あなたが空を見上げたのは、いつ ですか?
こんにちは、短編書きます。
コメントは御自由にどうぞ。
「キミ」
先輩が僕の方を向いてそう言う。
「もしこの屋上から出れなくなったらどう思う?」
僕は率直に答えた。
「イヤですね」
突然吹いた風で足元の落ち葉が巻き上げられる。ちょっと目線を上げれば低い一軒家から突き出たビルやマンションが生い茂る。
ここは僕の通う高校の屋上だった。
「なんだ……つまらない奴だなぁキミは」
よほど僕の答えがつまらなかったのだろう。先輩は唇を尖らすとそのまま自分の居場所(スペース)へと逃げ帰ってゆく。
その背中に僕はテキトーに言葉を投げつけた。
「あいにく、人に語れるほどの夢や理想は持ち合わせていないものでして」
「嘘でもいいから持ちあわせておきたまえ。その年で夢に飢えているなど見るに堪えん」
「自分は見世物ではありませんが?」
ガタン、と強引にイーゼルから椅子を引きはがして座る先輩。
自分もまたイーゼルに乗せられたキャンバスにHBの鉛筆を振るう作業を再開した。
その場にまた静寂が訪れる。
僕と先輩、それぞれにこの屋上から見える景色を写し取る作業に没頭してゆく。
個々の世界に閉じこもり、目の前のキャンバスを見つめていると、ふと何か周囲の空気が気になる。
流石に言いすぎたか。そう思った僕は静寂に向かってこう付け足しておいた。
「……まあ、その言葉はありがたく受け取っておきます」
「あぁ。そうしてくれたまえ」
先輩も特に感情を込めずにそう返す。
会話の後処理を終えた僕はまた作業に没頭しようとして、
「で、さっきの話なんだが」
引き戻された。先輩はそのまま作業に没頭してくれなかった。
「私はここに閉じ込められるなら本望だと思っているよ」
「そうですか」
特に思うことの無い言葉が僕の口から漏れる。
「だってほら、こんな空を見ていられるなら。ずっと見ていられるなら。ここに居てもいいとは思ないかい? キミ」
たしかに今日は素晴らしい青空だ。
地平線から物々しく入道雲が沸き上がり、そのすそから山々の緑が顔を覗かせている。
だが、
「こんな良い天気ばかりじゃないでしょう」
僕はそんな見本のような景色に嫌気が差してすぐ目を逸らした。
「惹かれる気持ちは分かりますが、ただ空が綺麗だからといってここに閉じこもるというのはあまりに考え無しでは?」
幼い頃から可愛げが無いと言われた僕の憎まれ口が炸裂する。
腹が立っているというわけでは無いが、そういう希望論は正直聞き飽きてうんざりしていたところなのだ。しかし、僕の発言を気にも留めずに先輩は続けた。
「雨の日だっていいじゃないか、それはそれで趣がある」
天に向かって手を伸ばす。
「夜だって寒くないさ。案外夜空を見上げていると熱意が沸いてくるものだ」
日の光で温まった手を胸に当て、まるで演劇さながらの演技を見せる先輩に半ば呆れながら僕はデッサン用の鉛筆を走らせた。
「食事はどうするんですか? まさか」
「はは、案外空から降ってくるかもなあ」
何を言っているんだか。
僕はどうでもよくなって社交辞令的に言葉を並べることにした。
「はあ。空からですか」
「あぁ、こんなに巨大な空間が頭上に広がっているんだ! 何が降って来てもおかしくないだろう?」
相変わらず場の空気を読む気が無いのか、それと読めないのか声高らかに叫ぶ先輩。
正直作業の邪魔なので、暗(あん)に黙ってくれという意味合いを込めて言葉を放り投げた。
「自分ならそんなものを待つよりかは下のコンビニでパン買ってきますけどね。その方が文字通り地に足のついた考えでしょうし」
憎たらしい物言いだとは分かっていたが、考える余地もなく放たれた僕の言葉。
それに答えたのは強引に引きずられた先輩の椅子の音だった。
「地に、足をつけて答えが見つかると思うか」
「……ぇ?」
ギィっと、地響きにも黒板を引っ掻き回す音にも似た音を立てて立ち上がった先輩。
その気迫に眼下に広がる住宅地をデッサンしていた僕の鉛筆が、止まる。
「自分にとって本当に必要なものが、必ず手の届く場所にあるとは限らないだろう」
目の前のキャンバスに向かって何度も何度も頷きながら、まるで半分寝ているように、それでいてハキハキと言葉を紡ぐ先輩。
そんな彼の背に僕はまた声をかける。
「そんなの…ただの妄想じゃないですか」
「妄想でいいんだよ」
背中越しに帰ってきたその声は笑っていた。
「今あるものだけで自分を満たすよりも、ありもしない何かで満たす方がよっぽど素敵じゃぁないか。たとえ空想でも、幻想でも、それで生きていけるなら……その方がいい」
おそらくそれが先輩の信念とか、座右の銘とかいうものなのだろう。堅い意識を感じさせるその言葉に一瞬感動しかけるも、そもそもの話題がマヌケに空を眺め続けることだと思い出した僕は苦笑する。
「で、それが空を眺め続ける事と、どう関係しているんです?」
しかし呆れたのは僕だけではなかった。
その発言を聞くやいなや、先輩は目の前のキャンパスに唾が飛ぶほどの深いため息を吐く。
「キミも分からないやつだなぁ」
椅子をガッと掴んで振り返り、ひそめた眉ごと顔をこちらに突き出す先輩。明らかに不機嫌だと言いたげなその眉を今度はいたずらに釣り上げて、先輩はふてくされたようにそっぽを向いた。
「キミのような奴は毎日空を見上げて、いつか風に乗ってくる荷物に胸を躍らせる経験をしてみればいい! 私の言っていることがよく理解できるだろうさ」
「に、荷物?」
僕は意味が分からず空を見上げた。
意味も分からず空を見上げる。
そこには空が広がっている。以上だ。
とにかく僕と先輩では相容れない価値観のズレがある。どうやら退部も視野に入れたほうがいいのではないか。そんな思惑でこの理解の及ばない先輩の背中を見つめていると、いきなりその背中が「よし」と立ち上がった。
「完成した。見てみるかい?」
正直見たくはなかった。
心底先輩を嫌ったわけでは無いが、嫌悪というものはたちどころに人の態度を変えてしまうものだ。
とは言っても誘われている以上見ないわけにはいかない。僕は先輩の背中を乗り越えてその先にあるものを覗き込んだ。
そこには、空(ソラ)しかなかった。
いや。空だけしか描かれていないという意味ではない。それは紛れもなくこの屋上から見える風景そのもので、だというのに先輩のキャンバスにはここから見えるビルも、街も、木も、森も描かれていなかったのだ。
ただ一面に【ごちゃごちゃ】が……そう表現するほかないようなモノが散らばっていて。
その最奥にぽつりと、空が浮かんでいる。そんな絵だった。
「これは…どういう」
「綺麗なものだろう? 私がここから書いた絵だ」
僕の質問が先輩の声にかき消される。
「何一つ無いが、それを差し引いて余るほどの大空がここからは見えていた」
勘違い、食い違い、相違、ズレ。
疑問が積み重なるそのたび、目の前に居るはずの先輩が遠くなる。
「あの時飛んでいた空はどうだったか。もう忘れてしまったが……」
まるで夢から覚めるように、何かから解放されるように自分の目が心が目の前の人間を正しく認識し始めた。
「とかく懐かしい。あぁ……懐かしいなぁ」
そしてその違和感がようやく形となった時、僕はひどく今更な問いを口にすることになった。
「あなたは…いったい誰ですか」
「先輩さ、キミのね」
キャンバスから顔を上げた先輩がこちらに微笑みかける。その不気味さに僕が絶句する中、先輩は続けた。
「ロケットにな。……乗ってきたんだ、今日」
突如ロケットがひゅーっと、安っぽい花火のような音を立てて空を裂く。
その裂かれた空から満天の星空が飛び散り、辺りはあっという間に夜となった。
「壮絶だったよ。感情が溶け出すようだった!」
その夜空に溶け出すようにして打ち上げられたロケットはその輪郭を失ってゆく。
ぼやけてゆく。
「それから空の奥へ……奥へ。そしたら、急に放り投げられて」
まるで絵具が水に消えてゆくように夜空に溶けてゆくロケット。
しかし最後の一片。ロケットの先端だけはそのまま輝きを増して、増して、増して。
ピカッと輝いたかと思うと流れ星となった夜空に光の線を引く。
「それで、気付いたら」
そうして気づけば。
「ここに居た」
僕達は満天の星空の中にいた。
もう屋上学校も無い、上も下も右も左も夜空が無間に広がる空間にいつの間にか浮かんでいる。
「そうか…思い出した。宇宙飛行士だ!」
僕は朦朧としてゆく意識の中で先輩、声の主を見た。
もうそいつは、ただの白いモヤになっていた。声と威勢だけはそのままに消え入りそうになっていた。
「帰らないとな、空へ。……それ私達の務めだ」
僕もまた輪郭を失い。ただの【僕だったもの】になってゆくようだった。
一体何が正しいのか。どちらが上か、下か。それともこれは左なのか。そんなことすら忘れていた僕に突如として「ははは!」という豪快な笑い声が掴みかかる。
「君も帰れ。こんなトコロで寝ている場合じゃないだろう?」
寝ている? あぁ。そうかも知れない。
夢を見過ぎていたのかもしれない。
そう自覚した瞬間、すべてが真っ白に染まった。
意識が覚醒する。忘れていた手足の痛覚が徐々に戻ってゆく。
「あぁ、どうやら本当に夢を見過ぎていたらしい」
そんな感想を残してふざけた世界を去ってゆく僕に対し、夢はとびっきり皮肉めいた笑みで捨て台詞を吐きかけたのだった。
「馬鹿が。少しは夢見を見ろ…! 頑固者」
目を覚ますとそこは大空だった。
茜色に染まっている。夕焼けだ。
僕はほっ、と胸を撫で下ろしゆっくりと上体を起こす。ぎぃっとキシむ椅子と腰。体中に鈍い痛みが走り「痛たた…」と苦笑いをした。
高校生とはいえ小さな学生椅子に全体重を預けていたのだ。この痛みは必然とも言える。
とにもかくにも僕は起き上がった。起き上がってすぐ、イーゼルに乗ったキャンバスを見て自分が絵を描いていたことを思い出す。
頬や手を撫でてゆく風で屋上に居たことを思い出す。ただそれだけだ。
ココで、屋上で起こったことはそれで以上だ。夢の名残などどこにも無く、それがまさしく無価値な夢であったことを示していた。だが。
「夢(ユメ)。……だったのか」
なぜか僕は夢の名残を探していた。まだどこかに先輩がいて、僕を小馬鹿にした笑みで出てきてくれるんじゃないか、などという妄想が立て続けに僕を駆り立てる。
屋上の給水塔タンクを見た、ボイラーを見た、エアコン外機を見た。まさかと思って手すりの外を見下ろした。階段を駆け下りた。少しだけ校舎内を見回して、帰ってきてそしてそして、空を見た。
人が居るはずのない空を見た。すると、まるでロケットの先端がそうしたように、突如として空に光の一文字が描き出される。
「あ。ママ、【ナガレボシ】だぁ!」
僕と同じく空を見上げていたのだろう。
校舎の下から5、6歳と思われる男の子の声が響いてきた。
「ねっ、ママ! 【おねがいごと】! おねがいごとしよ!」
声量調整など存在しないノドから出るその声は、しかしすぐに掻き消えた。
屋上はまた静かになった。喚きたてる子を母親が止めたのか。それとも母親も一緒になって今まさに【願い事】をしているのか。
特に人様の家庭事情を覗き見たくもないのでどうでもいいことだったが、どうか後者であることを切に【望んで】、僕は彼の言葉をそっと口にした。
「お願い事。か」
そういえば誰かに向かって、何かに対して祈ったのは何年ぶりだろうか。
中学校半ばからずっと個人戦を続けていた僕が、小さな彼のように【願った】のは何年ぶりだろうか。そんなむず痒い問いを燻ぶらせながら僕は大空に向かって両手を組み、目を瞑(つぶ)った。
「どこかの誰かが、ちょっとだけ幸せでありますように……」
そんな綺麗でなさけない願いをつぶやいた僕に椅子から声がする。
『まさか君がお願い事なんてねぇ。意外だよ』
まさか。まさかと思って目を開けると、さっきまで僕が座っていた椅子に小型ラジオが引っ掛かっていた。
「ああ……そう、か。そういえば個人作業が寂しくて持ち込んでたな。ラジオ」
落胆と同時に来る羞恥(しゅうち)。ラジオの先では新米アナウンサーがMCと思われる男性に乙女趣味を弄(いじ)られているようで、先ほどの発言もその最中のものらしかった。
「あ〜っ」
恐らく彼女と同等の羞恥を感じつつ、僕はまた空を見る。
すると、また光が夕焼けを裂いた。
それに見惚れていると一つ、二つとその数が増えてゆく。流星群だ。
「……スゴい」
まるでアイツみたいに図々しく、自慢するような動きで光の尾が茜(あかね)をハネる。
その光景に見惚れる僕の横でラジオは、次のニュースを奏で始めていた。
『続いてのニュースです。○○県宇宙センターから数百人を乗せたロケットが発射されました。このロケットは“遺骨”いわゆる宇宙葬で、弔われる故人の骨を積んだもので、戦後日本を支えてきた小さな偉人たちを乗せて本日○時、無事日本上空で遺骨を散布。葬儀を終えました。
このような宇宙葬を日本単独で執り行うのはこれが初とあって、指揮をとったA氏は喜びの声を……』
突貫でやったから結構誤字脱字が多い。
修正できないみたいだし、気をつけよう…。
【感想】
思わず読み返しました
夢オチはよくある締め方ですが、とても引き込まれたように思います
宇宙葬という単語からの壮大さ、とても
所々で【】に囲まれた言葉に目を引かれましたが、一人称発言に【】を掛けると(主観ですが)ナルシズムを語り手に感じてしまいました
また、カタカナは下手に混ぜるより強調したい一単語にのみ使って欲しかったかなあ、とは思います
目を引く単語が少し散りすぎていたような印象です
また、空の印象をもう少し言葉を重ねても良かったかもしれません
想像の余地を感じましたが、同時に統一したイメージもありませんでした
【アドバイス】
分かってはいると思いますが、まず段落は上げるのか下げるのか、きちんと統一した方が良いと思います
また、ルビは振らずにカタカナ一言、もしくはひらがな一言の方が自然なこともあると思います(強調したいなら別ですが)
後は感想にも書いたように【】の使用回数と使用単語も気を付けた方が良いかなと
後は、そうですね……最初の方に舞台を指定していましたが、現実ではないと気付く直前に「見慣れていたはずの屋上が、今はそう思えなくなっていた」などの前段階的形容句を挟んだ方が、舞台を「通っている高校の屋上」にした意義がハッキリしたかもしれません
後は、屋上としての描写を最初の方から山場に掛けて減らしていく、という間接的な表現でも良かったかもしれません(勿論主観ですが)
書き連ねましたがとても引き込まれたので、結局全ては主観的アドバイスです
思うままに書いていったください
ありがとうございます!
確かに色々飛びすぎてましたねw
山場はあれど、展開も飛びすぎでしたし、言葉使いもも少し着実に、丁寧で良かった気もします。
きちんと読んでいただいてありがとうございました。参考にさせていただきます!
乱入失礼します
雰囲気がすごく好きです(語彙力)