黄色と、エナメルバッグ。

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1:ヒヨドリ:2021/01/14(木) 11:57

イメージカラーは、黄色。そんなフレッシュレモンみたいな黄色……ではなくて、もっと卵焼きみたいな、食欲をそそるような黄色。君をみたらいつも思い出すその色は、今となってはどこにでもある色で、目に入ると少し苦しくて、いや眩しすぎて、目を背けてしまいそうになる。
あぁだけど、いい思い出だったなって、そんな風に思えてしまう自分がいること。あの時の私が、あの時のあの人を好きだっただけの話だと、そう納得してしまった自分を、少しだけ誇らしくも思うのだ。

2:ヒヨドリ:2021/01/14(木) 12:33

第一章 小学6年 夏

「中学の野球部に、女子が一人いるんでしょ」
試合を終え、蛇口の水をバシャバシャと顔にかけていた時だった。同じ学年の安部凛太が顔に付いた泥を手で拭きながら、こちらに歩いてきた。
「ああ、そうらしいな」
そうらしいなとは言いながら、頭では全く別のことを考えていた。7回表にセンター前ヒットを打たれた場面、自分の目の前に白い蝶が横切り、一瞬集中を切らせた。相手は同じチームの5年生で、通常であればヒット1本すら打たせない自信はあったのだ。
「凛太、俺のクーラーボックスどこにある?」
「ベンチの裏にお前の母ちゃんがさっき置いてったよ」
クーラーボックスを開け、アイシングサポーターを肩に巻いていると、凛太がクーラーボックス内の保冷剤を手に取り、俺の頬に当ててきた。
「冷てえな、やめろよ」
「経験者なんかな? 俺あんまり上手くないと思うんだよなぁ〜」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
凛太の手から保冷剤を奪い取り、クーラーボックスにしまう。右肩がひんやりと冷たくなってきて、少し気分は良かった。先程の白い蝶だろうか、物置の傍の木の葉の上で、羽を休ませていた。
「なぁ、お前さぁ」
振り返らずになんだよと答えた。
「中学でも野球やんの?」
「さあな。気が向けばね」
もちろん続けるよ、とは言えないのが俺の性格だ。小学校から自宅の帰路にある中学校のグラウンドは、もう何回も目にしている。中学生と言われても、今はまだイメージが全くつかなかったのだ。

3:ヒヨドリ:2021/01/14(木) 13:24

第二章 中学1年 春

「学級委員またやるん?」
ポニーテールが揺れた。中1のクラス替えではクラスが離れてしまったが、小学校では仲が良かった女子の1人が話しかけてきた。
「推薦されればね」
「でも小学校でやってたんだから、やるでしょ!」
もう1人、うるさいやつが話しかけてきた。この、バスケができて、足の速い女子はいつも俺に絡んでくる。最も、この学年の女子は何かにつけて冷やかしたりバカにしたりしてくるのだが。
廊下にいる時に話しかけてきた女子の対応に追われていると、気がついたらポニーテール姿は見えなくなっていた。この後には入学式が控えている。

4:ヒヨドリ:2021/01/15(金) 12:51


体育館に移動してしばらくすると、校長先生の話が始まった。1年生以外の学年は教室で待機しているはずだ。中学生になった自覚をもち、勉強や部活に励むこと。優しい先輩ばかりだから、分からないことがあったら聞くこと。要約するとそんなところだ。
隣に座っていた、小学校の時に同じ野球チームだった凛輔(凛太と名前が似ていることから、凛々兄弟と言われていた)に目で合図をされた。
「話が長くね?」
そうだなと、目で俺も応答する。自分にしか分からないくらいの小さなため息をついて、もう一度前を向き校長の顔を見てみる。
希望に満ちた中学生活になるのだろうか。自分にも、漫画や小説にあるようなキラキラした学校生活が送れるのだろうか。
ふと考えたが、ないな、と心の中で自分を笑った。そして、校長の話にもう一度耳を傾けた。

5:ヒヨドリ:2021/01/15(金) 19:39


入学式後にHRが開かれ、案の定、と言ってはなんだが、俺は学級委員に推薦され、クラスをまとめる役割を引き受けることになった。先程話しかけてきたバスケ部の女子も同じく学級委員に選ばれた。担任の先生は軽く自己紹介をした後、再度、中学生としての自覚を持つようにと念を押した。中学生としての自覚はもう既に自分の中で持っているつもりなのだが。
HRが終わり、廊下に出た。丁度、2年生のクラスもこの時間で終わりのようで、廊下の奥の教室から生徒が何人か出てくるのが見えた。頭にスケジュールを思い浮かべ、1年生の体験入部は来週からで、自分は特に用事もなく帰れることを考えた。
「よっしゃー、ゲームしよ!」
誰に声をかける訳でもなく、大きめの声で呟いて配布物をカバンにしまい込み、廊下へ出た。2組と3組はまだ授業が終わっていないのか、まだ教室の前に人はいなかった。

その時、左斜め後ろから突然、何かの衝撃を感じた。考えている暇は一瞬もない刹那の出来事だった。体をガードする暇もなく、二三歩ほど前に押し出され、自分が人とぶつかったことに気がついた。
「ごめん! 大丈夫?」
身長は同じくらいだろうか、帽子をかぶった男と目が合った。顔を覗き込まれたこともあり、驚きで言葉を失った。髪の毛は短く、中性的な顔立ちをしていながら、眉目は整っていた。イケメンだとは思わなかったが、最近ではこんな雰囲気の顔がモテるのではないかと思った。
足元を見るとシューズの紐は赤で、ひとつ上の先輩であることが分かった。
「大丈夫……?」
再度聞かれ、自分が黙っていたことに気がついた。その人は被っていた帽子を取っていた。
「いや、大丈夫です。 すみません」
その人はごめん!と、再度謝り、階段の方へかけていった。肩からかけていた紺色のエナメルバッグは、大きな音を立てて揺れていた。そして、その人が階段横の角を曲がると、その音もすぐに聞こえなくなった。

6:ヒヨドリ→ぴよどり:2021/01/15(金) 23:24



「後輩が入るから、気を引き締めていくぞ」
練習の前に3年のキャプテン、中津先輩がそう言った。中津先輩の名前は瑠璃といって、名前通り綺麗で整った顔立ちをしている。そのおかげで同学年の女の子に何度サインを頼まれたことか。アップシューズのマジックテーブルをきつく締め、ついでに、自分の心も引き締める。
とてもしんどかった冬の室内練習からは解放され、まだ少し土は湿っているが、春になってから何回目かのグラウンドでの部活だ。室内練習での体力作りにしっかりついていけないため、少しだけ胸をなで下ろしている自分がいた。

「よろしくお願いします!!!!」

アップに入ろうとしていると、バックネット裏の入口から、威勢のいい声が聞こえてきた。間もなく、1人、2人と同じような少し高めの声が続く。新1年生の仮入部のメンバーだと、すぐに察した。1年生はまだ身長が小さいように見えた。もしかしたら、全員自分よりも小さいかもしれない。
そう思った時、1人だけ、周りの1年生よりも身長の高い子がいた。野球部にしては髪の毛は少し長めで、スラッとした体型で少し伏せ目がちに、こちらをじっと見た……ような気がした。
どこかで見た事あるような。気のせいかな。

「じゃあ1年生は土手ランしてきて! 3年の先輩が誘導するから」
中津先輩が指示を出し、3年生が一人ついて1年生は土手ランに連れ出されて行ってしまった。土手ランニング、通称土手ランは往復4キロほどの道を走る、中学生にとっては少しきついメニューだった。2年と3年はそのままアップを続け、キャッチボールに移った。その時、グラウンドの後ろの道を誰かが走ってきた気配がした。
「…うそやろ……」
思わず小さな声で呟いていた。ボールを相手に投げ返さずに体育館の壁に設置されている大きな時計を仰いだ。1年生達が土手ランに出発してから、まだ15分も経っていなかった。先程見た背の高い1年生が土手ランから戻ってきたのだ。間もなく彼はグラウンドにまで到着し、汗を滴らせながら膝に手をつけ、肩で息をしていた。彼の体から発される熱が、自分にまで伝わってきそうな気さえした。
速すぎるだろ…。そう思いながら、私はそれを見ないふりをしてボールを投げ返した。どんな体力をしているのだろう。後輩といえど、少し恐怖を覚えた。こんな、人いるんだ……。

7:ヒヨドリ→ぴよどり:2021/01/15(金) 23:37


彼と直接話をしたのは、その数日後の事だった。

「三好っていうんだ。三好…悠ニ……ゆうじ?だっけ」
「合ってます」

彼から私の名前を確認されることはなかった。しかし、仮入部期間が終わる頃には私の名前を自然に呼んでいた。

「伊角さん」

同期のチームメイトの中には、私のことを奏音≠ニ、呼ぶメンバーもいたが、どうやら苗字呼びを選んだらしい。
グラウンドにいる時の彼は先輩にしっかりとした敬語を使い、かしこまっているように見えた。学校内でも学級委員が毎日しているあいさつ運動をすすんでやっており、私は彼に対していい印象しか持っていなかった。


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