フェアリー・フレンドール。
それはいつ、どんな時でも傍にいてくれる妖精をコンセプトに開発 されたぬいぐるみ。
その可愛さとバリエーションの広さから老若男女に受け入れられ、大きな社会現象を起こしていた。
そんなフレンドールに、奇妙な都市伝説がある。
100万体に一つ、意志を持った個体が生まれる――と。
ミシン。錦織美心(にしきおり みしん)。
なんと私、ミシンという名前である。
デザイナーの母と呉服屋の父の間に生まれ、手芸が好きな子になるように――と今は亡き母がつけたものだ。
由緒正しい呉服屋の父が黙ってないと思いきや『美しい心……いい名前だ』とただの当て字に意味を見出してしまい、結局そのまま役所に提出されてしまった。
そんな願いを込めて育てられた私だけど、心は美しくないし手芸は嫌いだ。
昔はそんなんじゃなかった。
今ほど捻くれてはいなかったし、手芸だって中学の頃までは母さんと小物を作ったり率先して服作りの手伝いをするくらいには好きだった。
鞄に付けたクマのストラップも母さんと一緒に作ったものだ。
けれど今は――。
「みここ〜、おはよ!」
「ぐえっ……おはよ、祈里」
ぼーっとストラップを眺めて回想に耽っていると、背中を思いっきり叩かれた。
祈里あがめ。
気兼ねなく会話できる数少ない友人だ。
みしんと呼ばれるのが苦手で、わざわざ"みここ"と呼んでもらっている。
「そういや教室が騒がしいみたいだけど……」
祈里の視線の先は、教室のど真ん中を渦巻く女子の群れだ。
中心にいる金髪の男子(名前は覚えてない)の机には、20cmほどの女の子のぬいぐるみがちょこんと鎮座している。
「エンジェリーコラボの新作で、日本に上陸してない限定デザインだ。30万ってとこだな」
「ひぇぇ〜30万?!すっげ」
「えっやば!」
「ね、インスタあげていい?」
人だかりは増えていき、シャッター音が響く。
「はー、貴島君新しいフレンドール買ったんだ〜。私も新しい子お迎えしようかな〜」
祈里のつぶやきで思い出した。
あの男は貴島雅(きじま みやび)とかいう、漫画にでも出てきそうな金持ちボンボンだ。
月に一度くらい海外旅行に出かけ、土産を持ち帰る度にクラスで得意げに自慢話をしている。
「フレンドール……ねぇ……」
フェアリー・フレンドール。
2年前から発売されたぬいぐるみで、未だ流行の衰えを見せない大人気商品。
ただのぬいぐるみではなく、ちょっとした人工知能を埋め込んであるので簡単な会話が可能だ。
埋め込む人工知能によって性格や口調も選ぶことができ、オーダーメイドなら好きな素体を選んで組み合わせることも出来る。
世界各国のハイブランドのコラボまであり、プレミア価格の付いたものは数百万で取引されると小耳に挟んだ。
「ぬいぐるみに30万とか、庶民には考えらんないな……」
母が亡くなり、父の呉服屋が倒産して収入源が絶たれてしまっている私は貧乏生活を強いられている。
学校の時間以外は勉強とバイトに追われていて、とてもぬいぐるみなんてお世話してる余裕はない。