──あなたしか愛せないのよ
フランス人形みたいな茶色いがかった瞳、幅広のパッチリ二重
伏せるとまっすぐに伸びる長い睫毛
誰が見ても完璧な美少女
……それがあたしの友達
「ゆめ!」
「はるあ」
華山晴空(かやまはるあ)がいつも通りあたしに話しかけた。花のような笑顔が目に焼き付く。もう見慣れたはずなのに、いつもかわいいと思ってしまう。
「いっしょに帰ろー」
「うん」
あたしは席を立って晴空の隣を歩いた。
「暑いねぇ」
……ミーン、ミン
せみが物悲しく鳴く。廊下の開いた窓から夕日がいっせいに晴空を染め上げた。その影で、あたしはちゃんと笑えていたかな。今だにパーカーを着ているの。
「ゆめ」
「なに?」
「あれ、高山くんの話」
「あー…」
「今日は進展したの?」
「んー、特にないかな」
遠慮がちに笑う。「高山くん」とは、あたしの好きな同級生のことだ。誰にでも優しくてかっこいい、憧れの王子様。
「えー! もっと話しかけなよ!」
「うーん…」
無理だよ。あたしあなたみたいに可愛くない。誤魔化すみたいに返事してると晴空がつまらなそうに口を尖らせた。どうしてそんな顔も可愛いんだろう。
「あっ、そうだ。はるあが高山くんと話すチャンス作ろうか?」
「……いいや」
「なんでー? もったいないよ」
負け確なんだよね。
少し俯きながら歩いていると、前方に同じ制服の女子が2人いた。
「あ、はるあー」
「今帰りー?」
「うん、そーなの」
「で、えっと……なにさんだっけ?」
女子の1人があたしの顔をのぞきこんだ。
「…あの、なんでもないです。あたし帰るね」
「あ、待ってよゆめ!」
「…」
「今度さ、いっしょに遊ばない? 4人で」
4人、って? 誰のこと?
その人たちと、晴空と、あたし?
「いや、いいよ」
「なんでよー」
「いいって」
晴空が少しうざったく思えて、あたしは女子の間を強引に通り抜けた。その直後に背後でヒソヒソ声が聞こえてくる。
「……あの子、暗いよねー」
「可愛くないしさ」
……
──ガタンゴトン
揺れる電車の中、あたしはカバンを抱えてうつろな顔でぼーっとしていた。さっきの会話が何度も頭の中で再生される。
…分かってる。あたしは可愛くない。性格も。
必死に食事を抜いてダイエットしてもあの子のほうが細いし、いくらアイプチしてもあの子みたいな二重になれない。スタイルの悪い体型をパーカーで隠して、大きな鼻はマスクで隠した。
それでも晴空に敵わない。
心の奥が冷えるたびドンドン自分が腐っていく気がした。毎日つまらないのも、自信が持てないのも、この顔のせい。そう思うたび、晴空の顔が頭にチラつく。あの子はなにも悪くないのに。
翌日、放課後。
特別教室の掃除を終えて、自分の教室に戻ろうとしていた時。聞きなれた声が聞こえてきた。
「──ねえ、高山くん」
……晴空の声だ。
無意識に足音を消し、息を殺して様子を伺おうと顔を出す。そこにある光景にあたしは驚いてしまった。
「ゆめさ、高山くんのこと好きなんだよ。だからさ、話してあげてくれない?」
「──」
ぷつん
その時、あたしの中で何かが切れた。
体が勝手に教室へ向かっていく。
ガラッ!
「あ、ゆめ──」
「晴空」
晴空の傍らには高山くんもいた。
ああ本当に、憎いくらいお似合いの2人。
……あんたはどれだけあたしの邪魔をすれば気が済むの。
「ふざけんなよ」
「え?」
「なに勝手なことしてくれてんの!?」
がしっ
無防備な晴空の胸ぐらを掴んで問い詰める。
「だって、だってゆめが」
「いい加減にしてよ、あんたが、あんたが」
あれ、なんだろう。視界がぐるぐる回って、いやなくらい蝉の鳴き声が頭を埋めつくして、
「あんたがいるから私が比べられるの。友達ができないの。高山くんだってそう。全部全部あんたのせい。あんたなんかいなけりゃいい」
「ゆめ──」
「お前なんか死んじゃえよ」
そう言った瞬間、ハッとした。
そして顔を上げると、そこには涙を流す晴空がいた。
「ごめ、ごめん、晴空──っ」
謝るあたしの肩を、横からいきなり高山くんが小突いた。
「っ、高山くん……」
「お前最低だな」
「え、ちが」
「顔だけじゃなく性格も悪いのかよ」
「──」
頭が凍りついた。目の前にはもっと冷たい高山くんの視線。その手は嗚咽をあげる晴空を庇うように開いている。
「無理だから。俺お前のこと嫌いだから」
「──」
涙が勝手に出てきた。今まで堰き止めていたものが、混じりあってドロドロした屁怒絽になって、とめどなく流れ出す。
「ごめん、ごめん」
……あたしは人を好きになっちゃいけないんですか。
あたしが可愛ければ、あたしの味方してくれたの?
ねえ……
「……」
滲んだ視界の端でうっすらと笑う晴空に気づかなかった。
翌日
憂鬱な気分で学校について、教室に足を踏み入れた。その時、寝ぼけ眼が一気に見開いた。
「……なに、これ」
あたしの机にはボロボロの教科書が置かれていた。現状を整理しようと、必死に思考を張り巡らせる。そうしていると、背後に影が差した。
「ねえ」
「!」
驚いて振り返る。あたしの前に立っていたのは、昨日の女子だった。
「あんた昨日はるあにひどいこと言ったんでしょ?」
「それは…」
「謝れよ」
「──」
「反省しないとやめないから。早く晴空に謝れって、ブス」
「──」
「謝りなよ、ゆめ」
声のした方に目線を向ける。ガラス細工のような瞳と目が合った。そこにいたのは、見慣れたようで、でもちがう、気味の悪いくらい形のいい笑みを浮かべる晴空だった。
「はる、あ……」
「ゆめ。はるあすごい傷付いたんだよ?」
「ごめ……」
「すっごく悲しかった」
「本当に、あれは……ごめん、でも聞いて。ほんとに思ってるわけじゃないの」
「……」
「うわ、言い訳かよ」
クラスの別の方向から冷たい言葉があたしを突き刺した。
「謝れ」
「謝れ」
「謝れ」
「「あーやまれ、あーやまれ」」
やがてそれは大合唱になって、あたしの心をズタズタにした。
「ごめん、ごめん、晴空、ゆるして」
「……」
校舎裏、あたしはボロボロ涙を流しながら晴空にしがみついて謝った。もう耐えられなかった。
「──大丈夫だよ」
「──っ」
ぎゅう、と晴空があたしを抱きしめた。声が出ない。あんなことを言っても、あんなに傷ついても、まだ許してくれるのだ。ああ、この子は、あたしと違って──
「もっといじめてあげるから」
「え?」
思わず耳を疑った。パッと顔を上げようとすると、晴空の「あの笑顔」があたしの視界に広がった。
「はるあね、ゆめの泣いてる顔好きなの。ああ、本気で辛いんだなって思って。すごく純粋だよね」
「はるあ──」
「ゆめのこと好き。だってさ、笑っちゃうでしょ? 私しか友達いないのにさ、依存してることに気づかず嫉妬して。はるあ知ってたよ。はるあが高山くんと話してるとゆめがいっつも暗い顔してたの」
「なに、言ってるの」
「──ねえ、わたし……ゆめしか愛せないのよ」
晴空の笑顔が、だんだん歪んでいった。そこにいたのは美少女の面影もない、ただの「怪物」だった。
正直これがやりたかっただですありがとうございました
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