て嫌というほど目にしてきた。獣人とは最悪、名字も家も持たない存在だから。安穏とした暮らしなど望めないのだから。逃げていく彼らの背中には、常に悲しいほどのものがあったはずなのだ。

「獣人は哀れだよ」
「そうそう、人間から迫害されてねぇ」
「時には売られ、時には飼われ」
「その特異さ故に殺される」
「同類も少ないと聞いたわ」
「そりゃあ人間が狩っているからだろう」
「可哀相な奴らだ」
「そうだなあ、獣のくせに心を持ってしまったから」
「獣のままであれば苦しむこともなかったろうに」
「かわいそうになあ」

憐れむフリをして、誰かがそんなことを言った。溜め息も出なかった。今自分を指名して器が広いとでも言うように酒を振る舞う彼も、上手く媚びて要求をのませようとする彼女も、きっと目の前に現れたら笑うのだ。
……いや、現れなくとも嗤うのだ。今そうしているように。

「でもまあ、仕方がないことだ」
「そうね、仕方がないことよ」
「獣人はそういう生き物だから」
「かわいそうになあ」
「苦しまずに死なせてやるのが、一番優しいだろう?」
「だって、人間でも家畜でもないから」

可哀相だの何だの言うくせに、人間とは勝手な生き物だ。
蓮には人間と獣人の違いが分からない。身体能力や獣性のことを言いたいのなら、そんなものは人間の間での男と女の違いにも等しいだろう。人間でも獣人のような者は居る。100メートルを9秒で走ることも出来るだろう。地面を割ることも出来るだろう。感覚が鋭い者だって、居るじゃないか。
悲しみや痛みを感じる心があるなら、どこの誰だって“人間”なのではなかったか? そんなことを言っていた本を思い出す。
現実はどうだ? 差異があるだけで、認められないのだ。互いに。
蓮には分からない。
……まるで悪夢の内側に居るようだと思ったことがある。それを訂正してやろうと思う。ここは地獄だ。いや、ここに限定する必要もないのだ。本当は。
命ある限り、一呼吸ごとに汚泥が言葉を殺していくのだ。

57:999◆4.:2020/01/09(木) 17:50

“愛”が何か、蓮には分からなかった。愛されたと感じられなかった。色欲はあまりなくて、食欲もあまりなくて、唯一人並みに持てたのは睡眠欲程度。けれどそれも、獣人としての能力を伸ばすために施された訓練のせいで薄れてしまい、きっと、引き裂かれてしまった。
ただ一つ楽しみにしていた夢への逃避も、くたびれきった精神を現実から遠退かせるための休息も、今は深く短く眠れば、それで終わり。
夢を見られるほどの浅い眠りでは僅かな音でも目覚めてしまう。深く眠れば無防備になる気がするけれど、目を閉じればそこまで時間を掛けずに闇に落ちてしまう。……そんな体になってしまった。一度眠ればどうとでもなる体。獣人であるが故なのか、そうなってしまった。
跡継ぎとして、獣として、相応しくなれるように能力を伸ばせ、と。何度も言い含められてきた。何度も繰り返して染み込まされた。覚え込まされた技能は覚えの良い体のせいで抜けなくて、結局獣人として最高峰のレベルにまで引き上げられていた。
その代償に失ったのは、眠る喜びや食の幸福、だろうか。
それが全て血族の思惑だとは分かっていた。それでも当時、蓮は己の母に与えられた温もりが手放せなくて、従っていた。

「可愛い可愛い私の児」
「私の胎から生まれた児」
「よく出来ました」
「さすがは私の児」

けれど気付いてしまったから、それにも縋れなくなった。

「大丈夫、大丈夫よ」
「私だけは貴方の味方」
「私の児、私の児」
「逃げては駄目よ、××」

知らない名前。知らない存在。知らされていなかった事実。
母は盲だった。気が狂ったわけではなく、ただ少しだけ精神のバランスを崩して、そのまま狂死するのではないかと危ぶんだ老達が嘘を吹き込んだのだ。
父が母を騙したのだ。
“蓮”とは父方の家が決めた名前だった。“××”とは母方の家が付けようとした名前だった。
蓮は××である、と、母は教えられていた。
……母には優秀な姉が居たらしい。らしい、というのは死んだらしいから。だから彼女は必ず子を成さねばならず、本来なら双家の子、つまり二人は子を産まねばならなかった。けれど彼女の体は弱かった。知力としては優秀で、瞬発的な力の合った彼女は、二人の子を孕めるほど強くなかった。
けれど彼女の家からの圧力が大きくて、大きくて、大きくて。
父は、母に嘘を言った。『お前は双子を産んだんだ。蓮と××。だからもう、子供のことを考えなくていい』。……別に、嘘を言うのは悪いことではない。母を生かしたいと考える心が父にあった、というだけのこと。蓮がそれを否定するだけの力はない。
ただ、それを信じ込ませるために蓮は双家が受け継いできたものを一人のみで背負わなければいけなくなった。
後から知った。蓮が受けていた教育は、少なくとも一人が受けるものではないと。二人分のものだったと。
母が二人産んだと信じ込めるように、多少の違和感は飲み込めるほどの状況を作り上げられるように。
……冗談じゃない。蓮の人生は蓮のものなのに二人分の役を背負えというのか。優しいと思っていた母にすら愛されているとは言えず、父からは跡継ぎとしての振る舞いを求められるだけで、老達は二家の子供としての人格を求めるだけ。

「可哀相に」
「お労しや蓮様」
「お母上から名前を呼ばれずに」
「気の毒な御子で」
「それでも気丈に振る舞われて」
「なんと健気な」
「さすがはお世継ぎ」
「さすがは二家の血を引く御子」

こんな場所では、空笑いすら零せないじゃないか。
愛されたかった。見て欲しかった。求められるよりも求めたかった。教育よりも言葉が欲しかった。
出来ないことがあれば落胆されて、何かを成せても次がある。身動きが取れない。意志を持たせてくれない。周囲はいつまでも騒がしくて、けれどいつまでも心は凪いでいた。
だから決めたのだ。地位も、血筋も、後ろ盾と寝床も、全て棄てようと。
与えられたものは全部手放して、己の子すら捨て置いて、“跡継ぎ”としての自分を全部、全部、須く、悉く。
棄てて、終わらせたのだ。

58:999◆4.:2020/01/09(木) 17:51

蓮は逃げた。確かにあの家から立ち去った。町からも随分離れたし、無駄に表通りを歩くこともないように働く場所も決めて、都合の良いところに寝床も定めて。名前は与えられたものを名乗るけれど、完全に独立して。
けれど、いつになってもざわざわと騒ぐ心の穴のせいで死ぬことも出来なかった。目覚める度に気付く。己の腕をまた噛んでいた。裂いていた。自分の体を自分で傷付けていた。治るけれど、一晩寝るなり獣化するなりすれば治るけれど、分かっている。蓮は自分が与えられなかったものの大きさを忘れようとしているだけなのだ。何かが足りなかった。いつまでも、今も。
気付かないフリをしていた母の傍ら。尋ねることを避け続けた父の目前。
求めても良い、と許されなかったから口を閉ざした。義務に縛られることがなくなった現在も、かつての生活が瞼の裏から離れてくれないから、求めない。欲しいと口にしても態度に出すことがないように、本心からの言葉に嘘のフリをさせて。ずっと、ずっと、手の平から零れさせている。言葉になる前に洗い流している。
一人で生きることを選んだ。けれど、自由を掴み取った今になっても、かつての孤独以外の居場所を見付け出せなくて、そこに居ない自分を想像できなくて。
蓮はここに居る。蓮は孤独の中に居る。そこに確かに在るのだ。在れるとするなら、きっともう、そこに留まる努力を続けるくらいしかない。そうだと分かっている。そうだと考えている。そう理解している。自分を縛り付けようとする血族の声も、自分を認識していなかった母の存在も、自分を犠牲にした父の記憶も、己の孤独感を深める。ならそれから離れ続ければ良い。彼らの傍に在る必要は、ない。
蓮は蓮だ。黒崎蓮。何処かには居るような、一人の獣人。光の下では影が染みて、歩けば大地に足が付いて、口を開けば生温い息が漏れる。生きている者。考える者。夜を生きようと目を細める。人間と同じ姿を取って、獣と同じ体を持って、そのどちらにも属さない力を持つ者。どれもが蓮自身で、そのどれもを蓮は疎んでいる。
要らなかったのに。何もかも。

「あいつらはクソだ」
「人間様如きが」
「数が多いから偉いとでも?」
「■■ば良いのに」
「人権とやらを寄越せ」
「死んでろ」
「野垂れ死んでろ」
「畜生」
「ちくしょう……」

今になって蓮は知った。あのバーでは守秘義務を課せられるからこそ誰が来ても、何を話しても良いと決められているから。どんな者でも、それこそ獣人でも。
あの家の者は大抵が選民思想を抱いていた。血筋を至上としていた。迫害されるのは自らが優れているからだと考えていた。間違いでは確かにない。けれど、蓮には息苦しいものでしかなかった。生き苦しいものにしかなり得なかった。自分の根底にあるものとはあまりにも異なっていたから。
人間も、獣人も、同じなのだ。能力の差こそあれど大して変わらない。全ては命を持ち、知性のある者としての在り様。互いに互いを見下していて、互いに互いへ優越感を抱いていて、結局その傲慢から過つのだ。
いつの世も同じ。いつの時代も同じ。
『僕は、まだ生きますよ』
……きっと蓮の思想を理解していながら、それでも生きることを諦めず他者を“あいして”いた、とある少年のことを思い出す。
今頃、どこで何をしているのやら。
彼はほんの少しの間だけ、蓮と肩を並べて働いていた。匂いで獣人であるとは気付いたけれど、それだけでは片付けられない複雑なものも匂わせていた。
ほんの少しだけ考えた。蓮は生きる理由も見付けられないのに、彼もただ生きるだけなのは辛かった筈だろうに、救われなくとも良かったのだろうか。あんなに明るいのに、あんなに複雑で、苦しそうで、幸せそうで。
……それとも今頃は、蓮のように諦めの境地に立ったのだろうか。
考えてみた。

59:999◆4.:2020/01/09(木) 17:52

幸せだと口に出来る者は、大抵が何かに酔っている。酒、金、権力、快楽、薬、孤独。不幸せだと言うのは、大抵の場合で不幸自慢。本当はそれを語って憐れまれる自分に、酔っている。
蓮にとっては霞と呼んでも差し支えないようなものを掴んで、人間は幸せだと宣って、獣人は不幸せだと叫ぶ。何が楽しいのだろう? 分からない。
ホテルに有象無象を連れ込んで? 「愛している」と囁いて? 朝になったら別れるのか。用が済んだら棄てるのか。ああ、なんて残酷なことを。
やはり人間と獣人は変わらない生き物だ。互いを蔑むが故に、同じようなことを違う場面で繰り返す。馬鹿らしい。
獣人とは世に言われるほど血に酔わない。人間とは獣が言うほど利己的なだけでもない。どちらも相手に夢を見すぎているのだ。人間はお伽話の中よりも賢くて、獣人は昔話の中よりも思慮深い。もっとその在り方を崩さぬように接して、互いを見つめ直せば良いだろうに。

「愛しているよ」
「好いているさ」
「それで全て上手くいく」
「分からない?」
「可哀相だなあ」

「独立した?」
「子を作りたくないと」
「可哀相にね」
「苦しくはないかい?」

「ああ、愛しているさ、あいつのことを」
「お前には分からないんだろ?」
「愛せないお前は哀れだ」
「可哀相になあ」

「ずっと不幸で」
「報われなくて」
「愛されなくて、愛せなくて」
「かわいそうに」

……冗談でもない。笑えば良いのに。内心笑っているくせに。そうやって笑えるほどに、よくあるオハナシでツクリバナシだというのに。よくあることだろう。よくあることなのに。
憐れむほどの話じゃない。同情されるような話じゃない。こんな事実を“愛する理由”にしないでくれ。なれるはずがないんだ。あり得ない。よくある話だ。だからおかしい。
どうして笑わない。どうして嗤わない。今生きているだけで明日は死んでいるかもしれない。それは誰にでも言えることだ。
死んだなら苦痛はない。死んでしまえば幸福もない。不幸はない。温もりもない。
それなら笑え、嗤え、嘲笑え。他人から愛される“幸せ”を、他人を愛する“不幸”を笑い飛ばしてしまえよ。“愛”を本当に知っているのなら出来るだろう。出来て然るべきだ。
蓮がそれを出来ないのは形になった『自分』を認めて貰うことが叶わなかったから。ただそれだけの理由。
微睡むことも閉じこもることも出来なくなってしまった蓮には出来ない。けれど同時に、分かることもある。
手を繋ぐだけで、抱き締めるだけで、犯してやるだけで「しあわせ」と人は言う。そんなものが幸せと。“あい”があれば幸せと。
寝言は寝て言え。それだけで幸福になれるのなら、蓮にはやはり、他者と分かり合うことは出来ない。自分のことを話す気にはならない。自分より幸福な者を、自分よりずっとずっと不幸な者を、分け隔て無く見下して、無視して嗤うだけだ。

60:999◆4.:2020/01/09(木) 17:52

耳の奥に残る。消えない。煩い。子を成せと言われた。
血を残したいと考えるのは分からないでもない。けれど、蓮が耐え続けるにはあまりにも重苦しかった。蓮一人が背負うには辛すぎた。一族の命運を背負わされているような感覚。実際に背負わされていたもの。
血を残したいだけなら人工授精でも何でも使えば良い。子供を作り歴史を繋ぎたいだけなら蓮一人ではなく、分家の者からも子供を育むべきだ。教育を施すべきだった。

「あの家の跡継ぎ様」
「双家のお世継ぎ様」
「血族の子」
「お育てしなければ」
「お守りしなければ」
「我らの血を絶やすな」
「私たちの歴史を繋がなければ」
「血を濁すな」
「人間どもとは違うのだ」
「奴等の血を混ぜるな」
「純血を保たなければ」
「誇りを持て」

……それを、古臭い伝統で一蹴しやがってくれたのはご隠居の老害どもだったか。
獣人は獣としての強靱さと本能、人間としての知恵と欲望を持ち合わせている。獣は長く生きない。人間は不変を厭う。けれど獣人は人間のように長く生き、獣のように不変を好む。
だからこその声。蓮を未だに縛り続ける言葉。消えてくれない。終わらせてくれない。子供を作ってしまったから、蓮はそのことが気懸かりで動けない。死にたいのに迷ってしまう。
子供の存在を忘れられないせいで、身動きの取れなかったあの日の苦しさも、忘れられない。

『お慕い、申し上げております』
『……好きにしろ』

今にも泣き出しそうな声で言っていた彼女は、今頃、蓮の子供の世話でもしているのだろうか。
十八で宛がわれた番。十九で産み落とした子供。二十歳で棄てた、全てのこと。
気懸かりなこと。忘れられないこと。後悔とも言えない心残り。けれど死ぬことを思い留まらせる程度には心に爪痕を残すこと。生まなければ良かった。番わなければ良かった。結局自分が、一番間違えた。

『お待ちしております。……いつまでも』
『無駄なことを……』

蓮は、彼女に引き留められなかったから消えられたのだ。信じております、の声も蓮を苛立たせないギリギリの声量で、声音で、そしてすぐに消えた。すぐに潰えていた。
行くなと言われる前に蓮は家を出ていた。行くなと言う前に彼女は頭を下げて引き下がっていた。
忘れようとも思っていない記憶の中で、何があったのかを、何を言われたのかをハッキリ覚えている。けれど、あの声は。
芯の通っていたはずのあの彼女の声は、心地よかったはずなのに。むしろ快いものでもあったのに。
思い出そうとしても、何故かもう殆ど、思い出せない。
「……」
なら何故、今考えるのか?
もう全て棄てたはずの妻子。もう全て放り投げたような過去。どうしてあの家のように“思い出したくないこと”にカテゴライズしていないのか。どうして?
ではあの家に戻り、妻子に会いたいかと言われればそう言うことではない。そうではないのだけれど。ではどうして?
どうして未だ思い出す。思い出そうとする。何故?
……その理由は、考えない。考えてはいけない。もう本当は、きっと、分かっているから。それを認識してしまえば、蓮はまた苦しまなければいけなくなるだろうから。
だから考えない。理由は探さない。

61:999◆4.:2020/01/09(木) 17:53

笑い飛ばしてくれ、と願う。もう嗤うしかないのかと考える。生きているだけで苦しくて、息をするだけで思い出す。生きている限り抜け出せないこの地獄を、蓮は自分でも理解しきれない感情のために見詰め続けなければいけない。
その感情が消えるか、もしくは、理解できるようになるまで。

愛されたかった
抱き締められたかった
笑って欲しかった
自由が欲しかった
息苦しい
痛い
いたい
許されたい
赦されたい
ゆるしたい
義務ではなく、個人として生かして欲しかった
寂しかった
苦しかった
辛かった
泣きたかった
深く深く、眠りたかった

バーで働いても、一人部屋に籠もっても、本を読んでも腕を噛み裂いても、満たされることはなかった。アルコールも孤独も活字も、痛みも、蓮を救ってはくれなかった。救われていたら、今頃死んでいた。今はもう己の命ごと全てを棄てていた。投げ捨て置き去りにしていた。そのはずだ。
けれど、そうはできなかった。
届かなかった。何も救ってくれないまま、何かに支えられることも出来ないまま、何かが助けてくれることもないまま。己が納得できるような結論を出せなかった。
だから、ずっと苦しんでいるままだ。
もはや呪うことすら億劫で、好きにすれば良いと思いながらも自分を害すもの、阻むものを許容できないでいる。他者を愛せば救われるのか? それなら、どうでも良い誰かの幸福を祈ってやろう。祝ってやろう。
そんな心なんてないし、本心を口にしてしまえるだけの余裕なんてないけれど、逆に本心ではないとのとして、偽りということにして、「幸せになれば良い」と。
誰にでもその言葉が聞こえるようにして、その代わりに本心が欠片も分からないように、と。
どうせ一番祈るべきだと言われる相手には聞こえないのだ。届かないのだ。
……いや、そんな相手も居なかったような。
本当は、本当は、全てを忘れてしまうのが良いのだ。この身ごと、この意識ごと。
世界という舞台の上から、消してしまえ。潰してしまえ。

──その結果として、自分が何をしたかったのか、忘れても良かった。

62:999◆4.:2020/01/09(木) 17:53

【monologue】

63:999◆4.:2020/01/09(木) 17:53

分かるだろ。分かれよ。分かったなら関わるな。分からないならそもそも近寄るな。
馬鹿に付ける薬はない。声だけが大きい奴に与える情報はない。
俺は分からない。だから誰にも歩み寄らない。客と店員、店員と客。その距離感を保つ。俺は誰にも“俺”を明かさない。俺は誰にも“俺”をやらない。俺の人生は俺のものだ。どんなに苦しくとも譲り渡すことはない。
俺は自由なんだ。生きるために働くのも、食べるために歩くのも、俺の自由意志による決定。それを否定させはしない。それを肯定できないなら知らない。俺の人生に関わらなくて良い。俺も関わらない。
俺はここに居る。居るんだ。それを自分で認めなきゃいけないんだ。俺は今も分からない。けれどそれを飲み込まなければいけない。だって俺は自分で選んだんだ。最低限の責務を果たして、その上で耐えられないものと自分を支えていくだろうものを比べて、圧倒的なまでに抱えさせられるものの方が重いからと、認識したから逃げ出した。
逃走は恥ではない。生きて命を繫ぐことこそが至上命題。
そう宣ったのは他でもない、俺の生みの親だ。だから俺は家の言葉から逸脱している、ということはない。俺はあのままでは死ぬしか無いと思った。このまま死ぬのは堪えられないと思った。だから逃げた。何も間違ってない。
ただ、一つ気懸かりと言えば……いや、やはり、違うか。俺は棄てた側だから、気に掛ける理由も必要もない。ただ『待つ』と愚かなことを俺に誓うように言った女が居た。一人だけ。それだけ。それだけのことだ。
俺は理解されなかった。傷付けられたとも思った。“愛”と呼ばれていたものを俺が理解できなかったのと同じように、受け取ることが叶わなかったときのように、『待たれる』ことを受け容れられないだけなんだ。
『愛とは何だ?』。そう問えば答えは相手によって違った。けれど総じて、理解は出来なかった。
『愛とは“優しさ”か?』。そう尋ねても肯定と否定が疎らすぎる。判断に迷う。
『愛とは許容か?』。応答は多くが肯定。けれど何人かに一人が「許さないことも愛だ」と答えるのは、一体全体どういうことだ?
『アイとは離別か』。投げても大抵が否。それでも誰かは「死別すら愛」だと。
……分からないから、俺は近寄らない。

「長いこと、世話になったな」
「お前が死ななきゃそれでいい」
「大丈夫……また、会える」
「一緒に居たら、お前が駄目になる」
「一緒に居たら、俺が生きられなくなる!」
「生きろ」
「すきだ」
「ぶっ壊しちまえ、何もかも」
「守ってあげる」
「逃げないの?」
「愛していました」
「愛しておりました」
「好いてはいけませんか?」
「いっとう、すきだ」
「愛させて」
「あいしてるから」

……ああ、嘆くべきことに俺はどの文字も理解できなかった。物語は自分を重ねることで楽しむと言うけれど、俺には知識の羅列にしかならない。記録の整理だ。
「……下らない」
そんな文字で、言葉で表現できるものが愛だというのなら。

抱擁
口付け
手を繋ぎ
引き留めて
身代わりに
居なくなって
……死んでしまう

俺は、本当は。
愛に汚れて生きてきたのだろうか。

64:999◆4.:2020/01/09(木) 17:53

-fin

65:999◆4.:2020/01/09(木) 17:55

【キャラクターシート】

名前:黒崎蓮(クロサキレン)
年齢:26
性別:男
種族:狼の獣人
性格:人嫌い・人間不信の気があり、同族だろうと人間だろうと不用意に近付く者には牙を剝く青年。普通の人間よりも踏み込める範囲が狭く、無理に触れようとすれば毒を吐き噛み付いて距離を取る。触れられるのも近付かれるのも嫌い。耳、鼻が良いのも災いして近寄られたがらない。感覚の鋭さから真偽判断も得意なところもある。
が、その一方で愛に餓えているところがある。親愛、友愛、敬愛のどれもが分からない。字義通りのものしか知らず、経験がないため手探り状態。己の中にある本能が分からない。己の中にあるらしい寂しさというものが分からない。愛とは何か。愛は己を満たしてくれるものなのか。
愛を、“これは愛である”と示されても理解できないため、むしろ“これは愛ではない”と提示された方が安心できてしまう。裏に打算がある、純粋な気持ちなど存在しない、と言われている方が楽。利害の一致という形がないと他者の傍に在れない。
不器用で孤独で、無知で。そのせいで知らず知らず己を嫌っていく。眠っている間やストレスが溜まったときなどに、己の腕を噛んだり胸元を掻き毟ったりする自傷癖にも近い癖がある。本人としては気付いたらやめるようにしているが。
容姿:色素の薄い灰色の髪に蒼い瞳。髪はウルフカットにしており、目付きの悪さと合わせて不良のように見えることも。背は170cmと少し。肌は浅く焼けている。
獣人になると長髪時以外では髪が肩甲骨の辺りまで伸びてくる。髪色と同じ毛色の耳と尾が出、また瞳孔が縦に長くなる。牙や爪が伸びることもあり、元々整った顔をしていることから人間味が薄くなる。
獣化するとハイイロオオカミになる。ただし本能が人間よりも獣としてのものが強くなるらしく、人語の理解が少し遅くなる。
服装:藍のジーンズに白のシャツ。靴は青のバスケットシューズ。己の雰囲気の悪さは理解しているらしく、マトモな服装を心掛けている。
武器:爪、牙、ナイフ
職業:バーの店員
関係:長い歴史を持つらしい獣人の一族の出で、血を繋ぐために生まれたようなもの。そのため獣人としては高い水準の教育や生活を与えられて来たのだが、愛を受けたとは全く感じていない。その上で子を作ることを強制され、18になった日に勝手に番を割り当てられた。しかし恋愛感情やら欲やらを理解できず、更に言えば異性へ惹かれたことがほぼなかったために苦痛しか感じられなかった。そのため無理矢理な形で子供を一人作った後、二十歳になるのを待って家を飛び出した。
愛が分からないというのはこの環境の中で「理解された」と感じられなかったせい。
現在の街に居着いてからは裏社会に通じているらしい、グレーゾーンのバーで働いている。守秘義務さえ守れば給与も良く、過干渉もないために蓮でも長続きしている。
その他:嘘に拒否感がなく、他人が嘘を吐いても構わない。騙されるとしても害がないならあまり気にしない。むしろ自分もその分嘘を吐く。
長い血脈から受け継いだ本能、能力を忌み嫌っているのだが、それでどうにか出来てしまうようなものでもないので余計に無意識下での自己嫌悪がひどくなる。自分の獣人の姿も獣としての姿も嫌い。生存に必要がない限り姿を変えることはしない。
抑圧されて生きてきたと言う感覚が抜けず、本心を口にすると弱くなると考えているところがある。そのため、本当に大切なことを見付けても中々口には出来ない。言葉に変えられない。
台詞:「マティーニです。どうぞ」「俺を縛るな、俺に関わるな。俺は現状維持で精一杯なんだ。俺がこのまま死ぬにはお前が邪魔なんだ」「なんで理解もしないくせに近寄る?! 喰い殺してやろうか!!!!」
一言:『全員■■』

66:999◆4. hoge:2020/01/09(木) 17:56

それでは今日はここまで
今年も、皆様にとって良い年になりますように


書き込む スレ一覧 サイトマップ ▲上へ