「かごめうた」や「とおりゃんせ」等の
怖い意味のある歌…を皆さんご存じですか?
私は最近、興味を持ち始めたのですが
他にはどんな歌があるのでしょうか。
貴方の知っている「怖い意味を持った歌」を
ぜひぜひ、教えてください。
良ければ歌の歌詞も書いて下さい。
24>>後ろの正面ですよ。
26:本当は怖い匿名さん:2015/10/17(土) 23:48 >>22-24
日光東照宮をかごめの唄の通りに進むと見つかるのは「徳川埋蔵金」です。
徳川埋蔵金とは、江戸末期、討幕軍に江戸城を明渡した幕府が、
いつか再興するために赤城山山中に隠したとされる埋蔵金のことです。(一説には現在の価値にして200兆円)
昔から徳川埋蔵金は3箇所に分けて埋められていると言われています。
しかし2箇所はダミーです。
本当に埋められているのは1箇所だけなのです。
「♪かごめ〜かごめ〜」
「かごめ」とは「籠目」のこと。
つまり竹で編んだ籠の目のことです。
籠の一つ一つの目は、ユダヤの象徴、ダビデの星(六芒星)の形をしています。
(ちなみに、徳川が関東で建てた神社や仏閣を地図上で線で結ぶと六芒星が浮かび上がります。)
「♪籠の中の鳥は〜」
籠の中の鳥とは「籠の中の鳥居」のことです。
すなわち、六芒星の中心にある神社、「日光東照宮」。
「♪いついつ出やる」
「♪夜明けの晩に鶴と亀が・・・すべった」
日光東照宮には鶴と亀の像があり、これらの像に朝の光が当たってできた影のことを表しているのです。
「すべった〜」は「統べる」の意味で埋蔵金の統一を表しています。
朝の光が当たって出来た影の示す方向には「見ざる、言わざる、聞かざる」の彫刻があり、
この三匹の猿の見ている方向に眠り猫の門があります。
その先の階段を上って行くと、徳川家の墓があるのです。
「♪後ろの正面だあれ」
これは、徳川家の墓の後ろに祠があることを暗示。
そこには、篭目(六芒星)のマークが刻まれています。
しかし、よく見ると六芒星は上が欠けていて、その形は、まるで真下を指しているよう。
つまり、そこが徳川埋蔵金の本当のありかなのではないでしょうか?
実際に地質学上の調査でも99.9%の確立で、土や石ではない何かが埋まっていることが分かっています。
ですが掘ることができません。
なぜなら、そこは国宝がある場所だからです。
1%でも埋まってない可能性があるのなら、
国宝でしかも世界遺産でもある場所に手を加えるわけにはいかないからです。
ただ、それは表向きの理由です。
掘れない本当の理由は、歴史が変わるものが出てくる可能性が高いからなのです。
今まで語られてない事実が出てきたら...
その時代に日本に存在しないとされる人物の家系図でも出てきたら...
日本だけでなく、世界中で歴史を書き換えなくてはならない事態になります。
そうなれば、これまで常識とされてきた歴史が信用されなくなる恐れがあるのです。
(実際に、教科書に書いてある多くの歴史が国の権力者が書き換えたデタラメです。)
知らなくていい歴史は表に出さないということなのです。
それにしても、メディアも何もない時代に、しかも関所で人の行き来が制限されていた時代に、
なぜ「かごめかごめ」が日本全土で広まったのでしょうか?
その鍵を握る人物が「松尾芭蕉」です。
天下統一を果たした徳川家康が、世界で初めて成し遂げたものは何でしょう?
それは「特殊部隊」です。
今では、日本の特殊部隊とえいば「SAT」...
米国の特殊部隊といえば「SWAT」などが有名ですが、実は世界で初めて特殊部隊を作ったのは家康なのです。
では、家康が作った特殊部隊とは何でしょうか?
「忍者部隊(暗殺部隊)」です。
家康は忍者の養成機関を作り上げました。
そして、その長を務めたのが「服部半蔵」です。
家康は、その功績を称え、服部半蔵に与えた地名が今でも残っています。
その地名が現在の皇居(元江戸城)にある門の一つ「半蔵門」です。
大きな功績を残した半蔵は、徳川家から褒美を貰うことになります。
その時に半蔵が求めたのが「私を自由にしてほしい」ということだったのです。
家康の許しを受け自由になった半蔵は、日本中を旅することとなります。
この時に使った名前が、実は「松尾芭蕉」なのです。
服部半蔵=松尾芭蕉だったのです。
当時は現在のように自由に旅はできませんでした。
なぜなら関所があったからです。
関所を越えて他所の地域に行くことは現在の私たちが海外に行くようなものに近く、
当時は自由にどこでも行けなかった時代でした。
半蔵が日本中どこでも旅して回れたのは、家康という権力者の許しがあったからです。
また、当時の道は現在のような舗装された道ではなかったため、
山道を歩くのははおろか平坦な道を歩くのでも非常に大変でした。
そんな状況でも芭蕉は1日に数十キロ〜数百キロ移動していたことがわかっています。
芭蕉は、当時としては決して若くない46歳でした。
しかも当時の平均寿命と言えば50歳くらいでした。
46歳ともなれば、かなりの高齢です。
そんな年齢の人間が、整備もされていない道を一日で数十キロ〜数百キロ移動するなど、
どう考えても普通の人間には無理なことです。
なぜ、それが可能だったのでしょう?
それは、芭蕉(半蔵)は特殊な訓練を受けた忍者だったからです。
芭蕉は、ただ俳句を作るためだけに「奥の細道」の旅に出たわけではありません。
実は旅をしながら「かごめかごめ」の唄を全国に広めていったのです。
その理由は、埋蔵金、すなわち徳川家に財力があることを各地の大名に示し、
反乱しても無駄だと思わせるためです。
こうしたことから「かごめかごめ」は、ただの童謡ではなく、
徳川家の埋蔵金のありかを示した唄だったというわけです。
いま勝手に解釈した
籠女籠女
かごの中の鳥は
(遊女のことではないかと予想)
いついつ出逢う
(運命の、自分をここから出してくれる人と)
夜明けの晩に
(暗く明けない晩に)
鶴と亀が滑った
(やっと出会えた運命の人がしんだ?)
後ろの正面だぁれ
(死んだはずの彼)
「しゃぼんだま」は有名だよね。
詳しくは知らないけど、
この歌も妊婦さんの赤ちゃんが
流産しちゃう話らしい。
詳しくないけど「さっちゃんはね♪」ってやつも
31:本当は怖い匿名さん:2015/12/20(日) 09:46 >>30さんの言ってたさっちゃんなら知ってます
さっちゃんはね、線路に足をなくしたよ♪
だから、お前の足をもらいにいくね♪
今夜だよ?さっちゃん♪
と、言う歌だったと思います
さっちゃんはね、さちこって言うんだ本当はね
だけど小っちゃいから、自分のことさっちゃんって言うんだよ
おかしいねさっちゃん
だよ❕
34:なっつ:2015/12/23(水) 11:51怖い歌なの(。´・ω・)?
35:なっつ:2015/12/23(水) 11:52わからん
36:たぴおか◆vk:2015/12/24(木) 04:01 コワい
(•×•)
わたしのも?
38:本当は怖い匿名さん:2015/12/24(木) 07:35 画像|お絵かき|長文/一行モード|自動更新