青春を全力で!
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「あっ凛条さん、やっぱりペットに異動してくれないかな」
世界から色が消えた。
《ブル部魂!》
凜条 千図(りんじょうちず)、ピカピカの中学一年生。
私立H大学附属新倉(にいくら)中学校に、そこそこの倍率の受験を乗り越えて入学した。
同じ小学校からこの中学校に進学した人はいない。
少しばかり心細かったけれども、そんなことは杞憂に終わった。
一年生を迎える会、略して一迎会いちげいかいでの部活動紹介で、心を奪われたから。
アンサンブル部――
ノリの良さそうな、意外なことに男の部長さんの説明。
「活動していくなかで、楽器の個性を知ることができる。なんだろう、友達?相棒?……とにかく、一生の相手になるはずです」
そのときは…ああ、良くあるセリフだな、と思った。
どの部活も、そういう綺麗なことを大袈裟に言って。
……でもそれは、三年生にとっては大切なメッセージ。
それをより教えてくれたのは、その次の演奏だった。
曲名なんて、演奏が始まった瞬間に忘れたよ。
一つ一つが合わさって、まさに一音入魂!って感じで。
少人数編成だからか、すごくまとまりがあった。
いいなあ。この部活。
カッコいい。わたしも、一生の相手…楽器と、出会えるかな。
こんな演奏、できるかな――
というのが入部の動機で。
わたしはユーフォニアム――通称ユーフォを希望した。
なんかカッコいいし、オシャレな雰囲気もある。
音だって……個性を知れば、自由に奏でることができるだろう。
しかし、もうすぐ三年生も引退、わたしたちは本格的な練習に入ろうかとしているときに、この台詞だ。
……そう。ユーフォニアムは、希望者が募集枠よりも一人多かった。
その分、トランペット――ペットの人数が一人減って。
良しとなったはずなんだけど…。
もしかしたら移動を頼むかも、とは言われた。
でも、なんでわたし?
もう一人の一年生、乙(おと)ちゃんでも良かったよね?
……と思ったので、訊いてみた。
その答えが、
「乙凪(おとな)さんは少しだけど経験しているし、自分の楽器を持っているから……」
とのこと。
…………なによ。
結局は経験じゃないの。
なんて思ってしまうのは自然なことで。
だって、初心者も大丈夫、って言ってたよね?
……そりゃあ、自分の楽器を持っていたらそちらを優先するかも、とも言ってたけど。
――良いよね、金持ちは……。自分の楽器を、買ってもらえてさ。
うちに、何十万も部活動につぎ込めるほどの金銭的な余裕はなく。
ユーフォニアムは、学校のものを借りることにしていたのだ。
……と悪態を付きまくるわたしの横には、部長さん。
「あのさ、説明のときに希望していない楽器になるかも、って言ったよね?」
ああ、怒られるんだ。
部長に怒られるなんて。
そう考え、どんな中傷的な言葉にも耐えて見せようと、キッと部長さんを見た。
……睨んでる?そんなの知らないよ。
「まあね、最初は苦痛かもしれないよ。仮に、キミがペットを悪く思っていたりしたら、特に」
……図星だ。
わたしが、ペットを…ダサいとか、なんか嫌だとか思っていたのは紛れもない事実。
そんなこと、思ってちゃダメなのに…。
そこで部長も、「まあ、そんなことを思っているなんて、無いと思うけど」と。
「でもね、少し演奏してごらん。必ずその楽器を愛せるから。……先輩も、同じような経験をしている」
なによ、そんな…。
それでも、嫌なものは嫌で
「でも…」
と口を開いた。
だけど…なぜだろうか。
口が動かないや。
「お前、分かっているだろう?合奏は、一人でやるものじゃない。だからこそ、誰かが少し我慢する必要だってあるんだ」
言葉だけを聴くと、凄くキツいように思える。
でも、そんなこと、わたしは微塵も思わなかった。
その声は、不思議なほど優しかったから。
「ペットを、愛せたら…」
少し、世界が変わるかな。
なんて、なぜか前向きにとらえることができる。
「……分かりました。やります」
下唇を噛み締めた。
アンサンブル部、凜条 千図。
全力を尽くします!!
これがわたしの、ブル部魂!