(ブラッドオブドラグーン)
「待った!もう一回じゃ」
老人は、あわててチェスの駒を新たに並べなおす。
「爺さんいい加減にしとけよ、もう20回目だよ」
勘弁してくれといわんばかりに一人の剣士が呟く。
「まだじゃ、ワシが勝つまで返さんからな。」
「マジかよ、勘弁してくれよぅ」
結局、老人が勝てたのは夜も更けシンと静まり返った頃だった。
「あぁーこんなに真っ暗じゃ山道帰れないじゃないかよーまったくぅー」
「明日、昇格試験があるのに……」
剣士は恨めしそうに老人を睨みつける。
「分かった分かった、此処まで付き合ってもらった礼じゃ。町の近くまで送ってやろう。表で待っておれ」
老人は、剣士を自分の住んでいる洞窟から外に出すと、みるみる姿を変えていった。
「相変わらずでかいねぇ」
剣士は自分の何倍もある「龍」を見上げ感心していた。
「さて、背中に乗りなさい。振り落とされんように気をつけるのじゃよ」
老人は、この森に住む最後の「龍」であった。
この世界の龍は、人間達のくだらない妄想のためにその命を奪われ続けていた。
龍の血は龍の力を与えると……
年老いた龍は、身を隠し全ての人間とのつながりを絶った。
たった一人この剣士を除いて。
「うひょー気持ちいいー」
剣士は龍の首にまたがり、地表を眺めつつ空中飛行を満喫していた。
「どうじゃ、フィーグよ。昇格試験は受かりそうかの?」
「あぁ、今回はちぃと厄介かも。」
剣士はフィーグという、金髪で赤眼の右目を持つ町の自衛団に所属している剣士であった。
今回の昇格試験は、単独でモンスターと格闘し、相手を戦意喪失させれば合格らしいのだが……
「厄介とな?お前が厄介というからにはかなりの化け物か?」
「ああ、アンデッドらしいんだ。聞いたところによると」
「ふむ、それは、厄介じゃのう」
アンデッドとは、命亡き者という意味でふじみである。
流石に生ではない者をたおすことは不可能、かなり厄介ではある。
「まぁ、なんとかなるわさ」
フィーグは、わりとあっけらかんとした口調でそう答えた。
「お前さんらしいのう」
「お互い様だよ」
こんな会話が空中で繰り返されるのが一人と一匹の日常だった。
少なくとも、一週間後の昇格試験の日までは。
昇格試験会場は自衛団の演習場を使って行われる。
今回試験を受ける資格があるものが二百人、だがその内容を聞き志願をした者が…五十弱。
アンデッドと聞いて逃げ出すものが後を絶たなかったらしい。
「はぁ、我ながら情けない」
頭を抱え、うなだれているのは此処の隊長、シアン・アッシュであった。
うなだれるのも無理はない、二百もの資格者からたったそれだけだったのだから。
「これでは、受かるものがいないのではないのですか?」
「うーん、いるにはいるのだがなぁ」
副隊長の問いにシアンは投げやりに答える。
「いや、受からんと話にならんなぁ」
シアンは煙草を吹かしつつ空に浮かぶ雲を一つ眺めていた。
「はぁ〜二、三人は受かりそうだったのにたった一人かぁ…あ〜頭が痛い…」
ぎぃぃいん。
刃と刃が衝突する。
「くっそ、骨のくせしやがってしつこい!」
フィーグは、目の前でショートソードを振り回している骸骨に、太刀を振るう。
しかし、相手もそうはさせまいと巧みに彼の剣の太刀筋を見事にかわしていく。
昇格試験の相手、老人に語っていたアンデッド…スケルトンである。
スケルトンとは、いわゆる生き物の死骸から骨だけに意志を持たせた化け物である。
スケルトンにも色々と種類があるが、今回は人間の物を使っているようなのだ。
しかし、他の動物と違い剣を持っている為なかなか手ごわそうである。
それも、その数六体。
「いくらなんでも多すぎるぞ、コリャ…」
フィーグは戦いのさなか口を尖がらせて文句を言っていた。
「こら、フィーグ!文句言う暇があったらさっさと終わらせろ、後がつかえてるぞ!」
演習場の見張り台の上からシアンの激が、フィーグに飛ぶ。
「くっそ、だったらてめぇでやれってんだよ…」
フィーグは小言をシアンに聞こえないように呟きながら、スケルトンに太刀を振るいまくる。
が、相手はアンデッド既に死んでいる者に、どうやれば勝てるのか…
フィーグは、剣を鞘に収め距離を置きいきなり胡坐をかいてすわりだした。
「うーむ……」
それを目の当たりにした副隊長は檄を飛ばそうとするが、シアンに口を塞がれてしまう。
「静かにしてろ、ああ見えてあいつは冷静な所があるからな、何かつかんだかも知れん」
間が空くこと二分、フィーグは立ち上がりる。
そして……
「えりゃぁぁぁぁぁ!」
フィーグの太刀は、スケルトンの頭を弾き飛ばし、演習場のフェンスに激突する。
頭を弾き飛ばされたスケルトンは首から下だけでフィーグに襲い掛かってくる。
だが、フィーグは何を考えたのかフェンスに激突した頭の方に一目散に走っていく。
「あ〜、あいつ気づきやがったよ……たいしたもんだなぁ」
シアンは煙草に火をつけそう呟いた。
「おっしゃ〜俺の読みが当たってたらいいんだけどなぁ〜」
フェンスにたどり着くと、きょろきょろと見渡し頭の部分を探す
「お、あったあった。では早速」
そういうと骸骨の額の部分を軽く剣先で突く。
するとそこから小さな宝石が転がって出て来る。
それを足で踏み潰すと先ほどの首から下だけになったスケルトンはバラバラと崩れ去った。
「おっしゃ〜ビンゴだ!やったーい」
フィーグは飛び上がって歓声を上げる。
「こらぁ〜!まだ五体のこってるぞ。早くしやがれ!」
隊長の激がまた飛んでくる。
「ハイハイ、後五体ね。」
フィーグは見張り台に目をやりにやりと笑う……
「馬鹿たれが……こいつを一番最初にするんじゃなかった。これじゃ全員合格しちまうじゃないか…」
隊長は白煙を吹かしつつ頭を抱えた。
なぜ、こうもあっさりアンデッド”不死”を持つものが倒されてしまったのか。
それは、こうである。
演習場にいたスケルトンは、人間の骨である。
当然ながらそれそのものが勝手に剣を持って暴れるわけがない。
何者かがそれに媒体を仕込み魔術を施さなければならない。
ということは、”媒体”を破壊すれば元の骨。
もともとスケルトンとは術者の身を守る為に開発されたモンスターであり、術者以外の命令は聞かない。
その点を踏まえると、スケルトンならば術者が指示すれば問題ないのである。
そして、スケルトンの媒体は額にするものと決まっているのである。
といっても、此処まで知っているのはせいぜい魔術に詳しいものか魔術師その人なのだが……
しかし、フィーグには知識豊富な老人がいたのである。
老人に色々な知識を学んでおり今回はその一つに過ぎなかったのだ。
仮に、野生のモンスターを捕獲して試験したとしよう、万が一そのモンスターが予測不可能な行動をした場合止める手立ては、倒すしかない。
そんな危なっかしい試験など普通に考えたら実行しないであろう。
今回は、「アンデッド」を強調して志願人数を減らそうとしていたのである。
「さ〜て後は、額を狙うだけだな。昇格いただきぃ〜」
彼の振るう剣は、次々に額を割っていった。