私は以前、とある噂を小耳に挟んでいた。
この学園の生徒会は異能力者が集う、奇妙な生徒会だ、と……
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黒篠学園生徒会(通称:ハーミット)
異能力(ギフト)を使える者のみ入ることのできる集団
表向きは生徒会として活躍しているが、実は学園でのトラブルをギフトを使って解決するための集団として結成された。
メンバー
・浅葱 映光(あさぎ はゆる)♀
表向きは生徒会長、裏ではハーミット司令官
ギフトは『クロノス』と呼ばれるもので、時を進める、止める、戻すことが可能
新入りの響也をよく思っておらず、ライバル視している
気が強く、自他ともに厳しいので友達がいないのが悩み。根は優しい
・深峰 響也(ふかみね ひびや)♂
ごく普通の一般生徒だったが、ギフトを映光に発見され、生徒会業務に巻き込まれる
表向きは副生徒会長、裏ではハーミット幹部
クールで落ち着いた性格だが温厚でイケメン。成績も上位で運動もできるので、モテるが本人は全く気づいていない。ツッコミ役&本作語り手
『ブレイク』と『コレクト』という真反対のギフトを2つ持つという珍しいケース
右手で物を破壊し、左手で物を直すことができる。
・右京 澪那 (うきょう みおな)♀
生徒会書記、ハーミット情報収集係
人の心を見透かすギフト、『マイン』を持つ
幼い頃から人間の本心を知ってきたため、人間が信用できない
響也の心は裏表がなく、信用している
・笠原 城介 (かさはら じょうのすけ)♂
生徒会会計、ハーミットでは役職特になし
明るくポジティブで大雑把な性格。運動神経はいいが頭は非常に悪い。数学が苦手なので、実質会計の仕事は響也が行っている。
ギフトは『グラビティコントロール』
物を軽くしたり重くすることが可能
「あー、そういや今日は説明会があったな」
俺は冷蔵庫に貼り付けてあるビラを見て思い出した。
志望校である黒篠学園。
県内でもトップ校に入る学校で、進学率が高い。
俺の内申と塾で出した模試の偏差値、特色検査の総合では今のところ確実圏らしい。
といっても、まだ中3の夏休みに差し掛かった時点での話だ。
「とりあえず行くか。説明会……母さん、ちょっと説明会行ってくる」
返事がない。
靴がない。
買い物にでも出かけているのかもしれない。
俺はビラの地図を軽く確認し、制服に着替えて定期と財布を持って出かけた。
説明会でカリキュラムやら何やらの説明があって、終了したのは3時を過ぎた頃だった。
吹奏楽部の歓迎演奏が後ろで流れている。
俺は貰った資料を手に、帰路に着こうとした時だった。
頬に冷たい感触。
「……うわっ、雨かよ」
小雨だったのが次第に強くなり、アスファルトのまだら模様が大きくなっていく。
周りでは傘持ってねーとかキャーとか色々な声が飛び交っている。
俺も天気予報の降水確率が10%だったから持っていかなかった。
親も多分俺がどこにいるのか分からないから迎えに来ないだろう。
「あーあ、こんなことなら持ってくりゃ良かった……」
溜息をつき、早足で歩き出したその時だった。
「やめて!」
甲高い女性の声がしたかと思うと、その直後に金属音が鳴った。
「……何だ?」
こういうのは放っておけない性分なんだ。
特に困っている人を見ると助けたくなるし、助けないと後から罪悪感で押し潰されそうになる。
そのせいで損をしたり逆もまた然り。
この大雨のせいで声がかき消されたか、校舎内に雨宿りしたか、またその両方か、俺以外にその声を聞いた者はいなかったらしい。
校門にいたのは俺だけだった。
声がしたのは体育館裏。
黒服の男と、若い女性が揉めている。単なる痴話喧嘩だろうか、首を突っ込まないほうがいいのか。
というか高校内でナンパだの痴話喧嘩をする可能性は薄いよな……
「やめなさいって!あぁ、映光はまだなの!?時を止めてくれれば……っ」
「いいからそれを渡せと言っているだろう!研究に必要なんだ!」
「貴方たちなんかに渡すわけないでしょう!?これは大事な形見なんですから!」
どうやら痴話喧嘩でもなく、宝石の取り合いらしい。
若い女性が持っていえうのは、水晶玉の中に蒼い宝石が埋め込まれているブレスレットだった。
俺は自分が雨に打たれていることも忘れ、その場で呆然としていた。
「ギフトの研究が進めば、膨大な力が手に入る!」
「いいえ!ギフトを悪用する者が必ずいるはずです。信用できない人間にこれを渡すわけにはいきません」
若い女性は、黒服の男に追い詰められていた。
壁に手を押し付けられ、身動きができない状態だ。
「さぁ、いいから早くそれを!」
黒服の男が彼女の手からブレスレットを取ろうとした。
まずい、このままでは彼女は――
事情はよく分からなかったが、この男の手にそのブレスレットが渡ってはいけないと思った。
俺は気が付けば財布から500円玉を取り出し、ブレスレットをめがけて弾いていた。
――カキンッ
「……えっ!?」
彼女の手から勢いよくブレスレットが飛び出し、宙を舞って落ちた。
美しい水晶は、泥水に埋もれて汚らしくなっている。
「何をしているんですか?こんなところで」
――俺は一体何をしているんだ、危ないことには首を突っ込みたくない!
内心そう思っていたが、体が勝手に彼女を助けていた。
「警察でも呼びましょうか?」
「……っ!」
黒服の男は悔しそうに顔を歪め、その場から立ち去った。
無様な足跡が残った。
「はぁ……大丈夫ですか」
俺はつかつかと弾き飛ばしたブレスレットへ歩み寄り、拾ってハンカチで拭くと、彼女に手渡した。
「あなた、お名前は?」
彼女はそれを受け取ろうとはしなかった。
「えっと……深峰響也、ですけど」
多分今俺の顔は、前髪が額に張り付いてカッパみたくなっているだろう。
できれば早くこの場を立ち去りたい。
「貴方ならギフトを……」
彼女は小声で何かボソッと呟いたが、俺には聞き取れなかった。
「あのー……」
「あげる」
「……はい?」
俺がもう行っていいですか、と言おうとしたのを遮り、彼女は俺の手にブレスレットを握らせた。
「そのブレスレット、貴方にあげるわ。私が持っていても、またアイツ等に狙われるだけだしね。貴方ならギフトが覚醒しても悪用しないでしょうし」
「は!?意味、分かんないんすけど……」
急にこんな高価そうな代物を押し付けられても困る。
形見だとか何だとか言ってたし……
「あなたには凄く助けられたわ。そのお礼だと思って頂戴」
「はぁ……」
俺がブレスレットから顔を上げた頃には、もう彼女はいなかった。
俺が体育館裏から出ると同時に、長い髪の女の子とすれ違った。
一瞬だったが、俺はその女の子にキッと睨みつけられた。
いや、俺じゃなくて俺の持っていたブレスレットを睨みつけていたのだろう。
急いでいたようだったが、目的はよく分からなかった。
「遅いわよ、映光」
「すみません!途中で一般生徒に見つかってしまって……!それで、7つ目の覚醒石は!?」
「無事よ。でも貴方ではない、別に人に託したわ」
私は先生の話を聞いて、さっきの男の顔を思い出していた。
自分でも気づかない間に歯ぎしりしていたが、もうどうにもできなかった。
家に帰ると、母さんはもう買い物から帰ってきていたようで、ずぶ濡れの俺を見るなり風呂に入りなさいと言った。
俺は母さんにバレないよう、ブレスレットをとりあえず制服ポケットに忍ばせておいた。
色々と訊かれたら厄介だ。
返してきなさいとか言われると面倒くさい。
「ったく……なんなんだ、これ」
湯船に深く浸かりながら、ブレスレットを掲げてた。
光にかざすと、水晶玉の中に埋め込まれた青い宝石が輝いた。
「にしても高そうだよな、これ。銀……いや、プラチナか?」
自分の顔がハッキリと映るくらいの金属光沢が、風呂の湯気で曇ってきた。
相当高価な代物を押し付けられてしまったようだ、俺は。
特に意味も無かったが、ブレスレットを右手首につけてみた。
「男がするようなモンじゃねーよなぁ……」
デザインは悪くないのだが、つける機会もないし。
別に小遣いに困っているわけでもないし、中学生が宝石店に行くのは怪しまれる。
「なんだ……なんか急に……っ……」
身体に異変を感じたのは、ブレスレットをつけた直後だった。
両手が激しく痺れ、痙攣を起こしていた。指が、関節が曲げられない。
掌に電気ショックを与えられたような錯覚に陥った。実際にやったことがないから分からないが。
最初はただ単につっただけかと思っていたが、痛みはまだ収まらない。
「くそっ、なんだよ……っ!」
俺は冷水で冷やそうと思い、なんとか痺れる右手で蛇口を捻った。
次の瞬間――
「…………は!?」
風呂場に響く、俺の驚いた声。
情けない音を立てながら崩れていく蛇口。
ボルト、ナット、ハンドル――跡形もなく部品ごとに分解されてしまっていた。
「は、なんだよこれ……!ネジでも緩んでたのか!?」
いつの間にか両手の痺れは無くなっていたようだったが、驚きすぎて気付かなかった。
ふと鏡を見ると、また俺は驚いた。
「嘘だろ……目が青い!?」
数回瞬きを繰り返してみたが、鏡に映った自分の目はやはり青い。
「意味わかんねー!なんで……いや、曇ってるからそう見えるだけなんだ、ろ……?」
そうであってくれ、と心の中で強く祈った。
鏡の曇りを拭こうと手で触れたその刹那、
――バリンッ
俺の顔に亀裂が入ったかと思うと、鏡が粉々に割れてしまった。
足元には破片が飛び散り、自分の驚愕した顔が小さく映っている。
やっぱり目は青かった。祈りは聞き届けられなかったらしい。
「なんだよこれ……さっきから!俺が触ったら蛇口とか壊れちまうし、目は青くなるし!」
変なことが起こりすぎて、状況を飲み込めない。
破片を片付けようと左手で破片を持ったら、破片が俺の手から離れて宙に浮いた。
意味が分からなかった。
びっくりした。
「はっ!?」
と声を張り上げた数秒後には――
鏡は綺麗元通りに治り、やはり俺の驚いている顔が映っていた。