ほんの少しだけ、昔話をしましょう。
ある所に、男の子が1人居ました。
その子には、何も才能がありませんでした。
縄跳び、ドッヂボール、一輪車。
何をやってもうまくいかないその子は、いつも皆に馬鹿にされていました。
悔しくて悔しくて、何か自分にも、いえ、自分だけに出来る何かを探しました。
そんなある日、学校で買っていた鶏が何者かにに殺されました。
その死体を見つけたのが、何をやってもうまくいかない、その子だったのです。
臓物が飛び散り、地面に溜まっていた血はまるで、雨の日の水溜りの様でした。
その血は黒くも見えるほどに濃い色で、そこらじゅうを染めています。
その光景を見て、泣き叫ぶ物もいれば、吐く者もいました。
「一体誰が」「赤い」と、大の大人が動揺する中、その子は特に何もしてません。
ただただ、その光景を見ていたのです。
そしてその子は、生まれて初めて美しいというものを知りました。
「おい、しゅう!エコバッグ何色選択した?」
友達に投げかけられた質問に、男の子は答える。
「赤」
一瞬で言ったその言葉。質問に即答します。なぜならそれは、赤が好きだからです。
その子の名前は、愁太郎。よく、しゅうと呼ばれます。
「お前、赤ばっかだよな」
「赤、好きだからな」
「ふーん。いつくらい?」
「小学……2年位の時からかな」
「あー、あの鶏が殺された時ぐらい?」
「そんな事もあったな」
少しの昔話を終えると、すぐに友達は自分の席に座りました。
友達の少ないその子に出来た、たった1人の友達が、その友達です。
その友達の名前は、明。しゅうも皆も、あきらと呼びます。
ですが、あきらさえも、しゅうが何故赤を好きなのか知りません。
その事を知っているのは、1人の女の子だけなのです。
「その子」は、よくいじめられていました。
友達もいない、特技もない。ドッヂボールをやれば、その子が入ったチームが負けてしまう。
だからよく、1人で遊ぶ皆の姿を見ていました。
本格的ないじめではありませんでしたが、1人でその様子を見るのは、幼い少年に少なからず傷を与えていました。
その日も、川沿いにある広場でドッヂーボールや鬼ごっこをして遊ぶ子供たちを、『誘ってくれないかなぁ』という期待をこめて、土手に座り込み眺めていました。
ボーッとして、「今日も1人かぁ」なんて呟いた時に、背中の方から声が掛けられました。
「そこの男!」
バッと顔をあげて、期待に胸を高鳴らせて後ろを振り返ると。
赤い、ヒーローのお面を付けた、女の子が立っていました。
「あきら、お前って家東の方だったよな」
「ん?おう」
「お前の家の近く、殺人事件あっただろ。ニュースでやってた」
「わざわざ言わなくても知ってるよ。学校中、その話題でいっぱい」
「あっそ。気を付けろよ」
「わかってるって」
あきらとしか日常会話を話さないしゅうは、学校での話題など何もしらない。
だが、しゅう以外にも友達が沢山いるあきらが、その話題をしゅうに話さない事に疑問を覚えた。
「俺、結構強いんだぞ?」
そういいながら、腕を折り曲げて力こぶを作るあきらの姿が間抜けで、しゅうは普段見せない笑顔を見せた。
「でも、あきらは泣き虫なイメージ」
「なんでだよ」
「……なんでだろ」
そんな事を喋っていると、授業開始前の警告の様なものである予鈴が鳴った。
急いで座ると、いつも通りの景色が目に映る。
そういえば、俺から喋りかけるの久しぶりな気がする。
そんな事を考えて、ふいにあきらの方を見た。
どこに居るのは、いつものあきら。
なんとなく、昔のあきらに重なるものがあった。
「何故少年は1人で座って、遊ぶのを見ている!」
「……友達、居ないから」
そういいながら、その子は泣きだしました。
お面の女の子も、少なからず動揺したでしょう。
誰だって、人が泣くのを見ることは嫌いです。
「孤独な少年よ、私が友達になってやろう」
そう、少女が語りかけました。
お面で見えないその顔が、笑っている事を少年は感じました。
「……本当?」
「あぁ、そうさ」
「じゃあ、僕の初めての友達だ」
「そうか、じゃあ、何して遊びたい」
「鬼ごっこ!」
このとき、その子に友達という存在ができました。
涙を流していた男の子の涙もすっかり枯れて、日が暮れるまで遊びました。
鬼ごっこを2人で、という行為も、なかなか難しいものでしたが。
1人で出来ない事を、精一杯遊び倒したのです。
「しゅう、お前今日一緒に帰ろうぜ」
「あ、うん。帰ろうか」
あきらがしゅうを誘うのは、とても珍しい事だった。
いつも、他の友達と帰っているあきらがしゅうと帰るのは、いつも何かがある時です。
しゅうは、その事に気付いている。
「……お前、殺人事件怖いの?」
「あ?何言ってんだ、怖くねぇよ」
「そう見えないけどね」
何事もなく、ただ普通に帰り道を歩いていた時。
急に、「あきら?」という声が聞こえてきた。