第一部は、皆様のおかげで無事書き終える事ができました。読んでくださった方々、本当に感謝致します!第一部の方は、「切支丹物語」で葉っぱ内で検索していただければ、出てくると思います。(127)と、長編ですが暇な時にぜひ読んでいただけると喜びます!
さて、第二部の方は楓様にご指摘いただいた箇所を少しでも改善していけるよう、努力をしていきます。ルールは第一部と何ら変わりはありません。
それでは、よろしくお願い致します!!
主な登場人物
聯柁敬斗
キリシタンの少年。十三歳。背中に妖しい模様の入った横笛を背負う。
千と千尋の神隠しのハクのような姿、顔。
いつも拝見しています
僕みたいに失踪しないでこれからも頑張ってください
序章
「はあっ、はあっ、はあっ……!!」
夜と思えるほど、辺りは暗い。おまけにこのどしゃ降りである。
「……ったく。ツイてないなー……」
聯柁敬斗は、今年で十三歳になったキリシタンの少年である。敬斗は武士の子であったが、何家かと誰かに訊ねられても「聯柁」という名字は言いたくなかった。訳があるのだ。
そんな事はともかく、敬斗は今真っ暗な裏通りを走り抜けている。ここは、肥前の国天草にある町。ただし、敬斗が普段居候している益田家がある所よりも少し遠い場所だ。ここには、幼い頃たいそう世話になり大きな恩がある人の墓参りに来たのだ。墓、といっても敬斗が簡単に作った十字架が無造作に地面に突き刺さっているだけの物である。もうその墓参りも終わり、敬斗は益田家に向けて走っていた。彼がいくら人並み外れた身体能力を有していても、さすがに一刻走り続けているのは辛い。だが、少しでも早く敬斗は益田家に帰りたかったのだ。
やっと裏通りを抜けた。すると、開けた場所に出る。そこには小川に面した小さな原っぱが広がっていて、小高い丘に続く。その丘の上には、武士の家があった。だが、小川も濁り、丘の上もよく見えないほどのどしゃ降りだ。それに、人より鼻のきく敬斗には何かが焦げた臭いがうっすら漂っている事が分かった。
「………?…ん?」
人影が見えたような気がして、敬斗は立ち止まった。どうやら見間違いではなかったようだ。その人影は座りこんでいる。敬斗は興味津々な様子で、その人影の背後に近づいた。
「………だ!!……ればいいんだ!!?」
敬斗と同じ歳ぐらいの少年だった。何かを必死で叫んでいる。身分の高そうな、武士の子が着るような服装だった。彼の前には、もう一人少女が横たわっている。この子も十三歳ぐらい。よく目を凝らしてみれば、胸のあたりから大量に血を流して、息も絶えそうな様子だった。口元が微かに動いて言葉を発しているようだが、この大雨の音のせいで敬斗には全く聞こえなかった。敬斗は血を見ないように、慌てて目を両手でふさいだ。そして、帰る事もすっかり忘れて聞き耳をたてる。少年の高貴な服が、この雨と少女の胸から流れる血で汚れてしまっていたが、彼はそんな事にまで気が回らないようだった。涙を流して少女の言葉を聞いている。少女は笑顔だった。
死にそうなのに何で笑っていられるのかな…?
敬斗は不思議に思った。
少しして、大雨が嘘のように止んだ。敬斗が空を見上げれば、そこには青い空と見事な虹が浮かんでいた。にわか雨だったのかもしれない。敬斗は視線をあの二人に戻す。少年は、少女が弱々しくあげた片手を握っていた。少年を見た少女は、まだ笑顔。少女がやさしく、少年へ最期に言った言葉は敬斗にも聞こえた。彼女の首からさげた十字架が、日の光できらりと光る。
「……ど…うか…お幸せに……」
そこで、少女は静かに目を閉じた。
自分は、あんな綺麗な光を見てはいけない。
そう思った敬斗は、後ろを向いて走り出した。
「………っ!!!ちぃ!!?嫌だ、わたしを置いていかないでくれ!!」
少年の叫び声が聞こえる。たまらず、敬斗は耳をふさいだ。
「うあああああぁぁぁ……っっ!!!」
少年の泣き叫ぶ声が聞こえなくなっても、敬斗は耳をふさいでん益田家へと続く長い道を夢中で走り続けた。
初めまして作者様。猫又と申します。
勝手ながら第一部から読ませていただきましたが、
風流ながらも疾走感のある物語でとても面白いです。
主人公の変化と少年2人組の謎。
今後どういった展開を迎えるのか楽しみにしています。
作者様のペースで更新、頑張ってください。
邪魔になるといけないのでこの辺で。それでは、
猫又様、はじめまして。
>>5
高い評価、ありがとうございます!迷惑だなんて、とんでもない!!これからも頑張りますので、ぜひよろしくお願いします!
さて、更新しよう。今から書きますね!
一
今日も、壮汰は剣の稽古と学問の習得の休憩時間に、また丘を下り小川に面している小さな原っぱへと向かう。何故そこへ行くのかは分からない。なんとなくだ。
そこに着けば、いつも通り原っぱに腰かけて膝を抱き、小川を見つめた。この間の大雨が嘘だったかのように川の流れは穏やかで、澄みわたっている。
綺麗だな…。
素直にそう思う。
ピーヒョロロロ……
空から鳥の鳴き声が聞こえた。見上げれば、渡り鳥が数羽、青空をただよっている。しばらく、それらの鳥を観察していた。馬鹿みたいに、何回も何回も、同じ場所を旋回し続けている。
「…何故、飛んでいかないのだ。お前達には、自由に飛んでいける翼があるというのに…。」
思わず呟いた。
『退屈ですか?』
「?!!!」
背後かわそんな声がしたような気がして、勢いよく後ろを振り向いて叫んだ。
「ちぃ?!!!」
ピーヒョロ、ピーロロロ…
そんな叫びを馬鹿にするかのように、渡り鳥の鳴き声が向こうの谷間にこだました。
「………」
黙って、視線を小川に移した。そして再び独り言を始める。
「…ちぃは、もう死んでしまった。……死んだ…のだ…。」
自分に言い聞かせるように言えば言うほど、目頭が熱くなっていった。
「…落ち着け…ちぃは、死んだ……ううっ…」
ついに、目に涙が溢れた。
「…もう、半月もたつではないか…男子たるものが、いつ…までもめそめそと…情けな…いぞ。」
涙を腕で乱暴に擦ってさらに呟く。
壮汰は再び青空を見上げた。渡り鳥は、まだそこにただよっていた。
原っぱから見上げれば、小高い丘の上に武士の家がある事が分かる。大名松倉家に仕える、喜内家だ。壮汰はそこに住んでいた。だが壮汰は喜内家現当主、喜内菅昌の本当の息子ではない。二歳の時もらわれてきた養子である。
壮汰の元の名字は、「閨」といった。壮汰の父は「壮汰」という名を彼に名づけた後、すぐに戦で戦死した。体の弱かった母は、その半年後に熱をこじらせて病死した。壮汰にも、両親にも兄弟はいない。祖父母もいない。つまり彼は、一歳で身内を全て亡くした事になる。
始めの内は、閨家に仕えていた母の世話係だった女が壮汰を引き取って、何くれとなく世話を焼いてくれていた。だがその女も、はやり病で死んだ。そこで、喜内菅昌の父にあたる喜内茂吉が当時二歳だった壮汰を、息子菅昌に養子にむかえさせたのだ。
ごめんなさい!短くて!明日部活で早いので!明日もっと更新します!
10:のん:2015/06/13(土) 23:38 ID:NSs 閨家も、その家臣達も皆キリシタンであった。閨家は、岡本大八事件により切腹に処された最後のキリシタン大名、有馬晴信に仕えていたらしい。壮汰も閨家なので、キリシタンだ。だが、喜内家は違う。
だから、「閨家の長男壮汰殿を養子におむかえせよ」と茂吉が菅昌に命じた時、菅昌は父を正気かと疑った。当時も今ほど厳しくなかったにせよ、特に武士が、自分をキリシタンだと名乗ればいい顔はされなかったのだ。そんなキリシタンの子を我が家系にむかえたら、他家の武士達がどんな顔をするか・・・と思うと、菅昌の気持ちは重くなるばかりであった。それなのに茂吉は壮汰を養子にむかえよ、と迷う菅昌に何度も命じている。茂吉が頑なに命じている理由の一つに、壮汰が他の子共よりもずいぶん聡明であった事があった。この事は、茂吉が、壮汰の母の世話係をしていた女から聞かされていたのだ。その時すでに菅昌には二人の子共がいた。どちらも男子である。上の子を智純、下の子を佐吉といった。今も菅昌の子はこの二人だけだ。壮汰は智純と四歳、佐吉とは三歳、年齢が離れている。そのため茂吉は、将来喜内家を継ぐであろう智純の補佐を壮汰にさせようと考えたらしい。
菅昌は、それを命じられてから三日三晩悩んだ。壮汰が聡明だという事は、壮汰を監視している家来達からも報告がある。まだ二歳なのに、なんと文字を覚え始めているそうだ。確かにこの子は、きちんと学問を叩き込めば将来とても優秀な武士になるだろう。だが・・・。
壮汰がキリシタンの子だという事だけが、菅昌をとても悩ませていた。菅昌は悩んだ。悩んで、悩み続けて・・・。
「閨壮汰殿を、我が養子におむかえする」
茂吉に命じられてから三日後、菅昌は家臣達を大広間に集めて言った。茂吉は満足そうに頷き、壮汰の事を噂していた下っ端の家来達は、「おぉ、ついに!」と囁き合って、重役を背負う古くからの家来達は、「・・・・お館様・・・」と緊張気味に呟き始めた。菅昌は腕を組んで立っていたが、頭の中は喜内家の今後の事でいっぱいだったので、黙って天井を見つめていた。
二
「……で?今日のご様子はいかがなものだった?」
「はい!もちろんお元気そうでいらっしゃいました!今日は、私が新しいひらがなを教えて差し上げましたの!壮汰様は相変わらず物覚えが早く……」
幼い壮汰はいつも、自分を監視に来た喜内家の武士が光月に様子を尋ねているのを、物陰に隠れてこっそりと覗いていた。ここは、光月の実家。だが壮汰と光月の他、住んでいる者はいない。光月とは、壮汰の母の世話係をしていた女の名前だ。よく喋る。今日も得意気に報告している。まあ、光月は教えるのが上手な事は確かなのだ。当時二歳だった壮汰はその会話の意味がよく分かっていなかった。壮汰はただ、ここへやってくる喜内家の武士全員が腰にさしている、きらりと光るあの刀に興味があっただけだったのだ。
壮汰は、光月が嫌いではなかった。逆に、彼は幼子ながらに光月に恩すら感じていたのだ。
「みづき、いつもありがとう」
二歳になったばかりのある日、壮汰が光月にお礼を言うと、光月は少し驚いて、その後笑顔になって壮汰の頭をやさしくなでた。
「ふふ。そうた様、恩があるのは私の方なのですよ。あなたのお母様に拾っていただけなかったら、私、今頃飢え死にしていましたから。」
壮汰には、その時光月が言った言葉の意味がよく分からなかった。
壮汰は文字が好きだ。その頃すでに、光月にひらがなを教えてもらっていた。先日教えた文字をすらすらと読んでみせる壮汰を見て、最初は驚愕した光月だったが、もう慣れてきて壮汰にいつもこう言うのだった。
「天才ですね!…あなたはお母様によく似ていらっしゃるわ、そうた様。あなたのお母様も、とっても聡明でいらしたのですよ!」
そうは言われても、壮汰は母の、両親の顔を全く覚えていない。それに、その時の壮汰には文字が読めても、その文の内容の意味が分かっていなかった。だから読めてもつまらないのだ。光月は遠くを見て呟いた。
「………叶様……」
叶とは、壮汰の母の名前らしい。
その日がいつだったか、壮汰は覚えていない。・・・いや、実は覚えている。あれは、壮汰があと二ヶ月ほどで三歳になるという日の事。
いつも通り、壮汰は光月に文字を教えてもらっていた。
「・・・みづき、あおい。かおが」
壮汰はいきなりそう言った。単純に思った事を言っただけなのに、光月はぎくりとしたような顔になった。
「い、いえ!ケホッ、・・っ、何でもありません!」
少し咳き込みながら光月は答えた。そういえば、最近光月はよく咳き込む気がする。顔も青い。壮汰は聞いた。
「みづき、ぐあいがわるいの?」
「・・ケホッ、ケホッ!いえ!・・・大丈夫です!」
光月は無理矢理強がって言った。だがその時の壮汰は、光月が笑ったのなら大丈夫なのだろう、としか思わなかったのだ。
字の勉強が終わると光月は、今日来る喜内家の武士の接待をするために準備をし始めた。
「ケホッ、ゲホッ!!」
お茶の様子を確かめている時、光月は激しく咳き込んだ。
「……みづき?」
壮汰は首をかしげた。
「だ、大丈夫です!ケホッ…後少しで喜内家の方がいらっしゃいますからね!またそうた様の事報告しなきゃ…」
光月は立ち上がろうとする。
「きらいだよ。あのひとたちなんか。だっていつも……」
壮汰が嫌そうな顔で言いかけた時。
……ドサッ!
光月が畳に倒れた。顔は真っ赤で、息が荒い。
「?!!みづき?!!!」
「はあっ、はあっ……!!」
壮汰はどうしたら良いのか分からなかった。光月は荒く息を吸っている。泣くしかなかったから、壮汰は泣き出した。
「うああぁぁぁん!!みづきが!!死んじゃうよぉぉ……!!ええぇぇぇん!」
監視に来た喜内家の武士が幼子の泣き声に気付き、壮汰達がいる部屋へ入ってきたのはその一刻後の事だった。
あれ?ついさっきまで書き禁されてたのに。解けた??
15:のん:2015/06/17(水) 23:15 ID:NSs 三
すぐに医者が呼ばれた。この辺りでも腕が良いと評判の医者だ。
光月が寝かされている部屋の隣で、壮汰と喜内家の武士はその医者と向かい合って正座をしていた。
「……光月はどうだったのだ?」
喜内家の武士は、医者に尋ねた。医者は深刻そうな顔で答えた。
「それが……。あの方、全身が熱いと訴えてくるんです。額に冷やした布を当てたら、すぐに温まってしまいました。…私は二十年間医者をしていますが、あんな病気、見たことありませんよ。…かの清盛公がかかられたという、謎の病に症状がよく似ている……」
壮汰は黙って聞いていた。と、いうより黙っているしかなかった。医者の言葉の意味が、壮汰にはほとんど分からなかったのだ。喜内家の武士は医者に続きを促した。
「…それで、…光月は助かるのか?」
武士の声は震えている。医者は消え入りそうな声で答えた。
「私には見た事もない症状ですから、治しようが……。清盛公と同様、最後は恐らく……。とても症状が悪化しています。ずっと我慢し続けたのでしょうか?…ですから、あの方は…もって後三日、最悪の場合、今日の内にでも………」
医者も、喜内家の武士も黙ってしまった。隣の部屋からずっと、光月の苦しそうな咳が聞こえている。
医者が最後に言った言葉の意味は壮汰にも分かった。だから壮汰は、黙って固く拳を握りしめていたのだ。
今日はネット禁止されているので更新ができないかもしれません・・・。
申し訳ありません・・・・。
その重苦しい静寂に耐え切れなくなった壮汰は、いきなり立ち上がった。足がじんじんする。長い間正座をしていたので、足が痺れてしまったようだ。壮汰は思わず顔をしかめた。そのまま歩き、光月が寝かされている隣の部屋の引き戸に手をかける。ちらりと喜内家の武士の顔を見ると、武士は黙って頷いた。壮汰は引き戸を開け、中に入った。そして後ろ手で引き戸を閉め、声をだす。
「・・・みづき。」
光月は布団に横たわっていた。額には冷やした布を当てられている。苦しそうに息をしていたが、壮汰の声に気付くと、ゆっくりと上体を起こした。
「ケホッ!・・・そうた様?」
「・・・死ぬ・・のか?」
壮汰は光月の側に正座し、訊ねた。落ち着いて言おうとしたはずなのに声が震える。光月は悲しそうに笑って答えた。
「死にたくはありませんが、そういう事になるかもしれません」
「・・・・・・」
壮汰は黙ってしまった。光月は咳き込みながらも続けた。
「ゲホッ、ゲホッ!!・・・えへへ。そうた様に心配かけないようにしなきゃ、って強がって隠してました。病気の事。私、やっぱりだめですね、隠し事って」
光月は再び布団に横になる。壮汰は口を開いた。
「死んじゃいやだよ、みづき・・・」
片手をあげ、壮汰の小さな手を握って光月は言った。
「・・・叶様。今際の際に、壮汰を悲しませないで、っておっしゃったのに・・・。私・・・。」
壮汰は光月の顔を見た。
「ごめんなさい、そうた様。私は先に死んでしまいますが・・壮汰様は・・」
「パライソへいくの?みづき。・・・いい子でいきたの?」
壮汰は光月から、キリシタンの神からの教えや心構えについてすでに教えてもらった。なんと、壮汰はほとんど覚えてしまっていたのだ。だからこそ出た疑問なのだが、光月は何か思い出すような目をしていた。
「・・・いい子、ですか。デウス様・・私は・・・生きるためとはいえ、盗みをたくさんしました・・・。お師匠様を・・人を殺してしまったことも・・・・・」
盗みは、いけない事だ。人を殺すのなんて、もっといけない事だ。それなのに、壮汰は叫んでいた。
「みづきは!いけるよ!パライソに!・・だって、ひとりぼっちのわたしのそばに、いつも居てくれたから!!」
光月は壮汰を見上げた。その目から涙が溢れ出す。
「そうた様。生きてください。生きて、生きて、生きぬいたら、デウス様の試練を乗り越えたら、私の所へ来るのですよ。・・・ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!!」
光月は激しく咳き込んだ。壮汰は聞いた。
「みづき・・もしこれがさいごなら、そのさいごに・・・おしえて」
「ゲホッ、ゲホッ!!もちろん!ケホッ!・・なんですか?」
「・・・わたしの目から出る、このみずはなに?」
壮汰は涙を流していた。光月は言う。
「・・それは、『なみだ』というのですよ。あなたが悲しい時に目から流れ出るのです」
「かなしいとき」
壮汰は目を触って繰りかえした。光月の目が生気を失っていく。
「でもね、そうた様。それは、あなたが嬉しい時にもでるんです。『うれしなみだ』。忘れないでいてください・・あなたは、決して一人じゃないんですから。・・・えっ?!ああ、叶様。そんな所にいらっしゃったのですね!今、私もそちらへ・・」
「みづき!!」
壮汰は叫んだ。光月は最期に、やさしく笑って言った。
「ふふ・・・そうた様。さようなら・・・さようなら・・・・・」
光月は目を閉じた。壮汰の手を握った力が、抜けていった。壮汰がいくら呼んでも返事をしない。体を揺すっても、力無く揺れるだけ。
「みづき?!みづき?!いやだよ、わたしをひとりにしないでよぉ・・・うえええぇぇぇん・・!!」
部屋には、壮汰の泣き声だけが響いていた。
隣の部屋から壮汰の泣き叫び声が聞こえてきたので、医者はびくっと肩を震わせた。武士は俯いて呟く。
「・・・逝ったのか。『最悪の場合』が本当になったな・・・」
医者はぐっと唇を噛んだ。
「・・・・・申し訳ありません」
武士は深くため息をついた。
「いや・・・早く死ぬ方が、あの女にとって良かったのかもしれん」
医者が向かいに正座する喜内家の武士を見つめ、訊ねる。
「良かった、とは?」
武士は腕を組んで、障子の外の庭を見た。
「・・・光月は・・・あいつはな、もともとは盗賊家業をしていたのだ。幼くして両親をなくし、身内もおらぬ。だから、『お師匠様』に弟子入りしたと言っていた」
「お師匠様?」
「盗賊の、だ。しばらくはその者と暮らしながら、盗みを散々働いていた。・・・だが、気でも違ったのか、光月はその者を殺してしまった。あいつが十二の時だ」
医者は黙って聞いていた。武士は続ける。
「それから盗みを止めたが、もともと盗賊だった娘だ。どこも雇ってはくれぬ。表を歩けば睨まれる。飢え死にしかけ、どしゃ降りの中泥道に倒れていたところを、先程の閨家のご長男・・・壮汰殿の母君、叶殿に拾われたそうだ。叶殿はあいつを自分の世話係として雇い、大層かわいがっていた。あいつも、叶殿を慕っていた。だが叶殿は、壮汰殿を産みになってすぐ、病で亡くなられたのだ・・・」
武士はここで一旦言葉を止めたが、最後に言った。
「だから光月はいつも言っていた。私も早く、皆が待つ『ぱらいそ』にいきたいんです、と」
医者は再び訊ねた。
「あの子には・・・壮汰様には、身内がいらっしゃるんですか?」
「いない」
武士は即答した。
「光月は自分と壮汰殿を重ねたから、叶殿にもらったこの屋敷に、壮汰殿を引き取ったのかもしれんな。まだろくにものを考えられぬ程幼くして身内を全て亡くし、一人ぽつんと立つ悲しげな後ろ姿を」
医者は今度こそ本当に何も言えなくなり、黙ってしまった。
隣の部屋からはまだ、幼子の泣き声が聞こえていた。
こんにちは、なちりんと申します。切支丹物語は第一部から読ませて頂いていますが、面白いです。
これからも頑張ってください。
なちりんさん、読んでいただき、本当にありがとうございます!頑張りますので、これからもよろしくお願いします!
21:のん:2015/06/22(月) 22:50 ID:NSs 四
光月が病死したから喜内家の屋敷では少し騒ぎになった。壮汰は身寄りがなくなったので、菅昌がそのまま光月の実家に壮汰を居させ、自分の家来に引き続き監視させていた。
光月の葬儀が執り行われて一月と少し経つ。今は初冬だ。表に出ると、寒く感じるようになってきた。
壮汰は縁側に座り、ぼんやりと開けられた障子から庭を眺めている。隣の部屋では、今日も監視に来た喜内家の武士が何やら算術をして、喜内家の経済状況を確認していた。今壮汰がいる光月の実家には、喜内家の武士と壮汰以外誰も居ない。光月がいなくなったので、壮汰には特にする事もなかった。だから壮汰は、毎日ただぼんやりと庭を眺めている。眺めるとはいっても、この時期眺める花など庭に咲いている筈もなかった。
びゅうっと冷たい風が吹き抜けた。壮汰が少し身を震わせた時、隣の部屋の引き戸が開いた。壮汰がその引き戸の方に目をやると、喜内家の武士が立っている。計算に一段落ついたのだろうか。武士は壮汰をじろりと見ると尋ねた。
「…そろそろ寒くなります。お体は大丈夫ですか?」
壮汰は小さく頷いた。武士は、用件はそれだけですと言うと、また計算をするために隣の部屋に戻っていった。壮汰は再び庭を向いて眺め始めた。
壮汰は両親の顔を覚えていない。だから、壮汰は光月を母親のように思っていたのだ。だが光月は死んでしまった。
壮汰を残して。壮汰は心に大きな穴が開いているのを感じていた。この穴はうめることなんてできないだろうと壮汰は思っている。身内は一人もおらず、身寄りすらない。きっと、これから自分は一生ひとりなのだ。ひとりぼっちで生きていくのだ。幼心に、壮汰はそう確信していた。
最近の事だ。自分を監視に来た喜内家の武士達が、こんな風に話しているのを、こっそり聞いた。
「壮汰殿は、身内が一人もおられぬそうではないか。・・・お可哀想に。まだ二歳の幼子が・・・」
一人の武士が言った。
「壮汰殿の周りでは、次々と死人が出ている。・・・あの方は呪われているのではないか、という噂もあるぞ」
もう一人の武士も言う。始めの武士が眉をひそめた。
「呪い?」
「ああ。壮汰殿に関わった者が相次いで死ぬということは、前世で何かたいそうな悪事を働いて、神々に呪われているのではないか、という事さ」
相手の答えに、始めの武士は少し慌てて言った。
「おい!滅多な事を申すな!・・・我らもあの方に関わっているのだぞ!・・・しかし、相次いで、とは?」
その質問に武士は知らないのか?と疑い、それから答えた。
「光月を診断した医者だ。あの者は、あの後すぐに事故死したのだ。馬にひかれて・・な」
「では、壮汰殿は『呪われた子』という事か・・・」
「・・・・・・・」
そこで二人の武士は黙ってしまった。壮汰はそっとその場を離れ、奥にある自分の部屋へと走った。
自分の部屋の引き戸を開けると、窓の障子から射し込む日の光に、机の上に置かれている金属の十字架がきらりと光っていた。壮汰はその側へと駆け寄り、十字架をしっかり握る。堪えていた涙が流れ出した。
「うええええぇぇぇ・・・・・ん!!みづきぃぃぃ!!」
そのまま壮汰はその場に座り込んで泣き続けた。
こんにちは!ここはいじめ&恋の小説でやっていきたいと思います!
ルールはあんまりありませんが、雑談多いから〜などの理由では消去依頼出さないでくださいね。
では、お願いしますね。
>>23うわぁ、載せ間違いました、ほんっとにすいませんでした!
それでは撤収〜
いえいえ。大丈夫です。問題無しですよ♪
26:のん:2015/06/25(木) 08:13 ID:NSsすみません!今日職業体験から帰ったら更新します!(´^`)四時頃、かな。
27:のん:2015/06/26(金) 00:07 ID:NSs 喜内家の屋敷には、先程から茂吉の叫び声が響いている。
「菅昌ー!!菅昌はおるかー?!!」
茂吉が、そう呼びながら屋敷中を歩き回っているのだ。
菅昌はその時、隠れるように書物を読んでいた。
「菅昌様……。茂吉様が………」
そこに家臣の一人が、控えめに菅昌いるの部屋の障子を開けて入ってきた。菅昌は深くため息をつき、書物を閉じる。
「……分かっておるわ」
きっと茂吉は、いつものように菅昌を急かすつもりなのだ。早く閨壮汰殿を引き取れと。
壮汰を引き取っていた、壮汰の母の世話係だった女は死んだ。病死だったそうだ。それはともかく、壮汰の身寄りはなくなった。壮汰はまだ二歳だ。とても一人ではたち行かないだろう。
菅昌は半月前、壮汰を引き取る決断はしたものの、いつまでも実行できないでいた。そこまででも散々茂吉に急かされていたのに、今度はその世話係だった女が死んだときた。引き取らない方がおかしいのだろうか。
菅昌が壮汰を監視させているのは、いずれ自分の養子になるはずからだ。これはその世話係だった女には伝えていなかったが、そんな事こちらはおかまいなしである。茂吉はもう待てないらしい。父の不機嫌をこれ以上買うなど、菅昌はごめんだった。
菅昌が部屋を出た途端、廊下の角から茂吉が姿を現した。茂吉は菅昌を見つけるやいなや、菅昌の側に駆け寄ってくる。
「菅昌!!探したぞ!!………で、いつだ?!!!」
いつだ、というのは閨壮汰殿を引き取るのは、だ。菅昌は渋い顔で返す。
「…父上、落ち着きになられてください。まだお引き取りするのには余裕があるでしょう」
「ない!!!!」
菅昌を一睨みして、茂吉は即答した。
「いいか、菅昌。今はいつだ?」
その問いの意味がよく分からず、菅昌は適当に答えた。
「あー……後六日ほどで正月ですね」
「呑気に答えとる場合か!!」
また茂吉に怒鳴られてしまった。菅昌が困ったような顔をすると、茂吉は続けた。
「正月が来れば、壮汰殿も御年三つになられる。壮汰殿はずいぶん聡明でいらっしゃるからな。これ以上時を経ててお引き取りすれば、我らにあまり心をお許しにならないだろう?」
茂吉の力説に、菅昌は仕方なく頷く。
「で、あるからしてだ!菅昌!早く壮汰殿をお引き取りしろ!!」
菅昌は再び困ってしまい、腕組みをしてうーんと唸った。茂吉はしばらく片足の爪先をたんたんとならし、苛々して待っていたが、菅昌の答えがあまりにも遅いのでついに叫んだ。
「……ええい!!もうよいわ!!わしが壮汰殿をお引き取りしてくる!!」
「は?」
茂吉は勝手に決意すると、さっそく壮汰のいる光月の実家へ行く準備をするため、ずんずんと歩き去ろうとした。我に返った菅昌が、片手をつき出して叫ぶ。
「…えっと…父上?!!!」
「なんだ!」
茂吉が一旦足を止め、菅昌を振り向く。菅昌はたずねた。
「い、今からですか?!!!」
「そうだ!!!
即答し、茂吉は再び歩き出した。
呆然とする菅昌を一人残し、茂吉は廊下の曲がり角に消えたのだ。
????!!!とんでもないミス発見!!!
菅昌居るの部屋の→菅昌の居る部屋の
五
光月が死んで、二月と半分以上が経つ。もうすっかり冬だ。
壮汰はこの頃、漢字を覚え始めている。二歳で、だ。もちろん教えてくれる者などいない。今まで光月に教えてもらった事で身に付けた知識だけを頼りに、簡単な漢字を読み取ろうとしていた。
「野……原………で、手……を…?うっ、…もう分からないよー!!!」
壮汰は読んでいた書物を放り投げた。抱えていた膝を思いっきり伸ばすと、畳に両手をつく。そして、放り投げられたため、遠くに落ちた書物を見つめると膨れっ面になった。
「もういやだ!きらいだよ!!かんじなんて!!」
足をぱたぱたと上げ下げし、壮汰は叫んだ。
他にも、壮汰は光月に教えてもらった事がある。キリシタンについてだ。
「いいですか?そうた様。私達をお導きになるのは、デウス様と天使様です。だから私達は、毎日デウス様に祈らなければならないのです」
壮汰はこれを何度も光月に聞かされていたので、毎日お祈りはしている。とはいっても、始めの内は形だけの祈りだった。だが光月が死んでからというものの、壮汰は一日に何度も祈り続けていた。
「デウス様…みづきはパライソに行けましたか?あなたのお側へ、いけましたか?」
毎夜、自分の部屋の机に置いてある金属の十字架に向かい、壮汰はこう問いかけている。十字架はただ、灯火の明かりを受けて光るばかりだ。
「デウス様。わたしは…ひとりなのでしょうか」
誰も居ない部屋で壮汰は一人、そう呟いていた。
光月が死んだ年もそろそろ過ぎようとしている。正月まで後七日ほどだ。大晦日も近づき、町に出ればお祭り騒ぎになっていた。
だが、壮汰の気持ちは暗いままだ。光月を失った事で、自分のの周りに味方など居なくなってしまった。・・・いや、周りだけではなく多分この世にもだ。少なくとも壮汰はそう思っている。
今日も壮汰はいつもの部屋で膝を抱え、書物とにらめっこをしていた。この部屋は光月が使っていた部屋だ。自分の中で書物は毎日この部屋で挑戦する事に決めている。ここにいれば、少しでも光月が側にいるような気がしたのだ。
「手・・・を・・?あ、わかった!!挙げ・・る・・稚・・・ご・・?」
壮汰がぶつぶつと呟いていた時。
「・・・だったのだ。やはり・・・」
「おお、それはそれは!!」
閉められた障子の向こう側、廊下から二つの足音と共に談笑する声が聞こえた。どちらの声も、壮汰を監視に来た喜内家の武士達のものだ。
「・・・・っ!!」
別に武士達が自分の方にくる訳でもないのに、壮汰は声を出すのを止めていた。少し震えてしまう肩を抑え、曲げた膝を自分のお腹の前に引き寄せる。そして廊下の物音に聞き耳をたてた。
「それで、万澤殿がな・・・」
「・・あっ、ちょっと待て!」
相手が言いかけた話題を止めて、もう一人の武士が静かに!という仕草をした。障子にその影が映る。
「・・・?な、なんだ?」
相手の武士が小声で訊ねた。もう一人の武士が答える。
「ここの部屋。壮汰殿が書物を読んでおられるのだ。うるさくしてはいけないと思ってな・・・」
訊ねた方の武士は驚いて叫んだ。
「書物を読む?!御年二歳で?!!」
叫んでから少しうるさくしたと思ったのだろう。武士はいくらか声の大きさを落として再び訊ねる。
「・・・それは真なのか?」
相手の武士はまた答えてやった。
「ああ。それも、もう漢字を覚え始めているらしい」
「なんと・・・。恐ろしい・・・」
「何がだ?」
今度は答えてやった方の武士が聞いた。
「いや・・・・あの方の知能が、最早人並み外れていてな・・・。少し恐ろしくなったのだ」
「壮汰殿に身内がおられないのも、光月や医者が死んだのも、やはり祟りという噂があるが。・・あの方自身、どこか化け物じみた所があるな」
「それに、恐らくキリシタンになられるのだぞ!そのような幼子を、何故菅昌様は・・・」
この辺りから二人の声は壮汰のいる部屋を遠ざかっていった。
そこで壮汰は、二人の武士の会話を聞くのを止めた。肩を抑えていた両手で耳を塞ぎ、うずくまる。
「・・・わたしだって、好きでひとりになったんじゃない!!わたしは・・・」
出かかった言葉を飲み込み、壮汰は目をきつく閉じたのだった。
いよいよ、正月まで後三日となった。
壮汰はまたいつもの部屋に膝を抱えて座り、一人書物を読んでいた。ふと顔を上げる。そのまま書物を置いて立ち上がった。障子を開けて部屋から出ると、縁側から庭が見渡せる。壮汰は、しばらくぼうっとその庭の景色を眺めていた。もうすぐ正月だというのに、気持ちは全く盛り上がらない。
「・・・みづき」
光月の名前を声に出すと、また涙が溢れそうになる。壮汰はそれを堪えて呟き続けた。
「わたしは・・・『呪われた子』なのかな」
冷たい北風に、庭の背の高い草がさわさわと揺れる。
「みづきや・・・ははうえ様、ちちうえ様が死んでしまったのも・・ぜんぶ、ぜんぶ、わ、わたしのせいなのかな」
壮汰の声は震え、体に力が入らなくなってきた。
「ちがいますよね?そ、そうとおっしゃってくださいませんか?デウス様・・・」
風がふいているというのに壮汰の声はその場に響く。壮汰は目にたまった涙をごしごしと擦り、言った。
「・・・・・いいんだ。どうせわたしはひとりぼっちなんだから。ひとりで、生きていくんだから」
その時だ。
「・・・・えええっ?!も、茂吉様?!何故ここに?!」
屋敷の入り口付近から、外に出ていた喜内家の武士の大声が聞こえた。
「閨壮汰殿に会いに来た!!菅昌の奴がいつまでもぐずぐずしているから、わしが直接来たのだ!!」
威勢のいい老人の声が続く。
「お、御供もつけずにですか?!」
「ああ!そんなまどろっこしいもの付けている暇などなかったわ!気ばかりが焦ってな!!」
「ええっ・・・・し、しかし・・・」
「まぁ良いではないか!!はっ、はっ、はっ!!」
戸惑いがちの武士に構わず、老人の笑い声がする。老人の声は笑いを止め、喜内家の武士にたずねた。
「ときに、閨壮汰殿はどうした?」
「は、はぁ。光月の部屋で書物を読んでおられるはずです」
「そうか!!光月か!奴も残念だったな。あのように若くして・・・。ここはあいつの実家というが、本当の実家を叶殿に立て直していただいたのが実際のところだな!!」
老人の声は一呼吸置いた後、叫んだ。
「では、早速あがらせていただく!!」
「えっ、えっ、ちょっと茂吉様?!!!」
そういうが早いが、屋敷の入り口からどたばたと足音がした。
壮汰は動けずにいた。今まであれほど人を避けていたのに、あの老人の声からは逃げる気が起こらなかったのだ。
廊下の角から、身分の高い武士の姿をした老人と、おろおろしている喜内家の武士が来た。老人は壮汰を見ると、歓喜の声をあげた。
「おお!!そなたが閨壮汰殿か?!!」
壮汰は老人をじっと見つめてうなずく。
「では話が早い!!閨壮汰殿!!わしは喜内家第八代当主、喜内茂吉と申す!!そなたを喜内家の養子に迎えにきたのだ!!」
そこまで一気にまくしたてると、老人は荒い息を整えた。ぽかんとしている壮汰を待たずに、再び続ける。
「そなたは喜内家の養子になるのだ!!」
bushoojapan.com/ixablog/2014/11/14/34610
33:のん:2015/06/28(日) 23:41 ID:NSs34:のん:2015/06/28(日) 23:54 ID:NSs http://sengokuixa.up.n.seesaa.net/sengokuixa/image/amakusa-siroutokisada-sikure-toku.jpg?d=a0
時貞の姿です!!やっと貼れたー!!
>>34
こう見えても時貞一つ縛りなんです!超カッコいいんです!!壮汰の姿はまだ決め中です!
※注:画像貼り付けられた事でとても興奮しています(笑)
いつか時貞のカード欲しいなー。あ、すみません。↑これ、戦国IXAのカードの一枚です。
六
「あれだ、あれ!!」
茂吉が指差す方に顔を上げれば、そこそこ大きな屋敷が見える。大名松倉家に仕える喜内家の屋敷だ。
「あれが、我が屋敷である!!」
得意げに言う茂吉を見つめ、壮汰はただ頷いた。
茂吉は壮汰を喜内家の養子にすると宣言した。だがあの後すぐ、壮汰も訳が分からないまま茂吉にここまで連れてこられたのだ。
「はあっ、はぁっ・・・。茂吉様!突然お越しになられたのですから、もっと休まれていってもよろしかったのでは!?なにもこんなすぐに出発しては・・御体が・・・!」
後ろから追いつてきたのは、今日壮汰を監視に来た喜内家の武士だ。荒い息を吐きながら言う。今日の監視はこの武士だけだった。
「何をぬかすか!わしの体など、後二十年は丈夫だ!!案ずるでない!はっ、はっ、はっ、はっ!!」
「は、はぁ・・・。相変わらずのご様子でなによりです・・・」
茂吉の自信満々な笑い声に、喜内家の武士は呆れた様子で感想を述べた。
「さて、と」
茂吉が少し困った顔をして自分の後ろに立つ壮汰を振り向く。
「一刻と少しほど歩いたが・・どうだ?光月の実家から喜内家の屋敷までは、案外近かっただろう?」
よく分からなかったので、なんとなく壮汰は頷いた。
「道中、ほとんど私が壮汰殿を背負ってきたのですがね・・・」
ぼそっと武士が言う。
「うむ!!ご苦労であったな!!」
茂吉にばしばしと肩を叩かれた武士は、じとっと茂吉を見た。そんな視線を無視し、茂吉は言った。
「では壮汰!!心の準備はできているか?!」
「すっかり孫ですか・・・」
どうやら茂吉はもう壮汰は喜内家の養子になると確信しているようだ。武士はため息をつく。壮汰は今度もよく分からなかったのでただ頷いた。
「あ!そうであった!!その、わしの事はもう茂吉爺様でよいぞ」
茂吉は思い出したように付け加える。武士は吹き出しそうになるのを何とか堪えた。そのため少し変な顔で壮汰を見て、答えを待つ。よく分からなかった壮汰は頷いて言った。
「はい、も吉じい様」
茂吉はうんうん、と満足そうに腕を組み、武士はとうとう吹き出してしまった。
一行は喜内家の屋敷を目指して、再び歩いて行った。
「菅昌ー!!菅昌はおるかー!!」
茂吉と壮汰、喜内家の武士はつい先程喜内家の屋敷に着いたばかりだ。着くなり茂吉が嬉しそうに、今菅昌を呼ぶからわしについて参れ!と言った。菅昌とは誰かと壮汰が喜内家の武士に訊ねると、
「茂吉様のご長男にして我が主、これからあなた様の義父になられるはず・・・の御方です」
喜内家の武士はなぜか少し誇らしげに答えた。
それはともかく、今壮汰達は茂吉の後ろについて喜内家の屋敷を歩き回っている。
「すーげーまーさー!」
茂吉の大声つきで。しかし、なかなか菅昌という人物は現れない。
「茂吉様!お帰りになられましたか!」
「おお!ご無事でなによりです、茂吉様!」
すれ違う茂吉の家来達は、茂吉に明るい挨拶を述べた。だが、壮汰にはちらりと目をやり軽く頭を下げるだけであった。すれ違った後、家来達が少し驚いたように話しているのが壮汰に聞こえてきた。
「あれは、喜内家に養子にくるはずの閨壮汰殿ではないか?」
「ついに来られたのか。・・・キリシタンだとは、厄介な」
「・・・ここだけの話、あの方は『呪われた子』だという噂があるぞ」
「二歳で漢字を読むとか。恐ろしい頭の持ち主だな。きっと将来はその頭を使って喜内家の重役になってしまうのでは?」
「ここはやはり・・・・」
壮汰は振り向きかけた顔を無理矢理茂吉の背中に戻した。持ってきた金属の十字架をきつく握る。これは、義父になるというその菅昌に見せるつもりなのだ。
「おや、お帰りになられたのですか、父上」
一行がしばらく歩くと、菅昌は案外あっけなく姿を現した。だいたい三十後半程だろう。長身にひょろりとした体型だ。
「見ろ!菅昌!言ったとおりに壮汰をつれてきたぞ!!」
「・・・茂吉様は、もうすっかり壮汰殿をご自分の孫にするつもりなんです」
茂吉が得意気に言い、武士は呆れて菅昌に報告した。
「ま、まさか本当に?!」
菅昌は茂吉の後ろに立っている壮汰を見ると、驚愕して叫んだ。
「よし、もう決まりだな!壮汰を菅昌の養子にする!!ではわしは承認書を・・・」
「ちょっ、ちょっとお待ちください、父上!!」
茂吉が勝ち誇ったように言って承認書を取りに行こうとしたが、菅昌は慌ててそれを止めた。
「なんだ?」
振り向いた茂吉の顔には早く、早くという文字が書かれているようだ。武士は困惑して立っている。壮汰は状況がよく分からなかったので、なんとなく菅昌を見上げていた。その場の視線を一斉に集めて、菅昌は背後の部屋を指差す。
「とりあえず、そこの部屋で閨壮汰殿と少し話しましょう。突然の事、壮汰殿にも少し心の準備が必要ではないかと・・・」
茂吉はうーむと唸って壮汰に聞いてきた。
「・・・だ、そうだ。壮汰、少し話してもいいか?」
この人たちの話はよく分からないことが多いな。そう思いながら壮汰は頷いた。
「はい」
その部屋に案内された壮汰は菅昌と向かい合って正座した。この部屋には壮汰と菅昌しかいない。菅昌がそうさせたのだ。先程まで壮汰と一緒にいた武士は、
「・・・私はこれで」
と言うとどこかへ行ってしまった。茂吉は、
「わしも入る!いや、入らせてくれー!!」
という具合で叫んでいたが、菅昌が無理矢理部屋の外の廊下に押しとどめたのだ。あの人は、今頃不満気な顔で廊下を行ったり来たりしているのだろう。そう考えるとなんだか可笑しくなり、壮汰はつい笑ってしまいそうになった。だがそこをぐっと堪えて、落としていた視線を菅昌の顔へ上げると、菅昌も視線を落として気まずそうに黙っていた。
「・・・えっと」
しばらくしてついに菅昌が口を開いた。
「私は、喜内家次期当主の喜内菅昌と申す者。あなたはこれから私の養子になられるはずなのだが・・・その事はご存知で?」
壮汰は首を横に振った。その後少し考えて、菅昌に訊ねる。
「『ようしになられる』って、なんですか?」
菅昌は一瞬驚いたが、壮汰がまだ二歳の幼子だという事を再認識して答えた。
「・・・秀才と噂されるあなたもまだ二歳の幼子。普通なら外を駆け回っている頃だ。勿論知らない事もありましょう。養子になるというのは、簡単にいえば他人だがその者の子共になる、という事です」
壮汰は納得した様に頷く。菅昌の話は本題に入った。
「それで・・・心のご準備は大丈夫ですか?」
そこで壮汰は我に返り握っていた右手を開いた。
「あの、これ」
その手を菅昌に突き出し、言う。
「・・・・これは?」
菅昌は壮汰の手を覗き込んで呟いた。
「クルス」
すぐに壮汰は答える。
「わたしは、キリシタンです」
そう続け、言葉に詰まり戸惑っている菅昌の目をじっと見つめた。
「・・・・はい。承知の上」
少し黙った後、菅昌は言った。そして付け加える。
「だが・・・あなたが私の養子になられる場合、この様に敬語を使えなくなります。それに、喜内家もその家臣一同にもキリシタンは一人もおりませぬ。それでも・・・いいのですか?」
壮汰にはよく分からなかった。そもそも、二歳の幼子に決断を迫る方が無茶なのだ。
分からなくて困ってしまい、なんとなく壮汰は頷いた。
「はい」
「遅い!!遅すぎる!!」
壮汰達が話している部屋の外。壮汰の予測通り、廊下を茂吉は苛々して何度も行ったり来たりしていた。時々部屋に少し近づいてみるが、二人の話声は全く聞こえない。とうとう諦めた茂吉は、廊下のど真ん中に立って片足の爪先をたんたんと鳴らしながら待った。
「父上」
すうっと部屋の障子が開き、菅昌とその後ろに壮汰が姿を現した。
「!!おお、菅昌!!して、どうなったのだ?!」
茂吉の興奮した問いかけに、菅昌は少し緊張気味に答える。
「閨壮汰殿を・・・正式に、喜内家の養子にお引取り致します」
七
壮汰が喜内家の屋敷を訪ねてから一日経った。正月まで後二日。
壮汰は光月の実家、いつもの縁側でぼんやりと庭を眺めていた。すると、頭の上から声がふってきた。
「壮汰殿、こんなにたくさん書物を持っていくんですか?!」
真上を見上げれば、腕に大量の書物を抱えた秀治が立っている。
「うん!!みづきのだから!!」
壮汰は元気よく答えた。そして立ち上がる。
「わたしも手伝う!!」
秀治というのは、壮汰が昨日喜内家へと向かう時に壮汰を背負って歩いてくれた武士の名である。
昨日の事。帰り道、壮汰はまた秀治に背負って歩いてもらっていた。二人だけだ。いきなり壮汰は訊ねた。
「ねえ、ねえ、名前は?」
「・・・へ?」
一瞬誰に聞いたのか分からなかった秀治は聞き返す。
「そなただ」
壮汰は秀治の背をとんとんと叩いて言った。
「あ、はい。私ですか。私は松田秀治と申します」
秀治は答える。
「・・・ひではる。じゃあ今からそなたは『ひで』だ!」
「ええっ?!『ひで』ですか・・・」
「だって『ひではる』って長いんだもん」
秀治が苦笑し、壮汰も少し笑顔になる。だがその後壮汰は何やらごにょごにょと口の中で言った。
「え?え?何かおっしゃりましたか?」
秀治が大きな声で聞き返す。その背中に顔をうずめ、負けずに、いや、かなり大きな声で壮汰は言った。
「わたしと友達になってよ!!!」
しばらくその怒鳴り声があたりに響き渡っていた。
「・・・・ねえ、ひで。聞いてる?」
少し肩を震わせ黙っている秀治の答えが不安になり、壮汰はおそるおそる訊ねる。
「くっ、あはは!!・・・分かりました。良いですよ。歳の差が結構あるんですが」
とうとう堪えきれなくなったらしい秀治は笑いながら答えた。壮汰は頬を膨らます。
「うー。・・・っていうか、ひでってお年よりだったんだ・・・」
「なっ?!!私はまだ十八です!!!」
慌てて秀治が抗議した。
「あははははっ!こういうのを『お互いさま』っていうの、ひで!!」
壮汰も先程の秀治に負けない位に大笑いする。今度は秀治がすねた様に言った。
「・・あ・・はい、そうですねー」
こうして壮汰は喜内家に仕える若い武士、松田秀治と友達になったのだ。
昨日の菅昌との話し合いで、壮汰は正式に喜内家の養子として引き取られる事が確定した。完全に喜内家の屋敷に移動するのは早くも明日だ。
そのため壮汰と秀治は今、壮汰が喜内家に持って行く荷物をまとめている。
「・・・・よいしょっと。・・・ふう。壮汰殿ー、書物はこれぐらいですか?」
秀治が運んできた大量の書物を勢いよく屋敷の入り口付近に置いた。
「うん!ありがとう、ひで!」
壮汰もよろよろと数冊の厚い書物をその近くに置く。秀治はかがみ込むと、壮汰の額の汗を腕で拭ってやった。
「今日の昼過ぎに喜内家から遣いが来るはずです。その者達が壮汰殿の荷物をお運びしますよ。だからそれまでに荷物をまとめなくては・・・」
そこまで言い、立ち上がると秀治は壮汰に訊ねた。
「さてと。次は何を持って行きますか?」
壮汰は少し考えた。
もうだいたいはここまで運んだけど・・・なにか足りないような・・・。
「あっ!!!」
突然壮汰は叫んだ。
「な、なんですか!?」
驚いて肩を上下させる秀治をその場に残し、壮汰は駆け出した。
壮汰が向かった先は自分の部屋だ。引き戸を開けると、真っ先に机を目指す。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・あ、あった!!」
金属の十字架はいつも通り、窓の障子から射し込む日の光を受けてきらりと光っていた。壮汰はこれを取りに来たのだ。それを引っ掴むと、秀治のいる屋敷の入り口を目指して再び駆け出す。
「壮汰殿ー?!何を取りに行ってたんですか?」
屋敷の入り口に壮汰が着くなり、秀治は不思議そうな顔で訊ねてきた。
「これ!!!」
壮汰は握った右手を開き、前に突き出す。
「これって・・・・」
それを覗き込んだ秀治は呟いた。
「クルス!!!」
壮汰はすぐに言った。秀治はああ、と思い出したように頷き、それから再び訊ねる。
「他には何かありませんか?」
「ない!」
今度は壮汰は即答した。
「え?いや、ほら、ご両親の形見とか・・・」
秀治は少し驚いて壮汰の顔を見る。
「ないんだ」
壮汰は同じ答えを繰り返した。
「ちちうえ様も、ははうえ様も、みんな・・・わたしが生まれてすぐに死んでしまったから・・・」
そして少し悲しそうな笑顔になる。その手の中にある金属の十字架が光った様に秀治には見えた。
その日の夕方頃、喜内家の武士達が壮汰の荷物を取りに来たのだった。
ごめんなさい、明日必ず更新します(汗)×100
42:のん:2015/07/12(日) 00:20 ID:NSsぐぬうううう。今構成再び練り直し中なんです。今度こそ、更新します……………………。
43:のん:2015/07/12(日) 13:16 ID:MSI練習試合も終わったし!今日こそ更新するぞー!
画像|お絵かき|長文/一行モード|自動更新