八割がた僕ら

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1:◆8o:2019/05/03(金) 10:13



色んなお話をかこうかなあと

2:◆8o:2019/05/03(金) 12:40

◆1-1


「僕と契約して魔法女性になってよ!」

そんなどこかで聞いたようなセリフと共に、そいつは現れた。
馬鹿みたいな勢いで覆いかぶさってくる瓦礫の向こう側から閃光が閃いたと思ったら、そのコンマ数秒後には世界が静止していたのだ。
空中に浮きっぱなしの瓦礫やら、恐怖やら驚愕やらの表情のまま黙りこくった両親に妹やら、その髪の風に殴られた形やら、銅像みたいに綺麗に固まって。時間が止まったってことなのかもしれない。それは分からない。

だってつい数日前まで、なんの能力も後ろ盾も持たない、どこにでも居る高校生だったんだから。

3:◆8o:2019/05/03(金) 12:42

◆1-2


20XX年10月4日。一昨日。今日から2日前。の、午後4時50分。
世界は滅亡した。
いや、まだしてない。してないけど、遅かれ早かれそうなるのだから、全ての生命が潰えるのだから、いつをどう呼んだってどうでもいいことだ。後になって研究する人も居ないし。
それまで私たちは――年上の彼氏がいる学校の同級生とか、身だしなみチェックがウザい教師とか、帰り道で合流したいつでもパーフェクトにかわいい妹とかは――とても平凡で、どうでもいいような日々を送っていた。
それなのに。
ちょうど自動販売機でジュースでも買おうとしていた時だったと思う。
世界がなんだかピンク色がかって見えて。
妹もそう言ってたし、実際周りを見回してみても変わらなかったから、最後に顔を上げたら。
空が。真っ赤。嘘みたいに。
夕焼けみたいな繊細な綺麗な色じゃない。絵の具で塗りたくったような、単調で下品な色だった。
それに戸惑ってぼんやりしているうちに、町中――国中? 世界中かもしれないけど。とにかく、物凄い爆音が鳴り響いた。
低くて高い。サイレンのようでもあり、生き物の鳴き声のようでもある。
鼓膜が破れそうに痛くなって、目をつぶって耳を抑えた。相当大きな悲鳴も上げたと思う。謎のサイレンにかき消されて、耳には届かなかったけど。

4:◆8o:2019/05/03(金) 12:44

◆1-3


それからの記憶は、ほとんど無い。
気がついたら家が崩れてて。家族みんなで野宿して。『悪魔』から身を隠して、時に撃退して。
でも、この町にはもうほとんど人はいなくなってしまった。世界が日に日に赤みを増していくのは、空のせいだけじゃないはずだ。
友達もみんな、瓦礫の下に埋まっている。
私達は運が良かった。
でも、避けきれない量の瓦礫が雪崩てきて、それもここまでかなって。
それなのに。

「僕と契約して魔法女性になってよ!」
「…………」
「僕と契約して魔法女性になってよ!」
「…………」
「僕と契約し」
「待って待って待って」
まったく憎たらしいことこの上ない瓦礫たち。それを背景に浮かんでいるのは。
なんというか猫なのか兎なのか鳥なのかはっきりしない上に人語を解す直径30cm程度の謎キメラ生物。
そいつが言うことには。
「僕と契約して魔法女性になってよ!」
「選択肢ミスるとループする設定なの?」
ていうかそこは魔法少女じゃないの。ていうかおまえ誰。ていうか今それどころじゃないし頭も着いてこれてない。
一応、辺りを360度見回してみる。
動くものはない。風すら吹かない。音もない。
「……これ、君がやったの?」
「そうだよ!」
そうなんだ。
……まあ、今さらファンタジーおよびダークファンタジーっぽいことに抵抗を示せるほどこの世界は平和じゃない。私は適応能力、高い方だし。
この状況下において私が頼れるのは、私自身とこのキメラしかいない。
「……えっと」
「なぁに!?」
「君は、私の味方なの?」
「もちろん!」
本当かどうかは分からないけど、これで一番気になってたことは確認できた。ていうか、正直言って疑っている余裕はない。
「僕は君を助けるために来たんだよ!」
自分から教えてくれるらしい。助かる。
「君および君の家族を助けてあげる! ただし条件があるよ!」
「牛の心臓を捧げるとか?」
「全然違うよ!」

5:◆8o:2019/05/03(金) 12:45

◆1-4


キメラの説明を要約すると。
キメラの名前はヴェノス。この世界とは本質的に異なる領域に存在する『魔法界』からやってきた、大統領の補佐官みたいな立ち位置。
本来ならこっちの世界――『人間界』と呼ばれる、わかりやすい――とは未来永劫関わることはなかったはずが、何者かが『魔法界』と『人間界』を繋げるトンネルを開設してしまう。
結果、『魔法界』だけの存在である『魔物』が『人間界』に流入してしまった。
「『人間界』の生物には多大なるご迷惑をおかけして申し訳ないよ!」
「タメ口で言うことじゃないよねそれ」
「で、本題だよ!」
「聞け」
「さっきも言った通り、君を助けるよ! 君の家族を安全な場所に誘導して暖かい食事と寝床、清潔な水と衣類を提供するよ! しばらくは窮屈かもしれないけど、なるべく早く全ての魔物を討伐して世界を元通りにするよ!」
魔物の討伐。それはかなりの労力を必要とするだろう。こんな喋り方でも一応の責任はあるらしい。
それに、衣食住を提供してくれると言うのだから、それが本当ならやっぱり少なくともこいつは悪い奴じゃない。
隣で固まっている妹や両親を眺める。私だって、もうお終いだと思ってた。でも。助かる。
嬉しい。
「……よかった……」
視界がじんわりと滲むのを感じて、急いで袖で拭う。
閉じたまぶたに押し付けた袖はちゃんと水を吸っているはずなのに、目から溢れる涙は量を減らさない。
どうにかその全部を拭いきると、顔を上げてヴェノスを見つめる。
「……ありがとう……!」
彼はなんだか困ったような顔で頷いた。
「これからよろしくね、……」
「……みやせ、はるか」
動揺しすぎて呂律があんまり回らない。
それでも彼は嬉しそうに、猫っぽい尻尾をひと振り。
「うん! よろしくね、ハルカ!」
「よろしく。……ヴェノス」

こうして、私とヴェノスは出会ってしまったのだ――本当なら信じられないことのはずなのに、私はそれを飲み込んだ。確かな引っ掛かりと共に。

ちなみにヴェノスの声は普通に成人男性のものです。


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