ひとくち

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1:にんじん◆nDQ:2019/07/06(土) 16:44


ひとくちサイズの短編集です。多分。
本当に短くて、読み終わりまでに五分もかからないものが中心だと思います。
長編ものが長続きしなくて……お試し的に建てたものなので、急失踪しても悪しからず。

コメントなどいただけると励みになります。アドバイスも大歓迎です。
よろしくお願いします。

2:にんじん◆nDQ:2019/07/06(土) 17:32


#1


私以外誰もいなかった家に、鍵を回す音が聞こえた。いつもは何故か自分の家なのに、大抵鍵を開けるのに手間取ってしまう母が、今日は一回で鍵を開けた。あからさまに機嫌の悪いただいまが聞こえてくる。暇つぶしと息抜きを兼ねてしていたゲームのコントローラーを机に置き、ご機嫌取りと気遣いを半々にして、母の荷物を引き受けた。

しばらくすると、母の機嫌は直った。まるで劣化の進んだテレビみたいに、一度機嫌を悪くすると主電源を落とす(つまり寝る)ことでしか機嫌は直らないのだが、今日は珍しくすぐに直った。珍しいことは続くらしい。相変わらずリビングのテレビは機嫌が悪いままだが。それはさておき、どうしてこんなにも機嫌がいいのか。その理由を訊ねてみると、

「前から連絡先交換したかったママ友さんとね、ついに交換できたのよ、連絡先!」

との返事が返ってくる。なるほど、だからこんなにもウキウキとスマホをいじっているのか。まるで初めてスマホを渡された子供のようにはしゃいでいる。一時間超にも及ぶPTAが終わったことによる解放感も相まっているのだろうか。しかしママ友がどうたら、という話は、娘である私にとっては正直どうでもいい。取り敢えず願うとすれば、そのママ友さんの子供が、苦手な人じゃないといいな、くらい。今度一緒に遊びましょう、なんてなった時にはもうたまったもんじゃない。ゲームを再開するために再びコントローラーを手に取り、誰の母親と交換したのか訊くと、

「一組の蒼太くんママよ」

と弾んだ声が返ってくる。

「そっか」

と素っ気ない返事をしたはいいものの、内心予想だにしない展開に心臓の音は急加速していた。一体どうして、とかそんな質問をしたいけれど、平静を装う。

「蒼太くんママね、“うちの蒼太も雪ちゃんのこと大好きで、一緒にいると楽しいって言ってましたよ〜!”って送ってきてくれたんだよ」

蒼太くんの母親の真似ーーあまり上手くはないがーーをしながら、嬉々として喋る母。ちょっとはその気があるってことかな? かな? と思春期真っ盛りの子供のように言う母に、「どうせ社交辞令でしょ」と返す。

私の後ろで、んもう、と呟く母の声が耳に入っていないフリをして、ゲーム画面と向き合った。
当たり前だ。社交辞令に決まっている。だいいち、もう小学生ではないのに、何が異性同士で大好きだと、一緒にいると楽しいだのと言うのか。これは蒼太くんの母親に当たってもどうしようもないことだがーーこの時期の女子に、見え透いたお世辞というのは劇薬と言っても過言ではないのだ。もう少し昔なら、そりゃあもうバンザイをして飛び跳ね回っていたかもしれないが、今はそうではない。頭の中が晴れない霧に覆われるだけになる。

「でもさ、ワンチャンあるかもしれないでしょ? 雪ちゃんは自分を卑下しすぎなのよ。お母さんの娘だから、顔立ちは悪くないはずだし!」

(親バカ……)

しかしワンチャンスなど、どう足掻こうとない。それが、母の言っていたことがもし仮に……仮にだが、間違っていなかったとしても、だ。

何故って、昨日蒼太くんが、同じ一組の林さんに告白していたところを見てしまったからだ。

思い出したくないことまで思い出したことを後悔する。
少し考え事をしすぎていたらしい。
ゲーム画面の中では、ゲームオーバーの文字が無神経に表示されていた。

3:にんじん◆nDQ:2019/07/17(水) 18:50



#2


隣の席の首藤さんについての日記。
そう書かれたノートを、私は手に取った。置かれていた席は木本君の席……まさしく、だ。表紙には、「覗くなキケン!」やら「見た奴は呪われる」やらと、あまり綺麗ではない字で書かれていた。そんな文句を気にも留めず表紙を捲る。小六にもなって、そんな文言を信じる奴がどこにいようか。

六月五日、曇
今日の五限目、席替えがあった。僕は首藤さんと隣の席だ。そこで、今日から次の席替えまで、首藤さんについての日記を綴ろうと思う。

……一体、何がどうなって日記を綴ろうと思ったのか、訳がわからない。元々木本君は、何を考えているのかわからないような節があったので、さして気にもならなかったが。
それから数日の間は、何というか、味気ない内容だった。というのも、鉛筆を貸してもらった、勉強を教えた、教科書を見せてもらった……などなど。事実しか書いていないのだ。こんな日記を先生に提出したら、間違いなく、再提出になるだろう。どうせそれから先も同じような内容だろう……と、パラパラ流し読みをしていた。

しかし。
ふと、ページの途中で手が止まる。
日付と内容は。

六月二十八日、雨
今日は首藤さんの弟の誕生日らしい。
一昨年生まれてきたそうで、もうそれはそれは可愛いのだと語ってくれた。
生まれてくる前まで、暗かった家庭が一気に明るさを取り戻したという。
……僕にはこの一言が、どうにも引っかかってならなかった。首藤さんはいつも明るく、優しい人だから、てっきり幸せな家庭だと思っていたが……どういうことだろう。

六月二十九日、晴れ
首藤さんと親しい人に話を聞いた。
なんでも、首藤さんのお母さんが弟を妊娠している間、首藤さんはいつもより暗かったという。本人が話していたことと一致している。一体その時期に何があったのだろう。もう少し周辺人物に話を聞きたい。

六月三十日、曇
聞いた話から、ある一種の仮説を思いついた。しかしこれはあくまで仮説だ。どこまでが本当かはわからないが、大筋あっているのではないかと思う。思うに、首藤さんの家庭では……


「何してるの、首藤さん」

……どうやら内容を気にし過ぎていて、近づいてくる足音に気がつかなかったらしい。
気がつけば、教室の入り口に木本くんが立っていた。

「木本くんこそ、何して……」

「質問に答えてもらっていいかな?」

今までにない、凄みのある声で遮られる。どうにもならないことを悟った私は、仕方なく、白状した。
木本君は言う。

「それなら、僕が立てた仮説の内容も知っているよね?」

ただ頷くしかできなかった。たかがこんなことだけで大袈裟かもしれないが、今私は、ずっと暴かれなかった我が家の秘密が暴かれることに、一つの恐怖を感じていた。

……あと三日で、次の席替え。
それまで私は、どのような顔をして過ごせばいいのだろうか。


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