最近、いろいろなところで、男女平等という言葉を聞きます。しかし、何でもかんでも男女平等にすることに意味はあるのでしょうか?何でもかんでも男女同じにすることがいいのでしょうか?そんなことを議論する。
2:Invincible:2019/12/13(金) 21:19 ID:tqI機会の平等は絶対に必要だが、結果の平等は基本的に不要だね
3:匿名と言う名のユーザー:2019/12/14(土) 08:02 ID:JQk女性が主に男女平等を提唱しているようだけど、言っていることは結局女性が中心で女性が第一。それだと“平等”とは言えない。
4:匿名という名のユーザー:2019/12/14(土) 08:14 ID:JQk >>3
長文注意
望ましいのは男尊女卑と男卑女尊が同時に存在し、それぞれが付かず離れずの状態にあることだと思う。
また男女はそれぞれ思考パターンは行動パターンなどが違い、それの多くは生物学的な違いだから無理やり全ての人を同じ条件に置く必要はない。
男性のトランスジェンダー(?)が女子トイレが使えないことでトイレの制限は違法だと主張しているようだけど、多目的トイレという選択肢はあるし、彼の職場(?)に税金をかけて設置すればいいと思う。そうでないと一般的な男性が女子トイレに入ることが防げない。
女性専用車両があんのなら男性専用車両も欲しいけど…
何故なら男性が罪を着せられ、犯罪者扱いされるから。免罪って事。
着替える場所やトイレは分かれて当たり前。
男性がスカート履くのも女性が男性らしくするのも自由です。
>>5
“自由”ではないと思う。
男性の服装と女性の服装はそれぞれ男性の特徴と女性の特徴をもとにつくられたものだと思うから、異性の服装をするのは可能だけど代わりに違和感や秩序とは戦わなくてはならない。