悪意の矛先

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1:らすく◆tOc:2018/10/01(月) 16:19

初めての小説です!駄文です!自己満足です!
でもやる気はあるので生暖かい目でゆるっと読んでほしい!
大目に見てください(笑)

乱入おk、荒らしとかはNG

2:らすく◆tOc:2018/10/01(月) 16:30


見つけた。

そう思えてしまうほど、彼女の容姿はあの女に似ていた。
名前も、似ていた。

何よりも、纏っている『何か』が、あの人に………私に似ていた。

3:らすく◆tOc:2018/10/01(月) 17:03

地獄だ。

いや、それは違うのかもしれない。幸も不幸も、結局はその人の主観によって決まるのだから。
総合的に見れば、彼女よりも不幸な人間などいくらでもいる事だろう。
ただ一つ言える事は、周りにとってはそう見えなかったとしても、彼女にとってそれは、紛れもなく地獄であったということだけだ。

母は生きている。
父も生きている。

そこに、あいつらがいない。

それがどれだけの苦痛か。彼女にとって彼らは、自分の一部に等しかった。
かつて家だったものと、町だったものを見つめる。そして問う。

「これは誰が悪いの」と。

そう空に問うた彼女も、やはり変わっていく。
痩せこけて、みすぼらしい服を纏っていた彼女は、新品の衣服を身に纏い、幼女から少女に成長していく。
その身体も、その精神も。

そして、その記憶も。

これから教師に言われるであろうその言葉を脳内再生を繰り返し、ため息をつきながら窓を開く。
あと一年もしないうちに15になる彼女は、その当時よりもずっと大人びた顔つきをしていた。
幼少期に住んでいた頃とは違う、ベランダの手すりを優しく撫でる。雨曝しの鉄のざらついた感触を確かめるように、ゆっくり、ゆっくり、撫でる。
制服のリボンを緩め、嫌味にならない程度に着崩す。そして後頭部に左手を回してまとめるほど長くもない自身の髪に触れ、うざったいとでも言うように慣れた手つきでヘアゴムを外した。

かつて彼女は空に問うた。「これは誰が悪いの」と。

そしてそれに答えるように、彼女はベランダで空を見上げる。
紫を帯びだした空に今日という日の終わりを感じながら。今までの時の流れを思いながら。時の中に消えたものを思いながら。

「誰も悪くなんかない。ああ、でも、しいて言うなら神様のせいだよね。まあ、いるかいないかも分からないそんな奴のせいにするとか、流石の私も馬鹿みたいって思うけどさ。」

そうでしょ――?

そう空に答えた彼女は知らない。
神の存在を。神の意味を。そして、神の意志を。

4:らすく◆tOc:2018/10/02(火) 18:07

「震災での出来事を、今度の道徳の授業で話してくれないかな?」

担任、奥浜の口から紡がれた聞き慣れたその言葉に、十南来愛(となん らいあ)は悲しそうに目を伏せながらも、明るい口調で答えた。

「えへへ…すいません…そーゆーのはちょっと。」

キィィン…。
運動部の掛け声がする。
中学生。人生の中で最も多感な時期。青春。今しかないこの瞬間。
そんな事を考えながら、職員室の外、窓には目を向けずに、来愛は不意に耳に入ったバットの金属音に耳を傾けた。
野球部に想い人がいる訳でもなんでもない。ただ、職員室との温度差を意味もなく感じていた。
しかし、思考をそちらに飛ばしていたとしても、意識と目線は常に奥浜に注がれている。

「んー…そっか、わかったわ。じゃあ、気が向いたら声かけてね。」

「はい。お気遣いありがとうございます。」

失礼します、と来愛は職員室の扉を静かに閉じた。そして、軽くその自分の中にある心のスイッチを切る。
職員室には持ち込みを禁止されている為に、廊下に丁寧に並べた背鞄とサブバックを手に取り、下駄箱に足を運ぶ。
深く、深く、綺麗なものを吸って、長く、長く、溜まった汚いものを吐き出す。
自分の心音を、体温を感じながら、彼女は冷ややかな目で、自分が閉じたその扉を振り返り、見据えた。

やはりあの先生にはアレが一番らしい。

そのアレとは。数分前の会話。
悲しそうに伏せられた目とは対照的に、明るい口調で語る。そして明るい声で口にする躊躇いの言葉。

相手に本当の事を話す必要が一体どこにあるというのだろう。
本心を口にして、拒絶されてしまっては意味がないというのに。
本心を口にして、理解されたとしても、自分の要望が通らなければ意味がないというのに。

相手に本当の事を話す必要などない。
相手を納得させられればそれでいいのだ。そうしなければ、自分の望みは叶わないのだから。

どこか歪んだそれを胸に、廊下を歩く彼女は微笑む。
きっと彼女は、その微笑の通りの事は考えていないことだろう。
笑顔のまま泣く事ができてしまう、そんな彼女は。

5:らすく◆tOc:2018/10/04(木) 17:38

一方通行のやや狭い道路を歩きながら、来愛は先ほどの奥浜の言葉を思い出す。
それは、群馬に引っ越してきてから毎年、毎年、担任に言われる恒例の言葉だった。

カツン、と足元の小石を蹴る。

カツン、カツン、ボチャッ。

蹴っていた小石が、ステンレスの蓋に呑み込まれて、音を立てて落ちる。
来愛はその様子をじっと見つめ、やがて興味を失ったかのように目を逸らし、再び歩き出した。

意味がない。

ふと、そんな事を考える。
担任からの言葉も、来愛から見れば小石と同じだ。適当に蹴って、転がして、落としてやればあとは勝手に流れていく。
無言で道を歩き続ける。足元を見つめて。つま先から踵へと通り過ぎていく、雑草や虫をただ眺める。あの頃とは違う、あの家に帰る為の見慣れた道。
自分にとってはあの家に帰る為の道も、誰かにとっては別の目的地に向かう為の通過点に過ぎない。
だからなんなのだと、そんなツッコミが彼女の心の中からじんわりと滲み出る。
滲み出たその苦々しさに顔を顰め、見えてきたあの家の青い瓦を見上げる。築四十年になるこの家は、良い言い方をすれば風情があるが、来亜からすればただのボロ屋。
そして同時に、ただの「おばあちゃん家」なのである。

家の門を開き、音を立てないようゆっくりと閉める。家の鍵を差し込み、回しながらなんとなく息をすっと吸い込む。
ドアノブに手をかけ、何も考えずに開けば、扉はキィと耳障りな音を立てた。その音はまるで、お前はここの住人ではないと、家自体に言われているようだった。
なるべく自然に映るように。この家が我が家であると言い聞かせて。

「ただいま」

未だ違和感のあるそれを言ってのけた。

家にいる祖母にはやはり聞こえなかったらしいと、とりあえず母の言い付けを守って玄関で靴下を脱ぎ、鞄類の底を除菌シートで軽く拭う。
祖母には聞こえていない。それが分かっていて何故、意識して「ただいま」を言う必要があるのか?
それは来愛にとって一種の儀式なのだ。
ここが自分の家だと。それを自分の脳に、心に再認識させ、自分に理解させる。
感情と理性は別だが、彼女の場合、理性さえどうにかさせる事ができれば、感情はどうにかなる。

これらは、彼女自身が意識して行っている部分もある。だがしかし、それはすべてではない。
彼女はそれを無意識のうちに行っている部分があるのだ。いや、行えてしまうといった方が近いのかもしれない。

廊下を音を立てずに歩き、手にした脱ぎたての靴下を洗濯籠にポイッと捨てるように入れる。
手を洗い、制服を脱ぎ、下着姿で階段をのぼる。流石に階段ではミシ…という木が軋む音は抑えられないらしく、歩く度に足音を家に響かせながら、来愛は自室のベッドに俯せに倒れ込んだ。

今までの担任と、クラスメイトの顔を思い出す。

嫌な奴の事を一番に思い出すが、悪い人ばかりではなかったなと、来愛は思う。
だが、同時に思う。学校は何故こうも学校しているのだろうかと。

6:らすく◆tOc:2018/10/06(土) 18:06

来亜はピクリとも動かずに、ボソっと本人にさえも聞こえ辛い声で呟いた。

「なんなんだろう。」

数年前に起きた大災害。地震による被害、津波による被害、それによって発生する火災。
その渦中に幼い彼女は巻き込まれていた。
彼女だけではない。多くの人が巻き込まれ、多くの人が命を落とした。
いや、多くの人、という言い方は違うのかもしれない。価値観もその基準も、それぞれの主観によって変わってくるものだ。
しかし、その中でも彼女はこう考える。
その命の数を、自分の身近な人間に当てはめて考えてみろ、と。
彼女の場合はまず、両親、兄弟、親族、友人、先生、隣人…。何万人規模で当てはめた時、彼女の周りに一体何人残るだろう。死亡者がたった一人だったとして、なんだその程度かと言えるだろうか。

あれに巻き込まれたすべての人間が、多かれ少なかれ、それぞれ果てしない孤独を、虚無感を抱いている事だろう。
来亜もその一人だ。

しかし。

そこまで考えて、来亜はごろんと寝返りを打つ。下着のままでは風邪を引いてしまうかもしれない。カーテンが開いている状態ではそんな自分の姿を誰かに見られてしまうかもしれない。
そんなことはどうでもいいと言うように、彼女は目を閉じる。

しかし。

それは巻き込まれた人間のことである。
では、巻き込まれなかった人間の中に、巻き込まれた人間がぽつんと一人混ぜられた場合、どうなるだろう。
人は自分とは違う稀有な経験をした者を、好奇な目で見るか、同情の目で見るか、あるいは……。

それも当然と言えば当然。人が人である限り、それは必然だ。どうしようもない事なのだ。
個が絶対的な個であるということ。人はそれ故に失敗を繰り返し、反対に成功へと導くこともできた。

善意も、悪意すらも。
彼女にとってはすべてがどうしようもない事だった。彼女も、彼女の周りの人間も、当然ながら皆、人なのだから。
人にはどうにも出来ないものだった。では、人ではなければ?

それは逃げだという捉え方もできるだろう。彼女自身も、これは言い訳だと自覚している。

人のせいではないのなら、これは神のせいだ。

閉じていた目を開き、ベッドシーツをくしゃっと握りしめて歯を食いしばる。

自然災害は、人の力では敵わない。
それを起こすも、静めるも。そう、それは神にしか成せない業。

憎悪に塗れたその瞳に映るのは、その怒りの矛先は人か。神か。
それとも、そんな現実離れした思想に酔いしれ、言い訳を繰り返す自分自身か。

「神様が憎い?」

誰もいないはずの部屋。窓辺にひっそりと佇む少女。
宝石がそのまま埋め込まれたかのように透き通った、それでいてどこか吸い込まれそうな程に暗い深緑の瞳。
恐ろしく整った顔立ち。少女から女性への変化を感じさせる丸みを帯びた体つき。それにしてはやはり未成熟さを覚える華奢な骨格。真っ白な肌をより一層際立たせる黒いワンピース。
窓から差し込む夕焼けに、少女の肩までそろえられた黒髪が金色に輝く。

ほんの少し幼さを残した声でそう言った彼女は、呆然とその光景をベッドから見つめる来亜を見て、にひひ、と歯を見せて笑った。

7:らすく◆tOc:2018/10/28(日) 15:26


「来亜!来亜!見てこれ!ゲーム!!!こんなに小さいのに!」

なんだ。これ。

来亜は目の前でDSを片手に騒々しく騒ぐ少女を見つめた。
顔は美人というよりは可愛い、華奢な体つきは思わず支えてしまいたくなるほど。少なくとも十南来亜の美醜の感覚では、かなり整った部類に入る容姿であった。

うん、可愛い。………じゃなくって!!

問題はそこではない、と、来亜はぶんぶんと首を激しく横に振った。
少女の口から驚きの声が漏れていたような気がしたが、来亜の脳内はそれどころではない。
そもそもこの少女はどこから入ってきたのか。
どこから入ってきたとしても、住人の許可しら取らずに無断で部屋に入ってきたのだから、犯罪である事には変わりはないのだが。
そして何よりも彼女の頭を悩ませているのは、少女のあの言葉。

神様が憎い?

誰にも話したことはない。なら何故。一体どこで―――――――。

「神様。」

その単語に、はっとして少女を見る。
いつの間にか少女は、興味津々にこねくり回していたDSをベッドに放り投げ、来亜の目の前に三角座りで自身の髪を弄んでいた。
くるん、くるん。少女の人差し指に巻きつけられていく黒髪が、すっと指を抜いたとたんにサラサラと零れ落ちる。
そしてゆっくりと、上目づかいで少女は射抜く。

「来亜が神様になれるなら、どうする?」

その問いに、馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑える者などきっとこの地球上にいない。
来亜にそう感じさせるなにかを、少女は確かに持っていた。

唖然として動けずにいる彼女を見て、少女はまた、幼く笑うのだ。

8:らすく◆tOc:2018/10/28(日) 18:37


「神―――――信仰の対象となるもの。超人的な能力をもつもの。霊だって説もあったっけ。」

それまでの口調や態度とは比べ物にならないほど大人びた少女に、彼女は驚きを隠せない。
そしてその変わりようとは対照的に、その声だけが少女の幼さを物語っている。その小さな唇からその声で紡がれる言葉。その不安定さ。不気味さ。
何ともいえない恐怖に、鳥肌が立った。

「超人的な能力…森羅万象を司る。この世のあらゆる生物の生命の手綱を握る………。」

そこまで言って、少女はまた、にひひと無邪気に笑う。

静寂と緊張感に包まれる部屋に、まだあどけない少女の声が響く。
どこか狂気を孕んだその声に、思わず彼女は後退る。
深い緑のその瞳が、すべてを見透かしているかのように彼女を映し出す。




そうして、どれくらいの時間が過ぎただろう。
外はすっかり暗くなり、月明かりが部屋を淡く照らしている。夕焼けの中で輝いていた少女の黒髪は、月の光を纏って艶やかに天使の輪を作り出していた。
互いに一言も発することなく、息をひそめて互いを見つめる。
逆光で、来亜からは少女の表情は見えないが、少女からは彼女の姿がはっきりと見えていた。

暗闇に浮かび上がる白い肢体。若さ特有のハリのある肌。しなやかな曲線。くびれ。鎖骨。
そして、きゅっと結んだ唇。

なによりも、その瞳。
爛々と輝く、何か、覚悟を決めた人間の目。

それを見て少女はその顔に微笑を浮かべた。

「私は――――エミ。よろしくね。」

少女はそう言って、屈託のない笑顔を見せる。

来亜は閉じた唇を強く噛み、理由も分からないまま歪ませた。



彼女は知らない。知らぬまま、ろくに会話もせずに今日という日を終える。
これは、会話こそ無かったものの、一種の契約だったのかもしれない。彼女と少女の、神の契約。
契約を契約と認識しないまま、二人は契約したのだ。

少女はともかく、彼女はその契約の内容も理解しないまま。



彼女に残るのは、言い知れぬ恐怖と。期待。

9:らすく◆tOc:2018/10/31(水) 19:44

何かが聞こえる

高く、伸びやかで、弾んだ音の粒。粒がだんだん明確になり、ひとつの形である事に気付く。
ぼんやりとした形が徐々に輪郭を保ち、それがハッキリとした単語になる。
鼻腔をかすめる甘い香り。額に、頬に、くすぐったく何かが触る感覚。
視覚か、嗅覚が、覚醒していく、浮上していく感覚。

覚醒一歩手前の穏やかさを損ないたくなくて、温かい方へ、温かい方へ、微睡の中に沈む。そして。

「う゛ッ!」

腹部の強い衝撃。十南来亜は反射的に腹の上にある何かを押しのけ、その場に腹を抱えて蹲った。
ベッドシーツに額を押し付け、ダンゴムシのような体制。
十四歳の女子が自室のベッドの上でそんな体制をとっているのは、中々シュールな光景だなと、どこか逸れた事を考える彼女に鈴のような声が降ってきた。

「来亜ー、時間、やばいよ?」

一人用のベッドの上に器用によじ登り、腹部を両手で押さえ丸まる彼女を覗き込む少女、エミはその緑の瞳をぱちぱちと瞬きさせて来亜を見つめる。
絡まる事も枝分かれする事もなく、見事なまでに美しい少女の髪が頬に触れる。そして、ふわっと香る花の香り。

ああ、あのくすぐったい感触と甘い香りはエミのものだったのか。そこまで考えたところで来亜ははっとして凄まじい勢いで飛び起き、キッとその少女を睨んだ。
もちろん、両手は腹部に添えられたまま。

「エミ!あんた何っっって起こし方するのよ!胃液が出てくるかと思ったじゃない!!」

これは確実に痣になっている事だろう。何せエミは全体重を乗せて膝から来亜に飛び乗ったのだ。
いくら相手が小柄な少女だからと言っても、その衝撃は凄まじいものである。
しかしそれを行った本人は不思議そうにこてん、と首を傾げている。そのきょとんとした表情が、果たして自分は何が悪かったのか…という感情を雄弁に語っていた。
その様子に、ただでさえ寝起きの悪い来亜の怒りは、頂点に達する。

「あんたねぇ、やっていい事と悪い事があるのよ、世の中には。それ、ちゃんと分かってるの?」

急に落ち着いた、静かな声になったことに少女は満面の笑みを浮かべていたが、彼女の冷ややかな視線に、少女は初めて自分がしでかした過ちに気が付いた。
彼女は自分を許した訳でも、落ち着いた訳でもなんでもない。
ただ、本気で怒ると静かに、ふつふつと、その頭脳で相手を計画的に追い詰めるタイプの人間である、と。
そしてこの手の女は、過ぎた事も掘り返して粘着的にネチネチと説教するものだ。

「そういえばさ。この家に入ってきた時も不法侵入だったよね。ホント最悪。しかも服だってその真っ黒なワンピース一枚だから私が貸す羽目になって。
しかも神様がどうのとか意味わかんない事を意味深に呟いて私を半ば丸め込む形で納得させて。え?何?一文無し?冗談じゃないわ。だいたい昨日の夜もあんたは…」

「う―――――!来亜、学校!遅刻しちゃうよ!」

これ以上聞きたくないというかのように耳を塞ぐエミに、彼女はにっこりと笑いかけた。

「大丈夫。どっちにしろ今日は休むつもりでいたから。それで、昨日の夜の事なんだけど―――――」

部屋に少女の絶叫が響いた。

10:らすく◆tOc:2018/11/01(木) 01:18

来亜の説教は見事なものだった。
早口なマシンガントークで相手に口を挟む機会すら与えずに捲し立てる。相手が反論したとしても、その矛盾や欠点等の穴を指摘し、問い詰める。
そして何よりも、彼女の語りは矛盾が一切ない。筋も通っており正論であるから、下手に言い返せば鼻で笑われ、感情的になれば手の平で転がされる。
エミはそれに三十分耐えたが、その顔からは悲壮感が滲み出ていた。

「……とにかく、その件は一旦置いておいて。問題はあんたのご飯とお風呂と、あとは…」

「ちょ、ちょっと待って!」

気持ち良いほどにポンポンと上げられていく問題に、エミは声を上げた。

「もしかして、そのへんをどうにかするためだけに学校休むの?」

今度は来亜が首を傾げる番だった。
彼女の母親の性格を考えれば、居候が一人でも増えるだけで大事である。経済的にも決して裕福とは言えない彼女の家でエミを養うのはほぼ不可能に等しい。
なにより彼女の母親は他人を家に入れる事を極端に嫌う。その不機嫌になった母親を慰め、愚痴を聞いてやるのはすべて娘である彼女なのだ。エミの存在は来亜にとって、正直厄介でしかない。
そして、一緒に住んでいる祖母の事もある。母親は娘である来亜に愚痴を言わない時は、大抵祖母、つまり、母親の実の母親にきつく当たるのだ。
母は祖母を自分の思い通りに動かしたい。祖母はそんな娘に納得がいかない。自分は母なのだから娘には自分の下にいて欲しいという願望。

なによりも問題なのは、二人が喧嘩をすると終わりが見えないという事だ。怒鳴りあい、物を投げつけ、自分の主張だけを通そうとする。
互いの意見は平行線で、水掛け論だ。そして相手の話を聞こうともしない不毛なやり取りを続ける。
来亜としては心底どうでもいいことなのだが、とばっちりを食らうのは自分だ。それだけはなんとしても避けたいと来亜は心から願っている。
普通の時でさえ日常的にこんなことが起こっている状態なのだ。エミの存在は二人に進んで燃料投下してしまうようなものだろう。

「家族にばれたりしたら厄介だから、対抗策を練ろうかと思ったんだけど…。」

当然のように呟く彼女に、エミはため息を吐きながらジロリと来亜を睨みつけた。

「それは大丈夫。なんとかするから。それに…そんなことで学校行かないとか、最悪だよ。……来亜はせっかく学校に行けるのに。」

力強くそう言う少女の声は、だんだんと細くなっていった。最初はゆるぎない志を感じるような真っ直ぐな声であったのに、最後のそれは弱々しい年相応の幼さを来亜に感じさせた。
そして最後のそれは、少女の嫉妬。いや、羨ましさ、とでもいうのか。どこか拗ねたような物言い。
何か言ってはいけない事を言ってしまったのかもしれない―――。
彼女は本能的にそれを感じ取った。

「……行くよ、学校。遅刻していく。」

しかし謝る気にはどうしてもなれなかったので、謝罪の代わりにぶっきらぼうにそう答える事にした。

11:らすく◆tOc:2018/11/06(火) 23:02

布が擦れる音。パサッと床に部屋着を落とし、ゆっくりと制服に腕を通す。
肩よりも微妙に長い髪を、耳の高さで後ろにまとめ、ぶんぶんと首を振る。その反動で、所々にある短い髪が少量ぼさっとはみ出した。
そのはみ出した髪を申し訳程度に整え、校則違反にならないギリギリラインの、いわゆる「姫毛」を作り出す。…基本が雑である為、可愛い、とはならないだろうが。

姿鏡に全身を映し、可愛くはない、しかし見苦しさは感じさせない。そんな程良い清潔感がある事を確認して背鞄を手に取った。
自室の、廊下に繋がるドアノブに手をかけ、ベッドに寝そべる少女を睨みつける。

「じゃあ行ってくる。…部屋から出ないでよ?」

「分かってるって。」

そう言って手をひらひらと振るエミは、「ホントかよ」と突っ込みたくなってもおかしくないが、人間とは素晴らしいものである。たった一日で来亜はエミのそれに慣れてしまっていた。
はぁ…と一つ、ため息をつき、静かに階段を下りる。しかし、上りよりも下りの方が木の軋む音は大きい。ミシミシと鳴る音に耳を澄ませ、足先に全神経を集中させる。
どうかこのまま。そんな彼女の思いも虚しく、一際大きく軋んだ音に、リビングの住人がこちらに顔を向けるのが分かった。

「…おはよう。ばーさん。」

来亜はその深く皺が刻まれた顔を見た瞬間、心のスイッチをカチリと押した。
コンマ数秒の沈黙が入ってしまった事に後悔はしたが、それを悟らせてはいけないと必死に平静を保ち「おばあちゃんの孫」にモードを切り替える。
そして。

「来亜ちゃん、おはよう。今から学校?朝ご飯は?」

ふわ…と温かいゆったりとした声には、特別問題があるようには見えない。むしろ、完璧な「優しいおばあちゃん」である。
それでも彼女は心のスイッチを切る事はしなかった。

「そー、学校。朝は食べなくて平気だよ、行ってきます。」

いってらっしゃい、気を付けてね。

その声を遮るように、靴は踵を踏んだ状態でありながらも玄関の扉を閉める。
ああ、なんって優しい「おばあちゃん」だろう。朝食の心配をし、孫の身を誰よりも案じる立派な「おばあちゃん」。


彼女は舌打ちをしたい衝動に駆られながら、無駄に渾身の力を込めて自転車の鍵をカチャリと回した。


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