都内の剣山《つるぎやま》学園は、校舎は古くて制服も古風なセーラー服の、冴えない中学校。
そこに、SNSで話題の“チェニー”が転入してくることになった。
宇宙を制覇し、魔王を倒し、人は死後どうなるのかを知っているなどと宣言している彼(彼女?)は、毎日のように騒動を起こし、剣山学園やSNSを掻き乱しながら暴走していく。
7月も半ばに差し掛かった夏の日に、都内の剣山学園にある噂が流れ始めた。
その噂は、風のようにあっという間に学園中に広まっていった――が、その勢いは止まらず、日本中どころか世界中にまで知れ渡っていた。
学園内では、どこに居てもその噂にまつわる話が聞こえてくるほどだった。
「2学期に転入生が来るらしいよ」
「え、何年生?」
「それがさ、2年生なんだって」
「何だ、別の学年じゃん。そこまで騒ぐ話?」
「それがさ、その転入生、何かトクベツらしいんだよね。」
「トクベツ?」
「そ。何も左眼を殺人犯に刺されたらしいんだよね」
「何それ、そんな情報どこから入ってくんの?」
「SNSに普通に載ってたの。」
「そんなの載ってるわけないじゃん、ガセじゃないの?」
「違うんだよ、その転入生が自分で公開してるの!」
「はぁ、チェニーって誰だよ?」
「知らないの、今SNSで話題のチェニーだよ!」
「最近SNS見てないから知らないんだけど。そんなに有名なの?」
「有名も何も、めっちゃヤバいんだよ。アカウント作成から1週間足らずでトレンド入りしたんだよ!」
「は、何それ」
「嘘だと思うなら見てみ、一般人なのにフォロワー10万越えで、外国のフォロワーもたくさん居るんだよ!」
「マジか、帰ったら見てみる」
「知ってた、チェニーってうちの学校に転校してくるらしいよ……」
「嘘でしょ、あのチェニーが!?」
「うん。昨日SNSで普通に公開してた。めっちゃリツイートされてたし、今朝校門の前に居た変な奴もそれ見て来たんだと思う」
「えー、それやばくない?」
「だよね、この学校が売名の為に作った垢としか思えないよね」
「まあ、こんなボロ臭い校舎とこんなボロっちいセーラー服じゃぁね」
剣山学園内で様々な噂が流れている、SNSで話題になっている“チェニー”の投稿は、こんなものばかりだった。
チェニー @tyenii_tyu2
ぼくはチェニー。ブラックホールを制覇した勇者さ。
ぼくは宇宙をも自由に操れるのさ。
ぼくの力を見たい人間たちは、ぼくの住処に繋がるための魔法陣を、風呂場の壁に描くんだ。
魔法陣の画像を載せとくよ。人類にはまだ難しいかもしれないね…(笑)
チェニー @tyenii_tyu2
ふう。今日も雨がひどかったね。
実はぼくが宇宙を司る魔王を倒したから、その血液が降っているみたいなんだ。
雨が続いて困るだろうけど、魔王から光の玉を取り返したから、世界はまた平和に戻るよ。
チェニー @tyenii_tyu2
ぼくは学校には行ってないんだ。何せ選ばれし者だからね。
行く必要はないんだが、人類が学校とやらで何を学ぶのかを知りたいんだ。
人類が死んだらどうなるかも知っているぼくでも、学校の楽しみやら勉強の大変さは分からないんだ。
きっと魔法少女になるための修行よりは楽なんだろうけどね。
チェニー @tyenii_tyu2
地球のみんな、朗報だよ。
ついにぼくを編入させてくれるっていう学校が見付かったんだ。
その名も剣山学園っていうんだよ。
今すぐ地球に帰る支度をしなければね。編入するのは2学期からだよ…
「……何こいつ、何でこんなに人気になったん?」
「知らない、こういうの珍しいからじゃない?」
「どっちにしろ、有名人が転入してくるってやばいよね」
「チェニーって女だよね?魔法少女とか言ってたし」
「喋り方は男みたいだけどね。一人称もぼく、だし」
「それ楽しみだよね。今もチェニーの性別についてめっちゃ荒れてるし」
「ほんとすごいよね。めっちゃ来るリプライも全部返してるしさ、外国語もかんぺきじゃん」
「あんた外国語わかるの?」
「適当。多分合ってるよ、それっぽいし」
「でもさ、こうやってバカにしてるけど、チェニーって本当に何者なんだろうね……」
チェニーの人気は衰えないまま、溶けるように夏が終わり、9月がやってきた。
そして10月がやって来た。
4:毒ましまろ*◆LM hoge:2018/01/16(火) 01:57
夏休みが終わってしまったというのに、剣山学園の生徒達はこの日を待っていたかのように目を輝かせて登校してきた。
それもそのはず、夏休み中も人気が衰えることはなかったチェニーに会うことが出来るのだ。ネットの世界の人気者と一緒に勉強をするなんてことはそうそう出来ない事だろう。
ざわつく校内の、特にざわついている教室――2年2組の教室の戸が開いた。
騒然としていた教室は一気に静まり返り、全ての生徒が自分の席についた。
「えー、もう知っていると思うが、転入生が来ている。」
気怠そうな男性教師の声に、静まり返っていた教室内が再び歓声の海になる。
「静かに!
入れ、清水」
「……やあ」
教室に入ってきたのは、極端に背が低い少女だった。
黒髪のショートカットは手入れがされていなくあらゆる方向に跳ねており、左眼には眼帯が着けてある。更に右頬に傷の縫い跡、鼻にはファンシーなイラスト入りの絆創膏、左手首に包帯が巻かれている。
「会いたかったよ、僕が征服した地球の中にある学校という学ぶ場に通っている中の2年生の2組の41人の生徒達――あれ、今日は何人が欠席してるんだ?まあいい。」
少女は不敵な笑みを浮かべながら、一息に叫んだ。
「僕の名前は清水チユリ。これは人間界での仮の名なんだ。
本名はみんなが知ってる通り、“チェニー”だ。
チェニーだからチエリにしようと思ったんだが、カタカナが上手くかけなくてチユリになっちゃったんだ。
でもまあ、可愛い名前だろ?間違えたにしてはな。
ふふ、僕は失敗さえも成功に導くことが出来る、選ばれた者だからね」
チユリはチョークを手に取って、黒板にらくがきをし始めた。
教師も生徒もあんぐりと口を開けて傍観している間に、チユリはらくがを終えてしまった。デカデカと描かれたのは、魔法陣のようなものだった。
「これが僕が住処にしている洞窟に行くための魔法陣だ。来るのは自由だけど、帰るための魔法陣はないから、やる時は自己責任でやりなよ。
それから、ネットでこれを拡散するのもダメだ。このクラスの41人だけの秘密。あ、先生も居たか。
とりあえず、よろしくね」
チユリはにんまりと笑ってから、窓際の1番後ろの席に腰掛けた。
@yukina___25
あーーーー!ほんっとにイライラする!!!!
@w4aK2ajmRL
プロフィールに剣山って書いてあるだけでフォローっておかしくない?絶対チェニー目当てだよね〜
@erineko_eriri_
やばいやばい、フォロー申請70超えてるんだけどw
@____oO
チェニーやばくない?なんでこんなに人気なんだろうね
SNSでは、剣山学園の生徒が何十人ものアカウントにフォローされる騒ぎになっていた。中にはプロフィールを変更する生徒も居る程だった。
@yukina___25
チェニーってほんと、何者なんだろうね
「ねえねえ、清水さん」
「ん、何だい?」
教室で席に座りながら鼻歌を歌っていたチユリの元に、気の強そうな女生徒が駆け寄ってきた。
「ねえ、本当に訊くの?」
「訊くよ、だって気になるじゃん」
「ええ……」
こそこそと話し合う女生徒を、にこにこと笑顔で見守るチユリ。そんなチユリを不気味そうに見詰めながら、女生徒はおずおずと訊ねる。
「清水さんってさ……ほ、本当に、SNSのチェニーなの?」
「あぁ、そうだよ。」
即答したチユリに、女生徒達は目を見開いた。
「ねえ、それ冗談じゃないの?」
「何を言ってるんだ、君達から訊いてきたんじゃないか!だから本当のことを言ったまでだよ。冗談で返す意味もないだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
「そんなに疑うなら、今からSNSのアカウントを見せてあげるよ。ほら、見ててごらん」
そう言ってチユリは、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。鮮やかなメタリックブルーは、チユリの小さい手にはあまり似合わない。
「ほら、僕が正真正銘、チェ二ーだよ」
そう言って、スマートフォンの画面を女生徒達に見せ付けた。
「ほ、ほんとだ……」
そこに表示されたSNSのページを覗いて、呆然とする女生徒達。チユリは「満足したかい?」と言って、スマートフォンをポケットに戻した。
「もし僕とトモダチになってくれるって言うなら、魔法も見せてあげるよ。その気になったらまたおいで」
はははと笑うチユリは、耳を塞げは少女に見えるのに、目を瞑れば男と勘違いしてしまいそうなほど低い声だった。
普段は高い声なのに……。謎は深まるばかりだった。
チユリが剣山学園に転入してから、1週間が経った。
学園中の生徒が一目見ようと2年2組の教室に集まってくる1週間に、2年2組の生徒は疲れ果てていた。
「はぁ、チェニーの人気ヤバかったね〜」
「ここまでくるとは思わなかった……」
「私プロフィールに剣山って書いたら、1週間でフォロワー200人も増えたよ!」
「チェにーパワーすごすぎだね」
「やっと落ち着いてきたから良かったけど……」
教室の隅で幼児向けの絵本を読んでいるチユリを、遠巻きに見詰めるクラスメイト達。
チユリは相変わらず謎が多く、クラスには馴染めていないようだった。
何人かの生徒は興味を持って話し掛けるも、ほとんどの生徒は不気味がって近寄る事すらしなかった。
そんなチユリが、SNSにとある投稿をした。
チェニー @tyenii_tyu2
やあ、こんばんは、人間の皆。
僕は剣山学園に通ってるんだけど、なかなかトモダチが出来なくて困ってるんだ。何せ僕は人間とは違うからね、いまいちコツが掴めないんだ。
SNSならこんなに簡単に人が集まってくれるんだけど、やっぱり難しいね。ははは。
完璧な僕に出来ないなんて、結構屈辱的なんだよね。
続く
チェニー @tyenii_tyu2
だから、トモダチが出来る方法を是非とも教えて欲しい。僕もせっかく学校に通ってるのにトモダチが出来ないんじゃ結構キツいのさ。
よろしく。
「ねえねえ、チェニーのあの呟き、見た?」
「見た見た、私チェニーをいじめんなってリプライきたよ」
「ほんと迷惑だよね、チェニーのファンって」
「あんな人気者に容易に話し掛けられるっえ方が無理だよ……」
「実際チェニーにあっても大して話せないよ、アイツら!くっそぉ、ムカつくなぁ!」
チユリの呟きで、SNSと剣山学園は少しだけ荒れてしまった。
「みんな、スゴいことが起きたから聞いてくれっ!」
ある日、チユリがものすごい勢いで教室に入ってきた。様々な会話が飛び交っていた教室内は、一気に静まり返った。
「なんと、この僕が宿題を全く解けなかったんだ!」
チユリは頬を真っ赤に火照らせながら嬉しそうにそう叫んだ。でも、それに反応する生徒は極わずかしか居なかった。
「何だよ、もっと喜んでくれよ。この僕が宿題を全く解けなかったんだぞ?大事件じゃないか!今これをSNSで呟いたら、絶対バズると思うんだけどなぁ」
「へ、へぇ……」
「な、何か……良かったね?」
クラスメイト達の反応の薄さに、チユリは真っ赤な頬を膨らませた。
「何だよ、もっと大ニュースになると思ったのに……」
不貞腐れながら、とぼとぼと自分の席に着いた。
「……やっぱりチェ二ーって、ただの人間なのかな」
「そりゃそうでしょ、本当に魔法使えるわけないじゃん」
「結局ただの厨二病なんだよ」
給食の時間。全員が席に着き、全員が手を合わせ、全員が「いただきます」と唱えた。
「今日のメニューは……ふむふむ、きなこ揚げパン、ポトフ、卵焼き…………んんん?」
大声で独り言を言うチユリに、クラスメイト達の視線が集まる。
「な、何で卵焼きにもずくが入ってるんだ!?僕はもずくが嫌いなんだ!!!」
叫びながら、チユリは椅子を蹴倒して立ち上がる。
「先生、もずくよけてもいいかい?」
「ち、ちゃんと食べなさい……」
「僕はもずくを食べちゃいけないんだ!もずくを食べたら魔力が低下してしまう…………それはとても重大なことなんだ、地球がどうなっても知らないぞ!!!」
チユリは何としてでももずくを食べたくないようだ。
「……とにかく座りなさい。」
「僕はもずく食べなくていいって言うまで座らない!」
「ならずっと立ってなさい……」
教師もクラスメイト達も呆れ返ってしまった。チユリはそれでももずくを食べようとしなかった。
……五分後。
「え、もずくって美味しいんだな!こんなに美味しいなんて知らなかったよ!もずく!もずくさいこー!!」
チユリはもずくの虜になっていた。
文化祭の準備の最中。
「ねえ、何でお化け屋敷なの?」
「何か出し物は先生達が決めちゃったんだって」
「最悪、カフェやりたかったのに……」
「まー決まっちゃったし仕方ないよ」
2年2組のクラスメイト達は、不満を漏らしつつも準備を進めていた。
「ちょ、何してんの!」
そんな中、1人の女生徒が声を上げた。そこにクラス中の視線が集まる。
「何でそんなべたべたにしてんの!?有り得ないんだけど!!」
「ちょっと、どうしたのよ」
心配して数人のクラスメイトが駆け寄ってくる。叫んでいた女生徒は、足元を指差して怒声を上げた。
「チェ二ーがペンキべたべたに塗りたくってんの!床までべたべたなんだよ、考えらんない!」
真っ赤なペンキに塗れるチユリを指差しながら、女生徒は忌々しげに足踏みをする。
怒られていると言うのに、チユリは全く気にしていない様子だ。
「ここでは僕のことはチユリって読んでくれよ。何のために人間の名前を考えたと思ってるんだ?」
そらどころか、全く関係ないことを怒り出した。
「はぁ……?」
「そういえば、これ、あの龍の血に似てるな。このどろっと具合が特に」
チユリは呟きながら、ペンキが入ったバケツをひっくり返して、中身を手のひらに乗せた。指の隙間から零れたペンキが、彼女(?)の制服を赤く染めていく。
「あああ、ちょっとチェにー!零れてるって!」
「これはまさか…………君たち、いつの間に龍の血を取ってきたんだ!?危険じゃないか!!」
「チェ二ー、話を聞いて!」
「龍に何かされなかったか!?もう絶対に近付いちゃだめだぞ!」
そこに居る誰もが、もうチユリに言うことを聞かせることを諦めていた。
「なあ、ちょっと訊いてもいいか?」
唐突に口を開いたのは、机に突っ伏したチユリだった。傍から見たら寝てるようにしか見えないので、周りのクラスメイト達は驚いてチユリを見た。
「君たちは僕が本当に勇者であるとは信じてないんだよな?」
「急に何……?」
「私は別に、信じるとか信じないとか関係ないけど……」
「じゃあ逆に訊くけど、チェニーは本当に魔法少女やら龍やら悪の魔王やらが居ると思ってんの?」
「ああ、もちそんそうだが。」
クラスメイトの冷やかな物言いに怖気付く事もなく、チユリは突っ伏したまま頷いた。
「だって僕自身がそういう存在で、それを見てきたんだからな。」
自信満々に言うチユリに、クラスメイト達は溜め息を吐いた。
「あんたさ、ずっと思ってたけど、頭おかしいんじゃないの?そういうのはネットの中だけにしなよ?」
「そうだよ、SNSではチヤホヤされてるかもしれないけど、ここにはチェニーのお遊びに付き合ってあげる人なんて居ないんだよ?」
クラスメイト達の厳しい言葉に、チユリも流石に傷付いたのか、
「エゴサーチなんかしなければよかった」
と、涙声で呟いた。