そんなワケで、“オトナ限定・リレー小説”スレを立ててみた♪
【特記事項】
@序盤部では一人称形式をとらず、主人公にも名前をつけない。
A同時投稿などによって次走者が重複した場合には、その次の者が
任意で選択し、以下はそれに従う。
B主人公や物語の重要な設定を行う権利は「素数」順位の書き手が有する。
Cハードボイルド、推理モノ、恋愛モノ、人情モノ、なんでも可。
************************【開幕】************************************
男はその夜、ひどく荒んだ気分で深夜の繁華街を徘徊していた。
彼の痩身を包む黒いスーツはかなりくたびれた安物であったし、踵の減った
皮靴も決して上等とは言えない代物である。そして彼の横顔の翳りとなっているのは
何日も放置された無精ヒゲだけでは無いらしい。
午前零時を回った頃、したたか酔った彼が辿りついた駅裏の雑居ビル――
そこには数十軒の小さな飲食店がひしめき、内部は迷宮さながらの構造であったが、
古ぼけたエレベーターを何度か昇降した後、彼がふと足を停めたのは‥
遠い昔につきあっていた女性と同じ名前を店名に掲げたスナックの扉の前であった。
扉の上のぼやけたネオン看板を見上げながら、男はしばらくの間、ぼんやりとした記憶を手繰っていた。
不思議だが懐かしさはなく、傷付け合うことでしか愛情の深さを知ることができなかった苦い痛手ばかりが蘇る。
それはカラーでもセピアでもない、色彩のない墨絵。
だが愛し合っていたことは確かだと今の自分に認識させた。
髭に手をあてながら扉を開けようか躊躇っていると、非常階段を登るハイヒールの音が近付いてきた。
その乾いたハイヒールは男の背後で止まり、男の肩に手をかけ、虚ろだが可愛げのある微笑みを浮かべながら顎で店に案内した。
(この店のホステスだったのか)
幸か不幸か、店の名前と同じ女ではなかったが、これも導きなのか・・と、ホステスの手をそっと払い、くたびれた襟を正した。
それでもその女に促されるように店内に足を踏み入れると‥そこには男が想像した通り、
いかにも時代遅れの場末の酒場のうらぶれた景色があった。
ボンヤリと暗めの店内照明
深刻げな内容の問題事を小声で話し合うカップル
黄ばんだ壁紙と年代物で一枚板のカウンター
そこに突っ伏すように眠る家出少女(?)
後ろの棚を埋め尽くす往年のジャズレコード盤のアルバム
残念なくらい少ないキープボトル
そして極めつけは、やたら柔和な雰囲気をまとう初老のマスター
あたかも昭和映画のセット&キャストかとも見紛うばかりのベタな
ロケーションに、男は思わず口元を歪めた。
「なぁ、キミここは‥」と苦笑まじりに背後の女を振り返ろうとしたその時、
彼女の背後、入り口脇の小さなテーブルにたたずむ男に視線は釘付けになる。
「!?」
今日の昼間?いや昨日だったか?
掃き溜めのような狭い裏路地を家路へ急ぐ際、暴走してきた黒のフォードコンチネンタル。
アパート外壁を擦りながらも、スピードを落とすことなく道幅一杯を突進する車にふらつく足元。
脇のゴミ溜めに体を預けたその時、過ぎ去りザマに、助手席ガラスに両手を張りつけて此方を異様に眼を見開き凝視していたあの男だ。
身に覚えはないが明らかにオレを轢き殺すつもりだったはず。
男に近寄り胸ぐらを掴む「!?」
オレが掴んだソレはただ薄汚れたコートだった。
「ソイツは客の忘れ物なんだがアンタのだったのかい」
マスターに声と同時にコートのポケットから紙切れが落ちる。
それはイースターのチラシだった。
四つ折りにされたソレを広げると灯りに透けて裏に走り書きがされている。
そこには「悲嘆が自我の傍らに立っている」とだけ記されいた。
「このコートはいつ頃からここにあった!?」
マスターに食ってかかると驚いた表情で上を指差す。「さあ彼女が上でお待ちかねだ。いいから一杯煽ってきな」
そう言うとグラスに酒を注いだ
マスターが持ってた酒瓶はウォッカ…
奇遇にも俺の得意な酒だ…
上にはあの女…、片手にはウォッカ…。
そりゃテンションも上がる。はず…
いや待てよ、罠か…?
俺は8:2で期待と不安が交錯する中
一歩、また一歩と上がる度に
「キィ…」「キキィ…」
と軋む階段の音を聞きながら、
おもむろに注がれた酒を一口… …。
その酒はウォッカの瓶に入った菊正宗。
ショックだった。本当にショックだった…
今年2014年、上半期で
2番目にショックだった…。
因みに一番は…いや、
ここでは伏せるとしよう…。
大島優子がAKBを…卒…おっと危ねぇ…
ふっ…口をスベらすとこだったぜ…
あっ!… 思い出した!
正宗ショックの衝撃で思い出した!
あの男…今日の昼でも昨日の夜でもない!
一昨日の夕方!
少し寒さを感じた4時:59分!
459で、シゴクだ!
シゴくの方がいいのか!?
いや、そんな事はいいから
早く上がらなきゃ!!
「ギャギャ」「ギャ」…
「!!!!ッッ」… … …
俺は目を疑った…………。
「なんだこれは…」
階段や壁は登っていくごとに徐々に赤く何かの模様に染められていた。蝋結染のように奇妙な模様だ。
考え事をしながら酒を煽ったせいか、この模様のせいか、ひどく酔いが廻るうえに踏み出した二階への階段は踏み段の幅が違うために踏み外しそうになった。
今年のイースター、キリストの復活祭は4月の20日。春分から最初の満月の週末にあたる、チラシには22日となっていた。ならばこのチラシは確実に一年以上前のモノとなる。
二階に上がるとドアは三枚。手前のドアにノックした途端、
「違うよ」と年配女性の声が中でした。
「??」
扉の外側の相手を確かめもせず何が違うのか?
そんな思いで二つ目の扉へ、鍵がかかっており換気扇の回る音が中でしているようだ。
確かにひどく空気が悪い。何かすえたような匂いが充満している。
最奥の扉に近寄ったその時、鍵のかかった扉を中からこじ開け、細い葉巻を持ったか細い手が招いていた。「ここ鍵が壊れてて、ね」
彼女の手招きに従って中に入ると物置部屋のような有り様。
「物置よ。話するだけだもの十分でしょう」
大きく胸元と背中のあいた紫色のドレスに薄い同系色のカーディガンを羽織った姿で、
そして何やら奇妙に冷たげな声で女は続けた。
「まず最初に訊くわ。貴方はエレベーターを下の階に停める方法を誰に聞いたの?」
先刻とはうって変わって、鋭い光を宿した瞳が男の反応を窺う。
「え?あ、いゃ‥何の事やら‥?」
女の質問の意図が分からない。男はただこの古ぼけた雑居ビルのエレベーターに
乗り込んで行き先階ボタンをデタラメに押し、扉が開く毎にざっとフロアの様子を
一瞥して、特にピンと来る雰囲気の店が無ければさっさと「閉」ボタンを押して
次の階へと移動する‥そんなハシゴ酒好きの者ならば誰もが普通に行う当たり前の
行動をとっただけである。
甘い展開の予想が裏切られた上に想いもかけない詰問を受け、男はひどく狼狽した。
「このフロアへの行き先表示は無かったはずよ。あれは一定の手順で押さない限り
ここへは絶対に来れない設定になっているの。たまたま偶然に迷い込む可能性なんて、
100万回に1回もあれば良いくらい。」
事務的かつ一方的にそう言い放った女は最後に、貴方は一体どこの組織の廻し者なの?
‥と、酷薄な笑いを浮かべた顔で男に尋ねた。
「じゃ、たぶん俺がその100万人目‥」
慌ててそう言いかけた時、男は後頭部に激しい衝撃を受けてその場に崩れ落ちた。
彼女の足元へ崩れ落ちる。意識が遠退く中で、軋む床板、彼女の銀のヒールに向かい合う男の足元。
ブラッチャー型のエドワードグリーン。
気がつくと公園の銅像裏に倒れ伏していた。
「何処だろう、ここは」
見覚えがある建物にハッとする。
地下鉄で2駅。街並みを見下ろす形で低い丘にあるこの公園に背を向ける形で、この総合病院はあった。
私と別れた妻との娘はここで産まれた関わり深い場所だ。
以前はこの近くに住まいを構え暮らしていたがソレも他人に渡ってしまった。当時の家鍵はまだ手元ある。
情けないことだが、今更にやりきれないせいなのかこの土地には足が向く。
別れる少し前から現在、私はこの病院の精神科へ度々通っていた。
「!?」首筋の痛みに急に現実味を感じ、近くの灯りを求め夜道をトボトボと歩き始めた。
この季節、偏西風と暖流によって海霧が丘へ流れ込み視界を一層悪くさせた。
妙に生暖かな風が吹き抜けている。
ここのカウンセラーに云わせれば、「過去から現在、そして未来までワタシは同じ自分なのだという『同一性の意識』を無理に切り離そうとしている」だそうだだ。
(だからどうしろってんだ)オレの心がガタピシ音をたてているのは今に始まったことではない。
「クソ!冗談じゃない!」
八つ当たりで道路に向け道端のゴミ箱を蹴飛ばした所に、一台のピックアップトラックが霧の中から現れた。
キギーーー!!
「あーんた危ないじゃろ!!」
降りてきた老人は肩にライフルを携えている。
思わず軽く両手を挙げてみせた。
「あっああースマンな。ワシらは猟の帰りでな。」
「ワシら?」他に人影は見当たらないが…。
「荷台に乗せてる二匹の相棒じゃよ」
野球帽のツバをクイッと上げて老人は続けて
「バスも通らぬこんな道でスーツ姿で何しとったんじゃ?」
そのまま話してもラチが開かない。
「えっあぁ、車が故障して途方に暮れてたんだ」
老人は訝しげに「そうかい」と一言発した後、トラックに乗り込みオレを残し走り去った。
「ん!?」
途端、バックランプが点灯しトラックは戻ってくる。「あーんたこの先へ行くが乗せてやっていいぞ?」
「確かこの先のスーパーマーケットに公衆電話がある。そこ迄頼めるか」
「ああそこなら通り道だ」
トラックに乗り込もうとすると猟犬は激しく吠えた。
トラックを操るジイさんは紙袋に入ったウイスキーを片手に陽気だ。
街灯の数も増えてきた。
「どっかで見たツラだが、あーんたこの街の人間か?」
「以前に住んでいたことがある」
「以前?そうか。ワシはこの町で数年前まで、郵便配達員をしとった」
「アレだろ、あの大きなテラスの一軒家」
「あ、ああ」
何か不気味さに生返事で返した。
「ウグッ!?ジイさん止めてくれ!」
吐き気を我慢しきれず停車した車内から飛び出した。「あーんた大丈夫か?」
「ああ」
嗚咽に苦しみながらもある情景が思い出されていた。
庭ではしゃぐ娘。妻と私。テラスに流れる曲。
ジャクリーヌ・デュプレ、チェロとピアノの無言歌。
「なんだ?(この違和感)」
「なんか言ったか?おい降ってきたぞ」
雨が降りだしていた。
少女は未来の夢を見た。そして、目覚めた。
薄青暗い照明の中、起き上がることなく手探りで枕元のスタンドライトのスイッチを押す。そして、そのすぐ側に置かれた便箋とペンを取り、先ほどまで見ていた夢の内容を書き留める。
夢を文字に変える時、彼女はいつも寝転んだままだ。ひとたび体を起こせば、ただでさえ断片的かつ抽象的な記憶が跡形もなく消え去ってしまいそうだから。
記述を終えようやく起き上がると、靴を履き、書いた便箋を持って、ベッドしかないこの簡素な部屋を後にする。
内鍵を回し廊下に出ると、右は物置部屋、そして左は彼女の叔母が待つ部屋だ。
少女は左側の部屋の扉をノックした。あらかじめ決められた、特殊なリズムで。
「お入り。」
部屋に入ると、煙草の匂い。充満した煙の向こうで、太った肢体を黒い革張りのソファに沈ませた叔母が、ニヤリと皮肉げに笑って言った。
「お客の気に入りそうな夢は見られたかい?」
少女は無言のまま、叔母に便箋を手渡した。
「はい、ありがとよ。お前はいつも本当に良い子だねぇ。それで今日の夢は‥」
そう言って相好を崩す叔母の言葉を最後まで聞こうともせずに少女はくるりと
踵(きびす)を返して、結局一言も発する事無く自分の部屋へと戻っていった。
ただ‥肥満した中年女性がいかにも熱のこもらぬ事務的な声音で、彼女の
背中に『‥おやすみ』の声をかけた時‥それまで淡々としていた少女の動きが、
一瞬だけ不自然に停止したかのように見えたのだが。
その後、叔母は巨躯には不釣り合いなくらい小さな老眼鏡をかけ、便箋上に描かれた
文字や数字‥それに稚拙な絵とも図形ともつかぬものを、(これもいつもの癖で)苦虫を
まとめて百匹も噛み潰したようなしかめっ面で読み解き始めた。
それからおよそ一時間ほども経った頃、ほぅ‥と大きな溜息をついた彼女は満面に喜色を
浮かべて、さも愉快そうに無声音の大笑を数十秒ほど続けた。
それから大きく巨体を揺らして立ち上がると、すぐにアンティーク調の電話機に手をかけ
せわしなくダイヤルを回すのであった。
店に備え付けの電話が鳴った。
初老のマスターがグラスを拭く手を止め落ち着いた動作で受話器をとると、その向こうの
中年女性の声はひとしきり対応の緩慢さを詰った後、一転して上機嫌の声色に変わる。
そして、彼女は得意げにこう告げた。
『そりゃもう、とびきり大きな“ヘビ”が出ちまったよぉ♪』
数人の男女が見守る中‥マスターが悪戯っぽい表情を浮かべつつ、ヘビの手マネを
して見せると、店内に歓声が湧き起こった。
無論、夢判断におけるヘビは金運の象徴であり、それはここでの隠語でもあった。
マスターにしろ常連客にしろ明るくおどけた中にも何故か不自然な闇を感じる…
この店の奴等は一体なんなんだ!?
いや…考え過ぎか?……
…………
……考え過ぎではなかった…
隠語である理由…隠語にしなければならない理由…俺はとんでもない場所に足を突っ込みはじめてるんじゃないのか…?
今日の昼間、駅前のペットショップの熱帯魚コーナーで購入されて
つい先ほど店の片隅の大きな水槽に放されたばかりの赤い金魚は
ガラスごしに店内の様子を眺めながら漠然とそんな事を考えていた。
だがその直後、底の方からユラリと浮上して来たアロワナの大きな口が
彼をひと呑みにして、その意識を完全に消滅させたのである。
まるで鉄の甲冑を身にまとったかの様な魚鱗が店内照明からのかすかな
光を拾って鈍く輝いた時‥小さな殺戮劇は終了した。
奥のテーブル席で甘い睦言を交わす男女によそに
「雄弁は金、沈黙は銀とはよく言ったものだな」
そう言い放つと観葉植物横の水槽を眺めていた検閲官のような冷徹な面相の男が、オットマン付きのひじ掛け椅子を立ち上がり、手に持っていた酒瓶を片手にカウンターにドスンと肘を付いた。そして、すぐさま時刻表のような分厚い帳面を懐から取り出し、バシンとマスターの前に叩きつけた。
「…逆だよ」
ボソリとマスターは呟き、ぺロリと指を舐め、蝶ネクタイをグイと緩めて帳面をめくり始めた。
「カッコ悪」
カウンターに突っ伏した儘、ふて寝していた少女もすかさず呟いた。
分厚い帳面は所々虫食いができているうえ、めくる度に微量の埃が彼の口元に運ばれていた。
「“ヘビ”が出たのなら‥今回のミッション・リーダーは俺って事で問題無いよな?」
仕立ての良い英国製のスーツと高級紳士靴に一分の隙も無く身を固めた検閲官は
最初にマスターに念を押した後、周囲の者の反応を確認するかのように店内を
一回り見渡した。
「‥まぁ、キマリだからしょうがないわね。」
ワケありカップルの女の方が、それまでの演技ともリアルともつかぬ恋人ごっこを
一方的に終了させてカウンター席に座り直し、嘆息まじりの声で同意した。
それによって図らずもフラれた形となってしまった相方の男も
「アンタの仕事はいつも下準備が面倒くさいから、正直オレ的にはカンベンなんだが‥
それが俺たちの掟(ルール)だからなぁ、‥了解。」
苦笑気味にそう言いながら小さく右手を上げる。
それに続くフテ寝少女の同意は「サイアクー」と吐き捨てながらの挙手であり、
そして最後となったあのカーデ・ホステスの同意の意思表示は
「アタシ、今のマンションを買い換えようと思ってるの」
というセリフと妖艶な微笑であった。
「そう言う事だ、マスター♪ さっそくビッグマムに詳しい話を聞いて来てくれ」
およそ人にものを頼む態度では無いながらも得意顔の検閲官に促されるまま、
気の良さそうなマスターはおっとりとした仕草でやりかけの仕事を片付けた後、
カウンターを出て店の奥の階段を上階へと昇って行った。
その背中を見送りながら、「ところで‥」と、カーデホステスが今回の仕事の
リーダーに尋ねる。
「例の男は何者だったの?」
「あー、身元を調べてみたらアレは本当に迷い込んで来ただけのマヌケだったから、
下のフロアの連中に捨ててこさせた。いゃ、実に信じられない事だが‥偶然だけで
ここに辿りついたらしい。ヤツはバツイチの中学校教師だ」
肩をすくめながら検閲官がそう答えると、「‥迷惑な話ね。」と女が顔をしかめた。