ボディーガードとして柚咲家のお坊ちゃん、柚咲一角(おきなし いっかく)様に仕えるはずだったお父さんが殉職しちゃった…
代わりにお坊ちゃんの警護をすることになったのは私、沖梨うずめ!
私がお父さんの意志を引き継ぎ、金持ち学園のいじめや権力争いから一角坊ちゃんをお守りします!たぶん!
>>1
ふりがな間違えました、ゆずさきです
「みなさん、おはようございます」
「きゃ〜っ、柚咲様!」
「いつ見てもカッコい〜い♡」
「でも……隣にいる変な女は……どなた?」
「なんだかみっともないし品も無いね。地味だし」
好奇の視線、羨望の眼差し、憧れの的──!
正門を通るだけで学園中の視線を集める……さすが一角家のお坊ちゃん──!
「……君がローラースケートで馬鹿みたいに回りながら歩いてるのが物珍しくて視線が集まってるんだろ」
「あれー、声に出てた?」
「思いっきり。君といると僕の品格まで疑われる。横に立たないで欲しい」
「えー! でも校則に靴の指定もローラースケート禁止も無いし……この方が敵が来た時すぐに追えるんだよねぇ、分かってよ」
そう答えると、一角お坊ちゃんは舌打ちをして、もう何も言わなくなった。
ポメラニアンみたいに可愛い顔して怖すぎる。
他の人の前では柔らかい笑顔を振りまく一角お坊ちゃんだけど、専属ボディーガードである私の前では高圧的というか冷たいというか。
「やっぱまだ3日だもんな〜。打ち解けるのは時間かかりそう……」
お坊ちゃんと契約をしたのは、つい3日前だ。
──お父さんが殉職した。
その知らせを受けたのは2ヶ月前。
有名政治家の式典で主催者のボディーガードを務め、式典中に襲いかかった暴漢から主催者を庇って亡くなった。
暴漢はその場で取り押さえられたものの、別の人間に脅されての犯行だと供述している。
指示したという男の正体は未だ不明。
「犯人は……暴漢に指示した男は、まだ分からないって……うぁぁぁあっ! 誰よ、誰なのよぉぉお!」
「お母さん……」
普段白い服を好んで着るお母さんの喪服姿は見慣れなくて、なんだか怖かった。
お母さんがうずくまって泣くものだから、畳に涙が滲む。
「いつか絶対、私がお父さんを殺した犯人見つけるから」
手がかりもない、後ろ盾もない、ただの一般人。
見つからないかもしれない。
それにその男は直接手を下したわけでも、お父さんを狙っていたわけでもない。
それでも結果的にお父さんを殺めた男を、探さずにはいられなかった。
私は密かに、本来殺されるはずだった有名政治家に近づくことを考えた。
けど次期総理大臣とも噂される官僚に、貧乏高校生の私が易々と近づけるはずも無く──。
どうしたもんかなぁと考え込んでいる時に、お父さんが次に契約するはずだった顧客、柚咲家から電話が来た。
柚咲家の当主──柚咲霧零(ゆずさき むれい)様は、世界中に電子機器を輸出している有名企業citrus (シトラス)の創設者。
本来私のお父さんは、霧零様の息子である一角(いっかく)お坊ちゃんのボディーガードとして雇用される予定だったのだ。
そこで私は考える。
柚咲家に近づいてコネや人脈を広げれば、大物政治家に接触できる可能性も微レ存!?
そこからお父さんを巻き込んだ犯人が分かったり……!?
「よーし、私が柚咲家のボディーガードになるっ!」
なんて短絡的なアイデアだけど、このまま何もしないよりは事態を動かせるはず!
そう決意した私は、父の代わりに一角君のボディーガードを申し出た。
もちろんお母さんにも柚咲家にも猛反対されたけど、柚咲家の厳しい採用試験(死にかけた)、お坊ちゃんと同じクラスに編入する為の編入試験(筆記はギリギリ)を経て、最終的に何とか一角お坊ちゃんのボディーガードの座を勝ち取った。
その話はまぁ後で振り返るとして──。
教室の席についたところで、一角お坊ちゃんは無言で私に小銭を1枚投げた。
「えっえっえっ」
慌ててキャッチしてみると、手の中にあったのは平成元年の500円玉。
意図が分からずに坊ちゃんの方を見ると、冷たい目を向けられた。
「プラチナコーヒー、微糖」
「……買いに行け、と?」
「それ以外ないでしょ。ほんと頭悪いな」
周囲に聞こえないくらいボソッと微かな声だったけど、私は聞き逃さなかった。
プラチナコーヒーは週末頑張ったご褒美とかに食べるハーゲ〇ダッツ的なポジションじゃん?!
少なくとも月曜から飲む物じゃないよ!
金持ちの道楽にも程がある!
──って、そうじゃない。
「坊ちゃん、私はSP、ボディーガードなの! パシリじゃありませ〜ん!」
「てっきり僕は小間使いだと思ってたよ」
「こまっ……」
確か坊ちゃんは細々した買い物も外商さんに任せていると聞いたことがある。
きっと外の自販機で飲み物を買ったことも無いんだろうなぁ……。
いや別にジュースを買うくらいの雑用はしても構わないんだけど、SPとして坊ちゃんの傍を離れるのは避けたい。
「そっかー、坊ちゃん自販機の使い方分からないもんね……すぐに戻るから教室から出ないでね」
「──は?」
私が頭を抱えて呟いていると、坊ちゃんは怪訝そうな顔をして威圧感のある声を出した。
「勝手に決めつけないで欲しいな。自販機の使い方くらい分かる」
坊ちゃんは私の手から500円玉をひったくると、早足で教室を後にする。
「一角お坊ちゃんがはじめてのおつかい……!? みんな〜聞いて! 一角坊ちゃんがはじめてのおつかいするって! あっ、そうだ動画撮ってご両親に見せよ〜」
「おいバカ、騒ぐな!」
「あーあ、坊ちゃん言葉遣い崩れてるよー」
「……っ、さ、騒がないで下さいね……ッ!(こいつのせいで調子が狂う!)」
500円玉を握りしめる手に爪がくい込んでいる。
はじめてのおつかい緊張してるのかな。
坊ちゃんは震える手で自販機のボタンを押し、出てきたコーヒー缶を取ったらすぐにスタスタと背を向けて歩き出してしまう。
「坊ちゃん坊ちゃん、お釣り取り忘れてるよ〜」
「なっ……(あの小さい小窓からお釣りが出るのか! 取り忘れなんて、まともに自販機も使えないとアイツに思われたらどうする!? かといって大勢の人が見ている中、たかが小銭を取りに戻るのは恥をかく……!)」
坊ちゃんは足を止め、小刻みに震えながら俯いている。
「坊ちゃ〜ん?」
「お釣りは……チップとして君にあげるよ」
「えっ、ほんと!? しかもギザ十! うえ〜い!」
「(なんだコイツ……たかがギザ十で大喜びするとか……馬鹿な上に安い女だな)」
相変わらずお坊ちゃんは私に対して蔑むような視線を向けているけど、まぁ多分その内普通に接してくれるよね。
「さすが柚咲君!」
「使用人に対する気遣い!」
自販機で飲み物を買うだけで跪かれる坊ちゃんマジすげぇな!?
でも私は使用人じゃなくてSPね!!?
お坊ちゃん専属SPといっても、まぁ暇だ。
学校のセキュリティはしっかりしてるから、いきなり暴漢が襲いかかったり……なんてことは無い。
授業を半ば流し気味に受けつつ、常に360°警戒態勢で怪しい人物がいないか見張ってはいるけど。
窓の外に怪しい影!──と思ったらカラスだし……。
「なしさん……沖梨さん!」
「ゔぁっ、はい!?」
ぼーっと窓の外のカラスを眺めていたら、世界史教師の里岡(さとおか)先生に指し棒で額をグリグリえぐられていた。
美人だけど圧のある切れ目に睨めつけられ、思わず萎縮してしまう。
「……ある壁対して2.0N(ニュートン)の力で押したら……壁から返ってくる抗力は何N?」
「ひっ!」
口元は微笑を浮かべてるけど、眼鏡のレンズ越しの目は笑っていない。