お嬢様は、考えない。

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1:蒸しプリン:2016/05/10(火) 21:54 ID:eQ2


お久しぶりです。蒸しプンリですよ。
外国風な、ものが書きたいと思いまして。
手を伸ばしてしまいました。
評価やコメントなど、励みになりますので是非是非お願いします。

2:蒸しプリン:2016/05/10(火) 21:54 ID:eQ2


「以上が汝、クロエリア・ユナミージュの罪状である。……何か異論は?」
「……」

血が出そうなほどきつく唇を噛み締めて、神官からの言葉を待つ。
突きつけられた罪状に記されていたのは、どれもこれも身に覚えが無いもの___然し、そんなことは関係ないのだ。全ては、私を奈落の底に突き落とす為の建前に過ぎない。
もうわかりきったことだから。……だから、早く…早く、終わって。

何も答えない私に異論は無いと取った神官は、次の資料を取り出す。

「国法に基づく罪人処分の____」

神官の声が、遠く、遠く聞こえる。

____早く、早く……!!

今はただただ、この言葉だけが脳内を占める。緊張と恐怖で、はくり、と口から吐息が漏れた。

「……汝を爵位剥奪及び、国外追放の刑に処する。」
「……!!」

冷たい声色で告げられた刑は、余りにも大きすぎるものだった。思わず足がすくみそうになって、ぐっと地面に立つ足裏に力を込める。
ショックで目を見開く私に反し、周囲からは途端に歓声が上がった。皆笑顔で、拍手をしている。その中には、私の家族もいた。

私が驚愕と絶望で呆然としている間にも兵士がやってきて、私の腕を縄で強く括りあげる。そして、「歩け」と命じられて足を蹴飛ばされた。
私が転びそうになるたび、会場からは野次や嘲笑が上がる。時にはものを投げられたりもした。
私は声を上げることもせず唇を噛み締めて、ただひたすらに会場の外への短いようで長い道のりを歩いた。

3:蒸しプリン:2016/05/10(火) 21:55 ID:eQ2


「すみません、便所はどこですか?」

それまでずっと下を向いて投げかけられる野次や罵倒に耐えていた令嬢が、ようやく顔を上げた。

______この国では珍しい色彩。故に、忌み嫌われる色でもある黒。
艶のあるその髪は腰あたりまで真っ直ぐに伸び、その肌の白さをより一層際立たせている。然し、類を見ないその色彩が目を引くと言うだけで、顔立ちは特に目立ったものというわけでも無い_____良くも悪くも普通、といったところだろうか。
初めてよく見た瞳は、やはり髪と同じ黒の色で。光の無い虚ろなその眼孔からはどこか焦りと畏怖の色が見えた。

「……え?」
「ですから、便所はどかこと聞いているのです」

一瞬、少女からの問いかけがあまりにも世間一般で言う「令嬢」のイメージからかけ離れすぎていて、その場にいた兵士たちが思考を停止してしまったのは仕方あるまい。それが、普段女性というものとの接点の無い騎士団の男共であるのならば尚更だ。
呆然とする兵士たちを急かすように、しきりに便所の在り処を訪ねる令嬢___否、少女。

先ほどまでは、しおらしく神官からの判決を受けていたというのに。いや然し、それにしては大人しかったな、という気はしていたが。
ごく稀に若い令嬢や娘がこのような場に立たされる時は、神官への決死の反抗、または人目も憚らず泣き叫んだり、癇癪を起こしたりするするケースが非常に多い。大抵が世間知らずなお嬢様や、親の威光を傘に周りを従わせてきた者が多いからだ。

然しこの娘ときたら、泣かない、叫ばない、まずものを言わない。
_____数々の重罪を犯してきたにしては、よく身分を弁えた令嬢だな、と、彼____レオナルド・グランバード副騎士団長は感心していた。
そう、この彼こそがこの国の王属騎士団率いる若き筆頭騎士である。
若くして副団長にまで上り詰める実力を持った彼は、仕事柄、このような場に足を運ぶこともあった。
それ故に、これまでに数々の『追い詰められた人間』の姿を見てきた彼は、今回重罪人としてこの場にやってきた少女のある意味型破りな反応を見て、思わず拍子抜けしたほどだった。そして、今までの女性に対する偏見や誤った考えを深く省みようと思っていた。

のに。

4:蒸しプリン:2016/05/10(火) 21:56 ID:eQ2



____それが……小便を堪えていたから、だなんて。

ちらりと等の少女に目をやると、とうとう自我を喪失したのか「トイレーーーっ!!」と叫び始めている始末だった。そんな彼女を若い新米兵士が必死になだめ、半ば無理やり口元を抑えつけた。兵士の手の下から、モゴモゴとくぐもった嗚咽が漏れる。
見るに見かねたレオナルドが溜息を吐きつつ少女の前に立つと、彼女を抑えつけたいた兵士も涙目でこちらに助けを訴えていた。

「むがぁー!!!」
「……」

尚も必死の抵抗を続ける少女に、呆れを通り越して感心の意すら覚える。
レオナルドは再度溜息を吐くと、兵士に手を離すよう命じた。それと同時に兵士が安堵した表情で手を離してしまうのだからこれまた溜息がこぼれそうになる。
等の彼女はというと兵士の腕から解放された途端泣きそうな顔で「トイレは何処ですか!?お願いだから教えて下さい!!」と懇願を始めた。レオナルドはそんな彼女に憐れみの目を向ける。そして、コホンと一つ咳払いんした。

「失礼ですがクロエリア様、この場は神聖なる場でありますが故、少しばかりお言葉を謹んで頂けますか?」

そう言い放った直後、レオナルドははっと我に返って自分の発言を省みる。『元』といえども貴族は貴族。苛立っていたとはいえ、あまりにも浅慮すぎる発言だった。
次の瞬間飛んでくるであろう罵倒を想像して、レオナルドはどうしたものかと頭を抑えそうになった。
……が、然し。

「失礼とかどうでもいいです、私もう貴族じゃないんで。そんでもってお手洗いは何処に?」

どーでもいーわと言わんばかりの彼女の態度に、レオナルドは驚愕した。
普通の貴族ならば、爵位剥奪後だろうがなんだろうがまずレオナルドを怒鳴りつけ、罵り、次にこの立場を盾にクビになりなんなりするところであった。王族お墨付きの実力をもつレオナルドの地位がたかが一貴族の存在で揺るぐはずなどないのだが。
然し、この少女はそれをしなかった。それどころか、「もう貴族ではない」だなんて。

「……なんてやつだ」
「?南海に向かって80メートル?……すごい所にあるんですね」

______いや、ないから!そんな場所にあったら逆に凄いから!!
何処まで錯乱してんだよ、と思ったが、今はそんなことを考えている場合ではない。とうとう顔色が白くなり始めたこの娘を、どうにかしないと____

「然し、あなたは今国家反逆罪の身であります。そんな貴方を単独行動させるなんて、野獣を野に放つようなものです。」
「いいえ、ここだけは譲れません。爵位を剥奪された身であってもユミナージュ家の血を継ぐ者。最後まで家の汚点になるようなことは致したくありませんもの」

はっきりと告げた彼女の瞳には、ただただ便所への強い切望があった。
その後も少しばかりの押し問答があり、結局先に折れたのはレオナルドだった。

「……仕方ありません。私が同行しましょう。」
「本当ですか!ありがとうございます」

彼女の手には頑丈な、然しある程度の行動ならば制限されない手枷が嵌められ、そのままレオナルドと共に便所へと向かった。

そんな彼女の背中を見送りながら、騎士達はぼんやりと呟く。

「俺……女の子は『トイレ』って言葉を知らない人種だと思ってた」

こうして一人の令嬢(元)によって、夢見る兵士達(童貞)の『夢の女の子像』は音を立てて崩れ去っていったのであった。


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