「はぁ!?アルファ!?」
カノエは思わず悲鳴にも似た声を上げた。
その事実は、頭痛になってぐわんぐわんと響いていた。
「二度言わせるな。天霧カノエ、お前はα班配属だ。」
強面の政府の役人は、冷淡に告げた。
その目は有無を言わせない蔑むような色に染まっている。
が、そんなものは今のカノエを黙らせる原因にはなりえない。
「ふざけんな!この俺が、落ちこぼれと一緒にチームなんか組めるかってんだよ!!」
厳かな式の途中のその怒号は、当然ながらうるさく響いた。
「僕、びっくりしたよ。あんなふうに叫ぶんだもん!」
厳粛な式で暴れ散らし、式場から追い出されたカノエは、不満を隠すことなく口を膨らませていた。
目の前ののんきそうな女々しい男にも、その周りの黙ったままの人間にも、殺意を含んだ視線を向ける。
___これからこいつらと行動していくなんて、考えらんねえ!!
ここは魔物討伐部隊の寮。
班員との絆を深めるという目的で、生活を共にするらしい。
一年経てば出て行くことを余儀なくされるが、カノエにはその一年が途方もなく長いように思われた。
カノエが苛立っているのは、自分が“α班”であるということだった。
魔物討伐部隊というのは、その年に新しく入隊した新人を10の班に分けるのだが、カノエ所属のα班は落ちこぼれが配属されるともっぱらの噂だったのだ。
大したことのない仕事ばかりが振り当てられ、大したことのない功績しか残せない。
自尊心の強いカノエには、とてもじゃないが耐えられなかった。
「なに、睨んでるのよ。あたしだってあなたたちとなんて嫌よ!!」
一人の少女が声を上げた。
綺麗、とは彼女のために作られたのであろう。
そう思えるくらいに、少女は美しかった。が、それ故、怒りを顕にする彼女は怖さを含んでいる。
みな、心の内には思うことがあった。
自分は落ちこぼれなんかじゃない、と。
「喧嘩はやめようよ。ね?」
女々しい見た目の男が仲裁に入る。
しかし、事態が収束するわけがない。
絵に書いたような険悪に、部屋はどんよりと重苦しい空気に包まれていた。
「女に魔物討伐なんか務まるかよ。」
カノエは吐き捨てるように言った。
少女の顔はみるみる赤くなる。
「男尊女卑とか、今時ありえない!あなた随分プライドが高いみたいだけど、まさか班長になるなんて言わないわよね?あたし、認めないから!」
「そのつもりだけど。それで、認めないってお前に何ができんだよ!」
少女が何か言おうとしていたが、一人の男がそれを静止して立ち上がった。
うおっ、とカノエは思わず、驚いた。
「なんで、こんなおっさんが!?」
魔物討伐部隊は、高校卒業してすぐの若者を採用してるはずだ。
「おっさんはないだろ。まだ21なんだけど」
呆れたようにいう青年は、少々大人びてはいるが年相応の見た目の長身痩躯の男だ。
「α班には、政府の人が班長として配属されるはずだよ。」
「げぇっ!?マジかよ!」
まずはその年齢よりも、その事実が重要だ。
カノエはすっかり自分が班員を統率するつもりでいたのだから。
「しかも、大ベテランの。すごい厳しい雷親父っていう噂。」
少なくとも、ここ数年はね。と少年は付け足した。
沈黙が流れる。
それぞれが、雷親父を頭に浮かべて、嫌そうに顔を歪めた。
その時だった。
見計らったかのように扉が三度ノックが・・・
ドアが開いて、入ってきた人物に一同は驚愕した。
驚きに二の句が継げず、口を半端に開けたまま固まっている。
そこにいたのは、幼い少女。
イメージしていた雷親父とは、何もかもかけ離れてる。かけ離れすぎている。
落ち着いた服に身を包んでいるが、彼女の腕の中で主張するぬいぐるみが、その子供らしさを際立たせていた。
もう片方の手にはスケッチブックが握られている。
筆談でなければいけない事情でもあるのだろうか。
小さな彼女は、それに何かを書き始めた。
“お前たちは監視対象である。余計な口は慎み、おとなしくしていろ”
随分と上から目線だが、ここは言う通りにするべきだ、というのはカノエにもわかった。
一同の理解を確認することもなく、彼女は続けた。
“監視カメラ兼マイク”
矢印のマークが一つ。
それは彼女のぬいぐるみを指していた。
目を凝らせば、その目にカメラが埋め込まれているのが見える。
“そういうわけだ。当たり障りなく、行動しろ。まずは自己紹介だ。”
今まではどうにもそんな気は起きなかったのだが、カノエたちはしかたなく彼女に従った。
“五十里(いかり)ツムギ。18。今年、政府に就職した。α班の班長をやらせてもらう、よろしく”
スケッチブックでの自己紹介よりも、政府勤務1年目のやつに指揮を取られることよりも、カノエには気になることがあった。
「18!?」
低身長に幼い顔立ち。本音を言えば、小学校の高学年にしか見えなかった。
「そんなことはどうでもいい。まずは自己紹介を続けよう」
声も可愛らしく、ますますその年齢は疑わしい。
普通に喋れるのか、と言うツッコミは置いておく。
「・・・ていうか、てめーは何、息荒げてんだよ!興奮してんのか!?ロリコン野郎!」
淡い金髪、中世的で女性を思わせる顔立ち。
イケメンに部類されるに違いないこの男は、さっきまで女々しかったくせに、一丁前に興奮していやがった。
“そいつ、シュガーホリックなんだ。”
とんとん、肩をつつかれ振り向くとスケッチブックを手にしたツムギがいた。
ピシリ、その言葉にカノエは固まった。
__こいつも・・・
「一体、何の・・・」
シュガーホリック。
一般的には砂糖中毒のことを指すが、近年ではそれが変わってきている。
ある人は好きな人といるときであったり、ある人はスポーツをしているときであったり。
そして、またある人は“人を殺す”瞬間であったり。
ある特定の動作や、出来事によって引き起こされる発作のことである。
「甘い。甘くて死んでしまう。」
その発作が発見されたとき、患者が言ったそうだ。
その感覚は、その出来事の深さによって変化するが、ショ糖の数千倍甘いとされており、その独特の刺激からその虜になってしまう人間がほとんど。
故に、その発作はこう呼ばれた。
「シュガーホリック」
発生条件、治療法など、詳細は全くといっていいほど知られていない。
しかし、近年の調査により、わかったことがある。
患者は、その快楽を得るためであれば、潜在能力の限界値をはるかに超えた力を引き出せること。
“わたし”
スケッチブックの上に躍るその三文字。
そして、その女々しい男を見る彼女の目。
カノエは、それらに一抹の違和感を覚えた。
憎しみのような、恐怖のような嫌悪の目。
__俺がさんざん向けられてきた、その視線。
「・・・お前ら初対面じゃないんだな」
“そう。高校の同級生だった”
心なしか、「だった」の部分だけ筆圧が強いようにも思える。
“2年留年した。でも進級できないままで、魔物討伐部隊に入るのは諦めて政府に就職したんだ”
スケッチブックをカノエに見せる彼女は、カノエの方などまるで見てはいない。
ただ一点、その男の方を見ている。
だがその視線は先程とは明らかに違う。
確実な殺気。
視線に攻撃力があるのであれば、男はとっくに死んでいるだろう。
興奮しすぎたたせいか、ひどく疲弊してしまった男の回復を待ち、自己紹介を再開した。
「漆葉《うるしば》シエル。18歳。知ってるだろうけど、シュガーホリック持ちなんだ。」
女々しいその男、シエルは金髪碧眼で王子のような見た目をしているが、先ほどの変態的な出来事により、皆一歩引いた目で彼を見ている。
中背で肉つきが悪く、華奢な男だ。
戦いに向いているとはとても思えない。カノエは少々苛立った。
「才神 侑《さいがみ あつむ》。今年、政府から魔物討伐にスカウトされた21歳。俺もシュガーホリック持ちなんだ。」
すらりとした好青年といったところだろうか。
女々しいシエルという男よりは、期待できそうだ。
「水無瀬《みなせ》ヒユリ。18だけどもうすぐ19になる。あたしも・・・シュガーホリック。」
つい先だって、カノエと揉めた少女だ。
こうして静かにしゃべっていると、白百合のように美しい。
鎖骨くらいの長さで切り揃えられた黒髪がふありと揺れていた。
だが、そんなことはカノエにとって何の問題でもなかった。
シュガーホリックの人間が、今自己紹介した中でも3人。
カノエは、シュガーホリックの発症率はそれほど高くないし、たとえ発症していたにしてもそれに気づく人間は多くない、と聞いたことがあった。
ちらりと、このα班の采配を振ることになるツムギの方を見た。
彼女は、全て知っているのだろうと思って・・・
___あ?まさか、これが偶然なんて言わねぇだろうな。
彼女は何でもないような顔をして澄ましている。
カノエは気づいてはなかったが、カノエ除く、班員はうすうす気がつき始めていた。
内容を変えて別サイトで書くことにしました
10:かぷたいん:2018/01/12(金) 03:26 そんな彼らの期待に答えるようにツムギはスケッチブックに書き出す。
"察している者もいるだろうが、お前らは当然落ちこぼれなどではない。政府によって意図的に集められた者たちだ"
ここで彼女はページをめくり、さらに続けた。
"条件はシュガーホリック。私がここを任されたのはお前らが暴走しないように、だ"
それを見てカノエは歪む口元を抑えられなかった。中毒《シュガーホリック》持ちでないただの一般人であるお前に何が出来る?討伐部隊の養成学校も卒業できなかったらしいじゃないか。耐えきれず、カノエはくつくつと声を上げて笑った。
ツムギは顔色一つ変えず、スケッチブックに書き出す。
"何がおかしい?"
「お前ごときに俺が止められると?俺が今まで何人殺したか、知らないからそんなことが言えるのか?」
"知ってるさ。確固とした証拠があるのは68人。その疑いのあるものなら200人を超える。戦後最も恐ろしい殺人鬼だよ、お前は"
「今ここでお前なんてやっちまってもいいんだぜ?もともと誰かの下につくなんてぇのは大嫌いなんだ。クソチビがよぉ!」
ぱん、と破裂音がした。ツムギを除いたそこにいる全員、一体それが何の音なのか全く見当がつかなかった。
「後々、面倒なことになるがしかたない。これは必要な"躾"だろうからな」
気がつくとツムギの横のカメラ入りのぬいぐるみが内蔵されたカメラとマイクを覗かせて崩れている。
「ポチ、くれぐれも暴れすぎるなよ」
カノエはこれから来るであろう攻撃に備えて身構えた。一瞬でぬいぐるみを壊したツムギの能力がいかほどか。彼はにやりと小さく笑みを浮かべる。心地よい緊張が彼を満たしていた。
ポチ。彼女は何かに向けてそう言ったきり動かない。
「さあ、異論があるものはかかってこい。引き返すなら今のうちだ」
ツムギは冷たい表情をそのままに、体制も一切変える様子はない。依然として棒立ちを保持している。
上等だ。ずいぶん余裕ぶっこいてやがるじゃねえか。それでこそ、燃えてくるってもんだ。
調子に乗っている人間のプライドをずたぼろに引き裂いて、その顔を拝んでやるのがたまらねぇんだよ!
カノエは地面を蹴った。そこには塵ほどの力の加減もない。寮の床はばきりと不穏な音を立てて凹んだ。
1秒と待たず、カノエはツムギの眼前に迫る。尚もツムギは人形のように動かない。その瞬間もツムギは身じろぎ一つせず、カノエの目の前にいた。
「……っが!」
カノエはその目ではっきりとツムギの表情の機微を捉えた。決して動かなかった口元が微かに嘲笑に形を変えたのだ。
そして、カノエは倒れ込む。自身を蹂躙した攻撃の形も掴めずに。
「一体……何したんだよ……」
体のどこにも傷は見留められないが、そこかしこにひどい痛みがある。また、まるで痛みによって床に押さえつけられているかのように体は動かない。
「政府に逆らうなよ、中毒者風情が。おかげで私はこれからこっぴどく叱られなければならなくなった」
本日二度目のノックの音が部屋に広がった。そのおとは激しく、大変な焦りを孕んでいる。
「痛いわ!何すんだよ、ツムギ!!」
ノックの主は返事を待たずに部屋に入ってきた。
年は二十代後半と言ったところだろうか。爽やかな印象を持つ黒髪の青年が怒気を含んだ顔でツムギに詰め寄る。
「憑依してるんだから、感覚はちゃんとあるって言っただろう!それとも、オレの痛みなんかどうでもいいって意思表示と捉えてもいいんだな!」
「申し訳ありませんでした。新しいの頂けますか?」
「ああ、あとで取りに来いよ。ったく!反省してんのか、お前。スケッチブックなんて小賢しいことしやがって!」
「かわいいかわいい部下の才能が潰されるのは困りますから」
よく言うよ。カノエは小さく舌打ちをした。
そのかわいいかわいい部下を床に叩きつけておいて。
カノエは全く意味のとれない二人の会話を聞いてさらに苛立った。だが、もう反抗しようとは思わなかった。
「お前らは異端児だ。私は政府の上官におかしな行動があれば、すぐに殺せと言い渡されている。また、行動はカメラによって監視され、逐一報告される。だが、私はお前らの才能を使い潰す気はない。カメラが壊れた今だから言うが……」
ツムギが見た目相応のあどけない笑みを見せた。それは純真な少女の無邪気な笑みと大差ない可愛らしいものだった。故に、その後の彼女の発言はとてつもない違和感を覚えさせた。
「革命を起こしたいんだ。魔物と手を組んで二つの世界を一つにする」
ツムギを見る4人の瞳を疑心が彩る。
「そんな、そんなことができるはずがない!知能が低い魔物と協定を結ぶなんて……」
侑が怒鳴るように言った。その場の誰もが同意見だった。
「ああ、それはそうだな。元より、我々は魔物を殺しすぎた。彼らは許してはくれないだろう。だからこそお前らに協力して欲しい」
「どういうことだ?」
侑が問う。
「言うことを聞かないなら力でねじ伏せればいい。お前らならそれができるだろう?」
ぞっとした。4人のみを激しい悪寒が包み込む。
「お前らに選択してほしい。私と共に人類を裏切るか、このまま魔物を潰すために討伐班にいるか。後者を選んでも私はお前らの邪魔は一切しない。さあどうだ?」
淡々と喋るツムギに向けて、侑が口を開いた。
「魔物と手を組むメリットを感じない」
「メリットか。当然あるさ。
討伐班は六年勤めれば卒業だ。今から六年前、何人が魔物討伐班に入ったと思う?」
4人の答えを待たず、ツムギは続ける。
「120人。それで、このうち何人が卒業したか、わかるか?」
誰も答えられない。そもそもそんなことは教えられないし、資料だってないのだ。
「0だ。最初の魔物討伐班から今に至るまで、1度も卒業者はいない。その中に中毒者は腐るほどいた。だが、誰も生きては卒業できなかった。
最強と呼ばれた中毒者が4人集まったところで変わらないというのが私の見解だ。どうだ?これは人類を裏切るに値しないか?」