小説の正体を突き止めたくなったんよ。
暖かい午後、カフェで、楽にして、みんなで小説について語り合う、という設定だから、
気楽に入って喋ってね。
気の合う仲間に囲まれてリラックスをしながらぼくは、
あくびをしながら思いつくままに、自分の考えを言い始める。
どうも、異世界性という要素が欠かせない気がするよ。
オズの魔法使いや、不思議の国のアリスの世界は、
夢の世界だよね。
では、小説とは、夢なのかな。じゃあ、わざわざそんなもの書かなくたって、
家で寝たほうが早い、ということになりはしないか。
つまり、小説は、「語るに値する夢」だ、ということになるんじゃないかなあ。
それはどういうことかというと、例えば、ぼくが何か大切なことを知っていて、
君らがそれを知らないとする(仮にだよ)。するとそれは語るべきだということになる。
しかし、語るに値することってなんだろう?
いくつか作品を見て、調べてみようか。
ではまず、「オズ」から。
ドロシーが、異世界に転生して、冒険をして帰ってくる話。
これはどうして、語るに値する夢なのか。
うーん(僕はコーヒーをすすってしばらく黙る)。
……ドロシーは、この冒険で、何を学んだんだっけ。
内容がうろ覚えだけど、確か、仲間と力を合わせることを学んだと言ってもいいだろうね。
そして、困難を乗り越えて、悪い魔女を倒して、最終的に、魔法の靴でカンザスに帰る。
これは、「生きる練習」をした、と言えるんじゃない。ゲームでいう、チュートリアルの感覚ね。
小説って、人生のチュートリアルなのかなあ。
ねえ、断定は危険だけど、結構いいセンいってる説じゃない?
「ハムレット」みたいな人生を送るのはたまらないけど、「ハムレット」を見たり演じたりするのは、
楽しかったりする。それってさ、チュートリアルみたいな安心感から来ている、と言っても、
いいんじゃないかと思うんだよなあ。
「こんな人生もありますよ」っていう。
そういえば、「ハムレット」の中に、演劇とは人生の鏡だ、というセリフがあるけど、
人は鏡で客観的に自分を見て、髪型を直したりするように、
演劇を見て、人生について反省することができる。それはいいことだ。語るに値することだ。うん、うん。
え?分かりにくい?ああ、僕自身何言ったかよくわかってないな。あはははは!
だからね、その、科学でいう実験みたいなものだよね。
SFとは、思考実験だ、という安部公房の言葉があるけど、もっと広い意味で、小説とは人生の実験だよ。
いやでも、そうじゃない小説だっていろいろあるな…。うーん(冷めたコーヒーを飲み干す)。
僕の言う「そうじゃない小説」とは、例えば官能小説だ。
「ぶっ!」
「まあっ!」
「ええw」
…うわ、オレンジジュースがかかったじゃんか(ふきふき)。
でも、官能小説だって、バカにならないんだって。マルキ・ド・サドのものや、バタイユの「眼球譚」のように、
高い文学性を誇るものがたくさんある。
これらは、「人生のチュートリアル」というよりも、「人生の創造」と言ったほうが近い。
社会にとって、「オズの魔法使い」のように生きることは望ましいが、「悪徳の栄え」のように生きることは
犯罪である。
……すいませーん!コーヒーお代わり!
でね。
「悪徳の栄え」もやっぱり、「語るに値する夢」なんだな。
だって、誰の心にも「悪徳」はあるのだから、それをどこかで解放しなくちゃ、逆に不健康だよ。
精神病にだってなるかもしれない。
オズを読むことで、人は自立するが、サドでもう一度、せっかくの自立をぶち壊すんだな。
フロイトは、エロスとタナトスということを言った。これは、
「かいじゅうたちのいるところ」に似ている。
くだらない家庭から、逃走し、またお腹が空いて、くだらない家庭に帰ってくる。
これをひたすら繰り返すのが、切ない人間の歴史かもしれないね。
お、コーヒーが来た。ありがとう。
…あのウエイトレスの子、すごく可愛いね。アルバイトかな。
いや、何もしないよ。本当だよ。
あ、この曲聞いたことあるな。なんだっけ。
「チャイコフスキー」
「スラヴ交響曲」
それな(コーヒーをちょっとすする)。
って熱!
ふうふう(コーヒーに吹きかける)。
ところで、カフカの「変身」。あれ、なんだろうね。
「ああ、あの虫になる話か」
「ニートの比喩」
「でも、カフカの時代に、ニートとかあったのかな」
「よくわからないけど、そこがカフカの偉いところさ」
うーん、なるほどなあ。すると、「語るに値する夢」でいうと、
「変身」は、どういう意味で、語るに値するのかな。
まず、あれは自立する話か、自立をぶち壊す話か、どっちだと思う?
「自立をぶち壊す話。ニートになりたくても、現実でニートになったらいけないから、
小説でニートになった」
「いや、自立する話だな。ユダヤ人は,もともと虫のように迫害されてたんとちゃうん?
そこで、その虫であることを、しっかりと生き抜くために、虫の話を書いた」
どっちだよw
まあ、どっちでもいいさ。
そこのところは、どうせ、カフカしか知らないし、カフカも知らないのかもしれない。
しかし、感じるのは、「小さな爆音」だね。
だって、誰が虫に耳を貸すだろうか?虫が語るのでない限り。
日本のことわざに「一寸の虫にも五分の魂」と言うのがあるけれど、ユダヤ人も結構日本人に似て、
そういうことを考えていたのかもしれないね。
だから、「生きることわざ」として、ヨーロッパ文明に、カフカは「語るに値する夢」なのだろう。
イソップ寓話みたいな。
ところで、いい小説を読むと、中庸だなって思う。
偉そうな王様に恥をかかせる。マッチ売りの少女に天国を見せる。
上は下に。下は上に。そうして全てを真ん中にする。そんな働きが、小説にはあるようだ。
猫に小判。王様にアラビアンナイト。女の子にシンデレラ。
世の中、うまくできてるもんだ。
じゃあ、物語が必要ない人って存在するのだろうか。
逆だね。物語が必要ない人には、すでに物語があるのだ。
誰だって食べなければならぬ。食欲がないのは、病気か、すでにお腹いっぱいか、
どっちかだ。
「zzzzzzzzz」
「zzzzzzzz」
って、みんな寝てるし。
起きろー。
「むにゃ」
「むにゃ?」
「ファアアアアアwwwwwwww」
ちょwww
ところで、小説家は、物知りだろうか?
そりゃ、人並みに物知りだとは思うけどね、それよりも、人々をよく見ている、ということの方が、大切だと思うな。
つまり、相手の心になること。相手の心は何を読まなければならないか?そこを考えたら、自然と書くべきことも決まってくる
と思う。
僕は今、世阿弥の「風姿花伝」を思い浮かべている。
「陰には陽を、陽には陰を。これは秘伝である。」
と書いてあるけど、これはさっきの、上は下に、下は上に、ということと一緒じゃないかな。
だから、僕が小説家に求めるのは常識と、思いやり、この二つだな。
相手の気持ちになること。奥義というものは、いつも単純だ。
「それは、ただの迎合だ」
違う。
迎合する人は、自分のことしか考えてないが、相手の気持ちになるということは、むしろ啓蒙と呼ぶべきじゃないのか。
「うーむ」
うーん(コーヒーを飲む)。
ま。
ここで僕の考えをまとめると、
1、小説とは「語るに値する夢」だ。
2、「語るに値する夢」とは、「上を下に、下を上にする夢」のことだ。
3、「上を下に、下を上にする夢」を書くためには、「相手の気持ちになること」と、「常識」が必要だ。
ということになるかな。
まあ、まだまだ時間はたっぷりあることだし、色々おしゃべりしよう。
僕にもまだ考えたいことがたくさんあるんだ。
「文体について」
とか、
「相手の気持ちになるためにはどうすればいいか?常識を身につけるためにはどうすればいいか?」
とか、興味深い問題だな。
それに、僕の理論だって、完全なはずがないんだ。喜んでアンチテーゼを受けよう。
他にも、いろんな小説について、分析して見たいから、みんなも、好きな小説とか、教えてね。
文体の問題。
詩は、言葉が美しい。
散文は、書かれている内容が美しい。
「相手の気持ち」に応じて、散文か、詩文か使い分けるべきだ。
では、それはどういう…?
歴史を見ようじゃないか。
韻文の究極を、「オデュッセイア」としよう。
散文の究極を、「ボヴァリー夫人」としよう。
オデュッセイアのような神話は、暗誦される必要があったんだね。当時、紙がなかったから。
そこで、韻を踏んだ方が、語感がよく覚えやすかったんだ。
つまり、話しやすかったんだ。
そして、時代が進んで、印刷ができるようになると、言葉は、話すものから書くものと変わった。
「話しやすい」から「書きやすい」が文章の基本となった。
すると、文章は法律の文章のように、無機質なものとなった(事実、フローベルも、カフカも、法学部出身である)。
しかし、それで本当にいいのか?
話すように書いてはいけないのか?
…フローベルとホメロスのせめぎ合いは、一般と特殊のせめぎ合い、ということになるかな。
みんな同じ。みんな違う。これは見ての通り矛盾さ。だけど、いみじくも
みんな違って、みんないい
と金子みすゞが言ったように、みんな違うだけ、あるいはみんな同じというだけでは、相手に愛みたいな思いは伝わらないと思うな。
みんな違うなら、僕の個性は誰にもわからないし、みんな同じなら、僕の個性は誰にも認められない。
そこで、これらを両立した文章という、荒技を成し遂げたのは、太宰治の文体ではないだろうか。
太宰治の文章は、時々、どきっとするね。
「もっとこっちに寄りたまえ」
とか、書いてある。
全員を、一人一人愛する書き方だ。
このあたりが答えかな。
あれ、みんなしらけてる…?
ごめん、確かに、僕、どうかしてた。
文体なんて、勝手に決まってしまうものだ。
エッセイ………かな?
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