第一部は、皆様のおかげで無事書き終える事ができました。読んでくださった方々、本当に感謝致します!第一部の方は、「切支丹物語」で葉っぱ内で検索していただければ、出てくると思います。(127)と、長編ですが暇な時にぜひ読んでいただけると喜びます!
さて、第二部の方は楓様にご指摘いただいた箇所を少しでも改善していけるよう、努力をしていきます。ルールは第一部と何ら変わりはありません。
それでは、よろしくお願い致します!!
主な登場人物
聯柁敬斗
キリシタンの少年。十三歳。背中に妖しい模様の入った横笛を背負う。
千と千尋の神隠しのハクのような姿、顔。
いつも拝見しています
僕みたいに失踪しないでこれからも頑張ってください
序章
「はあっ、はあっ、はあっ……!!」
夜と思えるほど、辺りは暗い。おまけにこのどしゃ降りである。
「……ったく。ツイてないなー……」
聯柁敬斗は、今年で十三歳になったキリシタンの少年である。敬斗は武士の子であったが、何家かと誰かに訊ねられても「聯柁」という名字は言いたくなかった。訳があるのだ。
そんな事はともかく、敬斗は今真っ暗な裏通りを走り抜けている。ここは、肥前の国天草にある町。ただし、敬斗が普段居候している益田家がある所よりも少し遠い場所だ。ここには、幼い頃たいそう世話になり大きな恩がある人の墓参りに来たのだ。墓、といっても敬斗が簡単に作った十字架が無造作に地面に突き刺さっているだけの物である。もうその墓参りも終わり、敬斗は益田家に向けて走っていた。彼がいくら人並み外れた身体能力を有していても、さすがに一刻走り続けているのは辛い。だが、少しでも早く敬斗は益田家に帰りたかったのだ。
やっと裏通りを抜けた。すると、開けた場所に出る。そこには小川に面した小さな原っぱが広がっていて、小高い丘に続く。その丘の上には、武士の家があった。だが、小川も濁り、丘の上もよく見えないほどのどしゃ降りだ。それに、人より鼻のきく敬斗には何かが焦げた臭いがうっすら漂っている事が分かった。
「………?…ん?」
人影が見えたような気がして、敬斗は立ち止まった。どうやら見間違いではなかったようだ。その人影は座りこんでいる。敬斗は興味津々な様子で、その人影の背後に近づいた。
「………だ!!……ればいいんだ!!?」
敬斗と同じ歳ぐらいの少年だった。何かを必死で叫んでいる。身分の高そうな、武士の子が着るような服装だった。彼の前には、もう一人少女が横たわっている。この子も十三歳ぐらい。よく目を凝らしてみれば、胸のあたりから大量に血を流して、息も絶えそうな様子だった。口元が微かに動いて言葉を発しているようだが、この大雨の音のせいで敬斗には全く聞こえなかった。敬斗は血を見ないように、慌てて目を両手でふさいだ。そして、帰る事もすっかり忘れて聞き耳をたてる。少年の高貴な服が、この雨と少女の胸から流れる血で汚れてしまっていたが、彼はそんな事にまで気が回らないようだった。涙を流して少女の言葉を聞いている。少女は笑顔だった。
死にそうなのに何で笑っていられるのかな…?
敬斗は不思議に思った。
少しして、大雨が嘘のように止んだ。敬斗が空を見上げれば、そこには青い空と見事な虹が浮かんでいた。にわか雨だったのかもしれない。敬斗は視線をあの二人に戻す。少年は、少女が弱々しくあげた片手を握っていた。少年を見た少女は、まだ笑顔。少女がやさしく、少年へ最期に言った言葉は敬斗にも聞こえた。彼女の首からさげた十字架が、日の光できらりと光る。
「……ど…うか…お幸せに……」
そこで、少女は静かに目を閉じた。
自分は、あんな綺麗な光を見てはいけない。
そう思った敬斗は、後ろを向いて走り出した。
「………っ!!!ちぃ!!?嫌だ、わたしを置いていかないでくれ!!」
少年の叫び声が聞こえる。たまらず、敬斗は耳をふさいだ。
「うあああああぁぁぁ……っっ!!!」
少年の泣き叫ぶ声が聞こえなくなっても、敬斗は耳をふさいでん益田家へと続く長い道を夢中で走り続けた。
初めまして作者様。猫又と申します。
勝手ながら第一部から読ませていただきましたが、
風流ながらも疾走感のある物語でとても面白いです。
主人公の変化と少年2人組の謎。
今後どういった展開を迎えるのか楽しみにしています。
作者様のペースで更新、頑張ってください。
邪魔になるといけないのでこの辺で。それでは、
猫又様、はじめまして。
>>5
高い評価、ありがとうございます!迷惑だなんて、とんでもない!!これからも頑張りますので、ぜひよろしくお願いします!
さて、更新しよう。今から書きますね!
一
今日も、壮汰は剣の稽古と学問の習得の休憩時間に、また丘を下り小川に面している小さな原っぱへと向かう。何故そこへ行くのかは分からない。なんとなくだ。
そこに着けば、いつも通り原っぱに腰かけて膝を抱き、小川を見つめた。この間の大雨が嘘だったかのように川の流れは穏やかで、澄みわたっている。
綺麗だな…。
素直にそう思う。
ピーヒョロロロ……
空から鳥の鳴き声が聞こえた。見上げれば、渡り鳥が数羽、青空をただよっている。しばらく、それらの鳥を観察していた。馬鹿みたいに、何回も何回も、同じ場所を旋回し続けている。
「…何故、飛んでいかないのだ。お前達には、自由に飛んでいける翼があるというのに…。」
思わず呟いた。
『退屈ですか?』
「?!!!」
背後かわそんな声がしたような気がして、勢いよく後ろを振り向いて叫んだ。
「ちぃ?!!!」
ピーヒョロ、ピーロロロ…
そんな叫びを馬鹿にするかのように、渡り鳥の鳴き声が向こうの谷間にこだました。
「………」
黙って、視線を小川に移した。そして再び独り言を始める。
「…ちぃは、もう死んでしまった。……死んだ…のだ…。」
自分に言い聞かせるように言えば言うほど、目頭が熱くなっていった。
「…落ち着け…ちぃは、死んだ……ううっ…」
ついに、目に涙が溢れた。
「…もう、半月もたつではないか…男子たるものが、いつ…までもめそめそと…情けな…いぞ。」
涙を腕で乱暴に擦ってさらに呟く。
壮汰は再び青空を見上げた。渡り鳥は、まだそこにただよっていた。
原っぱから見上げれば、小高い丘の上に武士の家がある事が分かる。大名松倉家に仕える、喜内家だ。壮汰はそこに住んでいた。だが壮汰は喜内家現当主、喜内菅昌の本当の息子ではない。二歳の時もらわれてきた養子である。
壮汰の元の名字は、「閨」といった。壮汰の父は「壮汰」という名を彼に名づけた後、すぐに戦で戦死した。体の弱かった母は、その半年後に熱をこじらせて病死した。壮汰にも、両親にも兄弟はいない。祖父母もいない。つまり彼は、一歳で身内を全て亡くした事になる。
始めの内は、閨家に仕えていた母の世話係だった女が壮汰を引き取って、何くれとなく世話を焼いてくれていた。だがその女も、はやり病で死んだ。そこで、喜内菅昌の父にあたる喜内茂吉が当時二歳だった壮汰を、息子菅昌に養子にむかえさせたのだ。
ごめんなさい!短くて!明日部活で早いので!明日もっと更新します!
10:のん:2015/06/13(土) 23:38 ID:NSs 閨家も、その家臣達も皆キリシタンであった。閨家は、岡本大八事件により切腹に処された最後のキリシタン大名、有馬晴信に仕えていたらしい。壮汰も閨家なので、キリシタンだ。だが、喜内家は違う。
だから、「閨家の長男壮汰殿を養子におむかえせよ」と茂吉が菅昌に命じた時、菅昌は父を正気かと疑った。当時も今ほど厳しくなかったにせよ、特に武士が、自分をキリシタンだと名乗ればいい顔はされなかったのだ。そんなキリシタンの子を我が家系にむかえたら、他家の武士達がどんな顔をするか・・・と思うと、菅昌の気持ちは重くなるばかりであった。それなのに茂吉は壮汰を養子にむかえよ、と迷う菅昌に何度も命じている。茂吉が頑なに命じている理由の一つに、壮汰が他の子共よりもずいぶん聡明であった事があった。この事は、茂吉が、壮汰の母の世話係をしていた女から聞かされていたのだ。その時すでに菅昌には二人の子共がいた。どちらも男子である。上の子を智純、下の子を佐吉といった。今も菅昌の子はこの二人だけだ。壮汰は智純と四歳、佐吉とは三歳、年齢が離れている。そのため茂吉は、将来喜内家を継ぐであろう智純の補佐を壮汰にさせようと考えたらしい。
菅昌は、それを命じられてから三日三晩悩んだ。壮汰が聡明だという事は、壮汰を監視している家来達からも報告がある。まだ二歳なのに、なんと文字を覚え始めているそうだ。確かにこの子は、きちんと学問を叩き込めば将来とても優秀な武士になるだろう。だが・・・。
壮汰がキリシタンの子だという事だけが、菅昌をとても悩ませていた。菅昌は悩んだ。悩んで、悩み続けて・・・。
「閨壮汰殿を、我が養子におむかえする」
茂吉に命じられてから三日後、菅昌は家臣達を大広間に集めて言った。茂吉は満足そうに頷き、壮汰の事を噂していた下っ端の家来達は、「おぉ、ついに!」と囁き合って、重役を背負う古くからの家来達は、「・・・・お館様・・・」と緊張気味に呟き始めた。菅昌は腕を組んで立っていたが、頭の中は喜内家の今後の事でいっぱいだったので、黙って天井を見つめていた。
二
「……で?今日のご様子はいかがなものだった?」
「はい!もちろんお元気そうでいらっしゃいました!今日は、私が新しいひらがなを教えて差し上げましたの!壮汰様は相変わらず物覚えが早く……」
幼い壮汰はいつも、自分を監視に来た喜内家の武士が光月に様子を尋ねているのを、物陰に隠れてこっそりと覗いていた。ここは、光月の実家。だが壮汰と光月の他、住んでいる者はいない。光月とは、壮汰の母の世話係をしていた女の名前だ。よく喋る。今日も得意気に報告している。まあ、光月は教えるのが上手な事は確かなのだ。当時二歳だった壮汰はその会話の意味がよく分かっていなかった。壮汰はただ、ここへやってくる喜内家の武士全員が腰にさしている、きらりと光るあの刀に興味があっただけだったのだ。
壮汰は、光月が嫌いではなかった。逆に、彼は幼子ながらに光月に恩すら感じていたのだ。
「みづき、いつもありがとう」
二歳になったばかりのある日、壮汰が光月にお礼を言うと、光月は少し驚いて、その後笑顔になって壮汰の頭をやさしくなでた。
「ふふ。そうた様、恩があるのは私の方なのですよ。あなたのお母様に拾っていただけなかったら、私、今頃飢え死にしていましたから。」
壮汰には、その時光月が言った言葉の意味がよく分からなかった。
壮汰は文字が好きだ。その頃すでに、光月にひらがなを教えてもらっていた。先日教えた文字をすらすらと読んでみせる壮汰を見て、最初は驚愕した光月だったが、もう慣れてきて壮汰にいつもこう言うのだった。
「天才ですね!…あなたはお母様によく似ていらっしゃるわ、そうた様。あなたのお母様も、とっても聡明でいらしたのですよ!」
そうは言われても、壮汰は母の、両親の顔を全く覚えていない。それに、その時の壮汰には文字が読めても、その文の内容の意味が分かっていなかった。だから読めてもつまらないのだ。光月は遠くを見て呟いた。
「………叶様……」
叶とは、壮汰の母の名前らしい。
その日がいつだったか、壮汰は覚えていない。・・・いや、実は覚えている。あれは、壮汰があと二ヶ月ほどで三歳になるという日の事。
いつも通り、壮汰は光月に文字を教えてもらっていた。
「・・・みづき、あおい。かおが」
壮汰はいきなりそう言った。単純に思った事を言っただけなのに、光月はぎくりとしたような顔になった。
「い、いえ!ケホッ、・・っ、何でもありません!」
少し咳き込みながら光月は答えた。そういえば、最近光月はよく咳き込む気がする。顔も青い。壮汰は聞いた。
「みづき、ぐあいがわるいの?」
「・・ケホッ、ケホッ!いえ!・・・大丈夫です!」
光月は無理矢理強がって言った。だがその時の壮汰は、光月が笑ったのなら大丈夫なのだろう、としか思わなかったのだ。
字の勉強が終わると光月は、今日来る喜内家の武士の接待をするために準備をし始めた。
「ケホッ、ゲホッ!!」
お茶の様子を確かめている時、光月は激しく咳き込んだ。
「……みづき?」
壮汰は首をかしげた。
「だ、大丈夫です!ケホッ…後少しで喜内家の方がいらっしゃいますからね!またそうた様の事報告しなきゃ…」
光月は立ち上がろうとする。
「きらいだよ。あのひとたちなんか。だっていつも……」
壮汰が嫌そうな顔で言いかけた時。
……ドサッ!
光月が畳に倒れた。顔は真っ赤で、息が荒い。
「?!!みづき?!!!」
「はあっ、はあっ……!!」
壮汰はどうしたら良いのか分からなかった。光月は荒く息を吸っている。泣くしかなかったから、壮汰は泣き出した。
「うああぁぁぁん!!みづきが!!死んじゃうよぉぉ……!!ええぇぇぇん!」
監視に来た喜内家の武士が幼子の泣き声に気付き、壮汰達がいる部屋へ入ってきたのはその一刻後の事だった。
あれ?ついさっきまで書き禁されてたのに。解けた??
15:のん:2015/06/17(水) 23:15 ID:NSs 三
すぐに医者が呼ばれた。この辺りでも腕が良いと評判の医者だ。
光月が寝かされている部屋の隣で、壮汰と喜内家の武士はその医者と向かい合って正座をしていた。
「……光月はどうだったのだ?」
喜内家の武士は、医者に尋ねた。医者は深刻そうな顔で答えた。
「それが……。あの方、全身が熱いと訴えてくるんです。額に冷やした布を当てたら、すぐに温まってしまいました。…私は二十年間医者をしていますが、あんな病気、見たことありませんよ。…かの清盛公がかかられたという、謎の病に症状がよく似ている……」
壮汰は黙って聞いていた。と、いうより黙っているしかなかった。医者の言葉の意味が、壮汰にはほとんど分からなかったのだ。喜内家の武士は医者に続きを促した。
「…それで、…光月は助かるのか?」
武士の声は震えている。医者は消え入りそうな声で答えた。
「私には見た事もない症状ですから、治しようが……。清盛公と同様、最後は恐らく……。とても症状が悪化しています。ずっと我慢し続けたのでしょうか?…ですから、あの方は…もって後三日、最悪の場合、今日の内にでも………」
医者も、喜内家の武士も黙ってしまった。隣の部屋からずっと、光月の苦しそうな咳が聞こえている。
医者が最後に言った言葉の意味は壮汰にも分かった。だから壮汰は、黙って固く拳を握りしめていたのだ。
今日はネット禁止されているので更新ができないかもしれません・・・。
申し訳ありません・・・・。
その重苦しい静寂に耐え切れなくなった壮汰は、いきなり立ち上がった。足がじんじんする。長い間正座をしていたので、足が痺れてしまったようだ。壮汰は思わず顔をしかめた。そのまま歩き、光月が寝かされている隣の部屋の引き戸に手をかける。ちらりと喜内家の武士の顔を見ると、武士は黙って頷いた。壮汰は引き戸を開け、中に入った。そして後ろ手で引き戸を閉め、声をだす。
「・・・みづき。」
光月は布団に横たわっていた。額には冷やした布を当てられている。苦しそうに息をしていたが、壮汰の声に気付くと、ゆっくりと上体を起こした。
「ケホッ!・・・そうた様?」
「・・・死ぬ・・のか?」
壮汰は光月の側に正座し、訊ねた。落ち着いて言おうとしたはずなのに声が震える。光月は悲しそうに笑って答えた。
「死にたくはありませんが、そういう事になるかもしれません」
「・・・・・・」
壮汰は黙ってしまった。光月は咳き込みながらも続けた。
「ゲホッ、ゲホッ!!・・・えへへ。そうた様に心配かけないようにしなきゃ、って強がって隠してました。病気の事。私、やっぱりだめですね、隠し事って」
光月は再び布団に横になる。壮汰は口を開いた。
「死んじゃいやだよ、みづき・・・」
片手をあげ、壮汰の小さな手を握って光月は言った。
「・・・叶様。今際の際に、壮汰を悲しませないで、っておっしゃったのに・・・。私・・・。」
壮汰は光月の顔を見た。
「ごめんなさい、そうた様。私は先に死んでしまいますが・・壮汰様は・・」
「パライソへいくの?みづき。・・・いい子でいきたの?」
壮汰は光月から、キリシタンの神からの教えや心構えについてすでに教えてもらった。なんと、壮汰はほとんど覚えてしまっていたのだ。だからこそ出た疑問なのだが、光月は何か思い出すような目をしていた。
「・・・いい子、ですか。デウス様・・私は・・・生きるためとはいえ、盗みをたくさんしました・・・。お師匠様を・・人を殺してしまったことも・・・・・」
盗みは、いけない事だ。人を殺すのなんて、もっといけない事だ。それなのに、壮汰は叫んでいた。
「みづきは!いけるよ!パライソに!・・だって、ひとりぼっちのわたしのそばに、いつも居てくれたから!!」
光月は壮汰を見上げた。その目から涙が溢れ出す。
「そうた様。生きてください。生きて、生きて、生きぬいたら、デウス様の試練を乗り越えたら、私の所へ来るのですよ。・・・ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!!」
光月は激しく咳き込んだ。壮汰は聞いた。
「みづき・・もしこれがさいごなら、そのさいごに・・・おしえて」
「ゲホッ、ゲホッ!!もちろん!ケホッ!・・なんですか?」
「・・・わたしの目から出る、このみずはなに?」
壮汰は涙を流していた。光月は言う。
「・・それは、『なみだ』というのですよ。あなたが悲しい時に目から流れ出るのです」
「かなしいとき」
壮汰は目を触って繰りかえした。光月の目が生気を失っていく。
「でもね、そうた様。それは、あなたが嬉しい時にもでるんです。『うれしなみだ』。忘れないでいてください・・あなたは、決して一人じゃないんですから。・・・えっ?!ああ、叶様。そんな所にいらっしゃったのですね!今、私もそちらへ・・」
「みづき!!」
壮汰は叫んだ。光月は最期に、やさしく笑って言った。
「ふふ・・・そうた様。さようなら・・・さようなら・・・・・」
光月は目を閉じた。壮汰の手を握った力が、抜けていった。壮汰がいくら呼んでも返事をしない。体を揺すっても、力無く揺れるだけ。
「みづき?!みづき?!いやだよ、わたしをひとりにしないでよぉ・・・うえええぇぇぇん・・!!」
部屋には、壮汰の泣き声だけが響いていた。
隣の部屋から壮汰の泣き叫び声が聞こえてきたので、医者はびくっと肩を震わせた。武士は俯いて呟く。
「・・・逝ったのか。『最悪の場合』が本当になったな・・・」
医者はぐっと唇を噛んだ。
「・・・・・申し訳ありません」
武士は深くため息をついた。
「いや・・・早く死ぬ方が、あの女にとって良かったのかもしれん」
医者が向かいに正座する喜内家の武士を見つめ、訊ねる。
「良かった、とは?」
武士は腕を組んで、障子の外の庭を見た。
「・・・光月は・・・あいつはな、もともとは盗賊家業をしていたのだ。幼くして両親をなくし、身内もおらぬ。だから、『お師匠様』に弟子入りしたと言っていた」
「お師匠様?」
「盗賊の、だ。しばらくはその者と暮らしながら、盗みを散々働いていた。・・・だが、気でも違ったのか、光月はその者を殺してしまった。あいつが十二の時だ」
医者は黙って聞いていた。武士は続ける。
「それから盗みを止めたが、もともと盗賊だった娘だ。どこも雇ってはくれぬ。表を歩けば睨まれる。飢え死にしかけ、どしゃ降りの中泥道に倒れていたところを、先程の閨家のご長男・・・壮汰殿の母君、叶殿に拾われたそうだ。叶殿はあいつを自分の世話係として雇い、大層かわいがっていた。あいつも、叶殿を慕っていた。だが叶殿は、壮汰殿を産みになってすぐ、病で亡くなられたのだ・・・」
武士はここで一旦言葉を止めたが、最後に言った。
「だから光月はいつも言っていた。私も早く、皆が待つ『ぱらいそ』にいきたいんです、と」
医者は再び訊ねた。
「あの子には・・・壮汰様には、身内がいらっしゃるんですか?」
「いない」
武士は即答した。
「光月は自分と壮汰殿を重ねたから、叶殿にもらったこの屋敷に、壮汰殿を引き取ったのかもしれんな。まだろくにものを考えられぬ程幼くして身内を全て亡くし、一人ぽつんと立つ悲しげな後ろ姿を」
医者は今度こそ本当に何も言えなくなり、黙ってしまった。
隣の部屋からはまだ、幼子の泣き声が聞こえていた。
こんにちは、なちりんと申します。切支丹物語は第一部から読ませて頂いていますが、面白いです。
これからも頑張ってください。
なちりんさん、読んでいただき、本当にありがとうございます!頑張りますので、これからもよろしくお願いします!
21:のん:2015/06/22(月) 22:50 ID:NSs 四
光月が病死したから喜内家の屋敷では少し騒ぎになった。壮汰は身寄りがなくなったので、菅昌がそのまま光月の実家に壮汰を居させ、自分の家来に引き続き監視させていた。
光月の葬儀が執り行われて一月と少し経つ。今は初冬だ。表に出ると、寒く感じるようになってきた。
壮汰は縁側に座り、ぼんやりと開けられた障子から庭を眺めている。隣の部屋では、今日も監視に来た喜内家の武士が何やら算術をして、喜内家の経済状況を確認していた。今壮汰がいる光月の実家には、喜内家の武士と壮汰以外誰も居ない。光月がいなくなったので、壮汰には特にする事もなかった。だから壮汰は、毎日ただぼんやりと庭を眺めている。眺めるとはいっても、この時期眺める花など庭に咲いている筈もなかった。
びゅうっと冷たい風が吹き抜けた。壮汰が少し身を震わせた時、隣の部屋の引き戸が開いた。壮汰がその引き戸の方に目をやると、喜内家の武士が立っている。計算に一段落ついたのだろうか。武士は壮汰をじろりと見ると尋ねた。
「…そろそろ寒くなります。お体は大丈夫ですか?」
壮汰は小さく頷いた。武士は、用件はそれだけですと言うと、また計算をするために隣の部屋に戻っていった。壮汰は再び庭を向いて眺め始めた。
壮汰は両親の顔を覚えていない。だから、壮汰は光月を母親のように思っていたのだ。だが光月は死んでしまった。
壮汰を残して。壮汰は心に大きな穴が開いているのを感じていた。この穴はうめることなんてできないだろうと壮汰は思っている。身内は一人もおらず、身寄りすらない。きっと、これから自分は一生ひとりなのだ。ひとりぼっちで生きていくのだ。幼心に、壮汰はそう確信していた。
最近の事だ。自分を監視に来た喜内家の武士達が、こんな風に話しているのを、こっそり聞いた。
「壮汰殿は、身内が一人もおられぬそうではないか。・・・お可哀想に。まだ二歳の幼子が・・・」
一人の武士が言った。
「壮汰殿の周りでは、次々と死人が出ている。・・・あの方は呪われているのではないか、という噂もあるぞ」
もう一人の武士も言う。始めの武士が眉をひそめた。
「呪い?」
「ああ。壮汰殿に関わった者が相次いで死ぬということは、前世で何かたいそうな悪事を働いて、神々に呪われているのではないか、という事さ」
相手の答えに、始めの武士は少し慌てて言った。
「おい!滅多な事を申すな!・・・我らもあの方に関わっているのだぞ!・・・しかし、相次いで、とは?」
その質問に武士は知らないのか?と疑い、それから答えた。
「光月を診断した医者だ。あの者は、あの後すぐに事故死したのだ。馬にひかれて・・な」
「では、壮汰殿は『呪われた子』という事か・・・」
「・・・・・・・」
そこで二人の武士は黙ってしまった。壮汰はそっとその場を離れ、奥にある自分の部屋へと走った。
自分の部屋の引き戸を開けると、窓の障子から射し込む日の光に、机の上に置かれている金属の十字架がきらりと光っていた。壮汰はその側へと駆け寄り、十字架をしっかり握る。堪えていた涙が流れ出した。
「うええええぇぇぇ・・・・・ん!!みづきぃぃぃ!!」
そのまま壮汰はその場に座り込んで泣き続けた。
こんにちは!ここはいじめ&恋の小説でやっていきたいと思います!
ルールはあんまりありませんが、雑談多いから〜などの理由では消去依頼出さないでくださいね。
では、お願いしますね。
>>23うわぁ、載せ間違いました、ほんっとにすいませんでした!
それでは撤収〜
いえいえ。大丈夫です。問題無しですよ♪
26:のん:2015/06/25(木) 08:13 ID:NSsすみません!今日職業体験から帰ったら更新します!(´^`)四時頃、かな。
27:のん:2015/06/26(金) 00:07 ID:NSs 喜内家の屋敷には、先程から茂吉の叫び声が響いている。
「菅昌ー!!菅昌はおるかー?!!」
茂吉が、そう呼びながら屋敷中を歩き回っているのだ。
菅昌はその時、隠れるように書物を読んでいた。
「菅昌様……。茂吉様が………」
そこに家臣の一人が、控えめに菅昌いるの部屋の障子を開けて入ってきた。菅昌は深くため息をつき、書物を閉じる。
「……分かっておるわ」
きっと茂吉は、いつものように菅昌を急かすつもりなのだ。早く閨壮汰殿を引き取れと。
壮汰を引き取っていた、壮汰の母の世話係だった女は死んだ。病死だったそうだ。それはともかく、壮汰の身寄りはなくなった。壮汰はまだ二歳だ。とても一人ではたち行かないだろう。
菅昌は半月前、壮汰を引き取る決断はしたものの、いつまでも実行できないでいた。そこまででも散々茂吉に急かされていたのに、今度はその世話係だった女が死んだときた。引き取らない方がおかしいのだろうか。
菅昌が壮汰を監視させているのは、いずれ自分の養子になるはずからだ。これはその世話係だった女には伝えていなかったが、そんな事こちらはおかまいなしである。茂吉はもう待てないらしい。父の不機嫌をこれ以上買うなど、菅昌はごめんだった。
菅昌が部屋を出た途端、廊下の角から茂吉が姿を現した。茂吉は菅昌を見つけるやいなや、菅昌の側に駆け寄ってくる。
「菅昌!!探したぞ!!………で、いつだ?!!!」
いつだ、というのは閨壮汰殿を引き取るのは、だ。菅昌は渋い顔で返す。
「…父上、落ち着きになられてください。まだお引き取りするのには余裕があるでしょう」
「ない!!!!」
菅昌を一睨みして、茂吉は即答した。
「いいか、菅昌。今はいつだ?」
その問いの意味がよく分からず、菅昌は適当に答えた。
「あー……後六日ほどで正月ですね」
「呑気に答えとる場合か!!」
また茂吉に怒鳴られてしまった。菅昌が困ったような顔をすると、茂吉は続けた。
「正月が来れば、壮汰殿も御年三つになられる。壮汰殿はずいぶん聡明でいらっしゃるからな。これ以上時を経ててお引き取りすれば、我らにあまり心をお許しにならないだろう?」
茂吉の力説に、菅昌は仕方なく頷く。
「で、あるからしてだ!菅昌!早く壮汰殿をお引き取りしろ!!」
菅昌は再び困ってしまい、腕組みをしてうーんと唸った。茂吉はしばらく片足の爪先をたんたんとならし、苛々して待っていたが、菅昌の答えがあまりにも遅いのでついに叫んだ。
「……ええい!!もうよいわ!!わしが壮汰殿をお引き取りしてくる!!」
「は?」
茂吉は勝手に決意すると、さっそく壮汰のいる光月の実家へ行く準備をするため、ずんずんと歩き去ろうとした。我に返った菅昌が、片手をつき出して叫ぶ。
「…えっと…父上?!!!」
「なんだ!」
茂吉が一旦足を止め、菅昌を振り向く。菅昌はたずねた。
「い、今からですか?!!!」
「そうだ!!!
即答し、茂吉は再び歩き出した。
呆然とする菅昌を一人残し、茂吉は廊下の曲がり角に消えたのだ。
????!!!とんでもないミス発見!!!
菅昌居るの部屋の→菅昌の居る部屋の
五
光月が死んで、二月と半分以上が経つ。もうすっかり冬だ。
壮汰はこの頃、漢字を覚え始めている。二歳で、だ。もちろん教えてくれる者などいない。今まで光月に教えてもらった事で身に付けた知識だけを頼りに、簡単な漢字を読み取ろうとしていた。
「野……原………で、手……を…?うっ、…もう分からないよー!!!」
壮汰は読んでいた書物を放り投げた。抱えていた膝を思いっきり伸ばすと、畳に両手をつく。そして、放り投げられたため、遠くに落ちた書物を見つめると膨れっ面になった。
「もういやだ!きらいだよ!!かんじなんて!!」
足をぱたぱたと上げ下げし、壮汰は叫んだ。
他にも、壮汰は光月に教えてもらった事がある。キリシタンについてだ。
「いいですか?そうた様。私達をお導きになるのは、デウス様と天使様です。だから私達は、毎日デウス様に祈らなければならないのです」
壮汰はこれを何度も光月に聞かされていたので、毎日お祈りはしている。とはいっても、始めの内は形だけの祈りだった。だが光月が死んでからというものの、壮汰は一日に何度も祈り続けていた。
「デウス様…みづきはパライソに行けましたか?あなたのお側へ、いけましたか?」
毎夜、自分の部屋の机に置いてある金属の十字架に向かい、壮汰はこう問いかけている。十字架はただ、灯火の明かりを受けて光るばかりだ。
「デウス様。わたしは…ひとりなのでしょうか」
誰も居ない部屋で壮汰は一人、そう呟いていた。
光月が死んだ年もそろそろ過ぎようとしている。正月まで後七日ほどだ。大晦日も近づき、町に出ればお祭り騒ぎになっていた。
だが、壮汰の気持ちは暗いままだ。光月を失った事で、自分のの周りに味方など居なくなってしまった。・・・いや、周りだけではなく多分この世にもだ。少なくとも壮汰はそう思っている。
今日も壮汰はいつもの部屋で膝を抱え、書物とにらめっこをしていた。この部屋は光月が使っていた部屋だ。自分の中で書物は毎日この部屋で挑戦する事に決めている。ここにいれば、少しでも光月が側にいるような気がしたのだ。
「手・・・を・・?あ、わかった!!挙げ・・る・・稚・・・ご・・?」
壮汰がぶつぶつと呟いていた時。
「・・・だったのだ。やはり・・・」
「おお、それはそれは!!」
閉められた障子の向こう側、廊下から二つの足音と共に談笑する声が聞こえた。どちらの声も、壮汰を監視に来た喜内家の武士達のものだ。
「・・・・っ!!」
別に武士達が自分の方にくる訳でもないのに、壮汰は声を出すのを止めていた。少し震えてしまう肩を抑え、曲げた膝を自分のお腹の前に引き寄せる。そして廊下の物音に聞き耳をたてた。
「それで、万澤殿がな・・・」
「・・あっ、ちょっと待て!」
相手が言いかけた話題を止めて、もう一人の武士が静かに!という仕草をした。障子にその影が映る。
「・・・?な、なんだ?」
相手の武士が小声で訊ねた。もう一人の武士が答える。
「ここの部屋。壮汰殿が書物を読んでおられるのだ。うるさくしてはいけないと思ってな・・・」
訊ねた方の武士は驚いて叫んだ。
「書物を読む?!御年二歳で?!!」
叫んでから少しうるさくしたと思ったのだろう。武士はいくらか声の大きさを落として再び訊ねる。
「・・・それは真なのか?」
相手の武士はまた答えてやった。
「ああ。それも、もう漢字を覚え始めているらしい」
「なんと・・・。恐ろしい・・・」
「何がだ?」
今度は答えてやった方の武士が聞いた。
「いや・・・・あの方の知能が、最早人並み外れていてな・・・。少し恐ろしくなったのだ」
「壮汰殿に身内がおられないのも、光月や医者が死んだのも、やはり祟りという噂があるが。・・あの方自身、どこか化け物じみた所があるな」
「それに、恐らくキリシタンになられるのだぞ!そのような幼子を、何故菅昌様は・・・」
この辺りから二人の声は壮汰のいる部屋を遠ざかっていった。
そこで壮汰は、二人の武士の会話を聞くのを止めた。肩を抑えていた両手で耳を塞ぎ、うずくまる。
「・・・わたしだって、好きでひとりになったんじゃない!!わたしは・・・」
出かかった言葉を飲み込み、壮汰は目をきつく閉じたのだった。
いよいよ、正月まで後三日となった。
壮汰はまたいつもの部屋に膝を抱えて座り、一人書物を読んでいた。ふと顔を上げる。そのまま書物を置いて立ち上がった。障子を開けて部屋から出ると、縁側から庭が見渡せる。壮汰は、しばらくぼうっとその庭の景色を眺めていた。もうすぐ正月だというのに、気持ちは全く盛り上がらない。
「・・・みづき」
光月の名前を声に出すと、また涙が溢れそうになる。壮汰はそれを堪えて呟き続けた。
「わたしは・・・『呪われた子』なのかな」
冷たい北風に、庭の背の高い草がさわさわと揺れる。
「みづきや・・・ははうえ様、ちちうえ様が死んでしまったのも・・ぜんぶ、ぜんぶ、わ、わたしのせいなのかな」
壮汰の声は震え、体に力が入らなくなってきた。
「ちがいますよね?そ、そうとおっしゃってくださいませんか?デウス様・・・」
風がふいているというのに壮汰の声はその場に響く。壮汰は目にたまった涙をごしごしと擦り、言った。
「・・・・・いいんだ。どうせわたしはひとりぼっちなんだから。ひとりで、生きていくんだから」
その時だ。
「・・・・えええっ?!も、茂吉様?!何故ここに?!」
屋敷の入り口付近から、外に出ていた喜内家の武士の大声が聞こえた。
「閨壮汰殿に会いに来た!!菅昌の奴がいつまでもぐずぐずしているから、わしが直接来たのだ!!」
威勢のいい老人の声が続く。
「お、御供もつけずにですか?!」
「ああ!そんなまどろっこしいもの付けている暇などなかったわ!気ばかりが焦ってな!!」
「ええっ・・・・し、しかし・・・」
「まぁ良いではないか!!はっ、はっ、はっ!!」
戸惑いがちの武士に構わず、老人の笑い声がする。老人の声は笑いを止め、喜内家の武士にたずねた。
「ときに、閨壮汰殿はどうした?」
「は、はぁ。光月の部屋で書物を読んでおられるはずです」
「そうか!!光月か!奴も残念だったな。あのように若くして・・・。ここはあいつの実家というが、本当の実家を叶殿に立て直していただいたのが実際のところだな!!」
老人の声は一呼吸置いた後、叫んだ。
「では、早速あがらせていただく!!」
「えっ、えっ、ちょっと茂吉様?!!!」
そういうが早いが、屋敷の入り口からどたばたと足音がした。
壮汰は動けずにいた。今まであれほど人を避けていたのに、あの老人の声からは逃げる気が起こらなかったのだ。
廊下の角から、身分の高い武士の姿をした老人と、おろおろしている喜内家の武士が来た。老人は壮汰を見ると、歓喜の声をあげた。
「おお!!そなたが閨壮汰殿か?!!」
壮汰は老人をじっと見つめてうなずく。
「では話が早い!!閨壮汰殿!!わしは喜内家第八代当主、喜内茂吉と申す!!そなたを喜内家の養子に迎えにきたのだ!!」
そこまで一気にまくしたてると、老人は荒い息を整えた。ぽかんとしている壮汰を待たずに、再び続ける。
「そなたは喜内家の養子になるのだ!!」
bushoojapan.com/ixablog/2014/11/14/34610
33:のん:2015/06/28(日) 23:41 ID:NSs34:のん:2015/06/28(日) 23:54 ID:NSs http://sengokuixa.up.n.seesaa.net/sengokuixa/image/amakusa-siroutokisada-sikure-toku.jpg?d=a0
時貞の姿です!!やっと貼れたー!!
>>34
こう見えても時貞一つ縛りなんです!超カッコいいんです!!壮汰の姿はまだ決め中です!
※注:画像貼り付けられた事でとても興奮しています(笑)
いつか時貞のカード欲しいなー。あ、すみません。↑これ、戦国IXAのカードの一枚です。
六
「あれだ、あれ!!」
茂吉が指差す方に顔を上げれば、そこそこ大きな屋敷が見える。大名松倉家に仕える喜内家の屋敷だ。
「あれが、我が屋敷である!!」
得意げに言う茂吉を見つめ、壮汰はただ頷いた。
茂吉は壮汰を喜内家の養子にすると宣言した。だがあの後すぐ、壮汰も訳が分からないまま茂吉にここまで連れてこられたのだ。
「はあっ、はぁっ・・・。茂吉様!突然お越しになられたのですから、もっと休まれていってもよろしかったのでは!?なにもこんなすぐに出発しては・・御体が・・・!」
後ろから追いつてきたのは、今日壮汰を監視に来た喜内家の武士だ。荒い息を吐きながら言う。今日の監視はこの武士だけだった。
「何をぬかすか!わしの体など、後二十年は丈夫だ!!案ずるでない!はっ、はっ、はっ、はっ!!」
「は、はぁ・・・。相変わらずのご様子でなによりです・・・」
茂吉の自信満々な笑い声に、喜内家の武士は呆れた様子で感想を述べた。
「さて、と」
茂吉が少し困った顔をして自分の後ろに立つ壮汰を振り向く。
「一刻と少しほど歩いたが・・どうだ?光月の実家から喜内家の屋敷までは、案外近かっただろう?」
よく分からなかったので、なんとなく壮汰は頷いた。
「道中、ほとんど私が壮汰殿を背負ってきたのですがね・・・」
ぼそっと武士が言う。
「うむ!!ご苦労であったな!!」
茂吉にばしばしと肩を叩かれた武士は、じとっと茂吉を見た。そんな視線を無視し、茂吉は言った。
「では壮汰!!心の準備はできているか?!」
「すっかり孫ですか・・・」
どうやら茂吉はもう壮汰は喜内家の養子になると確信しているようだ。武士はため息をつく。壮汰は今度もよく分からなかったのでただ頷いた。
「あ!そうであった!!その、わしの事はもう茂吉爺様でよいぞ」
茂吉は思い出したように付け加える。武士は吹き出しそうになるのを何とか堪えた。そのため少し変な顔で壮汰を見て、答えを待つ。よく分からなかった壮汰は頷いて言った。
「はい、も吉じい様」
茂吉はうんうん、と満足そうに腕を組み、武士はとうとう吹き出してしまった。
一行は喜内家の屋敷を目指して、再び歩いて行った。
「菅昌ー!!菅昌はおるかー!!」
茂吉と壮汰、喜内家の武士はつい先程喜内家の屋敷に着いたばかりだ。着くなり茂吉が嬉しそうに、今菅昌を呼ぶからわしについて参れ!と言った。菅昌とは誰かと壮汰が喜内家の武士に訊ねると、
「茂吉様のご長男にして我が主、これからあなた様の義父になられるはず・・・の御方です」
喜内家の武士はなぜか少し誇らしげに答えた。
それはともかく、今壮汰達は茂吉の後ろについて喜内家の屋敷を歩き回っている。
「すーげーまーさー!」
茂吉の大声つきで。しかし、なかなか菅昌という人物は現れない。
「茂吉様!お帰りになられましたか!」
「おお!ご無事でなによりです、茂吉様!」
すれ違う茂吉の家来達は、茂吉に明るい挨拶を述べた。だが、壮汰にはちらりと目をやり軽く頭を下げるだけであった。すれ違った後、家来達が少し驚いたように話しているのが壮汰に聞こえてきた。
「あれは、喜内家に養子にくるはずの閨壮汰殿ではないか?」
「ついに来られたのか。・・・キリシタンだとは、厄介な」
「・・・ここだけの話、あの方は『呪われた子』だという噂があるぞ」
「二歳で漢字を読むとか。恐ろしい頭の持ち主だな。きっと将来はその頭を使って喜内家の重役になってしまうのでは?」
「ここはやはり・・・・」
壮汰は振り向きかけた顔を無理矢理茂吉の背中に戻した。持ってきた金属の十字架をきつく握る。これは、義父になるというその菅昌に見せるつもりなのだ。
「おや、お帰りになられたのですか、父上」
一行がしばらく歩くと、菅昌は案外あっけなく姿を現した。だいたい三十後半程だろう。長身にひょろりとした体型だ。
「見ろ!菅昌!言ったとおりに壮汰をつれてきたぞ!!」
「・・・茂吉様は、もうすっかり壮汰殿をご自分の孫にするつもりなんです」
茂吉が得意気に言い、武士は呆れて菅昌に報告した。
「ま、まさか本当に?!」
菅昌は茂吉の後ろに立っている壮汰を見ると、驚愕して叫んだ。
「よし、もう決まりだな!壮汰を菅昌の養子にする!!ではわしは承認書を・・・」
「ちょっ、ちょっとお待ちください、父上!!」
茂吉が勝ち誇ったように言って承認書を取りに行こうとしたが、菅昌は慌ててそれを止めた。
「なんだ?」
振り向いた茂吉の顔には早く、早くという文字が書かれているようだ。武士は困惑して立っている。壮汰は状況がよく分からなかったので、なんとなく菅昌を見上げていた。その場の視線を一斉に集めて、菅昌は背後の部屋を指差す。
「とりあえず、そこの部屋で閨壮汰殿と少し話しましょう。突然の事、壮汰殿にも少し心の準備が必要ではないかと・・・」
茂吉はうーむと唸って壮汰に聞いてきた。
「・・・だ、そうだ。壮汰、少し話してもいいか?」
この人たちの話はよく分からないことが多いな。そう思いながら壮汰は頷いた。
「はい」
その部屋に案内された壮汰は菅昌と向かい合って正座した。この部屋には壮汰と菅昌しかいない。菅昌がそうさせたのだ。先程まで壮汰と一緒にいた武士は、
「・・・私はこれで」
と言うとどこかへ行ってしまった。茂吉は、
「わしも入る!いや、入らせてくれー!!」
という具合で叫んでいたが、菅昌が無理矢理部屋の外の廊下に押しとどめたのだ。あの人は、今頃不満気な顔で廊下を行ったり来たりしているのだろう。そう考えるとなんだか可笑しくなり、壮汰はつい笑ってしまいそうになった。だがそこをぐっと堪えて、落としていた視線を菅昌の顔へ上げると、菅昌も視線を落として気まずそうに黙っていた。
「・・・えっと」
しばらくしてついに菅昌が口を開いた。
「私は、喜内家次期当主の喜内菅昌と申す者。あなたはこれから私の養子になられるはずなのだが・・・その事はご存知で?」
壮汰は首を横に振った。その後少し考えて、菅昌に訊ねる。
「『ようしになられる』って、なんですか?」
菅昌は一瞬驚いたが、壮汰がまだ二歳の幼子だという事を再認識して答えた。
「・・・秀才と噂されるあなたもまだ二歳の幼子。普通なら外を駆け回っている頃だ。勿論知らない事もありましょう。養子になるというのは、簡単にいえば他人だがその者の子共になる、という事です」
壮汰は納得した様に頷く。菅昌の話は本題に入った。
「それで・・・心のご準備は大丈夫ですか?」
そこで壮汰は我に返り握っていた右手を開いた。
「あの、これ」
その手を菅昌に突き出し、言う。
「・・・・これは?」
菅昌は壮汰の手を覗き込んで呟いた。
「クルス」
すぐに壮汰は答える。
「わたしは、キリシタンです」
そう続け、言葉に詰まり戸惑っている菅昌の目をじっと見つめた。
「・・・・はい。承知の上」
少し黙った後、菅昌は言った。そして付け加える。
「だが・・・あなたが私の養子になられる場合、この様に敬語を使えなくなります。それに、喜内家もその家臣一同にもキリシタンは一人もおりませぬ。それでも・・・いいのですか?」
壮汰にはよく分からなかった。そもそも、二歳の幼子に決断を迫る方が無茶なのだ。
分からなくて困ってしまい、なんとなく壮汰は頷いた。
「はい」
「遅い!!遅すぎる!!」
壮汰達が話している部屋の外。壮汰の予測通り、廊下を茂吉は苛々して何度も行ったり来たりしていた。時々部屋に少し近づいてみるが、二人の話声は全く聞こえない。とうとう諦めた茂吉は、廊下のど真ん中に立って片足の爪先をたんたんと鳴らしながら待った。
「父上」
すうっと部屋の障子が開き、菅昌とその後ろに壮汰が姿を現した。
「!!おお、菅昌!!して、どうなったのだ?!」
茂吉の興奮した問いかけに、菅昌は少し緊張気味に答える。
「閨壮汰殿を・・・正式に、喜内家の養子にお引取り致します」
七
壮汰が喜内家の屋敷を訪ねてから一日経った。正月まで後二日。
壮汰は光月の実家、いつもの縁側でぼんやりと庭を眺めていた。すると、頭の上から声がふってきた。
「壮汰殿、こんなにたくさん書物を持っていくんですか?!」
真上を見上げれば、腕に大量の書物を抱えた秀治が立っている。
「うん!!みづきのだから!!」
壮汰は元気よく答えた。そして立ち上がる。
「わたしも手伝う!!」
秀治というのは、壮汰が昨日喜内家へと向かう時に壮汰を背負って歩いてくれた武士の名である。
昨日の事。帰り道、壮汰はまた秀治に背負って歩いてもらっていた。二人だけだ。いきなり壮汰は訊ねた。
「ねえ、ねえ、名前は?」
「・・・へ?」
一瞬誰に聞いたのか分からなかった秀治は聞き返す。
「そなただ」
壮汰は秀治の背をとんとんと叩いて言った。
「あ、はい。私ですか。私は松田秀治と申します」
秀治は答える。
「・・・ひではる。じゃあ今からそなたは『ひで』だ!」
「ええっ?!『ひで』ですか・・・」
「だって『ひではる』って長いんだもん」
秀治が苦笑し、壮汰も少し笑顔になる。だがその後壮汰は何やらごにょごにょと口の中で言った。
「え?え?何かおっしゃりましたか?」
秀治が大きな声で聞き返す。その背中に顔をうずめ、負けずに、いや、かなり大きな声で壮汰は言った。
「わたしと友達になってよ!!!」
しばらくその怒鳴り声があたりに響き渡っていた。
「・・・・ねえ、ひで。聞いてる?」
少し肩を震わせ黙っている秀治の答えが不安になり、壮汰はおそるおそる訊ねる。
「くっ、あはは!!・・・分かりました。良いですよ。歳の差が結構あるんですが」
とうとう堪えきれなくなったらしい秀治は笑いながら答えた。壮汰は頬を膨らます。
「うー。・・・っていうか、ひでってお年よりだったんだ・・・」
「なっ?!!私はまだ十八です!!!」
慌てて秀治が抗議した。
「あははははっ!こういうのを『お互いさま』っていうの、ひで!!」
壮汰も先程の秀治に負けない位に大笑いする。今度は秀治がすねた様に言った。
「・・あ・・はい、そうですねー」
こうして壮汰は喜内家に仕える若い武士、松田秀治と友達になったのだ。
昨日の菅昌との話し合いで、壮汰は正式に喜内家の養子として引き取られる事が確定した。完全に喜内家の屋敷に移動するのは早くも明日だ。
そのため壮汰と秀治は今、壮汰が喜内家に持って行く荷物をまとめている。
「・・・・よいしょっと。・・・ふう。壮汰殿ー、書物はこれぐらいですか?」
秀治が運んできた大量の書物を勢いよく屋敷の入り口付近に置いた。
「うん!ありがとう、ひで!」
壮汰もよろよろと数冊の厚い書物をその近くに置く。秀治はかがみ込むと、壮汰の額の汗を腕で拭ってやった。
「今日の昼過ぎに喜内家から遣いが来るはずです。その者達が壮汰殿の荷物をお運びしますよ。だからそれまでに荷物をまとめなくては・・・」
そこまで言い、立ち上がると秀治は壮汰に訊ねた。
「さてと。次は何を持って行きますか?」
壮汰は少し考えた。
もうだいたいはここまで運んだけど・・・なにか足りないような・・・。
「あっ!!!」
突然壮汰は叫んだ。
「な、なんですか!?」
驚いて肩を上下させる秀治をその場に残し、壮汰は駆け出した。
壮汰が向かった先は自分の部屋だ。引き戸を開けると、真っ先に机を目指す。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・あ、あった!!」
金属の十字架はいつも通り、窓の障子から射し込む日の光を受けてきらりと光っていた。壮汰はこれを取りに来たのだ。それを引っ掴むと、秀治のいる屋敷の入り口を目指して再び駆け出す。
「壮汰殿ー?!何を取りに行ってたんですか?」
屋敷の入り口に壮汰が着くなり、秀治は不思議そうな顔で訊ねてきた。
「これ!!!」
壮汰は握った右手を開き、前に突き出す。
「これって・・・・」
それを覗き込んだ秀治は呟いた。
「クルス!!!」
壮汰はすぐに言った。秀治はああ、と思い出したように頷き、それから再び訊ねる。
「他には何かありませんか?」
「ない!」
今度は壮汰は即答した。
「え?いや、ほら、ご両親の形見とか・・・」
秀治は少し驚いて壮汰の顔を見る。
「ないんだ」
壮汰は同じ答えを繰り返した。
「ちちうえ様も、ははうえ様も、みんな・・・わたしが生まれてすぐに死んでしまったから・・・」
そして少し悲しそうな笑顔になる。その手の中にある金属の十字架が光った様に秀治には見えた。
その日の夕方頃、喜内家の武士達が壮汰の荷物を取りに来たのだった。
ごめんなさい、明日必ず更新します(汗)×100
42:のん:2015/07/12(日) 00:20 ID:NSsぐぬうううう。今構成再び練り直し中なんです。今度こそ、更新します……………………。
43:のん:2015/07/12(日) 13:16 ID:MSI練習試合も終わったし!今日こそ更新するぞー!
44:のん:2015/07/12(日) 23:40 ID:NSs 今日は大晦日だ。
壮汰は一人、自分の部屋で机の前に座り窓の外を眺めていた。
きっと、町にでればお祭りさわぎなのだろう。
金属の十字架をいじりながら壮汰は思った。この十字架は結局、出発の時に自分で持っていく事にした。どうせ荷物などない。
出発は今日の昼頃。同行人は秀治だけ。菅昌直々に任されたと、秀治は少し自慢気に言っていた。今この屋敷にいるのも壮汰と秀治二人だけである。
壮汰はひどく退屈していた。書物も運んでしまい無い。先程から意味もなく座っているのだ。秀治は荷物の忘れなどが無いか屋敷を見回っている。
「こんな時、なにか唄でもしっていたらなー・・・」
壮汰は呟いた。と言っても、教えてくれる人など居ない。壮汰は膝を抱え、続ける。
「・・・ひでがいるから、ひとりじゃなくなったのかな?」
それは壮汰自信にも分からない。
「デウス様、あなたならご存知ですか?」
その問い掛けは、いつもの通り誰の答えも返ってこない。
「壮汰殿ー!!!後一刻程で出発ですからねー!!」
秀治の声が聞こえた。壮汰はわかったと答えると、立ち上がり部屋の出口に向かう。
「・・・おせわになりました!」
出口で壮汰は振り返って頭を下げる。そして光月が使っていた部屋へと走った。
「・・・みづき」
その部屋の真ん中で畳に正座し、壮汰はぽつりと言った。
「今まで、わたしをこの屋敷においてくれてありがとう。・・・文字もおそわった。だからね、漢字もじぶんの力で、すこしだけど読めるようになったんだよ!喜内家にようしに行ったら、向こうでもおしえてくれるんだって!」
部屋には壮汰しか居ないから、当然返事など返ってはこない。それでも壮汰は良かった。もう慣れたのだ。
「あ、あとね、もう少し大きくなったら、武道もおしえてもらえるよ!つよくなって、みづきをおどろかせたいな!」
壮汰は一呼吸置くと、再び続ける。
「キリシタンが、喜内家にはひとりもいないんだって・・・。でも、大丈夫!デウス様にはまいにちお祈りいているし・・・試練をのり越えれば・・・パライソに・・・」
壮汰はそこまで言った。
「みづき、ありがとう。一人ぼっちのわたしのそばにいてくれて、ありがとう。あ・・・」
言葉が出てこなくなり、壮汰はぐっと涙を堪えた。
「みづきが・・・生きているときに、もっと言いたかったな・・・。でもね!」
急に壮汰は立ち上がった。
「わたしは行くよ。友達もできたんだ!だから・・・」
すうっと大きく息を吸い込み、泣きそうな笑顔で言う。
「どうか、わたしを見守っていてね!」
「じゃあ、壮太殿!行きますか?」
「うん!」
光月の実家の小さな門に背を向け、壮汰は秀治の問いに元気良く返した。秀治は壮汰を背負うと言ったが、壮汰は断った。
「歩けるよ!」
秀治が満足そうに頷き、少しゆっくりと歩き出す。その背中から一旦目を離し、壮汰は光月の実家の屋敷を振り返った。
またここに帰ってくる日はあるのかな?
心の中で壮汰は誰にともなく問いかける。答えは壮汰にも分からない。でも、今は別れを告げなくては。
「またね!」
壮汰は一人呟き、少し離れてしまった秀治を追いかけたのだった。
八
光月の実家を出発して喜内家へと向かう道中、壮汰はいきなり前を歩く秀治に話しかけた。
「ねえ、ひで」
「はい?」
秀治は壮汰を振り返って返事する。
「あのね…わたしが喜内家のようしになっても、わたしと友達でいてくれる?」
秀治は少し驚いた。普通武士の子というものは親の影響で幼くても多少は威張りたがるものだ。この事は菅昌の実の息子、智純と佐吉から学んだ。智純は扱いづらい性格で、いつもつんとすましている。佐吉はといえば兄の正反対で、どうせ自分は大した役にもつけないからと思い込み家臣達には自由気ままに振る舞っていた。まあ、どちらもまだ子供なのだ。秀治は自分が喜内家に仕え始めたばかりだった十六の頃を思い出していた。
「ひで、聞いてるー?」
壮汰の不安そうな声で我に返り、秀治は言った。
「あ、はい。私は構いませんが…壮汰殿は?よろしいのですか?あなたが喜内家の養子になられたら、一応私達は家臣と主という事になるのですが…」
「友達がいい」
秀治の言葉を途中で遮り、壮汰は答えた。
「分かってるよ。ほんとうは喜内家のひとたち、いやなんでしょ?わたしがキリシタンだから」
違う。
そう咄嗟に答えてやれなかった秀治は、ただ黙ってうつ向く。
「いいんだ。わたしはひとりぼっちだから。ひとりで生きていくんだから。」
あまり感情がこもっていないような声で壮汰は言う。だが秀治にはその後少し悲しそうな声が聞こえた。
「でも……そなたと友達でいられなくなるのは…いやだなぁ……」
「大丈夫ですよ!」
秀治は叫んでいた。壮汰がぽかんと自分を見上げている。
「一人ではないです」
秀治は続けた。
「私は友達でいます」
そして黙っている壮汰の顔を覗き込む。
「うん。ありがとう」
壮汰はぽつりと言った。そしてすぐに付け足す。
「ほんとうに?」
呆気にとられていた壮汰の顔が嬉しそうな笑顔に変わっているのを見ると、秀治は満足そうに言った。
「はい!!」
そうこう話している内に、喜内家の屋敷が見えてきたようだ。壮汰は緊張する心を押さえようと、わざと大きな声を出した。
「あ!!やしき、見えてきたよ!!!」
明日更新します。
47:のん:2015/07/17(金) 21:48 ID:NSs 光月の実家を出発してから一刻ちょっと過ぎ頃。壮汰と秀治は喜内家の屋敷、門の前に立っていた。
壮汰が門を見つめたまま訊ねる。
「ここ?」
その問いには秀治が答えた。
「はい」
秀治は続けて言う。
「入りますか?」
「・・・・・・」
なかなか答えが返ってこない。壮汰が帰りたいと言い出さないか、秀治は不安になった。
「・・・・・・うん」
だが、大分間をあけて壮汰は呟くように言った。
「壮汰殿!これが喜内家の御庭ですよ!」
屋敷内に入ると、秀治はわざと明るい声を出した。その気遣いを完全に無視した壮汰の答えが返ってくる。
「まえに来たから、そんな事わかるよ」
うっ・・・と言葉を詰まらせた秀治は、諦めたのかただ前を向いて歩き始めた。
「えいっ!やあっ!えいっ!」
しばらく歩くと、幼い少年の声がした。何かを叩く音も聞こえる。なんだろうと壮汰は顔を上げた。
「えいっ!・・・はあっ、はあっ・・とうっ!」
壮汰達から少し離れた所で、幼い少年が木刀を握り木を力いっぱい叩いている。
「あ!壮太殿!行きましょう!!」
そう言うなり秀治は訳が分からない壮汰の手を引っ張りその少年の方へと歩き出した。
「え?え?」
壮汰は戸惑うばかりだ。そんな事には構わず、秀治はその少年を大声で呼ぶ。
「佐吉様!!」
少年は木を叩くのを止め、木刀を下げた。秀治と壮汰の方を見ると、面倒くさそうな表情で言う。
「・・・何?」
「ああ。秀治か」
少年は額の汗を腕で拭った。秀治も少年の木刀を見つめる。
「ずいぶん精が出ますね」
「当然さ!いつかお前を抜かしてみせる!」
少年と秀治が話している内に、壮汰は秀治から手を離して少し少年を観察した。
歳は壮汰とあまり変わらなそうに見える。五歳程か。武士の子が着るような服装。細い体、少し大きな目だ。短い髪の色はもちろん黒で、それを頭の上で一つにまとめている。
一体この子は何者なのだろう。
壮汰がそう思っていた時。
「……ねえ、その子誰?」
秀治の後ろに隠れてじっと自分を見つめる壮汰に気付き、少年が秀治にたずねた。
「今日から喜内家の養子になられる、閨壮汰殿です」
そう答えた後、秀治は壮汰を向いて言う。
「壮汰殿。この方が菅昌様の御次男、喜内佐吉様ですよ」
壮汰は秀治の後ろから顔を出し、小さく頭をさげた。
「……ふーん」
佐吉と呼ばれたその少年は木刀の柄を手の中でくるくると回しながら、まるで興味が無さそうに言う。だがふと顔を上げ、再び秀治にたずねた。
「兄上はもう知ってるの?その子……そうた、だっけ。が来てる事」
秀治は首を横に振る。
「いいえ。私達は先程着いたばかりなので」
壮汰はただ黙っているしかなかったので、そのまま秀治の後ろに顔を引っ込めた。
「そうなんだー」
佐吉はにやっと笑い、そして突然叫ぶ。
「もう疲れた!ちょっと休憩するから!あ、秀治、父上の所に行く前にそうた?を兄上に会わせてあげなよ!」
秀治は戸惑う壮汰を見て、頷いた。
佐吉はじゃあねと言うと屋敷の縁側へ走っていってしまった。佐吉が履き物を脱いで縁側に上がり、疲れたー!と言うと数名の世話係らしい家臣達が慌てて出てくる。
その様子をぼうっと見ていた壮汰に、秀治が言った。
「壮汰殿。行きましょう」
壮汰も我に返り、歩き始める秀治を見上げる。
「え?どこに?」
秀治は壮汰にこっち、こっちと手招きしながら答えた。
「菅昌様の御長男、喜内智純様の所です」
九
秀治の後に続いて壮汰は歩いた。秀治は菅昌の長男、『喜内智純』という人物に会うと言っていた。
「なかなか見つからないかも・・・。何しろ智純様はいつもどこか目立たない場所におられますから・・・」
秀治はそう呟いていたが、『喜内智純』とは案外早く遭遇した。
「おさない者よ〜、おまえがひとつ〜数えれば、ひばりの声が、きこえるか〜・・・」
喜内家の数ある庭の一つを通りかかった時。屋敷の影からそんな唄が聞こえてきた。幼い少年の声で、壮汰にはどこか寂しげに聴こえた。
「・・・あっ、この声は!」
秀治が気付いて、その声が聞こえた場所に向かう。壮汰も慌ててそれに続いた。
「ひばりの声の〜哀しさよ、まるでおまえのかおの様・・・・」
「智純様!!」
秀治の一言でその唄声は止まった。壮汰が秀治の背中からそうっと顔を出して見ると、そこには予想通り幼い少年が居た。屋敷の屋根の影の中、地面にしゃがみこんで何かを見つめている。秀治の声に気付いたのかいないのか、視線をこちらに向けようとはしない。
「今日は何をご覧になっているのですか?」
秀治が彼の背に向かって訊ねた。
「・・・決まっている。わたしの影だ」
少年は振向く事なく答える。そして続けた。
「この様な哀れな影を持つ物は、そうそうおらぬであろうな」
そこでようやく少年は振向いてこちらを睨みつけた。
「・・・何用だ」
この子が『喜内智純』だ。
壮汰は直感した。彼の歳はおそらく六歳前後。先程の佐吉とあまり変わらぬ様に見えるが、長男だと言うので智純の方が年上だろう。髪はほんの少し茶色っぽい。それを短く切っている。武士の子にしては珍しく、髪を伸ばしていなかった。当然だが武士の子が着そうな服装。まだ幼い顔で、少し大きな目はまだ敵意剥き出しでこちらを睨んでいる。
壮汰が慌てて秀治の後ろに逃げ込んだ時だ。
「智純よ。何事だ」
突然、喜内当主、喜内菅昌が屋敷の縁側から出てきたのだった。
こんにちは、ぽちです。
読ませてもらいました。
のん様の文才がすごいなっと思いました!
綺麗な日本語を使っていて、私も参考にさせてもらいたいと思います。
これからも、応援しています(´∀`#)
ぽち様>>ありがとうございます(*^∀^*)
これからも続けられるように、お互い頑張っていきましょう(*^o^*)
「菅昌様!丁度探していたところです!」
まず秀治が声をあげた。
「これはこれは!秀治、もうお連れしたのか!」
菅昌は秀治と壮汰に気付くと、少し驚いて言う。
「いや〜、気ばかりが焦りまして…」
「最早お前の性分だな!はっはっはっ…」
二人がそんな会話をしている中、壮汰は特にする事もなかったので、なんとなく辺りを見回していた。
智純はといえば、立ち上がって暇そうに地面を蹴っている。
「そう言えば、佐吉はどこにいる?」
突然菅昌が智純に尋ねた。
「……存じません」
智純はぼそりと答える。菅昌が今度は秀治の方を向いて同じ様に聞くと
「先程、いつもの梅の木の側にて見かけました」
そう秀治は答えた。うむ、と菅昌は頷いて言う。
「よし!では私が父上をお呼びする。智純、お前は佐吉を連れて参れ」
黙ってただ地面を見つめていた智純は、えっと嫌そうに顔を上げた。
「……茂吉御祖父様をお呼びするよりはマシか」
そうぶつぶつ呟いた後、智純は渋々うなずいた。そこで壮汰も我に返り、庭の草花から菅昌に視線を戻す。秀治も菅昌を見た。
「では、壮汰殿を正式に喜内家の養子にお迎えする手続きを始める!」
菅昌は少し大きな声で言った。
壮汰が秀治に案内されたのは、この間菅昌と話し合った部屋だった。
部屋の畳に座り、緊張で正座した膝を落ち着きなく動かす壮汰に秀治は言う。
「大丈夫ですよ」
壮汰は下を向いたまま小さく頷いた。秀治は心配そうに壮汰を振り返り、その部屋を出ていった。部屋は壮汰だけになった。
しばらくして、壮汰がいる部屋の障子が開いた。
「あ、そうた」
この声は佐吉ではないか。壮汰は開いた障子の方を向く。智純と佐吉がいた。智純はむすっとした表情で立ち、その後ろで佐吉が顔を覗かせている。壮汰は軽く頭をさげた。
智純と佐吉は部屋に入ると、智純は畳に正座し、佐吉は障子を閉めて同じく正座する。
「父上は、まだなのか」
智純が明らかに不機嫌そうに呟いた。佐吉はそれをなだめる様に言う。
「兄上。父上はつい先程茂吉お祖父様を呼ばれに行ったのでしょう。お祖父様は兄上と同じ、いつも変な所に居られます。それにあんまり不機嫌なお顔をするのは……」
智純はじろりと佐吉を見て、ふんっと鼻を鳴らす。
「………何故わたしと同じなのだ」
佐吉はそっぽを向いた。壮汰はどうしたらいいのかよく分からなかったので、静かにしていた。それっきり誰も声をあげなかった。
「いやー、もう壮汰が来ていたとは!!何故もっと早くわしに教えんのだ!!はっはっはっ!!」
突然部屋の障子が勢い良く開いた。それと共に茂吉の大きな笑い声が聞こえてくる。
「ぜえっ…ぜえっ……ああ、もう集まったのか……」
壮汰が再び障子の方を向くと、相変わらず元気そうな茂吉とその後ろ、げんなりとした菅昌が立っていた。
「さ、さ、早く始めろ、菅昌!!」
茂吉は畳に正座し、隣に正座する菅昌を急かす様に言う。菅昌は手にした書類をふらふらと掲げ、弱々しい叫びをあげた。
「はぁ……では、これから…はあっ…喜内家一同と閨壮汰殿との、正式なる手続き…を始める!!」
十
壮汰が黙って俯いていると、茂吉が話しかけてきた。
「そうた!そう緊張せんでもいいぞ!どうせこんな手続き、七面倒くさい事ばかりだ!」
壮汰にはよく分からなかった。
「どれ、菅昌ちょっと見せてみろ!」
「ちょっ?!」
茂吉は菅昌が持っていた書類の束をひったくり、それも面倒くさい、これも面倒くさいな・・・と呟きながら書類をどんどん二種類に分けていった。茂吉に向かい合って正座する佐吉の前の畳に、どんどん書類が積み重なっていく。
「・・・よしっ!これで完璧だな!」
しばらくして、やれやれと肩の力を抜いて茂吉は言った。念入りに二種類に分けられた書類の束は、なんと茂吉が持つ一枚を除いて全て佐吉の前の畳に積み上げられている。
「ほれ、そうた!これ、これ!」
茂吉は手に持った一枚の紙を壮汰に渡してきた。
「え・・・その・・・残りは?」
壮汰が戸惑って茂吉に訊ねると、茂吉はさわやかな笑顔で返してくる。
「ああ、いい、いい!その紙以外は面倒くさくて敵わぬ!残りは全て菅昌がなんとかしてくれるさ!!」
「え、ええっ?!!」
唖然とする菅昌をよそに、茂吉は壮汰に説明した。
「いいか?ここに、自分の名前を書くのだ。この書類はお前自身が喜内家の養子になる事を認めた証拠になる。だから・・・」
そこまで言いかけて、茂吉はあっと声をあげた。
「文字は、漢字で書けるか?」
智純がさすがに・・・・といった目線で壮汰を見てくる。だが壮汰ははっきりと答えた。
「じぶんの名は、漢字でかけます」
菅昌から筆を受け取り、茂吉に言われた場所に壮汰は「閨 壮汰」と書いてみせた。
「え・・・すご・・」
佐吉が声をもらした。智純も目を丸くしている。
「・・・・ふむ」
菅昌は壮汰が名を書いた書類を受け取り、一同を見回した。
「閨 壮汰殿を喜内家に養子にお迎えする。抗議のある者は?」
誰も手を挙げない。
「では、決まりだな。」
菅昌は呟いて、壮汰を向く。
「壮汰。そなたは今日から喜内家の子だ」
茂吉もこの時ばかりは黙っていた。その場の視線を集め、壮汰は正座したまま頭をさげる。
「よろしくおねがいします」
大晦日、三歳になる一日前に、壮汰は正式に喜内家の養子となったのだった。
こんにちは!ミオです。のんさん更新頑張ってください!
応援してます!!
ミオさん>>ありがとうございます!
違っていたら申し訳ないのですが、もしかして英語の……
はい!そうです。のんさんのお話は想像が広がって読んでてすごく楽しいです!!
これからも頑張ってください!
>>57
いやいや、敬語いらないでしょ。
ありがとう!第一部から全部読んでくれた?
エヘッ( ´∀`)
読んだ読んだ!!
やっぱりのんさんさすが!
文才分けて、、、
言葉だけでこんなに状況が目の前に浮かぶなんて、、、
すごいよ!ほんと文才分けてぇぇぇ
ミオ>>交流板に専スレたてるから来て!
62:のん◆Qg:2015/07/27(月) 23:11 ID:NSs 正月から二ヶ月が過ぎた。今、季節は真冬だ。だが後一月も経てば春の気配を感じられる事だろう。
「話……始め…ると、この………ほう…は……」
「はい、違いますー!」
「ええーっ?!」
壮汰は今、書物の漢字に挑戦している。隣には秀治。一生懸命読んでいたのに突然秀治に中断され、壮汰は膨れっ面になった。だが構わずに秀治は言う。
「『このほう』ではなく、『このかた』ですよ」
「あ、そっか!」
壮汰は思い出したかの様に声をあげた。
「はい、じゃ続きどうぞ」
秀治がそう言うと、壮汰は再び声に出して読み始める。
「『そうか。そうか。…私は出…羽…の……』」
こんな風に明るく振る舞っているが、秀治の前だけだ。壮汰はいつも一人だった。
三歳になって、もう喜内家での生活にも少しずつ慣れ始めている。
茂吉は相変わらず元気だし、菅昌も相変わらずそんな茂吉に振り回されていた。では菅昌の息子、智純と佐吉はどうかと言うと、この二人の性格も、壮汰はだんだん分かってきた。
智純は何というか、扱いづらい。いつも一人で居るし、しかもおかしな場所にだ。その時智純は、大抵何かの唄を歌っていた。その側に近寄ると振り向いて、こちらを睨み付けてくる。
壮汰は智純が苦手だった。
佐吉は、自由気ままな性格だ。家臣達を様々な事で困らせている。
「さーむーいー!!!!」
「ねえ、お腹空いたー!!」
「ひまー。遊んでよー」
…といった具合である。そのたびに家臣達の慌てた対応を見ていると、壮汰まで可笑しくなってくるのだった。
喜内家では学問の習得の際、時々休憩を入れる。壮汰はまだやっていないが武術の時も同様だ。だがそんな時、智純と佐吉は別に一緒にいる訳でも無く、むしろ一人で居たがっている様に壮汰には見えた。
壮汰が喜内家の養子になって、五ヶ月程が経った。季節はもうすっかり春だ。屋敷の庭には花が咲き誇り、ホトトギスの声も聞こえてくる。
ようやく訪れた春に、壮汰は心踊らせていた。秀治との学問習得の合間に、こうして屋敷の敷地を散歩するのが壮汰の日課になっている。この時間は、日頃の孤独を紛らわせられるので壮汰は好きだった。
壮汰が庭を歩いている時。
「…………ん??」
庭の少し大きな岩に、誰かが腰かけているのが見えた気がする。近付いてみると、後ろ姿でその人物が誰だか分かった。
「さーきち兄様?」
「うわっ!!」
壮汰が話しかけると、その人物…佐吉は驚いて自分の背後、壮汰を振り向いた。そして安堵の表情を浮かべる。
「なーんだ。そうたか」
佐吉が何故ここに居るのか、理由はだいたい分かっている。壮汰はにやにやしながら佐吉に尋ねた。
「まーた稽古嫌になっちゃったんでしょー」
佐吉はぎくりと肩を上下させる。そして壮汰のにやにやした顔を見ると、頬を膨らませた。
「うー。だってー…秀治強いんだもん。全然手加減してくれないしー。今日はよりによってアイツが先生の日だよ?」
佐吉は不満を一気にぶちまけた。壮汰の顔が苦笑いに変わる。
「ぼっこぼこにされるに決まってるー……」
佐吉が少しかわいそうになってきたので、壮汰は言った。
「でも、さきち兄様は剣、好きでしょ?」
佐吉は壮汰の顔を見上げると、力強く頷いた。
「ああ!もちろん!…これからたくさん稽古して、ゆくゆくは日ノ本一の剣士になってみせるぞ!!」
おおっ!と壮汰は感心しかける。
「…なーんてね。せいぜい年とって動きが鈍くなった秀治をぼっこぼこにできれば、俺はそれでいいや」
がくっと壮汰は肩を落とす。そんな壮汰の反応を見て、佐吉は楽しそうに笑った。
「あははは!……まあ、普通が一番だよ。ね?」
今度は壮汰が頬を膨らませて言った。
「うー。はいはい、お互い様ですねー…」
十一
それでは喜内家での壮汰の評判はどうかというと、これが散々だった。
何しろ自分が仕えている武家に、キリシタンの子が上がり込んだのだ。良く思うはずがない。重役を任されている家臣達から下っぱの家来達まで、皆きっと同じ気持ちだ。
『何故菅昌様はあの子をご自分の家に招き入れてしまったのか』
壮汰は喜内家の家臣達を見ては、いつもこんな風に思っていた。
そう思うのは、自分に対する家臣達の目を見る時だ。
「おさない者よ〜、おまえがひとつ〜数えれば……えーっと、なんだっけ?」
ある日の休憩時間。いつもの屋敷の敷地を散歩中、壮汰はよく智純が唄っている唄をなんとなく口ずさんでいた。
しばらくすると、反対方向から人影が歩いてきた。よく目を凝らせば、家臣の一人だ。彼も暇そうにしている。だが壮汰に気付いた様だ。歩みを一旦止める。壮汰にはその表情が固まっているのが分かった。
「…………こんにちは」
すれ違い様、壮汰はぼそりと言うと軽く頭を下げ、その顔を見上げる。
「…………っ!」
彼の口から声にならない悲鳴がもれた。怯えた目をしている。
家臣はそのまま一言も返さず、早足で行ってしまった。壮汰はただその後ろ姿を見つめていた。
喜内家の家臣達のほとんどは壮汰を恐れている。家臣達は、自分より二十も三十も年下の幼子である壮汰を、いつもあそこまで怯えた目で見るのだ。
「…………わたしは呪われてないよ……その、はずだよ………」
悲しい気持ちで壮汰は立っていた。
最近時間が取れない……夏休みはどうも忙しい;;
土日は夏期講習がないので、必ず更新します!!
決して放置している訳ではないんです(´^`;)
のんさん更新頑張ってください!
分かる分かる!夏休みって時間ありそうでないよね(^^;
みほちゃん、ありがとう!
今から打つ!!!
『やはりキリシタンは良く思われない』
喜内家に来て、壮汰は改めてこの事を感じる。この事は初日から分かっていた。
喜内家では屋敷内の中心に大広間がある。そこに喜内家の一族とその家臣達が集まって食事をするのだ。それはまるで宴の様になる。まあ喜内家の一族とは言っても、大広間に来るのは菅昌と智純に佐吉の三人のみだが。
ともかく喜内家で初めて夕飯を食べた時、壮汰は驚いた。たくさんの家臣達の話声が大広間に響いている。これではまるで宴だ。
「なあ、聞いたか?あの腑抜けで有名な満遠殿が、ついに見事!と主にお褒め頂いたそうだ!」
「えっ?!!それはまた何故?」
「主の屋敷に入り込んだ、『蛇』を退治したからさ!」
「な、なんだ……驚かせるなよ……」
「これが愉快な話さ。俺もその場に居たのだが、満遠殿が両手でその蛇を掴んだ時な、蛇が満遠殿の腕に巻き付いてきたのだ」
「そしたら?」
「満遠殿はいつもの事ながら、気絶した。しかし両手を後ろにして倒れたものだから、あの巨体で腕に巻き付いたままの蛇をぷちっと潰してしまった、という訳だ」
「それは………」
「目を覚ましたら主が手を叩いている。一体何が起こった?と間抜け面で首をかしげていた」
「なるほど、確かに愉快な話だな」
壮汰は茂吉や秀治を探したが、どちらもあまりに人が多すぎて見つけることはできなかった。智純も佐吉もどこに居るのか分からない。
壮汰は人が多い所があまり好きではなかった。早く食べ終えてここを出ようと、夕飯の前でいつもの祈りを捧げようとした時だ。
「見ろ。あれが今日から菅昌様の養子としてここで暮らすという壮汰様なのか?」
近くからそんな声が聞こえて、壮汰は食べながら耳をすませた。少し後ろに目線をやると、三、四人の家来達がこちらを見ている。
「そうだろ」
始めの家来の問いに一人が答える。
「ああ……まさか真にあの方が来るなんて……。茂吉様や菅昌様は、一体何を考えていらっしゃるのだ」
更に別の家来が嘆く様に言った。
「菅昌様は壮汰様がキリシタンだという事を勝家様には言わないおつもりらしい。だが、もしばれてしまったらと思うと………」
始めの家来が再び口を開く。
「勝家様は、キリシタンの事がお嫌いだからな」
そして黙っていた四人目の家来が言った。
「俺達の未来も雲ってきたな……」
そこまで聞いて、壮汰はまた悲しくなった。
分かっている。歓迎などされてはいない事を。
そんな気持ちをごまかす様に壮汰は独り言を始める。
「デウス様……わたしがもし、パライソに行けたら、光月に会えるんですよね?わたしは、あなたが与えてくださった試練を乗り越えてみせます。だから………」
その言葉の続きが、涙を抑えるのに必死な壮汰の口からは出てこなかった。
申し訳ありません(´^`)
明日が早いため、今日は更新できないのです。明日必ず!!します(`^´)
切支物語はじっくり考えて更新したいのです。
正直、おもしろくない
安易な山場と変化の繰り返しで嫌になる
葉っぱ基準では達者なんだけど、それにしたって過大評価
>>70様
感想ありがとうございます。
最後までお読み頂き、嬉しいです。
>>安易な山場と変化の繰り返し
読み返してみると、そうですね……。
安易かどうかはともかく、ご指摘頂いた箇所をこれから少しづつ改変していきます。この事を参考に、もう一度内容を練り直したいと思いますので、もし気が向かれたら再びご指摘よろしくお願い致します。
過大評価と言われない様な歴史作品にしていきたいです!
さて、今日は今までの分を挽回してばんばん更新します!!
これからもよろしくお願いします!!
智純と佐吉を、休憩時間に見かけない事がある。一体どこへ行っているのかと、壮汰は時々気になるのだ。
そんな疑問が解けたのは、壮汰が四歳の年の春頃だった気がする。
その日も壮汰はいつも通り屋敷の敷地を散歩していた。茂吉がいつも、休憩時間にはわしが遊んでやる!!と言っているが、壮汰はそのたびに断り続けている。別に茂吉が嫌いだからという訳ではないのだが、茂吉が本当に残念そうな顔をするので壮汰も少し決まりが悪かった。
「智純と佐吉には、特に何もしてやれんかった。だからあの二人もちっともわしになついてはくれなくてな……」
茂吉はこう言うが、壮汰は茂吉が嫌いではない。むしろ好きな方なのかもしれない。喜内家に来て時が経つにつれ、壮汰は喜内家一族に光月と似た様な気持ちになる時が多くなってきた。
今までは自分がひとりだと思っていたが、実はデウス様はまだわたしを見捨ててはいらっしゃらないのかもしれない。
そう思うと嬉しくなって、壮汰は顔をあげて庭の辺りに目をやった。
この景色はもう見飽きているというのに、何故か散歩を止める気にはならない。庭には見事な桜が咲いていた。今は春だと改めて思い出させられる。この庭の景色で季節を感じるのが、壮汰は好きだった。
そういえばここに来てもう一年以上経つのか。
壮汰はふと思った。
嫌な事もあるが、嬉しい事もある。ひょっとしたら、人の人生とはこういう構造になっているのかもしれない。自分が今まで不幸続きだったのは、やはりデウス様からの試練だったのだ。わたしはもう、試練を乗り越える事ができたのだろうか………。
今までの事を振り返って、続けてこうも思う。
「これからわたしにはどんな試練が与えられるのかな ……」
壮汰が声に出した時だ。
「うわっ?!!」
塀の上から小さな悲鳴が聞こえたと思ったら、次の瞬間壮汰の目の前に誰かが降ってきた。
「いったたたた………」
腰を押さえながら立ち上がったその人物は、佐吉ではないか。
「えっ?!!佐吉兄様?!」
壮汰は驚いてたずねる。
「また稽古をサボってるんですか?」
佐吉は慌てて言った。
「ち、違うって!!今は休憩時間なの!」
「じゃあ何で塀の上なんかに居たの?」
壮汰の不思議そうな顔に、佐吉はにやりと笑った。こういう時は大抵何かを企んでいるのだ。
「知りたい?」
「はい」
佐吉はよいしょっと塀にぶら下がり、壮汰を振り返る。
「教えてやってもいいけど、みんなには絶対秘密。いい?」
壮汰が頷いたのを見た佐吉は、塀の向こう側を指差して言った。
「着いて来て!!」
十二
「ねえ、いいんですか?」
佐吉に続いて、塀の上から屋敷の外へ出た壮汰は前を歩く佐吉に言った。
「いい訳ないでしょ」
佐吉は壮汰を振り返り、そんな事も分からないのかとでも言いた気に答える。
「休憩時間、屋敷の敷地内で佐吉兄様を見ない時っていつもこんな風に脱走してたからなのか」
佐吉は前を向いた。
「うん、まあね」
「いつか怒られてもわたしは知りませんよー」
壮汰の呑気な言葉に佐吉は再び振り返る。
「ふっ、ふっ、ふっ。後悔しても遅いよ!壮汰も俺と一緒に外に出ちゃったから、同罪だね!」
勝ち誇った様なその笑顔に、壮汰はため息をついた。
「もうどうでもいいや。……あっ、じゃあ、智純兄様もこうして外に出る時があるんですか?」
その質問に佐吉は首をかしげる。
「分かんないや。多分出てるんじゃない?でも、俺はいつも単独行動。誰かを連れていくのは、お前が初めてだよ」
壮汰より三つ年上の佐吉は、もうすっかり口達者になっていた。壮汰は言葉を話す方ではなく、読む方が得意なのだ。
「そういえば、どこに行くの?」
壮汰は思い出した様に聞く。佐吉は言ってなかったっけ?と言った後、答えた。
「町だよ!」
「まち?そんな人がいっぱいいる所に行ったら、この脱走がばれるんじゃないかな」
しかし佐吉は自信満々な様子だ。
「大丈夫。もう結構前から町に下りてるし、皆が俺の事を黙っている約束で町では色々買ってやってるんだ!」
その答えに、壮汰はまた一つ疑問に思った。
「お金は持って来たの?」
「まだ今月の小遣い余ってるし!壮汰なんかはたくさんあるでしょ?だってまだ一回も使ってないんだから」
喜内家はまだ経済に余裕がある方だ。それ故か、菅昌は息子である壮汰達に月に一度少しの金をくれる。
一体何に使うのかと壮汰はいつも不思議だったが、佐吉が町に下りている事を菅昌は薄々気付いていたのかもしれない。まあこっそり使え、という父親のしての愛情であろうか。
「今日は壮汰に何かおいしいもの、おごってあげる。…あ、でも後で金返してね」
佐吉の声で壮汰は我に返った。
「えー。返すのか……」
佐吉はにやりと笑って、再び前を向いて歩き始めた。
こんにちは、ぽちです*
久しぶりです!覚えてもらえてるかな…(´・ω・`)?
相変わらず素晴らしい文才で読んでてすごく面白いです^^
陰ながら応援しています|
>>74
ぽち様!!あ、ありがとうございます!
はい、もちろん覚えております!
私も部活。愛読しています(^^)
読んでいるとどんどん話に引き込まれて、やっぱり違うなーと改めて実感させられます(汗)
部活。、応援しておりますので、お互い頑張りましょう!!
「壮汰!あの町だよ!見える?」
佐吉が壮汰を振り返って叫んだ。そして前方を指差す。その指が指す方を見れば、少し遠くに町と思われるものがある。
「あんまり歩かなかったでしょ?」
佐吉は言った。確かにここまで歩いて来るのには一刻もかからなかった。つまり気軽に歩いて行ける範囲だという事だ。
喜内家の塀を越えると山道に出る。喜内家の屋敷は山の頂上付近に建っていた。佐吉の言う『町』は、屋敷が建っている山を下って、少し進むとあるらしい。
今壮汰達が歩いているのは山の麓近く。壮汰は喜内家に来て一度も屋敷の外に出た事がなかったから、『町』にたどり着けるか不安だった。だがこの山は高さもあまりないため、案外楽に下る事が出来た。
『町』に入ると、それまで隣に居た佐吉が突然壮汰の前に出て言った。
「壮汰、これが『町』だよ!」
壮汰の前を歩いていた佐吉だったが足を止めて、いくつも並ぶ店の一軒を見る。壮汰もつられて止まった。佐吉はその店の入り口の戸から、顔だけ出して中を覗き、呼びかける様にして大声を出す。
「おやじさんっ!!佐吉だよ、今日も来たんだ!」
「おっ、佐吉君‼︎」
すぐさま店の奥から男が出てきた。四十半ばの厳つい顔つきに、職人風の着物を着ている。佐吉を見ると笑顔で応じた。
「今日はどうする?食ってくかい?」
男の問いに、佐吉は残念そうに首を横に振る。
「もう金があんまり無いんだ...。今月はもう少しで終わるけど、来月になるまでは無理」
男も残念そうに、そうかと言って軽く笑った。が、びくびくと佐吉の後ろに隠れている壮汰を見て首を傾げる。
「おや?そっちの坊やはどちら様だね?」
佐吉は答えた。
「ああ、この子は壮汰。結構前だけど、俺の弟になったんだ。今日はコイツの紹介に来たんだよ!おやじさん、これから仲良くしてやってね!」
男は壮汰の目線に合わせてしゃがみ、自己紹介した。
「やあ、そうた君。俺はこの団子屋の主人だ!腹が減ったら、うちの団子に限るよ‼︎」
そして、にこっと笑う。壮汰も軽く頭を下げた。
「ど、どうも......」
そんな壮汰を見て、主人は感慨深気に話し始める。
「噂になってた喜内家の養子って、そうた君だろ?いやぁ、この目で見られるとはなあ。滅多に人前に出て来ないって言うし。佐吉君、よく連れ出せたもんだよ」
佐吉は胸を張った。
「まあね!ちょっと無理矢理だったかな?」
主人は続ける。
「すっごく聡明なんだって?二歳で漢字を読めたそうじゃあないか。あと、実はキリシタンだという噂も...」
壮汰の心臓がどくん、どくんと大きな音を立て始めた。
「あー、おやじさん、俺達そろそろ行かなきゃ。他の連中にも壮汰を紹介したいしね!」
だが突然、まだまだ続きそうな主人の話をそろそろ飽きてきた佐吉が止めた。
「おっといけねえ。そうかい、じゃあな!」
「うん、また来るねー」
店を出る佐吉に壮汰も続こうとしたが、軽く手を振る主人を振り返る。
「あの......」
「ん?」
主人は意外そうに返事をした。
「わたしがキリシタンでも、ここに来ていいんですか?」
「もちろんさ!」
主人は即答する。
「俺の店に寄ってくれるなんてありがたいね!それはキリシタンであろうがなかろうが、関係ねぇからな!」
壮汰は一瞬、何と言ったら良いか分からなかった。
「壮汰、はーやーくー!」
だが外から聞こえてきた佐吉の急かす様な声でとっさに答える。
「ありがとうございます」
にっ、と笑う主人に再び軽く頭を下げ、壮汰はその団子屋を出た。
明日更新します!
79:のん◆Qg age:2015/08/20(木) 20:48 ID:NSs 十三
壮汰は六歳になった。
秀治のおかげで書物に記されている漢字はほとんど読める様になった。壮汰のずば抜けた理解力は、屋敷内で家臣達に最早恐ろしい、あれが呪いの反動か、等と噂されていた。だが壮汰は最近そういう事にも気にならない。何故なら、自分はひとりではないと思えるようになってきたからだ。
よく佐吉と一緒に屋敷を抜け出して行く、山の麓近くのあの町でも、もうすっかり町人達と壮汰は顔見知りになっていた。この町には毎日佐吉と訪れる。その佐吉とも前よりずっと仲良くなれた。
そんな町人達や佐吉と話す内に、壮汰も段々心を開いていったのだ。
壮汰が六歳になった年の冬。
まだ寒さはあまり感じられず、肌寒い日々が続いていたある日の事。
「私と、剣の稽古をしましょう」
「うわっ?!」
壮汰が屋敷の縁側でぼんやりと膝を抱えて座っていると、突然頭の上から秀治の声が降ってきた。
「な……何だって?」
壮汰は聞き返した。秀治がもう一度言う。
「私と剣の稽古をしましょう」
その言葉に驚いて壮汰は黙ってしまった。秀治は今まで一度も剣を壮汰に教えてくれなかった。…まあ、壮汰も剣の稽古をしたいなどという気はさらさらなかったのだが。
佐吉は普通の武士の子よりもずいぶん早く、四歳から秀治と剣の稽古を始めたという。だが秀治は壮汰と稽古を始める気配は全くなかった。
これは何かあるに違いない……。
壮汰がそんな風に考えていると秀治は続けた。
「壮汰殿は物覚えがとても良い。きっと剣だってすぐに上達するはずです。さあ、早速始めましょう!」
秀治はさあ、さあ!と壮汰を立ち上がらせようとする。
「え……嫌だよ。わたしは剣なんか嫌いだ。だったら一人でこうしていた方がずっといい」
だが壮汰はそんな秀治を見上げると首を横に振って拒絶した。
「そんな事をおっしゃらずに!」
秀治はそう言ったが、壮汰はゆずらない。
「剣なんて、智純兄様と佐吉兄様に任せておけばいいんだ。あの二人は凄いんだから。わたしなんて用無しなんだよ」
確かに智純と佐吉は有望な子だった。二人とも壮汰には劣るが頭は良いし、佐吉の方は稽古がだるいと言っているが剣術だって優れている。二人の性格は置いておいてだ。
いくら頭が良いといっても喜内家にとって壮汰は、将来智純と佐吉の補佐候補。おまけの様な存在なのかもしれない。
「あなただって稽古を重ねれば必ず上達しますよ!さあ、さあ!」
そんな壮汰の暗い顔を見て、秀治は明るい声を出す。
「でも………うわっ?!」
なおもためらう壮汰を秀治は無理矢理引っ張り上げた。
「いいですから!」
秀治はそのまま嫌がって暴れる壮汰の背を押しながら庭に向かう。
「嫌だ、嫌だよ!」
壮汰は抗議してきたが、秀治は無視した。
「佐吉兄様の気持ちが良く分かりましたよ....」
例の町で、飴の屋台の列に佐吉と並びながら壮汰は深いため息をついた。
「え?どういう事?」
佐吉がくるっと壮汰の方を向く。
「わたしもついに、したよ。剣の稽古....」
ああ、と佐吉は言い、にやっと笑った。
「どうせ、秀治にぼっこぼこにされたんでしょ」
頭と腕、そして膝に巻きつけた包帯を壮汰はちらっと見て頷く。
「いいんですよ!わたしもすぐに上達するんだから...」
壮汰がそう叫びかけた時、順番が壮汰達に回ってきた。
「お兄さん、いつもの二つね」
佐吉の注文に屋台の主の青年は気前よく頷いた。が、壮汰の包帯を見てぎょっとする。
「まいど、どうも‼︎...ん?そうた君は一体どうしたのかな?」
壮汰はじとっと青年を見上げた。
「.....剣の稽古」
佐吉が付け足す。
「ぼっこぼこにされたんだよねー!」
青年は苦笑した。
「そっか。お侍になるっていうのも、大変だね」
「これから強くなる予定!」
壮汰の主張に佐吉はまたもや付け足す。
「...があったらいいなー、ってさ」
青年は壮汰と佐吉に飴を一つずつ手渡した。
「はい。強くなるそうた君と佐吉君は、これからもどんどんうちの屋台に来るといいよ。うちの飴は元気のもとだからね」
壮汰は膨れっ面でそれを受け取り、頷いた。
壮汰が秀治と剣の稽古を始めてから一月が過ぎようとしている。
今、佐吉と智純は屋敷の庭で対峙し、睨み合いながら竹刀を付き合わせていた。
壮汰は少し離れた所に座り、そんな様子をぼうっと眺めている。隣には秀治が立って、同じく佐吉と智純を見つめていた。
「さあ、来い!!」
寒々とした庭に佐吉の声が響き渡った。智純はその瞬間ばっ、とその場から退き、振り下ろされる佐吉の竹刀の尖端を避ける。
「はあっ!!」
智純は素早く佐吉の後ろに回り、そのままの勢いで竹刀を横になぎ払った。
「うわっ!!」
佐吉は慌ててしゃがみ、その攻撃を回避する。だがしゃがんだまま竹刀を上に突き上げた。
「えいっ!!」
智純もそれを体を反らして避ける。そして一旦後退した。竹刀を自分の正面で構え、立ち上がる佐吉に向かって叫ぶ。
「来い!!」
佐吉はふうっと呼吸を数回して息を整えていた。が、その言葉を聞いた瞬間、すぐに自分も竹刀を正面に構えて智純に突進を始める。
「うおおおおっ!!!!」
バシッ、バシッ、バシッ!!
二本の竹刀が突き合う音で壮汰は我に返った。
「えいっ!!やあっ、とおっ!!!!」
「ふっ、とおっ!!はあっ!!」
智純と佐吉の声がする方に目をやると、二人は間を詰めて竹刀で叩きあっている。
しばらくの間叩き合いを続けていた二人だったが、突然智純がにやりと笑った。佐吉がへ?という顔をした瞬間に智純は佐吉から離れて、竹刀を佐吉の膝目がけて横になぎ払った。
「やあっ!!」
「う、うわぁぁっ!!」
たまらず佐吉が転ぶ。智純は佐吉の眼前にびたっ、と竹刀を突き出した。
「はいはい!終わり終わり、勝負あった!!」
秀治が叫んだ。
「ううぅっ…痛ったぁ……やっぱり兄上は強いや。全然敵わない……」
再び立ち上がりながらぼやく。
「…………」
智純はただその場に立っていた。
「いやいや、智純様も佐吉様も、少し相手をしない内にお強くなられたものだ」
秀治は感心して言う。
「だって、秀治が全然相手してくれないんだもん。壮汰ばっかり」
佐吉も拗ねたように呟いた。
「えーっと、…さて!」
秀治はそれが聞こえなかったかの様に座ってる壮汰を振り返る。
「壮汰殿、いつもの特訓です!さあ、さあ!」
「えっ?!!い、嫌だよ……」
と、言いつつも壮汰は上がる。もう反論しても無駄だと分かっているからだ。
「はははっ、壮汰、頑張ってね!」
「……………」
佐吉ば笑いながら、智純は無言でその場から立ち去った。
智純と佐吉の姿が角を曲がって見えなくなったのを確認してから、壮汰は竹刀を持って立ち上がった。
「さあ、来い!!」
竹刀を正面に構え、壮汰は同じく竹刀を正面に構える秀治と対峙して叫ぶ。
「ぼっこぼこにされるに決まってるー……」
突進して来る秀治を見て、壮汰は呟いた。
十四
「とおおおぉぉっ!!」
正面に竹刀を構え、壮汰は智純に突進した。智純も竹刀を正面に構えてそれを受ける。
バシッ、バシ、バシッ!!
数回竹刀が叩き合う音がして、それはすぐに止んだ。
「はいはい、勝負あり!!」
叩き合いで智純に押し負けし、顔面に竹刀の一撃を喰らった壮汰は地面に尻餅をつく。その手から竹刀が離れたのを確認し、秀治は叫んだ。
「あーあ。やっぱり兄上には敵いそうもないね、壮汰は」
傍観していた佐吉が、からかう様に壮汰に言う。
「うぅっ………」
ただ黙るしかない壮汰は顔を押さえてよろよろと立ち上がった。
「だが、お前は確実に上達している。まだ七歳なのに……。やはり、日頃の秀治との特訓のおかげか……」
七歳になって少し経つ壮汰を見下ろして、智純は呟いた。
「そうかなぁ………」
壮汰は頭をかいて首をかしげる。
「まあ、上手くなってる事は確かだけどー」
「私のおかげですか!」
佐吉、秀治もそれに頷いた。
「うーん?もうちょっと、ここで肘を伸ばして……」
壮汰が独り言と共に素振りをし始めた時。
智純はちょっとだけ楽しそうに、ぽつりと言った。
「………頑張れ」
壮汰は少し驚いて智純を振り向く。そして照れくさそうに頷いた。
「あ、……はい」
「壮汰、暇か」
壮汰がいつも通りの縁側に座って、いつもの様にぼうっとしていると、突然頭の上から声がした。壮汰は上を見上げる。そこには、智純が立ってこちらを見下ろしていた。
今ではこうして智純と話す事も増えてきている。
「はい」
壮汰は頷く。そしてふと思い付いたかの様に、隣に腰を下ろした智純に訊ねた。
「そういえば、智純兄様がいつも歌っているあの唄。あれって何の唄ですか?」
「ああ、あれか」
壮汰が突然話題を持ち出すのはいつもの事だったので、智純は戸惑う事なく答える。
「あれは私が考えた唄だ。……暇潰しにな」
「自分で?」
壮汰は聞き返したが、智純は頷いた。
「私には母上が居らぬ。私がまだ小さく、佐吉が生まれたばかりの頃に勝家殿の城へお仕えして、今でもそこに住み込んでいるからだ。母上は、それから一度もこの屋敷に帰っていない」
母親の話を振られ、壮汰は改めて感じる。
確かに今まで智純と佐吉の母親の姿を一度も見た事がない、と。
その事を今まであまり気にしてこなかったのは、単純に智純と佐吉が平気な顔をして暮らしていたからだ。
智純は続ける。
「だから私は母上の顔を覚えていない。多分、佐吉もそうだと思う」
佐吉兄様……。佐吉兄様はどうなのだろう。母親が、自分が生まれてすぐに離れて行ってしまったというのは。一体どう感じているのだろう。やはり、壮汰と同じで、智純も佐吉も寂しいのだろうか。
壮汰は思った。
「そんな風だからかな。私は誰かに唄や遊びに付き合ってもらった事が無いのだ。この家の家臣達は、噂好きや陰気な者達が多い。私は……人に甘えるという事を、幼い子供は大人に甘えていいと、知らなかった。思っていなかった」
智純は話を戻す。
「家臣達は噂した。私と佐吉にはこれと言った才能が何も無い。武士の子としては、私も佐吉もあまり相応しく無いのではないか、と」
壮汰はそんな事はないと言おうとしたが、智純が次の言葉を続る方が先だった。
「そういう噂がたったから、私と佐吉の距離は自然と離れていった。私はいつの間にか、陰気で根暗な家臣達とそう変わらぬ気持ちになっていた……」
壮汰は言おうとした言葉を無理矢理止める。
「私は誰からも相手にされなかった。昔からいつも、暇さえあれば屋敷の隅で唄を考えていた。あの唄はそういう思いで考えたものだ」
智純を見ると、寂しそうにうつ向いていた。
「そんな時に壮汰が父上の養子になると決まった。お前がとても聡明だと言う噂も」
智純は一旦言葉を切る。
「私は………思った。皆から見捨てられたのではないかと。私は、用済みになったのではないか?父上は壮汰を息子にして、私を捨てるのではないか?私程不幸な者が、この世にいるだろうか?……そういう思いに災なまれる日々が続いた……」
壮汰は黙って、じっと自分の足元を見つめていた。
「あの唄の、『幼い者』とは私の事だよ」
壮汰は何故か目に涙が浮かびそうになった。自分のせいで、こんなに悲しい思いをする人が居た、という事に対して、ただうつ向かざるを得ない。
「………でもね。そうではなかった」
智純のその一言で、壮汰はゆっくりと顔を上げた。
「お前は、自意識過剰な子ではなかった。最近、感じるのだ。お前が来た事で、私と佐吉の開いてしまった兄弟の距離が少しずつ縮み始めている」
顔を上げたまま智純の顔を見ると、その顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。
「お前が来てから少しして、私はお前の世話係の秀治と前より仲良くなった。よく話すのだ。あいつとは」
そこで智純は再び言葉を切る。
「前まで、私はひとりだと思っていたけど………」
最後に智純は、その笑顔を壮汰に向けて続きを言った。
「茂吉お祖父様。父上。佐吉。壮汰。秀治。ほら、私にはたくさんの支えがあるんだよ。私は、ひとりじゃない。壮汰、これからもよろしくね」
壮汰は、嬉しくて、言葉を詰まらせそうになりながら言葉を返していた。
「わ、わたしも。よろしくお願いします。……あのね、智純兄様。あの唄の続きを教えて」
智純は一瞬驚いた様に少し大きな目を丸くし、すぐに頷いた。
「分かった。私の長話を聞いてくれた礼だ。……壮汰、お前とはもっと話しがしたいな」
そう言って、再び笑顔を壮汰に向けた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
壮汰は急いでいた。東側の庭から西側の庭へ、つまり反対方向へと向かって走っているのだ。
一刻程前。
壮汰はいつも通りの秀治との特訓を終え、自分の部屋に続く廊下を歩いていた。
「どんどん上達しますね」
秀治に言われたその言葉が頭によみがえる。珍しく褒められたため、その時の壮汰は上機嫌だった。
「あ、壮汰!」
突然、廊下の角から智純が姿を現した。壮汰を見ると嬉しそうに笑顔になる。
最近智純にも、ちょっとした事で笑顔になる時が増えた気がする。壮汰は何だか幸せな気持ちになった。
「探していた」
智純が言う。壮汰はたずねた。
「何ですか?」
智純は答える。
「次の休憩時間に、西側の庭集合」
「?」
「じゃあ、また後で」
訳が分からなそうな顔の壮汰を置いて、智純は廊下を走り去って行ってしまった。
壮汰が西側の庭へと向かったのは、そういう訳だ。先程智純と会ったのは東側の庭近くだったので、ぐるりと屋敷を半周する距離を走ってきた事になる。
「はあっ、はあっ………」
ようやく西側の庭にたどり着いた壮汰は、呼吸を整えようと荒く息を吸ったり吐いたりしていた。その時。
「壮汰。来たか」
前から智純の声がした。壮汰が顔を上げると、やはり智純がいる。庭の岩に座っていた。壮汰も声を出す。
「いきなり、どうしたんですか?」
智純はただ笑うだけだった。
「ったく………何なんだ……」
今度は壮汰の後ろから誰かのぶつぶつと呟く声が聞こえた。振り返ると、不機嫌そうな佐吉が居る。
「うわっ!!佐吉兄様いつの間に?!」
佐吉はぶすっとした表情のまま答えた。
「さっきから居たよ。お前と同じで、兄上に呼び出されてね」
壮汰が智純の方を向くと、智純は頷いた。
それを確認して、壮汰は再びおずおずと智純にたずねる。
「智純兄様……それで、どうしたの?」
智純はひょいと岩の上から飛び降り、壮汰と佐吉の前に立って言った。
「剣の流派を生み出そうと思う」
「はぁ?!」
佐吉と壮汰は同時に呆けた声を出す。
「もちろん、正式なものではない。私達だけの流派だ」
智純は付け加えた。
「それは……また何で?」
佐吉も尋ねる。智純は自信有り気な微笑を浮かべ、答えた。
「私達もいつか戦に参加する日があるかもしれない。……そんな時に、格好が良いと思わないか?『喜内流!!』って」
壮汰はその場面を想像する。それはなかなか興奮するものだったので、すぐに賛成の意を伝えようとすると、それを遮る様にして佐吉の嬉しそうな声がした。
「何それ、カッコいい!!面白そうだし、やろうよ!ね、壮汰」
「あ、はい………」
何だか気後れした気分だった。
のんさんすごいですね。
けどちょっと読みにくいですからこんな感じならどうでしょうか?
女子は授業に取り組んでいた。しかし…
「ぐぅ…」
寝不足なのか眠ってしまった。
>>かごめさん
分かりました。実践してみます。
テスト期間なので、土曜日位にまた必ず更新しますm(_ _)m
すみません!今日必ず更新します!
88:のん◆Qg age:2015/09/06(日) 23:21 ID:NSs 十五
「そうだな、それぞれが得意な技に名を付けよう」
まず、智純がそう提案した。
「得意な技か……」
佐吉も考え込む様に呟く。だが壮汰は、すぐに思い付いて言った。
「智純兄様だったら、相手の膝を付き、転ばせる事が得意ですよね!」
「相変わらずお前は思い付くのが早いな」
智純は感心して頷き、続けた。
「でも、それを戦の時にやったら、卑怯だと言われはしないだろうか」
それには佐吉がにやりと笑って答える。
「大丈夫ですよ!もしこの技をやって、『卑怯者!正面で、正々堂々と勝負だ!!』って怒鳴られたら、こう答えればいい……」
そこで佐吉は、智純と壮汰をじらす様に少しの間言葉を止めた。
「『何を抜かすか。技で制すもまた武士道。…あの世への旅路、お気を付けよ』」
渋い声を出した佐吉に、智純と壮汰は思わず吹き出す。智純は再び問いかけた。
「では、技名はどうする?」
これには壮汰も迷ってしまい、黙った。他の二人も同様だ。しばらくの間沈黙が続いたが、それを佐吉が破った。
「あのね…これは?『喜内流!正面膝落とし!虎依の構え!!』…あれ?ちょっと変か」
「いや、良いと思う」
「何かカッコいい!」
智純と壮汰は即答する。佐吉は笑顔になって言った。
「じゃあ、どんどん行こう!次は俺の得意技。とにかくカッコいい名前を入れたいんだけど…何かある?」
壮汰は何だか楽しくなり、すぐに答える。
「佐吉兄様は、倒れた体制からの突き上げが得意ですよね!だからこれは?『喜内家流!天地突き!!神龍の構え!!』」
「そんな感じそんな感じ!!」
佐吉も興奮してきた様だ。智純は嬉しそうに言った。
「次は壮汰のだな」
剣の流派の名前を考えるのは三人の間でしばらく、休憩時間の楽しみとなった。
わたしは本当に幸せだ。
この時の壮汰はこう思っていた。
壮汰は九歳になった。
神への祈りは毎夜していたが、その内容は徐々に変化している。
以前は悲しみに暮れ、自分の孤独さを実感しながら祈っていたものだった。でも今は神へ、自分を幸せにしてくれた事に感謝を捧げながら祈っている。祈る時、壮汰は更に幸せになれるのだった。
「デウス様、今日は剣の稽古で、また佐吉兄様に負けてしまいました。…相変わらず強いんです。智純兄様も、佐吉兄様も、ひでも」
そこで壮汰は一旦言葉を止めた。蝋燭の炎に照らされ、金属の十字架はきらりと光っていた。それを見つめて壮汰は続ける。
「わたしなんか、全然敵いそうもありません」
えへへ、と苦笑し、それからゆっくりと胸の前で両手を組んだ。
「みづきや、父上様、母上様は今、あなたのお側に居ますか?もしも居たら、どうか伝えてください」
壮汰は、光月の顔をぼんやりと頭に思い浮かべた。光月と暮らしたのは、もうずっと昔の出来事だった様な気がする。
「わたしは今、幸せだと」
そう言って、壮汰は大きく息を吸い込んだ。そして静かに目を閉じる。
「デウス様。わたしを幸せにしてくださり、ありがとうございます」
「喜内流!!膝落とし!虎依の構え!!」
「喜内流!!天地突き!神龍の構え!!」
「喜内流!!正面叩き割り!花天月地の構え!!」
バシッ、カンッ、バシッ!!
木を叩く音と共に、威勢の良いかけ声が喜内家の屋敷の庭に響き渡った。
壮汰は今、智純や佐吉と一緒に剣の稽古をしている。竹刀で、木の枝からぶら下げた板を叩いていた。
壮汰達兄弟が流派なるものを決めて、早くも半月が過ぎた。
技名は出だしを統一し、『喜内流!!』から続ける事にしたのだ。
技名が決まれば、後はもう稽古あるのみである。
智純と佐吉は、毎日こうして特訓をしていた。壮汰も負けじと木の板を相手に自分の得意な技を試す。
壮汰の得意な技。それは相手と正面で突き合い、押し切る事だ。壮汰は佐吉にこう言われた。壮汰には難しい技より、単純だが勝つための知恵が必要なものの方が向いていると。なるほどと思った。
だからそれ以来壮汰は、毎日ただひたすら、こうして木の板を叩いている。
しかし、その技にはやはり体力が必要だった。壮汰は、体つきがあまり丈夫だとは言えない。だからこそ、技を成功させるための体力を付けなければならなかった。
「えいっ!!やあっ、とうっ!!」
壮汰はいつも、体力に限界がきそうな時は、かけ声の音量を上げて踏ん張っている。それでも、稽古はかなり辛いものになった。
「はあっ…はあっ……」
壮汰が一旦腕を休め、体力の回復を待っている時。
バキンッ!!
背後から木の板が割れる音がした。壮汰が慌てて振り返ると、智純の板が真っ二つに割れている。
「やった……」
智純はぐっと片手を握りしめ、嬉しそうに呟いた。
「う、ぐぅ……。また兄上か…」
佐吉はその逆で、悔しそうに片手をぐっと握りしめる。
この稽古は、誰かが一番初めに板を割ったら終了となる決まりなのだ。
壮汰は目の前にぶら下がる、傷だらけの板を見つめて、ため息をついた。
まだ割れない……。
もどかしくて、竹刀を持つ手に力を込める。
「壮汰!」
突然背中を誰かに叩かれた。壮汰が振り向くと、そこには佐吉が居る。
「何ですか?」
壮汰の問いに、佐吉は笑顔で答えた。
「今日は、もうちょっと遠くの町まで行ってみようと思うんだ」
十六
佐吉に誘われ、壮汰はいつもの町よりも少し遠くにある町を訪れていた。他の町に来たのは、これが初めてだ。
「どんな町なのかな?」
壮汰が道中佐吉に訊ねると、佐吉は分からないと言った。
「俺もまだ行った事がないんだ。団子屋の主人に聞いただけ」
団子屋の主人とは、もちろんいつもの町の、だ。佐吉が他の町の事も教えてと頼むと、主人は快く知っている限りの町の事を話してくれたのだという。その中でも、一番喜内家の屋敷と近かったのが、これから行く町なのだそうだ。
一体どういう場所なのかと、壮汰は心を踊らせて町を目指した。
「…………」
その町の道の真ん中で今、佐吉と壮汰は立ち尽くしている。
佐吉は無言で辺りを見回していた。壮汰は自分の影に目を落とし、黙って佐吉が何か言うのを待つ。
「なんか、陰気な町だな」
しばらくして佐吉はようやく口を開いた。壮汰も顔を上げ、辺りを見る。そして小さく頷いた。
「確かに……」
町には活気が無かった。空気はびりびりとし、重く感じる。表に居る人々は少なく、その誰もが顔つきが暗い。道行く人の足取りは、一刻も早く用事を済ませ、自分の家に引っ込んでいたいと言わんばかりにせわしなく動いていた。
「皆、どうしたんだろう」
佐吉は呟き、行こうと壮汰を振り返って歩き出した。
大通りですれ違う人々は、何故か佐吉と壮汰を恐れる様に大きく避けて通る。壮汰はひどく居心地が悪くなって、前を歩く佐吉をただ見つめていた。その佐吉も再び無言になっている。佐吉がこんなにも長い時間何も喋らないのを、壮汰は初めて見た。
来るんじゃなかった……。
壮汰が後悔してうつ向いた時。
ドンッ、と正面から誰かにぶつかった。
「いっ……」
思わず声を漏らして顔を上げると、そこには壮汰よりも小さい、五歳ぐらいの少年が居る。壮汰とぶつかった時に急いで離れたのだろう。二人の間には少し距離があった。壮汰が何か言おうと咄嗟に口を開きかけると、突然少年の膝が、がくがくと震え始めた。壮汰がその顔を見ると、目には涙が溜まり、歯はがちがちとなっている。
「あ………」
少年の口から小さな声が漏れるだがそれ以上言葉が続かない。その様子に見かねた佐吉が、少年に声をかけた。
「君、大丈夫?」
びくっと少年は肩を上下させ、ゆっくりと佐吉を見上げる。そして言った。
「ごめんなさい……わ、わざとじゃないんです…だから、ころさないで」
壮汰はその言葉に呆然とし、黙って佐吉を見た。佐吉も戸惑った様に答える。
「大丈夫。殺しなんかしないから」
「ごっ、ごめんなさい!!!」
佐吉がそう言ったのと同時に、突然若い女性が少年の前に現れた。一瞬怯える少年に目をやり、無事を確かめるとすぐに、佐吉と壮汰に勢い良く頭を下げ、謝り始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、どうか許してやってください。どうか……」
そしてもう一度ごめんなさいと言い、少年の手を引くと、一目散に走って行ってしまった。
佐吉と壮汰は、呆気にとられてその後ろ姿を見つめていた。
すみません、ミスです!
声が漏れるだが→声が漏れたが、
親子の姿が見えなくなってしばらくしてからも、佐吉と壮汰はその場から動かなかった。どちらもただ、呆けた様に前を見つめる。
「………帰ろう」
壮汰はぽつりと呟いた。
「え?」
佐吉を向いて、壮汰はもう一度繰り返す。
「もう……帰ろう」
一瞬うつ向いたが、佐吉は顔を上げて頷いた。
「うん」
佐吉と壮汰は町の出入り口を目指し、再び無言になって歩いていた。裏路地は大通と比べると、やはり暗い。一刻も早く屋敷に戻りたくて、佐吉も壮汰も自然とはや歩きになる。
壮汰は歩きながら、先程の少年の顔を思い浮かべ、考えた。
あの子はどうして、殺さないでなどと言ったのだろう。
そんな風に思っていた時だった。
ズドーン!!!!
「?!!!!」
突然、今しがた壮汰達が通り過ぎた曲がり角から、大きな銃声が鳴った。
「な…………」
壮汰は銃声のした方を振り返り、びくびくと肩を震わせて押し黙った。佐吉はしばらく、その曲がり角を睨み付けていた。だがいきなり、何を思ったのか走り出した。
「ま、待って!!」
壮汰も必死でその後に続く。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
佐吉が目指した先は、やはりあの曲がり角だった。角を曲がった佐吉と壮汰は、そこに広がる光景を目にした。
「う………」
「しっ!!」
声をあげかけた壮汰を、佐吉が慌てて止める。壮汰は頷くと、曲がり角の壁からそっと様子を窺った。佐吉も続けて曲がり角から顔を出す。
壮汰達が見つめる先には、数人の武士が居た。身分はあまり高くなさそうだ。その内の一人が持っている火縄銃からは、青白い煙が出ている。先程の銃声は、きっとあれから発せられたのだろう。
武士達の足元には、若い女がうつ伏せになって倒れていた。二十位だろう。服装からして恐らく農民だ。顔は、よく見えなかった。片手できつく地面の土を握りしめた後が見える。女はぴくりとも動かなかった。その背に視線を移すと、赤黒い血が流れ出ている。
撃たれたのだ。あの武士に。
壮汰はぐっと拳を握りしめた。佐吉は黙って様子を見ている。
「やっと仕留めたな」
火縄銃を持った武士が口を開いた。
「ああ。この女はキリシタンの村の生き残りだ。上様からは、あの村は全て燃やし尽くせとのご命令だ。生き残りが居ては、こちらが困る」
他の武士も続けて言う。
「それにしても、キリシタンへの弾圧は日に増して酷いものになっていくな」
一人の武士がぽつりと呟いた。
「うちは禅宗だが、ここまで迫害され続けていると、キリシタンが哀れになってくる」
「それぞれの神を信ずるのは、許されないのだろうか?」
「さあ………」
駄目だ。キリシタンは、ここに居てはいけない………。
壮汰は直感し、同時に一刻も早く屋敷へ帰りたくなった。気ばかりが焦って、一歩後ろに退く。
ガコン!
「痛………!!!」
突然、木材が倒れる音が裏路地中に響いた。側に立て掛けてあった長い板に、壮汰の足が当たったのだ。
「だ、誰だ!!!!」
すぐに武士の一人がこちらを振り向く。その時だ。
「そ、壮汰っ!!」
佐吉が小さく悲鳴をあげた。慌てて屈み込んだ壮汰の懐から、今度はあの金属の十字架が滑り落ちたのだ。カシャンと音がする。
暗い裏路地で鈍く光るその十字架に気付いたようだ。武士の一人が叫ぶ。
「さては、まだ生き残りが居たのか!?」
火縄銃を持った武士は、大声をあげた。
「こ、このっ!!こうしてくれる!!」
そして火縄を構えると、狙いを壮汰達が居る曲がり角に定め、素早くその引き金を引いた。
ズドーンッ!!
轟音が響く。壮汰の右足が血に染まった。
「ぐっ!!!?」
壮汰はがくりと地面に膝を着いた。
「はっ、早く!!」
佐吉が壮汰の手を引き、立たせようとする。壮汰は金属の十字架をひっ掴むと、力を振り絞って立ち上がった。右足にズキンと痛みがはしる。だが、そんな事に構っている余裕はない。壮汰はよろよろと走り出す。佐吉は再び壮汰の手を引いた。
二人は全速力で裏路地を駆け抜けた。
十七
「逃げた……か」
仲間が火縄を放った方へ駆け寄り、武士の一人は呟いた。そこには点々と血の跡が残っている。後ろで黙っていた別の一人が、心配そうに言った。
「おい、本当にキリシタンだったのか?」
「さあ……。だが、金属の十字は見えたぞ」
しん、と辺りは静まりかえる。
やがて、火縄銃を担いだ武士がぽつりと言った。
「なあ。俺はこれから、やたら無闇に火縄をぶっ放すのは止めようと思う」
その火縄銃を見つめ、他の武士達も頷く。それを見て、火縄銃の武士は控え目に続けた。
「俺も、その……人が撃たれるのは、あまり見たくないからな…」
「ねぇ!!もういいんじゃない?」
町の出入口を抜けても、壮汰達はしばらく走り続けていたが、とうとう佐吉が叫んだ。壮汰はその言葉を合図に、だんだん走る速さを緩めて止まった。佐吉も止まり、荒い息を整えようとする。
「いっ………!!!」
途端、どさっという物音がした。佐吉が慌てて隣を向く。壮汰が倒れていた。額に汗を浮かべ、右足首を手で押さえている。
「ま、待ってて!!」
佐吉は、いたずらのために常備していた手拭いを懐から出した。それを壮汰の右足首にしっかりと巻き付ける。白い手拭いは赤く染まった。
「はあっ、はあっ…………!!」
壮汰は立ち上がろうとする。だが、すぐに地面に腰を下ろした。右足に力が入らないのだ。
「………」
壮汰は、しばし無言で激しい痛みに耐えた。その様子を見ると佐吉は、安心した様に言った。
「よかった……お、お前…し、死んだかと思って……」
そして壮汰の足を見ると、泣きそうな顔になった。
「ごめんね、壮汰。痛いよね……。あんな町に行かなければ……」
壮汰は首を横に振って顔を上げ、無理矢理笑顔を作った。
「悪くないよ。大丈夫」
佐吉はぐっと拳を握り、頷いた。
「もう嫌だ……。帰ろう」
佐吉と壮汰は、喜内家へと続く山道を歩いた。
「・・・・っ!!」
「壮汰!」
突然壮汰が膝を付き、その場に座り込んでしまった。佐吉が慌てて足の出血具合を確かめる。
「うっ・・・。ひどく血が出てる。早く帰って、止血してもらわないと」
壮汰は頷き、よろよろと立ち上がった。途端、右足にズキンと痛みが走る。一歩踏み出す度に、この痛みは壮汰を襲った。
うわああああっ!!
やる前に書き込んじゃった!
すみません、続き今すぐ打ちます!
佐吉と壮汰は、喜内家へと続く山道を速足で歩いた。
「・・・・っ!!」
突然壮汰が膝を付き、その場に座り込んでしまった。佐吉が慌てて足の出血具合を確かめる。
「うっ・・・。ひどく血が出てる。早く帰って、止血してもらわないと」
壮汰は頷き、よろよろと立ち上がった。途端、右足にズキンと痛みが走る。一歩踏み出す度に、この痛みは壮汰を襲った。
「はあっ、はあっ・・・・」
壮汰が荒く息を吐きながら歩いていると、佐吉が心配そうに話しかけてきた。
「ねえ、大丈夫?ちょっと休憩した方がいいんじゃない?」
「だ、大丈夫だから!・・・早く帰りたいんだ」
壮汰は首を振って否定する。そう、と佐吉は呟いた。そこからはもう壮汰の荒い息使いしか聞こえなくなった。
「それ、ようやく役にたったね!」
しばらく黙っていた佐吉は、突然明るい声を出した。壮汰の足首に巻かれた手拭いを顎で示す。
「あ、はい・・・・」
壮汰もちらりとそこに目をやった。出血は更にひどくなっており、白かった手拭いは赤色に変化している。
「血が・・・・」
壮汰はぽつりと言葉を漏らすと、それっきり押し黙った。佐吉がすかさず話しかける。
「なんであの女の人、撃たれてたんだろうね」
そして言った後、さすがにこの話題はまずいと思ったのだろう。慌てて次の言葉を続けようとした。
「いや、その・・・」
「わたしのせいだ」
だが壮汰の方が早かった。じっと自分の足首を見つめ、その表情を曇らせる。
「え?」
佐吉は後ろの壮汰を振り向いた。
「わたしがあの町に居たから・・・」
壮汰は再び押し黙ってしまった。佐吉にはその言葉の意味がよく分からなかった。
「後で、団小屋の主人に聞いてみるよ。あの町の事」
そう言うと、佐吉は困った様な顔をして俯き、もう何も言わなかった。
佐吉と壮汰が喜内家の屋敷に辿り着いたのは、結局その日の夕暮れ近くとなった。
早く帰りたいがために壮汰は、足の激痛をごまかし、無理矢理歩き通そうした。だがかえってその激痛は酷くなり、遂には途中で歩けなくなってしまった。何度も休憩を取り、佐吉に励まされながら壮汰はここまで歩いてきたのだ。
佐吉の世話係である一人の家臣が、壮汰の赤く変色した足を見た途端、喜内家の屋敷は騒然となった。
壮汰は何が何だかよく分からない内に、空いていた部屋に寝かされていた。そこで足の手当てをしてもらった。しばらくして手当ては終わり、家臣に佐吉はと訊ねると、別の部屋にて質問攻めとなっていると言う。
すぐに茂吉や菅昌も駆け付け、何だ何だと家来達に事情を聞いていた。
その日の夜。
騒ぎとは隔離された様な静かな部屋で布団に入り、壮汰は考えた。
いずれ自分も佐吉の様に問い詰められるだろう。それは覚悟しなくては。
安静にしているようにと言い残し、家臣達はずいぶん前に部屋を出て行った。今ここに居るのは壮汰だけだ。
「わたしのせいか」
壮汰はふと、これで何度目となる言葉を呟いた。そして目を閉じ、続ける。
「デウス様……あの女の人は、あなたの元へ辿り着けましたか?」
答えは、返ってはこなかった。
十八
翌日の朝。騒ぎがまあまあ落ち着いた頃、壮汰は菅昌、佐吉、数人の位の高い家臣達と向かい合い、昨日予想した通りに今にも質問攻めに合いそうな空気だった。壮汰はまだ足の痛みが酷いため、布団から上体を半分起こした体制となっている。ここに茂吉は居ない。何やら急用らしい。それは何ですかと壮太が菅昌に訊ねると、どの様な用事かは分からないと返された。だが驚く事に、茂吉は島原城に出向くという。島原城と言えば、喜内家が仕える松倉勝家がこれを拠とし、ふんぞりがえっている城だ。この城の普請に、農民はたいそう苦労したという。そんな所に行くという茂吉の話に興味が無い訳ではなかったが、今の壮汰はそれどころではないのである。
「・・・・それで、一体何があったのだ」
まず始めに、菅昌が壮汰に尋ねた。家臣達も緊張気味に壮汰の答えを待つ。佐吉はもううんざりと言った表情でその様子を窺っていた。
「・・・・・」
壮汰は無言になって掛布団を握る。正直、なんと答えたら良いのか分からなかった。佐吉が一体どう言い訳したのかは知らないし、もちろん今ここで佐吉に聞ける訳もない。だから壮汰はすっかり困ってしまい、足の痛みも忘れて考え込んでしまった。しばらくしても口を開こうとさえしない壮汰を見て、分かりやすくしようと菅昌は言葉を付け足す。
「こんな大怪我をしたからには、何か大事件があったのだろう?」
だがその言葉は、余計に壮汰の頭を悩ませただけであり、あまり効果の期待も出来そうにないものとなった。
壮汰の頭の中では色々な考えが混じり合い、もはやこの頭が正常に働いてくれるかどうかは本人にも不明であった。
「ほら、壮汰」
今まで黙っていた佐吉もこの静寂に耐えかねて、壮汰の背を押すように言う。その声に反応し、壮汰はなんとか声を絞り出した。
「・・・・答えたく、ありません」
皆、その答えにいささか困った様な表情になり、互いの顔を見合わせる。だが佐吉はそうではなかった様で、その場をなんとかおさめようとわざと明るい声でこう言った。
「俺は見ていたから分かりますが、壮汰は岩の上から転げ落ちたのです。剣の稽古が終わって、共に休憩していた時の事でした。しかも運の悪い事に、落ちた所がこれまた硬くてごつごつとした岩の上だったのです。だからその足は血塗れになってしまいました。その事を恥じて、壮汰は言い出せないでいるのです」
とまあ、いつ思いついたのか、それらしい言い訳を真の様にすらすらと並べ立てる。
「そうなのか?」
菅昌がいぶかしがって壮汰へと顔を向ると、壮汰は力なく頷いた。これには菅昌や家臣達もうーむと唸り、なるほどと納得せざるをえなかった。何故ならば、佐吉と壮太が屋敷の外へと脱走するのを家人全員が見ていないと証言したからである。
結局、菅昌は今後はしかと気を付ける様に、と佐吉と壮汰に言い残してこの件は終わりとなった。
これで更に自分が『呪われている』という噂が家臣達の間で酷くなると思うと、壮汰は佐吉の口達者さに感心している場合ではないのであった。