行こうよ、あやかし商店街!

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1:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 09:28 ID:3uI

プロローグ


神隠し___それにあった子供は一体どこに行くのであろうか?

その質問に、僕はこう答える。

あやかし商店街だよ。

そう言ったら、君たちは笑うかもしれないね。でも、本当のことなんだから、しょうがないと思う!

だから、そのことを証明するため、あるお話を書いた。
このお話を読んでくれたらきっと分かってくれるだろう。
このお話は、いじめられっ子の女の子のお話。
君たちは創作だと言うかも知れないけど、いやいや、何を言ってるのか。
これは本当にあった話だよ。

……あ、ちょっとちょっとお客さん!
怪しいって思わないでよ!
店から出てくなら何か買ってからにしてよ!
ちょ、ちょっとお客さぁあぁん!?

__あ、ダメだよ!そっちのドアから出て行ったら!






ムクロですが、何か?(*´∀`)
……え、あぁ、はい。グロはないですよ。残念ですか?

わちゃわちゃしていて、時にはシリアスになるお話ですよ。
安心して下さいな。基本ほのぼのですよ。

2:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 10:16 ID:3uI

彼女は道に迷っていた。
いじめっ子たちにつけ回されて、てきとうにグルグル逃げていたら、あまり来たことのない4丁目に来ていた。
彼女は、自分の家がある2丁目に、どう行けば分からなくて、とぼとぼ歩いていた。
後ろを振り向けば、いじめっ子たちはもういない。



彼女はいじめられっ子だった。
性格が暗いからか、それとも頭が悪いからか、それとも運動が出来ず、いつも皆の足を引っ張っているからか。
___いや、そのどれでもあるのだろう。

彼女はいじめられっ子。
それ以外に、彼女を表す適当な言葉は見つからない。

彼女は独りぼっちだった。
友達もいない。味方してくれる先生もいない。家族はいじめのことを知らないし、まず帰りが遅かった。
彼女が寝た頃に帰ってくる。
だから、必然的に家でも学校でも、彼女は独りぼっちなのだ。

……ああそうだ。そろそろ彼女と言うのはやめて置こう。
彼女に名前を出すことの許可は貰っているし。
彼女の名前は佐藤 留美子。
家族構成は父と母、そして姉がいる。

けれど、彼女___留美子の姉はもう居ない。
だが、死んだというわけではない。
ただ、その家に居ないというだけなのだ。
じゃあどこに?そんな質問が出てくるだろうから、答えてあげよう。
留美子の姉は、神隠しにあったのだ。
つまり行方不明。
もう、6年も前のことだ。

留美子は姉の美佐子のことが大好きだった。
家に帰れば、必ず美佐子がいた。
学校では、美佐子が一緒に遊んでくれた。
けれど、その美佐子が神隠しにあった。
それからだ。留美子が暗くなり、勉強にも運動にも精を出さなくなったのは。



___彼女がふと顔をあげた。

目の前は行き止まり。
どうしよう、と彼女は震えた。
今にも泣きそうな声で、お姉ちゃんと呟いた。
彼女の心の拠り所は、いなくなった姉の美佐子なのだ。

いつか必ず帰ってくると信じてもう六年。最後に見た、美佐子と同じ年になってしまった。

「お姉ちゃん……」

怖いよう、と言って、また下を向いた。
その言葉は、姉に届くことはあるのだろうか。
残念なことに、その言葉が届いたのは、赤の他人だった。

「どうしたんだ?」

留美子が後ろを振り向くと、いつの間にか高校生が立っていた。
留美子の通う小学校から近いところにある高校の制服を纏った高校生は、不思議そうに留美子を見ていた。

留美子はその高校生でさえも怖かった。震えて言葉が出ない。

高校生はそのことに気づいたのか、留美子の手を取って、どこかに向かって歩き出した。
誘拐、という言葉が留美子の頭によぎる。けど、それでもいいかな、と留美子は思った。

もしかしたら、消えた美佐子のところに行けるかもしれないから。
足りない頭で留美子はそう思ったのだ。

高校生は、ある商店街の、ある店に留美子を連れて行った。
その店の中にはお菓子がたくさんあり、そのお菓子を食べる場所であろう畳が三畳、店の隅にあった。

カウンターの奥には、また一人、高校生が座っていた。

「よー、店番さーん」
「んお?……あっれー、旦那じゃないかー久しぶりだねえ」

親しげに挨拶を交わす高校生二人を見て、ようやく留美子は安心した。
どうやら悪い人では無さそうだ。
それに、ここにはたくさんのお菓子があるし。

お菓子だけで留美子の心は変わるらしい。

留美子のことを連れてきた高校生が、店番さんと呼ばれた高校生に、留美子のことを話した。
道に迷っていた、と。

店番さんは、へぇ、と言って、お菓子を眺める留美子を見た。

「……まあいいや。えーと、君、お菓子食べる?もちろん、旦那の奢りだよ!」
「おい待てよ店番さん!なんで俺の___」
「おー、このチョコ?美味しいよね!よしよし、お茶も淹れてこようか!」

留美子は店番さんと高校生のやりとりに笑った。
彼女はお菓子と、この奇妙な二人に心を許していたのだ。
これも、頭が弱い故なのかもしれない。

3:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 10:45 ID:3uI

留美子は店の隅の、三畳ある畳の上に座る。
その畳の上にあるテーブルに、人数分のお茶と数種類のお菓子が置かれる。

「自己紹介をしようか。僕は店番さん。店番さんって言うのはあだ名だね。本名は個人情報のため伏せておくよ」

最近、世間は個人情報個人情報とうるさいからね、と留美子は思った。
留美子よ、どうして君はそこまで頭が足りないのだ。

「俺は旦那な。どこの誰の旦那でもないけどな。これもあだ名だな。個人情報だから、本名はコイツと同じく伏せとく」

旦那ってどこからきたんだろうか。
留美子はチョコを頬張りながら思った。

店番さんがクッキーに手を伸ばし、それをパクリと一口。
旦那はお茶をすすった。

このような和やかな空気は、留美子にとっては実に久しぶりだった。
だから、留美子はこの時を忘れないだろう。__どれだけ年をとったとしても、この時のことは。

「で、お前は?」

旦那がお茶を置いて、留美子に顔を向ける。
留美子は個人情報なんてものを、早くもすっかり忘れ、普通に本名で名乗った。

「佐藤 留美子です」

店番さんが、あれぇっと一言漏らした。

「どうした店番さん」
「あ、いやねぇ?佐藤 留美子って、聞いたことあるんだよね。どこでだろう?」

首をかしげながら、次々とたくさんのお菓子を口の中に入れていく店番さんが取ろうとしたお菓子を、留美子が店番さんよりも早く取った。

留美子は、店番さんが固まっているのを見て申し訳なくなった。
固まるほどこのお菓子が欲しかったのかな……手にあるお菓子と店番さんを交互に見てから、留美子はハイ、とお菓子を店番さんに渡した。

「え、いいのかい?」

そう言う前にお菓子を取って、口の中に放り込む。言動が逆である。

「いいよ、別に」

いじめられ過ぎて、コミュニケーション能力が低下していた留美子が、ここまで喋るのは珍しいことであるのだが……それを知らない二人には、さぞ無愛想な子供に見えただろう。

いや、違ったらしい。
二人はニヤニヤと笑った。

「おうおう、最近の小学生はませてんなぁ?」
「そうだねぇ、おませちゃんだねぇ?」

ただし、留美子が驚いたのは、ませてる、とかそういう言葉ではなく、小学生となぜ分かったかについてだった。
赤いランドセルを背負っていることからして小学生にしか見えないのだが、どれだけ頭が足りぬのか……留美子はそんなところに驚いていた。

が、少したって、ランドセルのことを思い出してからようやく、その驚きが身を潜めた。
ランドセルに気づいたときにはもう、お菓子もお茶も無くなっていたのだが……。

「どうだ?少しは元気出たか?」

旦那が留美子に話しかけた。
留美子はこくりと頷いた。

「元気出ました」
「それならいいんだ。留美子を最初見たとき、元気が無かったからな。だから、子供が好きなお菓子がたっくさんあるここに連れて来たんだ」

ああ、なるほど。だからここに……。

店番さんはあっれぇとまた一言漏らした。

「旦那の好きな子に似てたから連れてきたんじゃないんだ!」

ゴツンっという鈍い音が店にこだます。
さて、この音は一体どこから?
留美子は目の前で頭を押さえる店番さんを見て、今のことは忘れようと決めた。

「痛いよ……痛いんだけど……?」

震える店番さんに、心の中で軽く手を合わせる。
どうか、無事成仏できるように、と。
留美子はバカというより、阿呆なのかもしれない。

「店番野郎、覚えてろよ……っ!」
「僕は悪く……悪いですね、すみません旦那」

ははぁーと土下座する店番さんを見て、旦那が頭を上げぇい、と言った。
何の劇場だろうか。

その光景をボッーと見ていた留美子に、すぐさま元気を取り戻した店番さんが話しかける。
留美子は少しビクッと驚いたが、それは反射的なもので、すぐにおさまった。

「で、君、一人で帰れる?」

ああ、そうだ。私は迷子なんだっけ。留美子はここに来た原因さえも忘れていたらしい。

4:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 11:00 ID:3uI

留美子は、あの、とだけ言い、口をつぐんだ。

「どうしたの?まさか迷子?」
「ああ、だから元気無かったのか」

留美子はこくりと頷いた。
目には薄い水の膜が張り、その膜が今にも落ちてしまいそうだった。

迷子になった経緯と、迷子になったことによってのあの恐怖感。
それを思い出すと、留美子の頭はグシャグシャになるのだった。

それを見かねてか、店番さんが、近くの商品棚から、またひとつ、チョコを出して留美子に渡した。

留美子はそれを素直に受け取り、そして食べた。
チョコを飲み込むと、涙がポタリと落ちた。涙は木のテーブルに少しずつ染みていく。

「えっ、と……わた、私、迷子、で……帰れなくて……」

お姉ちゃん、と心の中で呼ぶ。
お姉ちゃん怖いよ、助けてよ、と。

旦那と店番さんは顔を見合わせ、そして留美子を見た。
留美子は次々と涙を落としていた。
実に小学生らしいのだが、普通の小学生ではないことにすぐに分かった。

気づかなかったがよく見れば、一房の髪が他の髪と長さが揃っていない。
そこだけ、てきとうに切られたように短いのだ。

いじめ、という言葉が二人の脳裏に浮かんだ。
『少なくとも』高校生である二人には、案外身近な単語であることは確かであり、また、昔にそのような出来事が、自分ではない誰かに起こっていたことは知っていた。

彼らは何を思ったのだろう。
懐かしさか、それとも悲しみか。
とりあえず、彼らは留美子を突き離そうなんて思っていなかったことは確かだと言っておこう。
何せ、この留美子という小学生、昔ここに迷いこみ、今やここに住み着いているあの少女に似ているのだから。

5:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 11:47 ID:3uI

「なあ留美子。まさか、お前……__」

旦那が留美子に話しかけるが、留美子は泣いて何も返事をしない。
留美子の心は、また恐怖、不安、いろんな負の感情に侵食されていたからだ。

留美子はヒックヒックと肩で息をし、言葉を発しようとするも、怖くて言葉が出なかった。
頭も心もグシャグシャな彼女は、いじめられた後のようだった。

一房だけ短い髪が前に垂れ、留美子の目に止まる。
ニタニタと笑いながらハサミを向けてきた、クラスのリーダー的存在のいじめっこたちを思い出す。
本に出てくる鬼よりも、魔女よりも、妖怪よりも、怒ったお母さんよりも、この世の何よりも恐ろしい、いじめっ子たち。

今日の帰り道、追いかけまわされ、逃げても逃げても、後ろからクスクスという数人の笑い声が聞こえてきた。
その恐怖をどうやったら忘れられるのか!
恐怖は身を隠していただけなのだ。やはり、心のどこかに居座っていたのだ!

留美子の涙は止まらない。
これはいつものことだ。
その『いつものこと』というものは、いつになったら変えられるのだろうか。

店の中に、和やかさとは程遠い空気が流れる。その空気を破るようにして、新たな人物がやって来た。

「ちょっと〜この間貸した5万だけど〜」

そう言いながら店に入ってきたのは、店番さんと旦那と同じくらいの女で、いわゆるゴスロリというものを着ていた。
この店、そしてこの雰囲気には似合わない彼女に、男二人は驚き、そしてビクビクと震えた。

この世で一番恐ろしいものが来た!……ただし、お金に関してだけだが。

女が、泣く留美子に気付き、あれま、と声をあげた。

「何ィ?誘拐したの、あんたら」

それに猛抗議する二人。

「んなわけあるか!迷子のこの子を安心させるためにだなぁ__」
「僕じゃないよ!旦那だよ!」
「おいてめぇ、店番野郎!なんで俺なんだよ!」
「君が連れて来たんだろう!?」
「泣かせたのはお前じゃんかよおおおお!!」
「んなことどうでもいいのよッ!泣かせたまんまなんて、最低よ最低!だから男はダメなの!」

抗議から喧嘩へと発展していった二人を制し、女は留美子のところに歩いて行った。
留美子は突然現れた女にもまた、恐怖を抱いていた。
とにかく、あらゆるものが怖い。

その留美子を見て、女は目を細めた。そして口角をあげる。
女は微笑んでみせたのだ。

留美子の手を引いて、留美子に靴をはかせ、そして店を出る。
女は誰かが止める前に店を出てしまった。

旦那と店番さんはしばらく固まったあと、あれ、と首をかしげた。
女と留美子が出ていったドアを見て、二人して、あああああっと叫ぶ。

「あ、あのドアから出ていっちゃダメだよ!」
「あいつ何するつもりだよ!?」

この店にはドアが2つあった。
1つは旦那と留美子が入ってきた、普通のドア。
そして、もう1つは____……

6:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 15:57 ID:3uI

「次はあそこね〜」と、女が言う。
留美子は女に連れられるがまま、色んな店を見て回っていた。

女は留美子に色んなものを見せ、そしてものを買ってくれた。
そのどれもが留美子の好みにあったもので、どうしてここまで合っているのだろうと不思議に思うくらいだった。

女に連れられ、あの店を出たあと、少したつと留美子は泣きやみ、何があったのかを女に話した。
女は真剣に聞いてくれた。そして、頑張ったね、と誉めてくれた。
それがどうしても姉の美佐子と被ってしまい、また泣きそうになった。


女が店ののれんを潜り、あら、と声をあげた。

「留美子、これなんてどう?」

可愛らしい髪飾り。小さな赤いリボンがついた髪飾りを手にとって、女が笑う。

「きっと似合うわよ〜?」

留美子は、でも、と言った。

「さっきから買ってもらってばかりで……」

団子に大福に飴に……食べ物から、ついには飾り物に。
さすがに買ってもらってばかりだ。遠慮してしまうのも頷ける。
が、女はなんで、と首をかしげた。

「似合うからいいじゃないのよ」
「そういう問題じゃあ……!」
「それとも、この私が選んだものはつけられないとでも?」

店の奥から、ヒィと声がした。店主が悲鳴をあげたのだ。

実はこの女、『ここら辺』では恐れられている。借金取りの仕事をしており、たまにどこかの用心棒となっては色んな組織を壊滅させた。
そのおかげで『ここら辺』は平和なのだが……やはり、怖いものは怖いのだ。
特に、借金をしているものにとっては。

「ちょっと店主。あなた、確か借金してたわよね?」

借金じゃなくてただのローンです!……なんて真っ正面から言えない店主は、ヒイヒイ言いながら店の奥から出てきた。
この店主の名は……個人情報のため言わないが、ここいらで呼ばれているあだ名は、照る坊主。
頭を輝きを詠ったのだろう、というのはすぐ分かる。

「これ、無料でいいわよね?」

もちろん、借金借金と言って追わないわよ。
その言葉が無くとも、無料で差し上げるつもりでしたとも、という店主の心の声はさておき。

留美子は悩んでいた。
よくも悪くも頭の弱い留美子は、また早くも恐怖心を無くしていた。
女心は秋の空、バカな心も秋の空。
けれど、悩んでいた。
このままここにいてもダメだ。
早く帰って、宿題をしないと。もし宿題を忘れでもしたら、いじめっ子たちに何されるか……。

でも、ここにいたい。

なぜそう思ったかは留美子本人でも知らぬ。
けれど、そう思ったのは換えがたい真実なのである。
家に帰っても独りぼっち。どうせ両親の帰りは遅い。このままここにいても良いのではないだろうか。
……が、しかし宿題がある。
……が、しかし帰りたくもない。ここにいたい。

どうすればいいのだろうか。
その時、おーいと二人分の声が聞こえた。
その声は近くなり、この店に入ってきた。

「ここ、に、居た、のか……ハア……ハア……」
「まったく、移動が、早、すぎる……」

肩で息をする二人は、旦那と店番さん。
留美子は反射的に、無意識に、女の後ろに隠れた。
黒いゴスロリの裾を掴み、ごくりと唾を飲む。

「あら、遅いわね」
「遅いもなにも……どうしてあのドアから出て行った!?」
「別にいいじゃない。この子も楽しかったようだし」
「そういう問題じゃないんだよ巫女さん!」
「巫女様と呼びなさいよ!」
「そういう問題でもねぇよ!」
「そうだそうだ!」

巫女、と女は呼ばれた。
この『巫女』というのが、女のあだ名である。本名は個人情報なので、これまた教えない。
が、いつか分かるだろうから、まあ……どうでもいい。
ちなみに、巫女という職についているわけではない。あくまであだ名である。

女__巫女は、留美子に尋ねた。

「ねえ留美子。貴女、帰りたい?」
「……え?」

帰りたい?
そう尋ねた巫女は確信していた。この子は帰りたくない、ということを。
もちろん、それは当たった。
予感的中100パーセント。それがまるで何かを予言する巫女のようだと、皆は言う。

「帰りたくは……ないかも、です」

ほらね、と巫女は笑った。

7:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 16:20 ID:3uI

旦那が叫んだ。

「どうして帰りたくないんだよ!!迷子なんだろ!?」

それに留美子は何も答えなかった。
その様子で何があるのか察したのか、旦那は叫ぶのをやめ、はぁとため息一つ溢した。

店番さんが、何やら考え込むようにして辺りを見回した。
この店の回りには、他にもたくさんの店があった。その中には、自分の経営する駄菓子屋がある。
だがしかし、留美子は気づいていないようだ。
ここは、彼女のいた世界とはまた違うのに。こんなにも違うのに。

一見見れば、普通の商店街なのだが……よく見てほしい。
ところどころ、あってはならないものがある。
あの黒トカゲ。実に美味しそうなのだが、あれは留美子の住んでいる世界では食べないものなのだ。
というか食べられない。
例えばあの扇。あの扇を扇ぐと、地面が割れるという優れものなのだ。
もちろんこれも、留美子の住んでいる世界にあってはならないものだ。

ここは、留美子の住んでいる世界とは、また違った世界なのだ。
商店街の回りには、野原が広がっていて、その野原の回りには大きな森がある。その向こうを行けば、また新たな町があるのだが……。

なぜ気づかないんだろう。
店番さんは首をかしげた。

「留美子。貴女、もしかして、家に帰っても独りぼっちなの?」

少し間を置いて、こくんと頷いた。

「やっぱり、そうなのね。そりゃあ、いじめのこともご両親に言えないわけよね。それに、ここにいて楽しいんでしょ?そうなんでしょ?」

またこくんと頷く。
店番さんは「じゃあさ」と言った。

「君は両親に心配かけたい?」

なんでそんな質問がくるんだろう?
留美子は首をかしげた。

店番さんは呆れたのか、ため息をついた。
その隣にいた旦那が、ため息つくと幸せ逃げるぞと言う。
お前もさっきため息ついただろうに。

「あのね、信じないだろうけど、ここは君のいた世界とは違うんだ。どういう意味を持って、巫女さんが君をここに連れてきたかは分からない。けどね、そんなのどうでもいいんだ。帰らないといけないんだよ、留美子ちゃんは。ここにいたら、きっと君は行方不明ってことになる」

右から左へ言葉が流れていってしまい、言葉の意味を理解できない。
それを見かねてか、巫女が簡単に説明した。

「つまりね、留美子は妖怪の世界に来ちゃって、もしかしたらお家に帰れなくなるかもしれな〜い、どうしよ〜うって話なのよ」

たっぷり五秒。
留美子は、本日一番の大声をあげた。

「えええぇぇええええぇッ!?」

少し前の巫女の発言に、まだビクビクしていた店主__照る坊主は、留美子の悲鳴によって、今度こそちゃんとした悲鳴をあげた。

「ヒエエェエエエェェエエエエエエェッ!?」
「うるさい照る坊主!少しは黙れよ!」
「だけど旦那!オラァ、すっかり驚いちまって」
「何に!?」
「巫女さんにでっさぁ!」
「そっちか!!」

留美子の頭はグシャグシャでもなく、クルクルパーでもなく……どう表現すればいいか分からないほど混乱していた。
私、妖怪の世界に来たの!?帰れないの!?……と。
けど、その意味をごっくりと飲み込むと、留美子は逆に喜んだ。

なら、いじめられることもない!
そうだそうだ!勉強だってない!だってここは妖怪の世界だもん!アニメの歌でそう言ってたし!

が、留美子は分からぬまい、この世界の法則に。
さて、その法則についてだが……おや、旦那が教えてくれるようだ。

「いいか、よく聞けよ、留美子」

全て説明するつもりなのか、旦那はどこか意気込んでいた。
この男、実は結構な説明したがりやなのである。

8:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 18:43 ID:3uI

「この世界の住人は、ほとんどが妖怪で、人間はほんの少ししかいないんだ。人間の世界……つまり、留美子の住んでいる世界とこの妖怪の世界は、別次元にあるということだ。
だがな、この商店街の店番さんの店には、妖怪の世界に繋がるドアと、人間の世界に繋がるドアがあるんだ。
つまり、あの店があれば、この世界とお前の世界を行き来できるんだ。
店番さんの店は、妖怪の世界と人間の世界の間にあると言ってもいい。だから、たまにドアを間違えて、こっちにくる人間も少なくはない……。
その間違えた人間が、なにあったって呼ばれてるか知ってるか?」

留美子は首をふった。

「神隠しって言われてるんだ」

神隠し……留美子はその単語に、強く反応した。
美佐子は神隠しに合ったんじゃないかと騒がれた。
今日(こんにち)まで見つからず仕舞いの美佐子。もしかしたら、この世界にいるのでは___?

これは喜びか、それとも切なさか。
もっとはやくここに来ていれば良かった?
もっとはやく気づくべきだった?
___結局、留美子は帰りたくない、という気持ちを強くしただけだった。

「でも、普通の場合は店番さんが正しいドアを教えて、元の世界に戻すんだ。けど、残念ながら、戻れないケースもある。そういったケースが神隠し。
どうして戻れないかって言うと、戻りたくないって思っちゃうからなんだ」
「ちなみに、戻りたいってながーく思ってたら、一生帰れないんだからね。貴女の場合はそうね……うん、まだ神隠しには会わないわね」

留美子の顔から、サァッと血の気が引いていく。
ようやく分かったのだ、自分の置かれている状況に。

親に心配をかけるつもりか、と店番さんは問うた。
それがようやく、分かったのだ。
留美子は帰りたくないと思っていた。つまり、その思いの結末は、神隠し___。
親に心配をかけるどころか、美佐子を同じ神隠しで失った両親は、今度こそ心が壊れるかもしれない!

じゃあどうすればいい?
帰りたくない、それは変わらない。
なぜなら、帰ったらまたいじめられるからだ。いつもと同じ日常に、溶け混んでしまうから。
家でも学校でも独りぼっちだから。

けど、両親のことを思えば、胸が痛くなる。
美佐子を失った両親の、あの一年にも及ぶ壊れようは目も当てられなかった。
一心不乱に、美佐子のことを忘れようと仕事に熱中し、夜中には悲鳴にも似た鳴き声が家に響いていた。
一人失って、あれだけ壊れたのだ。
次に私を失ったら?どうなっちゃうの?
足りない頭で考えに考えた末の、留美子が出した決断は___

「わ、私、帰らないと、いけない……!」

震えた声。けれど、心がしっかりしていた。

巫女は残念ねー、と言った。
彼女は、何を思い、何を感じて残念だと思ったのか。
ただの気まぐれだろうか?……ああ、そうだとも。彼女は気まぐれで行動するから、この時も、ただの気まぐれで残念がっていたのだ。
実に巫女らしいと思わないか。

……さて、留美子の言葉を聞いた旦那、店番さん、そして居るかも分からなかった照る坊主の店主はというと___

「ああ、そうだ。それでいい」
「辛いことがあったなら、いつでもここに来ていいんだよ。帰りたくないって思わなきゃ、普通に行き来できるからね」
「ああ、そういや旦那もそんな感じっすねー」

と、照る坊主がちょっとびっくりなことを言ったり、店番さんが優しいことを言ってくれたり、旦那が短く肯定してくれたりと、様々な反応をしてくれた。

「それじゃ、戻らないといけないね」

店番さんがそう言った。

「そうだな。んじゃ、店に戻るか」
「そうねー。残念だけれど、見送りしようかなー」
「留美子ちゃんやー、また遊びに来て下さいねー」
「私の名前出せば無料になるわよ?」
「ヒ、ヒイイィ……!」



最後に、留美子の通う小学校から店番さんの店までの地図を簡単に書いてもらい、留美子は『人間の世界』にへと戻った。

さあ、ここからようやく、非日常が日常となる___

9:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 21:47 ID:3uI

辛い学校を終え、いじめっこたちに何かされる前に校舎から出ていく留美子は、六年たって傷だらけになったランドセルを弾ませながら、決して速いとは言えない走りで、あの商店街に向かっていた。
自分の帰るべき家に繋がる道を通り過ぎ、彼女がやって来たのは商店街。
その商店街の片隅にある駄菓子屋に入店すると、さっそく店番をしていた男子高校生に声をかける。

「こんにちは、店番さん!」
「やあ、こんにちは留美子ちゃん。学校お疲れ様」
「うん!店番さんも、店番お疲れ様!」

すっかり親しくなった店番さんは、今日も穏やかに微笑んでいる。

約3か月ほど前の、春と夏の間の季節。この留美子が、初めてこの店にやって来てから、もうそれほどたつのかと、店番さんは思った。
あの時の留美子は、これほど元気ではなく、どちらかといえば、暗い印象を与える少女だった。
それがもう、この店に来てしまえばこんなにも明るくなり___店番さんは、そっと感動した。

「店番さん、聞いてよ聞いて!」

店の隅にある、三畳ある畳の上に座り、そこに置いてある古い木のテーブルにランドセルから出したプリントを置く。
店番さんは、カウンターの奥から出てくると、そのプリントを見た。
そのプリントは、どうやら社会のテスト用紙のようで、点数の欄には『78点』という、頭の弱い彼女にしては高得点の点数が書かれてあった。

「おお、凄いねえ、留美子ちゃん!」
「うん、そうなの!私頑張ったんだよ!旦那さんのおかげだよねっ!」

その旦那が、どうやら入店したようだ。

2ヶ月前の留美子と同じように、何年も前にこの店にやって来て、妖怪の世界に間違えて行ってしまい、そして今やその常連となっている男子高校生、あだ名は旦那がやって来た。

実は店番さんとこの旦那は同じ学校の同じクラス在籍の同級生なのである。
が、店番さんは、この人間の世界と妖怪の世界を繋ぐ店の店主であり、どの世にも珍しい妖怪と人間のハーフである。からして、普通の人と感性が違うのかなんなのか……彼、店番さんは不登校児なのだ。

だから、いつもここにいる。
別にそれを可笑しいというつもりは、留美子にも、旦那にも無かった。
それが彼の普通であり、彼の人生であり、そして何より彼には学校が必要ないのだから。


……さて、大分話がそれたが、今回の社会のテストため、勉強を教えてくれたという旦那が、留美子のテスト用紙を見た。

「78……!?すげぇ!さっすが留美子だなぁ!」

そう言うと、留美子の頭をくしゃくしゃにした。これが旦那流の頭の撫で方なのである。

誉められて、嬉しくならないはずがない。
頬を赤く染めて、留美子はえへへ、と笑った。

「旦那さんのおかげだよ!ありがとう、旦那さん!」
「いやいや、お前、飲み込みがいいからな、お前の実力だよ!」
「そうだよ留美子ちゃん。……あ、はいこれ。最近仕入れ始めたお菓子」
「あ、店番さんありがとう!」

留美子は店番さんから、目新しいお菓子をもらい、それを頬張った。
サクサクとした食感が大好きな留美子にとって、そのお菓子はさぞ美味しいものだったに違いない。
留美子はそれを食べ終わると、もう一個ーと言った。

「はいはい。ちょっと待ってね〜……っと、あ、ちなみにこれは旦那の奢りね」
「なんでだよ!……おい、留美子、その辺にしておけ」
「一個50円!安いでしょ〜?だから大丈夫だよ、だぁんな!」
「今、俺、金欠なんだよおおおおッ!!」

金、という言葉に反応してか、2つあるドアのうち、留美子や旦那が入ってきた、人間の世界に繋がるドアとは別の、妖怪の世界に繋がるドアから、借金取りでありどっかの用心棒である巫女とは思えない、あだ名が巫女が入店してきた。

「さあ旦那!今すぐ私に借金しなさい!取り立ててあげるから!」
「嫌だよ!ぜってぇ嫌だよ!?何言ってんだよ、この鬼ィ!!」
「鬼!?何を言うのよ!?鬼は私じゃなくて、すぐそこの八百屋の店主でしょく!?」
「ものほんの鬼じゃねぇか!」

実は、旦那、この巫女という同年代の女が好きなのだが___いや、何でもない。


この騒がしく、そして奇妙な時間が、留美子の放課後であり日常である。
さて、この日常、またいつになったら非日常になるのやら……それはきっと、永遠に来ないのだろう___

10:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 22:30 ID:3uI

旦那の奢りでお菓子を食べてお茶を飲む。
そのあとは、店番さんと旦那に巫女、留美子の四人で妖怪の世界に、ドアを通って行く。

ドアの先は、賑やかな商店街。その商店街、名をあやかし商店街と言った。
多種多様の妖怪が住み着き、買い物し、たまに人間がやって来る……実に平穏な商店街である。

留美子はこの商店街が大好きだった。
人当たりの良い妖怪たちがいて、妖怪だからこそ起こりうる出来事を、面白おかしく聞かせてくれたり、人間の世界のことを話してやったり___
どんどんこの商店街が大好きで堪らなくなっていく留美子は、どこからどう見ても、最初の暗めの彼女には見えなかった。

「おや、留美子ちゃん!ちょっと寄って来なよ!出来立ての団子があるよ!」
「それは旦那の奢りかしら?」
「もっちろんですよ〜。はい、旦那さん、350円ね」
「だからなんで俺なんだよッ!?」

苦労性の旦那、実に哀れなり。

さて、留美子とは言うと、早速出来立ての三色団子を食べていた。
もちもちとした食感。温かい団子。
やっぱり甘いものは美味しいと、留美子は思った。

「ミツさん、俺の財布の中身、もう1000円しか___」
「なんでぇい、あの旦那が350円も払えねぇってのかい!?」
「いや、だから、高校生のお財布事情は___」
「ちょっと照る坊主ちゃん、旦那が350円すら払えねぇってんだぁよぉ」

通りかかった、髪飾り屋の店主のあだ名が照る坊主が、これまたあだ名がミツさんに声をかけられ、基本的陽気な彼は、ハッハッハァと笑った。

「あの旦那とあろうものが、350円も払えんのですかぃ?」
「だーかーらー!!1000円しか無くてだなぁー!!」

ケチだなあ、とそろそろ団子を食べ終えそうな留美子は思った。
隣では、同じように団子を食べる巫女が、ニマニマ笑っている。

「バカよね〜、旦那は。そういうときはね、一時的にお金を借りればいいのよ。この私に!」

いや、それが一番バカな選択だと思う。が、そんなこと、口が裂けても言えない。
色んな組織の用心棒をしては、色んな組織を壊滅させ、この平和を築き上げた本人とも言えるこの人に、そんなことを言ってしまっては、命が亡くなるよりも酷いことをされるだろうから。

だから、留美子はとてもいい選択をしたと言えるだろう。
よく我慢した留美子。よく考えた留美子。拍手する価値がある。パチパチ。

結局、巫女と留美子が食べた団子の料金は、旦那と店番さんが割り勘して払ってくれた。
留美子も払うからと言ったのだが、子供は遠慮しなくていいの、と言われてしまった。
子供だけが許されることを、なぜ満喫しないのか……そういう考えが、この商店街の人達には広まっていた。

どうやらこの妖怪の世界は、子供に甘いらしい。
まあ、それが悪い方向に行くこともあるのだが……___

留美子を見て、巫女はふと昔を思い出した。
巫女にはかつて、妹がいた。
今も、あのころと同じように元気だろうか、ちゃんとご飯は食べてるだろうか、そろそろ中学生かな、勉強は大丈夫だろうか……考え出したら止まらない。
それほど大事な妹だった。

ここから出られない身となってしまっている巫女は、その大事な妹とはもう会えない。妹がここに迷い混んで来ない限り。

___神隠し。それは、ここから帰りたくないと思う子供に起こってしまう。
この世界は、そうやって子供の『願い』を叶えた。
ほら、良くも悪くも子供に甘い世界だろう?

「ありがとうございました〜」
「いやいやいいんだよう。こっちこそ、買ってもらって嬉しいからねぇ。んじゃ、また来て買ってねぇ」
「はぁ〜い」

いい子のお返事をして、また四人は歩き出す。
次はどこに行くのか。それは決まっていない。
ただ、時間が許す限り、ぶらり散歩をするのだ。この四人で。

11:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/25(月) 18:11 ID:3uI

「こらあああああッ!!」

ドンガラガッシャアン

大きな音が、あやかし商店街にある店から聞こえた。
その音に、ああまたか、と人々は思った。

「ちょっと待ちなさいいいいいッ!!」
「いーやーだーぁッ!!絶対嫌だあああああッ!!」

その騒ぎを初めて聞いた留美子は驚いた。
どうしたのだろうか、この平穏な商店街が、なぜこんなにも騒がしいのだろうか。

不思議に思う留美子に、説明大好き人間、あだ名は旦那が教えてあげた。

「サトリ姉妹だよ、妖怪サトリの姉妹。よく妹の方が修行をサボって、姉の方がそれを叱るんだよ。大声で。最近じゃ大人しくなってたから、もう妹の方は真面目になったと思ってたんだが……ああ、やっぱりあいつらは騒がしい方がしっくりくる」

妖怪サトリ……人間の心を読み取れるという、ある意味最強の妖怪。
留美子はこの商店街に来るようになってから、たくさんの妖怪を知り、そして出会った。
が、その妖怪の多くが__言っては悪いが__しょぼかった。
例えば赤なめ、小豆洗いなどなど。
妖怪ってだけで凄いと思うのだが、どうやらそれが留美子には分からないらしい。悲しいことだ。

「へぇ〜……!」

大変興味を引かれた留美子は、店番さんの店から出ると、とっとことっとこと、そこまで速くない走りで騒がしい場所に向かった。

その場所では、何やら奇術が披露されていた。
いや、披露などされていない。
妖怪だけが使える奇術を操り、例のサトリ姉妹が喧嘩しているのだ。

手を使わずに物を投げ、たまに素手で殴りあい……。
よく見れば、何やら空間が歪んだりしている。
きっと、『気』を使っているのだろう。

それを遠巻きに眺める人々は、子犬のじゃれあいを見ているように微笑んでいる。
まあ確かに微笑ましい光景であるのかもしれない。妖怪からしたら。

「お姉ちゃんはいっつもそうだ!聡子はゆっくり暮らしてたいのおおお!」
「そう言ってるから、力の制御も出来なの!こんの、馬鹿妹おおおおお!」
「んだとオラァッ!?この阿呆姉ええええ!」
「ゃんのかゴラァ!?」
「ゃんのかお"い!?」

だが、人間である留美子に取っては、耳が塞ぎたくなるような喧嘩だった。
すると、さすがサトリ妖怪。妹の方の聡子が、その留美子の心の声を聞き取った。

「んもおー!お姉ちゃんがそう大声出すから、怖がってる人間がいるじゃん!」
「アンタが悪いの!ほら、その人間もアンタに呆れてるわよ!」
「お姉ちゃんにも呆れてるよ!」
「アンタにもね!」

留美子は自分の心が読まれてることを、少しばかり不快に感じた。
まさか、ここまで嫌なものだったとは……。

その心を姉が読み、ほら見なさいと笑った。

「ちゃんと力を制御できるようにならないと、不快な思いをする人が増えるのよ!」
「し、知らないよ、そんなの……ッ!」

いやいやと首をふる聡子は、ペチンと頭を叩かれる。

「馬鹿ね、本当に!ほら、さっさと修行に戻る!……皆さん、お騒がせしてすみませんね〜おほほ〜」

いまだ首をいやいやと振っている聡子の手を無理矢理掴み、姉はさっさと店に戻ってしまった。

遠巻きに見ていた人々も、可愛いもんだねぇと言いながら、さっさと自分たちの店に戻って行った。

留美子にはどこが可愛いか分からなかったが、隣にいる旦那はカッカッカッと笑っていた。
彼も人間だが、ここの雰囲気に慣れすぎてしまっているため、あんな喧嘩でも可愛いって思ってしまう。
まあ、妖怪だしさ。そう言っていた。

「人騒がせだったね〜」
「まぁな〜」

そう言いながら二人並んで、店番さんの店に戻っていく。
戻れば、そこには店番さんと巫女がいた。

「あ、巫女さん!」
「やっほー、留美子。どうだった?サトリたちは」

苦笑いを浮かべながら、留美子は隅にある畳に座った。

「うるさかったです」

それに店番さんが答える。

「だよね。でも、慣れれば可愛いもんだよ。はい、お茶」

冷えた麦茶をテーブルに置き、近くにあった煎餅も追加で置いていく。

「ありがとう店番さん!」

お茶を一気に飲み干し、煎餅にかじりつく。
醤油の味が下に染みて美味しい!

この時、サトリ姉妹を疎く思っていた留美子だったが、年齢が近いこともあり、数日後、二人と仲良くなるのだが___それは後筆しよう。

12:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/25(月) 18:41 ID:3uI

さて、後筆すると言っていた、サトリ姉妹と留美子が仲良くなった話なのだが……最初、このように始まった。

「この間のお詫びです!」
「……でぇす」
「こら、聡子!」
「お詫び申し上げまぁす」

気だるげな聡子を叱り、大声を出しそうになった姉の里美は咳払いをした。

二人は店番さんの店、駄菓子屋にいる。
そして、勝手に心を読んでしまった詫びとして、留美子の前に立っていた。
聡子はどうして謝らなきゃいけないの……と不満を漏らしている。

留美子は正直言ってめんどくさかった。
なぜわざわざ、楽しいはずの時間を、このうるさい二人の喧嘩を見ることに使わなければならないのか。
その気持ちは分からぬでもない。だが、相手は妖怪サトリ。もう少し、無心でいられないものか。

ほら、聡子がさっそくその心を読みとったようだ。

「ちょっと、人間。聡子たちがわざわざ謝りに来てるのに、なんなのよ、その態度は!」

だってうるさいし。

聡子はそれも読み取り、キーッと怒った。

「謝りに来てやったのに!」
「その態度こそなんなのよ、聡子。ほら、私達の方が圧倒的に悪いんだから、ちゃんと謝らないと……!」
「お姉ちゃんもお姉ちゃんだよっ!どうして、こんなのに……!!」

嫌悪する目で留美子を見る。
留美子は現在進行形でいじめられっ子。だから、そんなもの、どうとも思わなかった。慣れているのだ、この目に、この言葉に、態度に。

正直、学校の連中の方がもっと悪いし……こんなの、可愛いくらいだよね。可愛いとは思ってないけど。

ハァ、とため息をついた。

「大変申し訳ございません、えぇと……」
「留美子だよ」

名前が分からないのか、言葉をつまらせる姉の里美に、名前を教える。

「え、あ、えと!留美子様、本当に申し訳ございませんでした!」

普通サトリなら、心を読めば名前を知ることなど容易いことなのだが、最近のサトリは修業をしていて、人の心を読み取る力を、制御できるようになっている。

この里美は、その力の制御がちゃんと出来ており、修業も終わらせていた。
……それに比べ、妹の聡子は。
だらけてばかりで、修業をするとなると、必ず逃げ出した。そして、そのたびに里美に怒られ、両親には呆れ返られていた。
ちゃんと修業すれば、きっと凄い妖怪になるだろうに……それが、両親の聡子に対する言葉だった。

「……」

相変わらず、今も力の制御ができない聡子は、留美子の『いじめ』についてを読み取ってしまった。
すると、これまた嫌そうな顔をした。
だが、勘違いするのではない。
聡子が嫌になったのは、その『いじめ』にだ。留美子についてではない。

「何よ、急に黙って」

低い声で、留美子が急に黙った聡子に聞く。
別に、と聡子がそっぽを向いた。

ボソッと、ごめんという声が聞こえたのは、留美子の聞き間違いではないだろう。

「本当に本当にすみませんでした!……あ、それで、お詫びと言ってはなんですが……」

里美が一呼吸置く。

「留美子様の気になる人の心を、お読みますよ」

気になる人ー?と、その場に唯一いた店番さんが声をあげる。
ちなみに、旦那はテストの補習があるので、今日は来れないのだとか。巫女は新たに借金を作った妖怪を追いかけまわしているらしい。

「ええ、気になる人ですよ!恋心を抱いている方、少し気になるあの人のこと、そして付き合っている彼氏の心などなど!」
「全部恋愛関係じゃん」
「あら、じゃあ友達の心の中でも___」
「友達いないし」
「……ご家族のでもいいのですよ!?」

とにかく、詫びたくて詫びたくて仕方がないのだろう。里美は留美子にじりじりと詰め寄ってくる。

留美子は、家族、という言葉に反応した。

家族の心が読める?じゃあ、お姉ちゃんのは………___

神隠しに合って、いなくなった姉の美佐子の心の中。
今何を思っているだろう、私のことは思い出しているのだろうか、どこにいるのだろう……。
力を制御するのをやめたのだろう、里美はなるほど、と言った。

「お姉さまのですね!?分かりました!貴方のお姉さまの心を見てあげましょう!」

ドンッと己の胸を拳で叩き、里美は意気込んだ。

13:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/25(月) 20:52 ID:3uI

里美の目が虚ろになり、光が消えた。
心を読んでいるのだろうか。

10秒くらいだろうか。里美の目に光が戻り、読みましたよ!と言った。

「お金お金お金ええ……と、思っておりましたね」

お金を連呼している姉。その光景を思えば、留美子は悲しくなるのだった。
なぜお金なのか。お金に困っているのだろうか。
__姉はこんな感じの人だっただろうか?

「また、どこにいるのか、というのも調べるため、心のさらに奥も読もうとしたのですが……えぇと……そのう……」

言葉を濁らす里美に、聡子はうんざりしたのか、つまりぃと言った。

「お姉ちゃんの力が足りなかった。だから読めなかった。そういうことでしょ?」

本当のことを言ってもいいのだろうか。
少なくとも、言われた本人に傷ついた様子はなく、むしろ、したり顔をしていた。

「……すみません、力不足で……けど!いくら怠け者でも、うちの一族の中でも飛び抜けて力の強い聡子がいるので!」
「……ちょ、なんで__」
「聡子が読んでくれますので!さぁ聡子!さっさと読んで読んでッ!!」

里美の勢いに負けたのか、それともなにげに自分が褒められていたことに嬉しくなったのか、わかったよ、と言って、目から光を無くした。

虚ろな目。その目がすうっと細められる。
その目が、いきなり突然開かれる。
かと思えば、また細められ、また開かれ、細められ……。
目に光が灯ると、ふぅっと息を吐いた。

聡子の顔は複雑な顔をしていた。
留美子の方に目を向けて、そしてまた目が虚ろになる。
すぐにまた、目に光が灯ると、より一層複雑な顔になった。

留美子は何事かと思った。
多分、さきほど自分の心の中も読まれたのだろう。心の中というより、奥かもしれないが___

里美の目からも光が無くなった。
その目に光が戻ったとき、里美の顔も複雑な顔になっていた。

「何、どうしたの〜?」

呑気な声で、店番さんが聞く。
それに、里美はこそっと耳打ちした。

曰く、姉の美佐子は、ここの商店街に住む『元』人間のあの人だと。
そして、もう人間の世界には帰れないということ。

留美子に知らせていいものか、この姉妹は悩んでいるようである。
詫びしに来たのに、落ち込ませるようなことを言ってはダメだろう。
けども、姉に会えると言うのなら、きっと留美子は喜ぶだろう。

さあ、どうしたものか。

店番さんは、言えば?と軽々しく言った。
彼は彼なりの予想があった。その予想が当たった今、言うべきなのが最善だと考えている。

だって、その姉が、この商店街に住み着いているというのなら、二度と会えないという悲しみは無くなるからだ。
留美子は毎日ここに来ている。大人になって仕事が忙しくならない限り、きっと毎日のように、これからも来るのだろう。

それなら、姉に会えないなんてことはない。
言うべきだ、なぜならそれが留美子にとっての最善だから、と店番さんは二人に向けて言った。

聡子の方は未だ渋っていたが、里美の方は分かってくれたようで、早速留美子に話した。

「聡子に読んでもらった結果、以下のようなことが分かりました。
留美子様のお姉さまは、この商店街に住んでいます。そして、もう人間ではなくなっており、この世界から、あなたの世界へは戻れなくなっております」

留美子は何を思ったのだろう。
大好きな姉が、もう人間ではなくなっており、そして戻ってこれなくなっている。
けれど、この商店街に住んでいて、商店街に来れば会える。
メリットの方が大きいか、デメリットの方が大きいか。
それともあまり変わらないのか。

留美子は震える声で聞いた。

「……じゃあ、あの、姉は、美佐子の、ここでのあだ名は……?」

皆、一人一つずつあだ名を持っている。
留美子はまだ持っていないが、さて、ここに長年いたであろう美佐子は、なんてあだ名を持っているのだろうか。

14:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/27(水) 22:26 ID:3uI

聞く留美子に、里美はすぐ答えた。

「美佐子さんのここでの名前は、『巫女』です」

聡子は信じられなかった。
留美子が傷つくのは目に見えているのにも関わらず、二人が協力して本当のことを話すのが。

もちろん、聡子の思った通り、留美子は傷ついた。
里美は顔がひきつり、どういうことだ、と店番さんを見た。
店番さんも、顔をひきつっている。

留美子は叫んだ。

「巫女さん、ううん、お姉ちゃんは、私のこと知ってたのに、何も言わなかったの!?教えてくれなかったの!?どうしてッ!?」

頭をかきむしって、クソックソックソッと床を踏む。

「どうせ店番さんも知ってたんでしょ!?ああ、あんたら、全員、知ってたんだ、なのに、隠してたんだあッ!!」

それは誤解だ、と店番さんが叫んだ。

「六年もたってるんだから、判別がつかないだろう!!それに僕は、姉妹だとは思ってなかった!!ほんのちょっと、そうなんじゃないかって思ってただけで!!」
「それを教えてくれればよかったじゃん!!バカバカ、みんなバカ!!」

留美子は外に出ていってしまった。
外では、留美子を呼び止める声が聞こえる。

三人は、急いで外に出た。
外に出ると、近くにいた人に心配された。その近くにいた人__団子屋のミツさんは、留美子が消えたのであろう道の先を見ながら三人に尋ねた。

「何があったんだぃ?あの子、ずっとお姉ちゃんって言いながら……しかも泣いてて……あの子にお姉ちゃんなんていたのかぃ」

聡子は何も言わず、ミツさんが見つめる先に向かって走り出した。
それに里美が呼びとめる。

「聡子、待ちなさい!」

聡子は聞いていないのか、黙ったまま走って行ってしまった。それに店番さんが続いて走っていく。

「ああ、もう!……ミツさん、ありがとうございました!!そ、それじゃあ!!」
「え、何がでぇ?……ああ、ちょっと!?」

二人と同じように走っていく里美。
ミツさんは、その背中が消えるまで見ていた。
里美も消え、自分の店に戻ろうと方向転換したとき、慌てた様子の髪飾り屋の照る坊主がやって来た。

「てぇへんだぁ!」
「なに、定年すんのかぃ?」
「ちげぇ、ミツさん。てぇへんなんだよぉ!天狗があ!」

照る坊主が空を指差す。

天狗と言えば、一時期この妖怪の世界を牛耳っていた大組織の者たちだ。
その組織はもう巫女のおかげで壊滅したはずだが___

ミツさんは空を見た。
空は不穏な曇り空で、その曇り空に黒がよぎった。
なんだ、とよく見れば、その黒は、黒い翼を持った天狗たちだった。

まさか、また恐ろしい事が起こるんじゃないだろうねぇ?

ミツさんは、空を見ながら、嫌な予感を覚えていた。
ふと空から、何かが降ってくる。
それは人だった。
今や、この世界を影で支配している元人間。

その元人間が、ストンッと地面に降り立った。
空気の抵抗か、黒いゴスロリの裾がふわりと浮いた。

「もう最悪ね〜。借金返してもらおうとしただけなのに、攻撃するなんて……!」

その人は、マジちょべりばぁと呟いた。
いささか古い気がするが、無視しておこう。

彼女は、固まるミツさんと照る坊主を見て笑った。

「どうしたんですかぁ、二人とも!そんな変な顔して〜……って、あれ?」

一瞬にして、彼女を取り囲む天狗たち。
さすが天狗、速い速い。

「何よ。私は仕事を果たそうとしただけなんだけど?」

不機嫌に言う彼女に対し、天狗はフンッと鼻を鳴らした。

「こちらこそ、仕事を果たしただけだ。借金も仕事のうち。その仕事が終わったのなら、借金は無いも同じ」
「……バカなの!?その口縫ってやりたいねっ!私、裁縫得意なんだから!!」

人差し指で、天狗のリーダーらしきものを指す。

「おやおや、そうですか、巫女さん。いや、美佐子さん、でしたか、本名は」
「わあ気持ち悪い!あんたに本名言われるって、ちょー最悪だわ!からすが人間様に向かって何言ってんの!?」

どこからともなくバッグを出し、そのバッグから、棒のようなものを出す。
それを見たことのない妖怪たちは首をかしげ、次に天狗は笑った。

「そのような棒で何ができ__おうわっ!?」

棒が天狗に投げられ、天狗がキャッチする。

「なに、なにをし__」

巫女が、後方へ飛んだ。
大きな音があやかし商店街に響きわたった。

15:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/27(水) 22:46 ID:3uI

巫女が投げたのは、威力弱めのダイナマイトである。
こっちの世界には、ダイナマイトなぞ存在しない。だからこそ、巫女は有利だった。

巫女がダイナマイトを出したバッグは、あの未来ロボットのポケットのように、なんでも無限に入るバッグである。
しかし、それをどこから出したかは___……彼女について語らねばなるまい。

彼女、巫女……本名は美佐子は、こちらの世界に迷い混み、神隠しに合ってから、ある道を歩み始めた。
その道は魔術の道。
神隠しに合って3年たてば、彼女は優秀な魔法使いになっていた。
その3年という年月は、あまりにも速すぎて、純粋な魔法使いの血脈である老女の魔法使いは、寿命が50年縮むほど驚いたという。
普通、人間が魔術を学び、一人前の魔法使いになるには10年はかかる。それを、美佐子はたった3年でやり遂げたのだ。

それから美佐子はたくさんの組織を壊滅させていったのだと記録している。
美佐子という魔法使いは、いろんな組織の用心棒として、いろんな組織を壊滅させ、壊滅させる組織がなくなると借金取りになった。

ここにきて六年。気づけば美佐子は、この世界を牛耳っていた。


……さて、その美佐子だが。

「うっわ〜。最悪最悪〜」

ケホケホと咳をして、爆発したところを見ていた。
そこには、焼き鳥が何個も……__。

「な、なんだいありゃあ!?魔術かぃ!?」
「ひえ〜!!お、おら村さ帰るだぁ〜!!」
「よりなまっとるよ、照る坊主!それに、あんたの出身はここだろう!?」
「んなこたぁ、分かってるよミツさん!!」

この騒ぎを聞き付けて、たくさんの妖怪がやってくる。
焼き鳥と化した天狗を見た妖怪たちは、誰がこんなことをしたか、すでに予想がついてしまった。
妖怪たちの目が、美佐子を見る。

「何よ?」

一斉に首を振る。
妖怪が震えるとは……なんとまあ不思議な光景だ。
だがしかし、首を振らせているのが美佐子ならば、不思議でもなんでもないだろう。

「さて、と」

焼き鳥となった天狗たちの持ち物を漁り、財布を見つける。
財布の表面は焦げてはいるが、中身のお金は無事のようだった。
少し、端が黒くなっているが。

「うんうん、これでおーけーおーけー!仕事おーわりっ!」

そのお金を自分の財布に入れ、その財布をポケットに突っ込む。
唖然とする妖怪たちに手を振ると、美佐子は空中に浮いて、そのままどこかへと行ってしまった。

美佐子の足が向く方角は、留美子たちのいる方角だった。

16:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/28(木) 19:31 ID:3uI

そして、その留美子たちと言えば……__

「こっち来ないでよおおッ!!」
「なんでよッ!!こっちは心配してるんだから、感謝しなさいよ、人間!!」
「いーやーだー!!……うわあああん、お姉ちゃぁん〜!!」
「うるさい、黙ってってば!!」
「あんたも黙れええ!!」

留美子と聡子は、喧嘩らしきものをしていた。
聡子が留美子の腕を掴み、放さない。
それを放し、逃げようとする留美子。
周りには田んぼや畑が広がっており、二人以外には誰もいなかった。

里美と店番さんは、途中で二人を見失っていたのだ。
里美と店番さんは、また別なところで合流し、二人を探していたのだが、その頃の二人と言えば、この状態。

心の読める聡子は、聞こえてくる心の声にうんざりしていた。
怖い、だの、助けて、だの、お姉ちゃん、だの。
同じことしか言わない留美子、そしてシスコン気味の留美子。聡子は殴りたくて仕方がなかった。
逆に、殴ることを我慢している聡子は誉められたものである。
比較的短期な聡子が、我慢。これは、ある意味歴史的奇跡なのである。

「放せ、放してよーッ!!お姉ちゃんに会いに行くんだからああッ!!」
「あんたのお姉ちゃんはあっちにいないよ!!商店街の方に行っちゃったよ、今!!」

頭の上の曇り空を横切って、さきほど美佐子はあやかし商店街の方に行ってしまった。
そのことを伝えれば、留美子は、はああッ!?と叫ぶ。

「なんでェ!?私を無視して行っちゃったってこと!?」
「違うわよ!なんか、天狗たちに……__」

遠くの方から、銃声を伸ばしたような音がした。
その音は、留美子にとってはテレビの中でしか響かない音だった。だから、聞いたとき、すぐにその音が爆発音であることに気づくことができなかった。

気づいたとき、留美子は至極冷静だった。
なぜなら、ここは妖怪の世界であり、留美子にとっての非日常が日常であるからだ。しかし、ここに爆発物は無いに等しい。つまり、留美子が冷静なのは可笑しいことなのだ。

「な、なにあの音は!?魔術か何か……!?」

対して、聡子は驚いていた。
その驚きから、留美子の腕から手を放す。

いくら遠くから聞こえる音であろうとも、あんな音は聞いたことがない。驚くのも当たり前だ。
例えるならば、大きな岩をいっきに地面に落としたような音。
なんだあの音は、なんて恐ろしい。
きっと、巫女が何か魔術を___

「おやおや、これは!」

いきなり、上空から声が。が、その声は、一瞬にして留美子の真後ろにいた。

「巫女さんが気にかけているという、人間ではないですか!」

留美子が後ろを向くと、すぐ近くに女の子の顔があった。
その女の子の背にはカラスのような黒い翼が。

その女の子は天狗であった。
この時、あやかし商店街で美佐子が倒した天狗たちの仲間、それがこの女の子であった。
彼女は別の仕事でここにいた。
なんの仕事かというと、天狗たちが美佐子に敗れた場合に備えて、美佐子の仲間を人質にとる仕事だ。
人質にとって、敗北を無理矢理勝利に変える。
天狗たちの属する組織が昔から使っていた手だ。
仲間が人質に取られるのは、どんな大物でも痛いものだ。

「天狗……!?___人質にとるつもり!?」
「おやぁ?サトリじゃないですかぁ?貴女は……まあ、どうでもいいです」

彼女が、留美子の腕を掴み、拘束した。

「え、な……え、天狗!?」
「ええ天狗です。あだ名は天女といいます。天狗なのに、天女というんですよ!ふふ」

彼女___天女は、そのまま空へ飛びたたんと翼を広げる。
さて、そこで天女に異変が起きた。
翼が震えだし、その震動が体に伝わった。
聡子はそれを見て疲れたように笑っている。

何が起こったのかと、留美子はのんきに首をかしげた。

17:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/28(木) 19:56 ID:3uI

天狗なのに、あだ名は天女の彼女の震えは止まることを知らない。
目からは涙が溢れ、歯はガチガチといい、飲み込むことを忘れられた唾液が顎を伝って落ちた。

留美子は不思議がって、疲れたように笑う聡子を見た。
その聡子の目は虚ろであり、生気を感じられなかった。これは、この世界の妖怪サトリが力を使っているときの証拠である。

__力を使う。心の中を覗いているんだろうか。
そう思ったのなら、知識が足りない証拠だ。
まあ致し方ない。この世界の妖怪は、ややオリジナルが入っているのだから。

さて、心を覗く以外の力だが、それはある意味最強の力なのである。
その力は、心の底から恐怖している、いわゆる『トラウマ』を引き出すというものである。
たがしかし、ただ『トラウマ』を引き出すのではなく、恐怖している本人の目の前に『トラウマ』の光景が現れるのである。
つまり、もう一度『トラウマ』を体験するということ。

それは恐ろしいことであり、もっとも避けたいこと。
だがそれは無理だ。
相手が恐怖で気絶するまで、この力は消えない。

「……聡子?」

ここで初めて、留美子が聡子の名を呼んだ。
しかし、そのことに聡子は気づかない。

いくら一族の中でも稀に見るほどの強力な力を持っていたとしても、さすがにこの力を使うのは疲れるものである。
普通の力を持ったサトリでも、この力を使うのには相当の準備を要する。
例えば黒トカゲを10匹食い、そのあと身を清めてから神社に参り___それを無視して、ここまで力を使うのは、ほぼ無理に等しかった。

それを、聡子はやってのけた。
聡子は疲れ笑いを浮かべながら言った。

「留美子を放しなさいよ」

彼女もまた、初めてここで留美子の名を呼んだ。
これに、留美子は気づいた。
留美子は喜び、聡子と呼んだ。

「聡子、あんた……!!」
「留美子を放しなさいよ、カラス」

この時、天狗なのにあだ名が天女の彼女は、恐ろしいものを見ていた。

昔、まだ彼女が8つの頃だったとき、一人の女が館にやって来て、たくさんの魔術を使い、館だけでなく、組織を壊滅させた。
その女が目の前で、炎の魔術をくりだし、おばあ様を焼いている。
おばあ様の美しいと褒め称えられた黒き翼が端から焦げて、そして灰となって散る。
骨がむき出しになり、聞こえていたはずの叫び声さえ聞こえない。
もう、声を発するおばあ様が死んだからだ。

その中で、女が自分の方を振り向く。
そして、その体が変形し、サトリの聡子の姿となった。

「留美子を放しなさいよ、カラス」

じゃないと……___。
天女は激しく首を縦に振った。

「お願いだから、もうやめてえええええ!!」

天女の視界が黒に染まった。
最後に見たのは、のどかな田んぼと畑と、そして自分が拘束していた留美子。
天女は気絶したのだ。

天女が気絶したことにより、聡子の使っていた力が効力を無くす。
聡子は膝を地面に着いた。
拘束の解けた留美子は、すぐさま聡子に駆け寄った。

「留美子……?」
「聡子、あんた、何したの!?あ、そんなことより、助けてくれたんだよねっ?妖術ってやつを使ってさ。よく分からないけど。とにかくありがとう、聡子!」
「……え、あ、うん……?」

聡子はうまく飲み込めなかったが、まあいいのだろうと結論付けた。

「さっすがサトリ!聡子、力凄いから、やっぱり強いわよね〜怖いわ〜」

二人が上を見れば、美佐子が空中に浮いていた。

「見てたわよ、さっきの戦い。サトリってなにげに怖いからね〜」

そのサトリが何やら怒ってますよ、お姉ちゃん。
留美子は晴れ晴れとした気持ちを抱えながらそう思った。

18:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/28(木) 20:20 ID:3uI

留美子の心に、もう雲はない。
なぜサトリ姉妹と店番さんを憎んでいたかは忘れたが、とにかく負の感情はない。
それに、あそこまで自分を嫌悪している様子だった聡子が、自分を助けてくれた。
多分、目に見えない力か何かで。
でも、とにかく嬉しい!

頭が弱いのが、役にたった。
留美子はすでに、なんで三人を憎んだのか、ということを忘れていた。
だから、美佐子を見ても、ああ、お姉ちゃんだ、だけで終わった。
___いや、違う。
それだけで終わっていなかった。

留美子は美佐子を見て、お姉ちゃんだということに気付き、そして鼻がツンとなった。
今まで探していたお姉ちゃんがここにいる。
けど、自分が妹の留美子だとは気づいていない。

当たり前だよね、だって、もう六年もたつもん……。

留美子は自分の言葉に頷き、そして『巫女』に改めて目を向けた。
スカートを押さえることもなく、地面に降り立つ巫女を、人間とは思えなかった。

当たり前だ。人間は空中に浮けない。
しかし、彼女は魔法使いなのだ。
空中に浮くことなど、箸で豆腐を壊すことよりも容易い。

「巫女……あんたは……!!」

聡子が、プルプルと怒りに震えている。
その理由を知らない巫女は、首をかしげることしか出来ない。

「何?」
「何、じゃない!あんたは、何をして___」
「ちょっと待ってよ聡子!」

留美子は言葉を遮った。

心の中の天使さんが言うのだ。
本当のことを巫女には言っていけない、と。
だから、それを留美子は守った。
留美子は単純でバカで運動音痴ではあるが、なにげにいい子なのである。

「留美子、これはアンタも___」
「いいの別に!このままでいいの!」

そこに、店番さんと里美がやって来た。

「ようやく見つけた〜」
「こんなところにいたの、二人共!」

店番さんは、ゼェゼェと息をしながら、あれ、と聡子と留美子を見た。
そして、全てを察した。

やっぱり、僕の思った通りだ。

ちゃんと本当のことを留美子に教えたからこそ、二人は仲良くなり、冷静になった留美子は、巫女に本当のことを話さなくてもいいと理解している。
きっと、今後は里美も聡子の介入で留美子と仲良くなるのであろう。

店番さん、勝者の笑み。
その横では、さきほどの聡子そっくりの震え方をした里美が聡子に怒鳴っている。

「なにしてんのよ、あんたは!力を使って、天女さんを気絶させるなんて……!!どういう頭してんのよ、このバカ!!」
「あいつ、組織のやつだよ、分かるでしょ!?私は留美子を人質にとろうとしたところを助けたの!!悪くないの!!」
「それはよろしい。けどね、あの力は、死ぬほど体が疲れるんだから___」
「私は大丈夫なの!!だって強いし!!」
「知ってるわよ!!この愚妹!!」
「な、なんてことを言うの!?愚かなお姉さまぁ!?」
「なんですって!?」
「なによ!?」
「やるき!?」

ふと、留美子は気づいた。
いつの間にか、この姉妹の喧嘩を可愛らしく思っていることに。煩わしく思っていないことに。
むしろ、この喧嘩を見て、安心してしまう。

ああ、なるほど〜。
留美子は手を叩いた。
つまり、この二人の喧嘩は、平和の証なんだ!
あながち間違いではない。
喧嘩するほど仲がいい、とはよく言ったものだが、留美子はこんな風なことを思った。

姉妹が喧嘩するほど、平和だってことだよね!
まさしく、その通りである。

「ねぇ巫女さん!」
「ん?何、留美子」

あのね、と巫女に留美子は聡子について話した。
あの子、私を助けてくれたんだよ。自慢の友達なんだ!___……と。

この言葉を聞いてしまった聡子は赤くなった。
ようやくデレたのである。



さて、その頃の人間の世界のある高校では、忘れ去られているであろう旦那が、地獄の鬼でも逃げ出す補習を終え、家でゲームをしていた。
ツンデレキャラを落とすゲームである。
関連性はあるのかないのか……よく分からない。

「あ、バッドエンド」

可哀想に。

19:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/28(木) 20:58 ID:3uI

病というのは、いつの時代でも、どの世界でも厄介なものだ。
だがしかし、特に厄介な病は、どの生き物にも起こりうる、身近な病である。

その病は時に人柄を変える。
病におかされたものは、異常な行動に走ってしまう。
例えば、特定の人物に対して、

「お願い!シュウジさん、死んで!一緒に死んで!愛してくれないなら、死んで!」

や、

「お前は本当にへなちょこだな!」

と言ったり。
さて、前者はヤンデレ、後者はツンデレと呼ばれるタイプなのだが……____
実はこの病というのは恋の病なのである。

そして、その恋の病に、あの旦那がかかってしまったのだ!

いや、違う。かかっているのだ!六年以上前から!
誰に恋をしているのか。
ふっふっふ。そう焦るでない。

その恋の相手は……______



______……あの魔法使い、巫女である。
そう、あの巫女である!あの、最強最悪巫女さんである!

なぜ?さあ、それは分からない。
どうして恋に落ちたのかは知らないが、とにかく旦那は巫女に恋をしているのだ。

さて、その旦那が何やら可笑しな行動をしているようだ。

場所はいつもの駄菓子屋。いるのは店番さんと留美子と聡子と旦那。
旦那は木のテーブルに向かい、紙に何か書いては、クシャクシャと丸めてその辺に捨てている。

「旦那さん、何書いてるの?」

留美子が聞く。が、旦那は危機が迫っているような表情で、言った。

「未成年には早い!!」

いや、お前も未成年だ。
そのことに気づかない留美子は、ええっと叫んだ。

「未成年はダメって……も、もしかしてエッチィやつ?」
「んなわけあるか!!」

うそぉだの、ほんとだぁだのと言い合う二人を横目に、聡子は、辺りに転がっている丸められた紙を拾う。
紙を開けば、たくさんの文字が並んでいた。
最初の文章は……____

「親愛なる巫女様。自分は貴女に恋文を綴ろうと思い、このような幼稚並みの文を書くに……__」

旦那がビクウッと反応する。

「お、おい聡子……!!」
「__……至りました。六年と九ヶ月前のこの日、自分は貴女に一目惚れをしました。それは運命だと確信しており___」
「や、やめてくれえええええ!!」

旦那が聡子から紙を奪い取り、細かく破いた。
紙くずが辺りに散らばり、床が汚くなる。
それを見た店番さんはため息をついた。

「それ、君が掃除してくれるんだろねぇ?」

旦那が惨状を見て、顔を青くする。
掃除が苦手な旦那は、がっくりと肩を落とした。
その間に、仲のよい聡子と留美子はキャッキャッと言いながら、恋文___もとい、ラブレターを読む。

妖怪と人間。種族が変わろうが、女の子はやはり女の子である。
このような恋沙汰は大好物だ。

「貴女の頬はまるで餅のようだって!」
「餅はないよね、餅は。……何々?……可憐な薔薇のような存在?」
「あ、薔薇ってあれでしょ?男と男の……!!」
「それじゃないでしょ、普通の花よ、普通の。留美子はバカだよね」
「うわあ!その甘そうな唇に自分の唇を重ねたいだって!」
「ええ何それキモーイ!」

旦那、とうとう床に膝をつく。あ、頭もついた。

「酷くね、お前ら……」
「いいから掃除してよ、旦那。お客さん来たらどうするの」
「……うぇーい、分かりました、店番さま〜」

旦那が掃除を始めてもなお、留美子と聡子は数々のラブレターを見ている。
そのたび読み上げられるものだから、旦那は堪ったものではない。
助けてくれ!という旦那の声は、誰にも届くことはなかった。

その声と同じように、旦那の思いも、巫女には届いていなかった……。

20:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/28(木) 21:35 ID:3uI

その日は、留美子の嫌いな授業があった。
それは音楽。

留美子は音楽という授業が嫌いである。
特に、歌を歌うのが。
留美子が音痴だからであり、皆の前で歌うことになっているからである。

忘れてしまっている人がいるかもしれないと思い、ここに改めて書いておく。
『留美子はいじめられっ子である』
だから、人の前に立つことを嫌がる。

ほら今も。
留美子が前に立ち、先生が伴奏を引き始めると、途端にクスクスと笑い声が溢れ出す。

「やだあ、あの子下向いてる〜」
「次俺が歌うんだけどさ、やけに上手く聞こえちゃうよな」
「えーマジでぇ?うわあ、いいなー、ラッキーじゃん」
「おい、始まるぞ、静かしろよ!!」
「ブフォ、何それうける!」

アッハハハハと笑い声が大きくなった。

いつもの留美子なら、ここで泣き出しただろう。
いじめっ子たちは、むしろそれを望んでいた。その方が、面白いからだ。
けれど、今日の留美子は泣かなかった。

なんで、と口々に言ういじめっ子たち。
留美子はすぅと息を吸い込んで、歌い始めた。
確かにやや音程はずれていたが、それでも、いつもの留美子の歌よりは聞きやすく、まあ下手なのかな〜というレベルになっていた。
大きな進歩である。

「……はい、終わり。次の人〜」

歌が終わり、伴奏も終わる。
次に歌うと言って笑っていた男子の顔がみるみる般若の顔になる。

この男子は、いじめを行うの中心人物の一人である。
舌打ちをして、自分の席に向かって歩く留美子に足をかけ、転ばせた。

留美子が派手に転ぶ。
鼻を強く打ったのか、鼻をおさえ、涙目になっている。

……可笑しい、と男子は思った。
こいつ、いつもなら泣き叫んでるのに。

留美子は立ち上がると、足早に自分の席に戻った。
留美子は鼻を擦り、最悪だ、と呟いた。その呟きを拾うものはいない。

伴奏がまた始まった。

留美子は机に置かれた教科書を見た。
表紙には、消しても消しても書かれる暴言が、また新たに書いてあった。

消えろ転校しろ音痴等々……。
が、留美子はそれを消そうとはしなかった。
それを強く睨みつけると、机の中にしまった。



「巫女さーん!!」

留美子はあやかし商店街に来ると、近くにいた巫女に泣きついた。
巫女は口の中に入っていた餅を飲み込み、どうしたの、と聞いた。

「あのねあのね、これ見てよ!!」

巫女に、あの落書きされた教科書を見せる。
それを見た巫女は、目をパチクリとさせ、次の瞬間にはハアアアアアと叫んだ。

「なによこれ!?ええ、いいわ、いいわよ!私がこれを書いたやつらを倒してやるわ!いや、呪うわ!絶対に呪うから!」
「その気持ちはありがたいんだけど……ねぇ聞いてよ、呪わなくてもいいからさ!あのね、実は今日ね___」

ここ最近、留美子はよく巫女に愚痴る。
巫女の反応が留美子には嬉しいのだ。

自分をここまで心配してくれるなんて……さすがお姉ちゃん!
……ということらしい。
教科書の落書きを消さなかったのもこのためだ。
留美子は最近、明るく強くなった反面、愚痴るようになっていたのだ。
さて、それがいいか悪いかはさておき……。
本格的に巫女が呪い出しそうなので、留美子は愚痴らなきゃ良かった、と言った。
これで少しは愚痴る回数も減るだろう。

21:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/29(金) 09:43 ID:3uI

「はぁーい!お久しぶりでぇーす!」

駄菓子屋のドアが、強く開けられた。
入ってきたのは、黒い翼を持った女の子___天狗なのにあだ名が天女だった。

先月、留美子を人質にしようとしたら、聡子にトラウマを見せられて気絶した子だ。
それがなぜここに?

留美子は旦那の後ろに隠れた。
旦那はよく分からなかったが、天女の翼を見ると、いいことは起こらないと悟った。

「巫女さんいらっしゃいませんかー?」
「い、いまセン!」

留美子の声が裏返る。
留美子に気づいた天女は、あっと言った。

「留美子さん、でしたっけ?あーそうそう、貴女でもいいんですよ!ちょっと手伝ってもらいたいことがありましてー。あ、旦那さんでもいいんですよ?」

突然指名された旦那は驚いた。
それをお構い無しに天女は言葉を続ける。

「実はですね、人間の世界について興味を持っている妖怪が増えているので、その妖怪たちのために情報収集をしようと思ってましてね?あ、別に今度は世界を牛耳るつもりはありませんよ、安心して下さい」

天女は一瞬で留美子の隣に来た。
けれど、瞬間移動ではない。天狗はすばしっこい……____いや、神速の妖怪である。
からして、瞬間移動に見えただけで、実際のところ、その速さを保って来ただけである。

「ってことで、留美子さん、旦那さん、人間の世界について、情報をどうぞ!」

いや、どうぞと言われても……
留美子と旦那は天女から逃げるようにして、人間の世界に通じるドアを開けて、駄菓子屋から出ていった。

いくら神速を持っていたとしても、反応が遅れてしまえば二人を追いかけることは無理だ。
しかも、二人はもう人間の世界に足を踏み入れてしまっている。
この世界の妖怪は、基本的に人間の世界には行けない。
だから、天女は舌打ちをして、

「あ〜あ、最悪ですね。こうなったら巫女さんでも探しましょうか」

ああでも巫女さん怖いんですよね、近づきたくないですし。今度火炙りにしてやりたいです。
と言って駄菓子屋から出ていった。

一部始終を見ていた店番さんは、今日も誰もお菓子を買ってくれなかったと肩を落とした。

それに、またお菓子を買ってくれない常連が増える。
旦那も旦那で苦労性だが、なにげに店番さんも苦労性なのである。

22:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/29(金) 15:55 ID:3uI

今日、とても珍しいお客さんが、駄菓子屋にやって来た。

「はぁ〜い、お久しぶり〜」

その声を聞いたのは何十年ぶりだろうか、と店番さんは思った。
駄菓子屋にやって来た少女は、その鼻につく声も、小柄な見た目も、何一つ変わっていない。
強いて言うのであれば、雰囲気が変わったことだろうか。
最後に会ったときの、トゲトゲしさが多少柔らかくなっており、この何十年という人の世で言えば長い年月が役立ったのだろうということは、よく分かった。

少女は昔とは違う制服を纏っており、胸元のスカーフを揺らしながら店番さんのいるカウンターまでやって来た。

「本当に久しぶりだね、君を見るのは」
「でしょう?……最近、色々あったから、なかなか来れなかったの」
「へえ、色々ね。お子さん絡みかい?」
「まあ、そんなところよ」

何もないところからティーカップを出し、その中身を飲み干した。
あやかし商店街では嗅ぐことのない、まったく異質な紅茶の匂いが鼻をつつく。
店番さんはそれに顔をしかめた。
店番さんは、紅茶の匂いが苦手なのである。

「あら、ごめんなさいね?貴方、紅茶苦手だものね」

クスクスクス……と笑う少女から、本当に『少女』かと疑いたくなるほどの雰囲気を感じとれた。
それはそうだろう。
何せこの少女、数えるのも億劫になりそうなほどの、長い年月を生きている魔女だからだ。
間違ってはならない。彼女は、人に魔術を教わってなる魔法使いではなく、女が悪魔と契約することによって成る魔女である。

ティーカップを魔法で消すと、ねぇ、と少女は言った。

「そっちはどうなのかしら?最近、どんなことがあった?」

その問いかけに、店番さんは留美子の顔を思い出す。
そういえば、留美子は委員会の仕事があるからと、今日はまだ来ていない。
大丈夫だろうか。最近強くなってきたが、まだまだ留美子はいじめられている。……心配だ。

その心配を面に出さず、店番さんはにっこりと笑って答えた。

「最近、新しい子が来たんだ」
「あら、そうなの。神隠しにはあった?」
「いいや。その一歩手間、かな。多分、あの子は神隠しにあわない」

つまんないわね〜と、彼女は笑った。

__……彼女は雰囲気だけでなく、中身も変わっている。ようやく成長できたのか。
店番さんは心からの笑みを浮かべ、彼女に聞いた。

「お子さん絡みの事件、どうだった?雲の上で色々やらかしたらしいけど」

言うと、少女は懐かしそうに目を細めた。
確か去年の夏ごろ、人間の世界で、この少女とその子共たちが上空で色々やってくれちゃったはず。
妖怪の世界だけでなく、人間の世界でも一番『そういうこと』に詳しい店番さんが、詳細まで尋ねるとは……__と、少女はニヤリと笑った。

「ようやく貴方も、情報収集能力が低下してきたのね。おめでとう、貴方も老人の仲間入りだわ」
「僕の祖父よりも長く生きている……下手したら、僕たち妖怪の祖先よりも長生きしている君には言われたくないね」
「褒めているの?」
「ああ、もちろん、褒めているのさ」

二人して笑う。
それは和やかな笑いではなかったが、彼らにとっては、これが普通であり、久しぶりの再会を実感できるものであった。

他のものがここにいたのなら、泣いて逃げ出しそうだが。

「……あら、そろそろ夕食を作る時間だわ」

店内の時計を見て、少女が言う。

「あ、そうなの?珍しいね、君が料理なんて」
「変わったのよ、色々と。……ふふ。その話を、今度してあげるわ」
「その今度というのは、何十年先だい?」
「あら、来週よ、多分。……それじゃあ、さようなら。またお話しましょう」

少女がその場を軽くジャンプすると、少女の体が消えた。
そういえば、昔もこんな帰り方だったか。

「そうだね。また来週会おう、マリア」

どこからか、クスクスクスという笑い声が聞こえてきた。

23:エルチキ:2016/04/29(金) 18:12 ID:rlg

失礼します!
マリアって…前作のマリアさんですかね!?


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