ん……眠い。
緊張するのかなぁ、なんて思っていたけれど……全然そんなことないや。
“最後の日だから”っていう考えは、どうも好きじゃない。
「こんな朝も、もう最後……か」
朝、この部屋で起きて。
ご飯を食べて。
ランドセルを背負う。
そんな“当たり前”は、明日から“当たり前”じゃあ無くなるんだ。
それを思うと、なんとも言えない気持ちになる。
……自然体でいるのも、きっと…今日で最後。
だから…転校先では着ないであろう、お気に入りで、少しばかりくたびれたカットソーと短パンを身に付ける。
「おはよう」
部屋を出たところで顔を合わせた、妹に挨拶。
「おはよ。あっ…お姉ちゃん、みつる、今日は友達と学校行くから」
「そっか。……最後だもんね」
最後だから。
この理由は、好きじゃないけれど……美弦にとっては立派な理由だ。
リビングの方からは、ふんわりとトーストの匂い。
朝は和食派のわたしに、朝から口の中の水分を取られるようなパンは少しキツい。
「ママ、おはよー!」
「まあ美弦ちゃん、おはよう」
朝から、よくやるわねぇ……なんて思いながら、抱き合っている二人を見ているわたし。
はあ……わたしのことなんて、どうでもいいのね。知ってた。
「あ、未琴」
「……おはよう」
ございます。なんとなく小声で付け足した。
次は、洋服について文句を言うんだよね?
……どうでもいい。
「ちょっと……この学校行くのも最後なんだから。少しくらい綺麗な格好をして行きなさい!」
……はいはい。予想通りですね。
本当……なによ、最後だから、最後だからって。
最後だからなんなの?
最後だからって、どうしても似合わない綺麗な洋服を着なきゃいけない!?
納得出来ないことには、従わないのがわたし。
「別に良いじゃん。最後だからって、わざわざオシャレしなくても……」
……でも、面倒な小言が増えることは…火を見るよりも明らかで。
「その言い方はなに!?あなたのことを思って言ってるのよ!」
どうしたら、朝からこんなに感情的になれるんですかね。
……なんて思うけれど、こんなことを言ったら余計にうるさく言われるだけ。
こんなやり取り、時間の無駄。
それでも、よく言うわ。
わたしのことを思って?
……子供の気も知らずに。
「……はいはい」
「どうしてそんな返事しかできないの!」
……知らないよ、そんなの。うるさい。
適当に、『うん』とか『はい』とか言いながら、トーストにかじりつく。
失われているんだか、補われているんだか分からない、口の中の水分。
わたしの心中を知らずに、
「ママぁ…」
なんて美弦が言っているものだから、余計にムカつく。
……小4にもなって。
さっさとトーストを胃の中につめこんで、席を立った。
「……ごちそうさま」
後ろで美弦がうるさいけれど、無視。
お皿を台所の流しに置いて、洗面所へ向かった。
……最後。
全て最後なんだ。親とこうして衝突するのも、きっと。
……嫌だ。なんて、一瞬思ってしまった自分がうざったい。
ちゃんと考えて決めたことなんだから。
わたしは、明日起きた瞬間……“未琴”ではなくなる。
……“ミコト”になる。
本当の自分でいて、さっきみたいに怒られるのも……一部の人から妬まれるのも、最後だから。
大丈夫だよ。
――大丈夫だよ。
鏡の前でペチペチと頬を二回叩いて。
部屋から取ってきたランドセルを背負った。
「行ってきます」
『お姉ちゃん、待ってぇ』
もう、仕方ないわね……と、いつも通り美弦を待とうとして…その必要は無いことに気付いた。
美弦は、友達と一緒に登校するんだったね。
なによ、もう。いつも、家を出るときこそは一緒だけど……すぐに友達の方へ行っちゃうのに。
わたしは今日も一人かな。
……なんて思いながら歩き始めると、すぐに声をかけられた。