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1:えふえるじーさん:2018/09/27(木) 08:54


【Prolog】
ときに、性別が三つあればと思うことがある。
互いが互いを愛し合い、三人で手を繋いで三人でキスをして、三人で結婚して──。

愛することは良いことなのに、二人同時に愛することは許されない。
浮気や不倫でもなんでもなく、ただ二人を同時に愛したいだけ。


【character】
今秋 京(いまあき きょう)♂
名門大学に通う22歳の男性。
女性経験がなく初恋も未体験なため、恋愛に関しては奥手。
自分に自身がなく常にネガティブ思考。

明日原 未来 (あすはら みらい)♀
大学二年生(20歳)で、京と同じ大学出身。
才色兼備で料理も上手いが高飛車で我儘。
数多くの男と付き合っていたが、全員に『愛が重すぎる』と言われ、長続きしなかった。

加古 咲夜 (かこ さくや)♀
京の同級生かつ幼馴染で、美容師になるため専門学校に通っている。
10年以上京のことを想い続けているが、本人に打ち明けられていない。
天真爛漫で裏表がない。

2:えふえるじーさん:2018/09/27(木) 19:56

『容疑者の動機は浮気の復讐ということで、警視庁は……』

午前9時のワイドショー。
レギュラーの女性アナウンサーがスラスラと滑りよく読み上げているのを耳で聞き流しつつ、冷蔵庫から出したいちごヨーグルトの蓋を開けた。
物騒だな、自分には一生縁がなさそうだな。
いちごヨーグルトをすくいながら漏らした感想は至極単純だった。

3:えふえるじーさん:2018/09/27(木) 19:57

俺は、浮気や不倫という概念が理解できないでいた。
どうして二人を同時に愛してはいけないのか、何故一人の相手に固執しなくてはならないのか。

愛という単語は無条件に良いイメージを与える。
実際、愛はこの世に存在するモノにしては珍しく美しいものだ。
汚れた愛でも愛は愛。
愛は文明の奇跡だと、かの有名なフランス作家、スタンダールも仰っている。
その愛が二倍になるのだから、二人を同時に愛したらもっと素晴らしいと、ときに思う。

愛には様々な形があるが、兄弟愛や友愛を遥かに超える恋愛なら尚更最高ではないか。
しかし、この世は恋愛を一人に捧げることを美徳としており、二人同時に愛そうものなら本人からも世間からも袋叩きにされる。
嫉妬という感情もろくに覚えたことのない稀有な俺は、ずっとそれを解せずにいた。

いちごヨーグルトの酸味が舌に染みる。

4:えふえるじーさん!:2018/09/28(金) 01:26


『続いては、大人気歌手の──』

いちごヨーグルトを食べ終えた頃には浮気による殺害のニュースが終了し、よく分からないアーティストのスキャンダルへと話題が転換していた。
音楽に疎い俺にとっては、歌手のスキャンダルなんて話したことのないクラスメートの誕生日くらいどうでもいいことだった。
丁度キリのいいところだったのでテレビの電源をブツリと切り、瑠璃色のカーテンを勢いよく引く。
窓枠の向こうに、鼠色の厚い雲がどんよりと空に沈んで彷徨しているのが見えた。
既に軽い小雨がぽつぽつと落ちており、ひどくなるのも時間の問題かもしれない。
通りで朝から異様に空気が重いと思った。
少し早めではあったが、天気が悪いので丁度良いだろう。

5:えふえるじーさん!:2018/09/28(金) 01:29


俺は家を出発するべく、愛用しているコンバースの黒いリュックを手に取った。
筆箱、ノート、プリント、ハンカチ・ティッシュなどの日用品。
大学生の荷物は軽い。

俺は現在大葉霞大学二年、22歳、立派な学生だ。
人生の夏休みと謳われる大学生活を有意義に使い、今のところは専攻した心理学の勉強と趣味──読書と特撮ドラマ鑑賞に没頭している。

ただし、悪くいえば──友達と遊びに行ったり恋人とデートしたりなどは一切無いということ。
高校生の頃もそんな感じの無機質な生活で、大学生になれば恋のひとつはできるだろうと淡い期待を抱いていたが、そんなことはなかった。
心理学を嗜む者として恋愛感情というものを知らないのは恥ずかしいのだが、如何せん自身を揺さぶってくれるような出会いに俺はまだ巡り会えていない。

6:えふえるじーさん:2018/09/28(金) 19:46

ヨーグルト食べて、ワイドショー見て、家を出て、電車に乗り、バスを使って大学へ。
ここまでいつもと同じ、全く代わり映えのしないルーティンだ。
いつもと少し違うところといえば、朝に食べたのがいつものアロエヨーグルトではなくいちごヨーグルトだったくらいだろうか。
ゲームのようにスキップできるものならスキップして飛ばしてしてしまいたい。


こうも同じ日常をなぞるだけの無味乾燥な日々を送っていると、心がいたずらにモヤモヤしてくるのだ。
繰り返される日々にうんざりして、大学までの道を違うルートで行ってみたくなった。
いつもは店が数多立ち並ぶ大通りの方を参勤交代のように他の学生の後に続いて歩いていくのだが、なんとなく天邪鬼な気分になって、他の人があまり通らなさそうな、人影疎らな小道へと足を踏み入れてみる。

7:えふえるじーさん:2018/09/28(金) 22:46

雨は刻々と勢いを増し、まるでシャワーヘッドからながれ落ちていく水のようであった。
予報では小雨で済むと報道していたので、すっかり油断していた。
先程の小雨からここまで強くなるなんて誰が予想できただろう。
アスファルトの窪みに溜まった雨水を、ばしゃばしゃ蹴散らしながら歩く。
どうせ普通に歩いたって濡れるので、わざわざ水溜まりを避けて行く気にもなれなかった。

「あれは……」

この大洪水のさなか、傘もささずに路地裏で棒立ちし
ている女性の姿を捉えた。
遠目から指さして、あれはマネキンだよ、と言われたら騙されてしまうほど彼女は微動だにしなかった。
水のカーテンが邪魔をして明瞭には見えなかったが、俺はマネキンの正体を知っている。

「……明日原さん?」

同じ大学、同じ専攻、同じ学年の同級生、明日原未来さんに違いなかった。
このキャンパスではかなりの有名人で、昨年のミス大葉霞に選ばれた女性だ。
容姿端麗で才色兼備、何人かの男性が高嶺の花だと噂しているのを小耳に挟んだことがある。

8:えふえるじーさん:2018/09/28(金) 23:06

いつもは完璧なまでの曲線美を描いていた茶髪のふわふわカールも激しく雨に打たれ、情けなく潰れていた。
ふわりと花弁のようにひらひら舞っていた薄桃色のスカートも、びちゃびちゃと雨水を滴らせながら彼女の太ももに貼りついている。
パッチリとした二重の双眸は半開き、口は固く結ばれ、虚無を具現化したような表情にゾクリと背筋に冷たいものが走った。
表情筋の一つも動いてやしない。
まばたきすらしない。
もしや立ったまま死んでるのでは……なんてバカバカしい疑惑まで抱きかねないような彼女に、俺はおそるおそる近づいた。

「……傘、使いますか?」

俺がそっと彼女の頭上へ縹色の傘を傾けると、彼女は初めて瞬きをひとつした。
長い睫毛から小さな雨水が滑り落ちる。
彼女は焦点の定まらない虚ろな目を向けると、ようやく俺の姿を認めたようだった。

「えっと、傘、使いますか?」

しつこいと思われるだろうと懸念しつつも、再度同じ質問を繰り返した。
彼女は固く結んだ口を少し半開きにした、その刹那だった。

「……っ、ぅ、ぁ……うわあぁああぁああぁんっ!ああぁーっ!」
「ゑっ? ゑぇ!?」

あろうことか彼女はいきなり堰を切ったように大声で泣きだし、その場に座り込んでしまったのだ。
ただでさえ激しい雨音をかき消すくらいに、彼女の慟哭は暴れていた。
先程の虚無な表情からは想像できないほどの絶叫に、俺は狼狽えることしかできない。

女性の感情というものは、雨よりも予想しにくい。

9:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 00:38

涙なのか鼻汁なのか、はたまた雨の礫なのか区別し難いほどで、正直面倒なので置き去りにしたかった。
しかし彼女とは同じ学科で同じ教授の授業を取っているのだ。
見捨てたことでその後気まずくなることを恐れた俺は、とりあえずしゃがんで彼女と目線を合わせた。
明日原さんは相変わらず萎れた花のように俯いたまましゃくりあげている。

「ずっとそこにいたら風邪ひきますよ? その状態だと講義にも出られないですし、今日は一旦家に帰った方が……「ない」

やっとのことで声帯から搾り出したであろう第一声は、酷く掠れた鼻声だった。

「家……な、い……ぅ、あぁあああん!」
「なっ、えっ、なんで……?」
「あぁああぁーっ! あいつが! あいつの、全部、あいつの……っ! うわあぁあああぁ!」

──バシャリ、ビシャン、バシャン。
彼女は足元の水たまりに何度も激しく手を打ち付け、水たまりを破壊しようとした。
行き場のない怒りに居場所を与えるような、そんな八つ当たりだった。
跳ねた雨水が俺の方にも容赦なく襲いかかってきたが、元から濡れ鼠だったし気にしないでおくことにしよう。

「もう、さいっあく! あいつのせい、で、私……っ!」
「えーっと、あ、ちょ、一旦避難しましょう! このままだと本当に風邪ひくんで」

運よく通りがかった空車のタクシーを呼び止めると、俺は彼女を宥めるような声色でそう言った。
彼女は否定も肯定もしなかったが、俯いて黙りこくったまま俺の後についてきた。

10:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 01:06

こんなびしょ濡れのままタクシーを利用するのは憚られたが、電車やバスを使っても結果は同じだろうし、なにより彼女がまともに駅まで歩けるとは思えなかった。
これも不幸中の幸いで、少し大きめのタオルを2枚リュックに忍ばせていたため、座席に敷いてなんとか被害を最小限に抑えた。
さらに幸運が重なったと思えるのは、運転手さんの人柄が良く、嫌な顏一つせず受け入れてくれたということだろう。
シートカバーを外すなどの対策をして頂き、こちらとしても本当に助かった。
ずぶ濡れの成人男女を見て何か察したのだろう、同情を含んだ笑みを向けられたのは不本意だったが。
しばらくタクシーを利用する気にはなれないくらいの恥辱を味わされた上に、講義には出られず、馬鹿にならないタクシー代を払うことになった。
タクシー代と迷惑料を請求してやろうかとも思ったが、俺が強引に連れだしたため彼女に払わせるのは筋違いというものだろう。

紆余曲折あったが、結局俺の家へと一時避難させることにした。

11:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 01:16

パーカー、シャツ、ズボン、リュック。
ありとあらゆる布製品が限界まで水を吸って、どっと重くなっていた。
纏わりつく布に気持ち悪さを覚えて、一刻も早く脱ぎたい衝動に駆られる。
とりあえず玄関先で軽く水を絞り、彼女を中へと案内した。

広いとも言い難い1LDKのアパート。
想定外の来客だったためロクに片づけていないが、普段から見苦しくない程度に整理整頓はしているつもりだ。
しかし女性が上がるとなると話は別で、妙に緊張してしまう。
特に見られて困る物は置いていないはずだが。

「風呂沸かしてるんで、先どうぞ。着替えは丁度新品のシャツと半パンがあったんでそれを使ってください。ダサくて申し訳ないんですけど……」
「……ありがとう」

彼女は微かな声で礼を伝えると、俺が指さした風呂場へと消えていった。

12:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 01:44

女性の入浴は長いと訊くが、思ったより彼女は早く済ませたらしい。
彼女は10分くらいして水色のパーカーと青いハーフパンツを纏って風呂場から出た。
俺も軽くシャワーで雨水を洗い流した後、少し暴れる動悸を押さえつけながらリビングへ戻った。
風呂へ入る前に案内したリビングの椅子で、律儀にずっと待っていたようだった。

かなり重みのある静寂が二人の間に流れ、気まずい雰囲気はどうにも拭えなかった。
雨音があるのが救いだが、ずっと黙っているのもやはり生きた心地がしない。
そもそも、彼女ものこのこ男性の家に上がるのは警戒心がないというか無防備というか。

「あーっと……ふ、服が乾くまでテレビでも見ましょうか」

とりあえず何かしらの音が欲しくてテレビをつけると、朝とは違うワイドショー番組がスキャンダル特集をしていた。

『大人気歌手、朝比奈 旭(あさひな あさひ)さんと女優の夜田 真宵(やだ まよい)さんの熱愛スキャンダル!? 手を繋いでホテル街を歩く二人を激写!』

朝、興味がなかったため電源を切ったニュースが再度取り上げられている。
思った以上にそのニュースは反響を呼んでいるらしく、様々な芸能人が集って討論をしているのが映った。
正直今日初めて名前を知った歌手が、そこまで影響力を及ぼすとは思っていなかった。
まぁ沈黙を破ることができた上に話題も作れたので少し安堵している。

「このニュース話題になってますよね。やっぱスキャンダルって……」
「あいつ……あいつが! あいつのせいで、あいつさえいなければ……! うわああぁあああぁ! 許さない、絶対、許さ、ない!」
「えっ、え!?」

いつの間にか彼女はテレビ画面に近づき、喰らい付きそうなほど前のめりになって見ていた。
訳の分からないまま突っ立っていると、彼女が朝比奈旭(あさひな あさひ)がドアップされたシーンで拳を振り上げたので、急いで止めに入る。
容易く折れそうなほど華奢で色白い腕からは想像できないくらい強い力にてこずった。
握った拳はリンゴ一つグシャリと潰すのもわけないだろう。

「ちょっ、明日原さん何やってるんですかぁ!?」
「だってこいつ、だってこいつ……ぅ……っ!」

急に彼女の腕から落ちるように力が抜けると、また瞳に塩水を溜めながら呟いた。

「浮気した上に、いきなり……いきなり同棲してた家から追い出したんだ、もの……ああぁああぁっ!」

思った以上に凄惨な身の上話に、俺はどうすればよいのか分からなかった。

13:菜梨◆azw:2018/09/29(土) 14:54

面白いです。続きに期待!


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