──10年前
とある大富豪が8つの"魔法の義手"と共に失踪した。
着用者に常識を超越した力を与える"魔法の義手"は世界のどこかに散らばり、今も尚狙われ続けているという。
適合者を激しく選別する魔法の義手は、今もどこかで不適合者の命を奪っているかもしれない──。
──これは日本一の貧乏と日本一の大富豪のコンビが、両手を探す物語である。
>>2
【魔法の義手】
"指紋陣"と呼ばれる指紋型の魔法陣を刻むことで、常識を超える力を持った義手。
医療器具メーカーmage(メイジ)初代社長が8つ作り、その内6つは現在は世界のどこかにある。
着用者を選び、不適合者は生命力を吸い取られ、命を奪われてしまう。
着脱には対応した鍵が必要となる。
【来田 熾央(らいた しおう)】
熱力学を専攻する物理学部の男子大学生。
チャラそうな見た目の割に誠実で頭が良いが、とてつもなく貧乏で不器用。
鉄をも溶かすほどの高熱を発生させる義手"ウォルフライエ"を装着する。
【金富 命珠(かねとみ めいじゅ)】
大手医療器具メーカー"mage(メイジ)"の社長を務める少女。
祖父が残した"魔法の義手"を全て回収するため奔走する。
ほぼ同価値の物と交換できる"バランス"という義手を使うため、常に札束をポケットに携帯している。
【金富 康生(かねとみ やすき)】
医療器具メーカーmageの初代社長で命珠の祖父。
10年前に"魔法の義手"を作って命珠に託した後、失踪した。
【岸辺 翔太郎(きしべ しょうたろう)】
mageの開発部員で、魔法の手や指紋陣について研究している。
女好きではあるが、付き合った人はもれなく死亡、逮捕、裏切りで女運が非常に悪い。
10秒でいい、考えてみてくれ。
──起きたら突然、利き手がなくなっていたとする。
どうする、どう思う?
焦るか、泣くか、それとも絶望するか?
とりあえず俺は、叫ぶ。
「はぁあぁあぁああ゛ぁあ〜!?」
妙に軽くて違和感のある体を起き上がらせ、声帯が潰れるほど叫んだ。
左手肩に包帯がきつく巻かれているが、あるべきはずの腕がない。
ずきりと腰や首も僅かに痛むが、それどころじゃなかった。
「あーやっと起きたか」
そう言ってあくびをしながら入ってきたのは、白衣を着た男性だった。
推定40代、アイドルグループにでもいそうなイケメン。
細い銀フレームの眼鏡から知的な印象を受ける。
「さーせん、ここドコっすか!? ていうか誰!?」
「病院だよ病院。俺はここの院長ね。まぁ個人でやってる小さいとこだけど」
辺りを見回すと、確かに病院らしい部屋だった。
シンプルな白い壁とベッド。
俺は何らかのせいで片腕を失い、ここに運ばれたということまでは状況が飲み込める。
「来田熾央(らいた しおう)君だったよね。昨日のこと覚えてない? 轢き逃げに遭ったんだよ」
「轢き逃げ……」
轢き逃げというワードがスイッチになったのか、芋づる式にこれまでのことを思い出した。
俺、来田熾央(らいた しおう)は大学の学費と生活費を稼ぐ為、この辺で一番給与待遇の良いピザ屋のデリバリー配達のバイトをしていた。
昨日も住宅街エリアへの配達でスクーターを走らせていたが、猛スピードを出した赤のワゴン車に轢かれ、片腕を道路とタイヤに挟まれた。
激痛のショックで意識が薄れたのだろう。
散乱したピザのトマトの具と俺の血で辺りが真っ赤だったのを僅かながら思い出した。
もうトマトを食べられないかもしれない。
「そうだ、バイトの途中で事故って俺……!」
「肘より下がちぎれたから、思い切って切断したんだよ。タイヤにペパロニとチーズが貼り付いていたから車は見つかったけど、既に乗り捨てられて犯人分からないらしい。盗難車だそうだ」
「じゃあ……治療費は!? 俺保険入ってないんすけど!」
「入院費は国が負担してくれるかもだけど。義手付けるなら高いよ〜」
慰謝料治療費その他諸々請求してやろうと思ったが、肝心の犯人が分からないので怒りの矛先が別のベクトルへ向いた。
さっきから飄々とした態度でカルテを記入する院長へと矛先が向く。
他人事だからってすました顔しやがって。
「義手……いくらっすか」
「一番安いので30万かなぁ」
「さっ……!? そんなにするんっすか!?」
俺の全財産の約6倍。
民間の金融機関で借りようにも審査は通らないだろうし、かといって闇金に手を出しては利子が膨れ上がって破滅する。
けど腕が無ければバイトも出来ずに収入は途絶える、大学も中退、それどころか家賃払えず野垂れ死に。
そこまで考えを巡らせると、もう片方の手から汗が吹き出した。
「嘘だ……受験も頑張ったのによぉぉお! そりゃねぇっすわぁぁ! 待ってくれぇェキャンパスライフゥゥウ!」
物理以外の科目ほとんどが常に赤点スレスレだった俺は、部活もせず図書館に通いつめては過去問を極めて、ようやく補欠合格したのだ。
そして俺は究極の貧乏、予算の都合上滑り止めは受けていない、まさにスリル満点の受験だった。
何一つ俺に非が無い理由で中退なんて、理不尽にもほどがあるぜ。
「ゔっ……これじゃあバイトもできねぇよぉ〜!」
「……君が良ければだけど、義手代タダにすることもできるよ〜」
「せめて利き手じゃない方ならマシだっ────は?」
鼻水と涙でシーツを濡らしていると、医師はカルテを記入しながら軽く言った。
おかわり無料ですよー、くらいの軽いノリで言うなよ、危うく聞き流すところだったろ。
「今、タダって……」
「耳も治療が必要かな? 義手代タダって言ってるんだよ」
医師は幼児にでも聞かせるように、ゆっくりと言い直した。
「あああ怪しいっす! 義手代はタダだけど治療費100万とか、そんな詐欺にひっかかるような熾央君じゃあねぇっすよ! 貧乏人なめんな!」
「いやいやいや、全額タ・ダ! 新しい義手の被験者を探しててさぁ。まぁ人を選ぶ義手なんだけどね」
医師は困ったような顔をして呟いた。
やはり上手い話はないようで、どうやら訳アリの義手らしい。
「人を選ぶ……? どういうことっすか、それ」
訝しげに医師を睨むと、彼はため息をついた。
この際、最低限の生活ができれば少しくらい形が変であろうと使いにくかろうと何でもいいけど……。
某錬金術師の片腕みたいな感じを想像した。
「適合者が異様に少なく、適合しなければ体を乗っ取られて暴走する。適合条件は義手に認められることとしか分からない」
「なんっすかそのデメリットしかない義手は!?」
「しかし適合すれば、それを補っても有り余るほどのメリットがあるのさ」
医師が戸棚から取り出したのは、深い真紅のベルベットを纏った、重厚そうな箱だった。
宝石でも入っていそうな高級感に、ごくりと喉がなる。
「これは世界で8本しかない"魔法の手"。mage(メイジ)の初代社長が残した、最高傑作さ」
「mage(メイジ)ってあの医療器具メーカーの……?」
「そう」
医療器具メーカーなんてアパレルブランドや家電メーカーと違って世間一般から認識されにくいはずなのだが、mage(メイジ)は慈善事業や研究所設立など手広く営業しており、知らない人はいない超有名企業だ。
10年前に初代社長が失踪し、世間を大きく騒がせていたので幼い俺も微かに記憶に残っている。
まぁ俺はお菓子の方のメイジが好きだが。
「ナンバー01、社長が最初に完成させた魔法の手だ」
そう言って開けられた箱を覗き込むと、そこには赤を基調とした義手が光沢のあるサテン生地に包まれていた。
「かっけぇ〜!」
ロボットやパワードスーツの一部だと言われても納得してしまうようなデザイン。
全世界の男の6──、否、7割は少なからずロマンを感じるはずだ。
ツヤツヤなメタリックカラーの赤に、ところどころ黒と白のラインが装飾されている。
さらに指先には変な模様ではあるものの、指紋まで刻まれていた。
そしてなぜか大きめの鍵穴があるが、デザインの一部だろうか。
「けど、適合しなかったら暴走するってどういう……」
彼は答えるより先に俺の腕に巻きついていた包帯をしゅるりと外すと、ベット横に備え付けられていたスイッチを押した。
「だいじょぶだいじょぶ、自我を失うけど命を奪われるわけじゃないからさ!」
「なにが大丈夫だ! 」
自我を失って暴れるって、冗談じゃない。
元々不審げには思っていたけど、その言葉を聞いてハッキリと断ろうとした瞬間。
怪しげな機械音が鳴ったかと思うと、ガシャリと金属音がした。
右手首と両足首に冷たく硬い感触があり、手足が拘束されていたと気づくまでま数秒のタイムラグが発生した。
「は? えっ!? おい外せ!俺まだやるなんて一言も……っ」
「はいはい暴れない暴れない。ちょっ〜と熱いから気をつけてね〜」
「話聞けや! おっさんこそ耳の治療した方がいいんじゃないんっすかね!!?」
注射をする時の、ちょっとチクッとするよーくらいのノリで言われても困る。
優しそうな微笑みを浮かべてはいるが、やっているのは不合意の上での人体実験だ。
大声を出しても看護師や他の医師が飛んでくる気配はなく、どうやらこの病院にはおっさん一人らしい。