幼いころから体が弱く、ほとんどの時間を病室という無機質な白い空間で過ごしてきた『遥』。
あるとき病室に飛び込んできたのは、ひとつの紙飛行機。
その紙飛行機によって、遥の運命は大きく変わりだしてゆく____……。
IDが鍵でビックリした
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窓の外に広がるのは、若葉に色付けられた春の街並み。暖かい風が優しく頬を撫で、サラサラとした茶髪をなびかせた。
白い窓際に頬杖をつき、その街並みを少女はぼうっと見つめていた。
彼女の名前は遥と言った。
遥は生まれつき体が弱く、家にいる時よりも病院で過ごした時間の方が大きく上回る。
今では軽度の体調不良に加え、時々原因不明の激痛が走ることもあるため、万が一を考えて白い壁の無機質な病室の中でしか過ごせないのだ。
それ故にまともに外に出たことなどあるはずもなく、目の中に映る外の人々というのは輝かしく見える。
羨ましさか妬み故か、遥ははぁ、とひとつため息をついた。
結局今日も無駄に時間が過ぎて行くだけなのだ。これを毎日毎日繰り返しで____……。
「……もう寝ようッ」
こんな現実より少しは楽しい思いができるであろう夢の世界へと遥は旅立とうと考えた。
椅子から勢いよく立ち上がってベッドへ向かおうとしたその時、遥の前をスッと白い物が通りすぎた。
小さく音を立てて床に落下したそれは、
「……紙飛行機……?」
誰でも作れるポピュラーな形の白い紙飛行機。遥はそれをひょいと摘まみ上げた。
ここは病院の三階。付近に高い建物はなく、人の悪戯とは考えにくい。
やけに重い紙飛行機をぶらぶらと揺らしていると、チャリン、とまるで小銭のような音が足元から聞こえた。
足元を見やると、そこには茶色く錆びた鍵が落ちている。
重さの原因はこれかと思いながら、その落ちた鍵を拾い上げた。
鍵にしては歪な形をしていて、デザインなのか不良品なのか、正直よく分からなかった。
とりあえずランプの元にその紙飛行機と鍵を置くと、ようやく遥は夢の世界へと旅立ったのだった。
気づけば漆黒の空間にふわふわと浮かんでいた。
上下左右、何処が何処なのかさっぱり分からないような場所で、浮いている自分がとある場所を一点に見つめている。
その視線の先には女がいた。
女は見えない床でもあるのかぺたりと座りこんでいて、十二単を纏い足元以上までに伸びる長い黒髪と、まるでどこぞの時代劇に出てきそうだった。
泣いているのか肩が小さく震えていて、後ろ姿がやけに小さく、悲しく映る。
夢の中の自分は何もしようとはしない。ただそこでふわふわと浮いているだけだ。
ゆらりゆらりと視界が歪み始める。
夢が終わる直前、誰か……恐らく女の声が、強く頭に響いた。
<<思い出して>>