『お前の父ちゃん犯罪者ー!』
『お前も犯罪者なんだろ!』
違う、私はお父さんとは関係ない!
みんなと同じ、ただの人間なの!
『母ちゃんにも捨てられて、お前なんかに生きる意味なんかねーんだよ!』
『お前なんかが生きてちゃダメなんだよ!』
違う違う違う!!
お母さんは私を捨てたんじゃない!仕事場に近い場所に住んでるだけ!
だって、たまに様子を見に来てくれるもん!
私はまだお母さんに愛されてるの!
『あの子、まだ生きてるのね』
『はやくこの世からいなくなってくれないと、保険金が入らないじゃないか』
『分かってるわよ!だから家に1人にしてるんでしょ!ああもう!あの子のせいで私の人生めちゃくちゃよ!!』
『お母、さん…?』
『ッ、桜…!!』
知らない男の人と、怖い顔をしたお母さん。
たまたまお母さんに用事があって、お母さんの家に行った。
あのとき、私はお母さんと男の人が私をいらない存在だと思っていることに気付いた。
だからお母さんは、私に包丁を向けたのだ。
*
「–––––ッ、!!」
ガバリと体を起こす。またあの嫌な夢を見た。思い出したくもない過去の夢。
顔も覚えていない父は犯罪者で、それに耐え切れなかった母は私を置いて家を出て他に男を作り、私を憎み刃を立てた。
私はそのことで小学生の間はひどくいじめられていた。
「私だって、生まれたくなかったよ…こんな世の中なら…!」
大好きだったおばあちゃんも去年、天国に行ってしまった。彼女だけは、私を本当に愛し、優しく接してくれた。
だから私は地元の公立中学じゃなくて、おばあちゃんの母校であるムーンライト中学に通っている。
そこには私の過去なんか知らない、でも優しくて素敵な友達がたくさんできた。
ああ、今日もがんばろう。
「桜、おはよう!」
「雛菊ちゃん!おはよう」
「あんた今日の宿題ちゃんとやった?」
「うん!昨日 雛菊ちゃんが教えてくれたからバッチリ!」
通学路を1人で歩いていると、後ろから幼馴染の雛菊ちゃんが声をかけてきた。
雛菊ちゃんとは小学校からずっと同じで、いじめられていた私を守ってくれた、大好きな人だ。
「雛菊センパーイ!」
「今行くー!じゃあ桜、私朝練あるから。」
「うん、また後でね!」
部活の後輩に呼ばれ、雛菊ちゃんは朝練に行ってしまった。雛菊ちゃんは陸上部のエースで、彼女の朝練の時間に私は図書室で本を読んでいる。
といっても、勉強が苦手な私は童話や簡単な物語しか読めないんだけどね。
「今日は何読もうかなぁ」
目に入ったのはシンデレラ。私はそっとそれを本棚から取り出し、机まで持っていく。まだ朝早い時間なので、図書室には誰もいなくてとても静かだ。
「それ、シンデレラだよね」
「え?」
顔を上げると、見知らぬ男の人が座っていた。
とても綺麗な顔…制服を着てないけど、ここの生徒かな?見たことないけど…
彼は私が読んでいた本に、目をキラキラさせながら優しく触れる。
「女の子が幸せになる話の代表だ…」
「…えっと、あの、」
「君は知ってるかい?シンデレラの原作の結末は、とても残酷なことを」
「え?」
「シンデレラを虐めていた義姉と継母は、王子とシンデレラの結婚式で青い鳥に目をくり抜かれるんだ」
思わず息を呑んだ。大好きで、幸せなお話にそんな事実があったなんて…!
彼は静かに微笑むと、席を立った。しーっと言うふうに人差し指を口の前で立てて。
「あまり言ってはいけないよ。残酷な話だからね」
「どうして私には言ったの?」
「さあ、どうしてかな…僕にも分からないよ」
そう言って、図書室から出て行ってしまった。
もう!私だってそんな結末知りたくなかったよ!
ぶくっとほっぺを膨らませてみるが、彼にこの気持ちが届くはずもなく。時計を見れば陸上部の朝練が終わる頃だった。カバンを掴み、校庭へ向かう。
「雛菊ちゃーん!」
「桜!」
「朝練お疲れ様」
「ありがとう。さ、行こっか」
「うん!」
「今日から皆さんのクラスを担当する––––」
聞き覚えのある声だった。いつも、朝のホームルームはボーッとしてるけど、今日は目覚めた。
「参島たくとです。よろしく」
図書室で会った彼だ。どうやら彼は新しい先生だったらしい。なるほど、どうりで見覚えのないはずだ。ただ、彼の綺麗な容姿にみんな黄色い歓声を上げていた。
「かっこいいね、参島先生」
「えっ、あ、うん!」
隣の席の雛菊ちゃんがコソッと耳打ちしてきた。それに慌てながら返事をする。
参島先生は国語を担当するらしい。だから、さっきのシンデレラのお話も知ってたのかな…
*
「じゃあ桜、部活行ってくるね」
「うん!頑張ってね!」
雛菊ちゃんが部活に行ったあと、朝と同じように図書室へ向かう。1年生のときに1人で帰って雛菊ちゃんにとても怒られてからは、彼女の部活が終わるまでずっと図書室で待っている。
「ん?蝶…?」
ピンクに輝く、アゲハ蝶のような蝶がキラキラと飛んできた。思わず手に取っていた本を戻し、その蝶を追いかける。
「ぶっ」
「うわあ!ご、ごめん!」
蝶ばかり見ていたからか、誰かの背中にぶつかってしまった。尻もちをついてしまい、いたた…と言いながら顔を上げると、そのには参島先生がいた。手には、薔薇姫の本。
「さ、参島先生!」
「百々加…!」
驚いていると、参島先生に抱き締められた。突然のことに頭が追い付かない。目をグルグル回していると、突如大きな音がした。側にあった本棚が倒れる。
「怪我はないかい、百々加」
「うん、先生のおかげでなんとか…」
どうやら先生は私を守るために抱き締めたらしい。ほ、と小さく息をつくと、コツコツというヒール特有の足音が聞こえてきた。
「見つけましたよ、ドリームフロース」
そこには、神話に出てくるゴーゴンのような髪の毛をした女の人が立っていた。クイッと眼鏡をあげ、参島先生を指差す。
「お渡しなさい」
「嫌だ!」
「あなたに何ができるというの」
シャーッと赤い目をした女の人の髪の毛が、参島先生を襲う。参島先生はボフッと煙をたてて、大きな耳を持った小さな熊のような姿になった。
「無力なあなたに生きる価値などない。国も守れず、友も守れず、全てを失ったあなたには、生きる価値などない!!」
シャーッとさっきよりも多い蛇が、参島先生を狙う。さっきの攻撃でダメージをおった避けられない先生は、これ以上攻撃を受けたら本当にこの世からいなくなってしまうだろう。そう思うと、震える体を抑えて立ち上がるしかなかった。私は間一髪のところで、参島先生を抱き上げた。
「生きる価値がない人なんかいない!!!」
そして声を上げて、目の前に立つ女の人に言い張る。
「誰にだって生きる価値や意味を持ってる!!」
「お前は関係ない!」
「キャアッ!!」
「百々加!」
蛇に攻撃され、一度は地面に叩き付けられたが、私はもう一度立ち上がる。
「関係ないかもしれないけど、彼の…参島先生の生きる価値をあなたが否定する限り、私はそれを肯定する為に立ち上がり続けてみせる!!」
「おのれ小癪なァ!!」
女の次の攻撃に、ギュッと目をつぶる。
すると、どこからともなくさっきの蝶が飛んできた。ふるふると目を開けると、どうやら私に手を出してほしいらしい。私が両手をお椀のようにして出すと、蝶は光り輝き、私の手の中には蝶の絵が描かれたピンクのスマホのようなものがあった。
「キュアフォン…!」
「キュア、フォン…?」
「百々加!それを掲げて叫ぶサン!!
なりたい自分を強くイメージして!」
「なりたい自分を…?」
なりたい、自分–––––
本当は、もっと愛される女の子になりたかった。パパにもママにも、たくさんの人に。
おばあちゃんが教えてくれた、恥じない生き方を。パパとママが付けてくれた、この名前に恥じない生き方を、私はしたい!
「プリキュア、メタモルフォーゼ!!」
そう叫ぶと、キュアフォンから花弁を纏ったピンク色の光が溢れ出た。そしてそれは私の体を包み、姿を変えていく。
肩までしかなかった髪は足元まで伸びて、大きな一つの三つ編みに。ピンクと白を基調とした、フリルいっぱいの着物ワンピース。キラキラ輝くピンク色の水晶のイヤリングに、ピンクのグロス。
心溢れるままに、叫んだ。
「錆びた空を彩る愛、キュアリクニス!!」
百々加 桜––––モモカ サクラ
ムーンライト中学2年。父親が自分が幼い頃に人を殺して逮捕され、母親がそれに耐えきれずに家を出て祖母に引き取られていたが、その祖母も去年に他界してしまった。
普段は明るい性格をしているが、幼い頃に自分に愛を注いでくれたのは祖母だけだったので、本心は愛に飢えている。父のことはあまり記憶にない。母に包丁を向けられたことがあり、自分の存在意義を無意識に探している。祖母のことは、大好きだった。
【普段はピンク色の髪を肩まで伸ばしており、それを下の方で小さなツインテールにしている。】
キュアリクニス
桜が変身した姿。
髪が足元まで伸び、大きな一つの三つ編みになる。本人はラプンツェルのようで気に入っている。
ピンクと白を基調としたワンピース状の着物姿となり、耳にはピンク色の水晶のイヤリングがしてあり、ピンク色のグロスが塗られる。
「錆びた空を彩る愛、キュアリクニス!!」
「お前が伝説の戦士 プリキュアだと!?」
「参島先生を傷付けたアンタを、絶対許さない!」
目の前に立つのは、自分が受け持つ生徒の一人。彼女の名は百々加桜。またの名を、キュアリクニス。
さっき生きる価値がないと言われた自分に、生きる価値がない人などいないと言った彼女の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
「プリキュアもろとも消し去ってくれるわ!いでよ、サイテイーダ!!」
不気味な仮面を、女––メドゥリラ––が本棚へ投げ付ける。すると本棚は巨大化し、仮面を付けた怪物–––サイテイーダとなってしまった。
「サイテイーダァァァ!」
サイテイーダのパンチを軽々しくジャンプし、避けるキュアリクニス。そしてパワーアップした自分のパンチをサイテイーダへと打ち込む。ドン!と大きな音を立ててサイテイーダが尻餅をつく。
「おのれプリキュアァ!」
メドゥリラが美しい容姿とは裏腹に、低い声を腹の底から出す。プリキュアが現れるなど、おそらく想定外だったはずだ。彼女はビキビキと血管を浮かび上がらせ、怒りを露わにする。
サイテイーダは立ち上がると、リクニスを思い切り殴り飛ばした。強い衝撃でリクニスは壁に背中を打ち付ける。
「リクニス!」
「こんっのォ〜〜!!」
倒れても立ち上がり、今度はサイテイーダに飛び蹴りを決める。しかしサイテイーダが倒れる直前に足を掴まれてしまい、思い切り投げ付けられる。ボロボロになっても、リクニスはずっと立ち上がり続けた。
「もう、いいサン!」
そんな彼女を見ていて、思わずそんなことを口走っていた。
「百々加が傷付くのは、これ以上見たくないサン!」
「だったら、大人しくドリームフロースを渡さな」
キッと目をつぶり、ドリームフロースを取り出す。これを渡してしまえば、世界が滅んでしまうかもしれない。だけど、世界と百々加を天秤にかけたとき、百々加を取ってしまう自分がいた。
「渡しちゃ、ダメ…!」
「!!」
「まだ立ち上がるか!」
リクニスの声に、ピタッと動きを止める。彼女はまたさらにボロボロになっても、立ち上がった。こちらを見つめるその目からは、強い意志を感じた。
「そのドリームフロースにどんな力があるかは知らない…アンタに渡してどうなるかも知らない…でも、サンが渡さないって言ったら渡さない!!アンタには絶対に渡さないんだから!!!」
「やってしまいな、サイテイーダ!」
「サイテイーダァァァ!」
サイテイーダがリクニスを踏み潰そうとしたが、彼女はその細い腕で奴の足を押し返す。重みでふるふると震えながら、リクニスはこちらを見て微笑んだ。
「ねえ、サン…あなたはどうしたい?
あなたがドリームフロースを守るなら、私も一緒に守る!」
「サン、は…」
本当は、せっかく見つけたプリキュアを傷付けたくない。だけど、今ドリームフロースを手渡せばさらに酷いことになる。
「全部守りたいサン!
国も、友達も、ドリームフロースも、全部守るサン!リクニスと一緒に、全部守るサン!!」
「アンタたちなんかに、絶対負けないんだから!」
「そうだサン!プリキュアの力でやっつけるサン!」
リクニスが、パンッと手を叩く。そうすれば、どこからともなく花びらが舞う。
「あなたに希望の光を捧げましょう
プリキュア!リクニス・ファンタジア!!」
そしてリクニスが両手を前に突き出せば、大量の花びらが舞い、サイテイーダを包み込む。そしてプリキュアの力で浄化され、サイテイーダはただの本棚へと戻り、画面も粉々になって消えてしまった。
「覚えてなさい、プリキュア…!!」
メドゥリラもそう言って、姿を消した。
「全部消えちゃった…」
「助けてくれてありがとうサン!」
サイテイーダも女も消えて、サイテイーダが破壊した本棚や床や壁は全て元通りになっていた。だけどポケットにはキュアフォンが入っていて、さっきのことが現実であることを物語っていた。
「ねえ、ちゃんと自己紹介し合おうよ!
私は百々加桜!桜って呼んでね、よろしく!」
「サンだサン。よろしくサン、桜!」
サンの小さな手と握手をする。
私、なったんだ…プリキュアに…何がなんだかわかんないけど。
「サンはこれからどうするの?」
「希望のプリキュアを見つけたから、他の4人のプリキュアを探すサン」
「ええッ!プリキュアって一人じゃないの?」
「プリキュアは、希望のプリキュア、勇気のプリキュア、自由のプリキュア、知性のプリキュア、安らぎのプリキュアの5人で初めて全員揃ったと言えるサン」
どうやら私は“ 希望のプリキュア ”らしい。でも私、なんとなく自分のこと愛のプリキュアだと思ってたなぁ。セリフにも愛って入ってたし…
サンもプリキュアは初めて見たらしいから、よく分からないらしい。なんなら知性やら勇気やらは伝説で語り継がれてるだけなんだって。
「桜ーーッ!!」
「ひ、雛菊ちゃんの声だ!」
すると、雛菊ちゃんの声が聞こえた。サンと顔を見合わせてアワアワしながら、ポフッと音を立ててサンが参島先生へと姿を変える。
「いた!桜!」
「ひ、雛菊ちゃん…」
「もう!なんでこんな奥にいるの…って参島先生!」
「や、やあ赤根…」
私と参島先生が一緒にいる理由が分からないらしく、怪訝そうに私を見る雛菊ちゃん。あはは、と笑い雛菊ちゃんの背中を押す。
「さ、雛菊ちゃん帰ろ帰ろ!参島先生さようなら〜あはは」
「ちょ、ちょっと桜!!」
「さようなら百々加、赤根」
*
「で?なんで参島先生と一緒にいたわけ?」
「た、たまたまだよぅ、たまたま。先生も本が好きで、よく図書館に来るんだって!」
「ふぅ〜〜〜ん」
あ、怪しまれてる…!雛菊ちゃんのその顔、怪しんでる顔だ…!
嘘はついてないはず。たぶん参島先生は本が好きだ。だからシンデレラの残酷な結末も知ってたんだ。
「…じゃあこれからは、別の場所で待っててよ」
「えっ、なんでなんで!?」
「そりゃ、知らない男の人と一緒にいるなんて何が起こるか分からないじゃない!」
「相手は参島先生だよ?何もないよ!」
雛菊ちゃんがそんなことを言う意味が分からない。雛菊ちゃんはいつもそう。アレをしちゃダメ、コレをしちゃダメって過保護すぎる。心配してくれるのは分かるけど、私だってもう子供じゃないんだから!
「もう!大丈夫だから!」
「あっ、ちょっと桜!待ちなさい!!」
雛菊ちゃんのばかぁ!たしかに私は雛菊ちゃんよりずっと子供っぽいかもしれないけど、あそこまで子供扱いしなくていいじゃん!
雛菊ちゃんから走って逃げた私はほっぺを膨らませながら、学校の門を出る。私の走りぐらい、雛菊ちゃんにとってはなんてことないスピードかもしれないけど。
「ッ!」
「ふべっ!」
無我夢中で走ってると、誰かにぶつかってしまった。いてて、と鼻を押さえながら目を開けると、そこには3年生であり、モデルをしていることで有名な蒼井先輩がいた。
「ごっ、ごめんなさい蒼井先輩!」
「ちょっと、気を付けてよね。」
キッと睨まれてしまって、思わずたじろぐ。蒼井先輩はモデルをしてることもあって、本当に顔が綺麗だ。美人の怒った顔は怖い。
「う、ごめんなさい…」
もう一度謝ると、蒼井先輩はツンとすまして行ってしまった。すれ違うとき、蒼井先輩からいい香りがして思わず立ち止まる。しばらくぼーっと見惚れていると、追いかけてきた雛菊ちゃんに肩を叩かれた。
「帰るよ、桜」
「雛菊ちゃん!…さっきはごめんね」
「私も過保護過ぎたよね、ごめん。でも、桜を心配する私の気持ちに嘘はないから」
「うん、ありがとう。雛菊ちゃん大好き!!」
ガバッと抱き付くと、雛菊ちゃんも優しく抱き締め返してくれる。あーあ、雛菊ちゃんとプリキュアできたらなぁ…そういえば、サンは家とかあるのかな…
「…雛菊ちゃん、ちょっと忘れ物したら取ってくる!」
「ちょ、私も行く!」
「大丈夫大丈夫!すぐ戻るから、待ってて!」
*
「おーーい!サン、じゃなくてっ、参島せんせー!」
「どうしたんだ?さく、…百々加」
学校に戻って誰もいない図書室に入れば、そこにサンはいた。きっと彼は本が好きなんだろう。私は童話とか簡単なお話しか読めないけど…
「ねえ、サンは家とかどうしてるの?」
「うーん…基本妖精の姿で野宿かな」
「エッ」
色々想像してたけど、野宿は想像してなかったな…いやもう、驚き過ぎて一瞬体がフリーズしてしまった。桜?とサンが私の顔を覗き込んできて、私はハッと我に帰る。
「じゃ、じゃあさ!私の家に住みなよ!私の家なら誰もいないし、人の姿でも妖精の姿でもいられるよ」
「………」
「私もサンがうちに来てくれたら、すっごく嬉しいよ」
あの家に、一人にしないで。私は心の中で、そう叫んだ。サンがいれば、私は少なくてもプリキュアをしている間は家に一人じゃなくていい。
「…それは、君が一人にされたくないからかい?」
「え…」
「本当に桜がいいなら、僕は甘えさせてもらおうと思う。でもそれが、君の精神的な柱となる気がするんだ。今の桜の顔を見てたらね」
ハッ、と自分の顔に指を添える。自分はどんな顔をしてたんだろう。泣きそうな顔?寂しそうな顔?思い詰めた顔?分からない。サンに、私の顔はどう映ったかな…
「私、は…一人にしないでほしい…!
あの家に、一人にしないでほしいよぉ…!!」
ボロボロと涙が溢れてきた。ずっと誰にも言えなかった。お父さんにもお母さんにも言えず、大好きだったおばあちゃんもいなくなってしまってからは、ずっとずっと一人が嫌だった。
「僕がもう君を一人にしない。
迎えてくれる?百々加家に」
「へへ、もっちろん!」
妖精の姿となったサンをカバンに入れて、私は雛菊ちゃんの元へ戻った。
「じゃあバイバイ、桜」
「うん!また明日ね〜」
雛菊ちゃんと別れて、私は家に入る。ドアを閉めてカバンの中からサンを出してあげる。
「プハッ。苦しかったサン」
「お疲れ様。…ねえ、サン。私もっとプリキュアやサンのことを知りたいな。教えてくれる?」
「もちろんだサン!サンに任せるサン」
今日の夕飯はカレーだ。サンはどうやら妖精の姿の方が楽みたいで、参島先生の姿になることはなかった。まあお風呂のときは色々と不便だから変身してたけど。
「さっき戦った人はなんなの?ドリームフロースって一体なんなの?」
「彼女はダークネスという悪の組織の一員だサン。」
ご飯もお風呂も済ませた私たち。私はサンにプリキュアとドリームフロース、そして今日戦った女の人–––––ダークネスについて説明してもらう。難しい話だけど、サンの説明は分かりやすかった。
「そもそもサンは、この世界とは別の場所にあるマトリカリア王国の王子だサン。そしてもう1人の王子であるムーンと共に、マトリカリア王国をいつも見守っていたサン」
「サンは王子様だったんだ…」
「だけどある日、ダークネスが王国を襲撃してきたサン。王国のみんなはダークネスによって花の種に姿を変えられて、連れ去られたサン…」
「……」
「特にムーンは重症で、サンは咄嗟にドリームフロースを使ったサン」
そう言うとサンは、自分の首に付けていた五色の真珠の首飾りを取った。三つの真珠が並ぶその首飾りは、本来輝いているはずなのに全く真珠の輝きを放っていなかった。
「これがドリームフロースだサン」
「ドリームフロースは首飾りだったんだね。うん、それでそれで?」
「サンは重症のムーンを、ドリームフロースの中に封じたサン。ムーンは今もこの中で眠っているサン」
「じゃあその封印解こうよ!」
私がそう言うと、サンはふるふると首を振った。そしてドリームフロースを首にかける。
「ドリームフロースの封印はキュアフォンの力でしか解けないサン。
キュアフォンは代々マトリカリア王国の王族によって守られていたサン。だけどサンがそれを使ってしまったから、バラバラに散ってしまったサン」
「そっか。だからそのムーンに会うためにも、はやくプリキュアを見つけなきゃね!」
「サン!」