奥行きのある綺麗な青空。
たくさんの青で塗られた空に、私は目だけではなく、心さえも奪われる。
足下の雑音だらけのラジオからは、音楽が聞こえた。
『ザザザ希望の朝ザザ喜びザザ胸をザザザザザザアアア……__』
____希望の朝。
そうだ。今、私は希望の朝を迎えている。
窓をを開けて、私は叫んだ。
「おはよう、皆!」
感想くれたら、嬉しいです(*´∀`)
今回は平凡でほのぼのしたお話です!
ぜひ、見ていって下さい!
ああ、綺麗な桜……。
白にほんのちょっとピンクを混ぜたような綺麗な桜は、まるで胸元で揺れるスカーフのよう。
スカーフを揺れさせて……いや、弾ませて、私は走る。
道の先には大好きな大好きな私の友達がいる。
「はーやーくぅ!遅いよ、めぐみ!」
桜の花びらがついているショートカットの髪の彼女は美奈。
小学校からの友達で、家も近所。
最近の悩みは体重が3kg増えたことだとか。
「ごめんごめんーっ!」
ようやく美奈に追い付き、二人並んで歩き出す。
桜の雨はやまず、私達を、その花びらで隠そうとしているようだった。
そんなことを考えて、私はくすっと笑う。
そんなこと、あるわけないのにね!
むしろ、黒い制服が引き立つだけだしね!
「あ、そうだそうだ、聞いてよめぐみ!」
「ん?どうしたの?」
美奈は、口元を手で隠しながら、ぐふふっと笑う。
また噂話かな?美奈はとっても噂話が好きだから、よくこういう切り出しで噂話を話してくる。
その噂話は面白いものばかりで、私はいつも楽しんでそれを聞いている。
今日はどんな噂話かな〜?
美奈はまたぐふふっと笑った。
「あのねぇ、うちの学校のことなんだけどぉ〜!」
「うちの学校?七不思議なら、全部教えてもらったよ?」
たしか、花子さんに、校長先生の肖像画に……___。
七不思議を数えていると、美奈がそれを遮るように首をふった。
「違う違う!違うって!七不思議じゃなくて、うちの学校の裏話みたいな」
「裏話ぃ〜?なぁに、それ?」
美奈は周りを見渡し、近くに人がいないか確認する。
あまり人がいないのを、たっぷり30秒かけて確認すると、ようやく私に話始めた。
「三組の青川さん、いるでしょ?あの子、魔女なんだって」
そして、私もたっぷり30秒かけて固まる。
今まで美奈はたくさんの噂話を私に教えてくれた。
それこそ、身近なことから私の手が届かないような芸能界、政治界のことだって、なんでも。
けど、次はこれ?魔女だのなんだのの噂も確かに前聞いたことはあった。
けど、それが三組の子のこととなると、私はこう反応せざる終えない。
「はあ〜?」
何それ。意味不明ですわ。
と、反応せざる終えない。
青川さんと言えば、成績優秀でとても美人、学校の高嶺の花。
薔薇のように佇みながら、話せばまるで百合のように柔らか。
けど、やっぱり彼女と話すと緊張しちゃう、近寄れない、という声が相次ぐ人だ。
その人が魔女。
なるほど。
面白くない!
「何の冗談?」
「もう、違うよ!冗談なわけないじゃん!……あのねぇ、青川さんが魔法使ってるの見たっていう人が多いんだよ!」
「えー、嘘っぽ〜い」
「嘘じゃないよ!本当だよ!だって、青川さんの___」
トタッという、誰かがすぐ隣を歩く音。
学校指定の白いスニーカーが、花びらの水溜まりに入る。
白に生えるは地毛だという焦げ茶色の髪。
私のすぐ隣を歩いていたのは、今絶賛噂中の青川さん、その人だった。
青川さんは、ふふっと私を見て笑った。
彼女と同性の私でも真っ赤になりそうな微笑み。それを目の前で見て、私は息が止まった。
美奈の息を飲む音が聞こえる。ヒュッという音。
私も現にそうなのかな。
青川さんは気にした様子も見せず、清んだ声で挨拶をした。
「おはよう、美奈さん、めぐみさん」
名前も共に呼ばれ、私はようやく息をするのを再開した。
そして、挨拶を返さなければないことも同時に思い出す。
見惚れている場合じゃない!
「お、おはようゴざいマス……っ!」
「オハヨーゴゼーマスー……」
二人して片言になる。
特に美奈なんかは酷い。
私達の挨拶にまた笑う青川さん。
「もう、そんな堅くならないで?噂話をするなら、周りをよく見ることが大事よ?」
ごめんなさい。私は悪くないです。全て隣にいる美奈が悪いんです。だから許して下さいな。
心の中で早口で謝り、私は「ははっ」と苦笑いをした。
「ふふ。私、ちょっと急いでいるから、また学校で会いましょう?じゃあね」
「う、うん。じゃあね〜……」
「またね〜……」
二人して、ロボットみたいな動きで青川さんに手をふる。
青川さんの姿が、桜の雨によって消えるのを見て、私達は安堵とは言えないような、いっきにビールを飲んだ叔父さんのような下品な息を吐いた。
青川さんの吐く息とはきっと正反対の息だと思う。
「もおー、いるの教えてくれたっていいじゃん〜」
「いやいや、私も知らなかったし!」
気配なんて、分からなかった。
むしろ、突然隣に現れたような感じ。
まさか、本当に青川さんって魔女?
美奈は「あーあー」と頭をかいた。
不満げな顔で、前を見ている。
「もう、噂話する気分じゃなくなっちゃったぁ〜。あたしたちも走ろ?早く学校行こうよ」
「はいはい」
タッタッタッと軽やかに走る美奈は、やっぱり運動部。
それに比べて、ダッダッダッと重々しく走る私はやっぱり文化部。運動なんて大嫌い。
走るスピードは違えど、私達は同じように未来に進んでいく。それは誰にも止められないこと。
そう、時は止められない。
空は青空で、気候もいい感じ。
麗らかな春の日。
今日はいつもよりも、スタートが変わっていた一日だった。
ざわざわざわ……。
いつもと同じ、騒がしい教室。
でも、それがいい!
「おはよー!」
そう言えば、仲がいい子をはじめ、色んな人がおはようって返してくれる。
今日はスタートが変わっていたけど、でもやっぱり、ここは同じ。
挨拶を返されるのって、とっても気持ちいい!
カバンを机に下ろして、カバンを開ける。そこから教科書たちを出して、机の中に入れる。
机の中はひんやりとしていて、気持ちがいい。
美奈はもう朝の準備を終えたのか、私の席に来て、そして机をバンッと叩いた。
そのバンッという音は、周りの音にかき消され、私達以外、誰も聞いていない。
「青川さんのことなんだけどッ……!」
「うん?」
「絶対魔女だね……!」
「うん。……え?……えっ!?」
まだ言ってたの……?
それに、噂話する気が失せたんじゃあ……。
そんな私の疑問はお構い無し。美奈は魔女だ魔女だと連呼した。
「そうよ!だって魔女に決まってる!隣にくるまで気づかないなんて!」
「話してたから気づかなかったんじゃないの?」
「違う、違うわよめぐみ!きっと瞬間移動だよ!それか気配を消す魔法なんかを……こう、パパッとさ!」
「ありえないよっ!」
「ありえるかもよ!」
美奈はなぜか息を切らしていて、肩で息をしていた。
どこにそんな息を切らす要素があった……?
教室は相変わらず騒がしく、そんな美奈の様子は気づかれない。
むしろ、皆の注目は男子の取っ組み合いに向いているようだった。危ないなあ。
「……とにかく!魔女なんだよ!」
「そ、そうなの……?」
「うん!……よし、これで満足!そろそろ時間だからじゃあね!」
「あ、うん」
嵐のように去っていった。
美奈はよく、嵐だの台風だのと言われている。言いたいことが言えたら、そく去っていく。
私は思う。美奈は台風の目じゃないか、と。
美奈の言った通り、時間がきてチャイムが鳴る。同時に先生が入ってきて、ホームルームが始まる。
先生が出席簿を開き、出欠とるぞーと言った。
学校が始まった。
学校は楽しい。これは万国共通だと私は思ってる。
だって、色んな知識を身につけられるし、自分の得意なものは増えてくし、知り合いも増えていくし、イベントも多いし……とにかく楽しいことだらけ!
そんな学校が始まる……それだけで私の心はうきうきして、今からラスボスを倒すんだってときみたいに体に力が入る。
ああ、きっと今日も楽しいんだろうな!
……でも。
___人は、私をリア充という。
でも、逆に私は思う。
どうしてリアルが充実してないの?って。
その疑問はたくさんの反感を得た。
反感は槍を持って私に向かってきて、そして私の身をひと突きする。
それは痛い。とてもとても痛い。
私は本当のことを言ったのに、どうして攻撃されるの?可笑しいよ……。
その言葉を発したら、また突かれる。
だから、楽しいなんて、大々的に言えない。
控えめに、楽しいと思うしかない。
これは、身を持って体験してるからよく分かる。
人間社会は、ちょっと汚いから。
でも、窓から見える景色はとっても素敵。
青空に雲一つもない。
純粋な青空だけがそこにあって、私達を見ている。
この青空は、絶対誰も攻撃したりしない。むしろ、包み込んで守ってくれる。
だから、私は青空が大好き!
ほら見て。雀が青空を横切って飛んでいく。
とっても可愛い。
私は幸せな気分に浸りながら、学校にいられる時間を過ごした。
暖かな日だまりは、少しずつ、山にその光を当てはじめていた。
そして、光は山の方へと落ちようとしていた。
空は青空じゃなくなっていて、どこか孤独を思わせる朱色へと変わっていた。
部活も終わり、あとは帰るだけ。
私は後輩や先輩に「さよなら」と言って、部室から出た。
手を見ると、手のひらに青い絵の具がついていた。
うーん。さっき筆落としそうになったし、そのときに、だよね……。
ハァと息を吐いて、長い廊下を歩いた。
廊下を歩き、歩き、そして歩き、また歩き………___
「……あれ?」
可笑しいな。疲れてるのかな。
絵の具のついていない方の手で目を擦る。瞬きもする。
けど、景色は変わらない。
ずっとずっと、同じ景色。つまり、歩いても歩いても廊下は終わらない。
歩くたび、床が私の向かう方向とは逆の方向に動いているみたいに、まったく景色が変わらない。
歩いている。それは分かる。
動いているのも分かる。
まるで、廊下が伸びて………いや、本当に伸びてる!?
焦る。私は焦る!
試しに走る。けど、走った分だけ廊下も伸びる。
何コレとしか言いようがない!
どうなってるの……?
目の前が水面をのぞきこんだみたいに、揺れる。
目に、水の膜が張っている。
これは恐怖から?
膝が震え、肩も震えだす。
私はついに膝をついた。
「なに、なに……なに……なになになにッ!?」
これはどういうことなのッ!?
水の膜が集まり、水滴となって床に落ちる。
一回落ちたらもう止まらない。
ポタポタポタ……。
水滴は床に染み込まず、そこにまだあった。
ポタポタポタ……。
涙が止まらない。怖くて怖くて怖くて……。
ひとりぼっちでお化け屋敷に置き去りにされたよう。廊下の先にある、遠くの窓から見える朱色の空が、余計に恐怖を私の心に埋め込む。
助けて、誰でもいいから、ねぇ!
こんな気持ちは、とても久しぶりだった。
「あれ、貴女……」
後ろから、聞いたことのある声が聞こえた。
けど、その声は私を安心させるどころか、恐怖を増させた。
___青川さんは魔女。
そんな噂を思い出してしまったから。
恐怖で体が固まるのが、嫌でも分かった。
動けないでいる私に、足音が近づく。
それは恐怖の足音?ううん、魔女と噂される青川さんの足音。
「ねぇ、貴女?」
肩にポンッと手を置かれる。
ビクッと体が反応して、また涙が床に落ちた。
床には、私の涙でできた小さな水溜まりがあった。
怖い怖い!どうして私に近寄ったの!?やめて、来ないで手を放して!
そんな悲痛な叫びは青川さんには聞こえない。
青川さんが、私の前にやって来た。しゃがみこんで、私と目をあわせようとしている。
目をあわせたら、きっと呪われるんだ……!
「めぐみさん、貴女、やっぱりめぐみさんね!……どうしてここにいるの?」
ド ウ シ テ コ コ ニ イ ル ノ ?
最後は声が低く、背中に何かが這ったようにゾッとした。
「あ、あの、えと……ッ!」
声は震えていて、連続音みたい。
顔を上げようとせず、私は床ばかりを見ていた。
涙が止まらない。どうしよう。
誰でもいいから助けてとは思ったけど、青川さんはダメ……!
……そうだ、美奈!美奈助けて!
青川さんが、「ああ」と言う。
何か納得したみたいに。
「やっぱり迷いこんじゃったんだ?」
迷いこむとか意味分からないです。
だから、私を解放して!
息苦しくなって、咳き込む。
口から出たのは唾液ではない、水だった。
水はどんどん口から溢れ出す。それとともに、目から落ちる涙も止まらない。
体が干からびるのを感じる。
溢れる水を見て、私は声が出なかった。
いや、もう声が出なくなるほど、水が出ているのか……。
すると、突然私の周りが歪んだ。
体全体に何か、冷たいものが触れているのを感じた。
何これと、反射的に手のひらを見た。
そこには、青い絵の具がついていたはずだった。けど、その青い絵の具は薄れはじめていた。
そこで気づく。私を取り囲んでいるのは水だと。
水を認識すると、突然苦しくなる。
ああ、酸素が足りない!足りないよ!
もがいてもがいて、気づいたら、ようやく水から解放されていた。
私は立ち上がって、周りを見渡す。
どこにも、水の痕跡などない。
それに、口から水も出てこない。涙もそう。
「大丈夫?」
その声にハッとする。
声の主を見れば、制服姿の青川さんが目の前にいた。
あ、そうだった。いたんだ……。
「どう?わたしの魔法で治った?」
___青川さんは魔女。
その噂を思い出す。まさか、としか思えない。
ううん、きっと、朝の美奈との会話を聞いて、それをネタにからかってるだけなんだ。
きっと、さっきのも全て幻覚。
でも、それにしてはリアルだった。白昼夢かな〜?
人間の脳は、なかなか現実を受け止めないように作られているらしい。
私はその作りに従って、現実を受け止めず、逃げ道を探していた。
けど、その逃げ道は青川さんの言葉の魔法によって封鎖された。
「噂通り、わたしは魔女。信じられないのかな、やっぱり」
そこでようやく、私は青川さんの顔をちゃんと見た。
学校のほとんどの人が絶賛するほど、整えられた顔。
その顔が、寂しそうに歪んでいる。
どこか人形っぽく、人間味を感じられず、高嶺の花と化している彼女。
……それが、魔女ゆえにだったのなら。
なんとなく、納得がいくようないかないような……。
「ねえ、めぐみさん」
顔をマジマジと……それはもう、目で人を攻撃できるなら、青川さんをズタボロにしてしまうほど見ていたから、突然話しかけられて、私はびっくりした。
肩がビクッとなる。
「あのね、貴女は____」
ビッシャアアアアアアアアン
大量の水が一気に落ちる音がする。
その音が、青川さんの言葉を止めた。
青川さんは顔に似合わない舌打ちをして、私を庇うように、私の後ろにたち、仁王立ちになった。
なに、なんだ。さっきの音と、関係あるの……?
私の心の中は疑問だらけ。
恐怖は少し無くなったとはいえ、完全には無くなっていない。
それに、青川さんのことだって、心から信用しているわけではないし。
水の音がした私の後方に、私も向く。
そこには、一人の女の子がいた。
私と同じくらいの女の子。制服は見たことのないもので、市内の学校の子じゃないと分かる。
じゃあ、なぜ、市外の子がここにいるのか。そして、どうしてこんな『異空間』にいるのか。
新たな恐怖の芽生え。
それは、私の心に蔦を巻き、離そうとしなかった。
「ちょっといいかしら?ここ、わたしの学校なんだけど」
青川さんが、女の子に問いかける。
女の子は高い声でそれに応えた。
「うっはははは!もう、そんな怒んないでよ。私はちょっと魔法を使っただけだよー?」
ほら、と女の子が手をつき出す。
すると、その手の平から、たくさんの水が出てきた。
私は驚きで言葉が出なかった。
ありえない、という言葉が全身を駆け巡る。
魔法?これが?……いや、そんなわけない。魔法だなんて、魔女なんて、いるわけない!
だって、この科学文明で、あってはならないものだから!
だからだから、それが示すのはつまり!これが全て幻だということ!
そんな心の中の声は、すぐに黙った。
女の子が、一歩近づいて来たのだ。
「私は水が得意なの!」
「そうね、貴女は水の魔法を得意としていたわ。さっきのは……__」
「うっはは!お分かりかなぁ?まぁいいけどね!さっさと私は終わらせたいし!」
「ええいいわ。終わらせてあげる」
青川さんが、女の子に近づいていった。
ゆっくりゆっくり一歩一歩。
勝てないよ、なんて声をかけれない。
青川さんからは、威圧感が出ていた。
生徒指導の先生や、怒っているお父さんとは比べものにならないほど、凄い威圧感が。
「じゃあ、めぐみさん。ちょっと下がっててくれる?」
青川さんが、こちらを見ずに言う。
私はそれの言う通りにし、何が起こるのかと両者を交互に見た。
恐怖は変わらずそこにいる。
けれど、その恐怖は、夏によくやる怖い番組を見ているときと同じ恐怖だった。
恐怖というツボの蓋を開けると、わくわくとした好奇心が待っている。そいう気持ちで私はここにいた。
何が起こるんだろう……!
女の子の周りに、たくさんの水のかたまりが浮き出す。
その水のかたまりは、はたから見ても分かるほど急速に凍っていき、そして出来上がった氷は青川さんに飛んできた!
低いビュンッという音がなる。
青川さんは飛んでくる氷を、避けようともしなかった。
ううん、避ける必要がないんだ……。
氷は、いきなり床から生えてきた髪の毛のようなたくさんの蔦に捕らえられていた。
蔦によって氷が割れる音が銃声のようにたくさんなり出す。
次に行動に出たのは青川さんだった。
たくさんの蔦を絡ませて足場を作ると、その足場を強く踏んで、高く飛び上がった!
廊下の天井にダンッと手をつき、急降下する。
向かう先はもちろん、あの女の子。
女の子はまたしても氷を作り、自分を守るように氷を盾にした。
けど、青川さんはそんなのお構い無しに氷に蹴りを喰らわした。
すると、氷がパリンッと割れ、割れるのを確認すると、青川さんはまた床から蔦を生やして、その蔦で女の子を締めあげた。
すぐに終わったその勝負に、どう反応していいか分からなくて……というより、動くことができなくて、私はその場に立ち尽くした。
「貴女、水の魔法が得意だからって、努力してこなかったでしょ?火の魔法さえ使えれば、この場は簡単に逃げれるはずだけど?」
女の子は悔しそうに顔を歪ませた。
「うっさいなぁ!分かってるよ!……ほら、勝負はあんたが勝った。さっさとやれば?」
「あら、貴女はそこまでバカだったかしら。一般人がいるのに、やれるとでも?」
「……はいはい分かったよ!勝負に負けたのは変わらない。だから私は逃げないよ。ほら、安心してその子をここから出しなよ」
女の子が私を見る。
それにつられて、青川さんも私を見る。
青川さんは少し考え込むと、「そうね」と言い、私のところに駆け寄って来た。
青川さんは疲れてる様子など微塵もなくて、圧倒的勝者であることが分かった。
私はドキドキと音を速める心臓を押さえるように息を吸い込んだ。
「あ、あの、さっきの……」
「説明はここを出てから。さ、行きましょう?」
青川さんに手を握られ、私はまた水に包まれた。
その水はあの女の子が出したものではなく、青川さんが出したものだとすぐ分かった。
目が痛くなり、目を瞑った。そして次に目を開けると、そこは部室の前の真っ暗な廊下だった。
部室に人気は無く、時計を見ると、部室を出た時間よりも一時間も過ぎていた。
「えっと、あの……!」
心臓がまだドキドキいっている。興奮ゆえにからなのか。
青川さんは、にっこりと笑顔になると、私にさっきの子のこと、そして、魔女のことなどを教えてくれた。
「さっきの子はわたしの知り合い。魔女友達だと思ってね。そしてさっきの空間は、魔女たちが自由に魔法を使える場所。わたし達はフィールドって簡単に呼んでるの。実際、現実でわたしたちが使える魔法なんて、そのフィードに瞬間移動することだけよ」
そのフィールドに、私はなぜか迷いこんでしまった。
普通の一般人なら迷いこむことはないという。迷い込んでしまうのは、ごく一部の選ばれた人間だけ……。
それを聞いて、私はまさか……と思った。
私には、魔女の素質がある……!?
けど、青川さんは言いづらそうに下を向いた。
「そのね……ごく一部の人たちって言うのは〜……」
青川さんは意を決したのか、私の目を見て口を開いた。
「ごく一部の人たちっていうのは、魔女の餌となるひとたちのことなの」
「魔女の餌……?」
「そう、魔女の餌。つまり、」
……食べ物。
「貴女は、わたし達、魔女の食べ物になってしまう」
ぐわんぐわんと音がする。頭に色んな音が響いて、思考をぐちゃぐちゃにする。
体の中が少しずつ真空に近づいていってるような、感覚になり、私は空気をあわてて吸った。
けど、それは意味を成さなかった。
余計息苦しくなるばかりで、まだ水の中にいるのかと錯覚してしまったくらいだ。
「わたし達は、何も食べなくても生きていける。けど、その餌となる人達を食べることによって、魔法の力……いわゆる魔力が増すのよ。だから、努力をしようとしない、さっきのような魔女たちがやって来て、捕って食べようとするの」
「わ、私、食べられちゃうの……?」
青川さんは、そうじゃなくて、と訂正した。
「食べるって言うか、エネルギーを吸いとる感じかしら。さっき、めぐみさんは、水をたくさん体から出していたでしょう?あれは、水の魔法を得意とする彼女が、エネルギーを水に変えて取ろうとしてたのよ」
私はその時のことを思いだし、体が震えた。
体の中で、水が外に出ようと暴れて、その反動で震えているみたい。
青川さんは、私の背中を擦って落ち着かせようとしてくれた。
けど、体の震えは止まらない。
「わたしは貴女を食べようとは思っていない。けど、思っている魔女はたくさんいるわ。……だから、わたしが貴女を守る」
守るって、私を?どうやって?
「餌となる人たちは、幸福な人たちばかりなの。不幸になれ、なんて言わないわ。ねぇ、わたしと一緒に行動しましょう?そしたら、危険な目には合わないと思う」
ねぇ、守らせてくれる?
青川さんが私の両手を握って、私に問いかけた。
私はその場の空気、そして何を答えていいか分からなかったから、私は頷いてしまった。
でも、よく考えたら悪いことじゃない。
私は守られて、楽々と生きていける。危険なんてない。
__けど、これでいいんだっけ?
私は、そんな薄情でズルい人間なんだっけ……?
こんなことで、いいんだっけ……?
「そう、なら良かった。貴女はわたしが守るわ、めぐみさん」
青川さんは嬉しそうに笑う。
それはもう、桜が咲いているのを見たときと同じように、こちらも嬉しくなる笑顔。
だから、私はこれでいいんだと思った。
守られることに慣れてないけれど、彼女が喜んでくれるのなら、と。
「あぁ、そうだ。わたし、ちょっと彼女のところにいかなきゃ」
「さっきの子?」
「ええ、そうよ。すぐ終わるから、ちょっと待っててね」
そういえば、女の子と何か話していたっけ。
やるだのやらないだの、と。
蔦を取るってことなのかな……?
青川さんは、その場でジャンプした。
すると、不思議なことに、体が宙に浮いた瞬間に消えた。
あれが、瞬間移動……?
なんか凄いなあ、と私はその場で思った。
廊下の先にある窓には、夜になりつつある空が見えた。
家に帰って、パソコンを開く。
魔女と打って、検索をクリックする。
出てくるのは恐ろしい画像たち。
火炙りにかけられている女の人の絵。
吊り上げられている女の人の絵。
どれもこれも、魔女裁判という題名だった。
「魔女裁判って……」
とってもグロテスク。
私はそっとブラウザを閉じた。
時代が時代なら、青川さんは裁判に欠けられて、死刑になってたのかなあ……。
……そういえば、魔女ってどうやってなるんだろう?
親が魔女とか?何か儀式をするとか?それとも悪魔と契約?
青川さんは、どうやって魔女になったんだろう……?
好奇心はいきすぎると、死をもたらす。
けれど、好奇心は尽きなくて、明日青川さんに会うのが楽しみになってきた。
会って聞きたい。どうやって魔女なったの?どうして魔女になったの?魔女って何をするの?親も魔女?それとも人間で、魔女のことは知ってるの?魔法ってどんなものがあるの?箒で空は飛べるの?実は百年以上生きてたりするの?黒猫はいるの?……___
たくさんの質問が湧き出てきて、どれを先に質問しようか悩む。
毎日は楽しい。それは、今までも、これからもそう。
けど、これからの毎日はただ楽しいだけじゃない。
未知の世界に進んで行くの。オカルトめいた世界に。
……そういえば。
心を落ち着かせれば、思い出したくないことが頭に浮かんでくる。
青川さんは、私は魔女の餌になる人だと言った。
確かに毎日はより楽しくなるかもしれない。けど、それには危険が伴う。
エネルギーをとるとも言っていたっけ。
それって、命に関わるのかなぁ……。
……でも。
大丈夫、だよね?青川さんがいるもん。
あの女の子を楽々と倒したし、余裕そうだった。強かった。
その強い青川さんが、私を守ってくれるって言ってた。
だから、大丈夫。大丈夫なんだ。
危険はある。けど、私は生きていける。命に危険は及ばない。
あの青川さんだよ?
成績優秀。性格良し。そして今日のことで分かったけど、運動能力抜群。そして、魔法がある。
信用していい子だ。だって、うちの学校の子だし。
体が暖かくなる。ぽかぽかしてて、なんだか幸せ。
きっと、これを安心感と言うのだと思う。
私はパソコンを閉じて、フッと息を吐いた。
肩の力を抜いて、笑顔になったら、もう大丈夫。
皆の言う、リア充そのもの。
「よしっ」
さて、宿題でもしよう。
美奈の前で、目の前の敵から庇うように仁王立ちになる。
そして、私は魔法のステッキを構え、こう叫ぶ。
「遅くなって、ごめんねッ!」
目の前の敵から出される黒い光線を、ステッキから出した盾で防ぎ、私は敵に近づいていく。
まるで、獲物を見つけたライオンみたい。
丸々と太った鶏型の敵は、とっても美味しそう。
首を取って倒したら、救った美奈と一緒に料理をするのもいい。そしたら大きな鶏料理で、青川さんも呼んで皆でパーティ!
さぁ、パーティーのテーブルに並ぶため、あなたはさっさと私に倒されなさい!悪の化身め!
「たあああああッ!」
バシュンッと音がする。
それは敵の首が、丸々な胴から放れた音。
美奈が私の手を取って、私を褒める。
気づいたらたくさんの人がいて、私のところに取材に来た人がやってくる。
カメラから放たれる、私を褒め称える光を浴びながら、私は言う。
「えぇ!私、魔女なんです!」
パッと目を開ける。痛々しい夢を見たからか、やけに気分が悪い。
もちろん、体調的な気分ではなく、精神的な気分。
あれは、魔女じゃなくて、魔法少女だ。なんて……なんて痛々しいの……?
そもそも、なんでパーティー?
あんな紫色の鶏もどきなんて食べたくないよ……。
ベッドから出て、制服に着替える。
最後にスカーフを結んで、よしっと気合いを入れる。
笑顔になったら、もう大丈夫。悪い気分は飛んでいって、最高の気分になる。
今日も楽しい一日になることが、カーテンから覗く青空で分かる。
私は青空が大好き。
青空がある限り、私はリア充。
皆が羨むリア充。
ふふっと笑い声を上げて、リビングに向かう。
今日こそは、美奈よりも早く集合場所に行って、一緒にゆっくり登校するんだ!
リビングのドアを開けると、パンの焼けた香ばしい匂いがする。
私のお腹は鼻に届いた匂いに返事でもするかのように音を鳴らす。
愉快な愉快な音。
目の前に出されたパンにいちごジャムを塗って、パクリと一口。
うん、今日も美味しいと、一言。
そこからは早い早い。
パンを食べ終えると、出されたのは烏龍茶。そして、その烏龍茶を飲み干した。
烏龍茶がなきゃ、喉がさっぱりしない!……少なくとも私はね。
あとは歯を磨いて、顔を洗って、カバンを持って、靴をはいて、玄関のドアを押して……。
「行ってきます!」
痛々しかった夢を忘れ、私は一歩踏み出す。
柔らかな風が吹いて、私の髪で遊んでいった。
美奈との待ち合わせ場所には、すでに美奈がいた。
今日こそは美奈より先に来たと思ったんだけどなぁ……。
美奈のところに走って行って、二人して歩き出す。
美奈は「お、今日は早い」と言って私の頭を撫でた。嬉しいけど、子供扱いされてる見たいでちょっと不服。
昨日あんなに桜の豪雨が降っていたのに、まだ桜は生きていた。
桜並木の下を二人で歩きながら、談笑する。
やっぱり美奈は美奈で、昨日聞いたという噂話を話してくれて、とても面白かった。
なん組の誰が誰に告白して振られたとか、なん組のあの人がどこでどうしていたとか。
そう話していると、突然隣から声が聞こえた。
「あら、おはよう」
この声に驚いたのは美奈だけで、私は普通にその挨拶を受け入れ、挨拶を返した。
「おはよう、青川さん」
美奈の私を見る視線が微妙に痛い。
あ、痛いといえば……いや、思い出しちゃいけない。思い出すな。
美奈はおどおどとした声で挨拶を返す。
「お、おは、よー……」
「美奈さん、どうしたの?そんなに汗をかいて」
「うえ……!?……あ、いえ。ちょっと昨日は暑いかなーなんてぇー。ははははっ」
美奈はそっーと視線を空に向けた。
私と青川さんは、それにくすりと笑う。
青川さんと一緒にまた談笑して、学校に向かう。
青川さんと少し話すと、美奈も慣れたのか、おどおどすることも無くなった。
そしてまた、噂話を美奈が始めると、青川さんがニコニコしながら言った。
「そういえば、わたしが魔女だって噂あったじゃない?」
お、きた。
私は特に驚くこともなく、「ああ、あったねー」と返す。
美奈はまたおどおどしだしている。
「どうして魔女って噂が出たのかしら?」
そういえば、詳しく聞いてない気がするなあ……。
青川さんは「ねぇどうして?」と、なかなか答えない美奈に問う。
その美奈といえば、肩が震えていて、とうとう歩みまで止めてしまった。
さすがに可笑しい。
私は美奈の背中を擦ってやった。
昨日、私が青川さんにしてもらったように、落ち着かせるようにゆっくり擦る。
青川さんは美奈の前に立って、頭からつま先を舐めるように見ている。どこか気になるところでもあるのか。
「……じ、実は別の学校の女の子から……」
美奈はようやく口を開く。が、その口から出た言葉に、青川さんは全ての動作を一瞬停止した。
次に動いたときには、昨日の威圧感を纏いながら、美奈にまた問いかけていた。
「その女の子、どんな子だった?」
威圧感を纏った様は、まるで女王様。
女王様が処刑される罪人に、どうして罪を犯したか聞くようで、何でも答えなきゃいけない気分になる。
むしろ、答えなきゃ殺される。
だから、言わなきゃいけない。罪を洗いざらい話さなければいけない。
美奈もそう思ったんだろう。
ヒッ……という声を洩らしたあと、また時間をかけて口を開いた。
「……東中の制服を着てて、高飛車な感じの子っていうか……偉そうな子だった……」
東中というのは、市内にある中学校の略称で、本当の名前は東宮森中学校という。
東中は結構頭がいいと評判で、私の学校では「気取っててきらーい」って人が多い。
私は特に何も思わないけれど、美奈はどうなんだろう。
さっきの言い方からするに、いい印象は持っていないと思うけど……。
美奈は恐る恐ると青川さんを見た。
私もつられて青川さんを見る。
青川さんは、威圧感ではなく、殺気を纏っていた。
殺気というものを知らない私が、殺気だと分かるような恐ろしさ。
美奈はもう半泣き。
私は恐くて動けない。
「……あいつ……まだ生きてたのね……」
青川さんの口から出た言葉とその低さに、私と美奈は一瞬に震えた。
「……あら、ごめんなさい。空気を悪くしちゃったわね」
青川さんが、震えている私たちを見て、おどけたように笑ってみせた。
「ふふ。美奈さんが会ったというその人、私とちょっと仲が悪くて……ごめんなさいね?」
ふふ、ふふふ………。
先ほどより……とは言わないけど、今の笑いもとても怖い。
けど、美奈は「東中の生徒ですもんね〜」と笑った。
確かにうちの学校には東中の生徒を嫌っている人が多いとはいえ、ここまで嫌っている人はいないって、普通。そのことに気づいてよ美奈……。
私は美奈のお馬鹿さに少し呆れながら、同時に安堵していた。
美奈が変に感づかなくて良かった……。
もしかしたら、青川さんが魔女だって知られてたかも。
美奈は、口が緩くて、何でも話しちゃうから……。
もちろん、私はその東中の生徒が魔女だということに気づいた。
青川さんのあの様子からするに、そう気づかないほうが可笑しいと思う。
でも、あんなに殺気立つなんて……なにか、あったのかな……喧嘩、とか?
ううん、さすがに喧嘩であそこまではいかないよね……。
「さあ、行きましょう?遅刻、したくないものね」
「うん!」「う、うん!」
青川さんは、もう怖い笑いも雰囲気もなく、穏やかないつもの青川さんに戻っていた。
けど、その急変が余計青川さんを恐ろしく見させた。ただ、恐ろしくても、信頼出来て、嫌いにはならない。
青川さんはいつものように穏やかに笑う。
一般的な魔女とは違うその姿に、私は面くらいにながらも、青川さんに友情的な好意を着々と持っていった。
感想とかくれてもいいのよ(チラチラチラッ
こんなコテハンだから読まないとかないよね(チラチラチラッ