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1:匿名 hoge:2020/09/25(金) 22:07

内容はない。思い付き駄文。妄想の延長線。補助線。閲覧禁止。乱入禁止。hoge進行。長文が目立たない&迷惑ととられにくいという考えより、小説板にたてています。注意・ご指摘のある場合のみレスを許可します。

2:匿名 hoge:2020/09/25(金) 22:41

彼は、小さく、美しく、儚く、艶やかで、それでいて少年であった。150と6センチ、40少しの身体。小さな顔には猫目の三白眼、長い睫毛、ツンと上向く鼻、桜色の唇、全てが綺麗におさまっていた。元来、癖毛のその髪をストレートにおろし、前髪を切り揃え、後ろは肩程のおかっぱ。素っ気ないその髪型が、細く柔らかい髪にはよく合っている。透き通るように白い肌は日焼けには弱かった。細く長い指は器用だった。いくらか小さいその耳には穴がいくつかあいていた。フランス生まれの彼は幼い頃からピアスをつけていた。完璧でどこか日本人形を思わせる風体に対して、実際彼は拍子抜けするほど明るかった。口を開いて大きく笑うことこそなかったが、小さく満足げな笑みをよく浮かべていた。帰国子女で敬語が苦手だった。それでも可愛がられていたのは、彼がとても純粋で真っ白であるからだろう。若干、皮肉を言うところもあったが、それは彼の頭の回転の良さを表していて、トークがうまかった。只々、先輩のことを尊敬し、兄のように慕うその姿をみると甘やかしたくなってしまう。彼は、人よりいくらか小さく、いくらか身体が弱く、いくらか耳が聴こえづらく、いくらか目が悪かった。しかし、誰よりも美しく輝くその姿はまるで桜のようであった。

3:匿名 hoge:2020/09/25(金) 23:04

誰もその幼い少年に期待していなかった。その姿をみた瞬間、満足だった。また、別の者は顔だけだと思った。また、別の者は話題性で使われた、気の毒にと思った。しかし彼は、裏切った。勝手な憶測を、勝手な上限、勝手な同情を、全て裏切った。それはもう潔く。やはり彼は、桜のようだと思った。音もなく息をすい、次に音が発されたときには会場の空気が変わっていた。否、変わった、などというものではなかった。そこはもう彼の支配する世界であった。流れてくるのは彼の音だけ。耳の悪い彼が、選択したアカペラという手段。あぁ、神はなんて無慈悲なのでしょう。それはその美貌だけでは飽き足らず、美声までをも手にした彼を妬む気持ちからのものなのか……。はたまた、ここまで美しい彼が他の人よりもハンデを背負っていることを惜しむ気持ちからのものなのか……。気持ちいいまでに潔く、全ての人を裏切った彼は、どこか寂しげで哀しげで。夏の桜を思い出す。

4:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:11

遅かった。彼の携帯がなり、彼が出て行ったのは、もう15分も前だった。丁寧な彼のこと。長くなりそうならうまく切り上げるか、はたまた一言遅くなる旨を伝えに戻ってくるはずだ。だがしかし、彼もまだ中学生。久しぶりの家族からの電話だったなら、我を忘れて楽しんでいるのかもしれない。また、同好会のメンバーからでも然り。そこに水をさすのはいかがなものか。そもそも電話がかかってきた時点で彼が、周りに気をつかい、後でかけ直すので大丈夫です、と切ろうとしたのを引き止めたのだった。日本からなら時差もあるためなかなかゆっくり電話をする機会もないだろうから。彼ならば、誰かの姿を目にすると我に返り、電話を切ってしまいかねない。そのうえ謝罪の一言も述べるだろう。そんなことを考えている内に時間は淡々と過ぎていく。打ち入りという名はついているものの、大変わらない食事会も終盤に差し掛かろうとしている。こちら側としては、彼には息抜きもしっかりとしてほしいので、このまま食事会を終えても構わない。しかし、彼は食事会、それも打ち入りの締めに座長が出られなかったとなれば、ひどく自分を責めるだろう。申し訳なく思いながらも、少し様子をみに行くことにした。

5:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:30

せめてもの配慮として、彼と特に仲の良い、兄的存在のりょーたが様子をみに行くことになった。いつもの場より何倍も重いフランスの扉を開ける。恐らく、防音のしっかりとしたこの部屋からそう遠くは離れていないはず。思ったとおり、彼は、扉を出てすぐの廊下にいた。が、その様子はいつもの彼とは違っていた。携帯を耳にあて、誰かと電話をしていることに変わりはない。しかし、先程まで思い描いていた彼の様子とは似ても似つかなかった。壁に身体を預けるようにもたれかかり、今にも崩れ落ちそうだった。項垂れているせいで表情までは分からない。美しく毅然といている彼とはまるで別人のようだった。彼が、弱みをみせたことは今まで一度だってない。また、電話をしているはずなのに彼は一言も声を発さない。おかしい、と気づくまでに時間は必要なかった。それでも、急いで駆け寄ろうとした瞬間―――、間に合わなかった。彼は、崩れ落ちた。立っていることすら出来なくなり、その場で蹲る。が、携帯は耳に押し当てたまま。一言も話さなかった彼から、今は変な呼吸音が聴こえてくる。聞いたことはあった。彼が、昔喘息もちで、身体が弱く、入退院を繰り返していたことを。今、自分は身ひとつだ。何も出来ない。急いで部屋に戻り、声をあげる。「過呼吸だ!!紙袋!!あとちかの鞄は?!」焦っていた。咄嗟に出した指示はめちゃくちゃだった。主語もなければ述語もない。それでも伝わった。適当な紙袋をもったけんけんが急いで廊下に飛び出すのと、かとうが彼の鞄をもって飛び出すのとは、ほぼ同時だった。

6:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:46

「っちか!」その場で未だ蹲る彼の小さな背に手をあて擦る。項垂れていた顔をあげ、うまく息の吸えていない小さな口に紙袋をあてる。が、良くなるどころか呼吸はどんどん荒くなる。ついには、もうすっかり治ったと思われていた喘息のような症状まで出始めた。心配して皆が彼を取り囲む中、握りしめられた携帯に目敏く気づいたのは頭のキレるかとうだった。そっと、もう力の入っていない手から携帯を抜き取り、耳にあてる。流れてくるのは、知っている声ではなかった。彼の母にも兄にも会ったことはあるうえに、よく世話になっている。間違えるはずがない。かといって、面識のない同好会のメンバーかと言われればそうではない気がする。耳から携帯を離し画面をみるとそこには「母さん」の文字。しかし、そこから流れてくるのは男の声。気持ちの悪い反吐が出そうな、そんな声。あの少し抜けているけれど、とても優しい彼の母とは違う。「おい、何してんだ。もうこっちは終わったよ♪帰ってくるのが楽しみだね。きいてるのかな?」何の話をしているのか分からない。だが、遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえる気がする。只事ではない。何かが起こっている。皆から少し離れ、携帯の通話録音ボタンをタップする。そして、再び耳にあてる。彼のことは大丈夫。皆がついている。鞄の中には薬も入っているし、医務室の設備は非常に良いはず。だから、流れてくる声に集中した。「あぁ、なんだ。嬉しさのあまり泣いてるの?鬱陶しい奴らが消えて。それともあれかな?責めてるんだ。自分が悪いんだって。そうだよ。ぜーんぶ君が悪い。そうだよね。分かってるでしょ?かしこ〜い君なら。あ、そうだ。一人残しといたよ。可哀想に。君のせいでこの子は一生苦しみながら生きるよ?優しい君は自分も後を追う?それか、この子のことも消して全てなかったことにする?」

7:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:59

胸騒ぎがする。ここはフランス。急いで彼の家の近くの警察署に電話する。彼の携帯からは相変わらず気持ちの悪い声。ミュートにしたためこちらの声は聞こえていないにも関わらず、ひとりで愉しそうに喋っている。少しして電話が繋がった。急いで彼の家に向かうように伝える。詳しいことは分からないし、証拠も何もなかったが、その切羽詰まった声からか直ぐに動いてくれた。彼の携帯からは未だ声が聞こえてくる。「あれれ〜?そんなに嬉しかった?ショックだった?それとももう死んじゃった?そっか〜残念だなぁ♪まだまだこれからだったのにね。可哀想に。全部君のせいだよ。じゃあばいばい。良い夢みてね♪もう少し愉しめると思ったのになぁ、残念残念♪ ブチッ……ツー――ツー――……」ついに電話が切れた。呆然としつつ、彼のもとへ戻る。まだおさまらないらしく。苦しそうな呼吸音を繰り返している。喘息の薬も投与したらしいが、効いていないようだった。仕方がない。あまり動かない方が良いだろうがここでは何も出来ない。海外に行くにあたり、強めの薬をいくつか持ってきて、医務室に置いてあるはずだった。「医務室行くぞ……」小さな彼を抱き上げる。紙袋は意味を成しておらず、彼の鞄だけをりょーたがもって、部長と3人で彼を連れて行く。他の人たちは誰からともなく部屋へ引き返していく。大勢いても何もできず、かえって症状の悪化につながる可能性まであるのだと思ったらしかった。

8:匿名 hoge:2020/09/26(土) 16:14

あまり振動を与えないように急ぐ。先にりょーたが走っていき、医務室の準備は出来ているはず。思ったとおり医務室につく頃にはベッドと薬が用意されていた。薬は酸素マスクのような形で投与するタイプらしい。医務室の先生が手際良くつけてくれる。もう既に意識が朦朧としている彼はされるがままになっている。しばらく、苦しそうな呼吸を繰り返していた彼だったが、少しすると落ち着いてきた様だった。そのまま眠ってしまったらしく、静かな寝息が聴こえる。未だ汗の浮かぶ額を拭いてやり、布団をかける。パニックに陥ったまま寝入ったので、目覚めたときにもパニックを起こす可能性が高いらしい。りょーたがそこに残りふたりは医務室をあとにした。

9:匿名 hoge:2020/09/26(土) 16:23

うまく呼吸が出来ず、パニックに陥ってしまい、体力を激しく消耗したらしい。全く目を覚まさなかった。穏やかに眠る彼の顔をみて、考える。あんなに苦しそうだったのに、その美しい顔には涙の筋がひとつもなかった。汗こそ沢山かいていたものの涙は流していなかった。何があったのか分からない。電話をしていて、たまたま昔の症状がぶり返したのか。海外に来て、長旅で疲れたから、と言われれば可能性はあるかもしれない。しかし、彼は幼い頃からその症状と付き合ってきたはず。これほど悪化するまで助けを呼ばない、対応しないのはおかしくないか。では電話相手に何か言われ、パニックに陥って、過呼吸、喘息を引き起こしたのか。考えにくい。彼は電話が、かかってきたとき自ら切ろうとしたが、そう申すとき、悲し気な顔をしていた気がする。思うに、母や兄弟からだったのではなかろうか。出たい気持ちは山々なのに出て良い状況ではなかったから、切ろうとした。それを知って、皆は電話を切ることをとめたのだと思う。だとしたら理由がない。謎ばかりが浮かんでくる。彼が目覚めたとき、どうすれば良い?彼は何か話してくれるのか?……かとうさんは何も知らないのか?

10:匿名 hoge:2020/09/26(土) 16:39

野生の勘が良いあいつなら疑っているだろうな。かとうはそう思っていた。年齢が近く一番気を遣わなくて良いだろう、と適当な理由をつけてりょーたを残してきた。自分は警察からの連絡があるかもしれないし、情報収集をしなければならない。部屋に残る皆のことは部長に任せて、ニュースを探る。もし何かあったなら……。電話してから30分ほどたった。折り返されるならそろそろ。現場について状況把握が終わるのはもう少しだろう。まだ、ニュースにそれらしきことはあがっていなかった。と、丁度そのタイミングで電話がきた。番号を確認するとやはり、折り返しだ。深呼吸をして、部屋から出る。りょーたからの電話だと思ったのか声をかけてくる人はいなかった。「……はい。」「こちら✕✕警察署の〇〇です。先程通報を受けて伺った家ですが、6人の遺体が発見されました。また、犯人と思われる男ひとり、1歳ほどとみられる子供は無事なようです。現在詳しいことは調査中です。少し事情聴取させて頂きたいのですが✕✕警察署まで来ていただくことは可能ですか?」思わず声をあげそうになったが堪える。言われたことを理解できない。入ってきた言葉は全てただの記号のようにぐるぐると頭の中をまわり続ける。かろうじて質問には応えることができた。「いえ……。今、海外にいまして……。通報するきっかけとなった証拠の音声もあるので聴取には応えたいのですが……。あとその場にいた者が他にも数名いるので……。」「分かりました。では電話による聴取と、証拠が音声データであるのならば送ってくださるようお願いします。詳しいことが分かり次第、お伝えさせていただきます。今から聴取させていただいてもよろしいですか?」「すみません。少しお待ち下さい。10分ほどしましたらかけ直します。データも準備しておきますね。」「分かりました。では準備でき次第よろしくお願いします。」

11:匿名 hoge:2020/09/26(土) 17:02

ニュースにはすぐ流れた。速報です、と繰り返し伝える無機質な声を一度とめ、医務室へと向かう。りょーたを呼び、かわりに部長についてもらう。りょーたはすぐに察してくれたようで黙ってついてきてくれた。誰もいない談話室でさっきのニュースを流す。りょーたは不思議そうな顔をして、画面を見ていたが、流れてくる被害者の情報と、その名前をきいた途端、顔つきがかわり、それでも最後まで静かに見続けた。「お伝えします。東京都✕✕区で刃物と銃をもった男によって、男3人と女3人が死亡、男児1人が重症を負う事件があったようです。詳しくお伝えします。被害にあったのは東京都✕✕区の成瀬さん一家。成瀬太郎さん、妻の成瀬華さんと4人の子供が犠牲となったようです。何者かの通報により、警察が駆けつけた頃には既に殺されており、犯人とみられる男がいた、ということです。現在男の身柄を確保、詳しい状況を調べています。」りょーたは何も言わず、こちらをみる。「……。ちかが発作をおこしたとき、携帯を持ったままだということに気付いた。りょーたやけんたが処置してくれているあいだに携帯をとり、まだ電話が繋がっていることを不思議に思った。画面には『母さん』と記されていたのに聴こえてくるのは知らない男の声で。もう消した、一人だけ残した、お前のせいだ、永遠に繰り返してて……。只事じゃないと思って、録音し始めた。子供の泣き声も聴こえるし、ちかの家の近くの警察署に連絡した。すぐに動いてくれて、調べてくれたらしい……。」りょーたは黙ってきいていた。話し終えると漸く口を開いた。「……じゃ、今から事情聴取か。俺もだよな。早く終わらせよう。」分かっているのか分かっていないのか、いつもと大して変わらなかった。

12:匿名 hoge:2020/09/26(土) 17:13

質問にひとつひとつ応えていく。彼のことも勿論きかれた。そこで分かったことがまたニュースに流れていく。証拠を提出して、漸く終わった。どうしたらいいか分からなかった。彼が、いつ目覚めるのか、どう伝えたらいいのか。彼の幼い弟と年の離れた兄は無事だった。兄は当時不在だった。大学に行っていたそうだ。また、犯人の男はその兄の友達で家も近く、よく遊びに来ては小さい子の面倒もみてくれていた。とても良い人だった。動機はまだわかっていないらしい。まだ、兄とは連絡がとれていないそうだ。これだけニュースで流れていたらそれも時間の問題だろう。『東京都』『成瀬』『子供が4+1+2=8の大家族』といった点から、Twitterでは成瀬千翔の家ではないかと噂が絶えなかった。子供の名前は出されておらず、年齢も出されていないため、彼の生死を心配する声も出ている。フランスに来て1日も経っていない。フランスにいることを知っている人はファンの中にはいない。色々な憶測が飛び交う中、ここにいる皆にバレるのは時間の問題。どうすることも出来なかった。

13:匿名 hoge:2020/09/26(土) 20:50

「ちかが、……起きた。」嬉しいはずのその言葉に素直に喜ぶことが出来なかった。部長からの電話。声のトーンからして部長も知っているのだろう。が、そんなこと言ってられない。どちらからともなく医務室へと走り出した。扉を開く。焦点の合わない目が空を彷徨っている。寝起き、まだ思考回路がうまく繋がっていないようだ。となると、それが繋がったとき、パニックは起こる。考えている間にマスクを付けられたその小さな口から声漏れる。「あ……。ごっ、……ん……。っごめ、んな……ぁいっ。ゆ、る……して……。ごめ、んなぁいっ…ごめぇ…。ち……か、が……わっ…る…かっあ……。」未だ焦点の定まらまい目のまま、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。どうやら、それは無意識のようで、まだ意識は戻ってきていない。またうまく息を吸えていない。起こしてやった方が良さそうだ。「ちか、起きろ。ちか……。」3人で代わる代わる声をかけている内に段々と焦点が定まってきて、漸く目があった。そして「……Où est Ici……?」桜色の唇が紡いだのはフランス語だった。「……Qui êtes… vous……? …Pourquoi suis-je …ici……?」不安げにこちらを見つめる大きな瞳、透き通るような美声。マスクのせいで少し話しにくそうだが彼の話すそれは、日本語ではなかった。幼い頃より、フランスでの生活が圧倒的に長かったにしろ、彼はもう日本語をマスターしているはずだ。何を言っているのかも分からず、医務室の先生へと目をやる。先生は「……パニックで使い慣れたフランス語が出てきたのか、それとも……、一時的な記憶障害……。」とまるで独り言かのように言った。「……Qu'est-ce… que tu racontes…? …Quelqu'un s'il ……vous plaît répondez-moi…….」先程よりもはっきりと話すが、何を伝えたいのか分からない。しばらくの沈黙のあと、声を発したのはかとうだった。

14:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:13

「……Chica, this is the…… medical office. You were a little…… sick and rested…….」彼が発したのは英語。そう、フランス時代まで記憶が戻っているのならば英語も通じるはずだった。彼はフランスにいた頃、イギリスの大きな病院に通っていた。入院することも多く、英語に触れる機会が多かった。だから、英語も話せるようになったという。「…Is that so……. Why…… do you know ……my name…?」読みはあたっていた。彼も英語で返してきたようだ。「That is…….」「But why……? I have just been discharged from the hospital……?」かとうが口籠っているあたり、どうやら会話が噛み合わないらしい。彼もそれを分かってか、取り敢えず起き上がろうとした。が、起き上がったもののすぐに口もとを抑えて「……About to …vomit……!」その言葉を耳にした途端、かとうはそばにより背中をさすり始めた。英語の話せないふたりにはよく分からない。「……!…Are you okay? Going to vomit? ……Can you move?」どうやら調子が悪いらしい。背中を擦っているあたりから察するに、気分が悪いのであろう。「……Yup. I can…… move somehow…….」「……Then grab me. The toilet is attached to this room.」何やら言葉をかわすと、彼は動き出した。驚いたふたりだったが、かとうが支えに入っているのをみて、同意のうえで、だと分かった。しかし、かとうに掴まって立ったは良いが、その支えがないと倒れてしまいまそうな程である。かとうはそれをみて歩くことが難しそうだと判断すると、「I'll hold you. Is it okay?」と短く発すると彼を抱き上げた。そして、彼のつけているマスクから伸びるチューブが繋がっている薬のボックスをキャスターごと引きずりトイレへと向かった。

15:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:27

「It is useless……. Can't vomit…….」マスクを外し、かがみ込む彼はまた、苦しそうに言葉を漏らす。「…Go back?」見兼ねて声をかけるが「……Have to vomit. I… have to ……vomit even if I ……force myself!!」彼はまた蹲ってしまった。「That's strange……. It should…… have been easier …in the past…….」使命感にかられているような、はたまたノルマをかせられているような、何かに追い立てられるかのように彼は呟いていた。このままでは体力を消費するだけだ、と思った。「Let's go back and talk.」半強制的に小柄な彼を抱き上げる。彼には抵抗する体力すらなかったようで、おとなしくされている。ベッドに戻り、背中をさすり続けてやると、ポツリポツリと話しだしてくれた。

16:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:44

(日本語訳ver.)
「僕はね、昔から入院ばっかり。家に帰ってきたと思ったら、またしんどくなって、気付けば病院にいる。病院の人たちは良い人ばっかり。だけどね、やっぱり家にいたい。わがままだよね。母さんは優しい。姉さんは怖いけど、でも強くてかっこいい。兄さんはやんちゃだけど、僕に色々教えてくれるよ。父さんは……あんまり覚えてないけど、時々帰ってきたら僕といっぱい遊んでくれるし、いっぱい歌ってくれる。ちょっぴり下手くそだけどね。」記憶が戻っているからか、どこかいつもより幼い話し方だった。「看護師さんも優しくて、野菜ちゃんと食べたらご褒美、っておやつくれる。今日はチョコレートだったよ。ひとみばあちゃんはなんでも知ってるよ。絵を教えてくれるし英語も日本語も教えてくれるんだ。ひとみばあちゃんはいつも僕を褒めてくれる。でも、野菜残したりすると、怒るんだ。とっても怖いけど、でもひとみばあちゃんの言ってることはいつだって正しい。憧れちゃうな。」彼は楽しそうに、でもどこか悲しそうに話す。「あれ、そういえば今日は母さんまだ来てないな。来るって言ったのに。忙しいんだ、きっと。母さんは皆から人気だからね。でも、遅いなぁ、母さん。姉さんも兄さんも来ないや。どうしたんだろ。僕なにかしたのかな。皆怒ってるのかな。母さん姉さん兄さん父さん……。」話している内にだんだん家族の話が出てくる。そのあたりから、彼は息苦しそうにし始めた。もしかして、記憶が戻りかけているのでは。そう思ったとき。「…っか、ぁさ…ん……、ね……さん…、……とぉ…さ…ん……、に…ぃ……、ひっ……かぅ…、…か…ぉう……、つ…ばさぁ……、っそ…ら……っ!!」「ご、め……なさ…い……。ごめ……ぁい。っち、か……のせぃ……で…。」再び荒くなる呼吸。彼が話しているのは日本語。

17:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:55

何かに縋るように手を伸ばす彼。何も掴めず落ちていく手。聞き取れない程途切れ途切れの声。次第に荒くなる呼吸。とめないと、誰かがとめないといけないのに。「ちかちゃん……!」扉がいきなり開いた。入ってきたのはれん。その手を救ったのもれん。意識が朦朧として掴んだその手にいくつもの傷を残していく彼。それでも手を強く握り返すれん。「れんちゃん……!」「ごめん…来るの遅くなって。」もう一度マスクをつけ直し薬を投与する。次第に落ち着き、今度は眠らなかった。「すず…つ…きさ…ん……。かと……さ…ん。りょー……にぃ…。ぶ、ちょ……。」ひとりひとり確かめるように声に出す。そして漸く焦点のあった目をこちらに向けた。「僕のせいで……。皆死んだよ。僕が殺した。ねぇ、はやく捕まえて?」小さな桜を思い出させる唇を僅かに歪めて彼は笑った。

18:匿名 hoge:2020/09/26(土) 22:04

彼とともに舞台に上がった初めての日。彼の美しさを知った。「前の代には勝てっこない。」「どんな奴がきてもあの役は務まらない。」「新キャストみた?」「みた!かっこよかったね。」「でも顔だけでしょ?」「それな〜」「中学生らしいぜ」「耳もきこえないんだって」「えーなにそれww話題づくりかよ〜」好き放題言う奴ら。集まらない客。全員に後悔させた。全員を裏切った。顔だけだと言われた。話題づくりだと言われた。お涙頂戴だと言われた。その全てを裏切った。彼は、美しかった。次の日には満員御礼だった。たった一言で、一音で、一動で、全てを変えた。

19: hoge:2020/09/27(日) 20:13

変わらなかったのは彼と、彼を信じ続けた僕らだけだった。最初、彼がきたとき。主役校のキャストは変わる予定はなかった。その他が全て新しくなる。しかし、座長は人気絶頂、仕事が忙しくなり、度重なる地方公演は厳しいものとなった。そして、卒業を決意した。過去になかった程の人気を博した代であり、それ故に悲しむ声も多かった。「彼がいなきゃ面白くない。」「彼の代わりを務められる奴なんていない。」「もうみに行く気もないよ。」「ファンクラブ抜けようかな。」色々な声が飛び交った。勿論、他の主役校キャストも人気は高く、その続行に喜ぶものもいた。しかし、座長の人気は比べ物にならない程高かった。急に決まった卒業、オーディションも急いで行われた。彼の代わりを務められる存在なんているのか。この短期間でみつけられるのか。製作者側にはそんな不安ばかりが積み上がる。ダメ元で駅前でチラシを配り続け、芸能会社には思いつく限りお願いに行った。もともと、この世界の登竜門、と言われているだけあって、更に前座長が空前の大ヒットを巻き起こしただけあって、オーディション参加者の数はこれまでにない程になった。だが、どれだけ参加者が多くても、たったひとつ、輝く星をみつけられなければ意味がない。まずは書類審査だ。送られてきた顔写真と経歴、自己アピールに目を通す。膨大な数だけあって、じっくり読んでなどいられない。勿論、これだけの数があれば、顔が良いやつなど山のようにいる。かなりの数に絞られたがそれでもまだ数百人残っていた。次は実際に参加者にきてもらう、面接だった。面接、とはいっても数百人を相手しなければならない。そのため何人かをまとめて部屋に入れ、名前とオーディション番号、特技等を言ってもらうだけだ。写真でみるのと実際に会ったのとでは大分印象が違う。ここでほとんどの者が落とされる。とはいっても、残りは50人弱。まだまだであった。次は、歌唱力、演技力、ダンス力、アクロバット等のチェックだった。元来、歌、踊り、大きな動きを売りにしているこの舞台。オーディションを受けに来るのはそれらに自身がある者のみだ。5人ほどずつ、一斉にチェックする。皆うまいとはいえ、やはり違う。一気に絞られ残り10人となった。最終選考は実際、本番に使用する舞台での実演だった。歌、踊り、セリフ、全てが詰まった5分程のシーンを舞台上でひとり、演じてもらう。全てが終わった。ひとりに絞られた。1万人弱のなかから選ばれたたったひとり。それは13の少年だった。

20:匿名 hoge:2020/09/27(日) 20:30

たった13の少年。満場一致での決定だった。前座長なみの、否、それ以上の者。――――成瀬千翔。舞台経験なし、事務所無所属、中学1年生。ある意味信じられない経歴の持ち主であった。一次選考、書類審査。送られてきたのは経歴部分がほとんど真っ白の履歴書。中学1年生。備考――耳が悪いですが補聴器をつけているので問題ありません。お涙頂戴か。同情買いか。あと何人分あると思っている、ふざけるな。思ったような収穫がなく、苛立ちを隠しきれず、ついそんなことを思う。だが、一応仕事だ。写真にも目を通す。手が止まった。目を離せない。多くのものが宣材写真、ばっちばちに決めた写真を添付するなか、その写真はあまりにも浮いていた。学生服を身にまとい、形の良い唇を僅かに歪めて微笑んでいる。恐らく友達と撮った写真なのだろう。誰かの肩が見切れている。桜の写真。今は夏。このために準備したものではないらしい。猫目の三白眼がキツすぎないのは、縁が長い睫毛に囲われているからか。白い肌、ツンとした主張しすぎない鼻、小さな耳、細い首。美しかった。加工は禁止としていてもライトを極限まであてた奴、メイクを施し顔を作り上げている奴、そんな者はたくさんいた。しかし、これはそんなものではない。どこかからパクった人の写真を使い、書類審査に通っても実際面接に来ない奴も近頃多い。これもそのパターンかもしれない。が、会ってみたいと思った。実際にいるなら、会ってみたい。乱雑に扱っていたそれを、大切に合格のボックスに入れた。

21:匿名 hoge:2020/09/27(日) 20:50

二次選考のときがきた。そこそこ大きな会社には、数百人の男が集まっていた。一次選考を突破した100分の1程だった。場馴れしている者、緊張している者、初心者とみられる者。色々な人がいた。今日も何度かそのパターンを喰らった。果たして彼は、来るのか。やはり会ってみると印象は大分違い、審査表には多くのバツ印がついている。時間がない、と次の書類に手を伸ばす。どうやら次は彼のいるチームの番だった。10人の男が入ってくる。少しでも印象をあげようと、丁寧にひとりひとり挨拶をして部屋に踏み入る。その最後尾。失礼します、とその声は他の物のように大きく張ってはいないのに、何故かよく通り驚いて顔をあげる。他の審査員も同じようで鉛筆の音が一瞬、消える。小柄な者の多いこのオーディションのなかでも一際小さい。学生服に身を包み、軽く、それでもしっかりとした礼は流れるような動作だった。顔があがる。そこにはあの写真の彼がいた。とはいえ、これは仕事。他の者の審査もある。ひとりひとり挨拶する様子をじっくり観察する。駄目、駄目、もう少しかなぁ、駄目だ、全然駄目、あがってるな、場馴れしてるけど違う――――。書類に思ったことを書き込んでいく。二次選考からは、落ちたものにアドバイスの書かれた紙を送るのがこのオーディションのきまりだった。そして、彼の番がきた。他の審査員も入ってきたときから、注目していたようで顔があがり、音が消える。「成瀬千翔、オーディション番号9306、事務所無所属、13歳、よろしくお願いします。」お決まりの言葉。台本通り。何度もきいてきた内容。美しかった。只々、美しかった。桜色の小さな唇から紡がれる言葉。心地のよい、通る声。はっきりとした少し冷たい口調。丸を描く鉛筆の音が一斉になった。

22:匿名 hoge:2020/09/27(日) 20:59

彼は、毅然とした態度でそこに立っていた。黒い学生服に身を包み、周りから少し浮いている。一際小さな細身の身体。緩くウェーブのかかった葉桜を思わせる暗い、肩ほどまで伸びる髪を前髪とまとめて無造作にハーフアップにしている。が、清潔感があり、彼にはよく似合っていた。写真では確認出来なかった、形のいいおでこが丸出しになっている。大きな猫目は三白眼、しかし、それを縁取る長い睫毛によってキツくはみえない。ツンとした鼻は主張しすぎない。桜色の小さな唇。肌は透き通るように白かった。小さな耳には備考どおり黒い何かが嵌められていた。一見、少女のような彼。誰もが美しい、と思っただろう。満場一致で三次選考へコマを進めた。

23:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:09

「収穫ありました?」きいてきたのは別グループの審査員だった。3つの審査室に分かれていて、数百人の参加者は10人ずつのグループにされ、3つに振り分けられる。故に、みている者は違う。そのきき方からして、恐らく彼の部屋ではあまりこれといった収穫がなかったのであろう。勿論、その次の歌などで実力を発揮する者も多く、初めてのオーディションで実力を出せていない者もいるため、ここで手応えを感じないこともなくはない。その問に対し、僕と同じ部屋の審査員のひとりが「ひとり、いたな。」とこたえる。同じ意見だった。「へぇ、どんな方ですか?」ときき返してくるのに今度は別の審査員が「ん〜、第一印象としては最高。一瞬で人を惹き付ける。でも経験が無いみたいだから、次の審査ではどうだかな。」と答える。最後の一文にその場にいた皆が、あ〜、と唸る。なんとしてでも次の星をみつけなければならない身として、苦しいところだった。三次選考は50人程に絞られて行う為、部屋はひとつだった。5人グループに分けて、歌、演技、ダンス、身体能力をチェックする。大方出来る奴が集まっているはずだが、差が出るのはここで、一気に絞られる。不安を抱えたまま三次選考を迎えた。

24:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:20

動く、ということもあり、以前よりラフな格好をした者が再び会社に集まっていた。前より大分人が少ない。彼は、オーディション番号が遅いため、最後の組のようだった。流石、1万人のなかから選べれただけあって、やってくるのは目を惹く者ばかりだった。歌もうまく、ダンスも一流、演技力の高い奴もいて、選り取り見取りであった。前より頭を悩ませながらメモをとる。最後の組がきた。話題にのぼった彼がいることもあり、その場の審査員が顔をあげる。因みに以前3室に別れていたときの審査員が各部屋より5名中経験豊富な3名ずつがこの場にはいる。5名のグループに対し9名の審査員は多い方だった。やはり気持ちの良い挨拶をして皆入ってくる。輝いている者が多く、流石三次選考といった感じだ。今回も最後尾の彼は、前と同様、短く挨拶をする。学生服ではなく、学校ジャージのようだった。選考が始まった。まずは歌だった。あらかじめ提示していたこの舞台定番の曲のCメロからラスサビを歌ってもらう。音源なし、アカペラ、マイクもない。もろに実力が試される。歌はあとから強化出来るので、そこまでうまくない者のにとおった者も過去にはいた。今日もお世辞にもうまいとは言えない者もいた。このグループはなかなかにレベルが高く、力強かった。悩みながらメモをとる。彼の番がきた。

25:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:47

「じゃあ次、準備出来たらどうぞ。」鉛筆の音が再び消えた。皆が期待して顔をあげる。そのことを全く気にせず、彼は準備にはいる。立ち上がり、水を飲む。ひとつ息をつくと、「よろしくお願いします。」準備が整ったようだ。音のない静まり返った部屋の中、耳を澄ます。飛び込んできたのは、彼の音。大きくはないのにとおる声、癖のない歌い方、欲しい音がくる、Cメロ、難しいパート、静かなパート、丁寧な言葉、伝わる気持ち、ラスサビ、盛り上がる、心地よい、目が離せない、美しい、輝いている。息をのんだ。しかし仕事。次の審査にうつる。演技だった。グループの5人で事前に決めてある役で台本どおり演じる。歌同様、レベルが高かった。彼が演じるのは、少し子供っぽいところもあるが心優しい純粋な少年。幼馴染が集まり夏の夜を過ごしているがそれぞれ別々の場所へ旅立つ前日、というよくある設定。二次選考でみた彼とは違う印象の役。舞台経験なし。台本は今渡した。設定や配役でさえ参加者は今知った。つまりぶっつけ本番なのが難しいところ。慣れているものでもつまづきやすい。緊張がはしる。楽しそうに皆で選考花火をしているシーンから少し悲し気な雰囲気へとうつる。ここからが彼の役の見せ所だ。彼のセリフがきた。しゃがんだまま彼は、少し俯いて声を発する。「僕はね、東京に行ったら、もっと大きな花火をあげるんだ。僕の夢は皆を笑顔にすること。大切な人を笑顔にすること。花火はどこからでも見えるでしょ?大きいのをあげれば、世界中の人が笑顔になる。その笑顔をつくるのは僕。」ゆっくりそう言うとおもむろに立ち上がり皆に背を向ける。「僕が好きなのは笑顔。さいっこうの笑った顔。だから、ね。そんな顔しないで。笑ってよ。」振り向いた彼の目からは、一筋の涙。「僕が笑顔の魔法を届けるまで、必死で働けば良いよ。辛かったら泣いても良い。」涙が溢れるのを必死で我慢しながら、震える声で強がって言葉を紡ぐ。「だけど、今は笑って?ね、ほら、楽しいなら笑おうよ。」我慢しきれなかった大粒の涙が頬に筋を残すなか、口角をあげ、顔いっぱいの笑みをつくる。息をするのも忘れるくらい、美しかった。他の役の見せ場のときも関心するところは多かったが、メモをとる手がぴったりとまり、音がなくなったのは初めてだった。審査員は全員顔をあげている。長いような短いような間があって、次のセリフを役者が読み上げる。気付けば、演技審査が終わっていた。

26:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:59

演技審査が終わり次はダンスだった。あらかじめ教えられていた曲に合わせて決められたフリで踊る。これは5人一斉に審査する。演技審査では役になりきるので少し時間をあけ全員が準備出来たら、始める。たった5分の演技審査のなかで大粒の涙を零していた彼だったが、終わった途端、少し乱雑にジャージの袖で雫を拭い、水を一口あおると、すぐにダンス審査への姿勢に入った。さっきまでの純粋な子供っぽさは一気に抜け落ち、彼独特の少し冷たいような、それでいて優しいような雰囲気をまとい出す。全員が準備を終え、曲がかかる。サビパートのみの審査で、Bメロから流しているため、それぞれリズムをとってサビに備えている。サビがきた。一斉に踊りだす。やはり、皆キレが良かった。彼に目をやる。決して難しくはない。むしろ遠くの客にもみえるよう、わかりやすいフリは少しダサく感じるものも多かった。しかし、彼が舞うと美しい。ひとつひとつの動作がかっこいい。華がある。目を惹くダンスだった。次は流れでアクロバット。正直、この役はあまりアクロバットを披露しないが、出来て損はない。バック転、バック宙、できる限りの技をそれぞれが決めていく。彼は、これまた軽やかにバック転、バック宙、前宙を決めた。また、ひとつ、最終選考にコマを進めた。

27:匿名 hoge:2020/09/27(日) 22:04

「これはとんでもない奴がいたもんだな。」「あぁ、予想以上だった。」「なんか、ほんとに経験なしかよ、って感じ。」「あの演技は凄い。今すぐ事務所に入るべき。」「なぁ、あんな涙、流せないよな。」「綺麗な粒で、あんなジャストタイミングで。しかも我慢しきれず零れたっていうの、ありゃ天才だな。」「最後の笑顔な。あんな涙零してて、あんな綺麗に笑えるか?」「あんだけ役に入ってたのに、終わった途端、変り身はやかったな。」「あんな純粋に笑ってたのに、袖で拭うとか、水一口あおいだだけで次にいけるとか信じられない。」最終選考が楽しみになるばかりだった。

28:匿名 hoge:2020/09/28(月) 09:52

最終選考。1万人弱集まっただけあって、なかなかの良株ばかりが残った。残るは10人。本番に使用する舞台を貸し切って、審査する。舞台に携わる主要製作者らが集まり、今までにない規模のオーディションとなった。たった5分。それで自分の今後の人生が変わる。いくら場馴れしている者が多くとも、皆緊張の面持ちに包まれている。三次選考のときと同様、動ける格好をして、アップに励んでいる。彼は舞台経験どころかオーディション経験もない。正直三次選考とは訳が違う。アップのときから審査は始まっている。慣れているものなら知っているだろう。皆、真剣な面持ちで身体を解すなり、声出しをするなりしている。そんななか彼は、演技開始直前まで机に突っ伏していた。一人目の演技が始まる。明らかに場馴れしているその者は、完璧に決めた。流石に今までのオーディションとレベルが違う様だった。二人目も堂々としている。淡々と進んでいくオーディション。人生をかけて皆、やり切っている。彼の番がきた。先程まで机に突っ伏していた彼。アップなど出来ていないだろう。そもそも舞台にあがったことがないから、よく分かっていないのかもしれない。舞台は声が響く。反響する。客が遠い。見えづらい。それを全て踏まえた上で演じなければならない。初心者には分からない。いくら素晴らしくてもここで躓く初心者は多かった。この審査はマイクなしで行う。発声法がよく分かる。5分。最後までやり切るペース配分も大切だ。始めはセリフから入る。生意気な役柄。登場の仕方から注目される。ポケットに手を突っ込んで、チャームポイントの帽子を目深に被りうつむきがちにスタスタと歩いてくる。イメージにはピッタリだ。顔があがった。少し気怠気な表情をしている。近くからは分かるが遠くには伝わらない。しかし、その姿勢からシャキっとはしていないことが十分に伝わっていた。帽子を少しあげる。顔が現れる。美しい。光が当たっている。声を発した。気怠気な姿勢で大きい声は出しにくい。が、彼の声は通る。響く。声で演じている。怠そうな、しかしやる気がないわけではない。はっきりとして聞き取りやすい。曲がかかる。気怠気な感じと打って変わって大きく動く。踊りながら歌うのは容易くない。しかし、彼は相変わらずの美声を保ち続けている。息継ぎのポイントが完璧だ。曲が終わってからのセリフ。息切れなどしていない。5分が終わる。帽子を外す。役から抜ける。ありがとうございました、形の良い唇を僅かに歪めて笑う。素晴らしい。美しい。誰もが思った。星をみつけた、と。

29:匿名 hoge:2020/09/28(月) 09:58

審査が終わり、各々片付けに入る。このとき、イメージを掴むために、参加者に話しかける。彼のもとに行く。「お疲れ様。手応えはどう?」彼はこちらを見上げ、形の良い唇を僅かに歪めて笑う。「とても楽しかったです。あんな大きな舞台で、歌えるなんて思ってもみませんでしたから。佐藤さん?」名前を呼ばれて驚いたが、ちらと彼は視線を下に送る。そこには名札がついていた。なるほど。頭がキレるらしい。「そうか。中学生だよね?東京なの?」「はい。✕✕区の学校に通ってます。」なかなか礼儀正しい。受け答えがはやく物怖じしない。頭もキレる。トークもうまそうだった。仕事、と思い出し、他の参加者のもとへ向かった。

30:匿名 hoge:2020/09/28(月) 19:46

結果は満場一致で彼だった。勿論不安もあった。13という年齢、耳が聴こえづらい、身体が弱いという点。でも、それでも彼しかいないと思った。数日後、合否判定を最終選考参加者に送り、その更に数日後、合格者には会社に来てもらう。顔合わせはその1週間後。主人校は彼以外メンバーは変わらない。しかし他のキャストは全て新しくなる。役の学校ごとに3時間、食事会という名の顔合わせを行う。地方公演も多いこの舞台ではキャストの仲をいち早く深める必要があった。

31:匿名 hoge:2020/09/28(月) 20:28

数日後、彼が会社にやって来た。待ち受けるのは監督、制作主要者、計5名。事務所に入っておらず、経験のない彼だったので、詳しい説明をするために保護者には別に説明の場を設けた。尤も、彼はしっかりしており、全てこなしてしまいそうな気がするが。彼は相変わらず学生服で来た。スーツ等あるはずもなく、それが正装なのだ。今回は、ゆっくりと彼のことについて訊き、今後のことを話し合う。事務所無所属なので、普段より大変であった。おはようございます。失礼します、と入ってきた彼は学生鞄を持っているところ以外、いつもと変わらない。5人、お偉いさんが並んでいるのに物怖じた様子はなかった。が、礼儀はなっているようですすめられて席に座る。過去のほぼ真っ白な履歴書をみながら話を進める。「学校は抜けることが多くなると思うけど大丈夫?こういった場合、芸能系の学校に転校する子もいるけど。」取り敢えず、学生、それもまだ中学生なので、きいておく。ひっかかっていたことのひとつだ。「大丈夫です。僕の通っている学校は単位制なので、授業に出てなくてもテストで抑えてたら問題ないです。」けろりとした顔で彼は答える。高校ならまだしも中学で?(注…実際はまだありません。)「珍しいね。どこの学校?」流石、監督。ズバズバと訊いていく。「△△附属▽▽中です。」ん?▽▽中と言えば確か、全国1の偏差値を誇る超進学校だったような。皆が知っている。「進学校だよね?だとしたら尚更キープは難しいんじゃない?高校もエスカレーター式でもテストとかあるでしょ?」そのとおりだよ、監督。この余裕はよく分かってないだけなのか、でも彼ならば本当に超余裕な成績なのかもしれない。「そうですね。でも、大丈夫です。」だから一体その自信はどこから湧いてくるんだ。「一応、今後のこともあるから、学校に電話させてもらっても良いかい?」「はい、勿論です。今の時間なら繋がると思いますが……。」「そうか、なら今から電話しても良いね。」そういうなり監督は電話をかけはじめた。自由が過ぎる。コールが鳴り始めスピーカーモードにすると机に放り出し、「あ、そういえば担任の先生の名前は?」「1−Z佐田ですが、まだ3年目なのでまずは校長の方へ通した方が良いと思います。」相変わらずはっきりとしている。少し生意気、ととられるかもしれないが、礼儀がなっていて、トークのうまさも相まって、嫌われるタイプではない。むしろ、可愛がられるタイプだ。コールがきれ、無機質な女の声が響く。

32:匿名 hoge:2020/09/28(月) 20:28

「はい、こちら、△△附属▽▽中学でございます。」「こちらXXカンパニーの橋爪と申します。少し要件がありまして、校長の方まで通していただけますか?」「確認してまいります。少々お待ち下さい。」流石、名門校、取材などの類には慣れているのであろう。話は、簡単に進んだ。「はい、校長の鷹上です。」「急なお電話、申し訳ありません。XXカンパニーの橋爪と申します。今回は1−Zの成瀬千翔さんのことでお電話させていただきました。」流石、手慣れている。「おぉ、成瀬君のことか。」どうやら、知っているらしかった。進学校、生徒も多いはずだが、まぁ、これだけのなりをしていれば知っている者も多そうだ。「はい。当方――という舞台の制作を手掛けておりまして、この度、主演オーディションを行いました。1万人弱という参加者のなかから是非成瀬さんに、ということに決定したのですが……。」「おぉ、それは凄いな。確かに成瀬君には人を惹き付ける力がある。」校長は上機嫌らしい。「この舞台は人気がありまして、地方公演が多く、体力づくり合宿や準備期間が長い、ということもありまして学校に通う時間が大幅に削られてしまいます。単位制なので大丈夫、と伺ったのですがいかがでしょうか。」「成瀬君なら大丈夫だろう。彼はこの学校でもトップクラスの成績だ。入試でもトップ通過、ほぼ満点、特進クラスの奨学生だ。問題ない。いやはや、素晴らしいな彼は。」うん。思っていたよりも大丈夫だ。その余裕は当たり前のものだった。「彼ならやると決めたことはやり遂げるさ。」「ありがとうございます。こちらに成瀬さんも同席しているのですが……。」「おぉ、それはすまなかった。話し込んでしまったな。成瀬君、改めておめでとう。」「ありがとうございます。あまり個人情報を流出させないようにしてくださいね。」「すまなかったよ。気をつける。」あ、会話のテンポ、握られてる。主導権は誰がどう見ても彼にある。強い。「本当にありがとうございました。またお電話させていただく機会があるかもしれませんがよろしくお願いします。」がちゃ。監督も強い。

33:匿名 hoge:2020/09/28(月) 20:47

「入試トップ通過、殆ど満点で、かぁ。小学校も附属校とかに通ってたの?」「いえ、ふつうの学校ですね。僕中学にあがるまで、フランスに住んでたんですよ。」え?帰国子女?ハイスペック?「へぇ。じゃあフランス語話せるんだ。強いな。にしても日本語うまいね。」「両親が日本人なので家では日本語、外ではフランス語でしたから。だから敬語には慣れてなくて暫く日本語学校に通ってましたよ。」なるほど、バイリンガル。「おぉ、じゃあフランス語と日本語2カ国語ペラペラなんだ。」「そうですね、あと英語。僕、小学校に半分も行ってなくて。」そういえば身体が弱くて入退院繰り返してた、って履歴書に書いてあったな。今は落ち着いたみたいだけど。「身体弱くて、結構大きなイギリスの病院に入院することもしょっちゅうだったので、自然と喋れるようになりましたね。」おぉ、ハイスペック。「今はもう大丈夫なの?」「そうですね。喘息とか、治りましたし。難聴は生まれつきですけど、もう進行もとまってます。視力もコンタクトで全然カバーできる範囲です。薬はまだ飲んでますけど、万全ですね。」なるほど、もう粗方治ったんだ。不安要素が大分減ったな。「で、ずっと訊きたかったことなんだけど、その髪は地毛?あとカラコン入れてる?」確かにどちらも不思議な色をしている。天然にしては見事なウェーブのかかった髪は細く、フランス人形みたいだ。しかし、金髪でも茶髪でもなく、新緑でところどころ桜色がかってみえる。まるで葉桜だ。大きな瞳も、見事な深い桜色だ。見たことがない色だった。「はい、勿論です。生まれつき酷い天然パーマで……。母方の祖母が純フランス人でその血が入ってるんだと思います。」まぁ、進学校でこれが許されるかと言えばそうではなく、そう考えるともともとのようだった。肌が透き通るように白いのも、はっきりとした顔立ちもそのせいだろう。そこからしばらく、話をして今日はお開きとなった。

34:匿名 hoge:2020/09/30(水) 17:59

顔合わせの日。主人校メンバーで集まるが、新キャストは彼だけ。更に現主人校キャストは最年少でも19歳、最年長で25歳とかなり年上だった。製作者サイドは心配していなかったわけではない。前座長は20歳であり、比較的年齢の近い者が集まっていた。そのなかに急に入って舞台の雰囲気が変わるのではないか。よくある話だった。キャストによって雰囲気は大分変わる。良くも悪くも一人の演者で客層がガラリと変わった、なんてケースもざらじゃない。が、主人校キャストの性格をよく知っていたし、彼の性格もそれなりに把握したうえで大丈夫だ、と確信した。まず、主人校キャストは圧倒的人気を誇った座長の周りで人気がでる前後、態度が変わった様子はなかった。普通、それだけ人気が集中すると、知らず知らずのうちにどこか変わってしまうものだ。しかし、それがなかった。稽古中も、プライベートでも。勿論、座長の人柄もあったが、基本的に現主人校キャストはそういった性格であるし、だからこそこの青少年役に抜擢されているのだ。きっと、彼のことも弟のように可愛がってくれるだろう。また、彼自身、可愛がられる性格をしている。話してみてわかった。年の離れた兄姉がいるからか。基本、ハキハキしていて頭がキレるから話は面白い。少し生意気にとられるかもしれないが、礼儀はなっているし、大人びているようでどこか抜けている。時々みせる笑顔が最高に可愛い。どこか甘えたな雰囲気を醸し出しているのもポイントのひとつだろう。まぁ、つまり彼らは最高のチームになるだろう、ということだ。

35:匿名 hoge:2020/09/30(水) 18:13

もう他の主人校キャストは集まっている。仲のいい彼ら。顔合わせと題したお食事会となっては、早々に集合したのだった。新キャストがひとりだけだったため、監督と共に顔合わせのための部屋へ向かう。防音室なのか少し重い扉を開く。彼は相変わらずの挨拶だった。失礼します……、というよく通る声は次々にとんでくる声に掻き消された。「主役さんのおでましだよ!」「ほら、ちょっと片付けて。」「うぁやっべ。なにもついてないよね」「大丈夫、大丈夫。というより落ち着け。困ってるよ、彼」少し驚いた様子の彼に苦笑いを投げかけたあと、うるさい皆を一掃する。「おい、いつまで騒いでる。」「うぁ監督。おはようございます!」「うぁとはなんだ、うぁとは……」「こちら、新座長の成瀬千翔君だ。よろしく。」まだ少し引いている彼に挨拶を促す。「おはようございます。事務所無所属、13歳、新座長の成瀬千翔です。よろしくお願いします。」やっとうるさい者たちが静かになった。おおよそ新座長のびっくらこいてるのか。「よろしくお願いします!」まぁ、しっかりと挨拶には応えたあたり、流石だ。「お互い、訊きたいこともあるだろうし、詳しい自己紹介もしないといけない。3時間ゆっくり楽しめ。じゃ。」監督はさっさと部屋から出ていった。「取り敢えずどうぞどうぞ。」そう言って席を進める現キャストに彼は若干引きつつも、腰をおろすのだった。

36:匿名 hoge:2020/10/01(木) 20:39

軽く各々自己紹介が終わり、一段落つく。大分空気が和んできた。思っていた以上に若い主役に驚いていたが、彼のその雰囲気からカリスマ性は感じていた。「あ、そうだ。無所属だったよね?じゃ、なんでこのオーディション受けようと思ったのはなんで?」「幼い頃から音楽は好きだったんですけど、耳悪いし、正直それは趣味止まりだったんですよね。でもあるとき、駅前でチラシ配ってる青野さんに出会って。」「青野さんって制作会社のお偉いさんだよね。なんでチラシ配りしてんだろ。」「そら座長決めんのなんて一大イベントだからだろ。」「あ、そっか。僕ら事務所通してだから知らないんだ。」ほのぼのと会話が続けられる。「そのとき、僕は学校の友達3人と一緒に下校中だったんですよ。したら、その友達3人に青野さんがこのオーディションのチラシ渡して。『いやぁ、いいよ。若さ溢れる爽やかさ!是非挑戦してくれ。』って。んで、僕の方に向かっては、『お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはこっちだな。うん、ピッタリだ。まだこっちは少し先だけど、興味あったら電話してくれ。』って名刺と別のチラシもらって。その舞台、÷÷(女子向け戦隊少女)ですよ。」「まじかよ。青野さん〜。」「まぁ、可愛いからね、ちかちゃん。」「そのへんで見かけたら美少女、だな。」「で、なんでこのオーディション受けたの?」「あぁ、もともと音楽好きなこと知ってた僕の友人が、興味あんだろ、やってみたら、ってチラシまわしてくれて。趣味止まりで受ける気なかったんですけど、そのチラシみかけた兄と母が強く勧めてくれて。じゃ、やってもいいのかな、って。」「まって、めっちゃいい話。」「おじさん泣きそうだ。」「いいなぁ、いいなぁ、泣けるぜ……。」相変わらずのテンションだ。「っていうか、兄ちゃんいんだな。」「はい。大家族で姉さんと兄さん、双子の弟妹、妹、弟。7人兄弟の9人家族。」「うぉ?!すごいな。賑やかだな。」「お兄さんとかお姉さんはこういう関係のことしてないの?」「そうですね。姉はもう美容系の会社で働いてて、兄は大学に通ってます。」「へぇ、じゃあ結構離れてるんだ。」「そうなんですよ。だから勉強とか教えてくれて。」「あ、ちかちゃん中学生だよな。どこ中?どこ中?」「ねぇ、ガキじゃないんだからさぁ。訊いてどうすんの。」「あ、それが僕、鷹見さんの後輩なんですよ。▽▽中で。」「え、あ、マジ?!賢いじゃん。」「え、俺先輩?まじかぁ、すご。」「え、じゃあちかちゃんに勉強教えてたお兄さんも凄いね。」「兄さんも昔▽▽中通ってたので。」「あれ、じゃあ俺知ってるかも。俺も今大学だし……。」「そうですね、時期的にぴったりですね。」「うぁぁぁ、思い出した!ていうか思い出したもクソもねぇ!成瀬って、あの成瀬?ちかちゃんのお兄さんもしかしなくても、成瀬祥?!」

37:匿名 hoge:2020/10/01(木) 21:23

「はい。そうですね。なるせしょう、ご存知でしたか?」「え、なに鷹見知ってんの?」「知ってるどころじゃねぇ!俺中学から大学までずっと一緒だし、っていうか同じ部活だったし、サークルも同じだし、っていうか寧ろずっと一緒なんだけど!」「なにそれ〜超仲良しじゃん。」「というか鷹見と大学一緒ってあの超一流難関大じゃん。」「うぁぁかっけぇぇぇ。」「あれ、じゃあ俺昔ちかちゃんに会ってるわ。」「え?マジ?」「そうそう、俺が中1で、だからちかちゃんは5歳?」「僕、覚えてないですね。」「祥はずっと日本でフランス行くってなったときも寮がある▽▽中に入って1人残ったんだよな。そんで、久しぶりに皆帰ってくるって、中1の冬休みに言ってて、俺そんとき祥ん家行ったんだ。」「へ〜、凄いじゃん。奇跡奇跡!」「あんとき、ちかちゃんにあって、『あれ妹?祥弟って言ったじゃん』って言っちゃって、祥に怒られたな。」「お前も間違えたのかよww」「いや、めっちゃ可愛かったんだって。天使みたいだった。」「え、僕全然覚えてないです。5歳の頃かぁ……。」「これで主人校キャストは頭脳派2人になったな。」「俺たち賢くなったな。」「いや、別に俺たち賢くなってないからな。」ほのぼのと時間が過ぎていく。「あ、ねえねえ、ずっと思ってたんだけどちかちゃんってハーフ?」「ね、色素薄いからそう思ってた。」「でも祥はザ・日本人って感じだぞ。」「あぁ、クォーターなんです。4分の1フランスですね。僕はその血が濃かったみたいで。」「なるほどね。やっぱ違うんだな、兄弟でも。」「ね、兄弟7人もいて仲良いの?」「確かに。ここのメンバーひとりっ子多いよね。いても2人兄弟だ。」「だからこんなに俺らマイペースなんだなぁ。」「そうだね。憧れるなお兄さんとか。」「割と仲良いと思いますよ。年が離れてるから、っていうのもあると思うんですけど……。」「やっぱ年近いと喧嘩すんのかな。」「兄さんは勉強教えてくれるし、忙しくてなかなか帰ってこない父さんの代わりみたいな。姉さんは、怖いけどなんやかんや言って面倒みれくれる。母さんよりしっかりしてるしね。双子'sは基本静かだし、その下は4歳と1歳にもなってないチビちゃんですから。」「へぇいいなぁ。弟ほしいな。」「いい家族だな。泣けてくるよ。」「涙腺ゆるゆるだな。今日は。」「だな。盛り上がっていくぜ。」ゆるりゆるりとときが過ぎていく。

38:匿名:2020/10/04(日) 19:33

そのときの制作会社には、ここに割ける金がなかった。理由は簡単。あの人気絶頂の座長が卒業したからだ。スポンサーは一気に離れた。元々、大きくはないこの会社。スポンサーがとんだダメージは大きかった。財源がない、しかし今までに劣らない、否、それ以上の演出をしないと客は集まらない。地方公演、大勢のキャスト、割ける金など僅かだ。そもそも、新キャストお披露目はいつも都、東京都の大舞台で行うが、今回はそこを借りる金すら危うく、客入りが見込めない今、そこを借りるのはリスクが高すぎる、というより貸してもらえなかった。絶対に成功する自信はあった。だが、現実問題不可能だった。だから、新キャストお披露目は異例の地方公演となった。この舞台では、ビジュアルを事前公開しない。勿論、客を募るため、キャスト名等は発表する。だが、ビジュアルはお披露目後の公開だ。新座長は、言ってしまえば素人。名前を公開したところで誰も知らない。しかも、事務所無所属、13歳。これは話題集めだな、とその情報をみて冷めた客も少なからずいた。色々話したが、今は地方公演に向けての移動中である。キャストだけでもざっと30名。かなり遠方なので車、バスは無理、飛行機も金がかかりすぎる、となると残された移動手段はフェリーだった。それも2等席。所謂、雑魚寝、絨毯だけがひかれた空間だ。いくら人気の前座長がいないと言っても、前代から引き続きのキャストの顔は知っている者が多い。変装し、バレないようにわざとばらけて、くつろげやしない。多い荷物も自己管理。顔のしれていない彼だったが、これだけの美貌で目立たぬはずがないし、カリスマオーラが出ている。何人かで彼の周りをかため、彼には窓側を向いて勉強している風(実際しているのだが)を装ってもらう。滑り出しは最悪だった。

39:匿名:2020/10/09(金) 20:21

長い長い船旅は終わり、地に着く。まともに寝れやしない、寧ろ気を張りっぱなしの6時間だった。しかし、流石、彼らの体力は並じゃない。夜は深く、しばらく休憩、というわけにいかない。10分程の短い休憩の後、一台の古いバンが来た。これで宿まで行く。因みに、今までなら二人部屋のホテルだったが、そんな金はない。学生の所謂合宿向けの舞台近くの宿。つまり格安。大部屋を3つ貸りてキャストの役学校ごとに泊まる。雑魚寝だ。バンも体格の良い者が多いのでかなりキツい。ここから2時間の下道。流石に10時間を超える気を張りっぱなしの長旅で疲れている。ぎゅうぎゅう詰めのなか、寝る。特に座長はまだ13歳。舞台上で役柄的に部長の者にもたれかかっている。部長はそんな彼が可愛いのだろう。彼持参の毛布がずり落ちそうになったのをとめ、肩までかけ直してやっている。と、車の動きが止まった。暫くして運転手の控えめな声がきこえる。恐らく寝ている者に気を使っているのだろう。「積雪が凄くてなかなか進めそうにないです。前方で車が雪崩に巻き込まれて。その後ろも雪で進めないみたいです。こんな時間ですし、まだ時間かかりそうです。」同乗していた制作スタッフが急いでその旨を宿に告げる。無理をいってこんな深夜にチェックインを許してもらった。尤も、宿の方はとても優しく、頑張ってくださいね、舞台見に行きます、とまで言ってくださったが。いっこうに進む様子のない車。予定の時間はとうに超えている。気温は大分低く、寒い。古いこのバン、暖房はついているもののエンジンをくうので、今はエンジンを切っている。異変に気付いた者が、次々に目を覚ます。

40:匿名 hoge:2020/10/09(金) 20:40

座長は寒さで目を覚ましたようだった。まだ寝ぼけているのか、いつもより少しあどけない、年相応といった顔で部長の顔を見上げている。「雪が凄くてな。予想より大分遅れそうなんだ。」寝起き、情報処理の速度が遅いらしい。数度その大きな瞳を瞬かせて、ふーん、と言う。やはり、低体温気味の彼には寒いらしく、毛布を引っ張り上げる。かれこれ出発して2時間半は経った。動く気配はない。もう、皆起きたらしかった。流石に寒かったようだ。皆、はおりものを布団のようにかけて、もぞもぞ動いている。まだ寝起きで会話をする気力はないらしい。が、その寒さに寝付けない者ばかりで、次第に意識が覚醒した。「あったかいの、飲む?」このメンバー内で母的存在の者が声をかける。どうやら、先程の10分休憩の間に魔法瓶にお湯を入れ、ココアを作っていたらしかった。気が利く。寒さに凍えていた皆はすぐに反応し、彼に感謝する。千翔もコップに注いでもらったココアを大切そうに両手で持ち、少しずつ飲んでいる。鼻は真っ赤だ。時間をかけてココアを飲み干すと、彼はごそごそと動き鞄からスマホを取り出した。概ね、情報収集でもするのだろう。彼はゲーム好き、情報収集はお手の物。が、流石に指がかじかんで動かないらしい。手袋をつけてはいるがそんなもの最早意味がないらしい。手を握ったり開いたりを繰り返している彼に声がかかる。「カイロつかうか?」声の主は、頼れる兄ちゃん的存在の者だった。素直に、うん、と頷いた彼に袋を破りカイロを寄越す。いつもの覇気がないのは寒さと眠さのせいだろう。会話が、ぽつりぽつりと増えていく。もうすっかり目は覚めたらしい。いつものテンションに戻っていく。「どう?動きそう?」「ん、まだかな。大分雪かき進んだらしいけど、ここまであと30分はかかるみたいですね。」「舞台の方は雪降らないんだろ?」「そうそう。山越えてるからね。」

41:匿名 hoge:2020/10/20(火) 21:16

まだ暫くは動かないということで近くのコンビニに向かうことにした。幸い、山を下った付近でありコンビニが一軒だけあったのだ。全員で行くのは幾分多いので、2手に分かれて代わる代わる行く。最少年の彼は先のグループ。コンビニまで歩くこと10分弱。気温の低い山中を歩き凍えた身体を温めようと急いで入店する。これまた代わる代わるに雉を打ちに行き、温かい飲み物やカイロを購入する。彼は寒さに弱く、鼻を真っ赤にしている。急いで車内に戻り、同乗していた制作スタッフ、運転手及び後半グループがコンビニへ向かった。寒さで深夜なのに眠気など感じられず、冷えた車内で時を過ごす。予定していたよりも遅く、30分が過ぎようとしているが、連絡は一切ない。情報収集していた彼も新しい情報が入らなくなったようでスマホをしまった。「おい、大丈夫か?」カイロに温かい飲み物で復活してきた者も多いなか、まだ鼻や指先を真っ赤にして凍えている彼に誰からともなく声をかけた。「んー、だいじょばないかも。取り敢えず、そろそろ薬の時間。」不安をあおる回答だったがどうすることも出来ない。もぞもぞとバックパックから薬の入ったケースを取り出す。常備薬と現状に合わせたいくつかの錠剤を飲む。「席変わるか?」当初、打ち合わせに楽だから、と制作スタッフに近い前方に座っていた彼に一番後ろの長席を勧める。一番後ろならシートを倒せるし、最悪小柄な彼なら横になれる。素直な彼はありがたくそれを受け取り移動する。「ありがとうございます。」シートを倒し、毛布を引っ張りあげる。あくまで持ち運び用の小さく薄手の毛布をみて、運転手さんがバンに常備してあるひざ掛けを出してくださった。クリーニングしてあるから大丈夫だよ、人数分もないけどごめんね、とあるだけ渡してくれた。自分たちには少し小さいが彼はぴったりおさまってしまうぐらいだった。毛布の上からかけてやるが、寝る体制に入ったのか、はたまたしんどいだけなのか、彼から反応はなかった。

42:匿名 hoge:2020/10/20(火) 21:32

30分と見積もられていたが、とうにその時間は超えた。薬の効果と暫く寝たことから幾分顔色が良くなった、といってもまだ万全には程遠いが、彼が目覚めた。もぞもぞと起き上がると飲み物を一口あおる。かけてあるものが増えたことに気づき、ありがとうございます、と口にする。寝起きは特に低血圧で覚醒していないらしい。少しは寝れたか、はい、と少しずつ会話している内に段々覚醒してきて、30分は過ぎただろうに一向に動く気配がないのに気づく。あれ、と彼が口を開こうとしたそのタイミングで運転手から朗報が入った。「もうあと5分程で動けるみたいです。」全員が安堵の表情を浮かべる。その言葉通り、すぐにバンは動き始めた。ここから宿までは30分程。すぐだった。合宿などで使われる大部屋ベースの宿は格安で長期間泊まれるが、サービスはほとんどなく、食事は朝しか出ない。金がない今、最適な場所だった。宿につき、こんな時間にも関わらず連絡を受け、あけておいてくれたらしく従業員が出てくると部屋へ案内してくれた。今は深夜2時。休みは予定より多くとり、稽古は午後からとなった。シャワーを浴びて、腹を少し満たしたあと、荷物を片して布団を敷く。場所ぎめのじゃんけんを行い、寝転がっていく。彼は、早々にあがり、コンセント付近の端を獲得していた。勿論、大部屋なのでコンセントは多くあるし、延長コードもあり、一斉に多く使っても大丈夫なようにはしてある。が、やはりコンセントの近くは便利であるし、端は居心地の良いものだった。疲れていたのに変わりはなく、すぐに眠りにはいった。

43:匿名 hoge:2020/10/20(火) 21:48

鬘を被る、とは言っても髪をネットに入れなければならず、重度の天然パーマの彼は縮毛矯正を余儀なくされた。天然パーマでもチリチリではなく、フランス人形のようなウェーブであり、サラサラであったが意外と癖が強いらしい。縮毛矯正をしても髪があっちこっちに跳ねてしまっている。端正な顔立ちの彼にはそれさえも似合ってしまっているのだが、いささかそのままというわけにもいかない。寝癖がついていると思われてもおかしくない。役の姿以外で人前にたつとき、それではいけないであろう。そう考えた天然パーマの持ち主、他校の部長役がヘアーアイロンをあてることを勧め、彼はそれを忠実にまもっている。丁度肩につかないほどのボブ。相変わらずサラサラの髪をストレートにしてしまえば、それはまるで座敷わらしだが、彼がすると大変違っていた。まず、天然パーマであったときはなかった前髪を作り、ぱっつんに切り揃え、後ろ髪も同様切り揃っている。天使の輪が美しく出る、不思議な色の髪はサラサラで細い。大きな潤う瞳に長い睫毛、つんとした鼻に、透けるような肌、細い眉に猫目、小さな桜色の唇。そう、それはもう美少女だ。しかし、彼にとっては自覚がないうえにどうでもいいことであるらしく今も前髪に慣れないのか、前の方の髪をまとめて縛り、鯨のようになっている。何をしても似合ってしまう。

44:匿名 hoge:2020/10/21(水) 20:58

彼は俗に言うショートスリーパーであった。だがしかし、詳しく言うと、長時間睡眠が出来ないだけである。寝すぎると頭が痛くなる、という人も多い。それは、寝すぎると起床時の反動が大きく、寝起きに急に血流が増加し血管の拍動が強まるためである。彼は、身体が弱く幼い頃から基本低血圧、特に寝起きは、で寝すぎるといきなり拍動が強まり、命の危機さえ引き起こしてしまうのだった。だから長くても5時間までだった。また、彼の睡眠は普通より深く、3時間寝ただけで一般人の6時間睡眠と同じぐらいになるらしい。今日も例にもれず、4時間して起きた彼は同じく今丁度起きたであろう部長役に目を向ける。寝起きは低血圧で頭がぼー、っとしているのでしばらくそのまま。そしてもぞもぞと眼鏡をかけ、口を開く。おはようございます。部長役は他を起こさないように小声で、おはよ、シャワー先使っていいよ、と返してくれた。髪を乾かすのに時間のかかる彼はありがたくその言葉を受け取り、ありがとうございます、と返すとバックパックから着替えを取り出すとシャワールームに向かった。

45:匿名 hoge:2020/10/21(水) 21:12

彼にはこだわりがなかった。決して広くないシャワールームに入ると持ってきたボトルから液体を取り出す。リンスインシャンプー、これ一本あれば髪を洗える。フランスにいた頃から使っていたもので、これが良いのではなく、これでないといけないのだ。肌の弱い彼に合うものはなかなかなく、自営業のちいさなお店で姉が発見した。ここの商品は彼の肌にとても合い、保湿クリームも使わせてもらっている。乾燥に弱い彼は保湿クリームを手放せなかった。わざわざ日本まで取り寄せて使っている。他のキャストがシャンプーやらリンスやらコンディショナーやらを使っているその隣でこれ一本でサラサラヘアーをどうやって保っているのか。シャワーを浴び終えて、練習着に着替える。長い髪はタオルで包み、着替え終わったところでドライヤーを取りに部屋に戻る。まだ起きている者は部長役だけだった。ドライヤーを手に、洗面所に戻ると着替えを持った部長役がやってきて手を出す。大人しくドライヤーを手渡せば慣れた手付きでコンセントを差し、頭のタオルを外す。面倒見が良い、というわけではなく、仲の良いキャスト陣であったので日常茶飯事、誰でも構わずコミュニケーションの一貫として行っている。これまたこだわりのない、家から持ってきた母のお古は大分前のものらしくうるさい。だがこんなことでは起きないだろう。謎の自信からガンガン髪を乾かしていく。乾かされている間、音が大きすぎて会話は出来ないため、ポーチから例の保湿クリームを取り出し塗っていく。彼のスキンケアとも言えぬ過程はこれで終了。その透けるような美肌は彼持ち前のものだった。シャワーを浴びて流石に目覚めた彼はすっかり乾いた髪を鏡越しに見、ドライヤーを片している部長役に礼を言う。ありがとうございます。調子どう、ときいてくる。きっとバンの中でのことを気にかけてくれているのだろう。もう大丈夫です、睡眠とりましたし、と返せば安心したように笑い、シャワールームへと向かった。

46:匿名 hoge:2020/10/21(水) 21:30

薬入れの中からいくつか錠剤を取り出し、沸かしてあったポットのお湯を少し冷まして慣れた手付きであおる。別にどこかの女優の様に意識が高いわけではなく、単に薬は白湯で飲んだほうが効く、と言われていたからだ。すっかり乾いた癖っ毛を直すため、これから稽古なので一応ちゃんと整えておく、ヘアーアイロンを取り出した。天パ仲間の他校部長役が勧めてくれたもので、もう慣れたものだった。なかなか直らない癖を丁寧におさえていき、なんとか座敷わらしヘアーを完成させる。前髪には一向に慣れないので、癖が残るから駄目、と言われた鯨をさけ、大人しくピンでとめる。コンタクトを出し、眼鏡を外して入れる。目が大分悪く、裸眼では生活出来ない。耐水性の補聴器、お風呂でも何かあった際に無いと不便だ、を外し普通のものをつける。ずっと耐水性の方が安全のような気もするが、やはり性能的に劣ってしまう。これから稽古なので緩くハーフアップに髪を結い、ピンを外し終わりだった。と、同時に部長役がシャワーを浴び終え、出てきた。一度洗面所から出ていきようやく目覚めた者にシャワーを勧め、ドライヤーを手に戻ってくる。こだわりのある者は、勝手に髪を乾かし合うことはないし、皆そのことを熟知している。部長役は特にこだわりがない方の人間である。さっきの部長役のように彼は手を差し出す。ぽん、と手に乗ったのは人気シリーズのひとつかふたつ程前のタイプだ。比較的静かなそれを器用に使い髪を乾かしていく。短いその髪はすぐに乾く。それを確認して、ありがとうございます、と鏡越しに笑いを投げかけてくる。ドライヤーを片して部長役に返すと4席ずつが両壁際に並んでいる椅子の部長役の隣に腰掛ける。彼よりは幾分丁寧なスキンケアを始めた部長役とぽんぽん、と緩く会話を交わしながら、ねぼすけさんたちが起きてくるのをまった。

47:匿名 hoge:2020/10/21(水) 21:38

ようやく全員が支度を終え、軽く昼食をとり、稽古が始まる。稽古、といっても制作スタッフは会場の下見と会場のスタッフとの打ち合わせがあるのでキャストのみでの自主稽古だ。広い練習スペースを確保しているのは明日からで、今日は宿についている狭い体育館、流石合宿向け、を借りて練習する。アップは個人個人で行う。彼は相変わらずぺたー、と足を180度開き、前に倒れ床に突っ伏して静止している。しばらくすると起き上がり、今度は前後に180度開く。終わったら、今度は筋トレを各々で進める。小柄で細見の彼は筋力こそあまりないが、持ち前の器用さでひょい、と軽く倒立するといとも簡単に静止し続け、今度は反対側に足をおろし、ブリッジの状態から立ち上がる。アップと筋トレを終えたものから小休憩に入る。彼も休憩へと移行し、水をあおる。この水は、普通の水ではなく砂糖水である。糖を補給するのだ。彼にとって必須アイテムであった。

48:匿名 hoge:2020/10/23(金) 21:52

さて、今日は制作スタッフ及び監督がいない。広い練習場もないので外周が主な稽古内容だ。稽古、と呼んでいいのかわからないが、とにかく走って走って、体力をつける。元々、体力のあるものが多いが思っているよりも板の上では体力を消耗する。これから早朝ランニングは日課となるだろう。メンバーが全員アップを終えたところで、外に出る。快晴だった。昨夜は大分冷えていたのでそれよりはいくらかマシだが、寒いことに変わりはない。さっさと走り終えて身体をあたためたいところだった。今日は取り敢えず10kmの軽いランニングだ。10kmであれば余裕、と思っていた者も多かったが、意外と酷だった。慣れていない土地ということもあり、最初は緩く全員で走った。が、ゴールした時点で息を大きくきらしているもの、余裕の表情を浮かべているもの。勿論彼は後者だ。流石に休憩をとろう、ということになり、部屋に戻る。この後は早めの夕食だ。今日の昼食は予め買っておいたものだが、今後は自分たちで宿付属のキッチンを借りて調理する。シャワーを浴びて汗を流し、久々の食料にありつく。もう大分暗いので、体育館に戻り、歌の練習をする。発声練習から取り組むが、このときから彼が他と違うのがわかる。声の出方が違う。皆、改めて彼の凄さを実感し、少しでも多く学ぼうと教えてもらう。普通、年下から教わるのには少なからず抵抗があると思うが、彼らの場合は少しでも良いものに、という思いの方が強かった。彼は直感的な器用さをもっているので、教えるとなると難しいらしい。声の出し方は誰に教わったわけでもない。しばらく悩んで、ふと昔兄からきいた話を思い出す。そして、言葉を紡ぎ始めた。「ん〜、昔兄さんから聞いた話なんだけど、英語とかフランス語は日本語と比べて抑揚がつけやすいから、声の出し方?が掴みやすい……とか。例えば、日本語だったら棒読みになりがちでも、英語だったら歌ってる、ミュージカルっぽい感じにしやすい、ってことかな。」直感的な彼にとっては頑張った方だ。分かるような分からないようなそんな感じだが、彼に従うしかない。「じゃあ、英語で歌ってみると声の出し方が掴める、のかな?」「多分、そういうことですね。」意を汲み取った部長役が問うと曖昧な答えが返ってきた。まぁ、やってみるしかないのだろう。

49:匿名 hoge:2020/10/23(金) 22:15

「例えば……Titanic?あの曲のサビとかだったら声をどのポイントで出すか分かりやすいと思う……。」「タイタニック?あの有名な曲だよね。」「うん、俺でも知ってる。」「歌える?」「いや、英語無理だわ。」「せんせー見本お願いしても……。」「えっと、多分英語の方が分かりやすいかな。」少し戸惑いながらも水をあおる彼。ラスサビね、と前置きして歌う体制に入る。マイクなんてないし、広くないと言っても体育館だ。音源もないからアカペラ。でも彼には期待してしまう。顔をあげると歌い始めた。いきなりラスサビ、最高潮の盛り上がりを出すのはプロでも難しい。が、彼はここまでだったのか。皆惹き込まれた。「You're here, there's nothing I fear,
And I know that my heart will go on
We'll stay forever this way
You are safe in my heart
And my heart will go on and on」たったそれだけ。でも息をするのを忘れる程、聴き入ってしまった。原曲キーで歌っているのか大分高い。高音なんて女の人でも出ないだろう。しかし、彼は器用に、甲高くなく、美しくそれでいて深く、声を出した。皆が余韻に浸っている間もなく、解説を始める。「このthere's nothing I fearという部分で一番の盛り上がりを魅せる。nothingの出し方、抑揚の付け方、が大切かな。」ぱっと現実をみせつけられ、大人しく解説をきく。確かに、洋楽の方がサビの盛り上がりが凄い気がする。「ん、日本にはカラオケがあるから、それ使うと良いかも。声の出し方に注意すると音程がわからなくなるから、マイクのエコーをきって自分の声に集中しつつ、音程が合ってるかも分かるよね。」なるほど、と一同感心する。明日からフリー時間はもっぱらカラオケで決定しそうだった。

50:匿名 hoge:2020/10/27(火) 21:05

現在
新しい情報が入った。いくら慣れ親しんだ隣人だったとして、いくら油断していたとしても、彼の家族がそんな簡単に殺られるものか。いくら幼い子供がいたからといって、親二人と社会人の姉、抜けているところはあるものの勘のするどい母、護身術を学んでいた父、父の影響でずっと古武術を習っていた姉。ここまで余裕たっぷりに殺られるとは思えない。その答えが今、分かった。隣人はよくお菓子を差し入れした。料理がうまく、将来の夢はシェフ。成瀬一家はそれを応援し、作りすぎた、と一人暮らしの彼が持ってきてくれる料理を快く受け入れていた。が、今回はそのお菓子に毒が盛られていた。流石に一番下は幼すぎてお菓子は食べられない。だが、もともと残す予定だったから問題ない。皆、疑いもせずに食べた。頭の良かった彼はバレない毒を作ることなど造作もなかった。遅効性のある毒。効き始めた頃、家を訪れ、弱っているところを襲う。死に至る程強い毒ではなかったが、その力を軽く半分以下に出来る代物だった。ここで彼。彼は隣人からフランスへ飛び立つ前、同じくお菓子を差し入れられた。使ってる材料は全部フランス持ち込みオッケーのやつだから向こうで食べてね、腐らないと思うけど早めに食べてね、そう言って渡された。彼も日頃仲良くしてくれており、役が決まったときにとても喜んで観に行くと言ってくれた隣人からの差し入れを嬉しく思い、フランスへ飛んで、言いつけどおりおやつに食べた。遅効性のある毒。効き始めたのは夕食時あたり―――。つまりついさっきだ。この症状はショックからくるものだけではない。刻々と毒が回り始めた合図。お手製、正体不明の毒。冷や汗が垂れる。

51:匿名 hoge:2020/10/27(火) 21:16

現在
漸く意識が完全に戻ったと思われた彼だったが、すぐにふっと眠りについた。それから暫くして、りょーたがスマホを開き、なにやら目を見張ると、無言で画面を見せてきた。最新情報、として先程のことが載せられていた。毒―――。驚き、急いでその旨を医者に伝える。考える。隣人は彼をどん底につき落とそうとしている。そして敢えて末っ子と兄を残し、辛い思いを倍増させてきている。つまり、隣人は彼の死は望んでいない。だから恐らく毒は盛られていない。だが、この現状をみると、致死量までではない、身体の弱い彼ならばすぐに体調を崩すような、少量の毒を盛られた、ということも考えられる。わからない。医者にそのことを伝える。すると、医者は焦ったように電話を繋ぐ。すぐに、ここらで一番大きい病院に運びます、救急車はかなり遅くなるみたいなので車を出します、と言った。薬と共に、まだ眠っている彼を運ぶ。部長は残り、残ったキャストにこのことを伝える。いずれ分かってしまうこと、思い役割だったが引き受けた。もうニュースをみていた者も多いらしく、制作スタッフ含め関係者全員が集まったときには、目を赤くしている者が数名いた。未だ流れ続けるニュースの無機質な声が事実を告げ終えると、皆俯き、部長が今の状態を伝えるものの、重たい空気がその場に残った。

52:匿名 hoge:2020/10/27(火) 21:43

現在
急いで病院に行く。大きい、と言っても近い範囲内のことであり、不安をあおる。急いでその旨を伝えると、病院の医者らは急いで検査を始めてくれた。結果が出るのに、少し時間がかかるらしい。彼はその間、眠り続けた。結果が出た。毒は盛られていた。致死量ではなかった。だが、彼の身体には大ダメージである。遅効性、だが彼が飲食した時間を考えるとまだ胃の中に残っているかもしれない、吐かせたら悪化を防げるかもしれない、ということ眠っている彼は看護婦によって治療室へと向かった。暫くして医者が戻ってきて、一応全部吐かせました、ですがどのぐらい毒が回っているのかわかりません、取り敢えず点滴で栄養は補っていますが次いつ目覚めるかも……、と再び不安をあおる。一応、と警察に連絡しておいた。警察とは無慈悲なもので、どこからもれたのやら、すぐニュースになる。また、話題になる。「続報です。先程から繰り返しお伝えしております一家殺人事件、事件発生当時フランスにいた一家の次男も〇〇容疑者によって毒を盛られていたことが判明しました。詳しくお伝えします。一家殺人事件から2時間が経った今、再び新しい情報が入ってきました。警察の捜査によって、事件直前毒を盛られていたことが先程判明しましたが、当時日本を離れフランスにいた一家の次男にも毒を盛られていたようです。事件前日、日本を離れるために家を出る13歳の次男に差し入れ、と手作りのお菓子を手渡し、その中に毒を混入していたとのことです。体調の悪化により、フランスの病院に救急搬送され、現在治療中です。繰り返します―――。」

53:匿名 hoge:2020/10/27(火) 21:47

すぐにTwitterで騒がれる。やはり成瀬千翔一家だ、フランス公演1ヶ月後だよね、絶対そうだ13歳でしょ、可哀想、舞台どうするの、治療中って今どうなってる?、まだ関係者から情報ないね、他のキャストもTwitter更新しないし。監督、制作側が抑えたのか、名前こそ出ないものの分かってしまう。もう、皆が彼のことだと確信している。反応は様々だが。どうすれば良いのか、皆頭を抱えた。

54:匿名 hoge:2020/10/27(火) 22:03

暗く、重い空気が流れようと、明日に備えて寝るしかなく、残ったキャストは言葉を交わすことなく、眠りにつく。病院には監督と制作スタッフ1名がやってきて、交代する。時間は刻々と過ぎ、すぐに朝がやってきた。彼が目覚めた。「……~…~~~……~……」目をこちらにやり、何かを訴えようとしているが、声になっていない。急いでナースコールを鳴らす。すぐに医者がやってきた。軽くチェックすると彼に話しかける。聞いているようだが、彼からの返答はない。目は、反応している。続けて手を軽く握り、呼びかけに応えるように言う。小さく、微かに頷いた彼だったが、全くその手に反応が返ってこない。逆の手で繰り返すと先程より少し、反応が返ってきた。それでも、それは、気をつけていないと気づかないほど、小さなものだった。看護婦に何やら指示を出す。看護婦が出ていき、点滴袋を手に帰ってくると手早く付け替えた。どうすることも出来ない、毒が抜けきるのを待つしかないと言われ、監督はキャストのもとへ帰る。公演は一ヶ月後。時間がない。彼は主役。座長。これだけ大きなことが起こったから中止……その選択肢はなかった。初の海外公演、だからではない。恐らく彼は中止を望まない。目覚めたとき、彼がどう思うのか、感じるのか。考える。今のベストは。ふと頭をよぎる彼の言葉。「もし、僕に何かあったらそのときは彼にお願いしたいな。座長命令、ってやつ?です。」おちゃらけたように、はにかんでそう言っていたのを思い出す。これしかない、と思い、急いで帰る。

55:匿名 hoge:2020/10/28(水) 21:48

戻り、キャスト及び関係者を談話室に集める。監督、その立場だからといって、独断はない。報連相だ。皆、まだ雰囲気は暗い。思いっきて口を開く。「予定していたとおり、公演は、全て行おうと思う。」「ちかは、戻ったんですか?でもそんないきなり――。」「いや、まだだ。まだ寝ている。体調もいつ戻るか分からない。」「それじゃあ、どうするんです。いくらやりたくても出来ないじゃないですか。」「確かにあいつは公演をなくすことは望んでいない。でもすればいいってもんじゃないですよ。」「代役――。代役は、どうするんです。」皆がハッとする。彼以外の座長は考えていなかった。代役を考えるのが妥当だ。実際、今まで稽古中の怪我で代役として卒業した同役に出演してもらうことは数度あった。皆が記憶を呼び戻し、考える。が、次の監督の言葉に皆が耳を疑った。「代役は、もう目星をつけてある。黄金井漣――。最終選考まで残っていた者の内のひとりだ。」聞いたことのない名前だった。

56:匿名 hoge:2020/10/28(水) 22:02

「素人をいきなり放り込むんですか?一ヶ月しかないんですよ。」いつも会議は白熱する。信頼関係があるからだ。皆、自分の思いをぶつける。「何故、彼を選んだんですか。」「ちかが、そう頼んだんだ。座長命令だ、って。」監督の言葉に息が詰まる。「ちかはまだ寝ているんじゃ……。」「ずっと前だよ。ちかに決まったときぐらいだね。彼はこう言ったよ。『もし、僕に何かあったらそのときは彼にお願いしたいな。』ってね。」言葉が途切れる。皆知っていた。彼は昔から身体が弱かったことを。だが、そこまで言っていたとは知らなかった。もしかすると、自分たちが思っている以上に彼は弱いのかもしれない。「ちかが選ぶ、ってことは余程何か決め手があったんだと思います。それは、なんですか。」「ダンス――だ。漣は誰にも負けない、強気なダンスをもっていた。一際目をひくそれは素晴らしかった。だがそれ以外がてんで駄目だった。比べるまでもなく、ちかをとった。でも、ちかは彼に目をつけた。あれだけ何かを極められる人はなかなかいない。尊敬する。きっとあの人、主役だよ。キャラ、そっくりじゃん。負けず嫌いなとこ、これだけは譲れないって何かがあるとこ。そう言ってた。だから、代役は彼しかいないと思った。勿論、今の彼が何をしているか知らない。だがあたってみる価値はあると思う。」「俺は、彼に代役を頼みたい。」「俺も。俺たちがどんな判断をしてもきっとちかなら分かってくれる。でも、今出来るベストはそれだと思う。」満場一致だった。「すぐ来てもらえないか、連絡する。来てもらえるかは分からない。だが、公演に向けて、準備を進めてくれ。」少し、前に進んだ。

57:匿名 hoge:2020/10/28(水) 22:06

事務所に電話を入れる。まだ彼は辞めていなかった。事務所は悩んでいた。一ヶ月。出来たら未来が一気に明るくなる。でも、失敗したら。うまくいかなかったら、リスクは大きかった。一度切り、本人に連絡を入れる。本人は驚きこそしたが、迷わず、やります、と答えた。フランスへ向かった。

58:匿名 hoge:2020/10/29(木) 17:50

事務所を辞めていない、ということは恐らく稽古を続けているのだろうし、あの迷いのない返事は自信があるからなのだろう。すぐにフランスに来させたのはその為だった。動画も送らせなかった。現状を打破するには漣が必要だった。電話して2日後。漣は来た。漣――彼もまた、17、高校生であった。

59:匿名 hoge:2020/10/29(木) 21:05

(事実₡二人称三人称名前)
黄金井 漣―――。17歳、高校2年生。身長165p、体重50kg、小柄。スッとした鼻筋、小さな顔、細いものの不健康には見えない、タッパこそないが完璧なモデル体型。切れ長の目、薄い唇、一言で表すなら、爽やかそのもの。が、話すと部長やれんをも凌ぐ天然っぷり。黙っていればモテる。一周回って喋ってもモテる(所謂ギャップというやつだ)。まぁ、ただのバカではない。ダンス馬鹿だ。ダンスしかやってこなかった。生粋のダンス馬鹿だ。だからこそ―――。ちかの代役、座長という大役に抜擢されたのだが。ダンス、ときいて思い浮かべる、ヒップホップならばチャラチャラダボッ、即興的ならば一般人には理解出来ない謎のメイク、というわけではなく、黒髪ピアス穴なしアクセなしの一見優等生ファッションの漣。だが、彼はそのあたりにも興味がないだけであった。彼が事務所に入ったのもそれなりに良い先生からダンスレッスンを受ける機会が欲しかっただけで、オーディションを受けたのもダンスが項目に入っていた、ダンスを人前で踊れるから、だった。言い方によっては問題児になってしまいかねないが、ちかはそこを買ったのだ。フランスについて、じゃあまずは踊ってみて、と言い、漣が踊り始めてからの空気の変わりように驚いたのは、その場にいた皆だった。

60:匿名 hoge:2020/10/30(金) 21:33

分かりやすく言うならば、やるときはやる男。だが、彼の場合やるとき、とはダンスを踊っているときにほぼほぼ等しい。とは言っても、やはりオーディション時よりはるかに成長している。歌なんて壊滅的、演技はとてもみていられなかったが、勘が良いらしい。歌もそれとなく歌えるようになっていたし、演技も棒読みから大分進化している。それでもあと1ヶ月で仕上げるのはかなりのハードスケジュールになりそうだ。この性格からして、キャストの皆もすぐ受け入れ、前進し始めるだろう。ではここでひとつ。ダンスにしか興味がない彼が、このオーディションを受け、更に一度落ちその後のこの声掛けに迷いなく答えたのは何故か。先に言っておくが、彼が馬鹿だからではない。彼には憧れの存在があった。ダンスを始めるきっかけ、だ。その人は舞台の上にいた。歌い、演じ、そして踊った。彼は踊りで決まる、と思った。たとえ、どんなに良い歌声でも、踊って乱れれば意味はない。たとえ、どんなに良い演技でもそれに合わないだらしないダンスを踊れば台無しだ。踊りが決まれば、かっこいい。安直な彼はそう考え、ひたすらに踊った。彼の中では踊り、が最終目標ではない。あくまで手段のひとつだ、板の上で輝くための。だから、登竜門と言われるこのオーディションに参加し、落ちた後も諦めず精進していたのだ。歌や演技は、オーディションのときにみた、ちかのものがきっかけになったと言っても過言ではないだろう。そこで悔しく思い、努力した彼だからこそ、今、こうしてここにいる。きっとこの機会がなくても、彼は次、きたのではないか、とすら思う。受かるまで、ただ一直線に突き進んだのではなかろうか。彼なら一ヶ月で、仲間と最高のものを創り上げる、そんな気がした。

61:匿名 hoge:2020/10/30(金) 21:47

(回想₡舞台開幕後1ヶ月)
舞台が始まり、その人気には一気に火がついた。もう終わった、などと囁かれていたのが嘘みたいに爆発的な大ヒットを巻き起こした。初演、全く埋まっていなかった席は満員。当日券も即完売。見れない客が多く出た。そこで、彼らは少しでも楽しんでもらおうと、ライブ配信、として映画館に繋いで地方の人にも配慮した。その取り組みの延長で誕生したのが、配信。舞台ファンクラブ会員のみが無料でみられる生配信だ。キャストがただ駄弁ったり、企画を起こしたり、自由に配信する。ほぼ毎日、一日6組程ずつ配信を行う。舞台、からの配信なので、舞台関係の話や、他のキャストの名を出すことが禁じられておらず、裏話なんかを聞けるのが大きな魅力のひとつであった。ひとりで配信のときもあれば、二人、三人での配信。学校単位での配信など、絶えず放送は行われていた。勿論、どの配信も変わらず人気で、特に前代から引き続きの主人校のキャストの配信は今までみれなかった裏側、ということで非常に人気であった。また、別の意味で話題となったのがちかの出る配信だった。ちかは未だ事務所に所属しておらず、SNSは勿論、ブログも開設していない。そう、つまり彼を拝めるのは舞台でだけ。それか時々、キャストのSNSに登場する写真のみだった。つまり、舞台以外でちかの姿が拝める。今まで公演後挨拶などはあったが殆ど知ることのなかった素顔が分かる、ということで彼が登場する最初の配信は大きく話題になったのだった。

62:匿名 hoge:2020/10/30(金) 22:26

(回想₡配信)
最初の配信。機械には強い彼だったが、一応2人で配信することになった。最初の相手はりょーただった。歳が近く仲が良いから、と理由は簡単だ。比較的歳が近い、と言ってもりょーたは20だ。波長が合ったらしく、彼は兄のように慕っているようだった。りょーたはやりたいほうだい、カッコつけのプライド高い奴、というイメージを持たれがちだが根は真面目で誰よりも舞台に対する情熱が強いことは誰もが知っていた。彼と2人でもきっとそれとなくうまく回すだろう、と思ってのキャスティングだった。枠は18時〜20時のたっぷり2時間。まだ13の彼を考えた時間帯だった。

り みなさん、こんばんは。毎度お馴染み、
  〇〇役のりょーたと
ち 初めまして、〇〇役座長の成瀬千翔です。
りち よろしくお願いします。
り 今回の配信の内容、事前にHPに
  あがってたんですけど、ざっと確認します。
  今回の配信にはなんと、我らが座長、
  成瀬千翔が初登場です。ということで、
  彼の知られざる素顔に迫っていこう、
  質問コーナーの時間を超拡大でお届けします。
  そして、特別にプレゼント枠も拡大、
  普段は1名様のところ、今配信限り、
  5名様にご用意させていただきました。
  是非、最後まで楽しんでいただけましたら
  幸いです。
  おっしゃ、読み切ったぁぁ!!
  ここからはエンジン全開、通常運転で
  進めていきます!!コメントもお願いします!
ち ねぇ、こんなに真面目なりょうにい初めてと
  思ったのになんで戻るの笑笑
り 今日は特別2時間配信だからねwwとばしてくよ
ち 心配笑笑まぁ、不慣れなことも多いですが、
  緩ーく配信していきます。
  よろしくお願いします。
り ということで、まずは質問コーナー!
  コメントで投げてくれた質問のなかから
  気になったものをピックアップして
  答えていきます。いつもより時間を長く
  とっているので、どちらかにでもふたりにでも
  どしどしお願いします!!
ち これって黙秘権ないんだよね?
り 勿論。事務所やお偉いさん方に怒られる系
  以外は答えろよ。
ち えー……。
り 特にちかは自分のことを話す機会があんまり
  なかったから初出しまみれになると思うな。
ち 確かに。りょうにいとか色々はなしてるけどね。
り 配信みてくれてるんだよね?
ち うん。毎日どれかみてる。りょうにいのやつも
  前見たよ。事故ってたやつ。
り 俺のやつ大体事故ってるからどれか分かんね。
ち ということは今日も盛大に事故る可能性大だね。
り だなwwwそろそろ質問いきまーす!
  んー、まずはこれかな、王道。
  「自己紹介してください!
   名前、年齢、身長、体重、誕生日!」
ち まずそうだね。じゃりょうにいからいく?
り ん。〇〇役のりょーたです!20歳、
  誕生日は4月29日、168cmの54kg!
ち 〇〇役座長の成瀬千翔です。13歳、
  誕生日は3月17日。156cm、42kgです。
り え、かっる。食べてんの?ほら、
  心配されてるよ。
ち 全然大丈夫ですよ笑笑病的な
  痩せ方じゃないんで。
り まぁ、確かにガリガリには見えんな。
ち でしょ?
り じゃあ、次!あ、これだ。
  「りょーたさんの方が歳上なのに何故ため口?」
  これはちかの口から聞きましょうか。

63:匿名 hoge:2020/11/08(日) 22:08

ち えー……。そこふる?
り だって俺、いつも話してるし?
  皆ちかの声がききたいんだって。
ち 最初から話すと長くなるよ?
り いいよ。2時間枠だし。
ち じゃあ、まずこれも初出しね。
  僕、もともと海外に住んでて、
  日本語がそんなに得意じゃない。
  特に敬語が苦手、っていうか全然
  話せなくて。〇〇校顔合わせのときも
  周り先輩ばっかりであんまり話に
  入っていけなかったんですよね。
  そしたら、部長が話ふってくれて、
  事情話したら、これからずっと
  一緒だし別に良いよ、って言ってくれて。
  そこからこうですね。
り ね。だから別にこいつ、じゃなくて
  ちかが
ち ねぇ、今こいつって言ったよ笑笑
り 駄目だよそこ拾ったら!炎上するからさぁ
ち ごめんごめん笑続けて
り ちかが礼儀なってないとか
  そういうことじゃないんで。
  今結構うまくなったからさ、
  敬語の人も多いよね。
ち うん。新しいキャストの方とかには
  敬語使ってる。
り はい、じゃあ次いきましょう!
  「どこに住んでたんですか?ハーフ?」
ち フランスです。
り え、俺イギリスだと思ってた!
ち なんで笑笑
り いや、英語喋れんじゃん。
ち あぁ、フランスって言ってもイギリスに
  近いとこで、学校がインターナショナル
  スクール?的なところで英語での
  コミュニケーション多かったからね。
り へぇ!じゃあフランス語も話せるんだ。
ち まぁ、そうですね。
り すげぇ、トリリンガルじゃん。
  で、もうひとつの質問にも答えてよ。
ち あぁ、ハーフですか、ってやつ。
  僕はハーフじゃなくて、祖母が
  フランス人なので4分の1ですね。
り あれだ、クォーター。
ち クォーターって言うの?まぁ、それです。
り でもさ、フランスの血濃くない?
ち そうなんですよ。結構フランスの血が
  濃いみたいです。

64:匿名 hoge:2020/11/09(月) 21:25

(現在)
結果――。正解だった。漣を入れて。最初、やはり空気が重く、新しく入った彼に対して、持ち前のフレンドリーさで会話をしていたキャストが、次第に舞台を一緒につくっていく仲間として接し始めたのが分かった。それは、漣の人格と、一ヶ月だから仕方ない、ではなく、少しでも良いものを、と努力しているのが伝わったからだ。彼の容態に進展はなかったが、雰囲気は明るくなりつつあった。リハーサルでは、持ち前のダンスのうまさで人の目をひき、歌や演技も他キャストや監督の指導もあって、大分みれるものになっていた。あとは――。客への報告。これは舞台開幕一週間前に、と決まっていた。もしかしたら、という望みを捨てきれなかった。巷では、舞台中止の知らせが出ていないことから、彼の一家は一切関係ないのでは、という噂も出始めていた。お知らせは、HPとチケット当選者にはメールも送る。そして一週間前の今日。HPにて報告された。『突然の報告となってしまい、申し訳ありません。一週間後に予定されていた舞台〇〇に出演を予定していた、〇〇役座長成瀬千翔は諸事情により、休演という方針になりました。なお、舞台〇〇は予定通り全公演実施、〇〇役には代役、黄金井漣をたてて上演致します。』極めてシンプルな文。衝撃は大きかった。

65:匿名 hoge:2020/11/09(月) 21:36

(現在)
「舞台のHPみた?!」「え、まって。どういうこと」「急すぎる……」「やっぱりあの事件ってさ」「代役誰?」「なんで上演するの?」「〇〇はちかちゃんにしか出来ない!」「嫌だ。せっかくフランス来たんだよ?」「金返せよ。」批判的な意見も多かった。でも――。「うちらが待たなくてどうするの?」「いつでも帰ってきてよ!」「みに行くよ。」「ちかちゃんなら上演を望んでると思う。」「キャスト監督みんなで決めたことでしょ?」「信じてるよ」「絶対最高の舞台だ」「代役の人、正直知らないけど、あのキャスト陣、ただものは受け入れないでしょ。」「期待してる。」「ホームつくるよ!」前向きな意見も多かった。きっとこれは、キャスト陣が今までの公演で築いてきたもの。キャンセルも僅か、入ったが殆どの人が予定通りみに来、当日券も完売。終演後、見事演じきった代役を称える声も多くみられた。舞台挨拶はなかった。詳しく語られることはなかった。でも、ファンは待ち続けた。

66:匿名 hoge:2020/11/09(月) 21:47

全6公演、3日走り抜けた。結果、大成功。フランスまで来てくれた日本人、現地でみてくれた海外の方、喜んでくれた。彼に進展はなかった。まだ、海外公演は終わらない。フランスで場所を変えて6公演、前より客も増え大成功。フランス公演が終われば一度日本へ帰る。そして日本で、12公演した後、イギリスへ向かう。日本滞在は3ヶ月。彼の復帰は望めるのか――。

67:匿名 hoge:2020/11/09(月) 22:25

(微回想)※会話全フランス語
目が覚めてから一ヶ月間――。最初は、声が出なかった。力が入らず、すぐ眠ってしまう。体調も何も分からなかった。しばらくしてまた検査。結果は――。一部記憶障害。一時的な声帯麻痺。右半身麻痺。その他諸々。回復の目処はたたない。オリジナルの毒。これから悪化するかもしれない。目覚めて1週間たって、ようやく僅かに掠れた声が出た。食事は出来ておらず、点滴での生活。寝て起きての繰り返し。面会は禁止。個室。会話はない。検診のときだけ。声のリハビリを始めた。看護師との会話。医師との会話。少しずつ増やした。記憶障害のせいで、うまくは喋れない。ゆっくりで、注意していないと何と言っているのか分からない。それでも少しずつ、会話ができるようになった。会話、と言っても「点滴かえますね。」「お願いします。」それだけ。一週間半経って、ようやく上体を起こした。それだけで辛いようで、息が乱れている。何度か繰り返しているうちに慣れて、大分起きている時間も増えた。2週間すると、昼間は上体を起こし、前より会話も増えてきた。「天気が良いですね。」「そうですね。」それだけ。あれから、再び記憶は戻っていない。「先生、僕は、今、どうなんですか。」初めて彼からふってきた会話。本人が希望するのなら、教える義務がある。検査結果を伝えたのは、2週間半後。驚く風でもなく、分かっているのか、彼は黙って報告を聞いていた。そして3週間後。「ねぇ、舞台は」彼の口からそうきこえた。断片的に意識が戻りつつある。面会は出来ないのに、定期的に来る監督に伝えると、舞台の曲が入ったCDと再生機を持ってきた。かけてください、と。静かだった病室に、曲が流れ始めた。あの呟きのあと、それらしき反応はなかった。が、曲をかけ始めて2日目。「舞台は、どうなりましたか」はっきりとそう尋ねた。

68:匿名 hoge:2020/11/09(月) 22:36

舞台はまだですよ、こたえる。「そうですか。」本当に記憶が戻ってきているのか。分からない。でも、その日の晩、また「舞台は、どうなりましたか」繰り返す。まだですよ、そう答えるしかなかった。その次の日も繰り返す。その次の日。「舞台は、やりますか」そうですねぇ、やりとりが少し変わった。少しずつ、口に運んでもらえば食べられるようになった。簡単なリハビリが始まった。比較的動く左手をあげて、おろす。握って、開く。自分で食せるようになった。「来週、舞台ですね。」そうだね、会話も少しずつ変わる。4週間目。車椅子に座れるようになった。運んでもらって座らせてもらえば。久しぶりに外の空気を吸った。「舞台、始まりますね。」そうだね、記憶は戻っていない。「僕、こんなとこにいたら駄目なんですよね。」まだまともに話せていない。でも、少しずつ回復している。「僕、はやく戻らないと。」記憶も少しずつ戻ってきている。

69:匿名 hoge:2020/11/10(火) 17:07

4周目半。事件発生から24日後。朝。よく晴れていて雲ひとつない青空だった。看護師が検診にくる時間。いつもならまだ寝ている。起こして暫く会話して、検診する。起きている時間が長くなったといっても、寝ては起きて、寝ては起きて、十分な睡眠をとれていない今、いい目覚め等あり得ない。――が、その日。看護師が病室の扉を開けると、彼は既に目を覚ましていた。自力でベッドを起こすことは出来ないので、目を開き、空中を眺めている。人の気配を感じとったのか、視線が看護師へと移動する。「…Je …me suis…… souvenu….」思い出しました、と彼は掠れた声で呟いた。曲は小さな音で24時間流れ続けている。これは寝ては起きてを繰り返す彼が、夜中起きたときのためだ。勿論今も流れている。「Est-ce vrai?」落ち着いて返す。「……Oui. Je… dois…… revenir tôt …sur scène…….」どうやら本当に記憶が戻ったらしい。「…Que font-ils…… maintenant…?」「J'appellerai un docteur.」何と答えて良いか分からず、そう返した。

70:匿名 hoge:2020/11/10(火) 17:18

医者がきて、暫く検査を行い、記憶がある程度戻った、と判断された。そして、彼に尋ねた。「Voulez-vous les rencontrer?」「……Je dois les… rencontrer.…Mais …ils sont sûrement…… en formation.」「Peut-être que le directeur sera de nouveau ici aujourd'hui.」「……Aussi?」「Le réalisateur a apporté ce CD.Voulez-vous vous rencontrer aujourd'hui? Physiquement, environ 30 minutes, c'est bien. Mais cela peut être psychologiquement pénible.」「……rencontrer. …Signalez-vous ma …santé?」「J'ai fait rapport au directeur.」「…je comprends……」

71:匿名 hoge:2020/11/10(火) 22:09

彼は、地方公演中、学校に通うことが出来ない。だから、よく稽古場の空き時間で勉強をしていた。オンラインで授業を受けることも出来るらしかったが、公演中は勿論、リハや本番前稽古は抜けられず、時間的に難しいときも多かった。また、公演は夏休みや冬休み、春休み等に被ることが客のことも考え多々あったが、人気が高くなっているここ最近、各地であげる公演数も多くなっている。高校に通っているキャストは複数いたが、芸能系の学校へ行っている者が多数でその辺り、問題ないらしかった。幸い、中学校は義務教育、留年はないし、彼程の人気があればそれを買う専門学校も多いだろう。が、彼が通っているのは私立。それも附属中。進学を前提としている。彼はトップクラスの成績を誇っている。恐らく、多少サボタージュしても問題はないだろうし、すぐに追いつける、更に言うならばもう大分先の学習をしていてもおかしくはない。だが、隙間時間をみつけてはうまく勉強している。無論、大好きなゲームをする時間はきっちり確保するし、コミュニケーションをとるのも嫌いではないらしく、楽しく会話しているときもある。勉強時間にあてるのは、朝が多い。目覚めて朝食や稽古の前。朝起きて、まず皆シャワーを浴びる。彼は起きるのが早く、2,3番目には目覚めている。そしてどの現場に行っても10前後はあるシャワールーム。待ち時間なくシャワーを浴び、身だしなみを整える。大抵の場合、軽く髪を乾かしたら、4つに分けられた楽屋、各部屋へ戻りヘアセット、メイクを済ませる。多くのキャストは別の仕事、撮影が入っていることも少なくないため、そこであらかた仕上げる。勿論、稽古後シャワーを浴びる。しかし、稽古の様子も後のため、記録するときもあるし、SNSへの投稿、直接現場に向かわなければならない、等理由は様々。だから、朝食はやや遅め。顔面を仕上げる必要のない彼はその時間に勉強している。しかし、広げているのは分厚い参考書、ではなく薄いタブレットにキーボード、ノートだけ。なんでも、オンラインで授業を受けられる私立、ハイテクなもので課題を送られているらしい。画面を鋭い眼差しで眺めた後、視線をノートに落とし、ガリガリと何か書き込み、また顔を上げキーボードで打ち込む。今日も勉強を始めるのか、いつものセットを机の上に広げ始めた。

72:匿名 hoge:2020/11/10(火) 22:09

毎日繰り返しているが、覗いたことはない。かといって4人ごとに分けられた部屋があるにも関わらず、楽屋でやっているところをみると、別段集中したいわけでは無いように思える。それか、どこでも集中出来るか。彼のこと、どちらでもあり得る。なんとなく気になってぼーっとそんなことを考えていたら、視線に気づきこちらを向く。ん?と首を傾げ、どうしたの、と尋ねてくる。「いや、毎日楽屋で勉強してるけど周り気にならないのかなぁ、って」かなり語弊を招く言い方だが、そこは信頼関係でどうにかなる。「全然。うちの方がうるさいし。」そういえば彼の家は大家族だ。「一緒に勉強する?」にやり、と笑っておちゃらける。勉強中の彼には今まで誰も話しかけはしなかった。珍しい、とキャストが集まってくる。高校生、大学生も多く、勉強会のようになった。「今日の課題は数学。」そう言って課題が記されたページを開く。一般人には理解し得ない数式が並んでいた。「こんなの高校でも習った記憶ない。」「駄目だ、わかる気がしない。」「鷲見、頼んだ。」中学、といっても超進学校、レベルは桁違いだ。また、トップクラスの彼に出される課題、普通の高校で習う範囲ではない。彼と同じ中学出身、全国トップの大学に通う鷲見にふられる。「鷲見さん、こんなの履修済みでしょ。」「あ〜、やったわこれ。でもやったの高校で、かな。数学同好会でやったネタ。」「やっぱり。」そう言いながら課題に戻った彼は、いつもどおりガリガリと鉛筆を走らせる。暫くしてその音が止まる。「え、もう答え出たの?」「はぇー」「俺中学で何してたかな」皆驚いて顔を見合わせる。どう?とでもきくようにノートを鷲見にみせる。「完璧じゃん!はやぁ」笑顔でノートを返す鷲見に満足げな表情でキーボードをたたく彼。勉強会しよ、勉強会、と現役学生たちはやる気を出したようだった。

73:匿名 hoge:2020/11/29(日) 21:23

彼は事務所に所属していない。だから、キャスト名が発表されたときも、誰一人その存在を知る者はいなかった。あちらこちらで情報がおちていないか、探す者もいたが無論、なにひとつ見つかるわけはない。全くの一般人だからだ。子役をしていた経験もなければ、バレエやダンス、歌で成績を残していたわけでもないし、事務所にいたという時期もない。それどころかつい2ヶ月前までフランスにいたのだ。暫くして写真が公開される。だが、役になりきっているため、素顔は分からない。コメントはついていたが、雑誌でのインタビューもなかった。が、顔合わせ後、稽古が始まってからは、キャスト陣のSNSやブログで貴重な情報が呟かれることも増えてきた。事務所はないので、監督や制作サイド、保護者との話し合いで、後々出ることであるし、みに来てもらうためにも、とある程度許可がおりたのだ。初めに登場したのは、全体稽古が始まったとき。それまでは学校単位で行っていた。しかし、話し合いも進んでおらず、話題にあげることは出来なかったし、舞台の公式ブログでは全体稽古からを取り扱う。時期的にもぴったりだった。部長役の者のSNSに投稿された一枚の写真。本人と小柄な者が写っている。『座長の千翔ちゃんと!!』少年、というより一見少女だ。緩くウェーブのかかった不思議な色の髪のショートボブ。前髪をくくってピンどめで後ろにもちあげている。恐らく、顔の整っているものにしかできないスタイル、顔面を隠すものがなにひとつない。小さな唇を僅かに歪め、微笑んでいる。椅子に座っている部長役は背が高く身長は180を超えている。その横でジャージ姿で立っているが、丁度肩を組めてしまう。仲良さげに、肩を組み、顔を寄せ合ってピースサインを掲げている。反応は、大きかった。「え?」「まって、ここにきて情報解禁?」「ブログにも出る?」「イケメンだと思ってたけど、予想以上。」「てか可愛い。」「何歳?若い、っていうか子供?」

74:匿名 hoge:2020/11/29(日) 21:24

その投稿を機に、度々キャスト陣のSNSで座長が登場するようになった。公式ブログでも稽古の様子がアップされた。だが、逆に言うとそれ以上はなかった。SNSやブログ開設はない。そしてあるとき、話題に追い打ちをかけるような投稿があった。製作サイドのひと押し。みに来てくれるよう、興味を持ってもらえるような投稿。投稿者は他校のキャスト。一本の動画。内容は、ただカラオケに行って歌声を撮った、それだけ。今どき珍しくもない。が、歌っているのは座長。まわりでキャスト陣がちゃちゃを入れている。相変わらず、顔面丸出しスタイルにダボッとした服。マイクをもってモニターを眺めているのか映っているのは横顔。仲が良いようで前奏で声がとぶ。「歌うはこの人、」「「「「成瀬千翔」」」」大勢の声が割れるくらいに入っている。言い終えると同時に前奏が終わる。曲は最近流行りの洒落た曲。リズムがころころ変わる、難しい曲。コールがとんで、照れたように笑い、マイクに向かう。カラオケだからエコーがかかる。だがしかし、それにしても上手くはないか。そして、可愛くはないか。アルトの声が響く。あっという間に拡散され、一躍有名となったのであった。

75:匿名 hoge:2020/11/29(日) 21:38

「今一番キテる。新座長、成瀬千翔がヤバい。」そんなタイトルで、ファンがブログをあげた。「総勢1万人弱のオーディションを勝ち抜いた男。誰もが期待した、キャスト発表。そこに記された名前に誰一人ぴんとはこなかった。一斉に調べ始めるが、情報が掴めない。事務所にも入っていない。何者だ。大きく騒がれた。そして、まちに待ったビジュアル解禁。二次元から飛び出してきたのか、これが私のはじめの感想だ。大袈裟ではない。写真だから、盛れるし二次元のキャラに近づけやすい。しかしここまでのクオリティ。正直、驚いた。前座長が強すぎた。期待していた、とは言っても野次馬のようなものだった。これは、本当の意味で期待できる。そう思った。そして、いつSNS解禁がくるか、待っていた。しかし、それはこなかった。代わりに公式ブログ、キャスト陣のSNSで写真がアップされ始めた。可愛かった。ビジュアルのときには、役になりきっていたからクールにきめていた。しかし、可愛い。美しい。少女のようだ。キャスト陣からも可愛がられているのが分かる。顔面丸出しの強気なヘアースタイル。まるでこだわりがないジャージ。身長は低く小柄。年齢も若い。プロフが公開されないので、推測しか出来ない。しかし、見目麗しい。ハズレがない。動画になっても、ブレない。歌声には驚いた。アルトの声はイメージ通り。動いても可愛い。みに行くしかない。」

76:匿名 hoge:2020/12/03(木) 22:17

舞台に立った彼は、なんというか、そのままだった。役、ではなく飛び出してきたかのような、そう思わせる。あの、唇を僅かに歪めて皮肉っぽく笑うのは、そう簡単に出来やしない。クールに決めているのに、どこか楽しそうで少年っぽさを忘れない。それでいて、舞台ならではの美しさも持ち合わせている。踊り、歌、表情。半数も埋まっていない客席が、わいた。アンコール曲が終わったら、スタンディングオベーションになる程に。半数も入っていないとは考えられない歓声。リピーターを確保し、話題を読んだ。そして、更に彼への注目度があがった。しかし、彼が事務所に入る気配はない。皆が待っていた。

77:匿名 hoge:2020/12/03(木) 22:22

改めまして、こんばんは。〇〇役として舞台△△の新座長を務めさせていただくことになりました、成瀬千翔です。本日は、劇場まで足を運んでいただき、ありがとうございました。初演、ということで新キャストの自己紹介から失礼します。〇〇役の成瀬千翔です。舞台△△で音楽の仕事に関わらせていただけたこと、本当に嬉しく思います。まずは、これから15公演、走り抜けたいと思います。よろしくお願いします。

78:匿名 hoge:2020/12/03(木) 22:37

り これ、俺が知らないことも
  結構あるなww
ち ですね笑
り んじゃ次。
  「何故このおふたりなんですか?」
  喧嘩売ってんのか?あぁ?
ち 落ち着いて落ち着いて笑笑
り 何故、っていうのはあれだな。
  座長の初配信がなんで俺となんだよ、
  ってことだな。
ち 深読みしすぎ笑笑
り まぁ、理由は簡単です。歳近いし、
  仲いいからね。
ち はい。そんなところです。
り 「本当に仲いいんですか」ってさ、
  疑ってんの?
ち 炎上しますよ、そろそろ。
り 危ないね。品行方正にいこう。
  普通に仲良いよね。
ち うん。なんか、ずっと一緒に
  いる感じ。
り 最初の稽古からさ、
  合わせじゃなかったけど稽古日
  一緒だから、一緒に行ってたし。
ち 家近いからたまたま同じ電車でね。
り 駅行ったらみたことあるやついるな、
  って思ったww
ち びっくりしたよ、あれは。
り 流れ的に一緒に行ったら、話合うの
  なんのって。
ち ゲームのことしか話してないけど。
り まぁ、だから仲いいです。
ち この前も家行ったし。
り 荒らされたなあれはww
ち 語弊があるよそれは。
り Wi-Fi使い放題だから良かったけど
  危なかったわww
ち うちも使い放題だから、来ていいよ。
り 使い放題じゃなかったら
  呼ばんやつじゃんww
ち 不仲説でますねこれ笑笑
り おい待ってよww早すぎだろww
ち 品行方正にいきましょ、ね。
り だな。一旦落ち着こう。

79:匿名 hoge:2020/12/09(水) 21:13

り でもさ、F5キー連打して
  鯖落ちさせるのやったよねwww
ち それ、炎上案件じゃん笑笑
り 中学の頃ねww
ち 炎上何件目?
り やらなかったのww?
ち 今時強すぎて個人じゃ狙えないよ
り 常習犯のセリフじゃんwww
ち あれ組織でやったら犯罪でしょ笑笑
り 俺ひとりでやってたから
  落ちなかったww
ち F5アタック効かない世の中ですね
り 強いもんな。F5キー壊れたww
ち なにしてんの笑笑
り F5アタックは効かんし、
  かわいいもんでしょww
ち 確かにチートよりかはね
り オンラインゲームでのチートはいかん
ち 今、規制厳しいよね
り おん。大分取り締まってるな
ち 品行方正になってきたね
り 視聴者おいてかれてるけどねww
ち 早く進めなよ笑笑
り 「なんのゲームしますか?」
  俺は、バトロワ
ち 僕はテトリスですね
り 俺もうテトリス出来ないww
  頭が働かんww
  ちかはまじでうまいよ
ち テトリスでは負けない笑笑
り 今度ゲーム配信しようww
  これ以上この話続けたら配信終わる
ち だね笑笑

80:匿名 hoge:2020/12/14(月) 21:48

り ゲーム以外で!以外でお願いします
ち 切実な願い笑笑
り 「りょーたさんより日本語
   うまいですね!」
  やかましいわww日本生まれの
  日本育ちなんですけど
ち 言葉遣いが元ヤン笑笑
り wwwちかはどっかで勉強したん?
ち こっち戻ってきてから日本語塾に
  通ってました。向こうでは
  家では日本語、学校の授業は英語、
  休み時間はフランス語が多くて、
  外ではフランス語、ちょっと
  出掛けたら英語だったので
り 凄いなwwwじゃあ日本語
  少なかったんだ
ち 家族は基本日本語ですけど、テレビは
  もちろんフランス語なので、
  読み書き出来なかったですし
り そうか、じゃあこっち来てから
  全部身につけたってこと?
ち そうですね。戻ってきて、
  今で1年切るぐらいなんですけど、
  来てすぐ学校のために
  学び始めました
り だから、日本語綺麗なんだ。でも、
  大変じゃない?漢字とか
ち 小説とか漫画読んで覚えましたね。
  個人経営の塾だったんですけど、
  色々おすすめしてくださって
り 日本語塾ってどんな感じ?
  やっぱ色んな人がいるから大変そう
ち 年齢バラバラで出身地もバラバラ。
  基本英語で教えてくれるクラスで
  他には中国語、フランス語のコースも
  あったかな。面白いよ
り 今はもう敬語も習得したし、
  行ってないんだ
ち そうですね。こっちの学校でも
  最初は帰国子女用の英語特化クラスに
  所属してたので、そこである程度
  日本語にも慣れて、普通のクラスに
  移動しました。でも、時々
  フランスクラスの手伝いに
  顔出しますよ
り へー、凄いな。そっか、日本語
  習得したら先生になれるんだwww
ち 実際にその道たどった人もいますね笑
り 帰国子女用クラスからなんで
  移動したの?なんかそっちのほうが
  すごい賢そうだけど。語彙力www
ち 笑笑帰国子女枠は英語特化で
  英語中心に学ぶ、国際大学とか
  英語必須の職業につく人が選ぶ。
  僕は、日本語あんまり
  使えなかったから、取り敢えず
  帰国子女枠で受けました。
  学期毎に変更可能で、テスト受けて
  許可貰えたら移動。英語はもともと
  使えたし、インターナショナル
  スクールだから訛りとかなくて。
  だったら、普通に幅広く学ぼうと
  思って2学期から編入しました。
り 俺中学生の頃なんて、英語テスト
  3点だったwww
ち りょうにいって頭良さそうなのに
  成績悪いよね笑笑
り 国語しか出来なかったww
ち 嘘だ笑笑国語得意な人の
  言葉遣いじゃない笑笑

81:匿名 hoge:2020/12/15(火) 18:16

り そろそろ時間?
ち はやいね
り じゃ、プレゼントの再確認します。
  今回のプレゼントは拡大して5名様分
  用意しています!プレゼントは
  当選者のお名前入りサイン色紙!!
  二人分のサインを入れて、すべて
  直筆です!!そして、プレゼントは
  いつもどおりコメントをくださった
  方のなかから抽選で選び、
  お届けします!!当選した際は
  メッセージにて通知しますので
  メッセージ受け取り設定で
  受け取れるようにお願いします!
  恐らく、ちかの直筆は初めて、だよね
ち そうですね笑笑直筆は初めてです
り 5人に拡大中チャンスなので!
ち 音割れてるからさぁ笑笑
り もうそろそろ本当にお別れの時間!
  ということで最後に一言
ち はい笑笑最後までこんな感じ
  でしたけど、とても楽しかったです。
  皆さんの前に成瀬千翔として立つ
  ことは初めてだったので、初出し
  情報がほとんどで色々知って
  もらえたのではと思います。
  これから次の公演もありますが、
  配信の方にも顔を出していく予定
  ですので、よろしくお願いします
り そのうちゲーム配信もしたいしねww
  もっと他のキャストさんとも
  つるんでいくと思いますので
  引き続きよろしくお願いします!!
  ここまでのお相手はりょーたと
ち 成瀬千翔でした

82:匿名 hoge:2020/12/15(火) 22:09

回想
明けない夜はないが、暮れない昼もない。あっという間に時間は過ぎ、夜がきた。食事は朝のみついているので、夜は貸し出しされている調理室で自分たちで準備する。キャスト9人分+制作スタッフ5名で14名分、それも運動しまくった成人男性の食べる量をつくる。料理当番は、自炊できる者をリーダーに4つのグループでまわす。今日は初日、部長役のグループだった。買い出しに行き、全員分用意する。当番外の者は、その間、自由時間だ。稽古のしすぎは良くないので、部屋で過ごすこと、と決められている。明日から、リズムを戻すために今日の夜練は中止だ。早々にシャワーを浴びに行く。シャワーブースは5つ。どれも狭く、大浴場があるものの、大抵の者がここで済ませてしまう。彼も例にもれず、先にどうぞ、と言われシャワーを浴びる。朝は部長役と二人しかいなかったが、もうすでにあがり、スキンケアをしている者が洗面所にたまり、騒がしい。彼が、相変わらずタオルを頭に巻いてあがってくる。ドライヤーをもって戻れば、母的存在が近づいてきて乾かしてくれる。朝と同じく、保湿だけして、礼を述べる。夜はヘアアイロンはなしだ。髪が傷むので、夜は控えている。鯨ヘアーを一瞬でつくり、白湯で薬を飲む。大学組は勉強を始め、中学生の彼も数学に手をつける。

83:匿名 hoge:2020/12/16(水) 21:33

現在
記憶が戻った――。その一報が入ったのは、フランスを発つ5日前。フランスでの公演は終了し、各々撮影や観光をする期間だった。監督に連絡が入り、監督がキャスト全員にメールでその旨を伝える。偶々、一緒にいたりょーたと後藤は泣きながら抱き合った。まだ記憶が戻っただけ、だったが今までの容態からはとてつもない進歩だった。ある程度の面接も許可されるかもしれない。そう思ったが、身体的にはまだ辛く、面接も許可出来ない。監督は30分だけ、ということで許可された。「舞台、終わりましたよね。」呂律のうまくまわらない、拙い口調で尋ねてくる。「どうなりましたか。」「舞台は、やった。黄金井に頼んだ。」「そうですか。」「DVDやいたから、みるんだったらみてくれ。」「はい。」まるで、業務連絡のような会話。「僕は、どうなりますか。」「……しばらくこっちの病院で入院することになっている。」「そうですか。」久しぶりの会話で疲れたらしく、力が抜けたように寝てしまった。監督も日本に帰らなければならない。どうすることもできないが、取り敢えず少しでも回復するように祈った。

84:匿名 hoge:2020/12/22(火) 20:58

回想
夜の明日に向けての会議。反省会、という名はついているものの、そんなに堅苦しいものではない。最も、面子を見ればわかることだが――。彼には、監督と約束したことがあり、それをこの会議で果たさなければならない。それは、彼の身体についてだった。まだ、誰にも話していない。生まれつきの難聴がある、という話は予め監督がしていた。しかし、普通に会話して盛り上がっているし、もとより役として選ばれた時点であまり問題視する必要がないとして特に誰もそれに触れることはなかった。しかし、いざ本番となれば何が起こるか分からない。板の上でサポートしあえるのはキャストだけだった。何より、泊りがけの合宿となれば、把握しておいてもらわないと困ることも多くある。いずれ話しておかねばならないこと。それをこのタイミングに決めた。きっとキャスト陣は人がよく、普通とは違うといったところで、受け入れてくれるだろうが。だからこそ、最年少に加えて新入りながらにここまで馴染めているし、自分から話を切り出すことが出来る。普通、どれだけ信頼していても、心の何処かでもしかしたら拒絶されてしまうのでは、と考えてしまい、萎縮してしまう。だが、短い期間で築き上げられた仲は思った以上にかたかった。尤も、彼の性格上、どうせ言わねばならないのなら、早めに言ってしまえ、結果は変わらないとでも思っていそうなものだが。しかし、変なところで気を遣ってしまう彼のこと、デリケートな話題なだけあって、空気を悪くしてしまうのでは、と考えてしまうかも、と思ったが、それは監督の杞憂だった。彼もキャスト陣のことはよく分かっているらしい。

85:匿名 hoge:2020/12/22(火) 22:34

一通り今日の反省をして、明日の予定を確認する。終始巫山戯ていたキャスト陣だが、会議や稽古中は真面目だ。それなりにしっかり改善点を洗い出し、再び目標に向かって士気を高める。と、監督が口を開いた。「最後に、座長の千翔から話がある。」雰囲気から真面目な話だと察した一同は彼の方を向く。軽い空気で話せたら楽だが、やはり真面目な話は真剣にきいてもらい、受け入れてもらうべきだ。「今日から、皆と一緒に合宿で生活していくなかで、伝えておきたいことがある。」相変わらずぶっきらぼうにも感じられる拙い日本語で話し出す。「僕が入る前に監督から話があったと思うけど、僕は生まれつき難聴で、今はもう進行がとまってるけど、殆ど何も聴こえない。でも、難聴のタイプ的に補聴器でカバーできるものだから、生活のなかで困ることはない。シャワー中は精度的にはおちるけど耐水性のやつをつけてる。何かあったときに、聴こえないと困るから。あと、生まれつき難聴だけじゃなくて、身体も弱かった。入退院を繰り返して、学校にも行けてない時期があった。3歳のときに初めて入院して、そのときは軽い喘息みたいな感じだった。でも全然良くならなくて、5歳くらいまでずっと病院にいた。やっとちょっと回復した、というより自分の身体に慣れて小学校には入学出来た。そこから調子良かったけど、小2のときにまた体調崩して。喘息再発してちょっと息するだけでしんどくて、また入院生活が始まって。そんときに耳も殆ど聴こえなくなった。回復してまた小4のときに入院。一番酷くて、ずっと寝てた。ちょっと起き上がっただけでしんどい。動いたら拍動数いきなりあがって、危ない状態になることも少なくなかった。でも手術して、リハビリして、やっと回復して。皆と同じように運動しても大丈夫なレベルになって、今ここにいる。医者からも、大丈夫って許可もらって、普通に生活出来てる。でも、やっぱり出来ないこともある。まず、長時間寝られない。これは拍動数が急にあがって、っていうのが原因。酷いときは1時間寝ただけで危なかった。今は3時間までなら大丈夫。だからといってショートスリーパーってわけでもないから、他にも寝る時間がいる。そして、薬を時間通り飲まないといけない。逃したら一気に体調崩すことになる。最後に、寝るときは補聴器外すからその前後は声が聴こえない。だから、反応出来ない。雰囲気でなんとなく話してるのは分かっても言葉は聴き取れない。他にも迷惑かけるかもしれない。でも、この舞台つくりあげたいから、よろしくお願いします。」ず、ずずっ。「駄目だぁ、年取ったら涙腺が」「え、ちょ、なんで?」理解しきれていない彼は皆が鼻をすすっているのに驚く。「これからも頑張ってこうな」「つくりあげるぜ」「俺たちやるぜ」「おっし、円陣組むぞ!」全員が円を作り彼を招く。

86:匿名 hoge:2020/12/23(水) 20:41

9時半。会議は終わり、部屋で自由に過ごす。「ちかちゃん何時に寝る〜?」「皆が起きる時間に合わせるから2時頃ですね。」「そっか、5時起床だもんね。」そう、この合宿では原則5時起床、6時までに支度を終えて朝稽古がある。「寝起き大丈夫なの?」「1時間あれば目覚めます。あと、寝起きのシャワーは禁止なので、稽古終わりにシャワー浴びるので。」「了解了解!」「でもさぁ、ひとりで起きてるの暇じゃない?」「皆さん何時に寝るんですか?」「ん〜、5時起きだからてっぺんこえる前かなぁ。」「俺もそんぐらい。」「2時間ぐらいなら全然大丈夫です。一応学生ですし。」少しはにかんで、勉強道具に目をやる。「そっかぁ〜。」「じゃあてっぺんまで名にする?」大部屋だから、全員でなにかしようということになった。幸い、ここは離れ、多少大きな声を出しても迷惑はかからない。

87:匿名 hoge:2020/12/26(土) 16:35

皆ですること、といっても遊びではなく、ただ読み合わせをするだけだった。舞台、ミュージカルなので、演技だけではない。だから、台詞を叩き込むのは隙間時間に行うのだ。結局、11時に皆眠りについた。おやすみなさい、と声をかけて、暗い中洗面所の電気をつけて勉強する。大部屋は皆が寝ているので流石に使えない。となると、残ったのは洗面所だけだった。幸い、大部屋に相応しいメイク台のようなもののついている洗面所は、丁度良かった。時期的に寒いが、それは皆同じ。暖房などなく、厚着して布団をかぶる。よく動いたからか、いつもより疲れているらしく、睡魔が襲ってくるが振り払い、ペンをすすめる。やっと短針が2を指したのを確認し、布団に潜り込んだ。

88:匿名 hoge:2021/01/10(日) 22:16

完全に舐めきっていたのだろう。ネット上の声を、関係者からの声を、桜や使ってもらうために必死になっていると勘違いしたのだろう。だから禄に調べもせず、さっさと終わらせるために、何も考えずに適当な中頃にもってきた。トップバッターは惹きつけるためにそこそこの者を使い、終盤まで切られないように人気者は引っ張りに引っ張る。ブロックごとに分けるから、途中それなりに期待されている人が出る。一般人か、それよか酷い程何も考えられず、ひき立て役として、そこにもってこられた。優勝候補とそのライバル、優勝候補の大ファンは捨て試合の一般人に今人気のアイドル。その中に放り込まれた。ナレーションだけで済まされるようなポジション。課題曲はブロックごとに2曲決められていて、得意な方を選べる。そうは言っても、どうしても同じ曲が続くし、それはかなりしんどい。ブロック内で3番目、捨て試合だがエピソードトークで尺を稼げる一般人、ファンで数字を稼げるアイドル、そして大幅カットで本命のライバルVS優勝候補にいこうと思っていたのだろう。いくら後悔しても遅い。プロデューサーが、マネージャーが、走り回ることになっても結果は変わらない。スタッフ達が慌てふためくなか、してやったり、というような満足げな顔をするのは彼を信じていた仲間だけだった。

89:匿名:2021/07/30(金) 13:11

打ち切り

90:匿名 hoge:2021/07/30(金) 13:12

新しい話が始まります。

91:匿名 hoge:2021/07/30(金) 13:12

何も聴こえない。ぼんやりと広がる目前の世界は、殺伐とした部屋。腐臭が漂い、血の味がする。感じるのは、床の冷たさ。寒いのか暑いのかさえ、分からない。助かる見込みもないまま、また明日がきて、今日が昨日になる。寝ているのか、起きているのか。生きているのか、死んでいるのか。考えることすら出来ず、ただただ同じ映像がリプレイされる。思い出したくもないはずのその映像に、叫びだしそうになる。が、最早声など出ない。希望なんて、とうの昔に捨てた。生きようなんて、思わない。早く殺してくれ、楽になりたい。でも、時折浮かび上がる、あの人たちの姿。少しでも気を抜けば消えてしまいそうになるその姿を、必死に繋ぎ留めようとしている自分がいる。しかし、もう自分には、気を保ち続けるだけの、少しの力すら残っていなかったようで、その姿は、まるで自分を嘲笑うかのように、儚く消えていく。目の端に映る、輝きを失った銀髪が、揺れた。紫色を通り越して、青白くなったその手に、何かが重なった。あぁ、また繰り返すのか。そう思っていた。しかし、重なった何かは弱々しく動き――。『 だ れ か き た 』


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