重い話が書きたかった、それだけです。
主人公
ミサ(高校生、バイト先はスタバ)
マイ(通称マイマイ。同級生、趣味はネット配信)
サッチン(ネカマ、中性的な男子。撫で肩)
高校生になった、という実感はあまり無い。受験戦争も特にせず、大してレベルの高くない高校を選んでしまったからだろう。
「いらっしゃいませー!」
貼り付けた作り笑顔と高い声でいつも通り手順通りに接客する。決められたルーティーンだ、いつもの繰り返し。メニューを出して商品名を復唱してレジ打ちして客の情報入れて指示出してそれで、それで。
それで一体私は何をしてるんだ。
「ミサちゃんなんかぼーっとしてなかった?今日。」
バイト先の先輩は綺麗な人だ。身長約165センチメートル、胸はD。白いシャツから除く黒のレースのブラは色白の彼女の肌に映える。手入れの施された艷やかな黒髪とぷっくらとした赤い唇。長いまつ毛には茶色いマスカラ。眉毛は書いているけれど正直私は書かないほうが素敵なんじゃないかな、と思う。
「え、ぼーっとしてました?」
「してたしてた、ほらいつもの常連クソ野郎の時。」
頬づえをついていた私は聞き流しそうになった耳から記憶をたどってはっと顔を上げる。先輩は優しい笑顔で私を見て笑う。常連クソ野郎というのは先輩に色目使いやがったクソ野郎のことで、連絡先おしえてーだのほざく茶髪のチャラ男だ。毎日懲りずにここに来るのでそろそろ出禁にしたいと思ってしまう。
「ミサちゃんも気をつけてね。かわいいんだし。」
「はーい。」
(本当に可愛いのはあなたなのに。)
なんて頷いては見たものの自分は大丈夫という圧倒的な自信とこの人を守りたいという思いで胸が締め付けられる。白い肌、甘い声、項の黒子。そして時折香る別のシャンプーの匂い。
「先輩、今日彼氏の家ですか?」
声が上ずらないように気をつけながら私は問う。馬鹿みたいな自虐行為だ、分かっている。けれどやめることができないあたり、きっと私はマゾなんだ。
先輩がゆっくりとこちらを見た。茶色のカラーコンタクトの中に私が写る。
「秘密。」
そう言って唇に手を当てた先輩をもうバイト先で見ることはなかった。その日が彼女の、最後のバイトの日だったらしかった。
死なばもろとも。なんて言葉が叶えばよかったのにな。
朝、目が覚めて顔を洗う。髪を巻いて香水をつける。軽くメイクをして朝食を食べる。ローファーを磨いてから家を出る。
くだらないルーティーン、つまらない日々。いつもどおりに近所の家の塀には猫がいて、手を伸ばせばいつも通りに降りてきた。
「ミケ、元気?」
にゃおん、と猫の鉄板のような声でミケは泣く。よしよし、と額を撫でながらよぎったのは全く関係ない先輩のことだ。
得られることは少ない、失うものは多い。人生はそういうものなのでしょうか。
「ニャオん。」
その一言で現実に戻される。気がつけば私の瞳の周りは濡れていて、ミケが心配そうな顔で私を見つめていた。
「畜生。」
男だったら良かったのに
「何それ。」
突如降ってきた声に私は顔を上げた。歩きスマホ中だったのか、前髪で瞳を覆った男性がスマホ片手に私を見下ろして嫌悪を込めた視線で射抜きながら呟く。
「なりたくてもなれないやつに対する侮辱だろ。」
吐き捨てるように言ったその男に本気で腹が立って、私は立ち上がって男の胸ぐらを掴む。警察に通報されないといいな、と思いながらよく見れば端正な顔立ちの男の目を見た。
「うるせえよクソ野郎。話しかけてくんなインキャ。」