「3回だけ使える特別な能力をあなたに授けます」
道端で変な子供にそう言われたとき、高校生の僕は、今年も夏が来たんだなと思った。毎年夏になると、猛暑のせいで、おかしくなるやつが必ずいるからだ。
「はいはい」
適当にあしらって、僕はそのまま行こうとした。しかし、子供はまたしても僕の前に立ちふさがる。
「待ってください。あなた疑ってますね。私は本当に特殊な力を分けてあげようと思っているのに」
「わかったから、そこをどきなさい」
「どんな能力がいいですか」
しつこい子供だ。返事をしてあげているだけでも、ありがたいと思うべきなのに。
「なら、カバンが重いから、物を一瞬で移動できる力をください。家まで移します」
「わかりましたっ」
やれやれ。ようやく分かってくれたらしい。これで解放される、、、はずが。
「できました。これであなたは三回だけ物を自由に移動できますよ。指を上げてみてください」
「は、なんで?」
「なんでって、あなたがそう願ったからですよ。指一本で、思った通りに物が移動できます」
いつまでからんでくるつもりなんだ。さすがにこれで最後だぞ。これ以上何かするなら、走って逃げよう。
「はいはい。じゃあ、カバンを家まで運んでください」
するとその瞬間、肩からさげていた学校のカバンが消えてしまった。
「えっ?なにこれ」
慌てて前を見ると、そこには誰もいない。そして家に帰ってみると、カバンがきちんと置かれていた。
「なんだこれ。ほんとに物が移動できるのか?なら、テレビのリモコンをここに」
指を上げると目の前にリモコンが現れた。まさか……。しまった。これなら、別の力をお願いするべきだった。お金が降ってくるとか。しかも、二回移動させたから、使えるのはあと一回だけだ。
「最後のは、いざというときにとっておこう」
次の日は夏休み前の終業式だった。体育館での集まりが終ると、いよいよ休みは目前だ。みんなのテンションは最高潮となる。
「高橋君またね」
「うん、伊藤さんも、また」
はぁ、休みはうれしいが、これで伊藤さんともしばらく会えないのか。伊藤さんは美人で勉強も得意、おまけに学級委員という完璧超人の女子だ。僕以外にも気になっている男子は多い。伊藤さんほどの美人なら、休み中に彼氏ができてもおかしくはない。なんなら、いまから誰かとデートとか。せっかく席が隣になったのに、これから起こりそうなことを思うと、僕は無性に悔しくなってきた。
「もういいや」
僕は指を上げると、教室を出ていった伊藤さんを、もう一度教室に呼び戻すことにした。別にこうしたからといって、何かが変わるわけではないが、どうせあと一回しか使えないんだし、最後は伊藤さんに使おう。
「伊藤さんを教室に」
その瞬間、隣の席の椅子に伊藤さんがパッと現れた。よし、成功だ。しかし、目の前に現れた伊藤さんは、座っているのではなく、ぎゅっと目をつぶって椅子の上に足をついてしゃがんでいた。しかも驚いたことに、伊藤さんは、制服のスカートをめくってお尻を出していたのだ。そして次の瞬間であった。
「ふんんーーっ」
目をつぶった状態の伊藤さんが、いきなり気張り始めたかと思うと、突き出したお尻から「ニチニチニチ」と音を立てながら、太くて長いうんちが蛇のようにモリモリと出てきたのだ。それは一瞬の出来事であった。僕も教室のみんなも、伊藤さんが見せたあまりに予想外の行動に、その場に固まってしまった。そして、うんちを出し切った瞬間だった。
「ふぅ。え……」
どうやら、目を開けた伊藤さんも、自分が置かれた異変に気がついたらしい。
「なんで……。トイレにいたのに……」
伊藤さんは、しばらく呆然と周りを見渡していた。しかし、
「キャーッ」
突然大声を上げた伊藤さんは、パニック状態になって、そのまま教室を飛び出してしまった。椅子の上にうんちを残して。次の瞬間、残されたクラスのみんなが、いっせいに噂を始める。
「なんだったんだ、あれ」
「さぁ」
「どうしたんだろうね、伊藤さん」
「夏だから、ちょっとおかしくなっちゃったのかも」
「普段真面目だったぶん、よけい変わりやすいんだろうね」
僕は伊藤さんに申しわけなく思ったが、かといって本当のことも言えず、せめてものつぐないとして、伊藤さんがしたうんちをティッシュで取ってゴミ袋に入れた。
結局、僕が伊藤さんの姿を見たのはそれが最後になってしまった。九月になると、伊藤さんは高校をやめたことを知らされたからだ。やっぱり、特殊な能力なんて簡単に使うものではないらしい。
「あ、あなたはこの前の。私があげた力はどうでしたか」
例の子供に出くわしたのは、そんな時であった。