癖毛でやわらかな黒髪も
細くて大きなてのひらも
鎖骨にある小さな黒子も
見え隠れするやさしさも
耳をくすぐる低いこえも
抱きしめたときの体温も
全部、
わたししか知らない。
◎いろんな話をちらほら。
◎不定期更新で低浮上。
◎レス大歓迎。
拙い文章力と溜まった妄想の吐き出し口。
少しでも読んでくれるとうれしいヾ(*´-`*)
#.001
「前川ぁ、俺もうどうしよう」
お昼の締めにと買ったいちごみるくに
ストローを差していると、前の席の椅子に
どかんと少し乱暴に浅田が座ってきた。
机に突っ伏して、何か唸っている。
「前川聞いてよ」
「今度はなに」
「……連絡先、げっとしました」
ずずーっといちごみるくを吸う。
どろどろと甘い。
浅田はわたしの友達の笠原が好きらしく、
わたしと笠原が仲が良いからか、中学からの腐れ縁で話しやすいからか、多分両方だと
思うが、こうして相談を持ちかけてくるのだ。
「それで、何かあったの」
半ばため息交じりに聞くと、待ってましたとばかりに泣き付かれた。
「メールで何話せばいいかわかんねえ!」
浅田の声がでかいため、クラスメイトは
またか、前川も大変だなという風に苦笑している。注目されるのはあまり得意じゃない。
うわあ、と短い髪を自分でわしわししながら
机に額を押し付けている浅田のつむじを
押すと、痛ぇ!と睨まれた。
睨みたいのはこっちだ、バカ。
「遊びにでも誘えば?」
「それってあからさますぎねえ?」
そんなの知らないよ。
そもそも恋愛経験が少ないわたしに聞くのが間違っていると思う。
顔に出ていたのか、浅田が表情を顰めた。
「あんまり話したこともない奴にさ、
遊びに誘われたら前川はどう思う?」
「何こいつ、気まずい」
「ほらな!!遊ぶなら前川も付き合ってよ!
笠原さんと仲良いだろ!」
「それだったら、笠原とふたりで遊ぶよ」
「バカ!俺も入れろよ!」
めんどくさい奴だ。いちごみるくを吸う。
3人で出かけるのを前提に浅田が話し始めたので、笠原がこの前「浅田くんってちょっとかっこいいよね」って言っていたのは、
教えないでおこう。
色恋沙汰に首を突っ込む趣味はないし、
それに巻き込もうとする浅田へのちょっとの反抗だ。
「前川は彼氏とか好きな奴いないの」
「……いない」
「えー、なんだよそれ、前川の好きな奴と
4人だったらいいかと思ったのに」
「残念でした、他をあたって」
初恋はまだとかそういうんじゃない。
人並みに恋はしてきたけど。けど。
「何でそんな嫌がんの、俺ら親友じゃん…」
「え、なった覚えがない」
「ひでぇ!」
親友、ね。なるほど。
いちごみるくが甘い。人口的ないちごの味が鼻を抜けて、くらくらしそうだ。
「ちょっとくらい良いじゃん、そんな俺のこと嫌い?」
「そだね、よく気づいたね」
「そこは否定しろよ!!」
前川が冷たい〜と駄々をこねる男子校生。
全然可愛くない。やめてほしい。
ずずーっといちごみるくを吸うと、もうほとんど空でぺこぺこと音がなっただけだった。
否定しろよ、だって。
じゃあ、お望み通りに。
「わたしがさ、中学の時から浅田のこと好きだった、って言ったらどうすんの」
黙るくらいなら、笑ってよ。
#.002
かちっ、かちっ、かちっ。
秒針の音が静かな部屋に響く。もうすぐ俺の20歳の誕生日だ。寝ようかと思ったが、
少しもったいない気もして0時を回るのを
静かに待っている。
「かーなと」
少しうとうとしているとがちゃりとドアが開いて、眠気が飛んで行った。
「…ちはる、まだ起きてたのか」
「かなとの誕生日だもん」
ちはるがぼすんと俺の隣に座る。
かちっ、かちっ。あと5分。
「かなとも20歳かー。また年が離れるね」
「2つしか変わんねえよ」
「18と20の差は大きいの!」
ちはるが少しふくれっ面になる。
頭をわしゃわしゃすると、いつも通りの笑顔が戻った。
俺が小さい頃思い描いていた20歳は、
もっと大人で、夢を叶えてて、彼女がいて、
ちゃんと親孝行できているはずだった。
でもそれは空想に過ぎなくて、俺はまだまだ
子供だし、夢だって何かわからない。
いつになっても俺は大人になれない気がする。
「誕生日プレゼント、なにがいい?」
「いや、いいよ。お前まだ高校生だろ」
「バイトしてるから大丈夫ですぅ」
「はいはい、でも本当いいから」
俺は来月、上京する。
だから、ちはるといれる時間も少ない
。いらない、と言えば嘘になるけど、俺のプレゼントに使うくらいならちはるの好きなものに使ってほしい。
「本当にいいの?わたし結構貯めてるよ」
「じゃあ俺が上京したら遊びに来なよ」
「えっ、いいの?やった!行く!」
きゃっきゃっとはしゃぐちはるに頬が綻ぶ。
なるべくちはるには笑っててほしい。
それだけでも十分な誕生日プレゼントだ。
「あっ、あと10秒だよ!」
「あッ、嘘、待って心の準備が」
「よーん、さーん、にー、いーち!
お誕生日おめでとう!!」
「…ありがと」
面と向かって言われると少し照れ臭い。
「なに照れてんのー。うりうり!」
「やーめーろ」
ぐりぐりと髪の毛を触られて視界が回る。
近づいたせいでふわりとちはるの匂いがして思わず固まってしまった。
「かなと?」
ちはるがきょとんとした表情で
覗き込んでくる。
何でもねえよ、と笑いかけるとちはるは
不思議そうに首を傾げた。
知らなくていいこともある。
歳を重ねるにつれて嘘を吐くのが上手くなった。時には人は嘘でも幸せになれることもあるんだ。
それは俺が一番わかってるつもりだ。
だから、だめだと言い聞かせる。
「かなとがいなくなるの少し寂しいな」
悲しげな声がして横を向くと、
ちはるが眉を下げてこちらを見つめていた。
薄い桜色の唇がきゅっと閉ざされていて、
ちはるがよく堪えている時にする表情。
ふわりとシャンプーの香り。
大きな瞳、白い肌、薄い唇。
だめだ、と思った。でももう遅かった。
ちはるの小さな唇に俺は自分のそれ
を重ねていた。
数秒、触れただけなのにじんわりと熱く、
そこから毒が注がれているように頭が
くらくらする。頭の隅で俺がわらう。
離れてすぐにもう戻れないんだと悟った。
ちはるは目を見開いて、何があったかまだ呑み込めていない様子で固まったままだ。
「ごめんな、こんな兄貴で」
君が笑ってればそれでよかったのに。
#.003
ざあああ、と激しい雨がアスファルトに
いくつも水溜まりを作る。ステンレスで
出来た屋根に、ばちばちと当たる雨は
ひどくうるさく、誰もいないバス停に
ぽつんと立ちすくむ私と、隣にいる一人の
男だけしか世界にいないような感覚になった。
男は、真っ直ぐと前を見据えてて、悲しいかな、きっとあの目に私が映ることはない。
「ねえ、あんた、今あの子のこと
考えてたでしょ」
雨音のせいで、声はすんなりと届かなかった。静寂を、雨が打ち消す。男は目線を
前にしたまま、くすりと口角を上げた。
ああ、図星。
「……あんたは、俺のこと考えてただろ」
「そうかも。私が隣にいるのに、あの子の
こと考えるなんて、余程惚れてるのね」
ちらりと横を見ると、あいつの目線と
交わった。
今は、私のことだけ考えてればいいのに。
こいつはいつも、いつも。
「あんたがこうしてる時も、あの子は
彼氏とあんたの知らない時間を過ごしてる。それって、虚しくない?」
「…あいつが幸せなら、それでいいんだよ」
「言うと思ったわ。さっさと諦めればいいのに。あの子は慰めてはくれないわよ」
笑うのが聞こえた。
切れ長の目を細めて、幸せそうな顔。こんな風に笑うのは、あの子絡みの話の時だけ。
本当に妬ける。
「…ねえ、」
ざあああ。
雨音が私の声をかき消そうとする。
聞こえるように、もう一度。
「…ねえ、今日うち誰もいないんだ」
今度は笑わないのね。まあ、いいけど。
白くて細い首に、腕を絡めて、
「私たちも、あの子たちの知らない時間
過ごしちゃおうよ」
ぐい、と背伸びをしたら目の前には
綺麗な顔立ちと、微かにかかる吐息。
「振りほどかないの?」
「…俺も疲れたのかもな」
お互い目を合わせたら小さく笑って、
唇がくっつくまであと2秒。
( はやく私のところに来ればいいのに、
あんたはいつもあの子のことばかり )
#.0004
わたしは知ってる。
あなたは本当は煙草が嫌いだってこと。
「あー、つかれた」
カシャンと屋上のフェンスに寄りかかり、
椎葉さんは煙草に火をつけた。
溜め息のような息をはいて、煙がふわふわと空に吸い込まれていく。
愛煙のラッキーストライク。
あの人と同じ、銘柄。
「みふみさん、」
彼が副流煙を吐き出すと同時にわたしは
呟いた。何だとでも言うように目線だけ
寄越してくる。
「美史さんってそんなに良い女なんですか」
彼は答えない。
フェンスに寄りかかったまま、
ぷかぷかと弄ぶように煙を吐き出す。
一度だけ、美史さんに会ったことがある。
彼が連れて行ってくれたバーで。
艶やかな肌とベリーショートの黒髪、
上品に飾られた爪、小さく光るピアス。
「偶然ね」と笑った美史さんは、同性の
わたしから見ても綺麗で美しかった。
ぺこりとお辞儀をして、椎葉さんに視線を
移したとき、わたしはぐわりと眩暈がした。
なんだ、その瞳は。
静かに熱を帯びた、その瞳は。
わたしには向けることのない眼差しは。
「椎葉の部下の子?」と目を細めて笑う
美史さんの細い指に握られた煙草が、
椎葉さんと同じものだとわかってわたしは
全てを悟った。
「椎葉さん、一本ください」
「…ガキが背伸びすんじゃねえよ」
「ガキじゃないです、もう大人です」
ほらよ、渡されるライターと
ラッキーストライク。火をつけて、
彼の真似をするように吸ってみると、
案の定むせてしまった。煙がしみる。
「はは、言ったろ。お前にはまだ早いよ」
年相応に皺を寄せて笑う顔が、彼女にだけ
みせる柔らかい表情と似ていて、胸が
苦しくなった。煙草のせいだろうか。
「椎葉さん、煙草やめないんですか」
「…やめれたら、やめてるよ」
「禁煙しましょうよ、手伝います」
「はは、いつになったらやめれるかねぇ」
ぷかぷかと遊ばれた煙が消えてゆく。
握り締められたラッキーストライク。
彼女と同じ、銘柄。
観ているだけの、わたし。
わたしは知ってる。
あなたは本当は煙草が嫌いだってこと。