"Liar"。
本来の意味は嘘吐きだが、この世界ではスパイの呼び名である。
これはある一人の男の話だ。
Z地区で密かに育て上げられ、Z地区のスパイとして活動した。
口癖は、「Liarは疑われた時点でLiarではない。」
彼は、異常であった。
見聞きしたものを刹那で覚え、頭の回転が早すぎ、そして左目が見えない。
またそれをカバーするかの様に身体能力や運動神経が優れている。
スパイ養成学校内ですら気味悪がられた完璧な化け物。
それが彼だった。
<Story 01>
今日のA地区は慌ただしかった。
ドタバタと赤いカーペットが敷かれた通路を走る音。
ぶつかった短気な者同士が喚き、それを横目に見る冷ややかな目線。
建物内ほとんどが轟音で埋めつくされていた中、一部屋にだけ静寂な空気が流れていた。
そこにはA地区の長、加藤洋平が居た。
そして新しくA地区のこの建物内の使用人となる有馬蒼巳も居た。
加藤は40歳後半、有馬は20前半といった顔つきをしている。
加藤は煙草を口にくわえると有馬に向かって低い声で
「...火を」
有馬はコクリと頷くと素早い動きで煙草に火をつける。
「もう良い、下がれ。」
加藤は一度大きく吸い込み白い息を吐き出すと深く椅子に寄り掛かり軽く手を上げて言った。
有馬は軽く一礼した後、加藤にくるりと背を向け音を立てずに部屋を出ていった。
廊下の片隅、A地区の団員の若い男性二人組が何かを話していた。
「おい聞いたか?」
コソコソとした口調で一人が話しかける。
「何をだ?」
「今日A地区に来た新しい奴のことだよ」
片方がもう片方の肩を叩きながら言う。
「あぁ...何だっけ、有馬...」
「そう彼奴!彼奴さ男のくせして華奢で小柄らで可愛いらしいんだよ!」
片方が惚けた顔をしつつもう片方に伝える。
するともう片方は少し首を捻りつつ
「まぁこの地区は女が居ねぇからなぁ...」
「C地区には長以外は女しか居ねぇって噂だぜ」
「彼奴もなかなか可愛いんだろ?ならそれで我慢しろよ、な?」
すると片方は頭を掻きながら悩んだ風に答える。
「彼奴片目、左目前髪で隠れてんだよなぁ...」
「へぇ、何でだろうな」
「知らねぇよ、あーぁ両目見えてたらもっと魅力的なんだろうなぁ...」
片方がニヤけていると冷ややかな目線を向けられていることに気付き二人は急いで自分の持ち場へと戻った。
有馬の仕事は加藤の側につき、加藤に言われたことを淡々とこなしていくという簡単なものだった。
何故新人の有馬がそんな役をしているのには理由があった。
ただ加藤自らが有馬に向かって命じたのだ。
普通長年務めた者がなるようだが加藤は違った。
加藤自身有馬を気に入ったようだった。
加藤は有馬に対して色々なことをさせた。
靴磨きや掃除と身の回りのこと、話し相手やただ傍にいることなどくだらないものまで申しつけた。
これらに対して有馬は顔色一つ変えずにすべて完璧にこなした。
ただ話し相手になることは少々苦手にしているのか話題に困っていた。
この世界では各地区同士で争いが起きていた。
それはA地区も例外では無かった。
時々戦地の人数調整のためにこの建物内からや一般庶民から何十人と戦地に駆り出される。
そして駆り出された人間は二度と戻っては来ない。
それが普通だ。
戦地に行く人間はこの地区の長、加藤が決めているのではなくランダムに決められているためこの地区にいる長以外の全員がおびえながら過ごしている。
しかし長だけは唯一選ばれない。
そんな掟があるため加藤は長く居られるために有馬を近くに置いている。
と、まぁそういう噂があるだけで実際は違うかもしれない。
だが有馬が加藤の側近になったのには変わりなかった。
同日、A地区周辺の町が何者かに襲われた。
襲われた人たちが言うには
"見たことのない服"で"見たことのない武器"を使っていたらしい。
そして皆口を揃えてこう言う。
"全員、Z地区らしき紋章が腕に刻まれていた"と。
襲った者確認できた範囲では全員が同じ紋章が腕に彫られていたという。
そしてまた全員がゴーグルをかけていて顔を認識できなかったらしい。
髪型と体型以外恐ろしい程に揃った格好をしていたという。
襲われた人たちはその時のことを思いだそうとすると頭にもやがかかったように思い出すことができない。
だが、襲われた者の一人の小さな少女が時々呟くように何度も何度も繰り返して
「主導権はZにあり。」と、言うんだそうだ。
A地区内の人たちは少しおびえつつもいつも通りの生活をしていった。
「...ふぅ」
有馬は自室のベットで横になっていた。
有馬がA地区にやってきてから4日。
ここでの生活や仕事にも慣れてきたようだ。
もう既に外は暗く、星が綺麗に見えるほど町は寝静まっていた。
有馬も床につこうと部屋の明かりを消す。
布団の中に潜り、目を閉じる。
有馬は小さな物音で目が覚めた。
布団の中で周りの様子を窺う。
すると何者かがベットの中へと潜り込んできた。
有馬は驚き、声を出そうと口を開けるとその口を手でふさがれる。
「んんっ...!?」
どうやら今目の前に居る変態野郎は有馬のことを夜這いしに来たようだ。
有馬がじたばたすると急に部屋の扉が開き、明かりがつけられる。
その扉の所に立っていたのは...。