恋したいのは、誰だって同じ。
頬を撫でる生ぬるい風に、少し眉をひそめてしまった。
東京とやらの空気は淀んでいて、こんなところに人間はすんでいるのかと驚かされる。空中飛行も出来たものではない。よろめくのは、私の力量不足なんかじゃない筈。
「ここが、私のターゲットね 」
ゆっくりと足を地につけて、そっと箒から降りる。それからぐるりと街を見渡した。星のような光が点々とあり、夜なのに闇のひとつも見えやしない。
「変なの」
それでも私の着地した場所は、建物と建物の間だ。暗いし辛気臭いし、このような場所を好んでいるわけではないが、また誰かに見つかることもないだろう。
無いはずだった。
「 やめて…っ! 」
その弱々しい声と、乱暴な複数の足音が同時にこちらへ近付いてきた。一服しようと持参のお菓子を開封仕掛けていた私、立ち止まる。
「 姉ちゃん可愛い顔してるじゃん、俺達と遊ぼうや? 」
「 いや…ですっ! 」
ヌメッとした白い箱(何かはわからないが、空気の出し入れを感じる)に身をひそめ、そっと顔を覗かせる。ネエチャンと呼ばれた方は、女にしては少しハスキーな声だ。しかし震え上がり瞳には涙を溜め、なるほどいかにも弱そうだ。
遊ぼうとする俺達の方は、二、三人の男達。図体がでかく、形相はいかにも悪いという感じ。ちなみに私の好みでは無い。
壁に女が押し付けられ、小さな悲鳴が聞こえる。私とて年頃の女、これから起こることの察しはつく。悪いがそんなものは見たくないし、身の危険を省みてこの女を助ける義理もない。
残念だが場所を変えようと、のろのろと箒へ手を掛けた時だった。
「 今からアンタを征服してやるよォ! 」
……征服?
この男達は征服をしようとしているのか?
それも、こんな時間、こんな薄暗い場所で?
この東京という偏屈な街で?
そんなら、私のライバルだ。
「 古今東西の炎とお菓子の精よ… 」
手をかざし、開きっぱなしのチョコスナックへ呪文を唱える。食べ物を粗末にするなってママには怒られるかもしれないけど、ライバルを駆逐する為だから褒められないといけない。
焦げ茶色の軽いスナックが、紫の光をまといふわりと浮いた。これで準備は出来た。手に思いっきりの力を込め、狙うターゲットを定め__
「 あいつらを、倒して! 」
集中砲火。一撃必殺。私の存在に気付き、慌てた様子でこちらを振り向くライバルと女。
甘く恐ろしい弾丸が、奴等の魂もろとも粉々に撃ち砕く筈だった。
ぷしゅう。
「 …あれ? 」
破裂に満たない不釣り合いなそれが、薄い煙と共に弾けた。
「……」
「……」
「……」
驚く私、ライバル共、女は皆同じ反応だ。視線は不可解そうに、また呆気に取られたようにしてかち合った。妙な空気が流れる。
「 そ、その女を離しなさい 」
こういう時は先手必勝だと何か出みたことがあるので、兎に角私から流れを切った。時代の先駆者とはいつもこういうものだ。
「なんだお前!女の癖に!」
小動物は威嚇によく吠えるという。私の偉大さは小物
の琴線に触れたのだろう。女を離すと、足音を響かせこちらへと近付いてきた。荒々しく苛立ちに率直で、その所作はまさに小動物__但し、図体はでかい。
しかし、だから何だって言うんだろう?
「古今東西の神よ…あっちへやっちゃって! 」
途端、ライバル共の体が紫色の光を帯び、ふわりと浮かび上がった。成功だ。
「 うわ、うわわわわ!なんだこれ! 」
たじろぐライバル共。無理はない。彼等の体は今、私の手からぶら下がる人形と同じだ。ヒョイと彼方を指させば、面白いぐらいに焦った顔をこちらへ向けながら退場していった。
「おい、お前…何者だよ!」
捨て台詞のように尋ねられた答えは、彼等には聞こえなかっただろう。だからとびっきりのいい声で、私は自己紹介をした。
「魔女だよ」
さてと静かになった。ライバルを追い出したということは、私は勝者なのだ。
「あ、あの!」
壁に張り付いてぼんやりしていた女がいそいそと近付いて来た。そうだ、私はうっかり人助けもしていたのだ。勝者だけでなくヒーローにもなってしまうとは、全く罪な魔女である。
「僕なんかを助けてくれてっ…ありがとうございますっ!」
目に涙をいっぱいに浮かべる女が、深々と頭を下げた。か弱そうだと思っていたが、近くで見れば私より背が高い。声もハスキーなのだと思っていたが、何というか何より。
「ぼ、僕!?」
続き、楽しみにしてます!(*´♡`*)
9: きなこ :2017/01/05(木) 11:53
>>8
わーいありがとうございます❀.(*´▽`*)❀.
僕、 ハスキーな声。私よりも高い背丈。だけど顔立ちはまるで女の子で、さっきだってそうだ。
頭が混乱する。マジマジと「僕」を見る。髪は確かに短いが、女だってショートヘアくらいするだろう。でもしかし、そんな逆接がどんどん浮かび上がる。
「あの…どうかしました?」
「僕」がおずおずと顔を上げ、心配そうにこちらを覗き込んだ。長い睫毛、くりんとした瞳、柔らかそうな唇。分からない。人間にしては整った顔立ちであることは、わかったけれど。
しかしこの僕にいつまでも構う必要も無いだろう。今日の事は偶然の産物だし、何より夜の只中、そろそろ寝なければ明日からの活動に響いてしまう。
ここは私の征服した拠点なのだ、早く退いて貰わないと。
「いえ何も。それより、用が済んだならさっさと出てってください」
「え、あっ…」
「ここは私のおうちなんですから」
「お、おうち…?」
僕が驚いた様に瞬きをした。何がおかしいのか。それとも狭くて滑稽とでも思っているんだろうか。
ならば余計なお節介だ。そう口を開こうとした。
「ダメだよ、ちゃんとお母さんのところへ帰らないと!」
少し強い口調で拳を握られた。それまでが弱かったものだから、思わず肩が揺れてしまった。別に驚いた訳では無い、少しびっくりしてしまったのだ。
しかしママのところとは簡単に言ってくれる。こちとら修行の為にわざわざ飛んできた身、そうやすやすと帰れるものではない。
「そんなの無理です」
「どうして?…まさか、その、追い出された…とか?」
追い出されたというよりかは、慣習的なものなのだが。
「…わかったよ、一泊だけだからね」
少し俯いたあとに、僕は私の手を取り歩き出した。
暗がりから僕の背中に明るい光が差す。うるさいガヤガヤに開かれる。片手の箒を手放してしまわないように、されるがままに私は着いて行く。意外と力が強いのだ、不服でとても滑稽な気分だ。
「え、あ、ちょっと」
「こんなところで寝たら風邪ひいちゃうし、悪い人に狙われちゃうよ!」
悪い人に狙われていたのはどこの誰なんだろう。
騒がしい光と、見世物を見るような視線が突き刺さる。それがなんとなく気恥しい。裸を見られているような気分で不快だ。それでもずんずんと固い地面を踏んで、その中歩みを進めてゆく。
こういう時、私は何を喋れば良いのか分からない。僕も何も喋らない。変な空気。風を切る沈黙に耐えかねていると、徐々に光からぼんやりとした暗がりへ出た。
「 ごめんねっ、ちょっとせまいけど… 」
光から少し抜けた先の、少し古ぼけた建物の前で「僕」は立ち止まった。ひとつの建物にドアがいくつも付いていたが、その1番右へ鍵を差し込み、錆びた音を立ててドアを開けた。
おずおずと端に寄り、私を中へと促す。なるほど確かに暗くて狭そうだが、匂いはさっきのところよりも良いかもしれない。
「助けてくれた、お礼がしたくて…」
それでも立ち往生する私に、「僕」はおずおずと言葉を繋げる。恐らく厚意だろう。奴に何をしたつもりもないが、掛けられた厚意なら受けてるのが立派なもののつとめだろう。
「……おじゃまします?」