切支丹物語 [二部]

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1:のん:2015/06/09(火) 22:44 ID:NSs

 第一部は、皆様のおかげで無事書き終える事ができました。読んでくださった方々、本当に感謝致します!第一部の方は、「切支丹物語」で葉っぱ内で検索していただければ、出てくると思います。(127)と、長編ですが暇な時にぜひ読んでいただけると喜びます!

 さて、第二部の方は楓様にご指摘いただいた箇所を少しでも改善していけるよう、努力をしていきます。ルールは第一部と何ら変わりはありません。

 それでは、よろしくお願い致します!!

2:のん:2015/06/10(水) 19:42 ID:NSs

主な登場人物
 聯柁敬斗
キリシタンの少年。十三歳。背中に妖しい模様の入った横笛を背負う。
千と千尋の神隠しのハクのような姿、顔。

3:餃子:2015/06/10(水) 22:49 ID:lZM

いつも拝見しています
僕みたいに失踪しないでこれからも頑張ってください

4:のん:2015/06/11(木) 00:01 ID:NSs

序章
「はあっ、はあっ、はあっ……!!」
夜と思えるほど、辺りは暗い。おまけにこのどしゃ降りである。
「……ったく。ツイてないなー……」
聯柁敬斗は、今年で十三歳になったキリシタンの少年である。敬斗は武士の子であったが、何家かと誰かに訊ねられても「聯柁」という名字は言いたくなかった。訳があるのだ。
そんな事はともかく、敬斗は今真っ暗な裏通りを走り抜けている。ここは、肥前の国天草にある町。ただし、敬斗が普段居候している益田家がある所よりも少し遠い場所だ。ここには、幼い頃たいそう世話になり大きな恩がある人の墓参りに来たのだ。墓、といっても敬斗が簡単に作った十字架が無造作に地面に突き刺さっているだけの物である。もうその墓参りも終わり、敬斗は益田家に向けて走っていた。彼がいくら人並み外れた身体能力を有していても、さすがに一刻走り続けているのは辛い。だが、少しでも早く敬斗は益田家に帰りたかったのだ。

やっと裏通りを抜けた。すると、開けた場所に出る。そこには小川に面した小さな原っぱが広がっていて、小高い丘に続く。その丘の上には、武士の家があった。だが、小川も濁り、丘の上もよく見えないほどのどしゃ降りだ。それに、人より鼻のきく敬斗には何かが焦げた臭いがうっすら漂っている事が分かった。
「………?…ん?」
人影が見えたような気がして、敬斗は立ち止まった。どうやら見間違いではなかったようだ。その人影は座りこんでいる。敬斗は興味津々な様子で、その人影の背後に近づいた。
「………だ!!……ればいいんだ!!?」
敬斗と同じ歳ぐらいの少年だった。何かを必死で叫んでいる。身分の高そうな、武士の子が着るような服装だった。彼の前には、もう一人少女が横たわっている。この子も十三歳ぐらい。よく目を凝らしてみれば、胸のあたりから大量に血を流して、息も絶えそうな様子だった。口元が微かに動いて言葉を発しているようだが、この大雨の音のせいで敬斗には全く聞こえなかった。敬斗は血を見ないように、慌てて目を両手でふさいだ。そして、帰る事もすっかり忘れて聞き耳をたてる。少年の高貴な服が、この雨と少女の胸から流れる血で汚れてしまっていたが、彼はそんな事にまで気が回らないようだった。涙を流して少女の言葉を聞いている。少女は笑顔だった。
死にそうなのに何で笑っていられるのかな…?
敬斗は不思議に思った。
少しして、大雨が嘘のように止んだ。敬斗が空を見上げれば、そこには青い空と見事な虹が浮かんでいた。にわか雨だったのかもしれない。敬斗は視線をあの二人に戻す。少年は、少女が弱々しくあげた片手を握っていた。少年を見た少女は、まだ笑顔。少女がやさしく、少年へ最期に言った言葉は敬斗にも聞こえた。彼女の首からさげた十字架が、日の光できらりと光る。
「……ど…うか…お幸せに……」
そこで、少女は静かに目を閉じた。
自分は、あんな綺麗な光を見てはいけない。
そう思った敬斗は、後ろを向いて走り出した。
「………っ!!!ちぃ!!?嫌だ、わたしを置いていかないでくれ!!」
少年の叫び声が聞こえる。たまらず、敬斗は耳をふさいだ。
「うあああああぁぁぁ……っっ!!!」
少年の泣き叫ぶ声が聞こえなくなっても、敬斗は耳をふさいでん益田家へと続く長い道を夢中で走り続けた。

5:猫又◆Pw:2015/06/11(木) 22:22 ID:Mvo

 初めまして作者様。猫又と申します。

 勝手ながら第一部から読ませていただきましたが、
風流ながらも疾走感のある物語でとても面白いです。
 主人公の変化と少年2人組の謎。
今後どういった展開を迎えるのか楽しみにしています。

 作者様のペースで更新、頑張ってください。
邪魔になるといけないのでこの辺で。それでは、

6:のん:2015/06/11(木) 23:34 ID:NSs

猫又様、はじめまして。
>>5
高い評価、ありがとうございます!迷惑だなんて、とんでもない!!これからも頑張りますので、ぜひよろしくお願いします!
さて、更新しよう。今から書きますね!

7:のん:2015/06/12(金) 00:24 ID:NSs


 今日も、壮汰は剣の稽古と学問の習得の休憩時間に、また丘を下り小川に面している小さな原っぱへと向かう。何故そこへ行くのかは分からない。なんとなくだ。
そこに着けば、いつも通り原っぱに腰かけて膝を抱き、小川を見つめた。この間の大雨が嘘だったかのように川の流れは穏やかで、澄みわたっている。
綺麗だな…。
素直にそう思う。
ピーヒョロロロ……
空から鳥の鳴き声が聞こえた。見上げれば、渡り鳥が数羽、青空をただよっている。しばらく、それらの鳥を観察していた。馬鹿みたいに、何回も何回も、同じ場所を旋回し続けている。
「…何故、飛んでいかないのだ。お前達には、自由に飛んでいける翼があるというのに…。」
思わず呟いた。
『退屈ですか?』
「?!!!」
背後かわそんな声がしたような気がして、勢いよく後ろを振り向いて叫んだ。
「ちぃ?!!!」
ピーヒョロ、ピーロロロ…
そんな叫びを馬鹿にするかのように、渡り鳥の鳴き声が向こうの谷間にこだました。
「………」
黙って、視線を小川に移した。そして再び独り言を始める。
「…ちぃは、もう死んでしまった。……死んだ…のだ…。」
自分に言い聞かせるように言えば言うほど、目頭が熱くなっていった。
「…落ち着け…ちぃは、死んだ……ううっ…」
ついに、目に涙が溢れた。
「…もう、半月もたつではないか…男子たるものが、いつ…までもめそめそと…情けな…いぞ。」
涙を腕で乱暴に擦ってさらに呟く。
壮汰は再び青空を見上げた。渡り鳥は、まだそこにただよっていた。

8:のん:2015/06/12(金) 22:59 ID:NSs

 原っぱから見上げれば、小高い丘の上に武士の家がある事が分かる。大名松倉家に仕える、喜内家だ。壮汰はそこに住んでいた。だが壮汰は喜内家現当主、喜内菅昌の本当の息子ではない。二歳の時もらわれてきた養子である。
壮汰の元の名字は、「閨」といった。壮汰の父は「壮汰」という名を彼に名づけた後、すぐに戦で戦死した。体の弱かった母は、その半年後に熱をこじらせて病死した。壮汰にも、両親にも兄弟はいない。祖父母もいない。つまり彼は、一歳で身内を全て亡くした事になる。
始めの内は、閨家に仕えていた母の世話係だった女が壮汰を引き取って、何くれとなく世話を焼いてくれていた。だがその女も、はやり病で死んだ。そこで、喜内菅昌の父にあたる喜内茂吉が当時二歳だった壮汰を、息子菅昌に養子にむかえさせたのだ。

9:のん:2015/06/12(金) 23:16 ID:NSs

ごめんなさい!短くて!明日部活で早いので!明日もっと更新します!

10:のん:2015/06/13(土) 23:38 ID:NSs

閨家も、その家臣達も皆キリシタンであった。閨家は、岡本大八事件により切腹に処された最後のキリシタン大名、有馬晴信に仕えていたらしい。壮汰も閨家なので、キリシタンだ。だが、喜内家は違う。
だから、「閨家の長男壮汰殿を養子におむかえせよ」と茂吉が菅昌に命じた時、菅昌は父を正気かと疑った。当時も今ほど厳しくなかったにせよ、特に武士が、自分をキリシタンだと名乗ればいい顔はされなかったのだ。そんなキリシタンの子を我が家系にむかえたら、他家の武士達がどんな顔をするか・・・と思うと、菅昌の気持ちは重くなるばかりであった。それなのに茂吉は壮汰を養子にむかえよ、と迷う菅昌に何度も命じている。茂吉が頑なに命じている理由の一つに、壮汰が他の子共よりもずいぶん聡明であった事があった。この事は、茂吉が、壮汰の母の世話係をしていた女から聞かされていたのだ。その時すでに菅昌には二人の子共がいた。どちらも男子である。上の子を智純、下の子を佐吉といった。今も菅昌の子はこの二人だけだ。壮汰は智純と四歳、佐吉とは三歳、年齢が離れている。そのため茂吉は、将来喜内家を継ぐであろう智純の補佐を壮汰にさせようと考えたらしい。
菅昌は、それを命じられてから三日三晩悩んだ。壮汰が聡明だという事は、壮汰を監視している家来達からも報告がある。まだ二歳なのに、なんと文字を覚え始めているそうだ。確かにこの子は、きちんと学問を叩き込めば将来とても優秀な武士になるだろう。だが・・・。
壮汰がキリシタンの子だという事だけが、菅昌をとても悩ませていた。菅昌は悩んだ。悩んで、悩み続けて・・・。

「閨壮汰殿を、我が養子におむかえする」
茂吉に命じられてから三日後、菅昌は家臣達を大広間に集めて言った。茂吉は満足そうに頷き、壮汰の事を噂していた下っ端の家来達は、「おぉ、ついに!」と囁き合って、重役を背負う古くからの家来達は、「・・・・お館様・・・」と緊張気味に呟き始めた。菅昌は腕を組んで立っていたが、頭の中は喜内家の今後の事でいっぱいだったので、黙って天井を見つめていた。

11:のん:2015/06/14(日) 23:24 ID:NSs


「……で?今日のご様子はいかがなものだった?」
「はい!もちろんお元気そうでいらっしゃいました!今日は、私が新しいひらがなを教えて差し上げましたの!壮汰様は相変わらず物覚えが早く……」
幼い壮汰はいつも、自分を監視に来た喜内家の武士が光月に様子を尋ねているのを、物陰に隠れてこっそりと覗いていた。ここは、光月の実家。だが壮汰と光月の他、住んでいる者はいない。光月とは、壮汰の母の世話係をしていた女の名前だ。よく喋る。今日も得意気に報告している。まあ、光月は教えるのが上手な事は確かなのだ。当時二歳だった壮汰はその会話の意味がよく分かっていなかった。壮汰はただ、ここへやってくる喜内家の武士全員が腰にさしている、きらりと光るあの刀に興味があっただけだったのだ。

壮汰は、光月が嫌いではなかった。逆に、彼は幼子ながらに光月に恩すら感じていたのだ。
「みづき、いつもありがとう」
二歳になったばかりのある日、壮汰が光月にお礼を言うと、光月は少し驚いて、その後笑顔になって壮汰の頭をやさしくなでた。
「ふふ。そうた様、恩があるのは私の方なのですよ。あなたのお母様に拾っていただけなかったら、私、今頃飢え死にしていましたから。」
壮汰には、その時光月が言った言葉の意味がよく分からなかった。

壮汰は文字が好きだ。その頃すでに、光月にひらがなを教えてもらっていた。先日教えた文字をすらすらと読んでみせる壮汰を見て、最初は驚愕した光月だったが、もう慣れてきて壮汰にいつもこう言うのだった。
「天才ですね!…あなたはお母様によく似ていらっしゃるわ、そうた様。あなたのお母様も、とっても聡明でいらしたのですよ!」
そうは言われても、壮汰は母の、両親の顔を全く覚えていない。それに、その時の壮汰には文字が読めても、その文の内容の意味が分かっていなかった。だから読めてもつまらないのだ。光月は遠くを見て呟いた。
「………叶様……」
叶とは、壮汰の母の名前らしい。

12:のん:2015/06/15(月) 22:56 ID:NSs

 その日がいつだったか、壮汰は覚えていない。・・・いや、実は覚えている。あれは、壮汰があと二ヶ月ほどで三歳になるという日の事。
 いつも通り、壮汰は光月に文字を教えてもらっていた。
「・・・みづき、あおい。かおが」
壮汰はいきなりそう言った。単純に思った事を言っただけなのに、光月はぎくりとしたような顔になった。
「い、いえ!ケホッ、・・っ、何でもありません!」
少し咳き込みながら光月は答えた。そういえば、最近光月はよく咳き込む気がする。顔も青い。壮汰は聞いた。
「みづき、ぐあいがわるいの?」
「・・ケホッ、ケホッ!いえ!・・・大丈夫です!」
光月は無理矢理強がって言った。だがその時の壮汰は、光月が笑ったのなら大丈夫なのだろう、としか思わなかったのだ。

13:のん:2015/06/17(水) 00:11 ID:NSs

 字の勉強が終わると光月は、今日来る喜内家の武士の接待をするために準備をし始めた。
「ケホッ、ゲホッ!!」
お茶の様子を確かめている時、光月は激しく咳き込んだ。
「……みづき?」
壮汰は首をかしげた。
「だ、大丈夫です!ケホッ…後少しで喜内家の方がいらっしゃいますからね!またそうた様の事報告しなきゃ…」
光月は立ち上がろうとする。
「きらいだよ。あのひとたちなんか。だっていつも……」
壮汰が嫌そうな顔で言いかけた時。
……ドサッ!
光月が畳に倒れた。顔は真っ赤で、息が荒い。
「?!!みづき?!!!」
「はあっ、はあっ……!!」
壮汰はどうしたら良いのか分からなかった。光月は荒く息を吸っている。泣くしかなかったから、壮汰は泣き出した。
「うああぁぁぁん!!みづきが!!死んじゃうよぉぉ……!!ええぇぇぇん!」

監視に来た喜内家の武士が幼子の泣き声に気付き、壮汰達がいる部屋へ入ってきたのはその一刻後の事だった。

14:のん:2015/06/17(水) 22:17 ID:NSs

あれ?ついさっきまで書き禁されてたのに。解けた??

15:のん:2015/06/17(水) 23:15 ID:NSs


 すぐに医者が呼ばれた。この辺りでも腕が良いと評判の医者だ。
光月が寝かされている部屋の隣で、壮汰と喜内家の武士はその医者と向かい合って正座をしていた。
「……光月はどうだったのだ?」
喜内家の武士は、医者に尋ねた。医者は深刻そうな顔で答えた。
「それが……。あの方、全身が熱いと訴えてくるんです。額に冷やした布を当てたら、すぐに温まってしまいました。…私は二十年間医者をしていますが、あんな病気、見たことありませんよ。…かの清盛公がかかられたという、謎の病に症状がよく似ている……」
壮汰は黙って聞いていた。と、いうより黙っているしかなかった。医者の言葉の意味が、壮汰にはほとんど分からなかったのだ。喜内家の武士は医者に続きを促した。
「…それで、…光月は助かるのか?」
武士の声は震えている。医者は消え入りそうな声で答えた。
「私には見た事もない症状ですから、治しようが……。清盛公と同様、最後は恐らく……。とても症状が悪化しています。ずっと我慢し続けたのでしょうか?…ですから、あの方は…もって後三日、最悪の場合、今日の内にでも………」
医者も、喜内家の武士も黙ってしまった。隣の部屋からずっと、光月の苦しそうな咳が聞こえている。
医者が最後に言った言葉の意味は壮汰にも分かった。だから壮汰は、黙って固く拳を握りしめていたのだ。

16:のん:2015/06/18(木) 22:27 ID:NSs

今日はネット禁止されているので更新ができないかもしれません・・・。
申し訳ありません・・・・。

17:のん:2015/06/19(金) 23:33 ID:NSs

 その重苦しい静寂に耐え切れなくなった壮汰は、いきなり立ち上がった。足がじんじんする。長い間正座をしていたので、足が痺れてしまったようだ。壮汰は思わず顔をしかめた。そのまま歩き、光月が寝かされている隣の部屋の引き戸に手をかける。ちらりと喜内家の武士の顔を見ると、武士は黙って頷いた。壮汰は引き戸を開け、中に入った。そして後ろ手で引き戸を閉め、声をだす。
「・・・みづき。」
光月は布団に横たわっていた。額には冷やした布を当てられている。苦しそうに息をしていたが、壮汰の声に気付くと、ゆっくりと上体を起こした。
「ケホッ!・・・そうた様?」
「・・・死ぬ・・のか?」
壮汰は光月の側に正座し、訊ねた。落ち着いて言おうとしたはずなのに声が震える。光月は悲しそうに笑って答えた。
「死にたくはありませんが、そういう事になるかもしれません」
「・・・・・・」
壮汰は黙ってしまった。光月は咳き込みながらも続けた。
「ゲホッ、ゲホッ!!・・・えへへ。そうた様に心配かけないようにしなきゃ、って強がって隠してました。病気の事。私、やっぱりだめですね、隠し事って」
光月は再び布団に横になる。壮汰は口を開いた。
「死んじゃいやだよ、みづき・・・」
片手をあげ、壮汰の小さな手を握って光月は言った。
「・・・叶様。今際の際に、壮汰を悲しませないで、っておっしゃったのに・・・。私・・・。」
壮汰は光月の顔を見た。
「ごめんなさい、そうた様。私は先に死んでしまいますが・・壮汰様は・・」
「パライソへいくの?みづき。・・・いい子でいきたの?」
壮汰は光月から、キリシタンの神からの教えや心構えについてすでに教えてもらった。なんと、壮汰はほとんど覚えてしまっていたのだ。だからこそ出た疑問なのだが、光月は何か思い出すような目をしていた。
「・・・いい子、ですか。デウス様・・私は・・・生きるためとはいえ、盗みをたくさんしました・・・。お師匠様を・・人を殺してしまったことも・・・・・」
盗みは、いけない事だ。人を殺すのなんて、もっといけない事だ。それなのに、壮汰は叫んでいた。
「みづきは!いけるよ!パライソに!・・だって、ひとりぼっちのわたしのそばに、いつも居てくれたから!!」
光月は壮汰を見上げた。その目から涙が溢れ出す。
「そうた様。生きてください。生きて、生きて、生きぬいたら、デウス様の試練を乗り越えたら、私の所へ来るのですよ。・・・ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!!」
光月は激しく咳き込んだ。壮汰は聞いた。
「みづき・・もしこれがさいごなら、そのさいごに・・・おしえて」
「ゲホッ、ゲホッ!!もちろん!ケホッ!・・なんですか?」
「・・・わたしの目から出る、このみずはなに?」
壮汰は涙を流していた。光月は言う。
「・・それは、『なみだ』というのですよ。あなたが悲しい時に目から流れ出るのです」
「かなしいとき」
壮汰は目を触って繰りかえした。光月の目が生気を失っていく。
「でもね、そうた様。それは、あなたが嬉しい時にもでるんです。『うれしなみだ』。忘れないでいてください・・あなたは、決して一人じゃないんですから。・・・えっ?!ああ、叶様。そんな所にいらっしゃったのですね!今、私もそちらへ・・」
「みづき!!」
壮汰は叫んだ。光月は最期に、やさしく笑って言った。
「ふふ・・・そうた様。さようなら・・・さようなら・・・・・」
光月は目を閉じた。壮汰の手を握った力が、抜けていった。壮汰がいくら呼んでも返事をしない。体を揺すっても、力無く揺れるだけ。
「みづき?!みづき?!いやだよ、わたしをひとりにしないでよぉ・・・うえええぇぇぇん・・!!」
部屋には、壮汰の泣き声だけが響いていた。

18:のん:2015/06/20(土) 19:07 ID:NSs

隣の部屋から壮汰の泣き叫び声が聞こえてきたので、医者はびくっと肩を震わせた。武士は俯いて呟く。
「・・・逝ったのか。『最悪の場合』が本当になったな・・・」
医者はぐっと唇を噛んだ。
「・・・・・申し訳ありません」
武士は深くため息をついた。
「いや・・・早く死ぬ方が、あの女にとって良かったのかもしれん」
医者が向かいに正座する喜内家の武士を見つめ、訊ねる。
「良かった、とは?」
武士は腕を組んで、障子の外の庭を見た。
「・・・光月は・・・あいつはな、もともとは盗賊家業をしていたのだ。幼くして両親をなくし、身内もおらぬ。だから、『お師匠様』に弟子入りしたと言っていた」
「お師匠様?」
「盗賊の、だ。しばらくはその者と暮らしながら、盗みを散々働いていた。・・・だが、気でも違ったのか、光月はその者を殺してしまった。あいつが十二の時だ」
医者は黙って聞いていた。武士は続ける。
「それから盗みを止めたが、もともと盗賊だった娘だ。どこも雇ってはくれぬ。表を歩けば睨まれる。飢え死にしかけ、どしゃ降りの中泥道に倒れていたところを、先程の閨家のご長男・・・壮汰殿の母君、叶殿に拾われたそうだ。叶殿はあいつを自分の世話係として雇い、大層かわいがっていた。あいつも、叶殿を慕っていた。だが叶殿は、壮汰殿を産みになってすぐ、病で亡くなられたのだ・・・」
武士はここで一旦言葉を止めたが、最後に言った。
「だから光月はいつも言っていた。私も早く、皆が待つ『ぱらいそ』にいきたいんです、と」
医者は再び訊ねた。
「あの子には・・・壮汰様には、身内がいらっしゃるんですか?」
「いない」
武士は即答した。
「光月は自分と壮汰殿を重ねたから、叶殿にもらったこの屋敷に、壮汰殿を引き取ったのかもしれんな。まだろくにものを考えられぬ程幼くして身内を全て亡くし、一人ぽつんと立つ悲しげな後ろ姿を」
医者は今度こそ本当に何も言えなくなり、黙ってしまった。

隣の部屋からはまだ、幼子の泣き声が聞こえていた。

19:斎藤一&◆jE:2015/06/22(月) 17:59 ID:d42

こんにちは、なちりんと申します。切支丹物語は第一部から読ませて頂いていますが、面白いです。

これからも頑張ってください。

20:のん:2015/06/22(月) 20:52 ID:NSs

なちりんさん、読んでいただき、本当にありがとうございます!頑張りますので、これからもよろしくお願いします!

21:のん:2015/06/22(月) 22:50 ID:NSs


光月が病死したから喜内家の屋敷では少し騒ぎになった。壮汰は身寄りがなくなったので、菅昌がそのまま光月の実家に壮汰を居させ、自分の家来に引き続き監視させていた。

光月の葬儀が執り行われて一月と少し経つ。今は初冬だ。表に出ると、寒く感じるようになってきた。
壮汰は縁側に座り、ぼんやりと開けられた障子から庭を眺めている。隣の部屋では、今日も監視に来た喜内家の武士が何やら算術をして、喜内家の経済状況を確認していた。今壮汰がいる光月の実家には、喜内家の武士と壮汰以外誰も居ない。光月がいなくなったので、壮汰には特にする事もなかった。だから壮汰は、毎日ただぼんやりと庭を眺めている。眺めるとはいっても、この時期眺める花など庭に咲いている筈もなかった。
びゅうっと冷たい風が吹き抜けた。壮汰が少し身を震わせた時、隣の部屋の引き戸が開いた。壮汰がその引き戸の方に目をやると、喜内家の武士が立っている。計算に一段落ついたのだろうか。武士は壮汰をじろりと見ると尋ねた。
「…そろそろ寒くなります。お体は大丈夫ですか?」
壮汰は小さく頷いた。武士は、用件はそれだけですと言うと、また計算をするために隣の部屋に戻っていった。壮汰は再び庭を向いて眺め始めた。

22:のん:2015/06/23(火) 23:17 ID:NSs

壮汰は両親の顔を覚えていない。だから、壮汰は光月を母親のように思っていたのだ。だが光月は死んでしまった。
壮汰を残して。壮汰は心に大きな穴が開いているのを感じていた。この穴はうめることなんてできないだろうと壮汰は思っている。身内は一人もおらず、身寄りすらない。きっと、これから自分は一生ひとりなのだ。ひとりぼっちで生きていくのだ。幼心に、壮汰はそう確信していた。
 
 最近の事だ。自分を監視に来た喜内家の武士達が、こんな風に話しているのを、こっそり聞いた。
「壮汰殿は、身内が一人もおられぬそうではないか。・・・お可哀想に。まだ二歳の幼子が・・・」
一人の武士が言った。
「壮汰殿の周りでは、次々と死人が出ている。・・・あの方は呪われているのではないか、という噂もあるぞ」
もう一人の武士も言う。始めの武士が眉をひそめた。
「呪い?」
「ああ。壮汰殿に関わった者が相次いで死ぬということは、前世で何かたいそうな悪事を働いて、神々に呪われているのではないか、という事さ」
相手の答えに、始めの武士は少し慌てて言った。
「おい!滅多な事を申すな!・・・我らもあの方に関わっているのだぞ!・・・しかし、相次いで、とは?」
その質問に武士は知らないのか?と疑い、それから答えた。
「光月を診断した医者だ。あの者は、あの後すぐに事故死したのだ。馬にひかれて・・な」
「では、壮汰殿は『呪われた子』という事か・・・」
「・・・・・・・」
そこで二人の武士は黙ってしまった。壮汰はそっとその場を離れ、奥にある自分の部屋へと走った。
自分の部屋の引き戸を開けると、窓の障子から射し込む日の光に、机の上に置かれている金属の十字架がきらりと光っていた。壮汰はその側へと駆け寄り、十字架をしっかり握る。堪えていた涙が流れ出した。
「うええええぇぇぇ・・・・・ん!!みづきぃぃぃ!!」
そのまま壮汰はその場に座り込んで泣き続けた。

23:かぐぁみねちゃん:2015/06/25(木) 01:17 ID:BUI

こんにちは!ここはいじめ&恋の小説でやっていきたいと思います!

ルールはあんまりありませんが、雑談多いから〜などの理由では消去依頼出さないでくださいね。

では、お願いしますね。

24:かぐぁみねちゃん:2015/06/25(木) 01:18 ID:BUI

>>23うわぁ、載せ間違いました、ほんっとにすいませんでした!

それでは撤収〜

25:のん:2015/06/25(木) 08:02 ID:NSs

いえいえ。大丈夫です。問題無しですよ♪

26:のん:2015/06/25(木) 08:13 ID:NSs

すみません!今日職業体験から帰ったら更新します!(´^`)四時頃、かな。

27:のん:2015/06/26(金) 00:07 ID:NSs

喜内家の屋敷には、先程から茂吉の叫び声が響いている。
「菅昌ー!!菅昌はおるかー?!!」
茂吉が、そう呼びながら屋敷中を歩き回っているのだ。

菅昌はその時、隠れるように書物を読んでいた。
「菅昌様……。茂吉様が………」
そこに家臣の一人が、控えめに菅昌いるの部屋の障子を開けて入ってきた。菅昌は深くため息をつき、書物を閉じる。
「……分かっておるわ」
きっと茂吉は、いつものように菅昌を急かすつもりなのだ。早く閨壮汰殿を引き取れと。

壮汰を引き取っていた、壮汰の母の世話係だった女は死んだ。病死だったそうだ。それはともかく、壮汰の身寄りはなくなった。壮汰はまだ二歳だ。とても一人ではたち行かないだろう。
菅昌は半月前、壮汰を引き取る決断はしたものの、いつまでも実行できないでいた。そこまででも散々茂吉に急かされていたのに、今度はその世話係だった女が死んだときた。引き取らない方がおかしいのだろうか。
菅昌が壮汰を監視させているのは、いずれ自分の養子になるはずからだ。これはその世話係だった女には伝えていなかったが、そんな事こちらはおかまいなしである。茂吉はもう待てないらしい。父の不機嫌をこれ以上買うなど、菅昌はごめんだった。

菅昌が部屋を出た途端、廊下の角から茂吉が姿を現した。茂吉は菅昌を見つけるやいなや、菅昌の側に駆け寄ってくる。
「菅昌!!探したぞ!!………で、いつだ?!!!」
いつだ、というのは閨壮汰殿を引き取るのは、だ。菅昌は渋い顔で返す。
「…父上、落ち着きになられてください。まだお引き取りするのには余裕があるでしょう」
「ない!!!!」
菅昌を一睨みして、茂吉は即答した。
「いいか、菅昌。今はいつだ?」
その問いの意味がよく分からず、菅昌は適当に答えた。
「あー……後六日ほどで正月ですね」
「呑気に答えとる場合か!!」
また茂吉に怒鳴られてしまった。菅昌が困ったような顔をすると、茂吉は続けた。
「正月が来れば、壮汰殿も御年三つになられる。壮汰殿はずいぶん聡明でいらっしゃるからな。これ以上時を経ててお引き取りすれば、我らにあまり心をお許しにならないだろう?」
茂吉の力説に、菅昌は仕方なく頷く。
「で、あるからしてだ!菅昌!早く壮汰殿をお引き取りしろ!!」
菅昌は再び困ってしまい、腕組みをしてうーんと唸った。茂吉はしばらく片足の爪先をたんたんとならし、苛々して待っていたが、菅昌の答えがあまりにも遅いのでついに叫んだ。
「……ええい!!もうよいわ!!わしが壮汰殿をお引き取りしてくる!!」
「は?」
茂吉は勝手に決意すると、さっそく壮汰のいる光月の実家へ行く準備をするため、ずんずんと歩き去ろうとした。我に返った菅昌が、片手をつき出して叫ぶ。
「…えっと…父上?!!!」
「なんだ!」
茂吉が一旦足を止め、菅昌を振り向く。菅昌はたずねた。
「い、今からですか?!!!」
「そうだ!!!
即答し、茂吉は再び歩き出した。

呆然とする菅昌を一人残し、茂吉は廊下の曲がり角に消えたのだ。

28:のん:2015/06/26(金) 16:38 ID:NSs

????!!!とんでもないミス発見!!!
菅昌居るの部屋の→菅昌の居る部屋の

29:のん:2015/06/26(金) 23:14 ID:NSs


 光月が死んで、二月と半分以上が経つ。もうすっかり冬だ。
壮汰はこの頃、漢字を覚え始めている。二歳で、だ。もちろん教えてくれる者などいない。今まで光月に教えてもらった事で身に付けた知識だけを頼りに、簡単な漢字を読み取ろうとしていた。
「野……原………で、手……を…?うっ、…もう分からないよー!!!」
壮汰は読んでいた書物を放り投げた。抱えていた膝を思いっきり伸ばすと、畳に両手をつく。そして、放り投げられたため、遠くに落ちた書物を見つめると膨れっ面になった。
「もういやだ!きらいだよ!!かんじなんて!!」
足をぱたぱたと上げ下げし、壮汰は叫んだ。
他にも、壮汰は光月に教えてもらった事がある。キリシタンについてだ。
「いいですか?そうた様。私達をお導きになるのは、デウス様と天使様です。だから私達は、毎日デウス様に祈らなければならないのです」
壮汰はこれを何度も光月に聞かされていたので、毎日お祈りはしている。とはいっても、始めの内は形だけの祈りだった。だが光月が死んでからというものの、壮汰は一日に何度も祈り続けていた。
「デウス様…みづきはパライソに行けましたか?あなたのお側へ、いけましたか?」
毎夜、自分の部屋の机に置いてある金属の十字架に向かい、壮汰はこう問いかけている。十字架はただ、灯火の明かりを受けて光るばかりだ。
「デウス様。わたしは…ひとりなのでしょうか」
誰も居ない部屋で壮汰は一人、そう呟いていた。

30:のん:2015/06/27(土) 18:56 ID:NSs

 光月が死んだ年もそろそろ過ぎようとしている。正月まで後七日ほどだ。大晦日も近づき、町に出ればお祭り騒ぎになっていた。
 だが、壮汰の気持ちは暗いままだ。光月を失った事で、自分のの周りに味方など居なくなってしまった。・・・いや、周りだけではなく多分この世にもだ。少なくとも壮汰はそう思っている。
 今日も壮汰はいつもの部屋で膝を抱え、書物とにらめっこをしていた。この部屋は光月が使っていた部屋だ。自分の中で書物は毎日この部屋で挑戦する事に決めている。ここにいれば、少しでも光月が側にいるような気がしたのだ。
「手・・・を・・?あ、わかった!!挙げ・・る・・稚・・・ご・・?」
壮汰がぶつぶつと呟いていた時。
「・・・だったのだ。やはり・・・」
「おお、それはそれは!!」
閉められた障子の向こう側、廊下から二つの足音と共に談笑する声が聞こえた。どちらの声も、壮汰を監視に来た喜内家の武士達のものだ。
「・・・・っ!!」
別に武士達が自分の方にくる訳でもないのに、壮汰は声を出すのを止めていた。少し震えてしまう肩を抑え、曲げた膝を自分のお腹の前に引き寄せる。そして廊下の物音に聞き耳をたてた。
「それで、万澤殿がな・・・」
「・・あっ、ちょっと待て!」
相手が言いかけた話題を止めて、もう一人の武士が静かに!という仕草をした。障子にその影が映る。
「・・・?な、なんだ?」
相手の武士が小声で訊ねた。もう一人の武士が答える。
「ここの部屋。壮汰殿が書物を読んでおられるのだ。うるさくしてはいけないと思ってな・・・」
訊ねた方の武士は驚いて叫んだ。
「書物を読む?!御年二歳で?!!」
叫んでから少しうるさくしたと思ったのだろう。武士はいくらか声の大きさを落として再び訊ねる。
「・・・それは真なのか?」
相手の武士はまた答えてやった。
「ああ。それも、もう漢字を覚え始めているらしい」
「なんと・・・。恐ろしい・・・」
「何がだ?」
今度は答えてやった方の武士が聞いた。
「いや・・・・あの方の知能が、最早人並み外れていてな・・・。少し恐ろしくなったのだ」
「壮汰殿に身内がおられないのも、光月や医者が死んだのも、やはり祟りという噂があるが。・・あの方自身、どこか化け物じみた所があるな」
「それに、恐らくキリシタンになられるのだぞ!そのような幼子を、何故菅昌様は・・・」
この辺りから二人の声は壮汰のいる部屋を遠ざかっていった。
そこで壮汰は、二人の武士の会話を聞くのを止めた。肩を抑えていた両手で耳を塞ぎ、うずくまる。
「・・・わたしだって、好きでひとりになったんじゃない!!わたしは・・・」
出かかった言葉を飲み込み、壮汰は目をきつく閉じたのだった。


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