暗い山道を走っていた。
「はぁっ、はぁっ」
息を切らせながら走っていると急に視界が開いた。
崖の向こうに海があり、崖に波が打ち寄せていた。
「行き止まり...。」
パキッ。
後ろから小枝を踏んだ音と人の気配がした。
(どうする?...振り返るか。)
そう思い振り返った瞬間、体に冷たい物が通り抜けて行った。
「...え?」
一瞬、何が起こったか分からなかったが、冷たい物が通り抜けて行った所を見ると赤い血が流れていた。
相手を見ると血に染まったナイフを手に握っていた。
その時、自分に何が起こったかが分かった。
(刺されたのか。)
ドンッ
誰かに押された。
振り返ると自分を刺した男だった。
「あっ...。」
声を上げた瞬間、崖から落ちた。
自分的にはゆっくり落ちていく感覚だった。
ドボーン
水に落ちた音が耳に聞こえゆっくり沈んでいくのが分かった。
水面が遠くなっていくのを見て目を閉じた。
「今日も暑くなりそうだな〜。」
窓を開けて朝日を浴びていると弟の透が部屋に入って来て
「今日も海に行く?」
と、聞いてきた。
夏になってから仕事が休みになることを楽しみに待っていて10日位お盆休みをとることが出来た。
休みに入ると一目散に家の近くにある海で弟や友達と遊んでいるのだ。
「当たり前だろ!行くに決まってる。
」
と、弟に言うと1階のキッチンから母(幸子)の声が聞こえた
「早く降りておいで〜。朝ごはん出来てるよ〜。」
1階のリビングに行くと父(誠)が新聞を読んでいて母はコーヒーをカップに注いでいた。
「おはよう。」
と挨拶をして席に着いた。
朝ごはんはトーストと目玉焼きとサラダだ。
朝ごはんを食べていると父が
「今日も海に行くのか?行くんだったら波に気をつけろよ。」
と言ってきた。
海に行く前に毎回言われていることだ。小さい時から言われ続けている。
「うん、気をつけるよ。」
そう返事をし朝ごはんを食べ終わると海に行く支度をし弟と玄関でサンダルを履き終わると母に
「行ってきまーす!」
と言い外に出た。
浜辺に行くとすでに2人来ていた。
「遅い!」
と軽く叩いて来たのは幼馴染みの逡だ。
「何してたの?」
と聞いてきたのは逡と同じ幼馴染みの咲だ。
みんな集まったことだし泳ごうと思い水着に着替えて泳いだり遊んだりしていた。
浜辺でビーチバレーをしていてボールを遠くに飛ばしてしまいボールを取りに行った咲が血相を変えて走って帰ってきた。
どうしたのかと思っていると咲が
「人が倒れてる!早く来て!」
と言われ着いて行くと若い女性が倒れていた。
急いで救急車を呼びそのあと母にも連絡し、救急車が来るまで待っていると逡が何かを見つけた。
女性が手に十字架を握っているのを見つけたみたいで咲が汚れを拭いていると救急車とパトカーが来た。
丁度、母も来て警察官にいろいろ聞かれている間に女性は救急車に乗せられていた。
ある程度話をしたら弟と家に帰ると母が
「あの人、生きてたって。ただ、大分衰弱しているらしいわ。」
と言われ父には
「お前たち今日は早く寝なさい。」
と言われ晩ごはんを食べたあとすぐお風呂に入って部屋に戻った。
弟が部屋に入って来て
「大丈夫かなあの人...。目が覚めたらお見舞いに行こう?」
と言った。
「うん、あの人の目が覚めたらお見舞いに行こう。」
と言い目を閉じた。
虫が静かに鳴いているのを聞きながら眠りに落ちた。
遠くで機械の電子音が聞こえる。
ゆっくり目を開けると眩しくて何も見えない。
しばらくして目が慣れてくると自分がどういう状況かが分かった。
まず口に酸素マスク、右腕に点滴の針、左手の人指し指に血圧を測る機具、枕元に心電図があった。
体を起こそうとするとお腹に激痛が走った。
体を起こすのは諦めて自分が何故こうなったのかを思い出そうとするが、思い出せない。
必死に考えていると部屋に看護師がやって来てびっくりした顔で部屋を出て行き10分位して医者を連れてやって来た。
酸素マスクを外され、医者の名前を言った。
「主治医の竹田です。ここが何処だか分かりますか?」
「...病院?」
と小さな声で答えた。
すると竹田は
「あなたの名前を教えてください。」
と言われたそこで初めて気付いたのだが自分の名前が分からないのだ。
「...分からない。」
と言うと竹田は驚いた顔で他にもいろいろ聞いてきた。
「じゃあ、出身地は?親や知り合いのの名前は?家の住所や電話番号は?今まで何処に住んでいた?働いていた会社や店は?何処の小学校、中学校、高校を卒業した?」
でも、どれも思い出せないし答えたられないから。
「...分からない。」
と言うと竹田は脳の検査をすると言って検査したが異常はなく検査が終わったあと警察官が来て竹田と同じ事を聞いて来たが分からないとだけ言った。
警察官は行方不明者リストなどを調べてみると言い帰って行った。
看護師から言われたのだがお腹をナイフで刺されて海に落ちたんじゃないかと言われたが思い出せないから分からない。
それからしばらくたっても何も思い出せないからカウンセリングをした結果、記憶喪失だと言われた。
主治医の竹田はノートとペンを渡して
「何か思い出したりしたら、ノートに書いてください。思い出せなくてもノートに書いてください。何か思い出せるかも知れませんし。」
と言われた。
とりあえずノートを開いてみたが特に何も思い出さない。
何気無くコップの中の水を見るとキーンと耳鳴りがしだした瞬間、
『水の中にゆっくり沈んでいく』
という記憶が頭の中に広がった。
その事を早速ノートに書こうとしたが何処か特定できる場所などではないからあまりヒントにはならないのではなどと思いながら夕日が沈んで行くのを感じながらノートに書いた。
2日ほどすると知らない人たちが花や少し大きめの箱を持って自分の病室に入って来た。
どうやらその人たちは倒れている自分を見つけて救急車を呼んでくれたようだ。
男性が3人と女性が1人だった。
自己紹介をしてもらった。
戸田龍、戸田透この2人は兄弟。
真田逡は龍の幼馴染み。
小林咲は逡と同じ龍の幼馴染み。
「自分は...。」
と今度は自分が自己紹介しようと思ったが名前も分からないし誕生日や血液型なども知らないから自己紹介できないと少ししょんぼりしていると咲が白いハンカチを渡して来た。
ハンカチに何か包まれており広げてみると銀色の十字架が包まれていた。
キラキラ光って綺麗だ。
「これ、何?」
と聞くと逡が
「君が握っていたもの。少しの間僕らが預かっていたんだ。」
と言ったが握っていた記憶がなく首をかしげることしか出来なかった。
すると咲が
「この十字架、紐が通せるからペンダントに出来るよ。」
と言いバッグから専用の紐を出して調整している間に透が花瓶に花を飾っていた。
綺麗なひまわりだった。
ひまわりを見ていると紐の調整が終わった様で龍が首にかけてくれた。
「ありがとう。」
お礼を言うと咲が
「どういたしましして。気に入ってくれたかな?大事にしてね。」
と言うと透が
「あっ、そうそうケーキ持って来たんだ!食べよう。」
と言い龍や逡が
「そうだった!早く食べよう。」
「皿とかある?」
と言いながら準備してくれた。
ケーキはチーズケーキだった。
お腹が空いていたのか逡が急いで食べて、口の周りにクリームがついていたのが可笑しかったのか龍や咲が爆笑していた。
透がティッシュで拭いてあげたりしていた。
帰る時間になりみんな帰って行った。
今日は楽しかったなまた来ないかななどと思いながらひまわりを眺めていた。
家に帰ると母が晩ごはんの準備をしていた。
喉が渇いたのでコップに水を注いで椅子に座って飲んでいると母が
「どうだった?あの人。」
と聞いてきた。
「元気そうだったけど、記憶喪失になってた。だから自分の名前が分からないし住んでた場所の住所も分からないし家族の名前も分からないんだってさ。」
と言った。
すると母が
「退院したら住むとこ無いんでしょ?それに身寄りも無いみたいだし...。お母さん明日ちょっと病院行って来るからね。お父さんにもそう言っといて。」
と言った。
何をする気か分からないが一応、父には言っておく事にした。
しばらくして、晩ごはんが出来たみたいで母がお皿を並べ始めたので手伝う事にした。
晩ごはんを食べ終えて1人で食器を洗っていると父が帰ってきた。
食器を洗うのを一時中断し味噌汁を温め直していると父が
「今日、あの人の所に行ったんだろ?
どうだった?」
と母と似たようなことを聞いてきたので母に答えたのと同じ返答をする。
すると父がまたしても母と同じことを言ってきた。
「退院したら住むとこ無いだろ?身寄りも無いみたいだし...。父さん明日ちょっと病院行って来るからお母さんにそう言っといてくれ。」
と言った。
似たような人たちだなと思い心の中でも笑いながら
「わかった。そう伝えとく。」
と言った。
実際伝える気は無いけれど明日、病院でバッタリ会うのが想像できる。
父の皿を洗い2階に行くと早速弟に教えた。
弟も爆笑しながら
「いいね!それいいわ〜!面白そう明日バッタリ会うところ見てみたい!」
と言っていた。
「じゃあさ、明日こっそり病院で待ち伏せしてみよう。」
と言い弟も賛成のようだ。
明日が楽しみだと心の中で呟きながら目を閉じた。
病室で特にすることもなく十字架を見ていると病室のドアが開いて龍と透と知らない男性と女性が入って来た。
その2人は昨日来た龍と透の両親らしい。
すると男性が
「私は戸田誠でこっちが戸田幸子と言います。」
と言った。
すると幸子が
「私たちがここに来たのは理由があって来たの。あなた退院したら住むところ無いし身寄りも無いでしょう。でねさっき家族で話し合ったのだけれど、私たちの家に住まない?部屋はあるし今すぐって訳じゃなくてちょっと考えてくれたら良いと思って。」
と言った。
確かに退院したら住むところも無いし身寄りも無いけれど服も何も持っていないのにそれは少し気が引ける。
「でも、服とか持って無いですし迷惑でしょう?」
すると誠が
「大丈夫、そこら辺は私たちが何とかするから心配しなくてもいい。」
と言った。
しばらく考えて大丈夫そうだなと思い
「じゃあ、よろしくお願いします。」
と頭を下げた。
透が
「竹田先生には言っておいたから。」
と言った。
少し嬉しそうな顔をして帰って行った。
あと1週間くらいは病院に居なくてはいけないのだが退院したあとのことは安心しても大丈夫だと分かってホッとしながら月を見た。