肌が雪のように白いのが私のチャームポイントなのかもしれない。
昔から日光に当たると肌が酷いくらいに痒くなって赤くなる。
いわゆる日光アレルギーな私は、年中上着、マスクというを完全防備で過ごしていた。
『暑苦しいんでしょ。最近いるよね、マスクで顔隠したい奴。』
『…そうだね。』
あの日、暑苦しいらしい私に話しかけてきたのは涼しそうな顔をした男子。
クールって言葉が似合う彼は、たったそれだけを残して去っていった。
昔からいたんだ、全てを同じに見る人間は。
だからこそ、私を理解してくれる人だけと関わっていきたかったのに。
『 日の光でキミを飾って 』
明日こそ、新鮮な空気いっぱいを全身に受けてみたいんだ。
「…そうだね。」
私がマスク越しに伝えた言葉は4文字。それだけだった。
日が沈んでいく頃の1-4の教室。
6月に差し掛かったというのに、しっかり上着を羽織ってマスクを外さない私に目の前の彼が放った言葉。
腕捲りをして見える彼の腕は、少し血管が浮き出ていて男子なんだと実感させる。
なんていってみても、彼と話したのは今日が初めてなのだけど。
冷たい視線を私に向けた後、何事も無かったように去っていく日比野 夏樹をぼうっと見つめながら呟いた。
「ゆうちゃんの用事がなかったら良かったのに。」
幼馴染みの親友のゆうちゃん。
ゆうちゃんは男子だけど、優しくって私のお兄ちゃんみたいで大好き。
そんなゆうちゃんは用事があったらしく、今日は久しぶりに1人で帰ることになった。
だからあの日比野に話しかけられたんだ、もうツいてないな。
家に帰って、お母さんの「おかえり」に返事をしながらマスクを外す。
何も、暑くないわけじゃないからね。
夏は気分が悪くなるときだってあるし、意外と大変なんだよ、これ。
「ゆず、優里くん後で来てくれるって。今日は柚とあんまり話せてないからって。」
あんなに優しい男の子、今の時代にいるものなのね〜、なんて笑っているお母さんを見ながら、ゆうちゃんを誇らしげに思った。
「そっか、待ってよーっと。ゆうちやは優しいからね、自慢の幼馴染み。」
よし、ゆうちゃんがきた時褒めてもらうために、勉強してようかな。
「勉強してくるー、ゆうちゃん来たら部屋にいるって言ってねー」
そそくさと二階に行って、部屋着に着替えたあと、しっかりお勉強モードに入っていった。
< 登場人物紹介 >
鎌田 柚 (かまだ ゆず)
主人公。高1の女子。
性格は明るい方で、意外と能天気だったり、親しみやすい人柄ではあるが、外ではあまり話しかけられないため暗い人だと思われている。
容姿は、マスクでいつもは隠れているが、可愛らしいという感じ。
肌は真っ白で、目はくりくりしている。色素が薄い。
日比野 夏樹(ひびの なつき)
女子に騒がれるほどの美形。
ポーカーフェイスだったり、ほとんどのことに興味を示さない。
意外にツンデレ気質。
容姿は、サラサラの黒髪で、顔は整っている。
月成 優里(つきなり ゆうり)
女の子っぽい名前と言われるのが好きじゃないが、柚から「ゆうちゃん」と呼ばれるのは嬉しい。
優しい性格で、柚の事を人一倍大切にしている。
容姿は、ふわふわした薄い茶髪の髪。顔も整っているが、名前同様、少し女子らしい中性的な顔。
…コンコン
控えめなノックの音のあと、
「ゆず、入っていい?」と、聞きなれた綺麗な声が聞こえた。
「ゆうちゃん!おかえりっ」
部屋の扉を豪快に開けて、ゆうちゃんを出迎えた。
彼は、ぱっちりめな目を垂れさせてふにゃりと笑うと、
「熱烈なお出迎えありがと。なに?もう寂しくなった?」
と、少し意地悪に言ってくる。
ゆうちゃんとこうして一緒に過ごしたりはするけれど、決まってすることもあるわけじゃない。
お互いにダラダラと好きなことをして、喋ったりしながら時間が過ぎていく。
「ゆうちゃんといる時が、1番居心地いいもん。」
そう言ってみれば、彼はやはりふにゃっと笑って喜ぶ。
みんながみんな、ゆうちゃんなら良いのにと思うけれど、それはそれで嫌だ。
私が独り占めしてたいから、1人だけで良いよ。
日比野みたいな、よく分からない人間は1人もいらないけどなー、とぼんやり彼を考えながらも、ゆうちゃんと過ごす時間はやっぱり早く過ぎていった。
「優里くん、柚をいつもありがとうね。外じゃ喋らないから、友達もろくに出来ないで…。」
「だって、マスクしてると苦しくて声出しづらい時多いもん。仕方ない。」
少し辺りも暗くなってきて、ゆうちゃんが帰る時間になった。
お母さんがゆうちゃんに告げた言葉に、少しの反論をしてみると彼は苦笑いをして、
「何ででしょうね、ゆず煩いくらい明るいのに。
だから大丈夫ですよ、ゆずに友達なんてすぐ出来ますから。」
お母さんを安心させるように笑う彼に、大人の雰囲気を感じて、少し遠い人のように見えてしまった。
「そうね。…やっぱり、こんなに柚を思ってくれる優里くんみたいな人に彼氏になってほしいわ…。」
ポツリとお母さんが溢した何気ない一言。それに、ゆうちゃんが反応したようで、少し目が泳いでいた。
「もう、お母さん。そんなこと言ったらゆうちゃんが好きな人出来たとき困っちゃうでしょ。」
私がお母さんにそう言えば、ゆうちゃんは困ったように笑いながら、
「…そうですね。でも、柚なら彼氏だって…すぐ出来ると思いますよ。」
彼が少し寂しそうにそう言ったあと、そろそろ帰りますねと、足早に帰っていってしまった。
今のゆうちゃん、ゆうちゃんらしくなかったなぁ。
キーンコーンカーンコーン
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴って、ほとんどの人がドタバタ教室を出て走っていく。
目指すは購買なんだろうな、と思いながらも私はそそくさお弁当を取り出してさっさとご飯を頬張っていく。
「うー、おいしー。」
誰も聞いていないと思って、気の抜けた声で独り言を呟いてみた。
「1人だと声出すんだ。しかも馬鹿みたいな声」
ギョッとして、顔を上げると目の前に日比野。
正直頭の中には「?」がいっぱい。
そして、ちょっとの苛立ちもある。
何でこんなに構ってくるの?
昨日といい今日といい、これまで好奇心で話しかけてくるのはいたけど、2日続けてなんていないに等しい。
「…関係無いですよね。」
私と日比野。
私の独り言と日比野。
私が年中マスクをしていることにも関係ないし…って、あ、今ご飯食べてるからしてないんだ。
「…。」
マスクをしていない私を見られるのは少し恥ずかしい。
お昼ご飯の時には流石に外すけれど、何せ窓際の目立たない席。皆ご飯に夢中で私のことなんて見ないから。
まじまじと日比野に顔を見られ、少しずつ顔が熱くなっていくのが分かる。
顎の方に下げていたマスクをクイッと上げて、彼を冷たい目で見つめた。
「やめてください。気持ちが悪いです。」
そう言い捨てれば、彼は一瞬固まってから、少し口角を上げて言った。
「同一人物だと思えね…。”ゆうちゃん”といるときは、凄い笑ってんのに。」
今度は私が固まる番だった。
ゆうちゃん呼びを知っているということは、すなわち私の普段を知っていることになる。
「…それが何ですか。ゆうちゃんは特別なんです。」
もういっそ開き直るしかないと思い、せめてもの抵抗でギロリと睨みつけながらそう言うと、彼は赤い舌で唇をペロリと少し舐めて、
「ちょっと気になってんの。いつもは冷たいのに心を開くとなつくとことか、あとソレとか。」
ソレと言いながら彼が指差したのは紛れもなくマスク。
何が言いたいのか分からない私は、更に彼を鋭い目付きで睨む。
「人間観察だよ、人間観察。鎌田みたいなのって面白そう。」
それだけだよ、じゃあ、よろしく。
とだけ言って、男子の輪にスルリと戻っていった日比野。
私のこと、何だと思ってんの…。
「お化け屋敷」
「メイド喫茶」
何でこの2つなんだろう。
というのも、今度開かれる文化祭で1-4が行うものの最終候補がこの2つ。
どっちになっても、もちろん私は裏方しかする気無いけど。
「もう多数決で決めるからねー、」
そんな声も耳に入らず、ただ1人机に突っ伏しているだけ。
さっきお昼ご飯を食べた後だからか、ゆっくりゆっくり睡魔が近づいてくる。
とりあえず、寝よ…。
「鎌田さん、鎌田さん…」
体を揺すられて、何事かなと目を開けた。
そこには知らない女子さん。
そして何故か、私はクラス全員の注目を集めているようで。
視線が凄い。
「…何ですかね」
目を擦りながら聞くと、彼女はアハッと笑って、
「マスク取ってくれる?」
と、言い出した。
「…はい。」
屈託のない笑顔で見つめられると、取るしかない。
というか、周りの視線が相変わらず痛い。
「おー、日比野くん!可愛いね、鎌田さん。よっしゃ、看板娘けってーい、みんな拍手ー!」
…何故か拍手喝采の教室の中、1人ニヤつく野郎は日比野。
マスクを取った途端に、ニコニコ女子に顔をジィーッと見つめられた。
周りのクラスメートも遠くからそんな反応をしていたように思う。
…後で、日比野に事情聴衆だよ。
それからの6時間目もろくに授業を聞かずにダラダラしていた。
案外サラッと授業は終わるもので、すぐに放課後はやってきた。
ゆうちゃんが1-4に迎えにきてくれるのを待っている間、不意に日比野と2人きりになった。
彼は今日、日直だったらしい。
私は窓際で空を見つめながら。
彼は中央の席で学級日誌を書きながら。
「…聞きたいことあるんですけど」
喋り出したのは、柄にもなく私だった。
別に、彼の方を見て言ったわけじゃない。空を見ながら、呟いた。
それでも、彼がフッと笑ったのは分かった。
「なに。何となくわかるけど」
自分が何かやったということは認めるらしい。
「何で、メイド喫茶。私の名前出したんですか。」
喋り終えてから彼の方にチラリと視線をやると、彼はとっくに私の方を向いていた。
彼は学級日誌をパタリと閉じると、席を立ってこちらに近づいてきた。
椅子に座る私を上から見下ろして、手をそっと伸ばしてくる。
「なに、して…」
彼は綺麗な指先で私のマスクをはぎとると、満足気に笑った。
「これで、”ゆうちゃん”だけの鎌田じゃなくなった」
何が、したいのか。
漆黒のように黒く染まる貴方の瞳からじゃ何も分からないし、到底分かる気もしない。
困惑の渦に飲み込まれそうになったとき、教室のドアが勢いよく乱暴に開いた。
ガラッ!!
「…離れろ、柚に触んな。」
そこには、見たことのないほど怒りに顔を歪めるゆうちゃんがいた。
ツカツカと静かにこちらへ近づいてくるゆうちゃんに、少しの…恐怖を覚えた。
肩を震わせると、日比野が面白そうにククッと笑って茶化すように、
「別にお前みたいなのじゃないけど。
あと、怯えさせてるの気づいてる?」
日比野の言葉に、我にかえったゆうちゃんの目は哀しみに染まっていた。
元に戻って嬉しいと思う反面、何でそんな表情をするのかちっとも分からなかった。
そして…、日比野が私の変化に気づいたことも、何故だろう。
「…ゆず、ごめんね。」
虚ろがちな瞳で見つめられ、私は自分の席を立って、彼のもとへいった。
「大丈夫」と意味をこめて、ゆうちゃんの手を握りしめてあげる。
ゆうちゃんは昔から、私のために沢山のことをしてきてくれた。
習い事も、部活も、
「ゆずと一緒に帰れなくなるから」
「ゆずと話す時間が減るから」
私を1番に考えてくれる彼が大好き。
友達がいない私のために、優しくしてくれていた。
同情かもしれないし、家族みたいなものだからかもしれない。
周りから見れば、恋人の仲に見えるほどの異様な関係なのは知っている。
「ゆうちゃん、帰ろっか。」
「…うん、そうだね。」
気づいたら、お互いに手を握っていることだってある。
日比野とすれ違い様に囁かれた言葉は、まだ脳裏から離れない。
『外したら?』
もう、気づいてるんだ。彼は。
だけど、ごめん。
無視させてもらうよ、そんなこと。
「ねぇ、ゆず。」
帰り道、不安気に握りしめられた手から熱を感じながら、彼の声に耳を傾けた。
緑の木々から風に揺れて、所々日陰もゆらゆら揺れる。
「ゆずは、俺から離れたくないって思ってくれてる…の?」
ぎゅ、っと更に力強く握られる手。
歩幅は違うはずなのに、合わせてくれる彼の優しさがくすぐったい。
「うん。当たり前じゃん。」
へへっ、と笑いながら答えた。
不意に、彼の足が止まる。
「わっ、っとと…」
つまずきそうになる私の手をぐいっと引っ張られ、彼に寄りかかる形になった。
背中に感じる、ゆうちゃんの温かさ。
「俺ね、優しくないよ。」
ぽつり、何を言うかと思えば。
「いやいや、ゆうちゃんは優し」
「そうじゃない。」
遮られた言葉に、空気を感じとってしまった。この、少し重い空気。
「ゆずの嘘、気づいてるから。」
「でも、それでも…っ。まだ気づかないフリさせてよ。ゆずを守る優しい男子でいさせて。
そうでもしなきゃ、ゆずと一緒にいる権利無くなっちゃうよ、俺…っ。」
この気持ちは、子供っぽい
『自分のもの』だと言い張りたい気持ちか。
この気持ちは、大人じみた
真っ黒な『独占欲』の気持ちか。
「…嘘、ついていよっか。
私は…、日に当たる事が出来ない。
ゆうちゃんは…、そんな私を幼馴染みとして守ってるんだよ。…ね?
これでもう、何も壊れないよ。」
私達は、気づいてた。
お互いがお互いの嘘に気づいていることを。
そして…、
この嘘の関係が崩れれば、何もかも壊れてしまうことを。
本当は、分かってた。
『ホントウ』を『ウソ』に。
ウソこそ、本物に変えてしまった。
壊れたくない、失いたくない。
ただ、それを願っただけだった。
彼との関係が変わり始める合図は何だったか。
思えば、あのとき________
「いいよ、いいよー、鎌田さん!その調子ー、惚れるー!」
能天気にぽんぽん言葉を繰り出し続ける彼女は、あの日私を揺さぶって起こした例の『アハッ』の笑い方の彼女。
「アハッ、似合うわー」
私にフリッフリのメイド服を着せる彼女は、何も考えずに廊下で私の写真をとりはじめた。
おかげで皆の視線が痛い。
文化祭への準備が進む、6月中旬。
今月の終わりには文化祭だしなー、と考えていると、3組の人達の列が廊下を通るのが見えた。
今も尚、『アハッ』の彼女は「いいね、いいねー。あっ、私変態なおじさんみたいなこと言ってるー、アハッ」とか笑いながらまだスマホをこちらに向けている。
「ゆうりー?早くこいよー」
そんな声が聞こえ、目を見開いて後ろを振り替える。
そこには私と同じく、目を見開いて立ち止まるゆうちゃんがいた。
「え、あ…。ゆずのとこ、メイドカフェって言ってたもんな。……」
ぼそっと呟く彼は、頷きがちになっていた。何かドキドキすることがあると耳に髪をかけようとする癖のせいで、真っ赤に染まる耳が丸見えだ。
後ろで、「わーおー。」とウキウキしているミーハーな『アハッ』は放っておいて、ゆうちゃんの元へ足を進めた。
それに気づいたゆうちゃん。彼の目の前で止まった私との距離を縮めたのも、ゆうちゃん。
彼は、ちっとも昔から変わらない、優しげな笑顔を見せてからいった。
「似合ってて驚いた。」
まっすぐに言われるとドキドキする。
ゆうちゃんがまっすぐに、ストレートに伝えてくるのも変わらない。
だけど彼は…、
思いっきり私に近づくと、耳元に唇を押し付けて囁いた。
「かーわいい、…ね?」
腰を屈めるその仕草ですらも似合っていて、幼馴染みながらに感じた。
「…そのゆうちゃん、誰にも見せないで。」
やっぱり、ゆうちゃんが誰よりかっこいいんだ。
今なんて前髪を結んでちょんまげみたいにしてるから、笑うと可愛い。なのに、時折見せるかっこよさにクラクラしてしまいそう。
ゆうちゃん依存。
依存して何が悪いんだって、言ってあげる。