愛歌という名前の少女は、歌が好きだった。
歌手になりたかった。……だが、チャンスがなかった。
叶うか叶わないか分からない夢。抱いているうちに、何度不安が襲ってきた事か。
しかし、彼女は一切諦める事無く一途に夢を追い続けた。
「後は、これしか……!」
見限られ続け、ボロボロにされた心。
それでも、「夢を叶えたい」の一心で、彼女は最後のチャンスを掴もうとした。
「……よし」
愛歌は呟き、目の前の大きな建物を見つめた。
その建物の前には、『STAR事務所アイドルオーディション会場』と書かれた看板が立っている。
そう、彼女にとっては―――“歌を歌うことが出来る”アイドルこそが、最後のチャンスだった。
「7番、斎藤愛歌さん」
「―――はい」
決意のこもった、しっかりとした声で返事する愛歌。その瞬間、会場内に異様な雰囲気が漂い、空気が重くなる。
……それくらい、愛歌は本気だったのだ。自分の夢を叶える事、に。
「アイドルになりたい、と思った理由は?」
「歌が好きだからです!」
面接官の堅い雰囲気に屈することなく、鋭い眼光で質問に答える愛歌に、審査員は最早感心していた。
「今時、ここまで一途な学生はいるのか」、と。そして、彼女のただならぬ目付きに。
「失礼ですが、『自分を見てもらいたい』と思った事は……」
「ありません!」
―――私は歌を歌いたい、だからアイドルになりたい、自惚れてなんかいない。
はきはきとした声で愛歌は話し切り、遂には面接官までも感心させ、オーディションを終えた。
その後、審査員は事務所に残って会議を行っていた。内容は勿論、本日のオーディションについて。
彼らは資料を手に持ち、人選を間違わないように、慎重に選考を行っていた。
「……逸材揃いだな」
一人が呟けば、その場にいた全員が頷く。
面接を受けたのは、全て資料による一次審査を通過した人間だ。やはり、レベルは高い。
「通過人数は?」
「……一名です。スカウト枠とのユニット結成が企画されていますので」
これは相当慎重に選ばなければならない、一同はそう思いながら、頭を抱えたのだった。
そして、この日から数週間に渡り、彼らは選考を行い続ける事となる……。
一方、STAR事務所のプロデューサー、緒方(おがた)は、アイドルの星を見つけるために、街に出ていた。
……が、本人のこだわりが強すぎる故、中々スカウト候補は見つからずに居た。
「今日も切り上げか……」
疲れ果てた緒方が、そう呟いた時だった。
目の前を通った、中学生ぐらいの少女。少女は誰が見ても分かる程につまらなさそうな顔をしていたが、変わり者の緒方にはそれが魅力的に見えたのだろう。
考える間もなく、緒方は少女に向かって歩いて行った。
「ねえ、君」
「……ん?」
ポケットに手を突っ込み、緒方をじろりと見つめる少女。緒方は一瞬怯みそうになったが、それを堪えて続ける。
「私はこういう者なんだ」
そう言いながら、緒方は少女に名刺を差し出した。
緒方の雰囲気はまるで胡散臭さの塊だったが、「STAR事務所プロデューサー」と書かれたその名刺を見て、少女はとりあえず彼を信用したようだった。
「ああ、本物なんだ。で、なんか用?」
「実は……」
―――君を、アイドルにスカウトしたい。
その言葉を聞いた少女は、少し驚いたように目を見開いた後、鋭い目で緒方を睨みつける。
「はあ?」
「ひっ! す、すみません……」
怯えた緒方を見た後、少女は面白くなさそうにため息をついて、名刺を鞄にしまった。
「もういい。帰る」
「ご、ごめん! もう一つだけ聞いて!」
くるりと背を向けて歩きだそうとした少女は、緒方の声を聞き、足を止めた。
「アイドルになろうって思ったら、事務所に電話してくれないか!?」