その夏、未知のウイルスが世界中で大流行した。
「うーわまじだる」
手を離しても髪の毛にぶら下がったままのブラシを見て私はガン萎えしていた。一週間前に付けてもらったばかりのエクステが絡まってしまったのだ。
「地毛はバージンだしさらさらなのになー……」
ぶちぶちと文句を垂れながらブラシに絡まったエクステを丁寧に取り除いていく。やっぱ安いブラシと美容院はダメだ。
「でも今リュック買っちゃって金欠なんだよなぁ……」
ちらりと床に置いてあるピンク色の小さなリュックを見下ろす。私が数ヶ月の間バイト代を全額貯金して買った大事な大事なリュックだ。
「でもピンクのインナーは譲れないし!」
私はやっと取れたブラシをドレッサーの上に置いて大きく伸びをした。
私の名前は金井(かない)リリカ。都内の定時制高校に通う高校二年生だ。
「あれ、ネックレスどこ置いたっけ……」
昨日学校から帰ってきてどこに置いたか忘れてしまった。
「あれもそこそこ高かったのに……」
惑星のモチーフと長めのチェーンが可愛くて気に入ってたのにな。部屋をきょろきょろ見渡していると、ベッドの上にきらりと光る物が見えた。
「あ!」
ファンシーショップで買ったピンク色の目覚まし時計の横にネックレスがころりと転がっていた。
「あったぁ!」
良かった、やっぱりこれがないと私って感じしないし!
ネックレスを付けてドレッサーの前に戻り、リボンのリングを人差し指に嵌める。
「よし」
リュックを掴んで、私は部屋のドアを開けた。
「リリカ?」
洗面所に入りケープを振り撒いていると、お母さんがひょっこりと顔を覗かせていた。
「あー、おはよー」
鏡越しににこりと笑うと、何故かお母さんは顔を真っ赤にして怒り出した。
「あんたまだ家出てなかったの?もうとっくに授業始まってるじゃない!」
「いつものことじゃん」
何ガチギレしてんの。まぁこれもいつものことなんだけど。
「今更急いだって意味ないしいいじゃん。結局欠席扱いでしょ」
ふわあああ。大きな欠伸が出る。
「進級出来なくても知らないからね!」
お母さんはそう言って姿を消した。
「別にいいし……」
私はそう呟きながら洗面所を後にした。