と め ど な い

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1:乳酸菌0号:2021/05/15(土) 16:54




超短め短編集です!

気まぐれ更新です〜〜

ハッピーエンド、バッドエンド、その他もろもろエンドです!
登場人物は基本男女で1人ずつが多いです!
それぞれの話が同じ世界線かはご想像にお任せします。

文才ほぼ0&展開グダグダですがどうか温かい目で見ていただけると嬉しいです(^-^)

ですです言い過ぎですみません

2:乳酸菌0号:2021/05/15(土) 17:09


-1- early spring




「睦月ー、今日空いてる?空いてたらカラオケ行こうよ」

「別に、いいけど」


高校に入って初めて出来た女友達、薺(なずな)が行く気満々という顔で声をかけてきた。

そんな顔をされたら、断れないじゃないか。


「まじか!やったー!正直断られると思ってた」

「断ってたらどうなった?」


そう訊ねてみると、薺は頬をかきながらヘヘっと笑った。


「無理矢理にでも連れてってたよ」

「だろうな」


お前はほんとに、なんでそんなに無邪気に笑うんだよ。

こっちまで、つられて笑っちゃうじゃないか。


「あとさぁ、なんでそんなに俺に構うの?」


俺なんてつまらないし、もっといい奴なんてたくさんいるだろ、そう続けた。

逆に俺にとっては、薺みたいな人間は生まれて初めてだった。

根暗でコミュ障でネガティブで、おまけに人間不信で。

そんな俺とは真逆みたいな存在だった、薺は。

根明でポジティブで、誰とでも仲良く話せて。



「睦月と居たいから、…じゃ駄目か」

「……別に、駄目じゃないけど」




駄目じゃないけど、
駄目って言ったらどうなる?

3:乳酸菌0号:2021/05/15(土) 18:13


-2- electric shock




「あ、あの子。めっちゃ可愛くない?」

「そう…?」

「えー、可愛いじゃん!」


と言いつつも、少し嬉しそうなのを隠せてない。

きっと、俺が共感しなかったことに安堵しているに違いない。


「それで俺が同意したらどうすんのさ」


アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら訊いてみる。

氷がカラコロと心地いい音を立てた。


「そんなん、嫉妬するに決まってんでしょ」

「じゃあなんで訊くんだよ」


思わず笑みがこぼれる。そんな俺とは裏腹に、紫温(しおん)の顔は曇っている。


「だって、不安だから。如月が他の女に目移りしそうで」

「それはこっちの台詞だよ、紫温だって俳優見てカッコいいカッコいい言ってるじゃん」

「俳優は別だしー」


そう言って口を尖らせる彼女は、机の上に伏せてあったスマホを手に取った。

その先の光景は目に見えているので、あえて何も言わない。

目を閉じて、カフェのあちこちから聞こえる楽しげな声に耳を傾けていると、


「ちょっと、彼女とのデートがそんなに退屈?睡眠時間足りないんじゃないの?」


正面から不満そうな声が聞こえてきたので目を開く。


「いや…どーせまた女優の写真見せて『可愛い?』って訊いてくるんだろうなぁって」

「は?ご名答じゃん私のこと大好きだね」



「まぁ、否定はしないけど」


あ、思わず口が滑ってしまった。

まあいい。いい気味だ。

これで分かっただろ。他の女なんか見てないって。



「えっ、あ…りがと」



お前が一番可愛いって。

4:乳酸菌0号:2021/05/15(土) 19:53


-3- creepy




今日は3月14日。いわゆるホワイトデーってやつだ。

バレンタインとかいう私にはほぼ無縁の行事と同類。

男子が女子にお返しをする的な日だ。

かなり前だが、バレンタインデーに友達にチョコを貰い、そのお返しに板チョコをあげた。

無論、良い反応はされなかった。

決めつけるのはよくないけど、女子って見返りを求める生き物なんだなって分かった。


「女子って…めんどくさいなぁ」

「ほんとにね。めんどくさそう」

「…え?」


絶対に誰にも聞かれないくらいに小さい声で呟いたはず。


「弥生ちゃん、おはよう」

「え、あぁ…おはよ」


私の困惑などつゆ知らず、朗らかな笑顔で挨拶をしてきたのは、女の子より女の子と噂の霞(かすみ)くんだった。

名前だけでなく仕草も顔も、女である私より可愛いのだ。

人見知りなのか、誰かと話しているところを見かけたことがない。

ていうか、“弥生ちゃん”なんて呼ばれるほど親しかったっけ…?


「ねぇ…霞くんってさ、バレンタインデーにチョコとかもらったりしたの?」

「ううん。…あぁでも、貰ったっちゃ貰ったんだけど。」

「…え、どういうこと…?」


霞くんは、少し低くなった声のトーンを元に戻し、こう言った。


「好きな子から貰うチョコ以外食べたくないんだ、俺は。だから、全部捨ててる」

「は…?」

「あぁ、言っとくけど、流石に貰った人の目の前では捨てないよ?だってほら、可哀想じゃん?好きな子に振り向いて欲しくて俺、色んなことしたんだ。」


目の前でさも普通のことかのように言い放つ彼は、私の知っている霞くんじゃなかった。


「俺、その好きな子以外とは話さないって決めてるんだ!」


と同時にチャイムが鳴り、彼はひらひらと手を振りながら、席に戻っていった。


あれ…






好きな子以外とは、話さない?

5:乳酸菌0号:2021/05/16(日) 10:01


-4- liar




いつだって私はみんなに好かれたかったし、実際好かれていた。

だって、可愛いし、優しいし、いい子だから。

そう見えるように振る舞ってるから。

みんなが好きなのは、上っ面の私。本当の私なんて、私にしか分からないのに。

どうしてみんなあんなに単純で、馬鹿なんだろう。

なんて、私が言えたことじゃないけど。


なのに、どうして。


「ねね、私好きな人できちゃった♡」

「ふーん」


どうして。


「私のタイプ、知りたい?」

「いや、別に」


どうして。


「私…彼氏できた」

「良かったね」


どうして。

どうしてあんただけは振り向いてくれないの?


「私…さぁ、隣のクラスに、気になる人がいるんだけど」

「へぇ」


こちらを見向きもせず、さぞ興味も無さそうに気の抜けた返事しかしない、クラスメイトの卯月(うづき)。


…ムカつく。

なんでこんなに釣れないの。

卯月だけが、私を見てくれない。私は、卯月に振り向いてほしくて、話しかけてるのに。



「…なんであんたは、そんなに私に興味なさげなの?」


色んな感情が混ざり合い、か細い声が教室にふよふよと漂った。

早く、拾ってよ。このままじゃ、私が可哀想な人みたいになるじゃない。

しばらくの沈黙が続いた後、口を開いたのは卯月の方だった。


「…あのさぁ、聞きたいことがあるんだけど」


今まで基本受け身だった卯月が、自ら質問をしてくるなんてなんだか新鮮で、

そして、やっと私に興味を示してくれたみたいな気がして、

少し、嬉しかった。


「ねぇ、聞いてる?」

「あっうん、聞いてる」


今までろくに会話してくれなかったくせに。

そんな苛立ちも今は気にならない。


「四葉ってさぁ…いつも嘘ついてるだろ」

「…え?」


予想外の言葉に、豆鉄砲を食らったような気持ちになる。


「みんなの前でさ、偽者の自分演じてるだろ。」

「…は!?何いきなり!私のことなんか全っ然見てくれなかったくせに!」


二人だけの教室に、私の情けない声が響き渡った。


「図星じゃん。ほら、『彼氏できた』とか『隣のクラスに気になる人がいる』とかも、全部嘘だろ?」

「………」


嘘に、決まってるじゃん。

彼氏なんて作るつもりないし、気になってる人は隣のクラスじゃなくて。


「……卯月は、気づいてたの?」

「何に?」


どーせ、分かってるくせに。

大体、毎日放課後の教室に誘って話しかけるくらいなんだから、気づいて当然なのに。誘ったら来るくせに。

表情一つ変えない卯月の顔になんだかムカついた。



「私が……卯月のこと、好きって」

「うん、知ってるよ」


なんで、そんなに優しく微笑むの。それじゃあ、勘違いしちゃうじゃん。

なんだか悔しくて、机に突っ伏した。

今は卯月がどんな顔をしてるのかも分からない。分からなくていい。



「……嘘だよ、ばーか」




また一つ、嘘をついた。

6:乳酸菌0号:2021/07/26(月) 14:24


-5- my whereabouts



もう、こんな人生捨ててやる。


僕の居場所はどこにもない。家にも、学校にも、どこにも。


最低な親から生まれる子供は同じく最低だった。今分かる。


半端な人生しか送れないくせに一丁前に居場所を求めるし、手を差し伸べてくれる人の手を振り払う。


『自分はそういう人間だから』って自分に言い聞かせて、割り切ってる。


最低だ。全部。


ふらふらと学校の屋上に辿り着いた。


屋上への扉は開いていた。もとから開いていたのか、もしくは先客がいるのか。


僕の心の中とは裏腹に、空は憎いほどに清々しく晴れ渡っている。


イライラして、ムカついて。



「あああああああ!!!」



手すりに力を込めて思いっきり叫んだ。





──誰かいる。


慌てて左を見ると、いかにも“不良”って感じの人が座っていた。


気づかなかった。空を見上げながら歩いてきたから。


あぁ、同学年の人だ。名前は知らないけど。


とはいえ、もちろん話したことはない。叫び声を聞かれてしまった事が恥ずかしくてたまらない。



「……聞い、てた?」

「逆に聞こえないと思う?」



そりゃあそうだ。正論を突きつけられ、黙り込んだ。



「ごめん…」

「は?なんで謝んだよ」



ビクッと肩が跳ねる。


すぐ謝るのは僕の悪い癖だ。そのせいで相手の機嫌を損ねたことが何度もある。



「とりあえず、座れよ」

「えっ…」

「いいから座れって」



半ば強引に座らされた。



「…」

「…なんで?」

「…え?」



なんで、って、何が?


「なんでここに来たのか……見れば分かるけど」

「…」

「止めないよ、俺は」



顔を上げると、彼は真っ直ぐに僕の目を見た。



「止めたら、辛いもんな」

「……」



なんで、そんな優しい目で僕を見るんだ。


初めて話す人に、そんなに優しくしたらダメだ。
……飛ぼうとしてる人間なら、なおさら。



「……僕に、優しくしないで。このままじゃ、ほんとに半端な最低人間になっちゃう」



立ち上がって、手すりを掴む。その手は、声と共に震えている。


……ほんとに、半端な最低人間だ。



「…じゃあ、またな」



彼は立ち上がって、出口へと向かっていった。


待って、なんて、言えない。


ましてや、最期に話してくれてありがとうなんて。




「…こんな出会い方さえしなければ、僕たち友達になれたかな…?」





またな、なんてずるいよ。

7:乳酸菌0号:2021/07/27(火) 23:10


-6- sinful



失恋したかもしれない。

失恋した、というのも、告白をしたわけではない。


要するに、好きな人に好きな人がいるかも、という状況である。

それは会話の中でわかった。
自分の聞き間違いではないか、もう一度聞き直さねば。


「ごめんもう一回言って?」

「え?何を」

「今さっき言ってたじゃん。好きな人がなんたら〜みたいな」


お弁当のおかずを食べる手を止め、目の前にいる男友達、蓮に目を向けた。


男“友達”と言うのが正しいのかは分からない。

友達以上恋人未満、だと勝手に思っている。


蓮は分かりやすく言うと、“犬系男子”だ。

そしてもっと言ってしまうと、私のタイプである。


高校一年で同じクラスになって仲良くなり、二年生でも奇跡的に同じクラスになって、今に至る。


最初はただ、気が合って話しやすい男友達という印象だったのが、今では恋愛対象の方に傾いてきているのだ。


ずっと一緒にいるわけではないが、学校にいる時間の大半は蓮と一緒に過ごしている。


お昼は、私が蓮の前の子に席を借りて向かい合って食べているし、

下校時は、どちらも部活に入っていないので大体一緒に帰っている。


私はこの時間を毎日楽しみにしているのだ。


だが、そんな平和なひとときに彼は爆弾発言をした。


『好きな人に好きって言える人っていいなぁ』


この微妙に分かりにくい一言で、私はパニックになったのだ。

ただ単にそう思っただけ?それとも好きな人に好きって言いたいって言う遠回しの意味?

もしくは、“好きな人に好きって言える人”が好きってこと?


「えー、俺なんて言ったっけ」

「とぼけてる?それともほんとに忘れたの?」


天然なのか計算なのか分からないところが彼の良いところでもあり悪いところでもある。


「好きな人がなんたら、だっけ?」

「そうだよ」


仮にもし、蓮に好きな人がいるとしたら、私は立ち直れる自信がない。

応援したい気持ちもあるが、それよりも蓮がとられてしまうかもという焦りが強い。


「蓮の、好きな人って誰?」


一番聞きたいけど一番聞きたくない。矛盾しているけど、一番的確だと思った。


「いないよ?あ、でも葵は好きだよ友達として」


葵というのは私の名前である。


「友達としてかぁ…でも、嬉しい。ありがとう」


嬉しいような悲しいような。

だけど、好きって言ってくれるのはすごく嬉しい。


「あと、葵が俺のこと大好きなの、誤魔化しきれてないよ」



「だって大好きなんだもん」



今度はこっちの番だ。

もう、どうにでもなれ。

8:乳酸菌0号:2021/08/16(月) 10:46



-7- sweet



「こっちがジョーカーだよ」

「うっ、嘘つけ!そうやって騙そうとしてるんでしょ」


二枚のうち、ジョーカーだと言われた方を堂々と引き抜く。
裏返すと、そこにいたのは滑稽な表情をしたジョーカー。

嘲笑われているような気持ちになって、思わず「くそっ!」と机を叩く。

その音に、周りの子たちはびくっと肩を震わせてこっちに目を向けた。

忘れてた。ここは教室だった。
慌てて謝ると、正面にいる七瀬は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

ジョーカーにそっくりな表情をしている。


「トランプごときでこんなに一喜一憂すんの、お前くらいだぞ」

「してないし!」

「してる」

「してない!」


わーわー喚いている私に構わず、私の手札から一枚を引き抜いた七瀬。


「はい、上がり」


黒のダイヤの5が二枚、机上に置かれる。
そのスマートさがなんだか悔しいけど、何も言えない。

ふんっとドヤ顔をする七瀬。
整った顔しやがって。


「顔の良さだけは認めてあげるよ」

「何言ってんだ、中身も完璧だろ」

「そういうとこだよ」


「てなわけで」と私に向かって指を差す七瀬。
人に指を差すな、と思いつつ、指も綺麗なんだな、なんてどうでもいいことを思う。


「約束通り、帰りにシュークリーム奢り、な」

「…はい」


キラーンという効果音がつきそうなウインクもついてきた。
こいつ、ほんっとにキザだな。

仕返しにデコピンをお見舞いした。



学校帰り、二人でコンビニに寄った。
案の定、コンビニは学校の生徒で賑わっている。

近いから無理もないだろう。そう思いながら、スイーツコーナーのシュークリームを手に取る。

最後の一つだったみたいだ。ラッキー。


「んじゃ、買ってくるから外で待ってて」

「ん、サンキュー」


ポケットに手を突っ込みながら、自動ドアを通って外へ出る七瀬。
それをチラチラと見る学校の女子たち。

かっこいいもんなぁ、黙ってれば。
その様子を横目に見ているうちに、お会計が済んだ。

ありがとうございます、とシュークリームを受け取り、コンビニを出て、左の方にいた七瀬のもとに向かう。


「はいこれ。ラスイチだったからありがたく食べたまえ」

「ありがとな」


シュークリームを渡すと、爽やかに笑う七瀬。
ドキッとしたのは気のせいだろうか。

不意打ちのかっこよさにドギマギしていると、


「はい」

「えっ、半分くれんの!?」


目の前に差し出されたのは、半分こされたシュークリームだった。
クリームの甘い匂いが、今の私の気持ちを表しているような気がした。

驚きながら受け取る。
心なしか、七瀬が手に持っているほうより大きく感じた。


「俺は優しいからな」

「ありがとう」

「それに、二人で食べた方がおいしいだろ?」

「…ほんと、そういうとこだよね」


首を傾げる七瀬に笑みがこぼれる。きっと私の頬はゆるゆるだろう。

誤魔化すようにシュークリームを頬張りながら、心の中で
『だいすき』なんてつぶやいてみた。

9:乳酸菌0号:2021/08/28(土) 11:57



-8- enthusiasm


扇風機の風が、髪の毛を揺らす。
真夏の暑さが、身体をむしばんでいく。
蝉の声が聞こえる。

机の上には、食べかけのカップアイス、読みかけの文庫本、そして書きかけのメッセージカード。

カップアイスが溶け始めているけど、その前に私が溶けてしまいそうだ。
寝転がりながら、さっき放り投げたスマホを手に取る。

暗転した画面に、何もかも失ったような自分の顔が映った。脱力しきっていて、今にも消えそうだ。

鉛のように重い指で、友達とのトーク画面を開く。
返信はしていない、したくない。

私の彼氏である八木と、誰だか知らない女子が手を繋いでいる写真。とともに、『これ、八木くんだよね…?』というメッセージ。

見た瞬間、また頭に血が昇って、スマホを叩きつけた。
幸い、カーペットのおかげで画面は割れることはなかったが、私の心は崩壊寸前。

「最低」

言葉と共に涙もこぼれる。
お節介な友達も、移り気な八木も、大嫌いだ。

彼が好きだと言ったアイス、彼のお気に入りの小説。
好きな人の好きなものを、私も好きになりたかった。

執着してくる私にうんざりしたのだろうか。
私は無意識のうちに彼に嫌われることをしてしまったのかもしれない。

明日は彼の誕生日で、メッセージカードを渡すつもりだったけど、それももう叶いそうにない。

涙か汗が、ひょっとしたら両方が、カーペットにじわりと広がっていくのが見えた。
きっともうアイスもドロドロに溶けていて、原形を失っているだろう。

頭がくらくらして、気持ち悪い。喉が必死に水分を求めている。
身体は動かない。
もっと早く冷房をつけておくべきだった。
暑い、熱い、あつい。

そればかりが頭を埋め尽くして、どうしようもできない。声も出ない。
視界もぼんやりしていて、焦点が合わない。

かろうじて目に映ったのは、自分の手のひら。
指は、弱々しく行き先を求めている。
今思えば、彼と手を繋いだことはなかった。
哀しくて、悔しい。


瞼のせいで、目の前が暗くなった。
蝉の声が遠く聞こえた。

10:乳酸菌0号:2021/09/30(木) 19:30


-9- sham sleep


「早く起きなよ、もうそろそろ当てられるよ」

居眠りをしている前の席の男子、九条の背中をシャーペンでつつく。
つついても一向に起きないので、先生が黒板の方を向いているうちにノートでぺしっと軽く頭を叩いた。

流石に目が覚めたのか、目をこすりながらこっちに振り返ってきた。

「なんだよいい夢見てたのに…」

「知らないよ。内申下がる方が嫌でしょ」

小声で話す私たちに周りの人が『またお前らか』というような視線を送ってくる。
やばい、先生にバレる。

「とにかく、ちゃんと毎日早く寝ること。じゃないとまじで痛い目見るよ」

「毎日寝てんじゃんここで」

「家でだってば!」

思わず声のボリュームが上がってしまった。ちらりと先生の方を見るが、気づいてない様子。
数学の先生は年配で耳が遠いことと、私たちの席が窓際の後方であることが救いだった。

ただ、怒るとものすごく怖い。だからこそ九条に注意してるのに呑気に居眠りなんてして。

「順番で行くと九条問六が当たるよ。そこの答えはマイナス3だからね、わかった?」

「ん、マイナス1じゃねーの?」

え、私が間違ってるのかも。九条は居眠りしてても頭はいいタイプだから、と思い消しゴムでマイナス3を消した。

「ねぇねぇ、問六の答えって何になった?」

「マイナス1だと思うよ」

念のため隣の席の子に答えを尋ねると、九条と同じ答えだった。
やっぱ私が間違ってたんだ、合ってると思って偉そうに教えたことがちょっと恥ずかしい。

「横井くんありがと。九条、やっぱマイナス1で合ってるらしい」

「了解。さんきゅー」

「うん」と返事をして、問六の答えをマイナス1に書きかえた。なんだろ、九条に感謝されると他の人に感謝されるより嬉しい。軽い一言だけなのに。

ぼんやりと前の背中を見つめていると、先生がこちらに視線を向けてきて、目が合った。
…あれ。

「じゃあ荻野さん、問六答えてもらおうかな」

「え、あ、はい!えっと…マイナス1…?」

正解、と先生。
てっきり九条が当たるとばっかり思ってた。たまにこういう変化球が来るから、気が抜けない。
「じゃあ次は九条くん、問七答えてもらおうかな」という先生の言葉にハッとする。

あ、九条寝てたから分かんないかも。私がもっと早く起こしてたら…。

「4分の1ー」

「はい、正解」

どうやらただの気にしすぎだったみたいだ。
8分の2、と書かれた自分のプリントを見つめた。恥ずかしい、約分し忘れるとか。
赤ペンで正答を書いていると、チャイムが鳴って授業が終わった。

「九条ごめんね」

「え、なにが」

なんか、色々と。
そう言いながら、前に友達から、九条のお母さんみたいだねと言われたことを思い出す。
たしかに、九条がお弁当を忘れたりした時は私のおかずをあげたり、さっきみたいに寝てる時は私が起こしたり。

構いたくなるというかちょっとした独占欲、みたいなものかもしれない。

「まぁ、これからずっと俺のこと起こしてくれればいいよ」

「寝る前提なのね」

ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
自分が必要とされてるならそれでいっか、と思えてしまう。

「もしかしてプロポーズ…?」

と周りから聞こえたが、何のことだか分からなかった。


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