【あらすじ】
売れない弁護士の金刺司は、ひょんなことから脱獄した死刑囚、黒鉄鋼を匿うことに。
鋼曰く冤罪で、人殺しなどしていないと言う。
司は自身の営む弁護士事務所が経営破綻寸前だったため、冤罪を晴らして知名度の上昇と多額の収入を目論む。
司は鋼の冤罪晴らしに協力することに。
果たして鋼は死刑を免れることはできるのか、司は弁護士として知名度を上げられるのか──。
以前の作品の大幅なやり直しです
>>02 人物紹介
【黒鉄 鋼】(くろがね はがね)♂ 23years
殺人の罪を着せられ、死刑を言い渡された青年。
血気盛んで怒りっぽい。
身体能力が非常に高く、元甲子園球児。
炊事や洗濯などの家事もお手の物。
【金刺 司】(かんざし はがね)♂ 26years
弁護士をしていた父に強制され、弁護士の道を歩むことになった。
父が亡くなり、金刺弁護士事務所を26歳という若さで継ぐことに。
常にどこか冷めた態度で、今ひとつ情熱に欠ける男。
【三廻部 有美】(みくるべ あるみ)♀ 28years
銀崎家殺人事件の担当刑事で、脱走した鋼の行方を追っている。
つかさの幼馴染。しっかり者で気が強い。
【銀崎 雅】(ぎんざき みやび)♂ 60years
鋼に殺されたとされる被害者男性。
銀崎財閥のトップで、多大な財産を持っていた。
【銀崎 哲子】(ぎんざき てつこ)♀
夫の雅《みやび》とともに殺害された被害者女性。
【銀崎 京】(ぎんざき きょう)♂ 30years
雅《みやび》の息子で、取締役の雅《みやび》が殺されたことで多大な権力を持つ。
【鉛口 奏多】♀ 27years
銀崎家殺人事件で、鋼の弁護を担当した弁護士。
。
【銅島 龍太郎】(どうじま りゅうたろう)♂ 40years
司の行きつけの定食屋【ニッケル亭】の店主。
以前は三ツ星レストランで料理長を務めていたらしい。
【金刺 法明】(かんざし のりあき)♂ 53years
司の父親。
病に倒れ、帰らぬ人となった。
法曹界ではかなり有名なやり手の弁護士だった。
俺がもし、料理の一つでもできていれば。
こんなにも自分の生活能力の低さを呪った日はない。
──いいか、つかさ。お前は立派な弁護士を目指すんだ。
小さな諍いから大きな事件まで、勝て!とにかく勝つんだ。
まるで、目の前の墓石から聞こえるようだ。
俺の親父は小さい頃の俺に何度もそう言い聞かせ、洗脳しようとしていた。
勝つことへの執着心は異常なくらいで、少し滑稽だった。
勝つことが全てだと熱く力説する親父を、俺はいつも冷めた視線で見ていた気がする。
そんな親父のもとに生まれた俺の運命は決まっているわけで。
弁護士になる以外の道なんて用意されているわけがなかった。
中学に上がった時には進級祝いとして、六法全書を買い与えられた。
与えられた本は、本と呼べるか怪しいくらい重く分厚く、人を殴る鈍器のようだった。
司法試験をパスしてから、親父の呪縛から解放されたくてその六法全書を売り飛ばしたっけか。
それほど遠くない記憶に思いを馳せながら、俺は墓に花を添えた。
別段、悲しみを感じることもなく。
ただただ他人事のように、誠に遺憾です、と心で呟いて。
墓参りを終えてその場から立ち去り、帰路についた。
しがない小規模ビルの3階が、俺の住居兼仕事場だ。
一応ビルだがエレベーターはなく、あるのは赤錆に侵食されつつある古びた階段のみ。
ガチャリと鍵を開ければ、いつもの散らかった事務所がお出迎えだ。
「やっべ、燃えるゴミの日って今日か……また忘れた」
床に散乱するカップ麺の容器やコンビニ弁当の蓋、割り箸を無造作に地区指定のゴミ袋へ突っ込んでいく。
大抵食事はレトルトやコンビニ弁当、栄養補助食品で済ませる。
そしてそのゴミは床や机に置きっぱなしにし、いつの間にかゴミで溢れかえっているのが現状だ。
家事ができないほど多忙なわけでもないし、むしろ暇だ。
ただ掃除をするのが億劫で、後でまとめて捨てる、後でまとめて……というのが積もり積もった結果だった。
俺に嫁がいれば少しマシになるんだろうな、と思ったが悲しいかな、26年間彼女なし。
せめて掃除や洗濯、炊事もできる家政婦でも雇えたらと願うものの、そんな経済的余裕はない。
なんせこの事務所はそう、経営難なのだから。
依頼が一つもないとなると、ニート同然の状態だ。
父の残した貯金で何とか生活しているも
このままでは貯金も底を尽きてしまう。
「手っ取り早くでっかい事件とっ捕まえて解決できたら、事務所の評判上がるよなぁ……」
そう呟いた直後、ぐぅーっと腹の虫が鳴き始めた。
「……まずは飯だな」
俺はスラックスの尻ポケットに古い革財布を突っ込むと、行きつけの定食屋へ向かった。
冷蔵庫は確認するまでもない。
どうせ使いもしない調味料と麦茶しか入っていないのだ。
事務所の鍵を閉めて赤錆びた階段を下り、人影疎らな昼間の道を歩く。
暖かな日差しの中、数匹のモンシロチョウが元気に舞う麗らかな正午。
この時間だと、犬を連れて散歩する老婦人や子連れの親子と数人すれ違うくらいだ。
夕方以降はこの道もサラリーマンや学生でごった返すため、このくらいが丁度いい。
行きつけの定食屋は、事務所から歩いて約20分のところにある。
日替わり定食が美味しいと評判で、和食洋食中華と幅広いメニューが出されるので毎日行っても飽きない。
しかも300円、ご飯おかわり無料。
その辺の社員食堂より遥かにコスパが良い。
週に数回は昼食か夕食をそこで済ませているため、店長のおじさんとは顔見知りだ。
温厚で親しみやすい中年のおじさんで、以前は三ツ星レストランを営んでいたらしいが、紆余曲折あって今の定食屋に落ち着いたという。
もっと客足があってもよいと思うのだが、あまり繁盛はしていないらしい。
なんせ近くに、大規模な刑務所があるからだ。
日本でも数か所しかないという、死刑囚も収容される刑務所。
犯罪者が収容されている刑務所の周辺は、住民も気味悪がって避ける。
駅や住宅街からその定食屋に行くためには、どうしても刑務所の前を通り抜けなくてはならない。
こんな立地だから繁盛しないんだよ、なんて店主と語ったこともあったが、代々受け継いだこの土地を手放すつもりはないらしい。
本人がそれでいいならいいし、俺も刑務所を気味悪がって避けるような玉じゃないから、これまで通り利用するだけだ。
そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか定食屋の目の前に到着していた。
昭和感漂う昔ながらの引き戸を開くと、ふわりと充満した焼き魚の香りに鼻腔をくすぐられた。
どうやら今日のメニューは焼き魚らしい。
「こんちはーっす」
「おっ、金刺《かんざし》の兄ちゃんじゃねーか!」
厨房からカウンターからひょっこり顔を出した中年男性は、例の店主、銅島龍太郎《どうじま りゅうたろう》だ。
パリッとした白い作務衣に和帽子という典型的な板前スタイルが様になっている。
お昼時だというのに客足は乏しく、俺以外の客はいないらしい。
勝手知ったるカウンターに腰掛けると、キンキンに冷えた水が入ったグラスが、コトリと静かに置かれた。
「今日のメニューは魚?」
「おっ、よく分かったな! ちょうど旬だしな、威勢のいい鮎が入ったんだよ」
まるで実の親子のような会話に、思わず顔がほころぶ。
実の父親とは、こんな他愛もない会話を交わしたことがなかったから。
銅島さんは注文を尋ねることなく用意を進めた。
毎度同じものを注文する常連となると、訊かずとも察せるらしい。