____今、私がこの青く澄んだ空を見ている頃
君はどんな顔をして「今日」を送っているのだろうか。
そして今日のような雲一つもない秋のあの日。
風がぬるくて、青々とした木の陰がとても涼しかったあの日。
広い校庭を一瞬で走り抜ける君を見て恋をした。
✄--------------- キ リ ト リ ---------------✄
何回も何回も書いてるのに続かない柳葉です。
十回目ですねきっと←
「今回こそ頑張って続ける」
亀より遅い更新ですが温かい目で見守ってもらえると幸いです。
小さい頃から私はよく名前の由来を母から教えられていた。
何度も何度も、優しい笑顔で私を膝に乗せて語る。
まだ幼いのに自分の名前の由来を一字一句覚えられた位に。
「お母さんが明乃って付けたのはね、
明るく育ってくれますようにっていうお願いなの。
だから明ちゃんは沢山、笑って頂戴ね」
そう言ったあといつも母は私を優しく抱きしめた。
とっても安心出来て、居心地が良くて、時折窓から吹き込む
ぬるい風が好きだった。
そんな大好きな母は今では空の向こうにいて、
教えの通り私は笑って中学校生活を送っている。
友達だって出来たし、部活の先輩とも特に問題はない。
「お母さん、行ってきます」
そう仏壇に手を合わせ声を出す。
これは亡くなってから毎日やっている日課で
むしろ忘れる日なんてなかった。
玄関へ行き、学校指定の革靴を履いた
まだ七時半だったので余裕がある。
そしてまだ家にいる妹と父にまた言う。
「行ってきます」
返事が来るか来ないかのうちにドアを閉めた。
私の家の方面から学校へ行くには
あぜ道を歩いて少し先のバスに乗らなければ行けない。
大体三十分位はかかっていつも学校に行く。
「明乃、おはよう」
「おはよう、実」
後ろから明るい聞きなれた声に反応し、
振り返り返事をする。彼女は私に並んで歩き出した。
「今日の時間割って何」
そんな他愛もない話を続け、あぜ道を歩いていた。
バス停に辿り着くと、実は時刻表を確かめていた。
時刻をなぞっている彼女の指が急に止まった。
「まだ十二分あるよ」
溜息をつきながら私達は誰もいないベンチに腰をかけた。
時々携帯を開き、時刻を確認した。
それでもまだまだ余裕があって私はぼんやりとしていた。
あぜ道の向こうに田畑があり、日光を反射していた。
「今日、天気いいよね。それに暖かいし」
同じ事を思っていたのか、実は体を伸ばしながら言う。
「……そうだね」
小さい声で返事し、その後は何も話さなかった。
目的地行きのバスが来ると私達は立ち上がる。
カードをリーダーにかざし、隣同士席に座った。
一分もしない内にバスのドアが閉まる。
「……もう、春なんだね」
実は窓を眺めながら、少し落ち着いた声で呟いた。
「もう、春だよ」
私は、少しの後悔を込めて彼女に答えた。
廊下の窓から入り込む日差し温かくて、桜の花弁が空を舞う。
「__お腹痛いんで保健室行ってきます」
そんな自分の一言で静かな廊下を歩くことになった
階段を下り、職員室前の廊下を通る。
「あら、どうしたの」
「調子が悪くて」
気にかけて私に声をかける先生も居る。
別に体調とか悪いわけではなく、自分でもよく分かっていない。
ふらっとどっかにいって適当に時間潰して帰ってくる。
授業放棄とでも言った方がいいのだろうか。
答えが求められないまま、保健室を通り過ぎ中庭についた。
学校で一番大きい桜の木の下にあるベンチに仰向けになり
ぼんやり空を眺める。
流れる雲を目で追ったり、桜の落ちていく花弁を数えたりもした。
眠りそうになると人の顔が視界に入った。
「こんな所で一年生見つけちゃった」
爽やかに笑うけれどどこか幼い少年の笑顔。
彼は私に起き上がる様、手を差し伸べ促す。
私は彼の骨ばった手を掴んで起き上がった。
「何?君も授業放棄ってやつ」
「まあそうですね。体が疼くんですよ。
体を動かしたいわけでもないんですがね」
頷きながら、彼はぼんやりと空を眺めていた。
「俺は三年三組の日川。日川って呼んで」
そう言うと目を見て彼は笑った。
「二年四組生瀬です……」
そうかと言い彼はまた笑った。
鐘が鳴ると急いで校舎の窓から見えない死角に入り、
校舎内にそれぞれ戻った。
少し胸にざわつきを感じたがきっと何もないと思いたい。
「お母さん。やっぱり学校、楽しいや」
私はそう、周りに聞こえないように吐き捨てた。
昼休みは、図書室の窓際の席に座り
好きな本のシリーズや、何となく目に付いた本を読み耽っていた。
授業とか、現実とかそういうものから逃げられる唯一の時間だった。
「__また読むの?それ」
貸し借りの受付のクラスメイトにそう言われつつ本を差し出すと
相手はタイトルをなぞりながら名簿に書き込んでいた。
私は手続きのあいだに返事を返す。
「うん。その本お気に入りの本だから」
「へえ。私も今度読んでみようかな。あ、本の期日守ってね」
ああと返事すると本を渡され、席に座る。
図書室はあまり人が来ないので、本当に静かだった。
カーテンから吹く風と、本にのめり込んだせいか
時間があっという間に過ぎる。
予鈴が鳴ったので席を立ち、本を片手に教室へ向かった。
五月になり少しずつ夕方の冷えも薄まっていく。
私が帰り道に通るあぜ道で聞こえるのは烏の鳴き声と
少し先に見える同じ中学の生徒の声ぐらいだった。
茜色に染まる空には灰色がかった雲が浮かぶ。
ここは随分田舎なものだからバスが一時間に三本あればいい方だ。
帰る時間によってバスに乗れるか乗れないかが変わる。
今日は乗り遅れたのでいつも曲がる道をまっすぐ歩いていった。
「夕立……」
上からぽつりと水滴が降ってくる。
「____瀬ちゃん。生瀬ちゃん。
風邪ひくって」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
余程走ったのか息を切らしている。
空を見上げると茜色の空が一瞬で切り替わった様に曇っていた。
「でも日川先輩、傘一本じゃないですか。
受験生なんですから風邪ひいて勉強遅れたらいけませんよ」
「それもそうだけど、俺は生瀬ちゃんのほうが心配。
細いんだからさ。傘使って」
そういうと、彼は鞄を頭に乗せはにかみ、去っていった。
「先輩、いつ返せばいいんですか」
呼びかけると、雨のせいで掠れて聞こえない。
私は傘をささずに彼の後に続いて走る。
視界が悪くどんどん雨が強くなる。
「先輩__先輩!」
ずっと声を上げているのに届かなくて、それでも私は叫び走った。
少し先に視界が悪いけれども赤い信号が見えた。
その距離まで数メートルでそこには彼の後ろ姿があった。
「先輩! 待って下さい」
「ずぶ濡れじゃん、傘さしなよ」
「そうじゃなくてですね、あの、
一緒に入りませんか」
そういうと彼は驚いたような顔をして、頷いた。
あの時なんで走って先輩を追っかけたのかは分からない。
いつ返せばいいって叫んだのも追っかけるための口実かもしれない。
傘に水が跳ね返る音が耳を突き抜ける。
「生瀬ちゃん。別に良いんだよ俺は濡れたって」
どこか遠くを彼は見つめてそう呟いた。
「……良くないですよ」
そう答えると、彼は優しい子だね君はといい
傘を持つ私の頭を撫でた。
優しくない。そう吐くと彼は私が持ってた傘を奪って地面に置いた。
「このまま、濡れて帰っても案外良いかもしれませんね」
私がそういうと、そうだねと彼はいい私を抱き締めた。
彼の体はずっと冷えていて腕を回すのが怖かった。
彼はごめんねといいまた強く抱き締めた。
「明乃っていうんです。私。
明日の明っていう文字なんです」
「じゃあどうしていつもそんな悲しそうな目をするの」
抱き締めたままそう掠れた声で語りかけた。
「__何で、ですかね」
雨は止んで、向こう側には虹ができていた。
私は、抱き締められたままぽつりと呟いた。
「綺麗ですよ。虹」
彼はその景色に背を向けたまま、分かってるよと答えた。
「先輩、冷たいな」
「どうして?」
そういうと彼は体をそっと離し私の目を見た。
「体がとても冷たいの。心も冷えていそうなくらい」
私は彼の冷ややかな手を両手で包み込むように握る。
誰もいない、私達しかいないあぜ道は静か過ぎて窮屈だった。
そして彼は好きだよ、と耳元で囁く。
「冗談は良くないですよ。勘違いしますから」
「そうだね。でもしたっていいよ」
彼は笑って、私の手を退けた。
水溜りに反射する虹がとても綺麗で、私らは並んで歩き出した。
「ねえ」
「何ですか」
そう答えると、いいやなんでもないと言い彼は黙った。
「……トモダチ以上コイビト未満って奴なんですかね。これって」
黙って数分経って私がそう問うと彼は
「意外とコイってこういう曖昧なものなのかもよ?
自分がその芽生えるものに気付かないだけで」
彼は淡々と答えて、欠伸をした。
柔らかな風が私と彼の髪を揺らす。
春と夏が混じったあの独特の匂いがした。
青々とした山が夕日に照らされ橙色に染まっていく。
淡い青と灰色が混じったような雲が印象的な空だった。
「こんな綺麗な空を、もう見れないのか」
「もっと、この空より綺麗な空を探せばいいんですよ」
二人で空を見上げる頃には、自然と手を繋いでいた。