僕は恋をした。
恋なんて馬鹿げてるとずっと思っていたが、やっぱりそれは正しかった。
僕は、自分が馬鹿げていると感じる。でも、どうしようもないのだ。
心は彼女の方へ行ってしまうのに、体はベッドの上で、動くこともできないでいるから、
引き裂かれそうだ。
彼女は今日子という名前だ。明日香という、ほとんどそっくりな姉がいる。
すると、昨日子という妹がいそうなものだが、それはいない。
しかし、インターフォンがなって、出てみると、そこには今日子が立っていて、
「Kくん、大好きっ!」
とだきついて来た。
僕は、突然、何の脈絡もなく、妙な気がしたが、顔が真っ赤になる程嬉しかった。
部屋に入れた。
「でも、今日子ちゃん、どうしてーー」
彼女は少し怒ったような顔をして言った。
「私、今日子お姉ちゃんじゃなくて、昨日子よ」
「えーー昨日子ちゃんって、いたの?」
「いたわよ!」昨日子は泣き始めた。「私のこと、何でもないと思っているの?」
「いや、そんなことないよ」
と僕は抱きしめた。今日子でなくていいやーー今日子と昨日子は、こんなにもそっくりなのだから。
匂いまで同じだ。
昨日子は言った。
「私、自殺するのよ」
僕は泣いてしまいそうになりながら聞いた。
「え、どうして。僕たち、愛し合っているんじゃなかったの」
「愛してる!誰よりも、世界で一番、宇宙くらい愛してる!でもね」昨日子は、
目を伏せて言った。「どうしても、私、自殺しなければいけない気がするの。人生には絶望してない。
Kくんと、こんな風になれて、むしろ生きてるって、素晴らしいと感じる。だけど、どうしても自殺しなければ
いけないような気がする」
「じゃ、じゃあ!」僕は決心して言った。「僕もその時、一緒に死ぬよ!」
昨日子は、僕の顔を優しく撫でて、
「嬉しい…!」
と言った。
日曜日に、僕たちはその約束をした。
そして昨日子は帰った。
昨日子がいなくなると、途端に悲しくなった。
しばらくして妹がテニス部から帰って来て、
「にいちゃん、お腹すいた!」
と呼んだ。
母は仕事でいつも遅い。置いてある1000円で、適当に何か買って食べなければならない。
「待ってて、今買ってくる」
と言って、僕は外に出た。
途中で胡散臭い占い師に声をかけられた。
「お、お前さん!ちょっと、待ちなさい!」
僕は無視して行こうと思ったが、占い師の方から寄って来て、
「恐ろしい!こんな相を見るのは初めてだ!」
と言って来た。
僕は少し気になったが、そうやって占い料をぼったくる気なのだろうと思って、
そのまま行こうとした。それでもついてくる。
「いや、お金はいらんよ。ただ、気をつけなさい。これは心配で言ってるのだ。
お前さん、近いうちに死ぬかもしれん」
そりゃ、今度の日曜日に自殺する気だから、当然でしょ、とは言わなかった。
「そりゃどうも」
僕はお弁当を買って、帰った。
それから毎日、昨日子は遊びに来た。そして夜が来ると帰った。
そんな風にして、とうとう日曜日が来てしまった。
僕たちは遊園地で待ち合わせをしていた。遅れていくと、
「あ、Kくん!遅いよ」
と、昨日子は、嬉しそうにカバンの中から、包丁をチラッと見せた。
「う、うん…」
と、僕は、曖昧に頷いてしまった。死ぬつもりが、本当はないから、曖昧になってしまうのか。
これではいけない、昨日子と死ぬことは幸せなことなんだぞ、と僕は自分に何度も言い聞かせていると、
「行こっ」
と昨日子は僕の腕をぐいぐい引っ張った。
観覧車、メリーゴーランド、ジェットコースター。
時間の流れはあっという間で、すでに夕日は傾いていた。
「海とかで死のっ」
と昨日子は言った。
「う、うん…」
昨日子はまた、僕の腕をぐいぐい引っ張って、海辺に連れて来た。
夜になっていた。
僕たちは、砂浜の上で裸足になって、しばらく歩いた。昨日子は突然立ち止まって、
「さあ…」
と、言って包丁を出した。そして
「本当は同時に逝きたかったけど、包丁は一個しかないから、しょうがないね。じゃあ、じゃんけんで勝った方から、先に死ぬ。
いいね?」
「う、うん…」
「最初はぐー」
僕の心臓は、ばくばくしていた。
「じゃん」
目がよく見えない。足がガクガク震える。
「けん」
逃げ出したい。だけど、金縛りのように、体が動かせない。
「ぽんっ!」
昨日子はパー。僕はグー。
「じゃあ、私が先に死ぬのねーー私、Kくんに殺されたいな」
「う、うん…」
昨日子は、僕に包丁を手渡した。
「嬉しいな、嬉しいな」
と、昨日子は言った。
「…」
「…さ、早く」
「うわあああああああああああああああああっ!!!」
僕が昨日子を突き刺すと、その瞬間、昨日子と、包丁は、砂になって、砂浜に崩れ落ちた。
静かになった。
海がざあざあ言っている。風の音もする。
月が出ている。星もある。
ま、「雨月物語」のパクリだな。
絶望するな。
グッド・バイ!