青に染まるまで

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1:環:2021/05/19(水) 01:31

初めまして。
気まぐれに短編小説をつらつら書けたらいいなと思います。

2:環:2021/05/19(水) 02:25

「貴方には死んでもわからない」
生暖かい風が頬を撫ぜる夏の夕。
呪いのような言葉を残し、君は消えた。
それから5年が経った。


「……」
暑い。物凄く暑い。暑いと口を開いて言えないくらいに暑い。
憎たらしいくらいに突き抜けるような晴天。窓は開けてあるが風が全く吹いていない。というか、蝉の合唱がより鮮明に大音量で耳にお届けされるせいで余計に体感温度が増した気がしなくもない。
この部屋にクーラーがついていないのは経費不足という至極真っ当な理由なのだが、思考回路がショートしかかってる脳の記憶がもし正しければ扇風機とかいう文明の利器が残されているはずなのだ。そう、記憶が正しければ。
なんとか力を振り絞り首の角度をねじ曲げると部屋の隅に無造作に置かれている扇風機が目に入る。
風。太古より人々の暮らしを支えてきた自然の息吹。風だけでだいぶ世界が変わるはずだ。
一歩歩くごとに流れる滝汗を拭うことも出来ないままよろよろと扇風機に歩き寄りスイッチの強を押す。何も起きない。
もう一度押すも、オンボロ扇風機は一向に動く気配がない。
動かないのも当然だろう。正直心当たりしかない。今までよく持ってくれた方だ。
そして機械の寿命を悟った今、この部屋で風を授けるものは誰もいない。
がくりと膝から崩れ落ち、その場に倒れ込み、目を閉じる。止まらない汗はもはや気にならなかった。
走馬灯のように駆け巡る記憶。思い出すのは5年前。
「……」
突如人の気配を感じたのでうっすら目を開けると見覚えのある人物が覗き込むようにこちらを見下ろしている。
「遊びにきたよって言いにきたけどなんで死にかけてんの?」
「……扇風機」
「コンセント刺さってないけど?」

3:環:2021/05/19(水) 02:34

「なんで死にかけてたの」
「……風が」
「扇風機あったじゃん」
「……」
特に言い訳できそうにないので黙ってアイスを頬張ると、呆れるようにため息をつかれた。熱中症予備軍のためにこの友人、走ってコンビニまでアイスを買いに行ってくれたようで、心なしか来たときよりも汗の量が増えている。ちょっと申し訳ない。
「今日こんな暑いのによく扇風機だけで生きてるよね」
感心するかのような口ぶりだが、この言葉の裏にはクーラーを買えという強いメッセージが込められている。無論伝わってはいる。この夏だけで何十回とも言われていることであり、当然、買う気はない。
「…レポート見にきたでしょ」
「おっせーかい」
この課題を逃したら単位が、教授が、とこれまで幾度となく聞いてきたような御託を滔滔と捲し立て、最後に一生のお願いだとここぞとばかりに両手を合わせて頭をさげられる。この話術があれば教授も説得できるとは思うのだが。デジャヴ、というかつい先週も見た光景だ。
「別にいいけど」
なんなら来ることは分かっていたのでこの友人のための課題を仕上げたくらいだ。
なんの気無しにそれを伝えると流石に予想外だったのか、文字通り目を丸くされる。
「え、てかなんでそこまでしてくれるん?」
「…いや別に」
アイス代ってことでいいよと言うと、わかりやすくパァっと笑顔になりふんふんと鼻歌を歌いながら勝手にパソコンを起動し課題らしきファイルを探し始めた。切り替えが早すぎる。
と、ふと顔を上げ神妙な顔つきになる。目があった。
「でもアイスだけなのは申し訳ないからなんか手伝ってほしいことあったら言ってね」
「あー…」
「なんか、借りだけをどんどん作るの嫌だからさ」
「…今のところ思いつかないからいいよ」
この友人にしてほしいことは正直何もない。いてくれるだけでいい。
それに、一番ほしいものは絶対に手に入らないのだから。

4:ねみぃ☆:2021/05/24(月) 21:55

すみません、ここってコメントとか大丈夫ですか??
大丈夫じゃなかったらすみません汗

5:環:2021/06/15(火) 10:17

コメント大丈夫ですよ、
すみません長らく放置してました

6:環:2021/06/15(火) 10:18

無茶苦茶なこと言うんですけど、登場人物の性別も名前も何も決めずに始めたので、滅茶苦茶煮詰まってました。
近いうちに続きを書きたいと思います。

7:環:2021/06/15(火) 10:55

「そこに立ってるの、知り合い?」
そう聞かれたのは五度目の課題の手助け(という名のレポート丸写し)の日。
この家には冷蔵庫がない。必要ないからだ。当然、冷凍庫もない。言わずもがな、必要ないからだ。
そのため、買ったアイスは即座に食べないと悲惨な結末を辿るという抗うことのできない運命が待ち受けており、友人はちょうど今買ってきたアイスをいそいそと頬張っている。頬張りながら、ところで、と話し始めたところだった。
英語の論文と睨めっこ勝負真っ最中だったため、咄嗟に質問の意味がわからずに聞き返すと、だから、と友人は少し苛立ったように眉を寄せ、そこ、と部屋の隅を指差す。
そこには誰もいない。強いていうならこの夏に大活躍している燻んだ黄色の扇風機がいるのだが、今日は比較的涼しいため、そして電気代削減のため、必要ないということで(一悶着あったが)この友人とは話がついている。
いや、じゃなくて。
「…は?」
誰もいないように見えていた。少なくとも、自分の目からは。
だが、この友人が嘘を言っているようにも見えなかった。それに、おちゃらけている奴ではあるが、嘘を言うような性格ではないことはわかっている。
「どんな見た目なのか教えて欲しい」
そう声を潜めていうと、見えてないということがわかったのかあからさまに目が大きくなる。え、と掠れた声が漏れ、しばらくの逡巡の末、友人は自分にしか見えないその人物の特徴を伝え始めた。
誰もいない部屋の隅を見ながら。
「……」
「さっきまでいなくて、帰ってきたら、知らない人がいたから、てっきり、家に誰か入れたと、思ったんだけど」
「……」
「なんか、ボソボソ喋っているんだけど、何言ってるか聞こえなくて、でも近づくのもちょっと怖いんだよね」
えっと、だから、と途切れ途切れに続ける友人の声はもう耳に届かなかった。
短い黒髪にすらりとした白い手足。切長の目。
それは、まさに5年前に消えた君の特徴であり。
だからこそ。
それゆえに。
「…なんで、」
なぜ、君のことを一切知らない友人には見え。
自分には見えないんだろうか。

8:環:2021/06/23(水) 13:54

あの日。あの夏の日。
あの日から世界はモノクロに変わった。
食べ物の味がわからなくなった。
人間の顔の区別がつかなくなった。
人の表情がわからなくなった。
何を考えているのかわからなくなった。
騒々しい耳鳴りが止まなくなった。
寝ても起きても変わらない日々が続いた。
なんてことはなく。
なんてこともなく。
「はぁ」
じわりと汗が背中から噴き出す。夏だ。
日本の夏はどうしてこうも蒸し暑いのだろうか。
視界に広がる青一色を睨みつけるが、今ひとつ効果はないようだ。
今日も世界は変わらない。色覚に異常もない。
生きてても咎められることはない。
誰にも迷惑をかけなければいい。
誰も苦しめなければいい。
過去なんて振り返らなければいい。
何も思い出さなければいい。
見ないふりをして生きていた。
生きてきたのだが。
「ジュースありがとうね」
友人は座っている。心なしか顔色が良くなっている。
先ほどまで幽霊を見た後の顔、を文字通り体現したような真っ青な顔をしていたが、
とりあえず外に連れ出し、公園の木陰のベンチに座らせていたらだいぶ落ち着いたようだった。
……幽霊、か。
「調子はどう」
「さっきよりはマシ」
友人は弱々しく微笑んだ。
そうか、と短く答えるとそれでね、と友人は続ける。
「なんか、ずっと同じこと言ってたんだけどさ」
「……」
「みつけて、って」

「はやくみつけてって何回も繰り返してた」

雲一つない、透き通るような青空。
蝉の声。陽炎。コンビニのアイス。
夏は、これから。


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