あらすじ
中学校生活も終わりに近づき、主人公、水瀬 透羽(ミズセ トワ)は、親友である河ア 奏佑(カワサキ ソウスケ)と共に超大手芸能事務所にスカウトされる。そして2人は新たに加わった4人と、男性アイドルグループ『ritzy rush』としてデビューする。
そして春から始まる高校生活。透羽と奏佑は変装して入学するが______。
挨拶
これは、アイドルとなった主人公が親友と共に変装して高校生活を送る物語です。かなり王道的、そして文才が皆無なので、おかしな部分もあると思いますが、よろしくお願いします。
不定期更新です。荒らしや中傷は控えてくれるとありがたいです。
『ritzy rush』(リツィーラッシュ)
現在人気急上昇中の6人組男性アイドルグループ。デビュー当時は全員中学生だった。
困難に立ち向かってもどんどん突進していく力強さがある。それでも豪華で、上品なその姿は、グループ名の通りで、幅広い年代(特に10〜20代)から支持を受けている。
〈メンバー〉
・八神 心翔(ヤガミ マナト)
メンバーカラー『浅緑』
リーダー。
・水瀬 透羽(ミナセ トワ)
メンバーカラー『青藍』
主人公。
・河ア 奏佑(カワサキ ソウスケ)
メンバーカラー『京緋色』
・月島 李都(ツキシマ リト)
メンバーカラー『菜の花色』
・日下部 颯斗(クサカベ ハヤト)
メンバーカラー『秋桜色』
・瓜生 柊弥(ウリュウ トウヤ)
メンバーカラー『竜胆色』
このお話の設定や登場人物は全てフィクションです。
俺は、クラスメイトに嫌われている。いじめられてるわけじゃないけど。
嫌われてるっていうのは訂正して、煙たがられているっていう方が正しいかな。
そりゃそうだろう。野暮ったい髪を伸ばして顔を見せず、そして誰とも話さずにいる男子中学生と関わりたい物好きがいるはずがない。
髪の毛は今のところ切る予定はない。面倒だし、切ったところでクラスメイトの反応が良くなるなんて保証は無い。まぁ、俺も気にしてないしね。視界が見えないっていうのは結構気楽なんだよ。
唯一、親友と呼べる奴はいる。名前は、河ア 奏佑。
信頼できる奴だ。ただ、アイツはこんな俺と違って超イケメンだし、友人も幅広い。正直、どうして俺の親友なのがもったいないくらいだ。
クラスメイトに煙たがられている俺に、何も取り繕うことなく話しかけてきたのが奏佑だった。
「よっ!お前、名前なんていうの?」
こんな風に気軽に。周りのクラスメイトがギョッとしてたよ。
まぁ、それから、よく話すようになって、今は親友だ。
……親友ができてもクラスメイト達の反応は変わらなかったが。
俺も、変わりたいとは思ってるんだ。視界が狭くて落ち着くって考えも、所詮は現実から逃げているだけだろ?
でも、きっかけが掴めなくて、ウジウジしてる。
そんな俺、水瀬 透羽に転機が訪れたのは、中学三年の二月のことだった_______。
2月中旬。早い所では桜の花も開花している時期だ。
俺は、親友の河ア奏佑と、近所のゲーセンに来ていた。
「あっ、ちょっ、ああー!また負けた…」
「よっしゃ!」
……まぁ、こうしているとごく普通の男子中学生である。見るからにリア充の奏佑と、人間の底辺である俺が一緒に格ゲーをしていても、周りの奴らも自分のゲームに夢中で、全然気になってる様子はない。
あ、ちなみに勝ったのは俺な?
奏佑は、こういうのが抜群に下手なのだ。今のところ俺に勝てたことは一度もない。
「もう諦めろよ」
「いや、お前に勝てるまでは……!」
そして負けず嫌い。ホントもう諦めろよ。手が疲れたし、喉も渇いたし…。
俺には一生勝てるわけないのだから!
……まあ、冗談は置いといて。
喉が渇いたな。かれこれもう2時間は飲んでない。買いに行くか。
「俺、飲み物買ってくる」
「おお、じゃあ俺コーラな!」
なんでお前の分まで……まあいいか、近いし。
自動販売機はゲーセンの中にある。俺はそこで、コーラと水を買った。コーラは120円か……。奏佑には200円返してもらおうかな。労働代も含めて。
「80円儲かるな」
「あっ、ちょっとそこの貴方ー!」
……ん?
振り返ったそこには、サングラスをかけた20代くらいの綺麗な女性がいた。
「貴方、アイドルにならない?」
…………は?
アイドル?
……それって、歌って踊るアレか?
この人は俺のどこを見て言っているのだろうか。もしかして目が悪いのか。それとも狂っているのだろうか。
「は?嫌ですよ」
それだけ言って女性に背を向けて歩き出す。
スカウトなら俺じゃなくて他の奴に言えよ。例えば……奏佑とか。ていうか、貴女、美人なんだから貴女がやればいいじゃないですか?
「ちょっと待ってよ」
般若がいらっしゃる。でもここでひく俺じゃない!
「目、おかしいんじゃないんですか?それに、友人も待たせてるんで」
「なっ!私の目が節穴だっていうの!?これでも、数々の人気芸能人をスカウトして来たんだけど!」
……うるさいなぁ。
「……分かったわ。確かに貴方の歌やダンス、見た目だけじゃ分からないものね。でも、折角の逸材を逃したくないの」
だから、とその女性は続けた。
「一回だけでいい。うちの事務所に来てみない?その友人も連れて」
「……友人に聞いてみないと分からないですけど」
_____________________________________
「え?アイドル?やってもいいけど」
即答だった。いやいやちょっと待った!
「そう、良かったわ!じゃあ、さっそく事務所に案内するわね」
「はい、よろしくお願いします。俺は、河ア奏佑と言います。こっちは水瀬透羽です」
勝手に話が進んでいく……。
「私はTOGASHI芸能事務所に勤めている、宮坂香織(ミヤサカ カオリ)よ。よろしくね」
TOGASHI芸能事務所?芸能界に疎くてテレビも滅多にみない俺でも知ってるって事は有名なのだろうか。
「じゃあ、車を用意してくるから店の前で待っててね」
そう言って、宮坂香織さんはゲーセンを出て行った。
さてと……。
「おい、本当にアイドルになるつもりか」
「んー、ちょっと興味湧いてきたくらいかな。そもそも、なれるかどうかなんて分からないし」
「それもそうだが……」
「それに、やってみれば透羽も何か変わるかもしれないぞ。今のままは流石に、嫌なんだろ?」
「……」
もしかして、奏佑は俺の為に言ったのか?
普段はバカやってる癖に、こういう時は男前だ。
……こういう所が人気の秘訣なのかな。
「全く……。俺が女だったらコロっといってたかもな」
「え、いやだよー気持ち悪っ!」
……。……………。前言撤回。俺も嫌だわ。
「………言っとくけど、俺、歌もダンス顔も人並みくらいだからな」
下手ではない事を祈るが。
「大丈夫だって。お前運動神経意外に良いし、歌は、すごく上手い」
買いかぶりすぎだと思うが。
その後俺と奏佑は、宮坂さんの車に乗って、TOGASHI芸能事務所に向かったのだった。
30分ほど車に乗り、事務所に着いた。
建物の外観はまあ……なんというか、立派だった。語彙力無くてごめん。でも、口をあんぐりと開けて、奏佑と二人で揃って固まるぐらいには立派だと思う。
正直、この建物が凄すぎて、周りにある建物が色褪せて見えてしまう。周りの建物も結構立派なのに。
「でけぇ…」
「さあ、入るわよ」
なんとか口を元に戻し、宮坂さんに続いて中に入る。
中は……うん、省略。立派って事で納得してくれ。
「さてと……。透羽くんはちょっとカットしましょうか。その後、二人とも少し弄っても良いかしら?」
「は、はい」
俺が頷くと、宮坂さんは着いてきて、と歩いていってしまった。どもってしまったのは内緒だ。髪の毛を切るのは何年振りだろうか。
俺たちは顔を見合わせて、慌てて宮坂さんについていった。
宮坂さんが入った部屋に俺たちも入ると、宮坂さんがカットの準備をしていた。あれ、宮坂さんが切るのか?
「宮坂さんがカットをするんですか?」
あ、奏佑が同じ事聞いた。
「私は美容師の免許も持ってるから大丈夫なのよ」
すげぇ。
でも、今更だけど髪の毛切る不安になってきた。今までは髪で顔を隠す事が自己防衛みたいなものだったからな。
と思っても、今更遅くて。
髪、約五年ぶりに切りました。セットもしてもらいました。でも……。
「んんん?」
鏡を見て、困惑した。
嘘だろ?俺、いつのまにか整形しちゃってた訳じゃないよな?
「透羽〜、どうだったー?ってやば!?」
奏佑がなんか叫んでいる。
「ふふふ、私の傑作よ。元はこんなに美形なのに、隠しちゃうなんて勿体ないからね」
宮坂さんが自慢げに話している。
そう。
見た目が少し良くなってるのだ。
「いや、少しどころじゃねえから!そりゃ、元は良いとは思ってたけどさ、俺、ここまでの美形の奴、今までで見た事ないからな!?」
……奏佑は何を言っているのだろう。そりゃあ、良くはなったが、実際にテレビに出てるアイドルとかに比べたら、全然パッとしないと思う。
ていうか。
「奏佑、お前の方がカッコいい」
さっきまでも十分イケメンだったが、宮坂さんに軽くメイクとセットをしてもらって、更にイケメン度が増していた。
「さてと……。二人ともとってもカッコいいわ。特に透羽くんは見違えたわね〜!私のおかげね。じゃあ、いきなりだけど、富樫社長に会いに行くわよ」
この短期間でよく分かった。宮坂さん、かなりのナルシストだよな?
「社長室は六階にあるわ。少し個性的だけど気のいい人だから安心してね」
個性的、かあ……。貴女も十分個性的だと思います。
社長はどんな人なのだろうか……。
俺たちは、社長室に向かった。
コンコンコン
「失礼します」
俺と奏佑は宮坂さんに続いて中に入る。
「待っていたぞ。良い奴は見つかったか?」
中にいたのは、二十代後半くらいのワイルドな男性だった。
「ええ。でも、まだこっちの透羽くんには了承を得ていないけどね」
そう言ったのは宮坂さん。仮にも自分の勤めている会社の社長にタメ口!?
親密な関係なのか?
「私がスカウトした、水瀬透羽くんと河ア奏佑くんよ」
「こりゃまた、すげぇ奴らを連れてきたなぁ」
社長は、関心した顔を宮坂さんに向けた。宮坂さん、やっぱり大物なのか……。
「俺は、TOGASHI芸能事務所の社長の富樫悠介だ。ここにいる香織とは従兄妹関係でもある。よろしくな!」
社長はそう言ってニヤリと笑った。そう、ニヤリと……な。
「よろしくお願いします」
それはそうと、従兄妹だったか。俺には従兄妹というものがいないから、少し羨ましいな。何せ俺の両親はどちらも一人っ子だからなぁ。
「ところで、アイドルというものは容姿だけではこなす事は出来ない。二人とも、さっそく歌を聴かせて貰おうか」
「分かりました!」
奏佑、元気良いな……。歌か……適当にやり過ごそう。
「曲は……そうね。貴方達のお気に入りの曲で良いわ」
「あの、二人で歌ってもいいっすか?パートが分かれている曲にしたいんで」
「奏佑、勝手に決めるな」
「お前も知ってる曲だし、良いだろ?それに、二人で歌った方が時間の短縮にもなるしな」
「んー……それは確かにそうだが……」
俺が渋っていると。
「あら、それでも構わないわよ。悠介も、良い?」
「良いんじゃねえか?俺はお前らの歌声を聴けたらなんでも良い」
……俺の意見、全然聞いてもらえないんですが。
「……まあ、良いですよ」
それから、俺と奏佑は二人で歌を歌った。自信はなかった。でも、いつのまにか途中から楽しくなって、二人で夢中で熱唱していた。
歌い終わった後に、社長と宮坂さんに褒められた時は、不覚にも嬉しかった。
「うんうん、思ったよりずっと上手いな。二人とも声が透き通っている。足りないのは、声量ぐらいか」
「そうね。でも、それくらいはボイストレーニングでなんとかなるわ」
声量かー。普段から大きい声出さないからなぁ。
さて、どうなるかな。
「よし、採用」
社長さん、即答でした。
「さてと、歌は大丈夫そうね。透羽くん、まだアイドルに興味もたないかしら?」
宮坂さんが俺を真っ直ぐに見つめてそう言った。社長と奏佑も俺をじっと見る。
最初はアイドルなんて面倒だと思った。どうせ売れるわけないし、やっても無駄だと思った。でも、ほんの少しの間しか接してないけど、宮坂さんや社長がとても温かい人だということが分かった。そして、奏佑と一緒に歌ったら、とても楽しくて、自然と笑顔になっていることに気づいたんだ。
「…………やります。やらせてください」
俺がそう言うと、三人はパッと笑顔になった。
俺、アイドルになります!
それからは大変だった。
学校が終わったら、歌やダンスの練習で、俺はダンスを本格的にやったことがなかったから、初めて踊ったときは破茶滅茶で転んでしまった。……恥ずかしかったぞ。うん。
それだけアイドルという仕事が大変だということが分かった。これ、デビューしたらどうなるんだろうな。売れるかどうかはわからないけど。
そして________。
「透羽、奏佑。貴方達とデビューする子達よ。」
______俺たちには、新たな仲間ができた。
「俺は、八神心翔だ。よろしくなっ」
そう言ってにかっと笑ったのは、八神心翔。茶髪で身長が177cmだという彼は、笑うとえくぼができて、気さくな感じだ。クラスの学級委員気質だな。そして、イケメンオーラが滲み出ている。
「僕は、月島李都だよ〜。みんな、よろしくね!」
人懐っこそうに満面の笑みを浮かべる月島李都。身長は164cmで、体型も小さめだ。明るい茶髪で、弟ってポジションが似合いそうなやつだ。同い年って聞いたときは思わず李都を二度見してしまった。
「……日下部颯斗。よろしく」
そう言って軽く頭を下げたのは、日下部颯斗。高身長で、184cmあるらしい。俺が目を合わせようとすると、かなり見上げることになって、首が痛くなりそうだ。そして、クール系で、今の挨拶のように必要以上のことは話さない。
「俺は瓜生柊弥っていうんだ!柊弥で良い!よろしくな!」
大声でそう言ったのは、瓜生柊弥だ。彼を一言で言うと……バカだ。そのうちやらかしそうだな。まあ、元気いっぱいでなによりですね。身長は176cmなんだそうだ。1cm負けた……。
この4人は言うまでもないが、かなりの美形揃いだ。そこに奏佑も加わるから、5人だな。俺がこの中に入ったら……うわあ、なんかいたたまれない。
俺と奏佑も4人に自己紹介をした。4人とも温かく受け入れてくれる。まだ会ったばかりだけど、このメンバーとなら、上手くやっていけそうな気がした。
「みんな、仲良くなれたみたいで良かったわ。改めまして、貴方達のマネージャーになります、宮坂香織です。よろしくね」
宮坂さんが、とびっきりの笑顔でそう言った。宮坂さんがマネージャーで良かった。
「さっそくだけど、貴方達のグループ名を発表するわね」
グループ名!?まじか。
「まず、リーダーは心翔くんね」
「えっ!?」
心翔が驚きの声をあげる。
「ま、待ってください!なんで俺なんですか?」
「貴方はリーダーシップがあって、みんなを引っ張っていく力があると、社長が太鼓判を押したの。社長はね、あれでも厳しい性格だから人を認めることが滅多にないのよ。その社長がそう言ったんだから、自信もって良いのよ?」
といっても、社長は貴方達全員を認めてるけどね、と宮坂さんは続けた。
それだけ俺たちは期待されてるってことなのだろうか。
「……わかりました。俺がリーダーを務めさせていただきます」
心翔が真剣な表情でそう言って、俺たちに頭を下げた。
「リーダー頑張って!」
「俺たちもサポートするからさ!」
「困ったことがあったらいつでも相談するよ」
俺たちは口々に心翔に言った。
「ありがとう。なんだか俺、このメンバーだとやっていける気がするよ」
心翔はホッとした顔で笑った。
「さてと、そろそろグループ名の発表をするわ。貴方達のグループ名は……」
宮坂さんはそう言ってから一旦話を止め、俺たち一人一人の顔を見た。
「……グループ名は、ritzy rushよ。このグループ名で、みんな頑張ってね!」
ritzy rush……。俺はその言葉を心の中で繰り返した。これが俺たちのグループ名。
温かい仲間たちと共に、胸を張ってこの名前を名乗れるように頑張ろう。
俺は、そう思った。
アイドルになる事を決めてから丁度一ヶ月後の三月中旬。卒業式を直前に控えた日。
_________俺はritzy rushとして、デビューを果たした。
まず、デビューシングルである『Signal』は週間ランキングで一位を獲得。
その影響で様々な雑誌に依頼され、俺たちはどんどん知名度を上げていった。
最初のデビューシングルの広告の仕方が良かったのかもしれない。
正直、ここまですぐ売れるとは誰も思ってなかったけどな。確かに、曲はとても良い曲だが。
あの有名なTOGASHI芸能事務所が新たに売り出すritzy rushは、あっという間に世間の注目の的になったみたいだ。
少しプレッシャーだが、メンバーたちと一緒にそれも乗り越えていこうと思う。
「みんな!テレビ出演の仕事が来たわよ!」
満面の笑みを浮かべる宮坂さん。
これは喜ぶべきなんだろうな。念願のテレビ出演なのだから。
でも……テレビ、怖い!
絶対緊張して全然喋れなくなる気がする。
まだまだアイドルの試練は続くようです。
……テレビ、コワイ!
結論から言うと、無事にテレビ出演は果たした。まあ、当たり前だが緊張した。
『さて!お次はなんとデビューシングルでオリコン週間ランキング一位を三連続でとった、ritzy rushの登場です!』
その女の人の司会の言葉と共に、俺たち6人は登場した。その時に、観客の反応がかなり良かったことにホッとしたのは覚えている。
ああ、そうそう。週間ランキング、三連続一位だったんだ。あまりそういうの他に見たことがないから、すごく驚いた。
あとはリーダーである心翔が機転を利かせながら進めてくれて、大助かりだった。
本当に心翔は頼りになる。他のみんなもスタジオの笑いをとったりしていて、本当にテレビ初出演なのか疑問に思ったくらいだ。
俺も足を引っ張らないようにしないとなぁ。あまりトークできなかったし。
他に出演したアーティストたちも、一部ライバル意識を向けてきた人たちはいたが、大体はにこやかな笑顔を向けてきてくれて、とてもありがたかった。
「はぁー、緊張したぁ〜!」
そう言ってホッと息を吐いたのは、李都だ。その童顔に疲れを滲ませている。
「……でも、楽しかったな」
「おう!夢への一歩を踏み出したって感じ!」
小さく笑みを浮かべる颯斗と、思わず頬が緩んでいる柊弥。
「…?柊弥の夢ってなんだ?」
俺は問いかける。他のメンバーも興味津々って様子だ。
「もちろん、ritzy rush海外進出だ!」
「「「「「えっ!?」」」」」
目標たかっ!でもそのくらいの夢を持っておいたほうが良いのかもな。
柊弥のことはただの馬鹿でお調子者だと思ってたけど、俺よりもずっと将来のことを見据えている。
海外進出か〜。
「……今のままじゃあ、駄目だろうな。もっと経験を積まないと」
そう言ったのは奏佑だ。
「でも、良いんじゃな〜い?これからだよ、僕たちは」
「そうだな、じゃあ、最大の目標として、ritzy rushの海外進出だ!」
「ハードル高っ!」
「まあまあ、最終目標だし、な?」
「柊弥たまには良いこと言うじゃん」
「だろ?……ってたまには?」
……。うん。
「俺、このメンバーなら可能性あるんじゃなないか、って思う」
俺は素直にそう口にした。
「〜〜〜ッ!透羽〜!」
柊弥が抱きついてくる。って、なんで?やめろ!
「抱きつくな。きもい!」
「そんなあ!?」
この脳内お花畑野郎。
何を隠そうこの男。出会った時からいつも俺に抱きついてくるのだ。いや、泣きついてくると言ったほうが正しいか。
正直、きもい。柊弥、お前ソッチなの?
……別に軽蔑はしないよ?偏見はあるけど。
でも、抱き心地良いのは俺じゃなくて、李都だと思うんだけど。
「うー、まあとにかく!それが俺の夢!そして、俺も透羽と同じでこのメンバーならいける気がする!」
「それは同感だな」
「うんうん!」
「______これでritzy rushの方針は決まったな。でも、気は抜くなよ?油断は禁物だ」
奏佑は、俺たちの顔を見た。
うん、そうだ。油断が失敗に繋がる。
よく新人にある話だな。
……これからも忙しくなりそうだ。
あれから、俺たちはその後の仕事もなかったため、それぞれの家に帰ることにした。現在の時刻、20時48分である。
「ただいまー」
「あ、透羽兄、おかえりー!」
「透羽〜!待ってたわよー!」
そう言って出迎えてくれたのは、弟の慶透と姉の透華だ。
まず、姉の水瀬透華(ミナセ トウカ)。新高三で、ファッションモデルをしている。結構人気らしい。少し贔屓目はあると思うが、俺が実際に会った女性の中では一番美人だろう。もちろん宮坂さんよりも美人だ。
そして、弟の水瀬慶透(ミナセ ケイト)。新中二で俺と同じ中学に通っている。クラスで煙たがられてる俺にも気にせず廊下などで話しかけてくれる、良い奴である。部活は、バスケで、エースらしい。言うまでもないが、美形だ。
この二人は、俺がアイドルになる、って言った時、一番に喜んでくれた。
テレビ出演する、って言った時には即録画してたし。
父さんと母さんは海外で仕事中である。二人とも、社長というわけではないが、それなりの地位らしい。アイドルの事を話した時は、とても驚いていたが、了承してくれた。
まあ、俺の家は普通の一般家庭だ。みんなありえないくらいの美形だけど………なんで俺だけ……なんで俺だけ!
「なあなあ、テレビ出演、どうだった?放送が楽しみだなあ」
「誰か歌手とかに会えた!?」
二人とも、玄関先で詰め寄るなよ……。そして、同時に質問するな!
「なんとか乗り切ったよ。有名人にもたくさん会えた」
俺は二人に簡潔に説明した。
「ritzy rush、凄いなー。そのうちの一人が透羽兄なんてね」
慶透は世の中不思議な事もあるもんだ、という風にうんうんと頷く。
「そうね。あの引っ込み思案な弟がステージの上に立ってるなんて、二ヶ月前の私は想像もしてなかった」
「そうだね。でも、実際に俺は今日ステージの上に立った。緊張はしたけど、堂々と立てていたと思う」
そうだ。奏佑たちがいたから俺は安心できたんだ。また感謝だな。
「透羽、おかえり」
突然、奥から声がした。母さんだ。あれ?日本に帰ってきてたのか?
「ただいま。なんでここに?」
「休みを少し貰ったのよ。明日は卒業式でしょう?後、高校のことで話があるの」
母さんはそう言って微笑んだ。
「あなた、県立の高校に行くことになってるわよね。だけど、芸能科がある高校に移った方がいいって、富樫さんから連絡があったのよ」
そうなのか?俺、社長から何も聞いてないんだけど……。
「でも、制服とかもう用意しちゃってるだろ?」
「そうなのよね。だから、大変だと思うけど、このまま変装して通ってくれないかしら?」
実は、髪を切ってから中学校へは変装して通っている。元の髪型に似せたダサいウィッグと眼鏡だ。単純だけど毎朝だから、結構面倒くさい。
奏佑は変装しないで通っているから、デビューした直後はかなりの注目の的になってしまっていた。どんまい。
それにしても、高校でも変装かぁ……。
「もちろん、奏佑くんも同じ高校だから変装することになるみたいね」
ああ、奏佑もか。1人じゃない分、まだ安心感があるな。
「うーんと、別に県立でも変装しなくていいんじゃないの?」
慶透、確かに。多少目立つだけなら、変装しなくても問題はない気がする。
「慶透、よく考えてみて。例え高校の生徒達が大人しくしていたとしても、ファンは沢山いるのよ!」
「そう。高校にritzy rushのファンが毎日待ち伏せとかしてたら迷惑になるでしょう?」
母さんと姉さんに論破された慶透は、「ああ、そうか〜」と納得したような顔をした。
「……うん、分かった。変装していくよ」
ようはあまり目立たないように気をつければ良いってことだ。うん、今までと同じようにしてれば大丈夫だろう。
この時の俺は、かなり楽観的に考えていたのだった。
________卒業式。
俺は正門の前からもう見慣れた学校を眺める。
三年間お世話になった校舎とも、もうお別れだ。三年間なんてあっという間だよな。
俺は最後までクラスに馴染めなかったけど。
「透羽ー。写真撮影だってよ」
奏佑はアイドルになってから、元々人気者だったのに、更にモテるようになった。今日までに女子に何回告られていたことか。羨ましいな。
「透羽ー?」
俺たちは中学校を卒業して、県立高校に入学する。
期待と不安が入り混じったような……、そんな気持ちだ。
それは新しく出会う人達のことや……変装のこと。いくら地味に……と言っても、限度がある。あまりみすぼらしくしすぎたら、イジメもおきるかもしれない。
正直、今までの俺がいじめられなかったのが不思議なのだ。煙たがられてはいたけど、それだけだった。
「おーい」
新たな高校生活。
どうなるのか。不安だ。
「透羽!!」
「っうわ!…奏佑?」
びっくりした。いつのまにかぼーっとしてたみたいだな。
「全く!さっきから呼んでんのに……」
「悪い!考え事してた。記念撮影な?早く行こうか」
「……お前は一人じゃないんだからな」
__奏佑のその言葉に、胸が温かくなった。
分かってる。俺は色々な人に支えられている。
特に、奏佑。まだ言っていなかったと思うが、奏佑とは小学校からの仲だ。と言っても、その頃にはもう俺の髪は長かった。
俺が、奏佑の通っている小学校に転校してきたんだ。小学五年生だっけ。俺たちはすぐに仲良くなった。……奏佑以外の友達はできなかったけど。
俺は一人で転校してきたんじゃなかった。もちろん慶透は小学三年生で転校した。
そして俺と同じ学年にも、転校してきた人がいた。
そして、その一年後に、事件は起きた。
まだその事件のことは言う勇気がない。
_________あいつは、今、どうしているんだろう。
ねえ、俺はもう大切な仲間に出会えたよ。だから、前を向けている。
…………お前は、大丈夫?
「だから、透羽!!」
いきなりの奏佑の声に、ハッとした。まずい、またぼーっとしてたらしい。
「……あいつのこと、まだ諦めてないんだろ?」
「……ああ」
「俺もだよ、透羽。少しずつ、手がかりを探していこう」
本当に俺は、良い親友を持ったものだ。そうだよ、俺は一人じゃない。一人で行動すると、ろくなことがないのは、良く知ってる。
____今は、前を向いて頑張ろう。あいつの前に、胸を張って立てるように。
?side
あ、透羽がテレビに映ってる。今日もかっこいいなぁ。もちろん奏佑も。
透羽をテレビで初めて見たのは、偶然にも透羽がデビューして最初の歌番組だった。
一言で言うと、驚愕。透羽をテレビで見つけたのもそうだが、初めてなのに、こんなにも息の合ったパフォーマンスができるなんて。
透羽に、仲間が出来た。それも最高の。
昔、僕と透羽は、いつも一緒にいて、一心同体という言葉がよく当てはまっていた。
性格は正反対だったけどね。透羽は内気な性格で、僕の方がほんの少し年下なのに、いつも僕の後ろに隠れていた。僕はそんな透羽をいつも引っ張って歩いていた。
テレビでの透羽を見た限りだと、内気ではなくなったのかな?成長したんだね。
もう何年も会ってない。前は一緒にいない時間のほうが少なかったのに。
透羽、心配してるかな。もしかして、探してくれているのかな。
君と離れている僕にはなにもわからない。テレビでしか、君の様子を知ることが出来ない。
ただ、僕の心はいつもぽっかりと半分穴が開いたような感じだ。
なんで僕ばっかりこんな目に、とか、たまに思う。透羽は家族や仲間に囲まれているのに。
探してくれているといいな……とか、思ってしまう。僕だってまだ子供だ。結局は何もできない。大人についていくことしか。
でも。僕は諦めてなんかない。
また、透羽に会うことを。
その為には、この状況を抜け出さなければならない。
地獄から……____。
少し前までは、抜け出したいとさえ思っていなかった。だってもう、諦めていたから。
でも、テレビの中で真剣に、でも楽しく歌って踊る、透羽に胸を打たれたのだろう。
まだ可能性は残っているんじゃないか。抜け出すチャンスは、あるんじゃないか。
「○○」
その声で、一瞬で現実に引き戻される。
「なにをしている。まだなにも終わってないじゃないか」
この人は、内閣府大臣政務官で、政務官の中でもかなり有名だ。
しかし、その裏は、なにも仕事をせず会議のとき以外いつも遊んでいる。
仕事は、全部僕に押し付けて。僕が働いた分のお金で。
ああ、どうせ今日も遊んできたんだろう。かなり酒の匂いがする。
僕はこの人の良い駒だ。あの日から、それはなにも変わらない。
「申し訳ございませんでした。すぐに終わらせます」
正直、仕事の内容は、高校を入学すらしてない子供がやるにはかなり荷が重い。
それを毎日、ずっとだ。おかしくならないのが不思議なくらい。
最初は僕も逆らっていた。だけど、反抗するたびに、暴力。それが一晩中。
そのうち、反抗もしなくなって今では、もうこの生活も慣れてしまった。
それがすごく怖い。
このまま感情もなくなって、ずっとこいつの機械として使われることになりそうで。
透羽…僕の○○の○。
助けて。
卒業式が終わり、春休みはritzy rushの仕事に追われながらあっという間に過ぎた。
今日は高校の入学式である。
俺と奏佑が入学する学校。それは光月高等学校という。『こうづき』と読む。
ちなみに、ベートーヴェンで有名な作品の1つは、『月光』だ。
「うーん。『光る月』かぁー。『月の光』のほうがなんかかっこよくね?」
これは、この学校の存在を知った時の奏佑の言葉だ。
まあ、学校名にあれこれ言っても仕方ないけどな。
まあとにかく、今日は入学式。変装もバッチリだ。ちなみに、宮坂さんが言うには変装テーマは『ガリ勉優等生くん』である。分厚いメガネに七三分けのウィッグ。少し目元は隠れる為地味な印象を受けるが、そこまで気にならない程度だ。
そして奏佑はなんと、『根暗オタクくん』だった。もじゃもじゃのウィッグに丸メガネ。宮坂さんは面白がって瓶底メガネをつけさせようとしてたが、流石に諦めてもらった。
あと、光月高校の制服は結構かっこいいぞ。男子は紺色のブレザーに、チェック柄のネクタイとズボン。女子はズボンではなくスカート。ネクタイとズボン、スカートの色は赤だ。どうやら、今の一年は赤色、二年は緑色、三年は青色らしい。
クラスは、六クラスあって、俺は一年一組だ。奏佑は二組だった。同じクラスにはなれなかったけど、教室が隣同士だから良かった!たぶん俺、ぼっち化するからなぁ……。
…うん、虚しくなってきた。あっ、でも奏佑も友達できないかもな。だってオタクルックだし。みんな外見しか見ないからね。中身を見ようとしない。俺もその一人なんだろうけど。
この学校の校則は割と自由だ。一応進学校だから、それなりに常識のある者が多いからだろう。決まりって、できないから生まれるんだもんな。
ただ、遅刻や無断欠席などにはとても厳しいそうだ。……どうしよう。
ここまで呑気に話していたけど、俺、思いっきり遅刻なんだが!!
ただいまの時刻、八時五十六分。学校に着くまであと約十分。入学式開始は九時ジャスト。
絶対間に合わないよな〜。うん、いいや、諦めよう!
この後、着いたら名前も知らない先生にめちゃくちゃ叱られたのだった…。
結局、入学式に途中参加することになった俺は、体育館内の全員の視線を集めることになった。
とにかく、とても目立っていた。入学式に遅れるとか、ホント恥ずかしい……。今も、俺のことをチラチラと見てくるやつがいる。どうせ、『うわぁ、ガリ勉が来たー』とか思ってるんだろう。
ふと、その中で二つ、違う視線を感じた。その内の一つの視線の先を辿ると、とある男子生徒がいた。髪を金に染めていて、耳にピアスをいくつもつけているので不良かと思えば、ブレザーのボタンは全て閉まっているという、アンバランスな奴。よく見ると顔立ちは整っている。
なんだ?な、なんでそんな熱い目でこっちを見てるんだ?俺、あいつと面識無いよな?
そいつからそっと視線を外し、もう一つの視線の先に目を向ける。あっ、奏佑……だよな?あのモジャモジャ具合はきっとそうだ。
……うわあ。こいつ、笑いを堪えてやがるな。口元がヒクヒクしている。頬が緩みかけている。
…………薄情者め。ひどい。
そんなこんなで、内容もろくに聞かないまま、入学式は終わった。しょうがない、奏佑の視線がうざかったんだから。
入学式が終わって、初めて一年一組の教室に向かう。他の人たちは、先に教室に入って荷物を置いてから入学式に参加したみたいだけど、俺は遅刻したせいで教室に一度もいけなかったのだ。
俺の席は廊下側の前から二番目だった。名前の順になっているので、窓側の一番前が出席番号一番の人だ。うーん、二番目か。微妙だな。まあ、一番前にならなかったのは良かった。
そして、クラスの雰囲気。……これはどうなんだろう。入学式のときにも感じていたことだが、向けられる視線がいたたまれない。みんな、俺を見てなにかを言ってる気がする。
と、悶々としていたら、前の席の奴がバッと振り返ってきた。あっこいつ、さっき入学式のときに熱い視線を送ってきた奴だ。近くで見るとかなりのイケメンだ。芸能界にいそうな顔。
「なあなあ、お前、俺のこと知ってる?」
……はあ?俺は眉をひそめる。すると、目の前のイケメンはずずいっと顔を近づけてきた。
「うーん、やっぱ知らないかぁ。俺、お前の顔、なんか見覚えあるんだけどな」
知るわけがない。それとも前にどこかで会ったことがあるとか?
____もしかして、正体がバレかけている!?
「見間違いじゃないのか?俺、お前のこと知らないけど……」
顔に焦りが出ないようにして、誤魔化す。
「んー、そっか、そうかも。悪りぃ、俺の勘違いだわ」
そいつは俺の焦りに気付かず、すぐにへらっと笑って頬を掻いた。
案外、単純・素直なのかもしれない。でも、要注意だな。無駄に洞察力が鋭い。
「俺は松島翔(マツシマ ショウ)って言うんだ!翔でいいぜ。お前、入学式で超目立ってた奴だろ?」
「ん…俺は、水瀬透羽。よろしく」
よし、ちょっと変な奴だけど、これで覚悟していたぼっち生活は無くなった!
「ていうかお前、入学式遅れるとか!」
翔はハハ…ッと笑い出す。
うわー、人の失敗を笑うとか、ないわー。俺の自業自得だけどな!
「こ、これでも時間に間に合うように家を出たつもりなんだよ。だらだら歩いてたから遅れただけで……」
「まぁ、失敗は誰にでもあるもんだよなぁ」
翔くん話が分かるぅ。
まあ、これからも遅刻・早退はアイドルの仕事上避けられないことなんだけどな。
「みんな、はよー。早く席につけー」
担任らしき男性が教室に入ってきた。ボサボサの髪に、着崩した服。いいのか教師が着崩して?顔は割と整っている。
生徒が全員席に着くと、担任の自己紹介が始まった。担任は黒板に自分の名前を書く。
「俺は、佐々木 潤成(ササキジュンセイ)という。この1−1の担任だ。27歳独身。好きな食べ物はいちご。みんな、面倒事だけは起こすなよ。以上!」
いちごって……なんか可愛いな。
そして独身。結構イケメンなのになんでだろう?面倒くさがりだからか。
「さて、いきなりだが全員自己紹介をしてもらいたい。一応名簿は見たが、本人の顔を見たほうが分かりやすいからな。面倒くさいが」
“じゃあさせるなよ!”
クラスメイト達の心の声が初めて重なった瞬間だった……。
「ん、じゃあ出席番号1番から適当に。あ、一言で良いからなー。他の奴らはなんか考えとけよ」
俺たちの心の叫びを華麗にスルーして、怠慢教師はそうおっしゃった。
出席番号1番の男子生徒が喋っているのを聞きながら、俺は考える。
うーん、自己紹介ってなんて言えばいいんだ?……ていうか、さっき普通に翔と話しちゃったけど、俺がアイドルだってバレないように、話し方変えたほうが良かったのか?
さっきは焦ってたからなぁ。これから、ドラマとか出る“かも”しれないのに、あれで焦ってるんじゃ、演技なんて無理じゃね?
はい、俺の演技ダメダメ説、浮上。
……いやいや、さっき翔も言ってたけど、誰にでも失敗はあるものだし?逆に、一回も失敗したことない人が可笑しいし?人生、失敗は付き物だって、おばあちゃんが言ってた。
ちょうど、俺の前の席の翔がその場で立ち、話し始めた。翔の次が俺だ。
「どうもー!俺は松島翔だよーん。一言だけって言われたからあんまり喋れないことがすっごく残念デース!よろしくな☆」
そう、綺麗に並んでいる白い歯を見せ、翔は笑った。
……個性が強いな。聞く人によってはイライラする話し方だぞ。と言っても、周りの人の反応を見る限り、結構好印象のようだ。やっぱり、所詮は顔なのか……。
そして、一言だけっていう試練は、翔には無理だと思う。というか、他の人も本当に一言だけって人はいなかったように思う。自分のこと考えてたからあまり聞いてないけど!
さて、次は俺か。ぼく、がんばる。
「………ぼ……みな……とわ……よろし…」
なんて言ったか完全に聞き取れた人は果たしてどれくらいいるのだろうか。
『僕は、水瀬透羽です。よろしくお願いします。』
俺は目指す。ウルトラ超絶無口系ブサメンガリ勉くんを!!
うん、なんか長いな?略して『超ブサ』!
……ネーミングセンスをどうか俺に求めないでください。お願いします、まじで。
「なに、アレ。超ウケるんですけどー」
「うわあ、中身も根暗なのかよ」
「とんだ貧乏くじ引いちまったなー。ま、このクラス美少女率高いし、いいかー」
「お前はは美少女いればなんでも良いのかよ!」
「ああ、当たり前!」
「あーあ、このクラスで期待できそうな男子、松島くんしかいないじゃない」
「最悪ー!」
「それに、ritzy rushの『透羽くん』と同じ名前とか……」
ひそひそ、ひそひそ。
自己紹介タイムが終わってからも続く、俺に向けての言葉。胸に刺さる!
でも、これで俺=アイドルには結び付かないだろう。明らかにritzy rushの俺とは違いすぎるもんな。
そして、俺の前で爆笑してるクソが約1名。
翔だ。
「あっはははは!!!お、おま!なんだよさっきの自己紹介!」
うざい、そしてどうやって誤魔化そう?
1、シカトする(寝たふりor教室から出る)
2、笑って流す
3、白状する
……3はダメ、なし、ありえない!
でも、翔には素を見せちゃってるからなぁ。痛恨のミス。誤魔化しきれるか?
「……さっきのは……キャラ……おかしかっ……で」
『さっきのはキャラが可笑しかっただけです』
「キャラが可笑しかった?あんな流暢な喋りが?」
まずい。疑われてる。
「……素……こっち……」
「うん?素はこっちで、最初のフレンドリーさは例外ってことか?」
別に普段もフレンドリーなわけじゃないけどね。それを言うならお前のほうじゃね?
「……そ…」
「そうか。納得した!」
……翔がバカで本当に本当に良かった。
今日は入学式があったため、午前中で帰ることができる。翔と駄弁りながら帰る準備をしていると、この一年一組の教室に、いきなり黒もじゃが飛び込んで来た。
言わずもがな、奏佑くんである。
「たのもーう!!」
他人のふりしたい!
……お前、そんなキャラだったっけ?いや、元からテンション高い奴ではあったけど、ここまでではないと思う。
「おー、すげえ髪型……」
バカな翔も言葉を失っている。
奏佑は、教室内を見て、大声で叫んだ。
「水瀬透羽はどこダーーー!!!」
これほど俺の名前を呼ぶな!と、思ったことはない。
お前、学校ではそんなキャラにしてんの?根暗な姿にミスマッチな性格……。
いや、俺も人のこと言えないけどね?
「あーー!!いた!!!俺が呼んだらすぐに来ないとダメなんだぞ!!」
えっ、うざっ、無理。今の奏佑の性格。自己中を演じてんの!?
「えっ、うわ。こいつヤバくね!?透羽、あいつと知り合いなの?」
翔が心配そうに俺を見る。もちろん、
「……知り…あい……じゃ……な……」
知り合いじゃないです!
嘘は言ってない。こんな性格の奴とは知り合いじゃない!
「おらっ!透羽、一緒に帰るぞっ!!」
俺を見つけた奏佑はこちらに走ってきて、俺の腕を掴んだ。痛い痛い痛いやめて。
「透羽!…おい、お前なんなんだよ」
翔が心配そうに俺の名前を呼んで、奏佑を胡散臭げに見つめる。さっきの発言で勘違いしてしまっているけど……、一度そのままで通すことにする!
「ひっ……誰……ですか……!」
俺、怯える演技、ちょっと上手いかもしれない。
「何言ってるんだ!!俺はお前の親友だぞ!!……ぷっ」
おいこら最後こっそり笑うな!仕方なかったんだよこのキャラは!それに、お前も人の事言えないんだからな!
「意味わからない事言うなよ!さっさと行こうぜ!!!」
「……やっ……め……!」
そう言って、掴んでいた俺の腕を思いっきり引っ張った。だから痛いって!
「(これからすぐに仕事が入ってるから、マジ急がないと!)」
奏佑が視線でそんな風なことを訴えてきた。いや、心が読めるわけじゃないから憶測でしかないんだけどな。
「……翔……俺……この後……用事……ある…」
「そうなのか?それじゃ、やっぱりこの人と知り合いだったってことか……」
「…ん……ごめ……知り合い……て……思われ……たく……なかっ……」
「おい、それ、どういうことだよっ!!?」
うん、ごめん、奏佑は一旦黙ろうね。
「それは確かに……じゃあ、また明日!」
翔は納得してくれたみたいで良かった。『確かに』って。奏佑、言われてるぞ〜?
「ん……また……」
「お前ら、この俺に対して失礼じゃないのかっ!!!謝れっ!!」
そのキャラ、ホントうざいからやめて……。
俺は翔と別れて、喚いている(演技)奏佑をなんとか引きずって教室を出たのだった…。