翠雨 / >>2-3
「金、全部渡してもらおうか」
声をかけてきたのは、ガタイのいい男だった。
男の右手には、ナイフらしきものがチラついている。
…どうやら俺は、強盗に目をつけられたらしい。
「はいはい、いくら出せばいいんだ…?」
「全部だ!大金持ってんだろ!」
俺はふざけた態度で答えてみた。だが男はさらに口調を荒げる。
「全部ねぇ…」
この男は、数分前に俺が質屋に行ったことを知っている。
物を売ったことも。
なので、おのずと大金を持っていると思ってるんだろう…。
「わかったよ、出すから」
俺は片手をあげて、抵抗する意思がないことを男に示す。
そしてもう片方の手は、ポケットに伸ばしていた。
「クックック…」
男は、大金が入ると思っているのか、とてもにやにやしている。
「はいよ。これ、財布だよ」
ポケットから財布を取り出して、男に見せた。
「へっ、利口な奴だ」
男はナイフを俺に向けながら、ゆっくりと近づいてくる。
3、2、1m……
「よこしな」
「ああ、やるよ…」
交換が行われたのは、至近距離だった。
…だからこそ、チャンスが生まれる!
「お前の顔になっ!」
「な―――」
俺は、男の顔に財布を投げつけた。
頑丈な素材でできているので、目に当たれば相当痛いだろう。
「が、ああ!いってぇ!!」
…それは、男の様子を見れば一目瞭然だった。
「…簡単に、渡すかっての」
俺は、男の足元に落ちた財布を拾い上げ、すぐさま立ち去ろうとした……
「こ、このクソアマぁ!」
「っ……!?」
男の目は、思ったより早く回復したようだ。
…そして、距離が広がる前に、男はナイフで薙ぎ払ってきた。
「ふう……」
間一髪で避けた俺は、背を向けずに身構えた。
「何余裕こいてんだぁぁぁぁッ!」
身構える俺に、今度は突進をしてくる。
その勢いで突き刺すつもりだろう。
その速度は速い!左右に避ける暇はない…
「…そうだ!」
俺はとっさに、背負っていたリュックを盾にした。
売りに行ったものを入れてあったものだ。
「それごと貫通して、あの世行きだぁ!」
「くっ……!」
男はお構いなしに、俺に突っ込んでくる―――
「…な、なに!?」
突進の勢いは確かに強かった。
が、リュックの方に分があったらしい。
「こんなものすぐ引っこ抜いてぇッ!」
……掛かった!
男はリュックから、ナイフを引っこ抜こうとした。
が、それは力が後ろに行くということ。
「うおおっ!」
俺はそれを利用した。ナイフが抜けるのと同時に、リュックごと男を、思いっきり押したのだ。
「わぁぁぁぁぁっ!」
勢い余っているところにタックルをくらわされた男は、地面にたたきつけられた。
ナイフは拾われることなく、別の方向に落ちていく。
「……はぁ、ひどい目にあったぜ」
男が失神したのを確認すると、俺は今度こそ、全力疾走で家に帰った……。